大学受験舐めてんのか   作:オカルトって面白いよね・蠱毒とか

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“愚か者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ”


ビスマルク


第14話 人が一生に経験できることなどたかが知れている

 神室との会話が終わった後、司はまだ考え込む神室を残して1人で図書室へと戻った。

 政治関係の本をいくらか気になるタイトルから手にはとってみたが、それだけで満足出来るはずもない。

 

 司は前世ではそれなりに、特に田舎に住んでいた小中時代は親の勧めもあって多くの本を読んでいたが、しかし高校、大学と進むにつれ、それ以外の学習であったり、自分の目標である『万能の超人』になることを目指しての学習などが増えてきたため、無作為に読書をすることは少なくなった。

 

 また今生でも幼い頃から学習を始めはしたものの、前世で達成できなかったことを達成するために前世以上に色々と詰め込んで来たため、自儘な読書はあまり出来ていない。

 中学時代は家の運営する国子塾から離れて地方の中学校に通ってはいたが、そこでは今度はそこの生徒達を育てるために全力を尽くしていたので、読書をしている時間はあまりなかった。

 

 つまりどういうことかというと、司は自儘な読書に飢えているのである。

 それも目的を持って何かを学ぶための読書ではなく、ただ気が向いた本を手に取りその文章を頭に叩き込み知識を貪り、読書を読書として楽しむ読書に飢えているのだ。

 

 加えてこの学校に来てからは、4月中は学校の把握に努め今後に備えようと色々していたので、これまた読書が出来ていないのである。

 

 つまり今の司は、シンプルに本が読みたくてたまらなかった。

 そんなわけで、こうして様々な本を手に取っているのである。

 

 幸いなことに、高育の図書館は蔵書数はとんでもなく多い。

 下手な公立図書館どころか大学図書館顔負けレベルの綺麗で大きな設備とそこにずらりと収められた本の数は壮観だ。

 しかも司が見る限りでは、高校生向けの小説だけではなく、少し難しめの学術書や専門書、ビジネス書の類まで置いてある充実っぷりだ。

 

(けどやっぱり参考書とか資格関係の書籍は置いてないか……。

 生徒に自立されたら困る、っていうのは穿ちすぎか?

 学校の外の本屋の方にも行ってみないとな)

 

 他は、流石に今流行りの漫画のコミックの類もほとんど置いていない。

 しかし参考書が省かれている代わりに、小学校や中学校などに置いていてもおかしくないような歴史の漫画などは置いているのが見受けられる。

 また小説類も豊富で、割と小学生向けなどの幼い本から、大人が読むような重厚なミステリーや政治モノの類まで様々ある。

 なんなら流行りの漫画は無いものの流行りのライトノベルは結構置いてる。

 

(この辺りまで置いてるのか。あんまり普通は置かないと思うが……外部と隔離されてるからか?

 けど本屋とか漫画喫茶はあったよな?)

 

 どうにもチグハグな蔵書のイメージ。

 まるで一部のジャンルの書籍を省く代わりに、その穴を雑多な他の本で埋めたかのような。

 

「お、この辺りの本も置いてるのか。

 特に思想の偏りはなさそうかな? 軽く浚っただけだししっかり読んでみるか……」

 

 全ての書籍のタイトルを把握しているわけではないが、内容は知らずともタイトルと重要な部分だけが語られるような有名どころを見ると、特に思想的に右傾化左傾化などしている様子はなく、とにかく満遍なく、言い方を変えるならばごちゃっと様々なジャンルの本が並べられている。

 強いて言うならば、財閥関連の批判とも取れるような書籍が少しばかり多く見えるが、これについては高育の設立を推進した人物が、財閥系と対立しようとしている鬼島であると考えると何もおかしなことではない。

 

(まあ確かにアメリカを見ると今の日本の財閥は悪いところが目立つが……。

 けど財閥ぐらい自由に金を散らかせないと出来ないこともあるんだよな。

 どこかで落とし所が見つかればいいが)

 

 そんなことを考えながら司が本を物色していると、純文学と呼ばれる類の本を一冊手に取ったところで隣から視線を感じた。

 そちらに目を向けると、本棚の影から1人の女子生徒が司の方をじっと見ていた。

 

(なんだあれ……)

 

 何故観察されているのかと疑問に思いつつも、司はペコリと目礼だけ返しておく。

 特段文句のつけようがないブレザーを採用している高育だが、目視で学年の判別が出来ない点だけは少しばかり不満だ。

 ネクタイの色とか何かしらで差をつけていてくれた方が観察がしやすかった。

 

 そのまま本の物色を続けようとした司だが、何故か視線の主は司の方へと近づいてきた。

 

「……」

「こんにちは。何か本をお探しですか?」

「特定の本を探してるんじゃなくて、色々本を物色してます。

 しばらく読書が出来てなかったので、何か本を読みたいなと思って」

 

 手にしている難しめのミステリー小説から上級生だろうと判断した司は敬語を使って答える。

 

「そうですか。あ、失礼しました」

 

 そこで、ふと思い出したようにその女子生徒は頭を軽く下げる。

 

「私は1年Cクラスの椎名ひよりです。名乗りもせずにごめんなさい。

 あまり図書館で人を見かけなかったので、つい声をかけてしまいました。

 1年生の方ですよね?」

「あ、1年生? てっきり上級生かと……。

 俺はAクラスの土門司です。

 ええと、別に同級生だから敬語はなくても良い、よな?」

 

 せっかくの本漁りを邪魔された形にはなるが、運が良いことにあまり探れていないCクラスの女子生徒らしい。

 気持ちを本漁りから切り替えた司は、その女子生徒へと向き直る。

 相手は敬語を使っているが意図して敬語を廃し、心の距離を司の側からは無いように見せかける。

 

「ええ、大丈夫ですよ。

 私はこれが癖になっているだけなので」

「そうか、良かった。あんまり敬語慣れてなくて……。

 それで、ええと、今は本探しというか、とにかくバーっとどんな本があるかなー、って見てたんだ。

 何か『こんな本が読みたい!』っていうんじゃなくて、『なんとなく本を眺めて、気になったのがあったら読む』って感じで。

 伝わる?」

「とても良くわかります!」

「うおっ」

 

 司の言葉にその女子生徒、椎名が身を乗り出さんばかりに答える。

 思わず身を引いた司の様子を見て冷静になった椎名は、恥ずかしそうに司から少し距離をとった。

 

「す、すいません。つい気分が高揚してしまいました。

 良いですよね、そういうの。

 最近は電子書籍化がよく言われてますけど、こうやって本が並んでる場所は、電子書籍のサイトを見ているのとは違ってとてもワクワクしますし、落ち着きます」

「わかる。なんか『本なんて読まないでもネットで調べれば良い』っていう人いるけど、違うよな。

 本を持つことで楽しくなる気分とか、そういうの全部含めて書籍だよね。

 タブレットじゃあとてもこの感覚はわからないよ」

 

 相手に合わせた会話内容ではあるが、割とこれは司の本音でもあったりする。

 その後も現物の書籍と電子書籍の違いや、本そのものの素晴らしさ、紙の書籍の良さなどを語り合う2人。

 

 一息ついたところで、ある程度相手からの警戒心も薄まっただろうと判断した司は、話を元の路線に戻して先に進めることにする。

 いつまでも雑談をしているわけにもいかないし、一言残してきたとはいえ神室もいる。

 

「それで、椎名さんはなんで話しかけてくれたの?」

「あ……。その……」

 

 司の言葉に、自分が話しかけたことを忘れていた椎名はそのことについて触れようとするが、何やら言い淀む。

 

「何か本を探しているならお手伝いしようと思っていたのですが、たくさんの本を見ることを楽しんでいたなら邪魔になってしまいましたね。

 ごめんなさい」

「いやいや、そう思ってくれるだけでありがたい。

 ここの図書館来たの初めてだから、配置とかもまだ全く頭に入ってなかったんだよね」

「確かに、かなり大きな図書館ですが、本の配置などはあまり洗練されていませね」

 

 ここで放っておくと、司の邪魔をしてはいけないと話が途切れるかもしれない。

 そう判断した司は、今度は自分から話を振る。

 

「そうだ、せっかくなら椎名さんのおすすめを教えてくれないか?」

「えっ? 良いんですか?」

 

 自分で本を漁ることを楽しんでいたなら、特定の本を薦めるのはむしろ邪魔なのではないか、と遠慮する椎名。

 だが司としては、ここでまた他人同士に戻ってしまっては困る。

 

 ナンパのような思考をしているが、実際全く知らない他の生徒と関係を作ろうとしているのだから、やることは似たようなものだ。

 強いて言うなら相手を強引に引き込むのではなく、相手の望むところに自分が入り込む。

 本を探していると思わしき相手に自ら声をかけるということは、つまり本について人に語りたいことがあるのだ。

 そこに自分から入ってしまえば良い。

 

 それにこれは、実際に本を色々と漁る手段として考えれば特段おかしなことはなく、司の今の行動に反しているわけでもないのだ。

 

「自分で漁るのも良いけど、初対面の相手に薦められる本を読むのもまた乙なものだ。

 知らない本を漁るという意味では似たようなものだしね。

 良ければお願いしたいんだけど、どう?」

「っ、ええ、是非。

 ……ありがとうございます」

 

 最後にボソリと呟かれた椎名の言葉は、司が自分に遠慮させないように配慮してくれたと椎名が気付いたからの言葉だった。

 その言葉に反応するような無粋なことを司はせず、大人しく椎名の誘導に従う。

 

「そうですね、私は小説をよく読むのでその中からで良いですか?

 土門君は小説に限らずいろんな本を見てたようですけど」

「もちろん。ていうかそんなに見てたの?」

 

 司の返答に、椎名は思わず顔を赤く染める。

 つい流れで言ってしまったが、司が小説ではない本の棚を見ているときから彼のことを見ていたことを自分で暴露してしまっている。

 そのことに思わず、普段は見せない恥ずかしさが顔に出てしまった。

 

「あ、その、……あまり図書室で人と出会わなかったものですから……。

 珍しく本が好きな人を見かけたと思ってつい、見てしまいました。

 すいません、失礼でしたよね」

「まあ、この学校本ちゃんと読んでる人少ないもんな。

 こんだけでかい図書館あるのに閑散としてるし。

 それに自分が好きなものを人に話したいってのは本当によくわかるから、驚いたけど不快ではまったくないよ。

 むしろ俺も読書仲間が出来たことは嬉しいし」

「読書仲間……、ええ、そうですね。

 読書仲間です」

「それじゃ、おすすめの本よろしくお願いします」

「はい、任されました」

 

 司の誘導もあって、椎名も遠慮せずにおすすめの本を紹介することを決めて、司を小説系の本棚が集まっている場所へと誘導する。

 純文学の一部が別の棚にあったのもまた、この図書館の歪さを感じさせる。

 

「土門君は小説のジャンルで好きなものはなんですか?

 私は色々読むので、それに合わせておすすめ出来ますよ?

 先程は純文学を見てましたけど……」

「あー、や、あれは好きとかではなくてな」

 

 言い淀む司に椎名は首を傾げる。

 一方の司は、純粋に小説を楽しんでいる相手にこれを言っても良いものかと悩みつつ、正直なところを話して自分の内側をさらけ出すことを選択して口を開く。

 

「なんていうか、うちの親がちょっと厳しい人でな。

 『純文学を読め、それ以外の漫画みたいな小説はいらん』って言って読まされたんだ。

 だから勉強みたいな感じで純文学を読んだことはあるんだけど、小説として楽しんだことは無い、って感じ。

 面白い部分はあるとは思ったけど、1番好きってほどには惹かれてはないな」

「……確かにそういう方もいますね。

 純文学も小説として楽しめば面白いのですが、そうやって読まされることになるとそれだけで忌避感が出てしまいますからね」

「ほんとそれな。一時期そのせいで読書捨てて漫画ばっかり読んでたよ。

 まあ今はある程度小説とかも読んでるけどさ」

 

 なおこれは司の前世の話なので、作り話ではなくちゃんとしたリアリティがある。

 もっとも作り話でもリアリティを出すために装飾を加えはするのだが。

 

 前世の父親は色々と厳しく、クラシック音楽とか純文学とかを好み、最新のポップミュージックとかファンタジー小説やライトノベル何かを嫌っていた。

 アニメでも古いものを好み新しいものを見せないような、懐古主義では無いがものの歴史にこだわるところがあったのだ。

 

 結局それを押し付けてくる父親への反発はあったものの、そこで押し付けられた読書から本の楽しさを知り、クラシック音楽から音楽の素晴らしさを知り、それらは全て司の糧となったので全てが悪かったわけではない。

 ただ結局前世では、純文学の類だけは受け付けなくなってしまったが。

 

「そうですか……。ではここはあえて、楽しく面白い小説といきましょう。

 土門君は冒険活劇というものは読んだことがありますか?

 土門君のお父さんが薦めそうなところで言うと、『ロビンソン・クルーソー』や『十五少年漂流記』などのジャンルです」

「あ、それは読んだ事ある。なんか冒険文学全集みたいなのは小学生の頃読んだな。

 『失われた世界』『白い牙』『偉大なる王』、『神秘島物語』とか『ソロモン王の洞窟』なんかも」

 

 このあたりは司が前世読んだものでもあるし、今生の中学時代に読書に慣れていない同級生達がある程度活字に慣れてきたところでぶっこんだ劇薬でもある。

 読書に慣れていない中学生が読むには少し重たい本ではあるが、しかし歴史に残るレベルなのだからその面白さは折り紙つきだ。

 

 実際司の同級生達の大半は、読むのに苦労こそすれその面白さに強く惹かれていた。

 まだ田舎であり、あまり今どきの娯楽に染まりすぎていない子どもたちだったのも大きかったが、しかしそれだけの影響力がある本だった。

 

「なるほど、結構読まれてますね

 となると、少し難しめの小説でも大丈夫そうですね」

「椎名さんも読んだ? 冒険小説って本当に面白いよね」

「『ロビンソン・クルーソー』や『十五少年漂流記』、『神秘の島』などは読んだことがありますが、『白い牙』や『偉大なる王』はまだ読んだことが無いです。

 読んだものはとても面白かったですし、せっかくなので他のものも探して読んでみようかと」

 

 実のところ読書を好む椎名だが、その中でもジャンルがそれなりに偏っており、ミステリーのジャンルが彼女の本場となる。

 逆に言うと男の子が喜ぶような冒険文学などは、有名どころは触れているものの手広く読んでいるというわけではなかった。

 

「あ、ほんとに? めちゃくちゃおすすめだから是非是非」

「はい、ありがとうございます。

 ふふ、私がおすすめするはずなのに、おすすめされてしまいましたね」

「あ、ごめん。そうだったな、邪魔して悪い」

 

 おすすめの本を選んでもらっている最中なのに邪魔をしてしまった、と謝る司に、椎名は慌てて手を左右に振ってそれを否定する。

 

「い、いえ、私も知らない本を知ることが出来て嬉しいです。

 それに……」

「それに?」

 

 そこで恥ずかしげに黙る椎名。

 司が少し待つと、おずおずと彼女は口を開いた。

 それまでの理知的な口調とは違う恥ずかしげな、口にするのを躊躇うような彼女の様子に、司は図らずしもキュンとしてしまった。

 

(この子も可愛いな。

 というかここ全体的に容姿が整ってる子多いよな、どうなってんの?

 まさかの容姿採用説?)

 

 そんなことを司が考えていると、椎名が意を決して口を開く。

 

「それに、こうして本のことを話せる友人が出来たのは、初めてなので……。

 凄く、嬉しいです」

「待ってそれは可愛すぎる」

「え!?」

「いやごめん今のは忘れて、なかったことにしてくれ」

 

 思わず心の声が飛び出た司。

 しかしそれも仕方ないことだ。

 非常に容姿が整った、しかし大人のような綺麗さではなく少女の可愛さを持ったどこか神秘的な少女が、照れくさそうに友人が出来たことを喜んでいる。

 これを見て可愛いと思わない人間はいないだろう。

 

 繰り返すが司は別に無私の人ではないし性欲が枯れているわけでもない。

 それを自力で制御しているだけで感情自体は普通にあるのだ。

 むしろ前世がある分、国子塾で1番厳しく仕込まれたグループの中でも異端と言える程には素は世俗的だ。

 普段の振る舞いや思考は、その上に司が武装のように揃えた自分の使命や考え方によって積み重ねたものに過ぎないのである。

 

「ええと、ええと、そうです、本の紹介、紹介に戻りましょう!」

 

 流石にはっきりと聞こえてしまって恥ずかしかったらしい椎名も、司にのってさっきの言葉をなかったことにする。

 それでも動揺がおさまらない様子だったが、本の列を眺めているうちに落ち着いてきたようだ。

 

「すみません、落ち着きました。取り乱して申し訳ありません」

「いや、こっちこそ急に失礼を。

 ほんとごめんなさい」

「取りあえず、そのことは置いておきましょう。嬉しかったですし……」

 

 ゴニョゴニョとした部分は聞こえなかった振りをするのが男の礼儀だ。

 

「土門君におすすめする本ですが、こんなのはどうでしょう」

 

 そう言って椎名が棚から取り出したのは2冊の本。

 1冊あたりが既に他の小説と比べても重厚だが、それが都合2冊でセットになっている。

 

「先程聞いた中にあった『神秘島物語』の作者、ジュール・ベルヌが書いた『海底二万里』です」

「『海底二万里』……タイトルだけで唆られるな」

「そうでしょう? 実はこの本、『神秘の島』で出てきたネモ船長が主要な人物として登場します。

 『神秘の島』では既に年老い仲間も亡く、1人死を待っていたネモ船長。

 その彼が若い頃にどんな活躍をしていたのか、というお話です」

「ほう」

 

 実を言うと司はこの本自体は知っている。

 知っているがしかし、前世の小学生時代、つまり今から考えて20年以上昔の話だ。

 ぶっちゃけ内容は覚えていない。

 『神秘島物語』などに関しても、今生の中学時代に同級生に薦める前に軽く読んだから覚えているだけであり、前世の記憶は流石に無い。

 

「てことはストーリーが繋がってるのか」

「繋がってるとはいっても、あくまでこちらの主役のネモ船長が『神秘の島』にゲスト出演をする、という形ですから、大きくは繋がっていません。

 それでも、こうした繋がりがあるところからだと興味を持ちやすいのでおすすめです」

「確かにそれはわかる。

 同じシリーズの『奇巌城』から入って、『バスカビル家の犬』も読んでアルセーヌ・ルパンとシャーロック・ホームズが気になったからそれぞれちょっとずつだけど読んだりしたな」

「そうなんですか……!?」

 

 司が何気なく語った言葉にひよりが何故か強く反応する。

 先程まで本を語っていたのよりも更に熱のある視線に、司は思わず目をそらす。

 

「えっ、何その反応」

「あ、いえ……その、私の好きなジャンルがミステリーなので、シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンは特に好きな人物なんです。

 土門君がそれを読んでいたので、つい……。

 失礼しました」

 

 コホン、と咳払いをして抱え込んでいた2冊の本を再び掲げる椎名。

 

「それで、この2冊はどうでしょう?」

「是非読ませてもらいます。『神秘島物語』は面白かったからそれも楽しみ」

「それは良かったです」

 

 司の言葉にニコリと笑って本を差し出す椎名。

 それをすぐには受け取らず、司は彼女を見る。

 

「どうしましたか?」

 

 その表情に曇りはない。

 しかし先程の様子を見るに、彼女はおそらく、もっと好きな本について語りたいのではないだろうか。

 

「これ読み終わったら、今度はおすすめのミステリー小説紹介して貰っても良い?」

「……良いんですか?」

 

 司のこの言葉がわからないほど椎名は鈍い少女ではない。

 むしろ色々と鋭い少女だ。

 故に、司が自分の先程の様子を見てそう言っていることに気付いた。

 

「もちろん。色んな本を読みたいからな。

 それに椎名さんも俺のおすすめの本を読んでくれるみたいだし」

 

 司の言葉に椎名は嬉しそうに笑った。

 

「ふふ、ありがとうございます。

 では、おすすめできるように選んでおきますね」

「ありがとう。楽しみにしてるよ。まあまずはこれを読んでからだけど」

 

 そう言ってやっと椎名の差し出す本を受け取る司。

 

「では、代わりに土門君のおすすめの本も、また紹介して貰ってもいいですか?」

「え? 俺の?」

「はい。私はミステリーばかり好んできましたから、あまり他のジャンルは知らないんです。

 『海底二万里』も偶然図書館の司書の方に薦められて読んだことがあるだけですし。

 ですから、ミステリー以外でおすすめの本があれば教えて貰えると嬉しいです」

 

 単純に本を求めているように聞こえる椎名の言葉。

 しかし司はその中に、知り合った読書好きとの関係を離したくない、という彼女の気持ちが入っているように思えた。

 

「……わかった。そういうことなら、俺もなんかお薦めできる本が無いか探しておくよ。

 ちなみにライトノベルについてはどう思ってる?

 俺の知識って結構そっちが大きいから」

「そう、ですね。

 一概に言われているほど悪いものではないと思います。

 ただ一度読んでみたのですが、どうも一人称の文章が合わなかったです。

 内容による、としか……」

「オッケイ。まあラノベは文章が駄目なやつも結構あるし、それはしょうがないね。

 なるべくしっかりとした文章の奴で良さそうなのがあったらそっちも候補に入れてみる」

「はい、ありがとうございます」

 

 おすすめの本の紹介も一段落、さて次はどうするかといったところで、丁度よく後ろから聞き慣れた足音がする。

 

「あ、いた。って何か話し中?」

「あ、神室さん」

 

 それは司を探しに来た神室だった。

 司の話を整理していたので置いていかれたが、まだ司に聞きたいことがあるのである。

 というか新たに出来ていたりもする。

 

「そちらの方は……?」

「椎名さん、こちらAクラスの神室さん。

 さっきまでちょっと話してたんだ。

 神室さん、こちらCクラスの椎名さん。

 丁度おすすめの本を教えて貰ってたところ」

「初めまして。椎名ひよりです」

「……神室真澄」

 

 よろしくはしない、と言いたげな神室の態度に、椎名は困ったように眉を潜める。

 

「えーと、神室さんは何の用事かな? 監視?」

「違うから。っていうかあんたわかってて言ってるでしょ。

 聞きたいことがあっただけ」

「おーけい。椎名さん、ちょっと待ってて貰えるかな?」

 

 そこまで長くはならないだろうが、一応椎名にそう断っておく。

 

「それでしたら、私は席を外した方が良いですか?」

 

 椎名はそう配慮するように言うが、しかし本心としてはまだ司と話したい気持ちもあり、それが表情にあらわれていた。

 

「いや、別にそこまで大事な話ではないし、大丈夫」

 

 そして神室の方へと向き直った司に、神室は椎名の方を気にしながら口を開く。

 

「……良いの?」

「まあ別に? それにこれなら神室さんも大事な話は出来ないでしょ?」

 

 はぁ、とため息をついた神室は、椎名のことを無視して司に自分の疑問をぶつけ始めた。

 

「さっきの話、考えてある程度は理解できたけど実感がわかない。

 あんたみたいに考えるのって、どうやれば良いの?

 それにその知識も。

 あんたはどうやってその知識を身に着けたわけ?」

「つまり、思考力と知識を身に着けたい、ってことで良い?」

「……それで良いから教えて」

 

 先程は司に教えられる形になった神室だが、それが癪だったらしい。

 全く同じレベルとは言わないまでも、その思考が理解できるレベルに。

 そう考えて司に恥を忍んで尋ねたのだ。

 

「まずさっきの知識は、日本の法律について俺が知っているからそういう思考になった。

 思考法については自然と育った感じかな」

「そう……」

「で、それらを身につけるのに最適な方法が1つある」

 

 曖昧な司の言葉に落胆した神室だが、続く言葉に顔を上げる。

 

「本を読む」

「……それだけ?」

「それだけ。でもちゃんと理にかなってるぞ」

 

 懐疑的な表情の神室。

 彼女に見えるように司は棚から本を取る。

 抜き出したのは適当な小説だ。

 

「例えばこの本。まず知識の面で言えば、法律なんかの知識をまとめた本じゃない小説でも、様々な知識が中に含まれてる。

 言葉や熟語もそうだし、例えば主人公が無人島で生活する小説ならサバイバルの知識や自然の中での病気や健康に関する知識があったりとか。

 会社の中で活躍する主人公なら、どうやって会社は儲けているのか、会社の中での地位はどんな役割を果たしているのか、とか。

 あるいは人間関係の中でうまくやっていく方法を主人公から学べるかもしれない。

 ただの小説でも、そういう風に知識として学べるものはたくさんある」

 

 小説はただ楽しむだけのものではない。

 楽しい読書を重ねているうちに、気づけば重厚な知識が身についている。

 そういうことが起こり得るものなのだ。

 

「もし特定の知識を身に着けたいなら、例えば法律に関する学術書とか、企業に関して解説している本を読むのも良いな。

 けど特に目的を決めずいろんな知識を取り込みたいなら、小説だってありだ。

 小説の中で気になったものを専門書とか学術書で改めて学ぶのも良い」

「……それで? 考え方は?」

「それも読書がおすすめだ。

 この場合は知識が詰まってる専門書よりは、キャラクターの対話形式になってる学術書とか小説の方が良い。

 本に出てくるキャラクターってのはつまり、1人の人間だ。

 それぞれが考えて行動してる。

 中には俺達より馬鹿なやつもいれば、とんでもなく賢いやつだっている。

 小説を通して色んな奴らの思考を追いかけてると、だんだん自分で思考するときのパターンが増えてくる」

 

 司の言葉に真剣に聞き入る神室。

 司の言葉に不機嫌そうな表情を見せることはまだあるが、しかしその話の内容については神室自身認めているために、内容についてはしっかりと聞いている。

 

「そもそも人間の思考ってのは、様々な経験を通して育っていく。

 色んなことを経験し、それについて『なぜそうなるのか』と疑問に思ったり『もっとうまくするにはどうすれば良いのか』と考えたり、あるいは『なぜこれが楽しいのか』と思ったり。

 人を見て『なぜそう考えるのか』、『なぜそうしたのか』、『なんで泣いているのか』と考えたりもするな。

 もちろん現実でたくさんの経験をしたりたくさんの人間に会ったりするのも良いが、そこまで時間があるわけでもないし会える人の数も限られる。

 だから本という擬似的な経験でそれを補う。

 1冊本を読めば登場人物の数だけ人間と出会い、その思考を知ることが出来る。

 本の長さの分だけ出来事を知り、それについて疑問を持ったり考えたり出来る。

 本の内容を楽しんでいるうちに、そういうことが自然と起こる。

 それを繰り返して思考力は育ってく」

「……遠回りじゃない? もっと簡単に身に付けられないの?」

「読書で経験を補うこと自体が、実際に経験することと比べたら近道なんだけどな。

 まあでも確かに、考え方を技術として紹介している本はたくさんあるし、ネットでもそういうのは見つかるよ。

 けど勘違いしちゃいけないのは、さっき言った人間としての思考力と、技術としての思考力は別物だってこと」

「……どういう意味?」

 

 そういう神室に、司はまた棚から本を取り出し、さっき取り出していたハードカバーの小説の上に文庫を立てるようにして置く。

 

「技術としての思考力は、いわば武器や鎧だ。

 この本の上の部分だな。これが無いと高い所には届かない。

 これをどれだけ積み上げるかで高い所に届くかは変わってくる。

 で、さっき言ってた人間としての思考力はこっち、土台の方。

 人間で言うと筋肉だ。

 どれだけ良い鎧だろうと良い武器だろうと、筋肉が弱ければ振り回せない。

 土台の思考力が脆くては技術としての思考力は真価を発揮しない」

「近道せずにやれ、ってこと?」

「ま、そういうこと。

 もちろんやり方は色々ある。

 例えば始めに技術としての思考力を1つ用意して、それを使いながら体を鍛えてくとかもありだ。

 剣を一本用意してそれを振り回して体を鍛えるイメージ。

 けどこれの弱点は、拘りすぎると全く使えないところでもその武器を振り回すしかなくなること。

 他の道具の使い方が全くわかってないんだ。

 神室さん崖を登るのに剣を振り回しながら登ったりする?」

「そんなことするわけないでしょ。

 もっとロープとか……なんかあるでしょ」

「じゃおすすめはしない。最初のうちは使い分けるのも難しいし、最低限筋肉をつけてから武器は持ちましょう。

 まあ最低限つけば振り回されることもそんなになくなるから。

 そして筋肉がついたら、今度は1つじゃなくてたくさんの技術を身につける。

 そうすればこうやって、1本では不安定でも何本も支え合って頑丈な柱になる」

 

 続けて不安定に揺れる立てた本と並べるように何冊か本を加え、本の塊を安定させる。

 

 結局近道なんてそうないのである。

 しっかり地道に育ち、地道に体を鍛え地道に筋肉を身に着け、その上で学び更に武器を身に着け。

 さらにさらに1つだけでなく何個も束ねて強靭にして。

 そうやってやっと一人前になれる人間がどれほどいるか。

 

「……本を読めばいいわけ?」

「ちゃんと楽しんでね。楽しくないことは続かないから。

 まずは1冊何か読んでみて、それで自分がどう思ったか、登場人物たちはどう考えてたか、読み終わった後に考えたりノートにまとめてみて。

 しっかりまとめろってことじゃなくて、自分の考えを整理するためには手を動かして書いた方が整理しやすいから、ってこと、

 それでちゃんと自分のやってることが目に見えるはずだから」

「……わかった。やってみる」

 

 司の言葉に神室は抵抗することなく頷いた。

 元々神室が求めて司に聞いたことである。

 司自体にはまだどこか抵抗感というべきか気に入らない部分はあるが、しかしその能力自体には魅了されているのだ。

 

「あの」

 

 と、そこでずっと待たされていた椎名が2人に声をかけた。

 

「ごめん、椎名さん、待たせてしまって」

「いえ、興味深いお話でしたから、私も聞けて良かったです。

 そうではなくて……」

「なくて?」

「その、神室さんが読書の経験が少ないようでしたら、私に本を選ばせていただけませんか?」

 

 なんと、驚きの椎名からの申告である。

 神室は『はぁ?』と言わんばかりに眉をしかめているが、しかしこれは司にとっては意外と都合が良いかもしれない。

 椎名との関係を深められるのもそうだが、それ以上に神室にとってはこれは良い交流になるかもしれない。

 

「じゃあお願いしても良いか?」

「っ! はい、ありがとうございます」

「ちょっと、なんでこいつに……。私は、あ、あんただから、聞いてるんだけど」

 

 文句を言いたげな神室を司はなだめる。

 

「実はこの椎名さん、読書が大好きだけど、この学校じゃあ読書する生徒なんて全くいないし、結構寂しかったみたいでな。

 だよね?」

「直接言われると恥ずかしいですが、確かに私は本のお話が出来る友人がいたことがありません。

 ずっと、1人でしたから。

 だから、神室さんにもお友達に、土門君と同じ読書仲間になってほしいです。

 駄目ですか?」

「はぁ……? ……駄目、ではないけど……」

 

 神室は根は悪い少女ではない。

 むしろ相手によってはしっかりと優しく出来るタイプの人間だ。

 坂柳や司、橋本などどんどん踏み込んできてときには攻撃的な人間を相手にしているからこそこうして跳ね返すような強硬な態度を取ってしまうが、それが椎名のように儚げで遠慮がちな少女だと態度は変わってくる。

 

 もっとも椎名が儚げなのは声や容姿だけで、今は司からのパスをしっかりと理解してキャッチし、神室を捕まえにいった策士なのだが。

 

「さて、では神室さん」

「……何?」

 

 椎名の態度に少しばかり照れくさげに目を反らしていた神室は、司の言葉に再び不機嫌そうに司の方を見る。

 

「坂柳とか俺とか橋本とかと最初に関わってるから、神室さんは『どうせ人間なんてこんなもの』だと思ってると思う。

 でも世界は別に君が思ってるほど悪意に満ちてはいないし、君が思ってるほど君に無関心じゃない」

「……何が言いたいわけ?」

「しっかり椎名さんに優しくされなさい、ってこと」

 

 ちゃんとした治療というわけではないが、神室にはまず、彼女のことを思って寄り添ってくれる、あるいはまっすぐ接してくれる友人が必要だ。

 そこが神室のスタートライン。

 

「それじゃあ椎名さん、神室さんをよろしく。

 あ、ただしいきなりミステリーはやめてね。

 あればっかりだと思考が偏るから、出来れば真っ当な子供の冒険モノとか真っ直ぐなやつからよろしくお願いします」

「ふふ、わかってますよ。

 ミステリーは暗い部分が多いですから。

 読書に慣れてからにします。

 最初は『ずっこけ三人組』なんてどうでしょう?」

「男の子過ぎない? ていうか椎名さんそんなの読んでたんだ」

「冗談です。ちゃんと考えますよ。

 では神室さん、行きましょうか。

 土門君はどうしますか?」

「ちょっと……」

「俺も自分の本を探したら合流するよ」

「わかりました」

 

 口を挟む神室を無視して司と椎名はやり取りを終える。

 多少強引な方が神室という少女は流されてくれるということを、椎名はこの短時間で理解していた。

 彼女はそれだけ鋭いということを司もまた理解しつつ、2人とは別の方向へと向かう。

 軽く本を物色してタイミングを見て合流。

 

 その後は──。

 

「なんだかんだ楽しいね、学生生活」

 

 クラスポイントのシステムに学校が揺れる中、図書室には平和な空気が流れていた。




皆さんのおすすめの本募集します!
詳しくはこっちの活動報告に!
皆さんオススメの小説、学術書、専門書や入門書、講義書など教えて下さい。
もしかしたら本作内で登場させるかもしれません。
あと単純に私が知りたいです。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=320934&uid=363075



【後書き】

キャラ全然掴めてない気がしますが、まあ許して。

なんだかんだ女の子キャラは皆魅力的だから出したくなっちゃうんだよなあ。
ということで椎名ひよりが登場です。
今のところ神室、松下、一之瀬、椎名、このあたりがヒロイン候補ですかね。
後は森下もいつか出したいなと思いつつ、キャラ掴めねぇなこいつ、となったり。

というか神室以上にひよりは何故高育に来たのかがわからない。
神室はまだ親の見栄とか全寮制とか色々理由はありそうだけど、ひよりはなんで来たんだろうか。


さておき今回の話を書いていて、今後もこういう話をするなら私も久しぶりにラノベと二次創作以外の本を読んでみようかな、となっています。
せっかく受験の話とか本を通じた学びの話をするんだから、読者の方が読んでてためになる、興味を持てるような話を書きたいなと。
『大学受験はこの参考書がおすすめ』とか『この本は面白いぞ』とか。

取りあえず『サピエンス全史』は良いぞぉ。
高校生の頃に読みましたが全てを放り出して没頭するぐらい面白かった覚えがあります。
内容覚えとらんけど。

他のキャラクター視点(一人称の地の文という意味ではなく、司がいない場面で、ということ)での描写を読みたいですか? 例えば松下が中間試験への対策に奔走する姿を松下視点で書くのか、あるいはいつも通り司が後から聞いたという形で書くのか。司という異物への、司が居ない場面での反応(例えば神室と松下が2人で話してる場面等)も含めて、視点を統一するべきか色んなキャラの目線を書くべきか悩んでいます。

  • 司中心で、司が見聞きした情報で良い
  • 他のキャラクター視点の情報もみたい。
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