大学受験舐めてんのか   作:オカルトって面白いよね・蠱毒とか

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“自らの武力を持っていなければ、どんな国でも安泰ではない。
自ら実力を持たない権力者の名声ほど、当てにならないものはない”

 マキャヴェリ


第13話 権威

 結局司が神室を部屋に迎えることはなかった。

 『女子生徒が男子生徒の部屋を訪れるのはちょっと……』

 『特に1対1は絶対にまずい』

 『これから暗くもなるし、また機会はあるから』

 

 そんな理屈を重ねて、ひとまず神室を引き下がらせることに成功したわけである。

 代わりに週末の昼間に時間を取って、改めて神室の質問に答えることは約束させられたが、週末の昼間ぐらいなら時間を空けることは出来るので誤差の範囲だ。

 

 週末でもトレーニングをしたり、大学受験の勉強を軽く振り返ってみたり、他の学問や情報収集をやったりと色々と時間は使うが、それらを学校が終わった後の時間に詰め込んでいる平日よりは幾分暇がある。

 

 そんなわけで翌日の朝、いつも通り学校にやってきた司は橋本に捕まっていた。

 

「昨日はどうしたんだよ土門。大変だったんだぜ?

 放課後のクラス会議」

「そうだったの? みんなで頑張ろうみたいな感じになったんじゃないの?」

「いやいや、あんな話をされてそれだけで済むわけがないだろ?」

 

 呑気なことを言う司の言葉に橋本は呆れたように返す。

 

「いやまあそうだけど……でも結局今後のテストで頑張ろうとか、それぐらいしか出来ることないだろ?」

「それがよ、そのテストがまた大変なことになったんだよ」

 

 それから橋本が司に愚痴るように教えてくれたところによると、今後のクラス間の競争におけるクラスでの主導権、リーダーとしてクラスを導く権利をかけて、葛城と坂柳がテストを舞台に競争をするようなことになったらしい。

 

(ほーん……まあ内ゲバとかそういうの好きそうだもんな、坂柳さん)

 

 予想していなかったことではない。

 が一方で、坂柳はともかく葛城がそこまで積極的に即座にリーダー権を取りに来るとはあまり思っていなかった。

 

 目的や難題が生じた場合、それに対して集団を一致団結させて向かわせるためにリーダー、もっというと指揮系統、命令系統というのは必要なものだ。

 だが、それをすぐに確保しようと考える者は意外と少ない。

 様子見をしたり、あるいは取りあえずなんとなく頑張っていけば良いか、クラスという枠は存在しているし無理にまとめなくても、というところで足を止めてしまう者が多いだろう。

 特に未熟な高校生ならば。

 実際橋本の話を聞く限りでは、そういう傾向の生徒もクラスにたくさんいる。

 

 そういう意味では、葛城も坂柳も集団を引っ張っていく、まとめて動かすための素質があったということだ。

 人を率いる能力がある、それに向いていることとは別の能力として、それを必要なことと意識して、そこに向けて道筋を立てていくのもまたリーダーとしての1つの能力なのである。

 天性のカリスマやリーダーシップと違って学習と知識で補える部分ではあるが、2人は元々それを持っていたということだ。

 

 特に2人の場合は、階級やリーダーなどが定義されていない集団に属したときに大きく力を発揮するだろう。

 それは言い方を変えれば、非日常の才と言い換えることも出来る。

 

(学校側が学級委員長とかクラス委員を決めるように指示していないのもそれが目的か?

 自発的に必要なことを決め、役割をわけて集団を運営するように生徒が動くかどうか。

 そういう部分では放任も一概に無しとは言えない、か)

 

 そこから2人のリーダー候補が争う形になったのは、単純に坂柳と葛城が方針で揉めたか、あるいは自分が上に立ちたいというプライドがあったかのどちらかだろう。

 司としてはあまり良い手とは思わないが、しかしそれ以上の解決を人間に求めるのは酷だ。

 これは高校生に限らず大人でも変わらない。

 人間は自分の敵を徹底的に排除しなければ気が済まないものなのだ。

 

「それで、結局リーダーは決まらず、ってことか。

 そのテストのゲームの結果で決まるの?」

「いや、そこまでは決まって無いぜ。今回のテストの競争も、あくまでどっちがクラスのリーダーに相応しいかを判断する一材料にするって話だしよ。

 多分姫さんもすぐにリーダーの座が取れるとは思って無いんだろ」

「ほーん」

 

(そもそもこの警察権も強制力も大して存在しない学校でどうやってリーダーに強権を持たせるんだ?

 多数決をしたところで従わない奴は出てくるだろ。

 特にある程度治安と制度が整った政治家ならともかく、その選択で未来が決まるこの学校じゃあ)

 

 橋本からテストの際に行われる競争についての説明を受けながら司は考える。

 そもそもこのクラスの代表を決めるとして、どういう決め方をするのか。

 

 この学校の生徒には警察権も、外の権力、特に政治家に関する法律のようなものもなく、また学校側もそうしたシステムを用意していない。

 これが例えばクラス委員長にクラスの方針を決める権限を与える、なんて決まりがあれば、そこに決定権という最低限の権力が生じていたが、そういうものも今のところ存在していない。

 

 となると、このクラスの代表を決めるのはクラスメイト達が思っている以上に難しくなる。

 例え多数の賛成で代表が選出されたとしても、少数のそれを良しとしない生徒がサボタージュをしてしまえば一気に立ち行かなくなるのだ。

 なにせAクラス卒業特権を目指す上で最重要となるクラスポイントを、生徒個人の行動で減らすことがこの学校では可能となるのだから。

 生徒個人でクラス全体の命運を悪い方向に揺さぶってしまえる。

 例え葛城でも坂柳でも上に立ったとしても、もう一方が破壊行動を取ってしまえばあっという間にクラスの状況は悪化する。

 

 ではここで、『全ての生徒がAクラスを目指すためにクラスポイントを求めており、例えリーダーが気に食わなくてもクラスに害をなすことはない』という事実について考えてみる。

 おそらく葛城と坂柳が競い合っているのは、こういう前提があるからだろう。

 どちらが勝ってももう一方は従うだろうと両方が考えているからこそ、真っ向から勝負をしようとしている。

 勝敗を決めようとするのは、そこに意味があると考えているからだ。

 

 ナンセンスだ。

 世の中には、目的を蹴り倒して手段を獲得する人間というのが多数いる。

 例えば今回の場合なら、クラスを勝たせることよりも自分が主導権を取ることが目的になっている人間とか。

 それが理性によるものであれ感情によるものであれ、そういう人間を排除することは難しい。

 

 そもそもとして、人間は非合理的な生き物だ。

  今回の葛城と坂柳の衝突だって、本当に2人が合理的ならば有り得ないことなのだから。

 その非合理性をまとめるために法律があって、地位だの役職だの権限だのを事細かに定めているのである。

 

「──って感じでそれぞれのグループがメンバーを集めて平均点で競うって感じだ」

「なるほど、平均点か。それなら確かに点数も見えやすくなるな」

 

 そんなことを考えている間に橋本のテストにおける競争に関する説明は終わる。

 おおよその説明としては、坂柳、葛城それぞれが生徒を任意で集めて、それぞれで勉強会を開き、最終的にテストの平均点で競う、といった感じらしい。

 

(ガバガバじゃねぇか。っと、懐かしい語録が。

 いやしかしまじでルールガバガバだな。

 多分両方ルールの穴に気づいてるだろ。気づいててこれって、まともに勝負するよりも派閥争いごっこをするのを優先したのか?)

 

「で、お前はどうする?」

「俺点数よくないからな。どっちにも入ったら邪魔じゃないか?」

「ま、そうだろうな。けどよ──」

 

 橋本が言葉を続けようとしたところでチャイムがなる。

 それと同時に真嶋が教室の扉を開けて入ってきたことで、橋本からの司へのテスト競争に対するレクチャーはお開きとなった。

 

 

 

******

 

 

 

 時間は過ぎて放課後。

 橋本はまた坂柳のところに行ってお仲間と一緒に何かを企んでいるところであり、ある程度近いグループにいるとはいえ優先度が低い司は放置される。

 手隙になった司は図書館によって本を借りてから帰ろうと思ったのだが。

 

「……なんでついてくるんですかね?」

「悪い?」

「いやまあ……色々としがらみがあるわけでしょ、特に神室さんには」

 

 図書館に向かった司に、何故か神室がついてきたのである。

 別に監視されること自体は司にとってはどうでも良いのだが、しかし司は一応坂柳のグループの一員である。

 坂柳と距離を直接関わっていない立ち位置にいる司について回るのは、グループ内での神室の立場的にいかがなものだろうか、と司としては思うのだ。

 なお坂柳側としては、司の神室や橋本と仲良くするという立ち位置から、直接坂柳のグループに所属はしていないものの下部組織の一員のような認識になっているのだが。

 

「別に葛城達ならともかく、あんたとなら問題ないでしょ」

「そりゃまあ、敵対グループか近隣グループかは大きく違うだろうけど」

 

(言われてみればそうか。あのやり取りは坂柳としたものであって他のメンバーは知らないのか)

 

 そうであれば確かに、司と坂柳の微妙な関係を他のクラスメイト知らないのも頷ける。

 

 神室自身が気にしないならば司が気にすることもない、と2人はそのまま図書館へと足を進めた。

 なおこの学校は、クラス間競争なんてものをやるためか、普通の学校と比べて余計な教室や会議室が多く設置されていたりするので、校舎自体が結構広大だ。

 

「昨日の話の続きする?」

「……そっちは週末に、ちゃんと時間があるときで良い。

 今日聞きたいのは別のこと」

 

 神室がついてくるのは、昨日の話の続きを週末まで待てなくなったからかと司は推測したが、神室は首を横に振る。

 確かに時間があるならそれについても聞いておきたいが、しかしそれについては神室には腹案があったので、あえて今尋ねることを我慢した。

 

 代わりに聞くのは、昨日まさにクラスで勃発した一騒動の話だ。

 

「クラスでテストの点数の競争をするって話、橋本から聞いた?」

「ああ、あれね。聞いたよ」

 

 神室からの質問だから何かと思えば、特に大した話でもなかった。

 

「あんたはどう思ってるわけ?」

「俺? 俺の考えは別にどうでも良いと思うけど……なんで俺に?」

「はぁ?」

 

 司の言葉に神室が眉をしかめる。

 

「だって俺はクラスで何をしようとも思ってないし。

 まあ聞きたいなら話すけど、あんまり気持ち良いものではないと思うよ。

 俺の考えって言うなら気に入らないところは批判するから」

 

 司がそう続けると、神室はため息をついて足を止める。

 そしてそのまま、隣にあった会議室の扉を開ける。

 

「ちょっと付き合って」

「……おう」

 

 突然雰囲気が変わった神室に、司は抵抗することなく後に続く。

 電気のついていない薄暗い会議室。

 神室が扉を閉め、司と神室は向かい合う。

 

「言っておくけど」

「はい」

「私は今、坂柳よりもあんたの方に心が傾いてるから」

「……なるほど?」

 

 『さてはこれは恋愛の話か?』とふざけ半分で考えつつ、司は神室に続きを促す。

 

「というと、どういうことかな」

「あんだけこの学校の欠点を言っておいて、今更私がこの学校に全力になれると思ってるの?」

「……まあ、そういうふうに考えてくれると良いなとは思ってたよ。

 けど、坂柳さんはどうするの?」

 

 司がそう言うと、神室は不機嫌そうに視線をそらしながらも、再び司の顔に視線を戻して答える。

 

「言っておくけど、私があいつに従ってるのは弱味を握られてるからだから。

 確かに今回のテストのこととか、4月中にポイントが減ることに気づいてたこととか、凄いとは思った。

 でもあんたとあの高円寺って奴は、そんなところを飛び越えてた。

 そんなのを見て今更、この学校の中で踊らされてる坂柳を凄いと思えるわけないでしょ」

「……そうだな」

 

 つまるところ、坂柳という星に見惚れていたが、もっと美しく眩い司や高円寺という星を見てしまったからそちらが気になるようになってしまった、ということだ。

 司自身が考えるのは傲慢かもしれないが、確かに司や高円寺と坂柳で、立っている舞台が大きく違う。

 

 とはいえ坂柳もまた色々と思考をめぐらし手を打っている以上は、この人数でならば確かに支配力を発揮し集団を動かし得る人材ではあるのだが。

 

「あんたがやる気が無いのは、なんでかは知らないけど。

 私があんたに期待してるってことは、忘れないで」

「……わかった。って言っても、外に出たり大学受験のことならともかく、この学校のクラスの競争に参加するつもりはないぞ?」

「知ってる。だからまだあんたに傾いてるだけ。

 別に坂柳の下を離れたわけじゃないし、あんたに完全に頼るつもりもないから。

 それはこれから、私が決める」

 

 それは神室からの宣言。

 あれだけ自分が病気だのなんだのと言って怖がらせ、挙げ句の果にこの夢のような学校にケチをつけて現実に引き戻したのだからその責任を最低限取れということだ。

 

「……わかった。そのつもりでいるよ」

「ならいい。じゃあ、早く行くよ」

 

 司の言葉に、神室は満足げに頷く。

 司に全てを求めるつもりはない。

 だが、少なくとも自分に現実を見せた以上はその先を示すぐらいはさせるつもりだ。

 

 そしてそれ以上に、神室自身が司という人間を知りたいと思った。

 坂柳ですら子供の遊びに思えるようなことを話す司がどんな思考をしているのか。

 学校の出来事に何を感じ、それは自分の考えとどう違うのか。

 

 ただ単純に、生まれて始めて自分と同年代でこれほど傑出した人間をみたために、神室はその光に脳を焼かれたのだ。

 本来ならば部分的ながら坂柳に向けられていたであろうそれは、しかし今はそれよりも強い、司と高円寺という光に向けられた。

 

「それで、結局どう感じたの?」

 

 再び図書館に向かいながら神室が司に尋ねる。

 

「いろんな意味でザルだなと思ったよ」

「詳しく」

「まず、競争の中身自体がザルだよね。

 いくらそれぞれの人が入りたいグループを選べると言っても、それは事前に頭が良い人たちに根回ししておけば済んでしまう話だし。

 確かこれ坂柳さんの提案だったよね?

 流石に葛城も気付いてると思うけど……」

 

 橋本からは詳しい会話の内容ではなく、決まった内容の伝達を受けただけなので、その場でどういう会話があったか司は詳しく把握していない。

 後ほど教室のカメラの映像と音声を買えば詳しくわかるだろうが、そこまで見たいというほどでもない。

 

「あんたならどうするの?」

「……どの場面において?」

「あんたが葛城の立場ならどうするかってこと」

「俺が? 坂柳さんの考えはなんとなく聞いてる感じ?」

 

 司がそう尋ねると神室は不満げに顔を背ける。

 どうやら図星らしい。

 

「俺ならまず勝負を受けない。公平性が担保出来ないからね。

 それでも坂柳さんが強行しようとするなら、そのことで坂柳さんが汚い手を使おうとしているとさりげなく糾弾する方に持っていく。

 やるならやるで、最低限もっと公平なルールを持ってくる」

「汚い手、って?」

「相手のグループに自分の味方を潜り込ませて平均点を下げる、とか。

 それができちゃう時点で真っ当な競争になり得ないんだよな、これ」

 

 司が敵対するグループを崩壊させるなら、外から叩くだけでなく中から暴れさせて自壊させるのが早いと思っている。

 外から叩くより少々手間ではあるが、内側からそのグループ全体の周囲からの印象を大きく変えるようなことをしでかせば、それだけで相手のグループへの支持を大きく削れる。

 印象、周囲からの目線というのはそれだけ大きいのだ。

 

「じゃあ公平なルールって何?」

「最低限やるなら、グループはクラス全員参加でくじ引きでするべきだと思うよ」

「……それなら頭の良い人間が偏らなくなる?」

「というか偏ったとしても、ランダムだから公平性はあるよね。

 少なくともいくらでも勧誘し放題な自由参加よりは。

 まあそれでも相手グループの人間に手を回して足を引っ張らせることは出来るから、これは根本的にうまくいかないんだけど」

 

 司の言葉に神室は考える。

 確かに彼の言う通り、どうやって公平性を保とうとしても、坂柳の魔の手が伸びてしまえば勝負は真っ当なものではなくなる。

 なにせ臨時で作ったグループには、グループへの帰属意識なんて存在しない。

 それはまともな勝負とすら言えないのだ。

 

「あんたが言ってた穴ってこれ?」

「これは勝負の内容の穴。それとは別に、もっと大きなクラスの穴もある」

「クラスの穴? どういうこと?」

「今のAクラスの状態を社会一般ではなんていうか知ってる?」

「え、社会で?」

 

 司の言葉にウンウンと唸って悩む神室だが、少しした後に首を振った。

 

「正解は無政府状態。素晴らしいよね、誰もこのクラスの決定権や統率権を持っていない。

 こんな状態で他所のクラスが仕掛けてきたり、クラスで活動する特殊なカリキュラムが出てきたらどうなることやら」

「仕掛けてくるってどういうこと?」

「あくまで可能性としての話だけどね。

 この学校は4クラスでクラスポイントの量を競うゲームをやってる。

 ならやることは単純、自分たちのクラスポイントは上げて、他のクラスを下げれば良い。

 ポイントを上げる方はともかく、ポイントを下げる方は4月に散々やったからね」

「……他のクラスに違反させる」

「そう。坂柳さんみたいなのがいるし、多分他のクラスにも似たような人材が配置されてると思うんだよね。

 俗に言う汚い手を使える人材。

 特にCクラスとか柄が悪い生徒何人かいたし」

 

 司は別に汚い手を憎悪している訳では無い。

 ただ教師が生徒に対して汚いことをするような、立場を傘にきた理不尽を嫌悪しているだけだ。

 特に教師は未熟な生徒を庇護する存在であるという正の方向の属性がある以上、その本分に逆行するような行為は嫌悪の対象でしかない。

 

 しかし逆に言えば、立場さえ対等であればそこまで気にはしないということでもある。

 例えば坂柳が汚い手を使おうとしていても、あるいは他のクラスの生徒がAクラスに汚い手で仕掛けてきたとしても、『碌でもないことをやってるな』と感じるだけで怒りは感じない。

 まあ『高校生なんだからもう少しまっすぐ頑張らないか?』と思わないでもないが、しかし対等な立場でのやり合いならば、まだ許容範囲なのである。

 もちろんあまりにも他者を害しすぎる場合は子供であっても怒りを感じるが、それもまた許容範囲の問題だ。

 

 そしてそれは、司自身が大人と接し、その社会に僅かながら身を投じる中で、そうした技術を避けられないものとして身につけてきたからでもある。

 大人の世界、もっと言うと人間の社会になると、どこに行ってもそうしたものは避けられないものだ。

 それは例え普通の高校であっても変わりはない。

 

 クラスメイトの陰口を叩くことで他の友人と仲良くなったりとか、他のクラスメイトを下げることで自分の評価を上げたりだとか。

 好ましくはないが積極的に嫌悪するほどでもない行為だ。

 

 故に司には、現状で各クラスが取りうる手がいくつも浮かんでいる。

 

「そういうときに、クラスの代表が決まってないと即応が出来ない」

「……でも、その代表を決めるために葛城と坂柳は勝負するんでしょ?」

「まあそうなんだけどね」

 

 確かにこの学校ではまずリーダーを決めるべきだ。

 そういう意味では、AクラスはBクラスに一歩劣っている。

 

 しかし大前提として、もっと欠けているものがある。

 

「っと、ついたついた」

「ここが図書館……」

「神室さんは初めて?」

 

 2人はそう話しながら図書館の扉を開ける。

 国内でもトップクラスの学校、という謳い文句に反して、勉強スペースなどが活用されている様子はほとんど無い。

 おそらくクラスの方でもテスト勉強のグループ分けはまだ終わっていないし、テストが3週間後であることを考えると生徒がテストに向けて勉強を始めるのはもっと後になるのだろう。

 

 ただそれにしても──。

 

「どう見たって頭良い学校の光景じゃないよなぁ」

「何?」

「いや、なんでも」

 

 この学校は外部と閉鎖されている以上、塾に通うということが出来ない。

 オンラインの講義の方は受講するだけならば可能だが、それも質問でのやり取りは制限されているし、そもそも月10万ppt程度では塾の受講は厳しい。

 

 にも関わらず、広く勉強スペースが取られている図書館を活用している生徒はほとんど居ない。

 1年生ならまだしも3年生なんて受験シーズンだ。

 Aクラスしか特権が受けられない以上、この時期から勉強を初めても難関大学に合格するには遅いぐらいの時期にも関わらず、ほとんど人影がない。

 

「さっきの話の続きだけど」

 

 適当な棚で、日本近代の歴史に関する本を漁りながら司は神室に話しかける。

 人はほとんどいないが、もちろん声は抑えめにして。

 

「例えばこの国日本。

 衆議院が解散されたとしても、内閣と参議院が残ってるから決定権が喪失されることはない」

「……急に何?」

「この学校は世界の縮図として見ることが出来る、ってことだよ」

「……どういうこと?」

「オーケー、ちょっと場所を移そうか。

借りる本選ぶからちょっと待ってね」

 

 理解できないという顔をしている神室を見て、司は軽く説明するのでは足りないだろうと場所を移すことにする。

 図書館の外側にある勉強スペースの机を1つ占領し、司はそこに借り出してきた本を積み上げて座る。

 神室が対面に座ったのを確認して、司は話を始める。

 

「俺はこの学校の各クラスを国として認識している。

 各クラスが1つの国家で、生徒がそれぞれの国家に所属する国民だ」

「……いや、国とは全く別でしょ」

「見た目はね。でも抽象化すると割と近いところはある」

 

 集団というのは、規模に差こそされ意外と似通ってくるものだ。

 その中でも重要な要素を比較して、もっとも近いものを参考にすることが出来る。

 この場合は地方自治体でもあるいは企業でもなく、国家という枠組みが1番適切だと司は思った。

 それだけの話だ。

 

「国民は自由に国家を変更することは出来ない、あるいは難しい。

 これはクラスを移動するのが簡単ではないこの学校と同じだ。

 他にも国家の豊かさが国民の豊かさに影響する。

 これもまたクラスポイントとプライベートポイントが繋がっているこのクラスと同じ」

「それは、そうだけど……」

「もちろん違うところはたくさんあるよ。

 ただ、クラスに必要なものとかクラスがどういうものかを考えるときに、他の集団についての知識を流用出来るって話だ」

 

 この学校が外部の何かしらを模しているであろう、ということは司がこの学校を観察する際に常に意識していたことだ。

 なにせこの学校は未来のエリートを育てる学校。

 であるならば、何らかの集団を模した中で経験をさせ、それを糧にさせると考えたからである。

 

「それぞれの国は、他の国と競ってより上位に立つことを目標としている。

 これがこの高育という世界での国家だ。

 国民はそれぞれの利益であるプライベートポイントを得るのと同時に、国家の利益のために場合によってはそれを消費する必要がある。

 他クラスへの根回しとか、みんなでポイントを出し合って何かの権利を学校から買うとかね。

 そしてその結果クラスポイントが増えれば、それはAクラス特権という国民の利益に還元される」

「……生徒はそれぞれプライベートポイントを求めるけど、それとは別にクラスのために頑張らないといけない、ってこと?」

「その認識で間違ってないよ。要するに税金みたいなものだ。

 国のために頑張ろう、そしてそれがいつか自分たちに返ってくる」

 

 司の言葉に神室はまだ悩んでいる様子だ。

 そこで司は、カバンからルーズリーフを取り出してそれぞれの比較要素を並べていく。

 

「抽象的なものではあるけど、これだけ一致点がある」

「……確かに」

 

 頭で処理してわかりにくいものは紙に書き出して整理する。

 処理能力が高い人間は脳内で並列して処理したり図形にして処理したり出来るが、それが出来ないならば現実に引き出してやれば良いのだ。

 

「もちろん全く同じものだとは言わないよ。

 ただ、こうやって比較出来る以上、他の部分でも似てくる部分がある。

 だから国家、国のあり方について考えれば、このクラスに何が必要なのか、何が求められているのか、何が無いとまずいのか、ある程度見えてくる」

「……クラスに必要なもの」

「もっと言うと、国家に必要なものだ。

 国家という集団をうまくまとめて動かすために必要なもので、このクラスには存在しないものは何か」

 

 神室に問いかける形にしているが、しかし司は答えが得られるとは思っていない。

 子供の思考というのは高校生の間に大きく伸び、大人びてくる。

 そしてそれは逆に考えれば、普通の中学校を卒業した程度ではまだそこまで広く目を、思考を向けることは難しいということでもある。

 

 特にここは高校であるからこそ、進学してくる生徒も、中学受験をして入るような一貫校の生徒ではなく、一般的な中学を卒業し高校の選択でここを選んだ生徒が大半を締めている。

 そういう子は得てして、先に世界を見てきた子供よりも成長が遅れる傾向にある。

 

 しかし。

 

「……ルールがない、と思う。

 なんで無いと駄目なのかは、まだわかってないけど」

 

 神室は、司の予想を超えてきた。

 

「なんでそう考えたか聞いても?」

「……今回のテストの競争で葛城が勝ったとしても、坂柳は納得しないと思う。

 多分また何か考えて、裏で色々やる。

 これまではそれこそ坂柳らしいと思ってた。

 でもそれって良くないでしょ?

 だから何か決まりがあれば、って、思ったんだけど」

「素晴らしい」

「え?」

 

 神室が思いもかけず正解に迫っていたことに、司は笑みを浮かべる。

 

「そう、このクラスにはルールが無い。

 国家における法律、様々なことを決め集団を健全に運営していくためのルール。

 それがこの学校のクラスには欠如している」

「そっか、法律……。

 だから、悪いことをしても罰されないの?」

「もちろんそれもある。けど今のクラスの主導権争いには、もっと明確なものがある」

 

 首を傾げる神室に、司は持ってきた本の中から一冊を取り出す。

 

「『権力』。これは法律によって明確に定義されてる。

 だから選挙の結果に不満な人たちがいても、日本の政治は混乱することなく行える」

「権力……」

 

 高校生が学校で聞くような内容ではない。

 だがしかし、クラスが一致団結してAクラスを目指すこの学校では、嫌でも意識する必要が出てくるものだ。

 

「例えばこの日本の頂点は総理大臣。

 その権力、職務内容、権限、命令権、そして決め方などは、全て法律に明記されてる。

 だからどれだけ反対する人間がいても、総理大臣を決めることが出来るし、その職務遂行を阻むことは出来ない」

「……つまり、葛城がちゃんとしたルールに則ってAクラスの総理大臣になってしまえば、坂柳には何も出来ない、ってこと?」

「いや、そこまではいかない。

 葛城が総理大臣、与党のトップとするなら、坂柳は野党のトップ。

 権力自体は葛城より遥かに少なくなるし決定権も無いけど、政治の舞台には上がってる。

 後はそこから葛城の活動に意見を続けて民意、つまりクラスメイトからの賛成を集めれば、次の選挙で葛城を負かして総理大臣になったり、場合によっては途中で葛城を不信任、辞めさせて次の総理大臣を決めることも出来る」

 

 政治というのは本当に合理的に出来ている。

 汚職などは生じうるが、しかし、そのシステム自体は本当に国家を運営するために完成されているのだ。

 古今東西さまざまな政治体系があったが、国王の手に強権が全て握られている王政を除けば、あらゆる政治体制でルールに定められた権力が国を動かしてきた。

 

「それでも、一度リーダーが決まってしまえばその人がクラスを動かせる様になる。

 反対派の足止めで何も出来ない、なんてことはなくなる。

 けどこのクラスにはそれが無い。

 だからリーダーを決めたところで意味がない。

 俺が1人で足を引っ張ろうとすればどこまでも引っ張れてしまうし、40人全員の賛成がなければクラス単位で動けない。

 そして古今東西、支持率100%の政府なんて存在しない」

「それじゃあ、ルールがあったとしても坂柳は止めれないってこと?」

「内容による。例えば真っ向から葛城に反対意見を唱え続けることは何も咎めることは出来ない。

 でも例えば神室さんを脅してるようなのとかは、普通に脅迫罪だね。

 そうじゃなくても法律にはちゃんと警察権、つまり悪いことをした人を捕まえる権利ってのが明記されてるし、国民や政治家に守らせるためのルールってのも事細かに決まってる。

 後は政治とは違うけど、例えば多くの企業では会社の利益に反することをやったら背任って言って罰せられたりもする。

 少なくともルールさえ決まってれば、汚い手の大半は防ぐことが出来る」

 

 この学校のクラスは、クラス単位で競争をするにも関わらず、残念ながらそうした決まりすら出来てない。

 そして仮に決まりが出来たとしても、警察権が無いので容易く裏切ってしまえる。

 その中でクラスをまとめることこそ真の実力、という話なのかもしれないが、しかしそれは、あまりにも厳しすぎる。

 それが出来るのはまさしく天性の才、歴史に名を残すような為政者だけだ。

 

「じゃあ、うちのクラスはどうすれば良いの?」

「……まず、国の法律みたいにルールを作ってそれを全員に守らせるのは無理だ。

 警察がいないし法律の強制力がない以上、破っても良い決まりになってしまう」

「罰がないと法律も守られない、ってことね」

「そう。だから取りあえずそっちは諦めるとして、最低限『リーダーを決めるためのルール』を全員賛成で決める。

 そして葛城と坂柳さん、場合によっては他の参加者が入ってのトップ争いが終わるまでの、暫定的なリーダーを決める」

「暫定的なリーダー……正式に決まるまでのリーダーってことか」

「そう。例えば他のクラスと協力する場面が出てきたときに、その判断をして決断出来る権限を定めて誰かに与えておくべきだ。

 じゃないと他のクラスと協力する反対する以前に、まずそれを誰も決定出来ないから話し合いにすらならない」

 

 集団を動かすというのは、人が思っている以上に遥かに大変だ。

 そしてそこに正当性を持たせ、全員を統率していくならなおのこと。

 

「……あんたは裏切りがあると思ってるの?」

「可能性はあるよ」

 

 そもそもルールがなければそれを容易く破るのが人間だ。

 自分の利益のためにはなんだってする、出来てしまう。

 

「例えば坂柳にしろ葛城にしろリーダーになったとする。

 そこで俺が、『俺がリーダーでなければ嫌だ』と意見を言って、自分をリーダーにしてくれなければ意図的に不真面目な態度を取ってクラスポイントを下げる、と宣言した。

 さあ、どうする?」

「どう、って……」

 

 司の言葉に考える神室だが、その表情が徐々にこわばっていく。

 

「何も、出来ない」

「正解。クラスメイトをクラスから追い出すことも退学させることも誰にも出来ない。

 誰かがちょっと癇癪を起こしただけでこれだからね。

 これで例えば他のクラスから、『30万ppt上げるから、そっちのクラスのクラスポイントちょっと下げてくれない?』なんて言われたら、転ぶ人は普通に出てくると思うよ」

「そっか……」

 

 日本円換算で30万円というのは高校生にとっては大金だ。

 しかもそれだけじゃない。

 

「それだけじゃない。真嶋先生に聞いたけど、クラスの移動もポイントで出来るらしい」

「は? どういう、こと?」

「2000万ppt。それだけあれば好きなクラスに行ける。

 これは逆に言えば、2000万ppt集めれば他のクラスの生徒1人を裏切らせることが簡単に出来るってことだ。

 散々クラスポイントを下げさせておいて、最後にこっちのクラスに呼び寄せればそれだけで勝ちだ」

「そんな……そんなのありなの?」

「学校のルールでは出来るんだよ。ただ、そう簡単にはいかないと思う」

「まだ何かあるの? ……生徒の方はポイントで動かせるとしたら、学校側?」

 

 神室の推測に司は頷く。

 

「まず1つが、今後ただの勉強じゃない何らかの試験、それかクラス単位での競争みたいなのが出てくると思う。

 昨日も言ったけど、明らかに勉強内容が簡単過ぎるからね。

 それだけでクラスの順位を決めるとは思えない。

 となると、多分クラス単位の競争、わかりやすいところで言うと体育祭とか文化祭とか、何かしらのイベントでクラスポイントの増減を賭けて勝負する場面が出てくると思う。

 それ次第では2000万溜めるのが難しくなったり、そもそも自分たちのクラスが有利だから裏切らない、って相手に断られたりするかもしれない」

「確かに、体育祭とか文化祭でそういうのはありそうね」

「後はまあ、これは根拠も一切ない妄想なんだけど」

 

 こればっかりはどうしたものか、と司も悩んでいるところだ。

 クラスポイントも支払えば買い戻せはするらしいが、しかし、場合によってはそれすら剥奪される可能性もあるし、そもそも裏切った生徒を買い戻そうと他のクラスメイトが思うかどうか。

 

「多分どこかで、生徒を退学にするイベントがあると思う」

「え……嘘でしょ?」

「いや、ある。さっき言った通りこの学校ではクラスを裏切るのすらありなんだ。

 けど逆に言うと、それが横行してしまうともう競争が一切成立しなくなる。

 真面目に競争するより相手をポイントで買収して裏切らせたほうが楽だから。

 だから多分、年末か学期末。

 どこかのタイミングで、クラスの合意で誰かを退学にするようなイベントがあると思う。

 これもある種の刑罰とか警察権に近いものだ。

 これがあれば、簡単に金につられて容易く裏切るのが難しくなるからね」

 

(そういうのが無いと、本当にクラスの秩序が保てない。

 クラスをまとめるために必要な暴力を学校側が担うか、あるいは生徒に与えるような機会があるはずだ)

 

「だからまあ、プライベートポイントで裏切らせるのは難しくなるとは思う。

 ただそこまで予想している生徒ばかりじゃない。

 軽い気持ちで裏切ることはあるだろうし、そういうのに対処するためにもやっぱりどこかに権限を集めておくべきだ」

 

 断言する司に、しかし神室は完全には話についていけていない。

 そもそもとして、司が言っている国だのなんだのが、この学校でやっていくのに必要だとは思えないからだ。

 そして人間は、自分が理解できないものから目を反らしたがる生き物だ。

 

「そこまでやる? 別に普通に坂柳と葛城が勝負して勝った方がリーダーで良いんじゃない?」

「言っておくけど、ここの生徒にとってこの学校での生活は遊びではないよ。

 勉強があんな状態な以上、Aクラスになれるかどうかがそのまま未来に、今後の人生全てに大きく影響する。

 守られて学び育つ学校じゃないんだよ、ここは。

 3年間の学校生活全てが他のクラスとの競争で、多分汚い手も普通に飛び交うと思う。

 だからこそ、あらゆることを考えるべきだし、例え大人の世界からでも学べることは学ぶべきだ」

 

 司が高校生に、そして高校相当の教育機関に望んていたことではないが、しかしここの仕組みはそうなっているのだ。

 ならば、それに対して思考を巡らせるしかない。

 

「とまあ、俺が昨日の放課後の話し合いとやらについて考えたことはそれぐらいかな」

 

 こともなげに告げる司の言葉に、神室は何も返すことは出来なかった。




作者はクラス10人しかいないような田舎出身だったので、一般的な都会の中学生が何を考えてたのか、どういう思考をしてたのか全く想像が尽きません……

なので中学生でもこれぐらい知っとるぜ、というのがあればお願いします。

また作者は結構ひねくれてる自覚があります。
だからこそクラスのリーダーとかが何かを言った時「お前は何の権限でそれを言ってるんだ?」と思うことがありました。
今回はそのあたりについて、高育でのリアルにまじえて書いてみました。

他のキャラクター視点(一人称の地の文という意味ではなく、司がいない場面で、ということ)での描写を読みたいですか? 例えば松下が中間試験への対策に奔走する姿を松下視点で書くのか、あるいはいつも通り司が後から聞いたという形で書くのか。司という異物への、司が居ない場面での反応(例えば神室と松下が2人で話してる場面等)も含めて、視点を統一するべきか色んなキャラの目線を書くべきか悩んでいます。

  • 司中心で、司が見聞きした情報で良い
  • 他のキャラクター視点の情報もみたい。
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