大学受験舐めてんのか 作:オカルトって面白いよね・蠱毒とか
すなわち、直接の成果、価値への取り組み、人材の育成である。
これらすべてにおいて成果をあげなければ、組織は腐りやがて死ぬ。
したがって、この3つの領域における貢献をあらゆる仕事に組み込んでおかなければならない”
ピーター・ドラッカー
時は過ぎて週末。
5月1日に約束した通り、この週末に司は時間を取り、神室からの質問に答えることになっている。
その約束の時間が土曜日の午前中から。
11時に敷地内の多数の店舗施設が集まっているケヤキモールのカフェに集合するようにと、金曜日に地図画像つきのメールを司は受けていた。
わざわざカフェの開店時間まで付記されていたのは少しばかり気になったが、特に急ぎの用事があるわけでもないので司は了承した。
神室の質問に答えたとしてもせいぜい2、3時間程度。
11時から昼食を含めても15時ぐらいには終わるはずだ。
そこから日課の運動とトレーニングをしても十分に時間は足りる。
そう判断した司は、昼からは外で色々をする分、約束の時間までは軽く大学受験の問題を解いたり読書をしながら過ごすことにしていた。
起床した時間はいつもどおり午前4時。
司は前世の生活を再現して、高育での普段の生活は高校生としては少し早すぎる早寝早起きをしている。
とはいえある程度入眠するためのルーティンも決まっているので、何かしら用事があれば深夜起きて昼眠ることも自由に出来る。
起きてから軽くストレッチとランニングをし、シャワーを浴びた後に食事。
それから軽く部屋の中で出来るトレーニングをやって、毎朝の一連の流れが終わる。
それが終わる頃にはおよそ7時になっているので、平日はそこから軽く読書か勉強をしてから通学、土日はそのまま家事を済ませてその日したいことに移行する。
(準備も含めて1時間前に動き出せば間に合うか。なら後2時間半……川合の京大評論やって、後はプラチカでいこう)
今日は時間に限りがあるので、普段やっている勉強をどの程度の時間がかかるかで組み合わせて、出来る限り有効に時間を使えるようにする。
時間が空いたら空いたでスキマ時間に出来る勉強をしたり読書をしたりすれば良いのだが、きっちりしておくのが楽しい司は敢えて時間配分を考えて予定を組み立てることにしていた。
早速最初から備え付けてあった本棚にしまっていた問題集を取り出し、タイマーをセットして評論文を読んでいく。
司が普段高校生としての勉強として触れている主な教科は、『国語(現代文、古文含む)』『数学全般』『物理』『化学』『生物』である。
英語は高い英語力があれば大学入試の問題程度ならば問題はないので時間は割いていない。
日本史、世界史も同様で、ある程度試験の形式に合わせて記述方法など練習する必要はあるものの、知識自体は司が持っているものを活用することが出来るので、そこまで時間は取っていない。
一方逆に時間をかけている教科は、大学受験に向けた専用の勉強をする必要がある教科ばかりだ。
例えば国語の評論問題なんて普段文章を読んでいても必要が無いところまで思考をしてそれを文字に起こすことを求められるし、数学は理論と思索が主体の大学数学とは違って持ってる知識を組み合わせて与えられた問題を解くパズルに近いものだ。
理科系統の科目にも似たところがあり、それらは大学でやる学問とはまた違う、『大学受験のための高校の勉強』という科目として学ぶべきものとなっている。
だからこうして、問題集を使って大学入試の試験の形式になっても対応出来るように練習しているのだ。
司自身も大学には通うつもりでいるし、行くならば上の方の大学に通うつもりでいるので備えはしておいて損はない。
そしてそれとは別の理由として、司は大学入試の勉強を好んでやっていた。
「……うん、相変わらず良い回答だ。
やっぱここは他とは一味違うな」
30分ほどかけて評論問題を解き終えた司は、それを用意されている模範解答と照らし合わせて採点し、解説を確認する。
自分の文章に対する解釈がどの程度作問者の意図と合致していて、問題の求めているところにどの程度合わせることが出来たのか。
解答として必要とされるところをどの程度汲み取ることが出来たのか。
それをどの程度求められている形に作り変えて回答することが出来たのか。
これは確かに実力、能力を測るものではあるのだが、測られているのは単純な知識や思考力ではなく、『大学受験のための高校の勉強』に対する能力だと司は考えている。
それを通して、それらを学ぶ中で育っているであろう知識や思考力などを評価しているのだ。
純粋な能力ではなく、与えられた形式の中で与えられた形式で返す試験。
言ってみれば、特定のルールの中で行われているゲーム。
つまりは特殊で複雑な性質を持ったパズルのようなものだ。
こんなことを考えていると、世の受験に向けて必死に勉強する受験生達に怒られてしまうだろうし、受験を乗り越えてきた人々からは『馬鹿にしているのか』と罵声を浴びせられるだろう。
だが考えてもほしい。
世の中で、明確に答えが出ている長文の読解をするのなんて、小中高の勉強か、そうでなければクイズぐらいのものだ。
必ず答えられる形に整えられた数学の問題が出されるのだって、高校の勉強までのことだ。
はっきりと生徒の能力を測るために、高校の勉強というのは単純な知識や思考力の訓練の上に、『出された問題に対して適切に解答する』という判別方法、つまりは『ルール』を持ち込んでいる。
それによって知識の習得や思考方法の学習と、それを経て挑む能力の測定、試験問題が組み合わさり、さながらパズルのようなゲームのような様相を呈しているのだ。
無論、ここで言うパズルやゲームというのは遊びであったり適当にするものであることを指しているのではない。
一定のルールに基づいて、様々な教科における知識と思考方法を本来の用途とは少しずれたり制限された形で活用して立ち向かう、必ずクリアできるように作られた難題。
そういう意味で、どれほど複雑であろうとも必ず合う正解が見つかるパズルであったり、あるいはどれほど困難であろうともクリアできるようにと整えられデフォルメされて作られたゲームだったりに似ているのだ。
司は、そのパズルとしての、ゲームとしてのテストや問題を解くことを好んで取り組んでいる。
理由は単純、楽しいからだ。
与えられた問題に自分の持っている武器を組み合わせて打ち勝つ。
あるいは作問者の狙いに気づき、求められていたものを正確に打ち返す。
そのパズルが、ゲームが楽しいのだ。
特にトップレベルの国語(現代文古文含む)や数学、物理の問題にはそれが顕著だ。
英語で言うならばそれは、ネイティブでも正答するのは難しいと言われる英検1級などと似ているかもしれない。
解くための問題。
問題のための問題。
本来の知識や社会で求められる能力とは少しずれたものをずれた形で、『大学受験のための勉強』というルールのもとで解決を求めてくる問題。
それが、一度大学受験を経験してから人生をやり直し、前世以上に多くの経験をしてきた司の結論であった。
もっとも受験生がそんなことを考えているわけはないし、彼らは目の前の問題に向き合っているだけだ。
ただ、一度人生をやり直している上に、並の大学生や場合によっては1分野の研究者を総合的に超えるほどの知識を蓄えた司が、今更大学受験の問題を楽しんでしまうことを自分に正当化するには、そんなもっともらしい分析と理屈が必要だったというだけである。
無論他に山程面白いことはあるため今生ではこれまではしてこなかったが、1学生として閉じ込められている現状にこれほど適した趣味もない。
あるいは教師役を求められてもこなせるように備えている、という目的もある。
「安定の7割ちょい。やっぱこれうんこだろ、完答させる気無いって」
なお今生でとんでもない量の知識を叩き込み思考訓練をしてきて、かつ国子塾でも過去最高クラスの人材である司でもこの程度しか取れない問題が、大学入試にはちょくちょく存在している。
それも前世から頭脳が文系よりで現代文などに素質が特化している司でこれだ。
普通に考えて簡単だと見下せるものではないし、例え必要とする場所を乗り越えたとしても、そのパズルとしての、問題としてのレベルの高さはなお称賛に値し、挑戦する価値があるのだ。
現代文を解き終えた後は、数学の問題集を引っ張り出してそれとにらめっこしつつ、ノートの上にシャープペンシルを走らせていく。
図を書き、グラフを書き、思考の足跡を残し──。
そうやって問題に対する解答を作り上げていく。
そうして1時間、現代文と合わせると2時間が過ぎた頃。
ピンポーン
司の部屋のチャイムが来客を知らせてきた。
「……はーい」
来客の予定は特に無いが、来たものには取りあえず対応をしておく。
通販などで購入したものは、危険物のチェックもあって基本的に寮の受付の方で一度預かり、それを生徒が受け取って帰るという形になっているので、宅配が届いたという可能性はない。
となると近隣の住民、つまりは同じ学年の生徒か。
そう考えながら司は扉を開けて。
「はー、い」
「おはよう」
「おはよう、土門君。神室さんに誘われて来ちゃった。
入れてもらっても良いかな?」
目の前に広がる光景に、珍しくピシリと固まってしまった。
「ちょっと、聞いてるの?」
そんな司に、いつもの制服とは違う私服の装いをした神室が不機嫌そうに眉をひそめる。
顔合わせの段階では珍しく不機嫌さの無い柔らかい表情をしていたが、司が固まっているうちにいつもの神室に戻ってしまった。
「は──、いや、取りあえず入って。
ただし玄関まで。そこで話を聞かせてもらうから」
「はーい」
「ふん」
なんで来たの、とつい問いかけたくなった司だが、この他の生徒も利用している寮の廊下でそれはまずいと考えて2人を招き入れる。
高育の寮はマンションのような構造になっており、同じフロアにいくつも生徒の部屋が並んでいる。
今日は土日であるため人の動きは激しくはないが、しかし男子の部屋がある階を女子が訪れているとなると、余計な注目を招きかねない。
そう考えて、尋問する前に2人を招き入れたのだ。
「今日は簡単に入れるわけ?」
それが先日司に言葉を尽くして断られた神室には不満であった。
もちろんこうやって約束の時間の前に松下を誘って2人で詰めかけたのは司の部屋に入るためであったが、しかしそういう細工をするのと実際に受け入れられて気に入らないという感情は同居しうるのだ。
「玄関前で問答したら目立つだろ。
それに玄関まではノーカンだから」
結局部屋の中に入れなかったのは、あくまで時間帯や高校生でかつ恋愛関係にも無い男女の道理的なものを意識したからなので、逆に言えばそこに抵触しない昼間でかつ何も起こりようが無い玄関までならば、そこまで司は気にしない。
「それで、約束の時間まではまだあったと思うけど、どうしたの?」
「……」
司は当初約束していた相手である神室に視線を向けるが、神室は何故か口をつぐんでしまって話さない。
そこで松下に視線を向けるものの、彼女は彼女でニコリと笑って答えようとはせず、神室をつついて話させようとしている。
そのまま司が待っていると、少しして神室が口を開いた。
「別に……男の部屋がどんなになってるのか気になっただけ」
「はぁ、なるほど」
神室のその言葉に司は曖昧な言葉を返し、松下は額に手を当てて天を仰ぐ。
まるで『あちゃー』とでも言わんばかりの様子だ。
「神室さんは土門君と色々あったから、一泡吹かせたかったみたいだよ」
「ちょ、ちょっと──」
「私は単純に好奇心かな。
あんな感じで考えてる高円寺君の友人がどんな生活してるんだろうって。
それに土門君はこの学校ではお金持ちみたいだし」
「なるほど?」
神室に視線を向けると、いつもの不機嫌さの中に恥ずかしさが入り混じった表情で視線を逸らされる。
取りあえず神室に事情を聞きたいが、追い出すわけにもいかない。
幸い着替え自体は済ましてあるので、司は2人を部屋の中にいれることにした。
「まあ、取りあえず中でちゃんと話聞かせてくれ。
事情がわからないと追い出すのも気が引けるから」
******
部屋に2人を招き入れた司は、床に置いたテーブルを挟んで2人と向かい合っていた。
最初は黙っていた神室も、少しして決心がつくと理由を説明してくれた。
その説明によると、司の部屋に押しかけたのはいくつかの理由が重なってのことらしい。
まず1つに、一泡吹かせたいと思ったこと。
これは、司が色々な場面で神室に配慮したり、場合によっては子供や庇護対象のように扱ったり、あるいは子供に教えるように接することから、妙に反抗心のようなものが育ってしまった、ということらしい。
同級生相手にそういう接し方をされたことで、害を加えたいわけではないが、驚かせる等の形で仕返しをしたい、と感じていたようだ。
また先日司に部屋に入るのを断られたことが、その一泡吹かせたいという思いと繋がったとのことだ。
その時はまだ気が動転していて咄嗟に口にしてしまっただけで、男子の部屋に入りたいと考えていたわけではないが、後で考えたときにそれが浮かび、また内容に関わらず断られたという事実への不満が、仕返しの手段として司の部屋への強襲を選んだ理由だった。
そして最後に、純粋に司に対する興味。
そこまで司が自分のことを明らかにしているわけではないが、それでも神室は司の話を聞き、その思考が普通の高校生のそれではないことを理解している。
更に先日のやり取りで高円寺同様にプライベートポイントを稼いでるのがわかっているので、どういう生活をしているのか気になったのだ。
また神室自身は口にはしなかったが、部屋への興味だけでなく、司自身に対する興味も神室は持っている。
まだ漠然としたものであり、それがどういう感情に由来するものか神室自身もわかってはいないが、純粋に知りたいと思った。
そんな司に対する興味が、部屋、生活への興味という形で発露したのが、今回の司の部屋への強襲であった。
「なるほど。それでわざとカフェの開店時間が遅いことを伝えたりして、俺が部屋にいる状況を作っておいたと」
司の言葉に神室はコクリと頷いた。
11時という昼食には早く朝食には遅いという中途半端な時間を指定し、その上カフェの開店時間が11時なのでそれ以前に来ても意味はないと伝えたのは、司が外出してしまわないようにするためだったらしい。
道理で、カフェの開店時間なんてものがメッセージに付記されていたわけである。
「まあ、そういうことなら別に良いけど。
見られて困るわけでもないし。
ああでも、無いとは思うけど他言はするなよ?」
「するわけないでしょ」
「私は弱味握れるかなーと思ってたところもあるんだけどねー。
上がらせて貰ったし他言はしないよ」
松下が妙にあけすけなのは、この場の3人は互いに秘密を握り合っている共犯者だという印象があるからだ。
実際には司の学校に対する評価が明らかになっているだけで神室は何も秘密は明かしていないし、その司の学校に対する評価も明かされたところでそれほど困るものではないのだが、とはいえ些細なものでも秘密を共有すると気を許したくなるのが人間というものだ。
場合によっては些細なことから初めて相手に信頼させるような手法に使われたりもするのだが、それはさておき。
「でも、そこまでおかしなところは無い、かな?」
「……普通」
「そりゃそんな変なことはしないだろ。
部屋が複数あるわけでもないし。
趣味の部屋を作るなら町の方の貸部屋を借りてやるよ」
2人が興味を持っていた司の部屋だが、特に見ていて目立つものはない。
強いて言うならパソコンとタブレットがあるぐらいだが、それもポイントの使い方次第ではまだ有り得る範囲だ。
司が2人を部屋に上げることに心情面で抵抗が無かったのは、そもそもこの部屋を自分固有の縄張りと認識していないからだ。
明確な根拠地がある司にとってはここはあくまで出先の仮拠点であり、そこに他者を絶対に入れたくないほどに個人の空間として意識していないのである。
出先のホテルに友人を招くのは、個人の家に招くのよりは心理的障壁が低くなるのだ。
加えてそもそも司はこの学校を全面的に信頼はしていないので、例え部屋の中であっても一定の気を張っているため、本当の意味で心を安らげる場所として利用していないというのもある。
「それだけのポイントがあるってこと?」
「まあ、そうだね」
「そう……」
「あ、でもここは結構凄いね」
松下がそう言って立ち上がって向かった先は、ベッドの足元の方に司が移動させていた本棚だ。
最初の位置は窓に近い位置の壁際だったのだが、本に光が当たる位置だったので移動させたのだ。
「これ見ても良いかな?」
「どうぞ」
本棚には、学校で使用している教科書兼問題集とノート類の他に、司が個人で揃えた多数の参考書や問題集が並んでいる。
本を部屋にいくらか置いている生徒もいるかもしれないが、この学校では書籍などにもかなり厳しい持ち込み制限がかかっている。
そしてポイントが制限されているこの学校で、本や参考書の購入にそのポイントを割り当てている生徒はほとんど居ないだろう。
それが減ることが明らかになった今ならば尚更だ。
そんな中で、大半が大学受験の参考書や問題集に偏っているが、司の部屋の本棚の充実具合はなかなかのものだ。
これは司がそれらを使っているということに加えて、若干のコレクター気質があるのも理由の1つだ。
継続的に使うものではなくても、ポイントに余裕があるならば取りあえず揃えておいて使いたくなったときに使えば良い、というスタンスである。
「凄い……お店で見たような参考書がたくさん並んでる」
「何、あんたこういうの知ってたの?」
司の本棚に並んでいる参考書を見た松下がポツリと呟いた言葉に、少し後ろから同じように見ていた神室が反応する。
「ううん、この前土門君に聞いて初めて知ったよ。
その後放課後に本屋さんに行って、参考書が並んでるか確認してみたから、そこで見たの」
「そういうことね」
「でも、本屋さんでも並べ方はおかしかったかな?
奥の方の隠れたスペースに並べられてたから、店員さんに聞いてやっとわかったぐらい」
松下の言葉に、司もああ、確かにそうだった、と内心同意の声を上げる。
司も観察の一環で本屋を訪れたのだが、本屋の中でも資格系の本や大学受験系の本は、奥まった半分隠し部屋のようになっているスペースに陳列されていた。
尋ねればすぐに案内してもらえたが、パッと見で生徒の目につくような場所ではない。
「……隠されてたってこと?」
「そうだと思う。一応置いてはいたけど、あんまり生徒に見せたくなかったのかもね」
「そう……」
2人の中には、司の言葉もあって学校側への不信感が募っている。
とはいえまだ高校生になりたての2人が、学校という敷かれたレールを自分で批判的に見るというのはなかなかに困難だ。
これが例えば大学生で自分で選んだ大学だとか、大人になってから学校に通い直すだとかならまだ自分の所属する教育機関を批判的に見ることも出来るが、高校生にとって高校というのは、当たり前に通い当たり前に通過する場所でしか無い。
もはや当然の日常であり、自分で選んだ、自分の将来のための場所という認識は難しいのだ。
それでも、2人はそれぞれに考えている。
そのことが司は嬉しかった。
「土門君が言ってた、生徒に自立してほしくない、っていうのは本当みたいだね」
振り返りながら言った松下の言葉に、土門は肩をすくめて返す。
彼女の言葉ではなく、そういう学校であるという事実自体に呆れたという表情だ。
とはいえ、また別の気付きもそこから得ることが出来る。
「けど一応本屋に多少の参考書は置いてあった。
だろ?」
「私は見てないけど……どんなだったの?」
「あ、私写真取ってきたよ。どんな参考書があるか後で調べようと思ったから」
そう言って松下が、神室に本屋の本棚を撮影してきた写真を見せている。
司は既に見ているが、高校生が主体のこの学校内にある本屋としては少しではなく物足りない規模ではある。
ただ並べられている参考書は、あちこちの進学塾や出版社がだしている雑多な参考書の中から、基礎から学ぶ生徒向けのものばかりが集められていた。
数と規模から難関大学向けの勉強まではカバー出来ていなかったものの、ある程度の基礎ならばカバー出来るように揃えられていたのだ。
松下から写真を見せて貰った神室が司の方を振り返る。
「これってどうなの?」
「量としてはかなり少ない。都会の本屋ならもっとガッツリ揃ってる。
けど参考書も問題集も、とにかく初歩とか基礎の部分ばっかり集められてた。
取りあえずちゃんと選んでやれば、基礎は身につくようになってたよ」
「流石にここまではデタラメじゃないんだ?
教科も学校の授業よりたくさんあるし」
「まあそれなりの大学に合格するには足りないものが多いけど、ちゃんと使えるのが多いよ」
ここからわかることはなにか。
「多分だけど、学校の上層部でも揉めてるんじゃないかな。
大半は学校の授業からも分かる通り生徒が勉強を出来ないようにしたがってるけど、一部が反発してるとか。
だから学校の授業は5教科だし図書館には本はないけど、一応敷地内の本屋に参考書は最低限揃ってる、みたいな。
まあ憶測だけど、学校の対応が徹底的ではないっていうのは、利用出来るなら利用していきたいね」
「……確かに」
学校側が本当に生徒を縛り将来的に奴隷のように使うつもりならば、もっとあちこちで洗脳的な要素を用いて、徹底的にやってきてもおかしくはない、と司は考えている。
例えば司が株や仮想通貨で儲けることが出来るようなシステムが許容されていたのもそうだし、問題集が並んでいるのもそう。
図書館の本だって直接的な参考書などは置いていないものの、大学で学べる内容や科学系、法律経済系等の本は多数揃っていたので、生徒が自発的にそれらを志して勉強を始めるきっかけにはなり得る。
他にももっと学校側に従順になるように些細な命令をたくさん仕込んで、次第に学校に従うことが当たり前になるようにした方が支配する側としては都合が良い。
そうした徹底さが、この学校にはないのだ。
これは司の推測だが、おそらく学校側は一枚岩ではないのではないだろうか。
この高育という学校を作った鬼島政権は確かにときの政権で連続して総理大臣を務めてはいるが、その権力はこんな金のかかる学校を自前で用意出来るものではない。
まずもって現与党は野党に押された結果若干過半数割れしている状況だし、その上内部でも派閥の争いが発生している。
それでなくても高育なんていう、既存の学校制度などから飛び抜けた学校を作るには、財力ではなく膨大な労力と法案の整備などが必要になってくる。
それらを単独で成し遂げる力は鬼島政権にはない。
故にこそ、他の多くの力を借りているはずだ。
政治家と並び立って大きな権力を持ってしまった日本の官公庁に、日本経済を牛耳る財閥や大企業。
土御門は協力していないが高円寺は一部が独断専行気味に協力しているようだし、他の財閥も手を貸している。
更には土御門と関係が深い野党とは別の複数の野党も手を貸しているという話だ。
それだけ多くの意思が、この高育成立に関わっている。
そしてそうやって高育というシステムの成立に手を貸した多数の企業や財閥は、それぞれにその報酬、キックバックなどを求めている。
例えばこの海上埋立地に立てた巨大な箱物の建設費は大企業にとっても一大事業となるほどの大きな利益を生んでいるだろうし、そこで継続的に使う物資についても利権を生んでいる。
そうしたものの1つが、この高育で無能であるようにと教育され社会で戦えないままに送り出される、奴隷として自由に使える人材。
それも高育の特権を持ち、どこにでも送り込める人間ということではないだろうか。
だが一方で、真剣に日本の未来を憂いてこの学校を作った人間もいるだろう。
あるいは鬼島もこちら側かもしれない。
圧倒的先進国であるアメリカとは違って未だに財閥に牛耳られ、経済的な開放性が薄い日本。
その体制の恩恵がある一方で、弊害もまた社会に大きな影響を及ぼしている。
それらを打破し、アメリカに続いて世界の大国として大きな成長を遂げることで、バブル崩壊後の日本の立て直しとしたい。
そんな思惑で人材を育てたい人も中にはいるだろう。
実際問題、そうした人材は建前上は財閥から切り離されたここでしか育てようがない。
だからこそ、良いように利用される中にも軛を打っているのかもしれない。
そんな多数の思惑が絡み合った結果が、この妙にチグハグな教育機関の現状を作ってしまっている。
それが司の現在の持ちうる情報から推測したことだ。
もちろんそこまで全てを口にすることはないが、取りあえずこの学校には不徹底さがあるということを理解してくれれば良いのだ。
「じゃあさ、土門君」
司の言葉を聞いていた松下が、棚の参考書を見ながら司に話しかける。
「何だ?」
「せっかくなら、私達がどうやって大学受験の勉強をしたら良いか教えて貰えないかな?
参考書とか詳しいんでしょ?」
松下の言葉は司に頼む形だが、その実司が断るとは考えていない。
ああいう話をしたのだから、当然教えてくれるよね、という圧が松下の言葉にはあった。
「もちろん。やる気になったなら教えるよ。」
「やった。ありがとう土門君」
「ただ時間が結構かかるから、空いてるときにまた言ってくれ」
「私は今日でも良いんだけどな。
神室さんは?」
「私? 私は……」
神室は、今日司に聞きたいことがあってやってきていた。
しかしその相談は松下にする必要はないし、後で司に聞くことが出来るものでもある。
そもそも神室が松下を呼んだのは『女の子が1人で男の部屋に入るのは良くない』という司の言葉への意趣返しのようなもので、一緒に話を聞いてもらうというようなつもりは無かった。
だからむしろ、神室と松下で共通して聞きたい話ならば、先にしておいた方が良いと神室は判断した。
「私も聞きたい。私の方の話は後で時間があるときで良いから、勉強のこと教えて」
「おーけい。そういうことなら骨を折りましょうかね」
こうして、司の大学受験及びそれに向けた勉強に関する説明会が始まった。
こっから数話ちょっと退屈かもしれません。
受験方面の話と司達の心情の話になります。
この日と、ちょっと現実の時間と前後しますがGWのお勉強会(これは後日に回すかもしれません)を書こうと思ってます。
それが終わったら定期試験とそこから暴力事件、無人島試験にシフトしていきます。
アンケートありがとうございます。高校で塾に行ってた人より中学校で行ってた人が多いのは私としては非常に意外でした。
結構都会だと中学校で塾に行くことが多いんですかね?
むしろ都会の高校生はみんな塾に行ってるぐらいのノリかと思ってました。
他のキャラクター視点(一人称の地の文という意味ではなく、司がいない場面で、ということ)での描写を読みたいですか? 例えば松下が中間試験への対策に奔走する姿を松下視点で書くのか、あるいはいつも通り司が後から聞いたという形で書くのか。司という異物への、司が居ない場面での反応(例えば神室と松下が2人で話してる場面等)も含めて、視点を統一するべきか色んなキャラの目線を書くべきか悩んでいます。
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司中心で、司が見聞きした情報で良い
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他のキャラクター視点の情報もみたい。