大学受験舐めてんのか   作:オカルトって面白いよね・蠱毒とか

20 / 25
人を評価するにはその事業を見るべきである

ナポレオン・ボナパルト


第20話 0か100でもなければ30か70でもない

 前世より少し遅れかつ前世ほどゴールデンでもウィークでも無い祝日が終わった5月中旬。

 いよいよ中間テストも近づき、クラスの雰囲気も、そして学年自体の雰囲気も中間テストへと向けた雰囲気が出始めていた。

 放課後には図書室横の勉強スペースで勉強している生徒が多数いるし、教室でもグループで学習をしている生徒がいる。

 

 時折図書室で話す椎名は、図書室に読書目的以外の人が増え騒がしくなったことが好ましくないようだったが、司からすればこれこそ上位の高校と思えて少しばかり嬉しかった。

 もっともそれも、中間テストが終われば消えてしまうであろう光景なのは間違いないのだが。

 

「地理が出てきたわね、今日の授業」

「そうな。教科書も新しく配られたし、日本史、倫理政経現代社会あたりも今後あるかもね」

「それは、ちゃんと勉強してれば受験は大丈夫なわけ?」

「どうだろ。A科目かB科目かは帰ってから確認してみるよ」

 

 司もまた、他の生徒達のように定期テストの勉強をしているわけではないが、神室に付き合って空き教室を使って勉強を行っていた。

 なおこの学校における空き教室は、クラスが固定で授業の難易度わけなども存在しないため、使用されることが基本的にないものとなっている。

 

 神室と同じく学校の勉強から踏み出した松下も時折参加することはあるものの、彼女はクラスメイトとの付き合いがあるため時々しかやってこないし、神室もまた坂柳派での勉強会があるのでそちらの方に参加することの方が多い。

 それでも学校のテスト勉強とは違う、受験のための勉強はそちらの勉強会では出来ないので、神室や松下が司に声をかけて勉強することが、週に2回ほどのペースで行われるようになった。

 

「で、あんたは何の用で葛城に呼ばれてたわけ?」

「ん?」

 

 司が教室に入ってきても顔を上げることなく参考書を読みながら手を動かしていた神室が、一段落ついたところで顔を上げて司に問いかける。

 

「葛城に呼び出されたんでしょ、あんた」

「まあそうだけど……それも坂柳さんに報告する感じ?」

 

 自分の情報、それも人とちょっと話したぐらいのことを収集してどうするのか尋ねる司の言葉に、神室は視線を彷徨わせる。

 司のその言葉に、実のところ神室は返せる言葉を持っていなかった。

 

「別に……情報収集してる振りにはなるでしょ」

「……ああ、なるほど。

 まあ流石に普段の俺を見て情報収集する相手としては価値が薄いか」

「あれだけでわかるって、どういう……」

 

 神室の司に関わる理由付け。

 既に坂柳が司に警戒心を抱いた当初の感情は消え、神室の秘密を知っているという事実と坂柳に完全には降らないという立ち位置から来る義務的な警戒だけが残っているという現状。

 そしてその上で神室が司から情報を収集しようとしている理由に気付いた司に、神室はため息をついて本当のところを口にする。

 

「今のあんたに対する坂柳の警戒は薄くなってる。

 それでも私があんたについてるのは、一応警戒する理由があるのと、私ぐらいしかあんたと近い交流のある人間がいないから。

 だからあんたの後をつけたり、こうやって他の奴らから離れていられる」

「そして、神室さんにとってもそういう時間は都合が良いから、多少なりとも成果を出しておく必要がある」

「悪い?」

 

 ギロリ、と睨む神室に、司は両手を上げて白旗を上げる。

 神室は、司や坂柳、橋本あたりの、彼女に対して真っ向から関わる以外の目的で接する可能性がある人間の言葉に対して反抗心を抱く傾向にある。

 遠回しに支配しようとする坂柳であったり探りを入れる橋本であったり、あるいは神室のことを見抜いて上の立場から接する司であったり。

 

 それは彼女なりの警戒心と周囲から身を守る術なので一概に責めることが出来るわけではない。

 わけではないが、しかし坂柳や橋本、そして不本意ながら指導している場合の司などは、基本的に例外の人間である。

 大抵の人間は悪意より善意を持っているもので、それらに対して悪意への対処だけの接し方をするのは人間関係にもコミュニケーションにも問題となる。

 多少なりとも人との関わり方や振る舞い方を学んでほしいし、一朝一夕に教えられて出来るものではないが、司が教えられる機会があるならそういう話もしたいものだ。

 

 そんなことを考えながら、司は神室を宥める。

 

「いやいや、良い処世術だと思うよ。

 自分が出している成果を利用して私的な時間を確保するってのは。

 会社とかでも、真っ当に働いているだけじゃ疲れるしね」

「……そうなの? あんた、そういうの詳しいの?

 家の会社で関係ありそうだし」

 

 司の言葉に、彼が外では大財閥を支配する一族の1人だと思い出した神室は、何気ない興味で尋ねる。

 軽い好奇心から来る質問だったが、司の答えは殊の外真面目なものだった。

 

「俺の知り合いの資産運用関係の人は、あちこちの会社見てくるって言って会社の金で旅行しては観光した写真送ってくるよ。

 もちろん仕事もちゃんとしてるけど、出張先で24時間働くわけじゃないしね。

 他にも出張先が好きなスポーツチームの本拠地になるような部署を狙って異動願い出して、そのまま出張しっぱなしの人とかいる」

「思ってたのより真面目な話が来て驚いてるんだけど……。

 そんなに好き勝手しても良いわけ?

 あんたの会社の金でしょ?」

「そんな真面目な話でもないよ。

 利用出来るものはしっかり利用しろって話。

 制度的なものも、それこそ法人化による節税とかまさにそれだし。

 悪事、違法行為にならない範囲で自分の利益になることはやったほうが良い。

 勝手にお金を使うのは横領って言って犯罪だけどね。

 仕事に金を使ったついでに良い目を見るぐらいなら犯罪にはならないんだよ。

 接待で美味い飯食ったりもね」

 

 そこまでみっちり制限をしてしまえば地獄だと司は思う。

 そして同時に、給料だけでなくそれぐらい良い目を見せられなければ、いくら勤勉な日本人とて全力で働こうとは思わない。

 労働には対価を、そして勤勉にもまた対価を。

 

 海外企業の気楽な働き方と、日本人の身を削るような働き方を比較するならば、その程度の恩恵がなければならない。

 それは司が幼い頃から提唱して財閥企業全体に広めることに成功した、新しい企業のスタイルである。

 故にこの前世とは数年遅れのバブル崩壊から来る不況真っ只中の日本において、土御門家はむしろその権勢を拡大させることに成功していた。

 

 この学校のいびつなシステムもありとあらゆる場面で対価を求める制度も、裏を返せばそうした社会を利用して利益に変えることを体験する一環として存在している、のかもしれない。

 もはやこの学校の目的が見えてこないので司も断言することは出来ないが。

 

「しかも神室さんは坂柳さんに好きで従ってるわけじゃないんでしょ?」

「……当たり前でしょ。

 誰がわざわざ人に使われたいと思うわけ?

 それもあんな……優しくない人間に」

 

 坂柳のことを優しくないと評したのは、神室の最大限の配慮であり、本来はもっと侮蔑的な言葉が出てもおかしくはない。

 愛想がないように見えるが、根はこうして人に気を使えるのが神室という少女だ。

 嫌そうに返す神室に司は肩を竦める。

 

「それじゃあまあ、最低限仕事してる振りだけして後は好きにしておけば良いかな。

 お仕事なら給料貰ってるからそうもいかないけど、ぶっちゃけ坂柳さんがもたらしてる利益が現状無いし」

 

 司の言葉に神室はきょとんとした表情をする。

 

「……確かに。考えたことなかった」

「え? 何が?」

 

 神室の言葉に同じくきょとんとする司。

 司としては当たり前の言葉が神室にとっては当たり前でなかった。

 そのことに司の理解が追いつかなかったのである。

 

「坂柳が、私達に利益をもたらしてない、ってこと」

「ああ、それのことね」

「あいつが1番凄いからリーダーにしたい、って奴は多いけど……あ、でもAクラスを目指すっていうのが坂柳がもたらす利益なんじゃないの?

 坂柳ならこのクラスをAクラスにしてくれる。

 だからあいつをリーダーにする、ってのはおかしくないでしょ?」

「理屈としてはおかしくないし、クラスとしてより良いリーダーを選出するなられでいい。

 でも、神室さんそこから恩恵を得てる?

 今の段階でさ」

「それは……」

 

 手元のペンを回しながら、司は遠い目をする。

 

「これが、集団の難しいところでさ。

 例えば日本という国を良くするなら、国民全員が政府に協力して一丸となって経済を上向けた方が良いんだ。

 実際そうやって日本全体が元気になれば、個人に還元されるものも増えて結果的に個人の利益にもなる。

 全体主義とかがそれの極地って感じだけど、やり過ぎなければ特に問題も無い」

 

 全体主義そのものは、完全にやり過ぎな代物だ。

 国家の利益は国家の利益でしかなく、それを個人の利益であるかのように思い込ませて、国家を富ませ国民を飢えさせる。

 これ自体は明らかに不健全な状態でしか無い。

 

 だが一方で、一丸となって国全体の景気を高める、国を元気にする、というのは効果的な側面もある。

 その過程で一時的に国民の利益を損なっても、たどり着いた先で圧倒的に大きな還元を得ることが出来るのであれば全体としては成功であると言える。

 絶賛成長中の新興国などは、意図的ではないもののこの状態になる場合が多い。

 

 これは国家に限らず企業などでも言えることだ。

 もっともそれ自体を上手く組み上げるのが非常に困難であるために、そこまで全力で投げ込める組織は存在しないのだが。

 

「だけどさあ、将来いつかでかい利益が転がり込んでくるからって、今を削れる?」

「今を、削る……」

「企業のリーダーも、国家の元首も、企業や国を良くする為に働くのは当然だ。

 そういう仕事だからね。

 でも、それだけじゃだめなんだ。

 継続的に集団に所属する人員に対して利益をもたらし続けないといけない。

 企業であれば給料やボーナス、国家や自治体なら社会保険制度とか社会を維持するための役割を担ってることとかね。

 人は、日常に恩恵が無いと働けない」

「……けど、そんなのこの学校の生徒が与えるのって無理じゃない?」

 

 神室の気づきに、司は頷いて肯定を示す。

 

「まあね。だから悪いのは坂柳さんじゃない。

 クラスのリーダーに対して権限を与えてないこの学校のシステムそのものだ。

 例えば個人じゃなくてクラスの予算が月100万あって、それをクラスリーダーが自由に分配出来るとか、ね。

 それかむしろ、日常の恩恵がなくても全体のために奉仕できるような人間に生徒を育てたい、っていう学校側の意図もあるのかもしれないけど」

 

 そういう意味では、リーダーがそうした利益を用意出来ないからとそれを責めるのは環境に適していない。

 ただ一方で、そうした個人に与えられる利益が求心力を生むのも確かだ。

 

「ただ、原因が誰にあるにしろ現状では利益を生んでないのは確かだ。

 だったら神室さんや俺が、リーダーに協力する理由はないでしょ?

 リーダーに協力するなら『協力したい』と思えてこそだよね。

 利益が欲しいからにしろ、あるいはリーダーの人が好きだからにしろね。

 神室さんが望んでないのに無理矢理従えられてるなら、それ相応の手の抜き方をして良いってこと」

「……それなら、やっぱり坂柳か葛城に協力した方が良いってことよね?

 あんたや私はともかく、普通の生徒はAクラスになりたいんだし」

 

 神室の言う事ももっともである。

 結局、いくら組織としてのこの学校のクラスの欠陥を上げたところで、その中で最大限良い方を選ぶならば、より良いリーダーを選び、そのリーダーに協力するのが1番ましな選択なのは間違いない。

 ただ。

 

「俺の目線なら、坂柳さんは駄目だね。

 少なくとも今は」

「なんで?」

「だってテストにおける競争を提案したの坂柳さんでしょ?」

「それは、そうだけど。でも、リーダーを決めるためには必要なんじゃないの?

 なんらかの条件で競争するとか」

「駄目でしょ。今回の試験は特に。

 だって、クラスポイントがかかってるんだよ?」

 

 はっ、とした表情を見せる神室。

 司の先程からの話もあって、司が言わんとしていることに気付いたのだ。

 

「リーダーがクラスメイトに与えられる利益が、クラスポイント。

 そしてそれが影響するのが、毎月のプライベートポイント、ってことね。

 そして坂柳の提案は、それを減らしてる……最大限に得ようとはしてない?」

「そ。ちょっと変則的だけど給料みたいなものだ。

 それがかかるところで競争をするのは、どう考えてもよろしく無い。

 それなら今回の試験を協力して最大限の成果でクリアした上で、教師に相談して優劣をつけるために別にテストを実施して貰えばいい話だ」

「確かに……じゃあ葛城が良い、ってこと?

 消去法で?」

「そう、消去法で。今の段階ではね」

 

 曖昧な司の答えに眉を潜める神室に、司は腕を組んで答える。

 

「まず大前提として、この学校のリーダー選出で1番大事なのは、誰がこのクラスをAクラスにしてくれるか、だ。

 神室さんに坂柳さんに従う必要はないって言ったのはあくまで神室さん個人としての感情、そして日常での利益の話で、クラスとしてならより良いリーダーを選んで従うべきなのは間違いない」

「この学校に通ってる1番の利点がそれだから、当然よね」

「うん。ただはっきり言って、誰が1番それに向いているかってのは、短期的に決められることじゃない。

 少なくとも1年、半年程度は見て、それぞれの適性とかを判断したいことだ」

「でも、そんな余裕は無いでしょ?

 あんたが言ったみたいにリーダーは決めておかないと」

「うん。だから、今は葛城一択。

 今俺達はAクラスで、極端な話この地位を守り続ければ良い。

 その上でクラスをまとめるリーダーを一旦決めておくならば、安定的な葛城にまとめて貰えば良い。

 クラスポイントを不用意に減らそうとした坂柳さんと違って、葛城は安定してリーダーをやってくれそうだし。

 攻撃性も坂柳さんよりは低そうだしね。

 坂柳さんは神室さんにしてるみたいに人を支配して使うようなこともするけど、葛城は多分しないだろうし。

 上が横暴で乱暴だと下は苦労するのよ」

 

 司の言葉しばし考える神室。

 司はこうして原則や条件をつけて話すことが多いので、神室はそれについて考える癖が次第にでき始めていた。

 

「あんたがそういう言い方をするってことは、坂柳に任せたほうが良い場合もあるってこと?

 葛城が安定なら、坂柳は激しく行く、みたいな」

「概ねあってるかな。

 例えばBクラスに落ちたり、あるいは他のクラスが上がってきて横並びになったりしたときには、坂柳さんに頑張ってもらってガンガン押していった方が良い可能性もある。

 今回のテストでの競争を持ち出したこともそうだけど、坂柳さんは革新的で、かつ積極的だ。

 こういうタイプは当たり外れが大きい。

 当たれば良いが、外せば転がり落ちる。

 諸刃の刃とも言うね。

 今回のテストの競争とかみたいに明らかに不合理なこともやるんだけど、そのデメリットを飲み込んででも爆発力に期待したいときに使うべきだ。

 神室さん視点で言うなら、人の弱味を握って支配しようとする嫌なやつだけど、それでも従うだけの利益があるなら、って感じかな」

 

 真っ当に集団をまとめ先導するリーダーではなく、汚い手を使ってでも集団を引っ張り上げるタイプのリーダー。

 坂柳がなり得るとしたらそちらだ。

 汚い手そのものが集団の構成員から非難されたり他の集団から批判されることはあるだろうし、それに伴う弊害も発生するだろうが、それを飲み込んだ上でもメリットが大きければ使うに値する類の指導者。

 

 逆に言えば、適度に集団を引っ張ればいい程度の場面で出てくる平時の人材ではない。

 それこそ系統としてはヒトラーなどの、有事の人材というのが近いだろう。

 あのレベルに及ぶとはとても思えないが。

 

「……嫌な部分と良い部分を比較して、その上で決めろってことね」

「そういうこと。その点で言うと、葛城は真逆だね。

 大当たりはしないだろうけど大外れもしない。

 順当に、堅実に集団をまとめて維持してくれる。

 現状維持には最適なタイプだと思う。

 その分爆発力が無いけど、平時を任せるなら間違いなくこっちだ。

 まあ2人ともまだまだ見れてない部分があるだろうから、はっきりとは言えないけどな」

 

 一方葛城は平時の人材だ。

 今あるものを順当にスケールアップさせていく場合等に活躍する。

 大きくしでかすことはないがその分普通ではない大成功を引き当てることもない。

 堅実なリーダータイプ。

 

 もっともこの学校での暮らしをどこまでを平時としてどこまでを有事とするかは考える必要があるが、まだ神室にはそこまで伝えるべきではないと司は判断する。

 

「結局、状況と2人の特徴を判断して、その都度最適な選択をしろってことね」

「ま、そういうありきたりな結論になるね。

 大事なのは、ちゃんと考えること。

 それも1つの観点にこだわらず、多くの観点からね」

 

 司は葛城と坂柳のどちらが優れているか、なんて判断はしていない。

 ただ2人のリーダー候補がいるならば、場面によって使い分けるべきだ、と考えているだけである。

 

「あんた、普段からそんな風に考えてるの?」

「まあ、割と?

 ぱっと即断即決することも割とあるけど、そればっかりしてるといつの間にか決断に癖が出始めるんだよ。

 1番理屈として正しい選択肢じゃなくて、俺の好みな選択肢を選ぶようになってしまう。

 それが全部当たってれば良いけど、そうなるとは限らないからな。

 だからできる限り細かく分割して、一つ一つ結論を出したうえで判断するように心がけてはいる。

 それに、自分1人ならともかく他の人もいるなら意見の説得力は大事だろ?」

「説得力……理屈があるから説得力があるってことね」

「そういうこと。それが論理的に正しい選択にも繋がるし」

 

 これが例えば司1人が自分の為にリーダーを選ぶならば、坂柳に全ツッパして終始押せ押せで行くことも普通に有り得るが、このクラスの所属メンバーは40人いる。

 そうなってくると個々で判断方針も違うため、全員が納得できる選択肢を選ぶ必要がある。

 その基準の1つが、誰でも理解することが出来る『論理的正しさ』だ。

 

 坂柳と葛城どちらがAクラスのリーダーに相応しいのか。

 現状2人の個性があまり出ていないし、まだこの学校の特殊さが存分に発揮されている段階ではない。

 

 つまり、どちらがリーダーに相応しいのか決められる段階にない。

 だがしかし、クラスにリーダーが必要なのもまた事実。

 

 ならその場面でリーダーにすべきは葛城であり、坂柳ではない。

 葛城ならば現状を維持し次の決断までの間を保たせることが出来るが、坂柳に任せるのは彼女を選んで託すことを決めてからになるからだ。

 

 という説明はすべて道理が通っており、誰でも納得とはいかないまでも頷かざるを得ないものになっている。

 

 司はこうした原則論に拘った思考を、一般社会に合わせて独善的な判断をしないための手段として用いている。

 迅速果断な判断、即断即決で正しい思考、場合によっては凡人が思いつかないような思考をすることは素晴らしい能力だが、司はどれほどまで高めようと凡人でしかなく、無理な即断は間違いを招きかねない。

 だからこそ自己の思考の中で理屈を立てて、論理が通らない選択をしないようにしているのである。

 

 後は前世からの癖であるが、そうして論理の側に立っていれば、常に司に対立する側が論理から外れた側になるので優位に立てる、というのもある。

 基本的に論理的に正しいことは間違いではないことがほとんどなので、変に拘って論理を敵に回して苦労することはないのだ。

 論理が牙を剥くのは、感情が絡むことを除けば極稀なことで、感情すらも換算に入れればいいし、極稀な例外に対面したときこそ論理と真っ向から敵対する覚悟を決めれば良い。

 基本的に知識に基づいた正確な論理は味方なのである。

 

「私もあんたみたいな思考を身に着けるには、そうやって1つずつ論理的に考える癖をつければ良いわけね。

 で、話が逸れたけど、あんたが葛城に呼ばれたのは何?

 ていうかあんた、いつも思うけど話逸れすぎじゃない?

 大抵途中から違う話ししてる気がするんだけど」

「論理的に考えるってのは、基本のように思えて意外と出来てないことだからね。

 正しく論理的であるためには物事に対する知識もいるし。

 話が逸れがちなのは、まあ、そうね、自覚はあるよ」

 

 少しばかり気まずげに視線を逸らす司、神室は何かあると視線を険しくする。

 

「何?」

「神室さんって、俺にとって友人でもあるんだけど、生徒みたいに思ってるところもあるんだよね。

 俺の勝手な感情だけど。

 ちょうど中学校もそんな感じで、10人ぐらいの同級生と接してたから、そういうのが出ちゃってる自覚はある」

「教師目線で、ってこと」

 

 神室の言葉に、司は首を横に振る。

 教師目線、と言われると確かにそういう側面もあるのは事実だ。

 相手の知らない言葉、概念、考え方を言葉として説明することで与えるものである。

 

 ただその本質は、相手に教えて高めたいから、という指導が目的なのではなく、もっと司の個人的な欲求によるものだ。

 

「今からすんのがまさにそうなんだけど、基礎的な感覚、知識を共有する感じっていうのが正確かな。

 例えば今は教師目線っていう短い単語の意味を、正確に神室さんと共有した上で話をしたくてその説明をしてる」

「それは……確かにわかりやすいからありがたいけど……疲れない?」

「いやあ、むしろ俺自身がそうしておきたいっていうか。

 人間が言語でやり取りするのって、互いにその言語を知って理解しているっていう前提でやってるわけなんだけど、逆に言うと同じ言語でも理解や知識、思考力が違うと話が噛み合わないことが普通にあるわけで。

 俺はそういうの無しでちゃんと理解してもらいたいっていう思いが強いから、余計に思えるぐらいに説明が挟まってるって感じです、はい」

 

 相手に教えてあげたい、ではなく、司がわかってほしい。

 そういう思いがあるからこそ、冗長とも取れるような説明を度々挟んでしまうのである。

 

 このあたりについては今生の経験よりも、人格の主要な形成が行われた前世の記憶が影響している。

 田舎で育った司は、良い友人たちには恵まれはしたものの、田舎だからこその人の少なさと、親に厳しく仕込まれたことによる成長具合から、どこか周囲とずれてしまっている感覚があったのだ。

 そのため様々な場面で会話の噛み合わなさや思考の噛み合わなさを感じてきた。

 特に明らかに司が正しいことを論理的に説明した上で、理解しない友人の感情から来る言葉や無茶苦茶な論理に踏み潰されたときは腹が立って仕方がなかった。

 

 それが読書好きという趣味から来る言葉というものに重きを置いた思考と噛み合って、こんな風にうざいぐらいに説明するような会話の運び方をするようになってしまったのである。

 加えて神室が司に対しては他の相手に対するより多少素直に話を聞いているため、司の誘導に乗りやすいというのも影響している。

 

「それはわかったけど……確かに助かる部分もあるけど、時と場合は考えて。

 日常の会話から毎回そんなことされてたら時間がかかるでしょ」

「それはもちろん、気をつける」

 

 司の会話のとっ散らかり具合は、ある意味司の思考の形にも似ている。

 論理立てて枠組みにはめて思考をする、と意識をすればまだ良いが、普段の司の脳内はそうなっていない。

 前世での幼い頃からの読書及びそこから派生した想像に由来して、司の想像力、思考力、妄想力は一般人と比較して遥かに高い。

 

 それらが悪魔合体を起こした結果、司の脳内では常に思考が無作為に膨らみ続けるような状態になっているのだ。

 今でこそ制御できているが、前世では高校在学中でも、思考中に連想で別のことに派生してしまい、それが繰り返された結果最初に何を考えていたかわからなくなることがよくあった。

 

 そういう意味では、凄まじい速度で話がかっ飛んでいくのは司の思考の癖とも言える。

 ウィキペディアの青文字になってる関連項目を連続でクリックしているようなものだ。

 

「話を戻すけど、葛城と会ってた理由だよな」

「そう。あんたと葛城に繋がりがあるなら、一応坂柳に報告しておかないと流石にまずいんだけど?

 坂柳からすれば、葛城があんたを通して私を坂柳から引き離す可能性も考えられるんだし」

「そういうのではない。

 まあ単純に、俺は頭があんまり良くないから中間テストの競争で葛城のグループには入れることが出来ない、って言われただけ」

 

 中間テストの競争とは、葛城と坂柳の間で行われる、誰がクラスのリーダーに相応しいかを、それぞれグループを形成して勉強会を行った成果で競うものだ。

 それ自体に何かしらの決定力がある訳ではなく、あくまでクラスメイトに示す目安となる程度のものではあるが、だからこそクラスメイト達からの評価基準になり得る。

 決定的な基準がある一度の勝負よりも、それまでの些細な積み重ねによる印象の方が時に人を惹きつけるのだ。

 

「……葛城ってそういうこと言う人間だった?」

 

 一方、葛城のことを真面目で堅物で、そしてクラスメイトに分け隔てなく接する人間だと思っていた神室は、思わぬ葛城の言葉に目を瞬かせて問い返す。

 葛城という男なら、こういうところで司のようなクラス最下位級の凡人でも受け入れると思っていたのだ。

 そしてその総評は神室に限らず、坂柳グループの総評であった。

 

「ま、葛城も色々考えてるんだろ」

「……どういうこと?」

「そういう風に聞いてくれるから教えたくなるんだよな」

「は?」

 

 司の言葉に嫌そうに眉をひそめた神室だが、そのまま口を挟むことなく司の解答を待つ。

 

「これは坂柳達には言ってほしくない俺の推測だ。

 まず葛城は、おそらく真面目に坂柳に勝つ、あるいはここで競り合って坂柳に優位に立たせないようにしようとしてるんだと思う」

「勉強が出来ない振りしてるあんたを弾いてるんだし、そうなんでしょうね。

 葛城なら『クラスメイトを見捨てて勝利したところで誇れない』とか言いそうな気がしたけど」

「もっと深いところの話だよ」

 

 おそらくそれが葛城の周囲からのイメージだし、実際それは間違っては居ない。

 葛城とは本来、そういう生き方を自分に課している類の人間だ。

 少なくとも高校生の思考で未熟ではあれ、そうあろうとしている。

 その片鱗はこれまでの短い付き合いの中でも垣間見えている。

 

 では、そういう人間が生き方を曲げるのはどんなときだろうか。

 

 『自分の弱さに負け楽な方へと走る』?

 もちろんそれもあるだろう、むしろ1番ありがちな理由だ。

 

 だがもし、そうではなく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()ことがある、とするならば。

 それは今の状況において、なんなのだろうか。

 

「葛城は俺を弾いた。

 でも見る限りでは、戸塚は弾いていない。

 俺と同じ点数だったあいつをな」

「……確かにそうね」

「葛城みたいな堅いタイプは、理由もなく自分の中の道理が通らないことはやらない。

 葛城が勝利とリーダーに拘るなら俺と戸塚両方を弾くだろうし、逆にあくまで生き方を貫くなら俺も戸塚も受け入れる。

 てことは、戸塚を受け入れて俺を弾いたことにも理由があるはずだ」

「理由……」

「ま、あくまで俺が考えうる限りで合理的なパターンだから、葛城が非合理的なことをやってたらただの勘違いになっちゃうけど」

 

 人読みというのは本当に難しい。

 基本的に人は自分の常識で人を見る。

 自分の常識にとらわれない、なんて言うが、それすらも結局は自己という思考の枠組みに囚われているに過ぎない。

 

 故に人は人を読み誤る。

 それは自分の思考の中に存在すらしない選択を相手が取ることが普通に有り得るからだ。

 

 司とてこうして出来る限り幅広く人を見てはいるが、あくまで大半は合理的かつ常識的な行動が基準であり、例えば一般的に持ち得ない類のプライドだとか、あるいは何かに対する普通ではない執着だとか、そういったものはどうしても見逃すし読み間違える。

 あるいは合理的な行動であったとしても、司と相手の判断、思考プロセスが違うだけでそこにはズレが出てくる。

 あくまでこの場合の合理的とは、司にとっての合理と相手にとっての合理の比較でしかない。

 

「そうなの?」

「そうだよ。俺が合理的だと思ってることを相手は理解してなかったり、あるいは相手が俺が思いつかないようなこだわりを持ってて、非合理的でもそれに拘ってたりとかね。

 このあたりは行動経済学とか心理学あたりを学ぶと面白いよ。

 ま、そんなわけで葛城の行動を俺の出来る範囲で解釈、推測してみた」

 

 神室はまだ司の言葉を納得できるレベルにはないが、理解することが出来た。

 神室からしてみれば、司や坂柳のような人間は人の行動や思考を正確に推測できる人間であるように思えていたのだ。

 本人が否定しても、これまでの司の行動が神室にそれを納得させない。

 

 それでもひとまず司の説明を、あくまで1つの推測として聞くことを決めて、神室は司の言葉を待つ。

 

「まず第一に、葛城は俺を排除して戸塚を受け入れることで、坂柳グループとの対立を明確にしてる。

 もちろん坂柳さん側に近い俺を弾いただけの可能性もあるけど、まあそれは1番しょぼいパターンだから気にしなくて良い。

 今回の場合は葛城の思考を追うわけだから、葛城がそんなに考えてなかった、って結論になるならそれはそれで良いんだ。

 俺が気にしてるのは、そうじゃなくて葛城が全部考えてた場合」

「1番悪い可能性を考えろ、とか、そういうの?」

「近いね。ま、脱線するからその辺りはまた今度にして。

 俺を弾いたその上で葛城は、戸塚を受け入れた。

 対立を明確にして勝負を意識してる姿を見せてるのに、言わばお荷物を受け入れるのは道理が合わない。

 てことは俺の知らない理屈がある」

 

 一見おかしいことにも、別の視点から見れば理由はある。

 たまに『そんなしょうもない理由で』なんてこともあるが。

 

「まず1つに、対立の姿勢は見せつつも勝負に対して冷酷になりきれていないっていうパフォーマンスを見せること。

 加えて俺みたいに明確に理由がある相手ならともかく、そうじゃない相手なら受け入れるっていうポーズを示してるんだと思う」

「つまり……見捨てない振りをしてる、ってこと?」

「そういうこと。

 ただ、それだけじゃしっくりこない。

 見捨てないスタイルを示すなら俺も受け入れれば良かったし、坂柳さんと対立を明確にするのもそんな回りくどいことをしないで口で言えば良い。

 で、ここでちょっと飛躍した発想にはなるんだけど」

 

 今回の勝負のことを聞いて、司の頭をちらりとよぎった手段。

 

「自分の集団とは別に、高得点を取れるメンバーだけの集団を使って勝ちを狙いに行くんじゃないかな、葛城は。

 それか集団をAチームBチームみたいにわけるか」

「……飛躍しすぎじゃない? それってあんたの思いつきじゃないの?」

「飛躍はしてる。

 けど、葛城が勝つために何かするとしたらそれぐらいしかないから、消去法でそれかなって。

 勝負に勝とうとするならそれしかないんだよね。

 そしてその前提で逆算すると、そもそも俺を弾いた上で戸塚を入れたの、坂柳さんを引っ掛けるためのブラフに見えてきたんだよね」

「坂柳を? ……その作戦に気づかせないために、ってこと?」

 

 少し考えた神室の出した結論に、司は頷く。

 思考してある情報から結論を出す。

 少しずつだが、神室の思考が回り始めたのを司は感じていた。

 

「そう。普通に俺を受け入れると、『勝負を捨てたとは思えないから、何か作戦があるのか?』って疑われる。

 でも俺を弾くとちゃんと勝ち意識が出てるように見えるし、戸塚を受け入れることで『それでも自分に近い人間は見捨てられない甘い人間なんだな』って油断も誘える。

 1番バランスが良い。

 偶然かもしれないけど、これ狙ってるとしたら絶対何かあるよな、っていう想像」

「想像」

「まあ想像に過ぎないけどね。

 確定させられるだけの情報も無いし。

 あくまで可能性の1つ程度。

 まあでも、葛城もそんなに真面目なだけではないと俺は思ってるよ。

 多少の悪知恵は働くはず。

 というかそうあってくれ」

「あんたの願望じゃない」

「そうとも言う。

 全部俺の勘違いで、普通に俺が坂柳さん側で戸塚は身内だから、って可能性も高いしね」

 

 結局推測、想像に過ぎないからこそ、与太話程度に考えておくのがちょうどいい。

 これが自分にも大きな影響を及ぼすことなら、せっせと情報収集をしてより確度の高い推測をするのだが、そこまで本気になるわけでもない。

 テストが終わって結果が出ればそのときにはわかる話だ。

 

「……葛城も考えてるってことね。

 やっぱりリーダーがやりたいから?」

「どうだろ。

 動機なんかは個人の内面がでかいから、外から見ててもわからないことが多いんだよね。

 推測自体は出来るんだけど。

 真面目に推測した結果、『シンプルに坂柳さんが嫌いだから』とかいう理由だったら笑うでしょ?」

「葛城はそんなこと言わないでしょ。思っては……いるかもしれないけど」

 

 否定できないあたりに、神室の坂柳に対する感情が透けて見える。

 

「まあでも、わからないという前提の上で俺の考えを言うなら、多分葛城は坂柳さんを警戒してるんじゃないかな。

 自分がリーダーになりたいのよりも、坂柳さんをリーダーにしたくないっていう思いが強い気がする」

「……理由は?」

「葛城がガンガンイケイケタイプの真面目じゃないから」

「……違うの? あんな堅い感じを出して、いかにも真面目って感じだけど」

 

 どう見たってガンガン真面目さを押し出してくるタイプでしょ、と葛城の普段の様子を思い浮かべる神室に、司はニュアンスの違いを説明する。

 

「ガンガンイケイケタイプは、クラスの委員長とか真面目なことを『真面目なことがやりたいから』とやるタイプ。

 真面目なことをやるのが目的になってて、時々真面目さを押し付けたり周りに強制したりして嫌がられるタイプだな。

 自分がリーダーをやるのに相応しいと思ってて、そうならないと気に入らないと感じるタイプだ」

「……少し違う、気がする」

「葛城は真面目な生き方を自己に徹底してるタイプだと思う。

 別にリーダーじゃなくても、自分の役目を真面目にやり遂げる。

 生き方として真面目があって、結果として委員長とかリーダーとか生徒会長とかそういうのをやることになる。

 リーダーに対して拘りはあっても、他の人がリーダーになるならそれはそれで全力で支えるタイプだと思うんだよね。

 けど葛城は坂柳さんに反発してる。

 その辺りに理由がありそうだな、という推測」

 

 実際1番良いのは、今立候補している2人が手を取り合ってクラスを引っ張ることだが、それは互いに歩み寄る姿勢が無いので叶いそうもない。

 そしてそれは坂柳の側がリーダーの権力を一手に握りたいと考えているだけでなく、葛城側もまた譲りたくないと考えているからだ。

 

「……それで、結局どうなるとあんたは思ってるの?」

「それは今回のテスト?

 それともリーダー決め?」

「どっちもよ」

 

 そのあたりのこと、はっきりは聞いてなかったでしょ、と神室は言う。

 確かに司もリーダー決めの無意味さなどについては話したが、そこについて触れたことはなかった。

 

「今回のテストはどっこいどっこいになるんじゃない?

 坂柳さんが人を使って足を引っ張らせるって言ってもこのクラスは平均が高いからさ。

 露骨なことは出来ないし、数十点離れるならともかく数点差なら見た目は誤差だよ誤差。

 インパクトに欠けるね。

 後は勝ったほうがその数点を強調して、負けたほうが誤差だと言い張る形になるかな?

 葛城も今の感じだと、負けたとしても潔く認めるよりは坂柳さんを優勢にしないように立ち回りそうだし、坂柳さんは言わずもがなだしね」

「確かに、点数差はあんまりつかなさそうね」

 

 抜き打ちテストや自分の中学校のテストを思い出す神室。

 神室自身が高得点常連だったこともあり、中間テストでも大半が90点以上を連発することが容易に想像出来たのだ。

 

 そして問題を持っている司は、多少全体としては下がれど実際にそのレベルの問題だということを知っている。

 

「どうせなら7月あたりの外部模試で競えば良いんだよ。

 あれなら結構点数の差出るんだから」

「その外部模試の話はまた聞くとして、リーダー決めの方は?」

 

 一瞬司の言葉に引かれた神室だが、脱線を注意した手前自分から逸れることは出来ず、後回しにして話を進める。

 

「そっちは読めないなあ。

 ただ葛城はよっぽど機会に恵まれないと、勝ちきれないだろうね」

「坂柳が勝つ、ってことではないわよね、その言い方だと」

「うん。

 前も言ったけど、明確にリーダーを決める方法が無いんだよね、今のクラスだと。

 でそうなると、多分坂柳さんって出来る限りあがき続けるでしょ?

 葛城が優位に立っても認め無さそうだし」

「そうね、性格悪いから」

 

 性格悪いと断言した神室に苦笑しつつ、司は続ける。

 

「となると、葛城が勝つことは出来ない。

 いつまでも坂柳さんの攻勢を受け続けることになる。

 坂柳さんが勝つまでね。

 葛城が勝ちきれないってのはそういうこと。

 坂柳さんの方は逆に勝つまでやれば良いんだから、こっちはまず負けない」

「よっぽどの機会っていうのは?」

「葛城が唯一勝つには、坂柳さんが何をしても揺るがないぐらいにクラスメイトからの信頼を勝ち取る必要がある。

 そういう大成功を葛城が狙えるイベントに遭遇するか、あるいは逆に坂柳さんがとんでもなくでかいやらかしをして一切信用されなくなるか。

 まあそうならない限り、真面目に受けて立っちゃう葛城だと厳しい勝負になりそうだよね。

 坂柳さん脅迫とかするし、平気でクラスの足を引っ張ってでも葛城を蹴落としそうな雰囲気あるし」

 

 司の言葉にそれが想像出来たのか、神室が嫌そうな表情をする。

 

「それって、あんたが言ってたリーダーに相応しくない人間そのままじゃない」

「相応しくないというか、普通は選びたくない人間だね」

 

 あえて言い方を変える司の言葉に、神室は疑問の声を上げそうになって踏みとどまる。

 司のこういう言い回しを幾度も受けてきて、神室もその次にくるものを学習していた。

 

「……普通は、ってことは普通じゃない可能性があるのね」

「わかってきたね」

「それだけそんな話し方されてればわかるわよ」

 

 少し待って、と言って考え込む神室。

 司が言わんとしたことを先に自分で見つけようとしているのだ。

 

「坂柳が、あんたがさっき言ったみたいにデメリットよりもメリットが大きいリーダーなら選ぶ可能性がある、ってこと?」

「そういうこと。

 結局リーダーに相応しいか相応しくないかというのは、どれだけ集団に利益をもたらせるかだから。

 与えたダメージを上回るだけの利益を提供できれば、リーダーとしては成功の部類に入ると思うよ」

 

 例えば坂柳がクラスポイントを削ったとしても、Aクラスに確実に連れて行ってくれるなら、とかね、続ける司に、神室はしかし不満げだ。

 

「出来るの?

 坂柳は反感集めるでしょ? 上手く3年間もまとめられるとは思えないんだけど。

 それでもあいつなら出来るかもしれないけど……クラスの、集団の関係を破壊しても相応しいって言えるわけ?」

「利益って一言で言っても大量にあってね。

 例えば純粋な金銭的利益とか、この学校ならクラス間競争における実績とか。

 あるいは集団内の団結とかメンバーのメンタルの安定とかもそうだね。

 利益っていう言葉がわかりやすいから使ってるけど、もっと言うと『プラス』と『マイナス』っていうのが正しいかな」

「プラスとマイナス……Aクラスにいける、とかがプラスで、マイナスは反感を買うからクラスの団結がなくなるとか、そういうのがマイナスってこと?」

 

 神室の言葉に司は肯定を返す。

 彼女も次第に自らの思考で現実を切り分けて思考するようになっている。

 

「坂柳さんの場合はね。

 結果を出せば感情なんてどうでも良いなんて人がいるけど、あれ間違ってるんだよ。

 感情も結果の1つとして換算すべき要素。

 その上で感情面での利益を捨ててでも金銭なんかの実になる利益を取るのか、あるいは金銭なんかの実利益を捨てて感情なんかの形が無いけど大事なものを取るのか。

 過程でもそれは同じ。

 正しいやり方をやってても感情がついてこなければ万全の力は発揮できないし、途中で集団が崩壊して力尽きるかもしれない。

 かと言って感情だけを重視しすぎて意味のないことばかりするのはナンセンスだ。

 全部をしっかり要素として換算して、どこまでを取るのかそれぞれについて考える必要がある」

「……細かすぎない?」

「細かいね。

 だからさっきの質問に返すと、坂柳さんがリーダーをちゃんと出来るのかはやってみてくれないと本当にわからない。

 反感を買いまくっても成果で黙らせてくれる可能性もあるし、逆に成果をだしまくってるのに反感が強すぎて立ち行かなくなる可能性もある。

 これは坂柳さんだけじゃなくて、それに従う、支持する側の人間の性格、性質にもよるから、断言は出来ない」

「あんたでもわからないの?」

 

 あれだけ色んなものが見えているあんたならわかるでしょ、と言わんばかりの神室の言葉。

 その言葉に首を振り、そして胸を張って司は答える。

 

「むしろ俺だからこそ、かな。

 俺、何につけても断言するのが嫌いなんだよね。

 明確な答えが存在する科学的事実に基づいたことなんかを除いてだけど。

 俺が重視するのは、過程と思考のプロセス。

 何を注視し何の情報を集め何を検討しどんな仮説を打ち出すか。

 それぞれの比較をして1番有り得そうな選択肢を選んだり、1番良さそうなものを選ぶことはあるけど、それはあくまで選択肢から選んだだけで正解ではない。

 このスタンスは、俺が大事にしてるものだから」

「……だから受験の話したときも、あんな遠回しな言い方したの?

 あくまで受験は私達があってるものを選ぶべきだとかって」

「その通り。

 世の中にはさ、人間が知らない乱数が多いんだよ。

 人間の心なんてその最たるものだし、そうでなくても無数にある要素は人間の脳じゃとても処理しきれない。

 だから断言はしない。

 したくない。

 とは言っても俺自身にもある程度価値観とか考え方はあるわけだから、これだ、って自分の中で決めてるものもあるけどね。

 間違ってると思ったときはちゃんと間違ってるって言うから」

 

 1つの物事に対してゼロから思考を組み上げるときには、検討の予知、複数の可能性に対する思考の予知が存在するので断言はしない。

 だが一方でそれが個々の行動など要素が削がれた単一のものになると、司でも判断がつくようになり断言することが可能になる場合もある。

 

 故に司は、どちらが良いとは明確に口にしない。

 葛城も坂柳もそれぞれにプラスとマイナスを持っていて、それらは複雑に絡み合い総合的な優劣をつけがたくしているのだ。

 

「さ、勉強勉強。

 定期テストの勉強は1週間で間に合うから、それまではみっちり受験勉強やるよ」

「……わかった。私も自分で色々と見て考えてみる」

「ぜひそうしてください。

 思考ほど脳みそが育つものはないからね」




なんか思ったよりも説明というか司の思考開示がたくさんになって場面が進みませんでした。
ストーリー進めるところととこういう風に思考開示するところを別々にしていかないとなと思う所存。

作者は坂柳の末路を知ってるので否定的ですが、同じ時間軸で彼女を見ていたなら一概に否定は出来ないかなと思っています。
というかしたくない。
個人の個々の要素に対してアリかナシかは言えても、それを統合した時に全体的にどっちに転ぶかは決めがたいと思うんですよね。

なので司の彼女に対する判断は、『現状マイナスが多いけどそれをひっくり返しうる何かを持ってるかもしれない』です。
もちろん葛城に対しても『坂柳に若干うまくやられてるけど、上手く集団をまとめて高めてくれるかもしれない』と思っています。

結局情報不足ですね。
政治家なんて地方の選挙、なんならその更に前職から始まって、何年もかけて見てきた上で選んでもなお思ったような人じゃないことがあるんですから。

他のキャラクター視点(一人称の地の文という意味ではなく、司がいない場面で、ということ)での描写を読みたいですか? 例えば松下が中間試験への対策に奔走する姿を松下視点で書くのか、あるいはいつも通り司が後から聞いたという形で書くのか。司という異物への、司が居ない場面での反応(例えば神室と松下が2人で話してる場面等)も含めて、視点を統一するべきか色んなキャラの目線を書くべきか悩んでいます。

  • 司中心で、司が見聞きした情報で良い
  • 他のキャラクター視点の情報もみたい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。