大学受験舐めてんのか 作:オカルトって面白いよね・蠱毒とか
“一般常識は、決してそれほど一般的ではない”
ヴォルテール
神室が司と椎名の薦めで、僅かながら読書を始めるようになって数日。
用事があった司は、放課後に1人で職員室近くの面談室を訪れていた。
真嶋の連絡先を手に入れてからは質問事項は基本的にメールのやり取りで済ませている司だが、今回は現物を手渡しで受け取る必要があったので足を運んだのである。
なお司がメールのやり取りに拘っているのは、いちいち真嶋を訪ねるという手間を省く他に、探るような視線を向けてくるBクラスやDクラスの担任教師からの詮索を避けるためでもある。
職員室を毎度の如く頻繁に訪れていればその都度視線を向けられてしまうので、今回も職員室に呼び出されるのは拒否し、面談室を指定された後にその使用権と映像権をプライベートポイントによって抑えているのだ。
むしろプライベートポイントにそこまでの権力を持たせているこの学校に司は少し引いたが。
故に今回もまた、こうして司は面談室で真嶋を待っていた。
指定していた時間よりも早く来たので待つ必要があるが、考えることも色々とあるので問題ない。
「うちが960でBが650、Cが490でDが0か。
うちは多分坂柳さんが気付いてある程度根回ししてたとして、BとCはこれが素か?
にしちゃあ、素行の差がでかすぎる気もするが……。
坂柳さんの支持者が思ったより少ないみたいだけど、流した相手が少ないんじゃなくて噂として流したのか?
いや、それにしては……」
考えるのは、現状の各クラス毎のクラスポイントの差異だ。
5月初めのクラスポイントの状況ではクラス順位の変動がなく、Aクラスが40CP、Bクラスが350CP、Cクラスが510CP、Dクラスが全損の1000CP減となっている。
司がここで注目しているのは、Dクラスの全損。
は当然として、他に気になるのが残り3クラス間の差だ。
減点されたポイント差で言うとAクラスとBクラスが290CP差で、BクラスとCクラスが160CP差。
ここだけ見てもAクラスとBクラスの差がBクラスとCクラスの差の2倍程度になっているが、更に減点されたポイント数が何倍か比較するとその差は大きくなる。
BクラスはAクラスの6倍減点され、CクラスはそのBクラスの1.5倍の減点。
こう見ると団子状態に近いBクラス、Cクラスと比べてAクラスの減点数が少なすぎるのだ。
逆に言えばBクラスとCクラスが団子過ぎるとも言える。
これらの事実から、司は各クラスのクラスポイントで評価される素行面で見た評価について考えていた。
Bクラスは以前4月中に何度か偵察した際、Aクラスほどではないものの落ち着いたクラスのように思えた。
Aクラスが怜悧でエリート主義、あるいはエリートを気取る傲慢さが漂う静かなクラスであるのに対して、Bクラスは皆が仲良くした和気あいあいとした集団であるという違いはあるものの、授業を受ける真面目さという点ではそこまで大きな差があるようには思えなかった。
一方でCクラスの方は、授業の様子を見ることが出来たわけではないが、不良のような言動をしている生徒が数名。
それでなくても騒がしさなどはやはり、Aクラス、Bクラスと比較すると大きく違った。
騒がしさで何がわかる、という話だが、これは司の経験則であるが、集団の騒がしさはある程度その集団の理性と良識の高さによって質が変わる。
そしてその理性や良識の高さというものは得てして、集団規模で見れば集団の偏差値、つまり『どの程度力を入れて教育され、どの程度真面目であるか』ということと比例している。
そのことから考えると、Bクラスはどちらかと言えばAクラスよりな真面目なクラスであり、CクラスはDクラスよりの不真面目な生徒がそれなりにいるクラスだと推測できる。
にも関わらず、クラスポイントの差はその傾向を示していない。
司の分析と観察が不十分なのは確実だが、しかし司はそこにも何らかのイレギュラー、つまりは集団の平均値を狂わせる存在がいるのではないかと考えている。
そもそもこのシステムでDクラスがポイントを一切残していないこともイレギュラーだろうし、Aクラスは何らかの形でシステムの存在に気づき周囲に声をかけていたであろう坂柳がいる。
だったらBクラスやCクラスにそれらが存在してもおかしくはない、というのは少し飛躍しているが、観察の方針を立てるならば考えておくべきことだ。
(4クラスがバランスを取ることを考えたら、800、600、400、200あたりが丸い気がするが、そこまできっちりとはならないんだろうか。
AB間もそうだが、CD間の差が大きいのもノイズだな。
それともあえて中央付近の2クラスは差が少ないのか?)
まず考えられるのが、これが学校側の想定通りのクラス間のバランスになっているという説。
元からAB間の差は大きく、BC間はそれほど差が無い、という力関係になっていたというならば現状も説明がつく。
これならば穴がない、というかそもそも『全て計画通りです』という推測もクソも無い仮説なのでこれは一旦置いておく。
となると次は、各クラスになんらかの要因があってバランスが崩れている、という説。
例えばAクラスは、橋本や神室の4月中、そして5月の言動を考えると、坂柳がある程度の推測をして細部までは明らかにしていなくとも、その可能性を周囲に示唆していた可能性が高い。
その周囲の輪がどの程度広いかはわからないが、少なくとも坂柳とよくいる橋本や神室、鬼頭や山本といった生徒は知っていただろうし、先日のクラス会議での一幕を考えると他にも聞いていて結果坂柳の下についた生徒は複数いるだろう。
坂柳から神室の件で多少敬遠されていた司であっても、プールの際や橋本、神室を通して真面目に授業を受けるようにと警告を受けていた。
つまりAクラスのクラスポイントは、坂柳によってある程度何もしなかった場合よりは高くなっていると考えられる。
同じようにBクラス、Cクラスを見ると、司が感じている違和感である『BクラスとCクラスにも差がなさすぎる』という事実にもある程度説明がつく推測はある。
単純な話で、Cクラスにも坂柳同様気付いた人間がいた可能性だ。
素行がAクラスより悪いので結局クラスポイントの減少は大きかったが、本来のポイントよりは残すことが出来た、という想像だ。
一方でBクラスは、クラスリーダーである一之瀬を含めてそれに気づくことが出来ず、予定通りのポイント減少を引き起こした。
そうであれば、クラスポイントの減少の差が歪なことにも説明がつく。
「ま、妄想だわな」
ただこれは、あくまで司の妄想に過ぎない。
足りない情報と自分の中のなんとも言えない違和感を頼りに、自分を納得させられる言い訳を考えているだけだ。
実際のところは観察してみないとわからないし、あるいは司の予想通りかもしれない。
この学校の教育がまともなものではないという、この学校に対する事実を根拠とした推測と違って、まだ根拠が薄弱な飛躍した思考でしか無い。
例えそれで司が自分の嗅覚がそれなりに鋭いことを改めて確認したところで、その事実には意味はないのだ。
司の役割は観察であり、まとめた情報は特殊なサイトを経由して、バレない形で外部へと定期的に送り出している。
そこで必要になるのは司の勘などに頼った不確定の推測ではなく、その勘を元に観察を重ねた結果確かに確認できた事実だ。
司の妄想のような推測は指針を立てる役には立つが、それ以外の可能性も考慮する必要があるし、結局配分を変えつつも全体に労力を割くしか無い。
そもそもこうして考察や勘などと考えてはいるが、司は自分のそれを信用していない。
否、自分の中では『確かにそうだろう』と思う部分はありつつも、自分は自分を信用してはいけないと考えている。
自分はどこまでも己を高めた凡人であり、高円寺のような超人や国子塾、中学校で共に過ごしたいと高き才ある子供達とは違う。
それが司の自負であり、自分に対して抱くと決めた認識だ。
故に司は自分で思考を巡らせ推測しそれに満足しつつも、それを盲信することはない。
あくまで仮説、仮の結論としておいておいて、それを終始アップデートし続ける。
そうやって最善を目指すのが司のやり方だ。
ひとまずある程度思考に整理はついた。
早速その確認の一環として、昨日は本の話や神室に薦める本の話題に終始してしまった椎名にクラスの様子を尋ねてみようとメールを起動したところで面談室の扉が開く。
「すまない、遅くなった」
「いえ、時間は……確かに過ぎてますけど、誤差の範囲ですよ」
時間を確認すると、約束の時間より数分遅れている。
真嶋にしては珍しいと思いつつ、別に目くじらを立てることでもないので軽く流す。
「遅刻は遅刻だ。すまなかった。
そしてその理由について、ここの映像権と使用権を一時的に抑えているお前にも知る権利がある。
本題の後でも先でも良いが、どうする?」
「じゃあその理由を軽く聞いてから本題でお願いします」
司の言葉に頷いた真嶋は、司の対面に座って話し始める。
「面談室の映像権と使用権を抑えた生徒は初めてだったため、他の職員が興味を持っている。
1年生の担任に限らずだ。
また付随して情報を公開するが、金銭による場所の貸出については教師及び職員間で共有されている。
一部の権利の購入についてもだ。
これは、その事実を認識していない教師によって購入した場所の使用や権利が侵害されるのを防ぐための決まりだ。
土門の場合は名前をプライベートポイントを使って伏せているため匿名となっているが、今この時間に面談室の使用権と映像権が抑えられている、という事実は共有されている」
「それで色々と詮索された、ってことですか。
真嶋先生がこちらに来たことから、1年のAクラスだ、というところまでバレてますかね」
「おそらくは」
予想しなかったわけではないが、思っていた以上にこの学校の教師は生徒に対して関心が強いらしい。
真っ当に教師らしいことをしているのは授業を教えているぐらいだからと、生徒と関わることを避けているのかと考えていたが、生徒自体には興味があるらしい。
「もしかして、学校の方針で放任主義みたいですけど、クラスの序列で担任にボーナスとか生徒の特権みたいな特殊な報酬があったりしますか?」
「それについては答えられない」
「はい、わかりました」
もう流石に教師の『答えられない』が『普通じゃないことがあります』という自白だというのは理解している。
この学校はその特殊な部分を隠し、生徒に自分で見つけさせることを楽しんでいるようなのだ。
今ので言うと、自分のクラスを放任する様子を見せながら他のクラスの生徒に興味を持つのは、学校の方針として担当クラスの手助けはしないものの、それはそれとして他のクラスの生徒には関心があることには理由がある、ということを示している。
「まあ、ここの権利を抑えても廊下を監視されてたらどうしようも無いですからね。
学校全体の権利を買うわけにも行きませんし……。
今回のって対面で渡さないといけないものだったんですか?」
「そもそも学校側からの資料は紙で渡すのが基本だ。
3年間のテスト日程など、特殊な情報についてのみデータでのやり取りを行っている」
「……まあ、良いですけど。
今後似たようなことがあるときは、町の方のカフェとか会議室を指定しますよ?」
「時間外労働の残業代が出るなら赴こう」
「教師が生徒から残業代取るのはギャグでしょ」
「ここはそういう場所だ」
司が色々とメールで問い詰めたために、それに答えていた真嶋の方も他の生徒に対するのと比べていくらか遠慮が抜けている。
「では、本題に移ろう」
そう言って真嶋は、手にしていたバインダーから司が要求していた資料が入った封筒を取り出す。
都合5枚程度の封筒には、それぞれ1年分の資料が入っている。
「これがお前が購入したものだ」
「今確認しても良いですか? 後でメールで尋ねるのも面倒なので」
「手早く済ませてくれ」
真嶋の肯定を受けて、司はその場で受け取った封筒を開封し、中身を確認していく。
そしてその表情が次第に怪訝なものに、そして呆れたものへと変わった。
「……あのー……、これ、本気ですか?」
「何のことかわからないな」
「いや……ええ?
過去5年分全部一緒はギャグですよホントに」
司が真嶋から購入したそれ。
過去5年分の中間テストの問題だ。
つまるところ過去問である。
「これは流石に予想してなかったっすわ……。
しかも範囲ずれてね?
まあ良いけど」
その問題の内容が、司が購入した過去5年分で全て一致していた。
似た問題が出ているとかそういうレベルではなく、例えば数学であれば問題文の一字一句一緒で使用される数値も同じだ。
ちょっとしたアレンジもない使いまわしである。
故に司は、それを確認して呆れたのである。
「私の方からも聞きたいことがある。
何故これを私に対して要求した?
まだ過去問の存在にたどり着ける情報はなかったはずだ」
呆れた表情で問題を封筒に仕舞う司に、真嶋はいつもの真面目な表情で問いかける。
「真嶋先生がテストの話したとき、『君たちなら乗り越えられる』みたいな言い回ししてましたよね?
なんか引っ掛かったんですよね。
まあ問題のレベルから普通にみんな良い点取りそうではありましたけど、この学校だからなんかあるかなと。
だから3年周期で同じ問題だったりとか、過去問から傾向がはっきりわかる問題だったり、似たような問題が出たりするのかなと思って分析するつもりだったんですよ。
まさか教師に過去問を貰うだけでプライベートポイントを請求されるとは思ってなかったですけど」
「この学校では様々な行為に対価が必要となる。
それが社会の基本だ」
「何回も言うなら俺も何回も言いますけど、あなた教師ですよね?
この学校のやり方かもしれないですけど……良くないですよ、ほんとに。
まあ先生に言っても意味ないんでしょうけど」
これ以上問答をしても意味はない。
そう判断した司は、封筒を持って席を立つ。
「お時間を取ってくださりありがとうございます」
「ああ、構わない。生徒の疑問に答えるのは教師の役目だ。
許可されている範囲にはなるが、また何かあれば言ってくれ」
「ありがとうございます」
そのまま面談室の扉ではなく窓へと向かった司に、真嶋は少しの沈黙の後声をかける。
「これは純粋な興味だが、そのテスト問題をどうするつもりだ?」
「これですか? どうもしませんよ。
俺も純粋に興味があっただけなので」
「それを使えばクラスの平均点を大きく上げてクラスポイントを最大限に得ることも出来るが、お前はあまり興味が無いように見える」
「まあ、別にそんなに……。今のところ葛城と坂柳さんが頑張ってくれるようなので任せておこうかと」
どっちかというとクラスポイントを吹き飛ばしてでも内ゲバをやりそうだが、しかしクラスのリーダー格という意味ではその2人で間違いない。
選択肢として正解という意味ではなく、それしか選択肢がないという意味で。
「……余計な詮索だったな。忘れてくれ」
「はい。それでは。失礼します」
改めて真嶋に、そして面談室に一礼をして、司は面談室の窓を開ける。
その姿を見て首を傾げていた真嶋は、はっとした様子で静止の声を上げる。
「待て、土門。まさかお前」
「職員室から廊下を張られてるなら、通らなければ良いんですよ。
後は上手いことやっておいてください。では」
しかし司はその静止の声に顔を向けることもなく、窓枠を乗り越えて面談室の外へと飛び出した。
面談室から教室へと戻る場合、1階にある面談室と階段、そして同じく1階にある職員室の位置関係上、どうしても職員室の側を通る必要がある。
そのため先程真嶋が言っていた、注目し探っている教師達の目をかいくぐるのは難しい。
ならば単純な話で、そこを通らなければ良い。
普段は使われないが、窓だって災害時などには立派な道なのである。
司が飛び出した後の窓から呆れた表情で、額を抑えながら首を振る真嶋が見える。
その彼に再度一礼をして、司は背中を向けた。
「さて、帰るか」
事前に把握している校舎内に入れる入口へと向かいながら、司はこの後のことに思考を巡らせる。
今日はこの真嶋とのテストの過去問の受け渡し以外、特に予定は入っていない。
本もまだ先日まとめて借りた10冊を読み終えていないので、図書館に行く予定も今のところはない。
ただ椎名に薦めて貰った分だけは早めに読んでお礼と感想を伝えた方が良いだろうから、今日も時間が空いている時には読むことにしているが、それは空き時間や、寝る直前に読書の時間を取っている。
それ以外だと、1度帰って着替えなどを持って敷地内の端の方にある寂れた体育館に行って運動をして。
汗を流した後は部屋に帰って食事と日課の勉強、ニュースや社会情勢の確認をして寝る。
毎日ほとんど変わらないタイムスケジュールで司は過ごしている。
最大限効率的に多くのことを人生に詰め込むなら、さながらパズルのように1日の時間、1週間の時間、1ヶ月の時間、1年の時間とそれぞれに対して、やりたいことを最も無駄のない組み合わせで詰め込む必要があるのだ。
と、司が歩いていると、後ろからタッタっと軽い駆け足の音が聞こえた。
この学校では学年の教室は2階以上にあるのと、面談室が生徒の使用する玄関とは反対側にあるので特に見ている人間はいないだろうと考えていたのだが、運悪くこちら側にも人がいたようだ。
とはいえ特に接触する必要も無いので振り返りはしない。
そのつもりだったのだが、その生徒の方が司の方に声をかけてきた。
「こんにちは、土門君」
「一之瀬さんか。こんにちは」
振り返った司の視線の先には見覚えてのある少女の姿が。
いつもは食堂などでも連れている取り巻きを連れていない桃色の髪の少女が、そこに立っていた。
「土門君、今窓から出てこなかった? ちらっと見たけど、多分面談室だよね?」
「出てきたよ。ちょっと用があって呼ばれてたんだ」
「そうなんだ……ってそうじゃなくて。
面談室にいた理由じゃなくて、窓から出てきた理由が私は気になってるよ?」
「窓から出てきた理由……?」
「そんな『何言ってるのこの人』みたいな顔しないで貰えるかな!?
私だって自分の目がおかしくなったのかなって疑ったんだからね。
というかおかしいのは土門君の方だよ?
普通は窓から出てきたりしないよ」
サラッと誤魔化そうとした上に、『何かおかしいですか?』と言わんばかりの態度を取る司に、一之瀬は思わず突っ込む。
司の態度に一瞬流されそうになったものの、やっぱりどう考えてもおかしいのは司だと再度司に詰め寄った。
そんな一之瀬を見て司も、軽く流してしまうのは難しいと判断して大人しく事情を明かすことにした。
そもそも一之瀬は社交的な少女であり、それはつまり曖昧に誤魔化したとしても物怖じすることなく尋ねてくる可能性があるということだ。
これが例えば引っ込み思案だったりちょっとコミュニケーションが苦手な相手だった場合は、少し強気に『何もありませんでしたよ?』という雰囲気を匂わせれば相手が引き下がってくれるが、一之瀬のような相手にその可能性は薄い。
それも彼女の場合は、ちょっとした知り合いが普通ではないことをしているからと、何か問題があったのか心配するという善意による行動でそれをしてくる可能性がある。
ここで『まあちょっと事情があったんですよ』、なんて言い訳をしたところで、その事情について心配しながら重ねて尋ねられる可能性が高い。
だから司は、大人しく事情を話しているフリをすることにした。
「冗談冗談。
ちょっと担任に呼び出し受けてたんだけど、なんでか知らないけど他のクラスの先生に注目されてたらしくてな。
面談室から教室に戻るのって、廊下を通ったら職員室前を必ず通るだろ?」
「面談室って職員室の奥にあるところだよね?
だったらそうだね、他に道は無いと思うし」
「けど他のクラスの教師に探られるのはなんか面白くなかったから、面談室の窓から逃げてきたってだけ。
特におかしなことは無いでしょ?」
「それは確かに……」
司の『ね、普通でしょ?』と言わんばかりの態度に再び流されて頷きそうになる一之瀬だが、ハッとして首を振る。
「いやいややっぱりおかしいよね?」
「誤魔化されてはくれないか」
「そんな雑に誤魔化されたりはしないからね!?
話したくないことなら聞かないけど、何か事情があるなら手助け出来るかもしれないから教えてほしいな?」
あくまで司が心配で尋ねている一之瀬。
ここで『話したくない』と答えるのは簡単だが、しかし一之瀬との関係を少しずつでも深めておくにはここで相談しておいて、ついでに自分が多少頭が回るというところを少しは見せておくべきだ。
ついでに一之瀬に有益な忠告でも出来れば、後でそれが一之瀬に理解されたときに司の株は上がる。
実のところ今現在司がこの学校で出会った生徒の中で、神室というそもそも心療内科に通った方が良いであろう少女や、多分本当に読書仲間が欲しいだけでこんなところに来てしまったであろう椎名を除けば、一之瀬という少女は1番人材として引き込んでおきたい人物なのだ。
坂柳のような癖のある人材は置いておくとしても、葛城のようなシンプルにリーダーシップを発揮する真面目な人間よりも、一之瀬という少女の特性の方が得難いというのが司の判断である。
「別に話したくないわけではないよ。
でも本当に理由はそれぐらいなんだよな。
職員室の前は通りたくなかったから、窓から出てきた」
「確かに職員室の前を通りたくなかったら普通じゃないところを通らないといけない、っていうのはわかったよ。
だけど、他のクラスの教師に探られたくないってどういうことかな?
先生が生徒のことを探るっていうのが、よくわからないんだけど」
(あーなるほど。確かに学校のシステムでクラス間の対抗が発生することがわかったから、今はそっちに意識が向いているのか。
そういう意味じゃあ、クラス間対抗は学校の異常性から目を逸らすための役割も果たしてるのかも)
生徒間での対抗という普通は無いことが存在している、というのは理解したが、それでも生徒にとって教師は教師であり、普通は敵ではない。
一之瀬はそう理解しているし、理解していたからこそ逆の可能性を考えることが出来ていない。
「今って一応クラス対抗状態でしょ?
それも3年間通しての」
「うん、多分そうなるよね。3年かー、長い間続けるのって結構大変だね」
「で、まあ多分教師も1年間は同じクラスを担当すると思うのね。
流石に公平性が保てなくなろうだろうから学年が上がったら変わるとは思うけど。
まあだから、教師とクラスは切り離せない。
これは良いよね?」
「公平性が保てなくなるってことは、先生によってクラスの成績に差が出る、ってことかな?」
「いや、もっと単純な話でさ。
1年間も担任として過ごしてたら、教師も生徒の側に情が湧いちゃうでしょ。
この子達頑張ってるから勝ってほしいな、みたいな。
3年間も続いたら凄い情が湧くと思うよ?
普通の中学校とか高校でも担任の教師が卒業式で泣くこととかあるし」
実際教師業というのは、業務の内容とは別にそういう精神的なストレスというか負荷もかなり大きい。
普通に働いて偶に転勤とか部署異動とかある企業とは違って、どれほど心をかけて育てた生徒たちも最大3年で別れのときが来る。
人によってはそれが辛くて教師業がうまく出来ないという人もいるだろう。
それは逆に言えば、それだけ思い入れが発生するということでもある。
「あ、そういうこと?
つまり、例えば私だったら、星之宮先生が私達に有利になるように働きかけてくれる、ってことだよね?
……確かにあるかも」
「星之宮先生に対する厚い信頼がよく分かる。
もちろん負の方向で」
「にゃはは、ちょっと他の先生と比べて緩いな、って思うところはあるからね。
でも、良い先生だよ?」
「まあ良く知らないから何も言えないけど。
でも、そういうことを考えると、他のクラスの担任に探られるのはなんか嫌でしょ?」
司の言葉に、一之瀬は『確かに』と顎に手を当てながら考え込む。
「あるとしたら、どんなことを手助けしてくれるかな?」
「さあ。多分ちゃんと色々教師にもルールがあるとは思うけど……。
まあいくらでもやろうと思えば手伝えるだろうし。
例えば説明1つでもさ、わざと強調して説明するとか、違和感がある説明をわざとして生徒に気づかせるとかは出来るでしょ?」
実際真嶋の言い回しにも敢えて違和感を持たせているであろう部分は散見されるし、そこの調整は流石に全てが決まっているというわけではなく、教師それぞれに言い回しを工夫しているのだろう。
でなければ担任の教師はもっと個性の出ない、それこそ黒服にサングラスの画一的な機械のような人間になっていても採用していてもおかしくはない、というかこういうシステムの学校ならば、それこそ教師はシステムの一部とした方が運用がしやすいはずだ。
「それはできそうだね。でも他のクラスのこととかは流石に聞いても教えてくれなさそうかな」
「そのあたりは塩梅次第だと思う。
『誰に気をつけないといけないか』って感じで明確にアドバイスになると、自分のクラスの手助けしてることになりそうだから駄目だろうけど、雑談の中で『〇〇さんがあのクラスではみんなをまとめてるみたいだよ。凄いよねー』みたいな話をするぐらいなら許されそうでしょ?
それでも自分のクラスにとって有益な情報をさり気なく伝えることは出来ちゃうからさ」
「……確かに。やり方次第ではどうとでもなっちゃうのか。
うわぁ、そうなると確かに、他のクラスの先生にも気をつけたほうが良いのかも」
「制限はかかってるだろうからそこまで気にしないでも良いとは思うけどね。
でも大事な話、例えばそれこそ4月中にクラスポイントのことに気付いてクラスメイトと共有する、みたいなことがあったら、それは他のクラスの担任には知られないように気をつけた方が良いかも」
「そっか、確かにそれだと、あのクラスが怪しいってわかれば私達生徒が探ることも出来ちゃうもんね。
そういうことがあったら気をつけないとだね」
うんうん、と頷く一之瀬。
あまり教師に対する不信感を植え付けすぎるのは彼女の学校生活にとって良くはない、と多少調整はしたものの、これで彼女もまた教師に対して警戒心を持ってくれるはずだ。
問題はそこから更に学校サイドに対する不信感を持ち、色々と考えてくれるかどうか、だが。
(流石にそこまでは見通せないな。
まあおいおいやっていこう)
「一之瀬さんは、この後帰り?」
「うん、そうだよ。でもどうして?」
「いや、俺が変なことしたせいで心配させちゃったけど、時間は大丈夫かなと思って」
「にゃはは、そう言えばそうだね。
ごめんね、時間取らせちゃって」
一之瀬の時間を心配した司の言葉だが、その言葉には当然それだけでなく司からの要望が含まれている。
一之瀬の時間を気にすることで『自分は時間を気にしています』と暗に示しているのだ。
というよりは、そう聞こえるように司が敢えて口にしたのである。
その言葉を彼女がどう解釈するのか、見てみたかったのである。
それをすぐに理解した一之瀬の配慮に、司は彼女が人格的に優れているというのを再確認する。
「いやいや全然。俺も特に予定は無かったから気にしてないよ。
むしろ他のクラスの人とは話してみたかったから、声かけて貰えてありがたかったかな。
自分から話しかけないで良くなったし」
「そうなの?」
首を傾げる一之瀬に、司は照れくさげに笑ってみせる。
「うん。あんな感じでクラス対抗だったりとか、特権がAクラスにしかないことが明らかになったでしょ?
うちのクラスでは早速派閥争いが始まってるし、他のクラスはどうなってるのかなと思って」
「あー、それは確かに私も気になるかな。
クラスの皆からちょっとずつ聞いてはいるけど、ちゃんと話してみたいとは思ってたし」
「ま、そういうわけだから、話しかけられたのは別に嫌では無かったよ」
良い感じに話をまとめようとする司。
と言ってもこれも司の本意ではない。
心理学的なテクニック、という程のものではないが、一之瀬の側により会話にのめり込んで貰うための話し方だ。
ここで司がまっすぐにこの後の情報交換に誘うよりも、一之瀬に情報交換を意識してもらった上で切り上げる素振りを見せて一之瀬の側から誘って貰った方が、彼女に『自分が必要とした』という感覚を植え付けることが出来る。
その方がより情報交換に積極的になって貰えるし、司に要求したという形になり、精神的に借りを作らせることも出来る。
大抵の人は、受けた恩を請求されなくても返したくなる性質を持っており、その結果として相手に対して友好的になるものだ。
仮に彼女が司の思うように情報交換を求める素振りを見せなければ、思いついたように再度誘い直しても良いので、やっておくだけ損ではない方法である。
「あ、うん。それなら良かったよ。
土門君はもう帰るのかな? 得に用事は無いってさっき聞いたけど……」
「まあ部活も入ってないし、取りあえずは帰るかな。
予定は特に無いけど……」
何故? という雰囲気を態度に見せる司。
「それじゃあ、良かったらこの後ちゃんと情報交換、しない?
ちょろっと話すだけじゃああんまり情報交換出来てないし、せっかくならどうかな?」
そして一之瀬は、司の思った通りに誘いにのってきた。
「え、良いの?
一之瀬さんクラスの中心的な人みたいだし、忙しいと思ってたから誘わなかったんだけど」
「クラスの中心って言っても、別に皆に命令したりしてるわけじゃないからね。
そんなに忙しくはないよ」
「そっか。それじゃあこちらこそ、情報交換お願いしていいかな?
ついでにカフェでお茶でもどうでしょう?」
「にゃはは、なんかナンパしてるみたいだよ?
土門君ってそんな感じの人だった?」
わざとらしくキザっぽい誘いの言葉を吐く司に、一之瀬は笑いながら返す。
可愛らしい容姿をしておりこの学校でも男子生徒からそういう評価を受けている、と理解している彼女だが、一方でしつこいほどに声をかけてきたり強引に性行為に及ぼうとするような質の悪い男性にはまだ遭遇した経験がない。
そのため司の言い回しに嫌悪感はなく、むしろおかしさを感じている様子だ。
「普通に誘うのは照れるわ。
一之瀬さん男子からなんて言われてるのかわかってる?」
「ふーん、なんて言われてるのかな?」
言葉は疑問形だが、一之瀬の反応は少しの照れと悪戯っ気があるものだ。
「いや、その反応はわかってるでしょ」
「にゃはは、からかうのはこれぐらいにして、それじゃあ行こっか。
荷物取りに行くよね?
昇降口のところで集合で良いかな?」
「了解。荷物取ってくる」
一之瀬と別れた司は教室で荷物を回収し、その後玄関に向かった。
坂柳一派、葛城一派ともに教室にはおらず、神室もまた椎名との約束があると言っていたので教室には居なかった。
その後に行われた司と一之瀬のカフェでの情報交換は、司の目立ちたくないという要望もあって町のケヤキモールとは別の小さなカフェで行われた。
司は一之瀬とそれなりに情報を交換しあい交流を深めると同時に、期日を定めないものの次回についても匂わせることで、その後の交流への布石とするのだった。
前話後書きに追記していますが、皆さんのおすすめの本募集します!
下記リンクから活動報告に飛ぶことが出来ます。
また学術書や小説などと記載していますが、勉強の面で大学受験のおすすめの参考書も募集します。
私は本屋で眺めるばかりで実際にやった参考書はそこまで数が無いので、おすすめが聞けると嬉しいです。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=320934&uid=363075
また、今更ながらにご説明。
本作は主人公が高育のあらゆることにツッコミを入れたりよう実世界の社会情勢に触れたりしながら、一部生徒を一般的な大学受験やその後の社会に向けて導いていくストーリーになっています。
主人公が坂柳と真っ向からぶつかって打ち破ったり、龍園の策略を阻んだり、綾小路と全面対決をしたり、あるいは一般生徒を罠にはめて搾取したりするするような長期的に大きく盛り上がる原作のような展開は存在しません。
あったとしても原作キャラが気付いていない側面からサクッと突破するぐらいになります。
主人公がそもそも学校のシステムに積極的に関わるつもりが無いですからね。
ストーリー的に関わることはありますが、原作にあるような熱い展開は無いです。
言わばRTA系小説のRTA部分。
うんちくと説明を垂れ流し続ける感じで、盛り上がる系の小説ではありません。
そこを事前に、とはなりませんでしたが、ここで謝罪させていただきます。
今後も淡々と突っ込み神室達を導いていく主人公のストーリーをお楽しみください。
ただし彼女達との関係次第では特別試験などに干渉することはあるので、そこはご期待ください。
他のキャラクター視点(一人称の地の文という意味ではなく、司がいない場面で、ということ)での描写を読みたいですか? 例えば松下が中間試験への対策に奔走する姿を松下視点で書くのか、あるいはいつも通り司が後から聞いたという形で書くのか。司という異物への、司が居ない場面での反応(例えば神室と松下が2人で話してる場面等)も含めて、視点を統一するべきか色んなキャラの目線を書くべきか悩んでいます。
-
司中心で、司が見聞きした情報で良い
-
他のキャラクター視点の情報もみたい。