大学受験舐めてんのか   作:オカルトって面白いよね・蠱毒とか

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“明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ”

マハトマ・ガンジー


第19話 学びとは勉強にあらず

「さて、じゃあ食事も終わったところで各科目の勉強の仕方についてやっていこうか」

 

 一度昼食休憩を取ってから、改めて3人は机を囲む。

 

「美味しかったね、あのご飯。

 今度お店教えて貰っても良いかな、土門君」

「良いけど……まあちょっとお高いお店だったから行くときは気をつけてね」

 

 昼食は一度司が外出して、電話で予約しておいたレストランに弁当を買いに行ってきてそれをみんなで司の部屋で食べた。

 5月分もしっかりプライベートポイントが支給された神室とちゃんと節約していた松下は外に食べに行こうかと言っていたが、流石に男の部屋から女子生徒2人が出てくるのは目立つ上に、そこから部屋に戻って来るという経緯を経ると更に目立つ。

 

 また一通り明るいうちに話してしまっておきたい司が時間がかからない弁当を提案したので、結局司だけが外出する形となった。

 部屋にいた間に2人に探られている可能性も十分にあるとは思ったが、部屋に置いてあるパソコンと端末類には多重のロックが掛かっているので問題はない。

 

「あんたの高いってどの程度?

 あんたが結局どれぐらいのポイント持ってるかも聞いてないし、私達の思う『ちょっとお高い』と同じと思っていいの?

 ポイントなんて聞くものじゃないから聞きはしないけど、あんたの金銭感覚がいまいち信用出来ないんだけど。

 凄い家の子供ってことは、お金持ちなんでしょ?」

「プライベートポイントについては、まあたくさん持ってるとだけ。

 でも金銭感覚は普通だとは思うよ。

 ……ちょっと大学生とかの自分で稼ぐ手段のある人の方によってるとは思うけど。

 まあこの学校の生徒は数万単位でポイント貰ってるし、それ考えるとそんなずれてないと思うよ」

 

 今回のお弁当も、2人に気にさせないため金額は告げてないが1食3000円程度。

 位置的に1番寮に近く、また融通が効きそうな高めのレストランを選んだため割高だが、しかし大学生からすれば1食の食事で払えないものではない。

 もちろん普段の食事としては高いが、例えば焼き肉など、美味しいものをお金を使って食べるという意識の時ならば払ってもおかしくない金額だ。

 

 この学校の生徒は大学生とは違うが、それでも4月は生活費が5万pptかかったとしても残り5万pptものお小遣いがあったことになる。

 そう考えるとそこまで金銭感覚のずれは無い。

 

「そう……。

 でもそれなら尚更おごりで良い訳?

 いくらあんたがポイント持ってるとはいえ、そういうのは……良くないでしょ。

 借りをこれ以上作りたくは無いんだけど」

「お高い弁当を選んだのは俺だからな。

 これぐらい払っておくよ。

 それに女性にあんまり雑な物食べさせたくないっていうのは俺のわがままだし。

 2人が真面目に勉強について学ぼうとしてくれてることへの、俺からの応援とでも思っておいて」

 

 しれっと2人を女性扱いする司の言葉に、神室と松下は顔を見合わせる。

 あまり男性の甘い言葉などに踊らされるタイプではない2人だが、それでも見てくれが良く気も使えて優しく教えてくれる相手にそういうことを言われれば、思うところがないではない。

 最も司は、今生で仕込まれた女性に対する振る舞いもあって特に思うところが無いわけだが。

 

 結果2人は、若干司を見るのに気恥ずかしさを覚えつつも、彼の行為に与ることにした。

 

「……そういうことなら、貰っておくけど。

 けどいつか絶対色々含めてお礼するから」

「私も、ありがたく貰っておくね。

 プライベートポイント的には有り難いし。

 でもあんまり頼り切りすぎるのも良くないと思うから、今度からはこういうのはしないでほしいな」

「肝に命じます」

 

 司も勉強面ではポイント含めて支援するつもりとは言え、友人関係をポイントで買うのは良いことだとは考えていないので、もうよほどのことがないとやるつもりはない。

 例えば模試の好成績なんかがよほどのことに該当するので、またそういう機会は訪れるだろうが。

 

 なお実家の伝手や支援で2人を外部の学校で受け入れ大学受験をさせるのは、金が思いっきり関わる話にはなるが、その場合は司個人ではなく財閥への借りとしてもらうつもりでいる。

 いずれは育って所属してくれるか、所属しないまでも人脈となってくれるか。

 そういう意味での投資と割り切るつもりだ。

 

「さて、じゃあ本題に戻ろうか」

 

 昼食の話も一段落したところで、改めて各科目の勉強の仕方の話になる。

 といっても司が指定する参考書が全て部屋にあるわけではないので、無いものはタブレットに表示しながらになるが。

 

 だが、その前に1つ大事な話をしておく必要がある。

 

「まず参考書と勉強の仕方の話の前に、1つ大事な話をしておこうと思う。

 題して、『勉強、学ぶこととは何か』」

「……勉強の仕方とかじゃなくて、勉強そのもの、ってこと?」

「そうだ。

 正確には、勉強をやる上で、そして生きていく上で意識しておいて欲しいこと、かな」

「……わかった」

 

 2人が取りあえず聞こう、という体勢になっているのを確認して、司は話し始める。

 

「俺がここまで話したのも、そしてこれから話すのも、全部高校の勉強の話であり、もっと言うと受験のための勉強の話だ。

 それはあくまで大学受験をするための技術と知識であって、本当の意味での学びからすればほんの一部でしかない。

 これは理解出来る?」

 

 司の問いかけに、神室は首を傾げ、松下は躊躇いながらも頷く。

 

「多分、わかると思う。

 土門君が私達に教えてくれてて、私達が勉強しようとしてるのは、あくまで受験のためのお勉強。

 でも世の中には、それとは関係ないけど大事なことがたくさんある、ってことだよね?」

「正解! というか部分点だな。

 もちろんその意味もある。

 例えばコミュニケーション能力とかもそうだし、相手に対する敬意の示し方とか、人として通すべき道理とか、大学受験のお勉強以外でも必要な知識はたくさんある。

 あるいは受験では扱わない契約に関する話とか、もっと範囲を広げて現代社会、法治国家である日本で施行されてる法律に関する知識とかもそうだ。

 これらも受験勉強とは関係ないけど、生きていく上で欠かせない知識だ」

 

 松下が言ったのは重要なことだ。

 受験勉強をしていてそれにのめり込みすぎると、どうしてもそこでしか物事が測れなくなる。

 これは受験勉強に限らず、何かにだけ打ち込みすぎた人間によくあることだ。

 

 例えばSNSに集中しすぎて、バズることやフォロワー数を増やすことだけが大事なことだと思い、それ以外の価値判断が出来なくなるとか。

 あるいはスポーツをやり過ぎるあまり、勉強など他の生き方をしている人をナチュラルに見下すようになってしまうとか。

 

 勉強に価値の重点を起きすぎた結果の学歴厨に限らず、そういう人間はたくさんいる。

 だが、そうであっては社会で生きていくのに困ることが多い。

 どれほど1分野で飛び抜けた人間でも、社会に出て金を稼ぎ飯を食うには、結局何処かで社会の基準に浸かる必要が出てくる。

 それを蹴散らせるのは、ほんのごく一部の、圧倒的能力が社会から認められて逸脱することが許された天才だけだ。

 

 だが、司が触れたかったのはそこではない。

 

「俺が話すのはそれに近い話で、これから2人が受験勉強として勉強する科目は、受験勉強という要素だけが全てじゃない、ってことだ。

 受験勉強だけが大事じゃない、ってのは松下さんが言ってくれたことと同じだな」

 

 司が話したかったのは、松下が、受験だけが大切ではない、と切り離した受験の方の知識。

 それもまたその内部で、受験のための勉強と、そして受験のためではない勉強、学びという2つの部分に分けることが出来る。

 

「例えば英語。

 英語というのは本来言語だ。

 人と人がコミュニケーションを取るための道具であり、人が動物に勝る思考という能力を司るもの。

 受験勉強ではこれを特定の形で勉強して、『テスト問題を解くための能力』を鍛える。

 英語そのものの能力を総合的に評価するのは難しいから、単語や文法、長文読解に対する知識を問い、それぞれに点数をつけて評価する。

 テストを解くための技術を学んで、それをテストで活かして点数を取る」

 

 それが大学受験の英語だ。

 

「でも、言語ってそういうものではないよね。

 私がいて、あなたがいて、2人が互いの考えを伝えるためのもの。

 あるいは自分の考えを記し、誰かわからないあなたへと時間と場所を超えて伝えるためのもの。

 もしくは己の思考を整理するための、思考のツールとなるもの。

 受験勉強という形だけでやると、このあたりが疎かになってしまう。

 良く言うでしょ?

 英語の勉強をしてるはずなのに話せないって。

 一概に言えるわけではないけど、これは英語の勉強が『大学受験というテストを解くための勉強』になってしまっているからだ」

 

 司が大学受験の勉強を、今更になってやっている理由。

 『能力を測るためのテスト形式』が反転して、『テストを解くための勉強』を要求してしまっている現代の大学受験とそれに向けた勉強。

 だからこそ普通ではない問題と出会うことが出来て楽しい部分はあるが、学びとしては必ずしも正しい道とは言えない。

 

「これは何も英語に限った話じゃない。

 例えば数学は、本来は論理的思考能力を活かして、複雑な数字と定理の世界を理解し探求するものだ。

 だから大学の数学科の研究や論文なんてのは、たった1つの新しい定理を見つけるためにひたすら考え続けて探求を続けるものであって、高校の数学の勉強のように解けるように設計された問題を与えられた技術を活かして時間内に解くものではない。

 でも、そんな長い時間をかけた探求の成果とかその過程とか、正確な評価のしようがないよね。

 だから大学受験では、数学パズルとも言えるような問題を解かせるテストをする。

 そのための勉強をする過程で論理的思考の仕方を学んだり、その分野の基盤となる理論を勉強したりはするけど、結局それが出来ているかを評価するなら数学パズルにならざるを得ない。

 そうなってくると、本来は理論から論理的思考を辿ってじっくりやっていた勉強も、数学パズルを解くためにたくさんのパターンを記憶してそのパーツを組み合わせて問題を解くための勉強にシフトしていく。

 そうやって、本来の学問としてあるべき数学の姿と、大学受験のための勉強としての数学の姿が乖離してしまっている」

 

 数学の研究者が必ずしも数学オリンピックの問題が解けるわけではなく、逆に研究者ほど探求を深めていない人間が数学オリンピックの問題を問いてしまうことが出来る理由。

 そしてそれは、英語や数学に限った話ではない。

 他の全ての教科において言えることだ。

 

「歴史科目だってそうだ。

 本来の歴史は、さっき俺が言ったみたいな暗記科目じゃない。

 誰が何をいつしましたか、その時別の地方では何が起こってましたか、なんて尋ねるクイズは、歴史という学問の本質ではない。

 歴史上に起こった様々な出来事、あるいは人物の行動から、何故それが起きたのか、何故そういう選択を取ったのかを思考し、辿るものだ。

 その当時どういう社会だったのか、文明はどんなものだったのか、技術水準は、人口は、当時の気候は──。

 残っている記録から何が読み取れるのか、どういう記録が何故誰によってどうやって作られたのか

 そんなたくさんのことから思考を巡らせて点と点を繋ぎ、過ぎ去った過去を知りその知識を今へと繋げるものだ。

 でも結局高校生程度の学問で能力を測るならば知識を要求するテスト形式が便利で、それに対応するなら暗記をしてしまえば良い、という結論になる。

 地理もそう、本来は世界のあり方を理解するものだが、テストを解くための技術があり、世界を見るための考え方は問題を解くために使われる。

 特にひどいのは倫理政経だ。

 こと倫理、これは暗記するための受験科目になんかするべきじゃない。

 本来の倫理は、過去生きた哲学者や偉人達がどんな思考をして、どんな考え方を残したかを知り、それを自ら思索し、考え方を豊かにすることで人生を豊かにして人生の価値を高めるものだ。

 人生、世界、事物のあり方、原理を思考によって考えた過去の人々の足跡を辿り、今ある全てに真っ向から向き合うためのものでもある。

 それが受験科目になると途端に、なるべく短い時間での暗記で点数を稼ぐためのものになってしまう」

 

 本来の社会科目のもととなった学問は、本当に楽しいものだ。

 にも関わらず大学受験はそれを、テストで点数を取るための勉強に変えてしまう。

 

「理科科目も国語もそう。

 大学受験のための勉強は、本来の学問、学びのあり方とは違う、『大学受験の問題を解くための勉強』になってしまう。

 それは本来、学びのあるべき姿ではないんだよね」

 

 司の言葉に対して、真剣な表情で聞きながらメモをする2人。

 司が話していることはまとめれば単純に説明が出来ることだが、司が例示して事細かに説明しているために内容が多くなっている。

 そのためメモしながらでないと全てを把握しきれないのだ。

 

 こういうところで無駄に話したくなるのは、言葉というものが好きな司の悪い癖である。

 短くすれば良いのだろうが、そこに思考、思想がありそれに伴って言語が存在すると、ついつい確実な理解をしてもらうために長々と話してしまうのである。

 

 だが、こと思想、考え方を伝えるならば、こうして長い方が細部まで語ることが出来て都合が良い部分もある。

 実際に司の言葉は、2人の心にしっかりと届いていた。

 

「その上で、俺が2人に教えるのは大学受験のための勉強。

 あくまで大学受験のための技術と知識であって、本来の学びや学問とは違う、っていうことを理解しておいて欲しい」

「その、あんたが大事だって言ってる方は出来ないの?

 そっちが人生において大事だっていうんなら、そっちをやって貰いたいんだけど」

「かなり難しい。

 理由はいくつかある。

 まず第一に、時間が足りない。

 俺が言ってるのは、普通の中学校とか高校でも十分には出来ないものだ。

 特に高校の勉強は、大抵ゴールとして大学受験がある。

 だから学問として学びとしての科目より、受験勉強としての勉強の方が多くなる。

 そんな中でも生徒のために、受験勉強とは違う考える授業をやったり補足としてそういう内容に触れる教師もいるけど、それでも完璧にするのは難しい。

 それを俺が全部2人に教えるのは、学校の授業の時間が存在している以上は厳しい。

 そして2つ目の理由。

 受験勉強の優先度。

 高校生にとって受験勉強っていうのは特に重たい。

 大学に行かないと基本的には次のステージには進めないわけだ。

 就職するっていう手もあるけど、研究者になるとか公務員、サラリーマンの中でもより上位とか、上に進みたいなら大学受験は必須。

 そうなってくると、さっきのにもかかってくるけど受験勉強を優先しないといけないから、それ以外の学びに取る時間があんまりない。

 そして3つ目。

 シンプルに俺の労力がでかすぎる。

 大学受験の勉強は、今やってるみたいに適切な参考書提示して勉強の仕方を教えれば独学が出来る。

 ちゃんとした参考書が市販されてるからな。

 でも学びについてしっかりと俺がやるなら、毎回俺がテーマを用意して資料を用意して、ってことをしないといけない。

 だから、正直そこまで準備が無い状態でやるのは厳しい」

「……確かに、土門君が言ってる通りそっちの方をお願いするのは大変そうだね。

 そこまで頼り切るのは良くないし、今でも十分色々教えてもらってるから」

 

 司の説明に、まずは松下が理解を示す。

 司が言っていることを理解したと同時に、司からの支援を利用しつつも依存するつもりは一切ない松下は、そこが司との線引だと判断して退いたのだ。

 

 一方神室は納得がいかない表情である。

 司が言っている本当の学び以前に、受験勉強についてすら向き合えていない自分がどうすれば良いのかわからないといった表情だ。

 与えられた情報と自分がしなければならないことの多さにフリーズしているとも言える。

 

「まあ、月1ぐらいで科目1つぐらいなら用意は出来ると思う。

 受験には必要ないけど面白い歴史とか出来事とか、受験勉強では踏み込まないレベルの知識から出来事の理由を考えてみるとかな。

 興味があったら言ってくれ」

 

 とはいえ司も完全にそちらに触れないつもりはない。

 自分が出来る範囲で、そして2人の受験勉強という優先事項の邪魔にならない程度で手伝えることがあればしてやろうとは思っている。

 

 そしてまた、学びそのものについて2人に理解してもらう必要があるとも思い、再び口を開く。

 

「それと、もう1つ理解しておいてほしいことがある。

 それは、今俺が言った受験勉強以外の学びは、本来人から与えられるべきものじゃない、ということだ。

 学びとは本来、自主的に興味関心を持ち、物事について探求し、知識を得たり思考したりすることを指す。

 例えば世界史の勉強で言えば、勉強の中で歴史上の出来事について興味を持って調べたり、歴史上の人物の人生について調べてみたりとかな。

 これは何も高校の勉強にある科目に限らず、人生の全てにおいて言えることだ。

 ありとあらゆる場面で、学びの可能性はある。

 毎日乗る電車から電車の構造に興味を持ったり、あるいは鉄道路線というシステムに興味を持ったり、鉄道の歴史に興味を持ったりして、それを自分で調べ、考える、とかね。

 そういう風に、人生は常に学びとともにある。

 自発的であるべきだ、っていうのもそうだけど、範囲が広すぎて俺が出来る範囲を超えてるんだよね」

 

 勉強だけが子供を育てることではない。

 家族で旅行に出かけた先の名産物に興味を持って調べる、だとか。

 初めて見た虫を観察して、どんな生態をしているのか探る、だとか。

 あるいは遠い世界のことに興味を持って本を読んでみる、だとか。

 

 学びとは本来、そういうものだ。

 乱雑に、雑多に、あるものを取り込み己の糧とする行為。

 だから司は、目的を定めない乱雑な読書が好きなのだ。

 

「ただ一方で、学ぶという行為は主体的なものだからこそ問題もある。

 その主体、例えば君達が学ぶつもりが全くなければ、何をしても学びは発生しない、とかね。

 何かに疑問を持つこともなく、興味を持つこともなく、ただ与えられる情報だけを受け取り続ける人生になってしまう。

 本来なら、小学校中学校あたりで学びということの楽しさについて子供にしっかり体験させて実感させておくべきなんだ。

 そうすれば言われなくても自発的に学ぶようになる」

 

 そこで2人の若干戸惑った表情を見て話が散らかっているのを自覚した司は、話を簡潔にまとめる。

 

「つまり何が言いたいかと言うと、学びとはそういうものだから、2人もしっかり自発的な学びを行ってほしい、ってこと。

 受験勉強なら俺がどうこう出来るけど、学びは自分からするものだからね。

 俺が興味深い題材を持ってくることは出来るだろうけど、本質的には自分でやるべきものだ。

 それを意識することは、これからの人生を有利に、生きやすく、楽しいものにしてくれる。

 周りにあるちょっと気になったこと、興味を持ったことについて考えてみる、調べてみる。

 それだけで大きく変わる」

「……結局、何をすれば言いわけ?

 考える、って言っても、知らないことはいくら考えても間違える可能性はあるでしょ?

 歴史の出来事がなんで起きたかなんて、考えたところで事実があるんだし」

 

 神室の疑問ももっともである。

 結局自分で学びを得る、と言ったって何をすれば良いのかわからない人が多いだろう。

 そういうことこそ小学校、中学校のうちに教え実践させておくべきだが、結局日本の教育は知識に対する勉強という側面になってしまっている場合が多い。

 極稀に終戦記念日付近で『次戦争を起こさないためにどうすれば良いのか』なんて考え発表したりするのがそういう機会となっているが、それぐらいしかない。

 

 今の受験体系の弊害とも言えるものだが、しかし同時に平均的に能力のある人間を育てるには都合が良い体系でもある。

 アメリカなんかは時折とびきりの怪物も出てくるが、それと比例するように貧富の差も激しい。

 全体の底上げを取るか、一部の飛躍と他の低迷を取るか。

 こればかりは正解は無い。

 

「学びにおける考えるっていうのは、存在する情報を丸ごと取り込むだけじゃなくて、自分の頭の中で自分なりに論理立てて繋ぎ合わせたり、疑問を持って調べてみたりすることだ。

 自分だけで考えて正解を導き出せ、というのとはちょっと違う。

 思考というプロセスそのものが大事なんだ。

 正解があったとしても、最初から正解を見るよりは思考するという行為をした方が頭の特訓になる。

 で、何すれば良いかだけど、月並みな言葉にはなるけど本を読もう。

 ただし神室さんに薦めた小説系じゃなくて、学術書系の本が良い。

 新書とか特におすすめだ」

「また本?」

「やっぱり読書した方が良いんだ。

 どんな本を読めば良いの?」

「基本的には興味がある分野とかちょっと気になった分野で良いと思う。

 後はさっき言った、受験の科目に関連する本。

 受験勉強ではない学問としてのその科目を知るにはそれが良い。

 それでも読みたいのが無い、ってなったら、各分野の初心者向けの本とかを読んでみるのもいいし、なんなら図書館でどれにしようかなって感じで適当に選んだのを読んでも良い。

 初心者向けの本とかはネットで探して貰ったほうが早いかな。

 俺も全部の本を読んでるわけじゃまったくないし」

 

 ここでも読書がでてきたが、結局学びとなると読書が良い。

 もちろんテレビの番組で歴史について特集しているものもあったりするが、どうしても受け身になる。

 その点読書は基本的に能動的なものであり、自己が主体となって学ぶことが出来る。

 

「2人とも高校生で、一応大学受験して大学に入ることを目指す以上は受験のための勉強が優先だ。

 今の高校生にとって、受験は切り離せない。

 この学校の特権はそのあたりを切り離してくれはするけど、Aクラスしか使えないからね。

 受験勉強をして受験の可能性に備えておく必要はある」

 

 それは、小学校中学校とは違って、次の進路が更にその次の進路である就職へと直結してくる可能性がある高校生の定め。

 受験勉強をすることが、より良く生きていく上で重要なのが今の日本の社会なのだ。

 特にこのエリート育成校に特権目当てで入ってくるような子供にとっては。

 

「でも空いてる時間とかたまにで良いから、興味あることから自主的に学んでみてほしい。

 本を読んで、それが大変なら動画サイトとかでそれに関連する動画を見るとかでも良い。

 結構歴史の解説動画とか世界の出来事の解説動画とかあるから、それでもちゃんと学びになると思う」

「うわぁ、やることが多いね。

 これは他のことしてる時間はないかな?」

「どう考えても時間足りないでしょ」

「そりゃあ足りるわけないでしょ、しっかりやろうとしたら。

 暇だ暇だっていう人多いけどね、色んなことをしようとしたら時間なんていくらあっても足りない。

 将来のための勉強をして、好奇心のままに学びをして、楽しみの為に娯楽をして、休憩のためにダラダラして。

 それを全部バランス良く人生に詰め込むんだよ」

 

 人の一生は、人が本当にやりたいことを全てするには短すぎる。

 多くの人はその中で妥協しやりたいことを絞っていくが、それがまだ出来ていない学生こそ時間が足りない筆頭であろう。

 

「ただ、大学受験のための勉強をするのはともかく、自主的な学びについては義務だと思わないでほしい。

 人生一生学び、極端な話大学生になってからでも社会人になってからでも定年退職してからでも学ぶことは出来る。

 だからこそ、やりたい程度で十分。

 義務になってしまうとやる気が削がれるからね。

 苦しくなるまではやらなくて良い」

「そうなの?」

「そうなの。

 明確なゴールと期限がある受験勉強とは違うからね。

 だから俺も優先的に受験勉強の話をしようとしてるわけだし。

 それに高校生でしか出来ない友達との青春もまた大事なものだ。

 学びのためにそれを全部犠牲にするのはそれはそれで勿体ない。

 バランス良くだよ、バランス良く」

 

 子供のうちにできるだけたくさんやっておいた方が良いものではあるが、かと言って義務のようになって嫌になってしまっては意味がない。

 楽しい程度に一生継続するのが望ましい。

 1番良いのは、教師など指導する立場にある人間がうまく誘導して、積極的に学びをさせる環境にすることだが、それはなかなか難しい。

 純粋で思考誘導されやすい小学生相手ですらそれを出来る人間は少なく、出来るのはそれこそ教師や家庭教師など指導する者の中でもトップクラスの人間だけだ。

 高校生相手ならばどうなるかは語るまでもない。

 

「ま、そんなわけで受験勉強とは別の『学び』を頭の片隅に置いておいて欲しい、って話。

 オーケー?」

「うん、ちゃんと覚えておくよ」

「受験勉強が優先で、そっちが後なのね。

 わかったわ」

「余裕があったらやってくれたら良い、って感じかな。

 各時期ごとにどの程度の完成度になってれば良いかも後でちょっと触れるから」

 

 学びとは、勉強と違って強制するものではない。

 だからこそ司も、ここでは強くは押さない。

 今後の勉強の中で学びに意識を向けさせるようにさり気なくアシストしていくつもりではあるが、出来るのはその程度だ。

 

「それじゃあ、次は各教科の勉強の仕方と参考書の話をざっとしていこうか」

 

 それぞれの科目の受験勉強の前に話したい内容も伝わったところで、司は改めて受験勉強の話へと戻る。

 

「まず数学。

 これは基本的には、教科書での理論の確認と、青チャートかレジェンドを使った演習の繰り返しでパターンと思考法を身につけていく。

 理論だけがあったとしても、演習を繰り返して使い方を学んでないと使いこなせない。

 だけど理論を持ってないと、演習をするだけじゃ何が肝になっているのか体系的に学ぶことが出来ないから実力が伸びない。

 理論と演習、2つを並行してやってくことが大事だ」

「チャートって、この分厚い問題集よね。

 レジェンドも似たような問題集?」

「学校の教科書は使えるの?」

「学校の教科書は数学Ⅰ分野の教科書として使える。

 だから後は数学A、数学Ⅱ、数学Bの教科書がいる。

 理系の場合は数学Ⅲもだね。

 で、教科書は選択肢が無いから良いとして、チャートの話を少ししよう。

 レジェンドはその後で」

 

 そう言って司は、机の上に置いた青チャートの隣に、複数色のチャートが表示されたタブレットを置く。

 

「一般的にチャート式は白、黄色、青、赤の4色がある。

 これは網羅系と言われるタイプの参考書で、わかりやすく言うとこれ1冊で数学の該当範囲を全部入ってる問題集だ。

 他にもチャート式自体はあるんだけど、そっちは特定の範囲とか特定の目的でやるものばっかりだ。

 例えばセンター試験特化とか、少ない問題数で数学全範囲をざっと振り返るとか。

 だから最初からやり続ける参考書には相応しくない。

 まあ必要そうだったらまた説明するよ」

 

 前世では参考書オタクだった司だが、それでもチャート式は1色しか使っていない。

 そのためこれは自分で解いた経験ではなく、周囲や塾での評価という知識で語ることになってしまうが、それでも2人にとっては値千金の情報だ。

 

「この4色のチャートは色ごとに難易度が違う。

 白が完全初心者向け。

 数学が本当に出来ない人とかが使うレベル。

 黄色は応用下級レベル。

 応用問題実践問題もあるけど、得られる応用力は低い。

 中堅以下の文系学部までなら、二次試験もこれでだいたい行ける。

 ただし文系の難関と理系では不十分。

 青色は応用上級レベル。

 応用の難易度も高いし色んなタイプの問題が載ってる。

 一方で基礎部分の問題も凝縮されてるけどちゃんと載ってる。

 数学が苦手じゃないなら、取りあえずこれをやっておけば数学は困らないって参考書。

 赤色は最上級レベル。

 旧帝大の理系で数学を得点源にしたい人とか、高校数学を極めたいって人が使うレベル。

 まあ1年生からやっていくにはちょっとレベルが高いかな。

 数学がめっちゃ得意な人がやるものだ」

 

 これだけ色があり、それぞれに充実しているのがチャート式の恐ろしいところだ。

 本当に数学の参考書はこれだけで十分なレベルに仕上がっているため、司は結構参考書として好きである。

 なお司はそれよりも更にニューアクションレジェンドが好きである。

 前世のバイアスもかかっているが、無駄な厚さによるスペースの多さから来る説明の細かさ、見やすさはレジェンドが上だと思っている。

 

「で、そんなチャートと似た参考書としてニューアクションレジェンド、通称レジェンドがある。

 難易度としてはほとんど青チャートと同等、ただしレジェンドの方が多めにページを取ってる分解説が見やすい。

 まあこれは完全に俺の好みだけど」

 

 午前の話を踏まえて、司は自分の好みを随所に出していくことにした。

 偏った勉強をさせるつもりはないが、似た参考書なら好きな方を押しても良いはずだ。

 

「これより分厚いの?」

「分厚いね。レジェンドは本当に鈍器だよ。

 そんで、数学の網羅系参考書を1年生からやっていくなら取りあえず青チャかレジェンドをやっておけば困らない。

 難関大学、それこそ東大京大とか旧帝大になってくるとちょっと物足りなくなるけど、その対策をやるのは3年以降で十分間に合う。

 他の色だと白は簡単すぎるし、黄色だとちょっと難関大学をやるには足りない部分が多い。

 逆に赤は難しすぎる。

 だから頭がある程度良い人なら、取りあえず青をやっておくのが良い。

 もちろん数学が本当に苦手で1番下から少しずつやりたいとかだったら白に戻って基礎を固めてもいいし、逆に数学が結構得意で得点源にしたいなら赤をやっても良い。

 けどそういうのがわかるのは多少なりともやってみてからだよね。

 だから一旦は青で良いかなって感じ。

 神室さんはAクラスでしっかり点数取ってるし、松下さんは……ぶっちゃけ話してても頭Dクラスな感じはしないからね。

 頭が回るのを見ても勉強もちゃんとすればそんなに問題ないと思ってる」

 

 司の指摘に、未だに自分が実力を隠してDクラスにいることを明らかにしていない松下は、そのことを見透かされたかと少しばかり動揺する。

 まだそれを明らかにするつもりは松下には無かった。

 

 だがそもそも松下は、この集まりでは普段のように凡庸を装う努力はそれほどしていない。

 集団に合わせることが出来る松下の2人に対する態度は、Aクラス相当の振る舞いというべきものだ。

 そういう素を出している時点で、いつかは見抜かれていたことだ。

 

 そう判断した松下は、取りあえず2人の前ではDクラスに配属されたけどそれなりに出来る生徒として振る舞うことにした。

 実際勉強面で言えば幸村や堀北というAクラスの生徒と同じくらい高得点を取る生徒がDクラスにはいるので、それを言い訳にすれば松下がDクラスにいることも違和感はあれど異常にはなり得ない。

 そこまで咄嗟に頭が回る松下は、やはりDクラスの生徒とは言い難い。

 

「その参考書を使って、どうやって勉強するの?

 普通に問題解けば良いのかな」

「そうだね。

 1年2年の間はとにかく青チャかレジェンドをひたすら解きまくる。

 出来たら何周もする。

 問題を解いて、解説を読んで、解けなかったら解説の通りに自分でも手を動かして、問題ごとにどういう考え方で問題を解いていくかを理解し、覚えていく。

 そのあたりは今度1回実際にやりながら教えるよ」

 

 参考書だけで勉強をすることは、実際のところを言えば出来る。

 だがその参考書の使い方自体を知らなければ、その効率は大きく下がってしまう。

 数学に限らず、独学でやるからこそ適切な勉強の仕方を学ぶべきなのだ。

 

「数学は基礎がしっかり出来てるかで、センター試験レベルでも大きな差がつきやすい。

 日本語で出来てるから最低限読めて解ける国語と違って、わからないと本当にわからないのが数学だからね。

 とにかく演習をこなしてまずは基礎を身に着けよう」

 

 実際国語の平均点がそれなりに高くて差がつきづらく、数学の平均点が低くて差がつきやすいのはそのあたりの科目の性質の差によるものだ。

 国語だって難しい問題は理解が難しいレベルだが、センター試験レベルならば日本語で話している生徒ならば十分に読める文章で書いてある。

 何を言っているかわからない数学とは違うのだ。

 

「ってことで、今度レジェンドも入荷しておくから2人には好きな方を選んで欲しい。

 ただせっかく2人でやるなら、同じ参考書の方が一緒に勉強したりしやすいと思うから、その辺は相談で。

 何か質問はある?」

 

 説明を終えた司に、松下が手を挙げる。

 

「本当にその青チャートとかレジェンドは1冊で良いの?

 確かに分厚いけど……網羅系ってそんなに全部入ってるの?」

「もちろん全部ではないよ。

 数学の問題はパターンとか組み合わせが多すぎるから参考書1冊に全て載せるのは難しい。

 どれだけ難しい参考書をやってても、入試問題で初めて見る問題と出会うっていうことはある。

 そういう前提で、だけど、この青チャとレジェンドは、取りあえず高校数学で学ぶ数学の全ての単元の基礎と応用問題が収められてる。

 まず数学を学ぶならこれをやれば全範囲を勉強できる。

 もちろん難しい大学の数学の問題に対応するには、この2つより難しい参考書で色んな形の色んな解き方をする問題を解く必要があるけどね。

 ただ数学の全範囲を学ぶという意味では青チャとレジェンドで十分。

 こんだけの厚さがあるのはそういう理由だよ」

 

 筋トレに例えるとわかりやすい。

 全身をくまなくしっかり鍛えるのが青チャやレジェンドの役割で、そこから更に分的に鍛えたり高負荷をかけたりして、ゴリゴリになるために使うのが難問が集められた参考書だ。

 そして筋トレと同様に完璧な状態は存在せず、どこまで高められるかになる。

 

 その司の説明を聞いて、2人は納得の表情を見せた。

 

「まあ数学が楽しいのは、この2つの範囲が終わってからなんだけどね。

 標準問題精講、プラチカ、上級問題精講、良問、1対1、重要問題集。

 高校受験の数学はハマってくるとどんどん難しい問題を解きたくなる教科だし、応用になってくるほどその思考の多様さに魅了される教科だ。

 受験のための手段としての勉強とはいえ、2人がそうやって数学を楽しむレベルになってくれると嬉しい」

「……今のところ数学はそんな難しくないから、やれるだけやるわよ。

 楽しいと思うかはわからないけど」

「中学校の頃の塾にもいたなあ、難しい問題を楽しそうに解いてる子。

 あのレベルになれるかはわからないけど、私も頑張るよ」

 

 まだ2人は勉強が楽しいという感覚がはっきりとはわかっていないらしい。

 とはいえ中学校時代などに勉強が出来ていた人間は、自分が問題を周囲より解けるという事実から無意識にでも満足感や優越感を感じていた可能性は十分にある。

 まだ無意識ではあるのだろうが、司に積極的に話を聞いているのもその証左だ。

 後はその辺りに気付いてくれれば、と言ったところだ。

 

「ま、プレッシャーかけたけどぼちぼちね。

 ただ、楽しむっていう意識は忘れないでほしい。

 3年間もやってると、ただ受験のために頑張るってだけじゃきつくなってくるんだよね。

 問題が解けた達成感とか、何かを覚える達成感とか、問題そのものを楽しむとか。

 あるいは周囲の人間よりも勉強が出来るっていう優越感でも良い。

 そういう風に勉強から何かを得られないと続けづらいし、何より効率と身の入り方が段違いだ」

「……そんな楽しいものなわけ?

 勉強が楽しいってのが、あんまりわからないんだけど」

「説明が難しいけど……そうだな、何かが出来た時にさ、『やったぜ』っていう達成感とか嬉しさとか無い?

 勉強でも良いしパズルみたいな娯楽でも良いし、体育でもスポーツでも良い。

 それが出来たことに対する満足感とか、あるいは周囲が出来ないことが自分には出来たっていう優越感とか。

 逆に出来なかったことが出来るようになった嬉しさや、誰かに追いついた嬉しさとかもありだ」

「それは……あるかも」

「私もそれならわかるかな。

 出来なかったことが出来るようになるのは嬉しいよね」

 

 神室も松下も、そうした何かが出来るようになることに付随する嬉しさ自体は知っていた。

 

 神室は周囲と馴染めず親しい友人も居なかったとはいえ、多少は周囲とテストの点数が比較されることもあるし、教室で聞こえてくることもあった。

 そうしたところから優越感を感じてなかったと言えば嘘になるし、勉強やスポーツが出来た際にも多少の達成感はあった。

 何かに自分から努力を重ねようというほどそれらは強くはなかったが、そういう感覚自体は知っていた。

 

 松下もまた、その感覚は知っている。

 様々な方面で人以上のことを大きな苦労することなく身につけてきた松下だが、かと言って全く努力をしていないわけでもないし、その過程で達成感を感じなかったわけでもない。

 今では自分は天才の器ではないとある程度自分に見切りをつけている精神状態だが、だからこそ天才にありがちな『何もかもが上手くいくから詰まらない』という領域にはたどり着いていなかった。

 だからこそ、何かを学ぶことに喜びを感じる余地はある。

 

「そういう風に勉強が楽しくなってくると、今後の人生もだいぶ楽だからね。

 感情だから自分でどうこう出来ることではないけど、ちょっと意識してみてほしい。

 俺が出来ることと言えば、ちゃんと勉強してることとか知識を身に着けてることを褒めるぐらいしかないから。

 さて、じゃあお次は英語の話に移ろうか」

 

 数学に対する2人の熱意を聞いたところで、次は英語だ。

 これもまた文系理系共通なので、ちゃんとした知識が必要になる。

 

「英語の勉強は4段階にわけられる。

 いやごめん、5つか。

 単語、文法、長文読解、英作文そしてリスニングだ。

 単語と文法、長文読解は、そのまま単語、文法、長文読解の順番でやる。

 といっても最初からやる場合の優先度の話で、実際はこんな感じでちょっとずつ重なってる」

 

 紙に並行な線を書き、そのうちの一部が重なるようにする。

 単語を優先的に勉強しつつ、それを活かして文法を学び、わからなかった単語をフィードバックする。

 ある程度文法もわかるようになったら、単語と文法の力を活かして長文を読み、長文に慣れつつわからなかった文法と単語のフィードバックをする。

 最終的には単語、文法の順に完成していき、長文に全力で取り組む。

 

 書きながら説明した司は、続けて隣から参考書を取り出す。

 先に述べた3つとは別の学習、英作文だ。

 

「そして英作文。

 センター試験ではいらないけど、二次試験だと使う場合もあるジャンルだ。

 内容としては、英語を読むんじゃなくて自分で書くための技術だね。

 日本語の文を英語に訳したり、あるいは話題に対して英語で意見を述べる問題がよく出る。

 ただこれは技術としては結構難しい部類に入るから、しっかり勉強するのは2年生の後半とか、ある程度英語が出来るようになってからだな。

 まあそれまではたまにちょっと書くぐらいで良いと思う」

「それぞれどんなのか見せて貰えないかな?

 学校の宿題もほとんど無いし、正直あんまり中学校と変わってる感じがしないから、本当の高校の勉強がどんなのなのか見ないとあんまりわからないんだよね」

「だよね。ちょっと待ってな」

 

 高育では他の教科もそうだが、通常であれば複数科目に分かれている教科が1つの科目として扱われている。

 英語の場合は文法を主体に扱う英語表現と長文読解を中心に扱うコミュニケーション英語がひとまとめにされてしまっている。

 そのため、授業の内容は教科書の文章を読んで解説つきで読み解いていくという中学校の授業のようなものになっているのだ。

 

 その中で文法に触れたりあるいは長文読解を読み解くために解説はあるのだが、高校入学してすぐという生徒のレベルも相まってどうも中途半端になりがちだ。

 適切な単語と文法の知識を身に着けたうえで、その知識を前提として難しい長文を読み解説を受ける。

 高校レベルの英語には本来そういう段階が必要なのだ。

 

「これが今俺が一応使ってる単語帳で、こっちが文法を勉強するのに使う参考書。

 文法の重要事項がまとめて辞書とか説明書みたいな方と、ひたすら問題と解説がのってる方だ。

 これは長文勉強用。

 まあこれは参考書っていうかひたすら長文と和訳と解説が載ってる読む練習用の本だな。

 普通は長文読解の参考書なら問題も載ってるが、これは載ってない。

 でこれがちょっと派生して英文をしっかり和訳する練習をする参考書で、こっちが逆に英訳する練習の参考書」

 

 司自身は、高校程度の英語の勉強はもはや必要とはしていない。

 大学受験の英語は英検1級などのネイティブでも合格が難しい問題とは違って、十分に英語に熟達した人間であれば特別な対策はとくに必要がないレベルになっているからだ。

 

 ただ今回のように、高育の生徒に勉強そのものやその仕方について教える可能性を考えて、部屋には一式最低限の参考書は揃えている。

 今回はそれを2人には見せていた。

 

「分厚い……高校の勉強ってどれもこんなんなわけ?」

「まあ、大体そうかな。

 国語はあんまり無いけど他の教科はどれもそんな感じだよ」

 

 英文法の参考書や問題集を見て驚く神室に、司は他の教科の分厚い参考書を指しながら返す。

 

「まずは単語帳で単語を覚える。

 でそれと並行して、文法の方で文法を覚えていく。

 文法書でまずは概要を読んで、そこから問題を解く。

 終わったら解説を読んでからもう1回文法書を確認する。

 そうやって1つずつ頭に叩き込んでいく」

「それで覚えられるの?」

「覚えられる人もいるし、覚えられない人もいるかな」

「駄目じゃない」

「でもそういう言い方をするってことは、何かあるんだよね?」

 

 松下の言葉に司は頷く。

 ここまで勉強の仕方の話をしたが、しかし1番大事なところはまだ触れていない。

 一番最後にまとめて触れようかと思っていたが、せっかくならば一度説明しておこうと思ったのだ。。

 

「勉強の仕方について、大事な話をしよう。

 大抵の内容は、一度参考書を読んで問題を解いたぐらいじゃ頭に入らない。

 後日どこかでまたその内容に出会って問題を解いたとき、大抵は解けない。

 解けたとしても、完璧に理解しているとはいえない。

 だから復習をする。

 解いてわからなかったところをもう一度参考書で振り返り問題を解いてみる。

 それで初めて、学んだことが頭に染み付く。

 1度目の勉強と、2度目に問題を解いて復習をする。

 この組み合わせで勉強は出来てる。

 2度で覚えられなければ3度、3度で駄目なら4度。

 そうやって知識や解き方を身に着けていく。

 これはどの教科も同じことだ」

「つまり、問題を解いた後に復習を忘れるな、ってことだよね?」

「それもそうだし、2人の場合はまずその問題を解くっていう段階も作らないといけない」

「どういうこと? 

 問題は解くでしょ、勉強するんだから」

 

 何を当たり前なことを言っているんだ、という疑問の表情を浮かべる神室。

 司が真面目にためになることを話しているからか、神室の反応にいつもほどのトゲはない。

 

「もちろん1回目はね。

 でもその問題、もう1回解く?

 一度解き終わった問題だよ」

「それは……解かないといけない、ってこと?」

「そういうこと。

 高校の勉強で特に良く言われるのが、『1つの参考書を完璧にする』ってこと。

 これは1つの参考書や問題集を、1回じゃなくて何回も何回も完璧に出来るまで繰り返すことで、さっき俺が言ったみたいに間違いと復習を繰り返して知識や解き方を身につけるっていう勉強の仕方だ。

 1回理解したつもりになっても人間の脳みそは忘れるんだよね。

 だから何回もそれを繰り返す。

 これは意識してちゃんとやってほしい」

「これを何周もするの、大変そうだなあ。

 各教科にこんな参考書があって、ちゃんと全部完璧に出来るの?」

「できる限りやる。

 だから大学受験は大変なんだよ」

 

 中学受験、高校受験、大学受験。

 色々なタイミングでの受験があるし、それぞれに難しさがあるので一概にどれが1番難しいかは言い難い。

 

 だが明確なのは、『大学受験がもっとも勉強量を必要とする』ということだ。

 理由は単純、高校の学習範囲がそれ意外と比べて跳ね上がるから。

 シンプルに勉強する内容が多いのである。

 

「あとは、進学校とかなら実力考査とか対外模試とかが結構な頻度である。

 参考書や問題集をするだけじゃなくて、テストを受けてその復習をすることで、自分がわかってない場所をあぶり出して勉強する。

 参考書も全部を何回もやってると、ものによっては終わらないからね。

 数学ならこの単元が苦手だとか、英語ならこの文法が出来ないとか、そういうところをテストで絞ってから復習することで、ある程度効率的にやることは出来る。

 ま、この学校には無いんだけどね」

「それやめて。本当にこの学校辞めたくなってくるから」

「土門君、本当にこの学校の勉強が嫌いなんだね」

「嫌いだね。大学受験に対応させる気が全くないだろ。

 生徒を先に進ませる気が全くないのが本当に腹立つ」

 

 そこで1つ咳払いをして、司は話を打ち切る。

 今は勉強の仕方の話で、学校に対する愚痴を言っている場合ではない。

 

「さて、勉強の仕方は取りあえずこんな感じ。

 質問はある?」

「数学と一緒で、どの単語帳とか参考書が良いか教えてもらいたいな。

 本屋さんで見たら色々あったから。

 それと参考書の使い方とかも、良かったら教えてもらえないかな?」

「それなんだけど、ちょっと今は都合が悪いんだよな。

 2人ともGW空いてる?」

 

 司の質問に、2人は疑問を感じながらも頷く。

 なお今生のGWは、前世より10日ほど遅れで数日ある。

 月火と学校に行ったらそこからまた休みになるのだ。

 前世ほどゴールデンにはなっていないが、一応長期連休にはなっているあたり、色々と変わっているのだなと実感した。。

 

「私は空いてる。坂柳に呼び出されなかったらだけど」

「私はクラスの子と集まるかもしれないけど、プライベートポイントが無いから遊びには行かないと思う」

「なら、参考書の使い方とかはその時にもう1回集まってもらって説明させてもらえないか?

 参考書の準備とか出来てないし、時間も足りない。

 取りあえず参考書はある程度の数用意しておくから、それ見てから考えて欲しい。

 参考書自体の説明もそのときにでもやろうと思ってる。

 俺もまだどれが良いか薦められるほど精査出来てないから、その時間も欲しい」

 

 数学のそれは、正直選択肢がないレベルの話なので簡単に説明が出来た。

 それでも、網羅系の先にある参考書については現物が無いと説明が難しい。

 ましてや英語の場合は、単語文法長文英作文それぞれに多数の選択肢があるし、その用意も出来ていなければ司自身明確に薦められるほど分析しきれても居ない。

 最低限頭の中に情報としては入っているが、せめて自分でも目を通しておきたいのだ。

 

「ありがとう、それでお願いします」

「……ありがとう。礼はするから」

 

 今よりもなお手間をかけて指導するという司の言葉に、松下はすぐさま感謝の言葉を返すと同時に、その恩恵にあやかると宣言する。

 神室も松下の言葉を受けて、司の提案に頷いた。

 

「どういたしまして。

 一応英語の単語帳だけは分析するために揃ってるから、それだけなら渡せるけど、どうする?」

「あるなら借りたいな。

 土門君の話聞いてたら、勉強しないと落ち着かない気分になっちゃうから」

「オーケー了解。神室さんはどうする?」

 

 本棚の下の方から残りの単語帳をまとめて持ってきながら、司は神室にも声をかける。

 

「それは借りるの? それとも私達にくれるつもり?」

「一応は無償で提供するつもり。

 勉強道具なんて、身近に無いと困るものだからね」

 

 司の言葉に神室が若干不機嫌な雰囲気を醸し出す。

 しかし、彼女の言いたいことを理解している司は彼女が口を開く前に説明をする。

 

「言っておくけど、あんまり貰いすぎるのは、とかは言わないでくれよ?

 2人に勉強を教えてるのは俺の意思だし、何より将来的には俺のためなんだから。

 それに、勉強って結構お金かかるからな?

 参考書だけでも結構な数がいる。

 それを揃えるのは、ぶっちゃけ10万pptじゃちょっと心もとない。

 皆10万で喜んでたけど、勉強に使うと考えると割と足りない額ではあるんだよ。

 まあ継続的に貰えるならそれでも足りたけど、結局松下さんは貰えてないわけだし」

「けど──」

「それに、俺がわざわざ序盤でポイントを無駄に溜めたのはこういうところで使いたかったからだ。

 自分で豪華な生活をするような趣味もないし、欲しいものも特にない。

 けど、ここに迷い込んだ生徒をまともな社会に送り返すためには金がかかる。

 もともとそのためのポイントだ。

 だから、気にしないでほしい」

 

 それでも納得がいかない、という表情をする神室。

 自分の利益になると割り切って受け入れた松下よりも、頑固ではあるが気質としては好ましい。

 借りは作りたくないというが、それはつまり借りを借りとしてちゃんと返すという意識があるから出る言葉だ。

 その意識が無いものは、簡単に受け入れて踏み倒す。

 

「ま、その代わりと言ってはなんだけど」

 

 そこで司は、初めて2人に要求するものを口にする。

 

「せっかく俺が手を貸すんだから、ちゃんと成長して大学行って社会に出て、ちゃんと活躍してくれ。

 この学校の言ってる虚飾のエリートなんかじゃなくて、ちゃんと日本の社会に貢献する大人の1人としてさ。

 そんでついでにうちの財閥系列の企業で活躍してくれれば、俺への恩返しになる」

「あんたは……」

 

 何やら言い淀む神室。

 しかし、それを口にすることなくため息をつく。

 

「……わかった。ちゃんと勉強して、大学に行って就職すれば良いのね」

「そういうこと。それが俺の為になるから」

 

 そこで話を聞いていた松下が口を挟む。

 

「土門君のためじゃなくて、日本とか土門君のお家のためじゃないかな、それって。

 土門君に直接お礼をしたい時は、どうすれば良いの?」

「それは言わないでくれ。

 もともと特に私情でこの学校に来てるわけじゃないんだ」

 

 痛いところをつかれるが、しかし司本人に神室や松下から貰いたいものなど無い。

 将来的に個人的に使える人脈になってくれればとも思うが、そこまでプレッシャーをかけるつもりはない。

 強いて言うなら2人とも今は美少女で将来は美人に育ちそうだというくらいだが、生憎とそういう風な形で欲に任せて人に手を出すつもりはないのだ。

 

「それより、単語帳ね。

 取りあえず初心者向けにこんな感じの単語帳がある」

 

 話を打ち切るように机の上に単語帳を並べる司。

 その様子を見た神室と松下は顔を合わせ、松下が肩をすくめて神室がため息を吐く。

 司が思っている以上に、2人は司に対して恩を感じているのだが、それが司に伝わるには、もう少し時間がかかる。

 

「初心者向けの単語帳ばっかりだけど、キクタンのEntry、ユメタンの1、速読英単語の入門編、システム英単語のベーシック、リープのベーシック。

 後はターゲットの1200。

 高校1年生の単語帳としてはこれぐらいかな。

 他にも色々あるけど、取りあえずこれだけ見れば十分」

「待って、多くない? こんなにあるの?」

「本屋さんで見て思ったけど、やっぱり多いね、高校の単語帳って」

 

 いきなり飛び出した単語帳の数々に、2人が目を白黒させる。

 色々と参考書があるのは見ていたが、しかし英語の単語帳というジャンルだけでこれだけあるのは想定外だったのだ。

 

「色んなメーカーが色んなスタンスでだしてるからね。

 その中から最適なのを選ぶ必要があるから、独学は結構難しいってわけ。

 まあ調べたらインターネットとかでも結構情報あるんだけどね。

 ただ、これを全部やらないといけないってわけじゃない。

 むしろ1冊で良い。

 これは全部受験英語の基礎レベルの単語帳だから、この中の1冊をしっかりやれば基礎レベルの単語は十分になる。

 後はその上に受験レベルの単語帳をやれば単語はOKって感じかな」

 

 それらの単語帳を、司はいくつかの分類に分ける。

 

「まず、キクタンとユメタン。

 この2つは単語を覚えるという行為に特化してる。

 単語と意味が載ってるから、自分で単語帳を読んで覚えるのが普通だけど、この2つはそれだけじゃない。

 例えばキクタンだったらCDに音声が入っててリズム良く単語と意味を行ってくれるから、それに合わせて自分も口ずさんで覚えることが出来る。

 ユメタンだったら覚えるための手順が単語帳で指示されてて、単語の実力チェックをやって、書いて覚えて、クイックレスポンスをやって、て感じに覚えるための行動を指示してくれる。

 単語帳だから覚えろよ、じゃなくて、ちゃんと覚える方法まで面倒見てくれるのがこの2つだ。

 単語帳の性能としてはちょっと他より劣るけど、覚えるという行為に関しては飛び抜けてる」

 

 司が特に初学者におすすめする単語帳である。

 

「で次がシステム英単語、通称シス単のベーシックとリープのベーシック、そしてターゲットの1200だ。

 これらは単語帳としては、単語があって意味があって例文があって、ていうのが全部一緒だ。

 細かいところは違うけど、まあそれは見てもらって気に入りそうなので良い。

 絶対にどっちが良いとかは無い。

 で、これらの特徴としては、どれも上位の単語帳がある。

 システム英単語、リープ、そしてターゲットの1900が上位の単語帳だな。

 ここにある3つは高校1年生から英語の基礎をやるレベルだけど、1つ上のシス単リープ1900に進めば、難関大学でも十分通用する単語を学ぶことが出来る。

 同じやり方で上位まで繋げられることがこれらの単語帳の強みだ」

 

 そしてオーソドックスな単語帳である、システム英単語、リープ、ターゲットの初級版。

 これらはキクタン、ユメタンほど覚える工夫がされているわけではないが、純粋な単語帳としての完成度はキクタン、ユメタンよりも高い。

 

「そして速読英単語、通称速単の入門編。

 速単はちょっと変則的な単語帳で、単語とは別に長文が載ってる。

 他の単語帳だと例文は単語1個に対して1文だけど、速単は長文の中に複数の単語が入ってて、それを覚えていくっていう形になってる。

 文章を読む練習をしながら単語を覚える単語帳だ」

 

 最後に変則型の速単。

 単語帳としては少し変則的だが、長文読解も同時に行えるという意味で、英語に対する慣れが一気に加速する。

 

「あんたのおすすめは?

 私達の好きなので良いの?」

「正直好きなので良いと思ってる。

 単語帳はずっと繰り返し続けるものだから、合理的な理由よりも個人的に合ってるとかそういうのが割と大事になる。

 それこそデザインが好きとか、手触りが良いとかもね。

 それにここにあるのはどれも十分に使える単語帳ばかりだから、どれを選んでもちゃんと役に立つし」

 

 勉強で大事なのが、合理的な参考書などの選択以上に、その単語帳が合っているかどうか。

 そこには中身をやってみての感覚もあるが、同時に純粋な見た目とかそういう気に入り方も大事だったりする。

 前世の司も、英単語帳に愛着が湧いて四六時中眺めていた結果、何も読めなかった高校2年生の秋から冬休みを超えた頃にはありとあらゆる文章が読めるようになっていた。

 

「でもその上で強いて言うなら、まずはキクタンかユメタンをやってみてほしい。

 さっきも言ったけど、この2つは他の単語帳と比べて覚えることに対するサポートが多いんだよね。

 だからまずは英単語、ひいては高校の勉強を学ぶ第一歩として、何かを覚えるっていう感覚をこれで養ってほしい。

 それにこの2つ、Entryと1は他のと比べても更に基礎レベルの単語が入ってるから、この2つをやってから他のに進んでも良い。

 というかそうしないと他の上位の単語帳に移るのは怖い。

 だからまずは、キクタンかユメタンをやってみてはどうでしょう?」

 

 最後に伺いを立てるように振った司に、2人はしばし単語帳を開いては軽く中を読んでいく。

 

「ついでに、単語帳とは別として文章を読む練習として速単をやっておくのがおすすめかな。

 単語帳は他でやるから、文章を読む練習に使う。

 レベルも適度だし、まだ本格的な長文読解に入るのは早いけど慣れておきたいって人には割と良いと思う」

 

 世の中参考書や単語帳、問題集など勉強に使う道具は数多あれ、その中のどれを使えば良いかというのは非常に難しい。

 特に受験生本人では判断しきれない。

 

 だからこそ適切に参考書を選べば独学でも大学に合格しうると司は考えているし、実際そうやって世の大学生の底上げをしている塾は存在する。

 

「……じゃあ、私はキクタンで。

 良い?」

「うん、じゃあ私はユメタンしてみようかな。

 少しやってみたら交換してみない?

 どっちが使いやすいか知りたいし」

「そうね。私もこっちが絶対に良いとは思ってないし、それが良いかも」

 

 神室と松下の間では、司から一緒に話を聞いた人間として、そして2人だけ外の世界の大学受験に向けた勉強を意識した同士として、仲間意識のようなものが出来上がっていた。

 

「それなら2つとももう1冊ずつ買っておこう。

 GWまでには届くだろうし、そのときにでも渡すよ」

「ちょっと、そこまでは……」

「神室さん、ありがたく貰っておかない?

 それでちゃんと勉強して、恩は返せるようになってから返そうよ」

「それは……そうかもしれないけど……」

 

 司が身銭を切って支援してくれることに難色を示す神室だが、松下になだめられる。

 実際のところ司が使っている金はここで増やしたポイントであって身銭を切っているわけではないし、ここにいる間のポイントの使い道などちょっといい食事と本と投資ぐらいしか無いので、神室と松下を支援したところで司が何らかの我慢をしたりするわけではない。

 もっと言えば外の世界でも司は教育方面に投資したりしているので、金の使い方としてはむしろ望み通りではある。

 

 だがその事実を司はしっかりとは説明していないし、されたところで同じ年の子供に全てを賄って貰うことを良しと出来るほど神室は無遠慮ではない。

 

 結局、どこかで司の側も妥協が必要なのだ。

 子供ならば自由に存分に学ぶことが出来るべきだという考えのもとポイントを溜めて支援しようとしているが、支援される側にも引け目を感じさせないような形にしておかなければならない。

 

「じゃあ、奨学金みたいな形にするか?」

「奨学金? それって……何?」

「確か、学校に通いたいけどお金が足りない人がお金を借りる仕組みだよね」

 

 神室も松下も、家庭としては裕福な部類に入る。

 そしてそれ以前にそもそも、中学校レベルで奨学金を借りて学校に通うというのは普通はないことだ。

 大学などと違って小中の教育は公立を選べば非常に安価なので、奨学金を借りながら国立の大学に通うのとはわけが違う。

 一部私立の中学校でも奨学金は存在するが、その辺りもまだ小学生の子供が触れたうえで中学校に入学することはそうないだろう。

 

 故に2人がそれを知らないことはおかしくはない。

 だが、知っておいた方が良いものでもある。

 

「そう、用途の限定された借金だ。

 場合によっては貸与じゃなくて給付、つまり返さないで良い場合もあるけどな。

 基本的には、経済的に学校に通うのが難しい人間、つまり金が無い人間がそれでも学校に通いたいときに、お金を前借りして学校に通って、卒業してからゆっくり返していくものだ。

 例えば大学の奨学金なら、奨学金を貰ってそれを使って大学に通って、卒業して働き始めてから返していく。

 返済も一気に返さないといけないわけじゃなくて毎月いくらって形でゆっくりさせてくれるから、それなりに返しやすい。

 利子も普通の借金と比べたら少なくなってるしね。

 借金であるのは間違いないけど、借金してでも勉強がしたい、大学に入ってその実績で良い企業に入りたい、っていう人に優しく金を貸してくれるシステムだ」

「それを、どうするの?」

「だから、神室さんが俺が俺のポイントで参考書を用意して渡すのが納得できないなら、貸しって形にしておこうかってこと。

 参考書代を全部記録しておいて、後で返してもらうとかね。

 プライベートポイントに余裕が出来たときに払ってくれてもいいし、卒業して大学を終えて就職してからでも良い。

 まあ、ポイントで支払ったものを日本円で返してもらうのはどうかとは思うけど……神室さんはそっちの方が納得できる?」

「……確かにそっちの方が、借りにはならない、けど」

 

 司としては妥協した案ではあったが、しかし神室はそれでも納得がいっていない反応をする。

 もっとも、それも司の予想していたことではある。

 

「ま、別にすぐ決めなくても良いけど。

 俺に借りを作るのは嫌だっていうのはわかるし、何かしら返したいっていうのもわかる。

 でも、その形としてお金を要求されるとはあんまり考えてなかった。

 そうでしょ?」

「……そうね。お礼はしたいと思ったけど、お金とは考えてなかったわ」

「別に俺は何でも良いんだよ。

 教育は俺がやりたいことだし、そのために稼いだポイントだ。

 でも神室さんは、無償でそれを与えられるのが受け入れられない。

 ってなるとね、やっぱり金なんだよ。

 明確な形でお礼をするのって、1番金がわかりやすいんだ。

 借り1つだとか将来活躍するようになってから返すだとかいう空手形より、お金っていう形があるものの方が神室さん自身も納得がいく。

 でしょ?」

「それは……」

「俺が言った『成長してうちの会社で働いてくれ』っていうのだって、立派なお礼だ。

 でも神室さんは、その漠然としたものじゃあお礼として相応しいのか自分でもわからない。

 だったら金が良い。

 金は明確な価値があって、それを渡せばちゃんと礼をしたと思える」

 

 そこまで言い切って、司は神室の戸惑った表情に笑みをこぼす。

 ただ言われたことを受け入れるだけではなく、自分の心と向き合って考えている。

 それが感じられたからだ。

 

「じゃ、これは神室さんの宿題にしとこうか」

「は、宿題?」

「期限は、そうだな。

 1年生の末までにしよう。

 ただし神室さん次第で延長はあり。

 宿題の内容は、『神室さん自身が、俺に何を返せばお礼として納得できるか』。

 俺と神室さんの関係から考えるもよし、互いの社会的な立場から考えるもよし。

 あるいは社会一般におけるお礼の常識を調べてもいいし、贈答品や金貸しの歴史を調べてみても良い。

 どんな理由で、どんな理屈でそれが納得できると思ったのか、ってところまでしっかり考えてみて」

「なにそれ……」

「俺が適当に対価を決めて求めるのは良いけどね。

 それは俺が子供相手にやりたい教育じゃないんだよ。

 それに俺が要求したところで神室さんは納得できない可能性が高いでしょ。

 曖昧なものは受け入れられないし、金は生々しすぎて逆に実感がわかない。

 だったら、自分で納得できるお礼をちゃんと考えて見つけ出して、それを返してくれってこと。

 その結果曖昧なものになっても金になってもいいから、考えてみて。

 わかった?」

「……わかった。考えてみる」

 

 結局は問題の先送りではある。

 神室が納得できる対価を司自身も請求できないしする気もないので、神室自身に考えて納得してもらおうと思ったのだ。

 そこでついでに今日話した学びの一歩を交えることが出来れば、神室自身にとっても有意義な思考になる。

 

 対価を要求するつもりがない司が、対価を支払わなければ納得できない神室に要求するならば、神室自身が納得できるものでなければ意味がない。

 なぜなら対価を生じさせているのは2人の間のやり取りではなく、納得できない神室の心だからだ。

 

 葬式なんかと一緒だ。

 葬式そのものは実際のところ死者に対する意味は無いが、それをすることで見送る側の人間に大きな効果がある。

 今回の対価も受け取る側の司におは大した意味は生じ得ないが、それを支払う側の神室にとっては大きな意味を持つ。

 

「私も考えた方が良いかな?」

「松下さんは良いでしょ。

 今のところは貰えるものは貰っとけスタイルでしょ?

 松下さんが本当に何かを返したいって思うぐらいに俺に借りを感じた時に考えてくれれば良いよ」

 

 生真面目とも取れる神室と司のやり取りに、自分も恩知らずではないですよとアピールの為に質問を挟んだ松下だが、司はその彼女の根底を見抜いていた。

 司の言葉に影響を受けて、与えられている自覚が明確にある神室とは違って、まだ松下は使えるものを使おうとしている段階に過ぎない。

 それは司が与えるものに対する心底からの評価と言っても良い。

 

 人間、本当に価値を感じているものには対価を支払おうという気持ちになるものだ。

 それが生じないのは、たとえ表面上は価値があるように扱っていても、まだ心の底で完全には認めてないから。

 神室は司の言葉、というより与えられる全てに対して借りと感じお礼を返さなければならないというほどに価値を感じており、逆に松下は、与えられるなら利用はするが、無いならないで構わない、それだけに頼り切ることは出来ないという部分が根底にはある。

 

 これは純粋なそのものに対する考え方だけでなく、例えば生まれ育った環境や経験、そのときの精神状態等がもろに影響することなので、司が一概にどうこう言うことも難しい。

 

 故に司は、それを松下の心の動きに任せることにした。

 

「わかっちゃうかな、そういうの」

「神室さんと比較すればね。

 ちゃんと感謝の気持ちは感じてくれてるんだろうし嘘ではないんだろうけど、心底からのものではないんだろうなっていうのは見てればわかる」

「そっかぁ……。ちゃんと感謝してるのは本当だよ?

 でも色々考えてると、土門君だけに託すわけにはいかない、って思っちゃうから、それかな」

「まあ別にそれで良いよ。

 俺のことを利用してちゃんと将来に進むぐらいのつもりでいてくれれば。

 神室さんも、まずは自分の将来のことを考えて。

 俺へのお礼とかはその次で良いからな?」

「……わかった」

「そこまで気にされないと、逆に自分が恥ずかしくなってくるよ。

 私もちゃんと考えて、何か返すからね」

「いや別にプレッシャーかけたわけじゃないからな?

 まあ良いけど」

 

 松下だけでなく神室にも改めて自分へのお礼は二の次で良いということを伝えて、司は指導に対するお礼の話を打ち切った。

 

「さて、それじゃあ話を戻して。

 英語の勉強の仕方の話をしよう。

 単語帳は終わったから、後はリスニングだな。

 これは英語の他の分野とはまた別のアプローチが必要になるから、それをやってもらおうと思ってる」

「いきなり話が切り替わるわね、あんた」

「時間がそんな無いからね。

 取りあえずバーっと話してしまうつもり」

 

 神室と松下は少々思考を整理したい様子だが、まだ国数英理社の中で数学しか終わっていない。

 夕方には2人を返したいことを考えると、早く進めなければならないのだ。

 細かいところはまた後日扱うので、精密さよりも概念があれば良いのである。

 

「リスニングは、取りあえずは英語を聞くことに慣れるのが大事だ。

 色んな練習方法はあるんだけど、まずは聞いてみてから。

 ってことでこれも詳しくはGWに扱うから、それまではこのアプリをダウンロードして、俺が指定する音声を聞いておいて欲しい。

 テキストもオンラインで買えるから、それも使って」

「アプリ……これってテレビ局よね?」

「正確には日本放送協会だから、テレビに限らずラジオとかもやってる。

 これもそのラジオの番組の1つだ。

 高校生ぐらいには結構おすすめでね。

 取りあえずまずはこれで英語を聞くことに最低限慣れてから、リスニングの勉強に入ってもらおうと思ってる」

 

 使えるならば参考書に限らず、ネットの無料講義だって講座番組だって使う。

 間違った情報を取り入れる危険性はあるが、信頼のおける発信元ならばそれも心配はない。

 その使い方も説明して2人にはしばらく取り組んで貰うことにする。

 本当は土御門系列の塾の教材などを使えれば良いのだが、一応諸々の事情によって土御門系列の塾も普通に金を取っているので、流石にその教材を無償で2人に卸すのは躊躇われたのだ。

 それに与えられた教材では、2人が自ら走る力が身につかないので、司は自分や塾が面倒を見られなくなる可能性も考慮して、2人には市販の参考書による独学を指導していた。

 

「さて、じゃあ次は──」

 

 それから司が他の教科の勉強法に触れるまで、ざっと5時間ほどがかかり、2人が司の部屋から帰ったのは夕方になってからのことだった。




前話の感想でいただいた部分も組み込んでみました。
阿呆かな、ってぐらい長くなりましたが失礼!

地理軽く勉強してみましたが楽しいですねえ。
地政学とか最高やなって。

勉強主体の内容は一旦終わりです。
またそのうち来ますが、流石にここまで各教科に触れることはもうないはずです。

次回はGW(原作にはでてきてないけど日本なら成立経緯的にはあっておかしくない)を飛ばして中間テストですが……葛城との絡みをどうしようか悩み中。
まあ無人島試験まではしっかり絡むのはお預けですかね。

しっかり原作読んだら、一応各教科あるような描写になってますね。
テストは5教科で授業も準拠ですが、各教科のなかで各科目にもそれぞれ触ってる感じでしょうか。
理科はごちゃまぜって感じで書いたので良いですが、社会も今後単元終わった辺りで別科目がでてくるってのは書いておこうと思います。

他のキャラクター視点(一人称の地の文という意味ではなく、司がいない場面で、ということ)での描写を読みたいですか? 例えば松下が中間試験への対策に奔走する姿を松下視点で書くのか、あるいはいつも通り司が後から聞いたという形で書くのか。司という異物への、司が居ない場面での反応(例えば神室と松下が2人で話してる場面等)も含めて、視点を統一するべきか色んなキャラの目線を書くべきか悩んでいます。

  • 司中心で、司が見聞きした情報で良い
  • 他のキャラクター視点の情報もみたい。
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