大学受験舐めてんのか   作:オカルトって面白いよね・蠱毒とか

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“ただ一人の才能で成り立っているうちは、組織はまだ未完成なのだ”

ラインハルト・フォン・ローエングラム






第21話 誰でも仮面の1つや2つ

 テストも迫りつつある5月のある日。

 いつも通り神室との勉強会を終えた司は、彼女と別れてとある場所へと向かっていた。

 クラスメイト達と勉強をしていたらしい松下から呼び出しを受けたのだ。

 

 松下との待ち合わせに神室が同行しないのにはいくつか理由がある。

 まず1つに、司と神室の組み合わせはAクラスの生徒の一部から注目され始めていた。

 特に5月に入って勉強会をするようになってからは、放課後や昼休みに一緒にいることが多くなり、それが橋本等に訝しげな目で見られることも増えている。

 

 それ自体は今後も辞めるつもりがないので注目されるのは仕方がないことだと割り切れるのだが、問題はそのせいで不必要な監視の目がついてしまうことである。

 特に神室と司が2人で行動をしていると、坂柳派閥の人間、特に橋本などが下手くそな監視をしてくる可能性があったので、それを避ける為に神室の同行は断ったのである。

 

 なにせ今から司が会うのは他クラスの生徒である松下だ。

 坂柳や橋本あたりに知れると変な邪推をされる可能性があった。

 特に神室はその関係からクラスを裏切られていると推測されると、彼女自身の立場が面倒なことになってしまうのだ。

 

 一方で司の方は、松下との密会がばれても特に問題はない。

 司本人もクラスに属することで得ている利益はないし、クラスから排除されるような可能性が発生したときには一時的に所属を移してしまえば良い。

 強いて言うならば他のAクラスの生徒からも目の敵にされる可能性があるぐらいだが、別にクラスからどう見られようと司は構わない。

 クラスの総意としての敵意と、個人間での付き合いは別であり、後からこれはという生徒がいれば個別に関係を持てば良いだけだからだ。

 

 むしろ神室がより司の監視に貼り付けられやすくなるという可能性を考えると、バレたところで利益にもなりうる。

 もっとも別の人間がつけられて神室が剥がされる可能性もあるにはあるのだが。

 

 ただそれについては神室と親しくしている様子が見られている時点でいずれ起こり得ることだ。

 監視役と監視対象が仲良くしているなど、監視させている側からすれば悪夢でしかない。

 例え放課後勉強会をする程度、あるいは昼食をたまに一緒に食べる程度の親しさだと見せかけていたとしてもそれは必然の流れなので、特に気にしないでくれと司も神室に伝えている。

 

 さておき、松下との密会である。

 

 司が先に校舎の屋上にまで上がって待っていると、カツンカツンと階段を上がってくる足音が響き、屋上の扉をそっと開けて松下が姿を現す。

 

「本当に開いてる。

 立ち入り禁止になってる場所もプライベートポイントで入れちゃうんだね」

「なんでも買えるってのは嘘ではない、ってことだろうな」

 

 屋上は本来ならば放課後は開放されていないが、そこを司のプライベートポイントで借りた形だ。

 普通に使用できる空き教室とは違い、本来は立ち入りが禁止されている場所をこっそりと借りることで他の生徒の目につくことなく会うことが出来るため、この場所を密会の場所に選んだのだ。

 

 加えて貸し切りという形で他の生徒を追い出した面談室とは違って、ここは司が貸し切りにしなくても他の生徒はそもそも立ち入りが禁止されている場所である。

 そのため以前とは違って他の教師に目をつけられることはない、という寸法である。

 

「普通には入れない場所も入れちゃう、ってことだよね」

「そうね。職員室の生徒が入れない区画の立ち入りも高いけど買えるみたいだったし。

 多分場合によってはショッピングモールとかの裏側にも入れるんじゃないか?」

 

 後は司は言葉にはしないが、他の生徒や教師の部屋の鍵も。

 そのあたりは念入りに真嶋を詰めているので、司はある程度把握出来ている。

 より正確に言うならば、セキュリティーとして学校側に払ったプライベートポイントと、立ち入り料として払ったプライベートポイントの多寡を比較して、セキュリティーが突破されるかどうかが判定される仕様になっているようだ。

 生徒はともかく教師は流石にセキュリティーをかけているらしいが、投資で荒稼ぎした資金が潤沢に残っている司からすれば障子紙同然である。

 

 確かに金持ちや企業程セキュリティーに気を遣うようにはなるが、それを教えもしないで生徒に課すのは問題だろう。

 むしろそのシステムを教えた上で、日常に使うポイントとセキュリティーに使うポイントの比率を考えさせる、などした方がはるかに生徒の成長に繋がるとは思うのだが。

 

「そんなのも買えるんだね。

 ね、じゃあさ」

 

 軽く雑談から入ったが、すぐに松下の表情に真剣な色が混じる。

 あくまで雑談の延長のように振る舞っているが、松下が何かしら意味を込めた言葉を口にしようとしているのは確かだ。

 それを理解して、司も多少表情を引き締めてみせる。

 

「テストの問題とか答えって、買ったり出来ないかな?」

「……理由を聞いても?」

 

 その答えに思い切り心当たりがあった司だが、まずはどういう経緯で彼女がそれを口にしているのかを尋ね返す。

 それ次第で松下の立場や目的に合わせて最適な答えを返す、などというのは松下を操り人形のように支配しようとする傲慢な考えだが、しかしアドバイス程度ならば出来るし、何より司自身状況を把握しておきたい。

 

「退学でペナルティーがあるっていうのは知ってる?」

「それはもちろん。知ってるよ」

「そっか。ならわかると思うんだけど、私も出来る限りそれは避けたいんだよね」

「Dクラス?」

「というよりは、今はまだ私とか一部の人ぐらいかな」

 

 そう答える松下は、以前の1つ距離をおいた立ち位置から話す様子とは少しばかり違う、自分事として学校への意気込み語る言葉を口にする。

 その振る舞いに、雰囲気に、松下の心情の変化を司は悟った。

 

「私も、ちょっと頑張ってみようと思って。

 土門君のおかげで保険は出来たし、途中でやめてもいいしね」

「……ま、その精神は大事だと思うよ。

 取り敢えず目の前のことを全力でやっておくってのは、シンプルだけど案外出来ないことだ」

 

 この学校でAクラスを目指すのか、あるいは外部で受験しての進学を目指すのか。

 その選択をする前に、まずは今目の前の出来ることに全力を尽くす。

 Aクラスも目指すし受験勉強もする。

 無闇に全てを目指して力を尽くせるのは、まだ取捨選択をしていない人間の特権だ。

 

 大抵の人間は、育つにつれ様々なことを取捨選択し、どこに全力を尽くすかを決めていく。

 例えば部活動と勉強のどちらを取るのか、というのもそうだし、受験に使用する科目の選択もそう。

 あるいは大人になってくると、仕事に活かすためにどんな能力をつけるか、何を切り捨てるか、という多くの選択を迫られることになる。

 

 だからこそ、目の前のことに血反吐を吐いてでも死力を尽くすことが出来るのは、生活が担保されやらなければならないことが無い学生の特権なのだ。

 

 と、司の答えを聞いた松下がクスリと笑いをこぼす。

 

「土門君の昔の話も、いつか聞きたいな」

「どうしたの急に」

「よく考えると、多分土門君って私なんて及びもつかないぐらい色んなことを身に着けてきた人でしょ?

 どれぐらいの努力をして、どういう経験をしてきたのかなと思って。

 私が想像も出来ないような世界を、土門君なら知ってるでしょ?」

「そりゃあ、多分知ってるけど……。

 そのうちね」

 

 自分を一定のラインで見切っていた松下。

 『自分は天才などではなく、だからこそ努力を重ねたところで高みには届かない』という諦観からくる見切りだが、実のところ松下は本当の意味での天才、あるいは自分よりも遥かに高みにある存在というのを見たことも、そしてそれに対面した際の絶望も憧憬も感じたことが無かった。

 

 それも当然の話で、松下自身が様々な面において、天才とは言わないまでも素質がある人間だったので、そこらの努力をした人間よりも効率よく高い能力を身につけることが出来てしまっていたからだ。

 そのために、自分よりも明確に飛び抜けて上の存在というのに出会ったことが無かったのである。

 

 あるいは習い事の大会などで大きな所を何度も経験していれば、そういう経験をすることも出来たかもしれないが、早々と見切ってしまった松下にはそれは無理な話だった。

 感情的に未練もなく、理性のままに経験抜きで自分はここまでだと考えていたが故に、自分より順位が上の相手がいても悔しいという気持ちを感じづらかったというのもある。

 

 『自分はこの程度の努力だしここまで。

 あの人はもっと努力してるから自分よりは上の能力を持っているんだろう』。

 その程度の認識が生まれるだけで、そこに松下自身の感情が生まれたことが幼い頃にしか無いのだ。

 そういう意味では、松下は子供ながらにある種悟りを開いたような精神性をしているとも言える。

 その中で表にでてくるのが処世術というのがいかにも世知辛いが。

 

 故に人生で始めて出会った飛び抜けた存在に、興味を持った。

 それは明らかに異端の気配を示している高円寺であり、そしてそれと対等に付き合う多少は話が通じそうな司であった。

 司が天才であり自分とは違う、と考えているのは変わらないが、せめても選択をするまでは出来ることはやっておこうと思う程度には、司の存在に松下は触発されている。

 

 司の前世での経験から来る考えではあるが、人間には2種類いる。

 自分より上の人間を見たときに、自分とは違うのだと諦める人間と、分不相応にも憧れる人間。

 松下は自分で自分を前者だと思い込んでいたが、その実後者としての素質を持っていた。

 

 そして司は、そういう人間が好きである。

 

「楽しみにしてるね。

 それで、テストの解答なんだけど、どう思う?

 何人か普通にやったら厳しそうな人がいるんだけど、流石にここで退学のペナルティーは受けたくないんだよね」

「それだけお荷物なら、むしろ切った方が良いんじゃないのか?

 学校のシステムでクラスに不要な人間を退学させられるチャンスだぞ?

 そういう人間ってことは、多分クラスポイントの足を引っ張った生徒だろ?」

 

 松下の言葉に正直に答えるのではなく、あえて水を向ける司。

 松下がどの程度まで考えているのか、考えられるのかを見ようとしているのである。

 

「私も思ったけど、今の段階で切るのは駄目だと思うんだよね。

 明らかに性格的にもあんまり良くない人もいるけど、この学校が生徒の退学をただのペナルティーだけで済ませてくれるとは思えないから。

 今後生徒の数が少ないことで不利になることとか、あるかもしれないでしょ?」

「確かにそれはそうだ」

 

 司の目線から見ても、現段階でクラスメイトを切り捨てて人数を減らすのは悪手である。

 それは松下が言っているように今後不利になる可能性があるのもそうだが、それ以上に現実的な話だ。

 

 この学校では、プライベートポイントは生徒の人数分振り込まれる。

 同じクラスポイントを持っていたとしても、生徒の人数分プライベートポイントの総量、つまりは資金力に差が出る。

 この全てのものがプライベートポイントで購入出来ると謳われる高育だ。

 徴税権自体が無いのでそこから仕組みを作る必要があるが、資金力の差が大きく響く可能性は非常に高い。

 

 そのあたりもまた神室と松下に話す機会があれば話してみよう。

 そう考えながら、司は松下の答えに対して自分の考えを付け加える。

 

「助言するなら、クラスの空気にとっても退学者を出さないってのは大事だろうな」

「……退学者を出さないために助け合える空気感になるか、互いを見捨てる空気感になるかってことだね」

「そういうこと。集団が自分を見捨てないってわかってると、集団の構成員は集団の為に尽くしやすい。

 逆に簡単に見捨てられるとわかれば、集団への信頼が一気に欠如することになる。

 集団で上を目指すなら、そのあたりの思考も必要だと思うよ。

 ただ勝つだけじゃない、集団の意識を醸成するための負け、集団の戦意を高揚させるための勝ち。

 勝ち方も負け方も、ただ目指すだけじゃなくちゃんと選んでやる必要がある」

 

 司の言葉に松下は悩ましげに眉を潜める。

 

「それ、すごく難しいよね? 多分普通に勝つことよりも」

「否定はしない。まあとはいえ絵図面を全部書かなくても良いんだよ。

 勝ち負けはおいておいて、最低限集団として、個人として意識することを徹底する、とかね。

 一部の人間がやたらと頑張った結果の勝ちよりは、全員で協力したけど力及ばず負ける方が集団の成長としては遥かに良い」

「土門君は、そういうのは詳しいの?」

「多少はね。まあ、いずれ時間があればそういう話もしようか」

 

 さて、本題に戻ろう、と促して、司は話を戻す。

 アドバイスは司自身がしたかったものだが、その内容まで踏み込みすぎると非常に重たいものになる。

 それこそ論文がいくつか書けるような代物だ。

 古今東西さまざまな場面で集団、組織づくりに苦心してきた人間というのはいるのだ。

 

「今年のテストの答えは、多分プライベートポイントを用意すれば買えはすると思う」

「その言い方をするってことは、簡単じゃないんだね」

「単純に必要なポイントがめちゃくちゃ高いんじゃないか?

 全てのものが買えるけど、資金的に買えるとは言っていない、みたいな。

 実際他にも法外なレベルで高いものはいくつかあるみたいだし」

 

 例えばクラス移動の権利とか卒業の権利とか。

 

「あー、確かにそれはありそうかも」

 

 司の言葉に、松下は少し残念そうに顔をしかめる。

 答えを買うことさえ出来ればテストで退学者を出す可能性も無かったのだが、流石に学校側もそう簡単にはいかせるつもりはない。

 

 ただ、この学校は抜け穴が好きである。

 それは今回の件でも同じだ。

 

「あんまりどこかのクラスに肩入れするつもりはないんだけど」

「うん」

「抜け道は、確かにあるよ。

 俺が言えるのは、今のところこれだけかな」

 

 司自身は、過去問を分析して傾向を見るために過去問を買って、その結果として今年の問題の答えを知った。

 それと同じように、直接的に学校の仕掛けに対する答えを求めるのでなければ、この学校はそこまで法外なプライベートポイントを要求しない、と司は睨んでいる。

 

 例えばテスト対策の講座を教師に頼めば、そこでヒントを出してくれたりするのではないだろうか。

 それならば、うまく情報を入手した、の範疇ですむ。

 

「なるほど……ありがとう土門君。

 それがわかっただけでも大きな収穫だよ」

「いや……それだけしか言うつもりがないから、褒められたことじゃない」

 

 退学者を出さない、という意味で言うならば、司が手にした過去問を共有すればいいだけの話だ。

 だが司自身に思惑があるので、それをしないというだけで。

 その思惑には当然、松下を初めとした他のクラスの生徒がどう対応するかという情報収集も含まれている。

 

 加えてここで退学になるような生徒ならば、この大して教育に熱心ではない学校よりも、司の家の手元でみっちり仕込んだ方がまだ使える人間に育つだろうという目論見もある。

 

「それでも、あるかないかわかってるのは──」

「しっ」

 

 松下の言葉の途中で、司は、彼女の口元に人差し指を立てる。

 それに面食らった松下が目を白黒させながら見ると、司は少し離れた位置にある屋上への扉の方を見ていた。

 

「誰か来る」

「えっ」

 

 司の言葉に驚きの声を小さく上げる松下を、司は扉の脇へと引き込む。

 扉が開いても直接は2人の場所が視認できない位置だ。

 

 だが司の警戒を他所に、足音は屋上の手前で止まる。

 そして代わりに、恐ろしい声が漏れ始めた。

 

『あー、ウザい。

 まじでムカつく、死ねばいいのに』

 

 その声の主に心当たりが無い司とは違い、松下は驚いたように目を見開く。

 それを見た司は、咄嗟に手元に置いておいたボイスレコーダーを扉の方へと置く。

 松下から驚きの視線を感じるが、これは司にとってのこの学校における処世術だ。

 この学校は外部から隔離されており、また学校側だけが監視カメラを持つ。

 その中で仮に犯罪が起こった時、あるいは、犯罪を被せられた時。

 学校側に企まれれば生徒がその証拠を有利に使えるはずもなく、自己の身を守るのは、自己の生活における証拠だ。

 言わばこれは四六時中携帯している日記のようなもの。

 

 それで音声を記録しながら、司は端末でメモアプリを起動して松下とやり取りする。

 

『この人がいなくなるまで待とう』

 

 松下がその言葉に頷いたところで、ガン、と凄まじい音とともに屋上の扉が蹴られた。

 

「ヒッ──」

 

 咄嗟に悲鳴を上げそうになった松下の口元を司は手で覆う。

 同じ年の女性相手に不躾だとは思ったが、しかし非常事態なので言い訳はせず、後で謝罪するつもりだ。

 

 そしてそんなことをしているうちに、女子生徒1人の独り言だったのが、いつの間にか男子生徒とのやり取りになっている。

 そしてその内容は、少々如何わしいものであるように聞こえた。

 

 司も松下も赤面することはないが、しかし女子生徒の体で男子が触れて明確になる場所など2箇所しかない。

 そのどちらにしろ、扉の向こうでは刺激的な場面が繰り広げられているだろう。

 

 

 

 やがて2人が待っていると扉の向こうでの話は終わり、足音が連れ立って階下に降りていくのが司の耳に聞こえた。

 そこでようやく司は松下の口元から手を離し、松下は大きく息を吐く。

 

「悪い、咄嗟に口を塞いだ」

「大丈夫。私もびっくりしたけど、叫んじゃいそうだったから助かったよ」

 

 当然それ以外のラッキースケベのようなことを起こしていない。

 

「随分と荒れてたな」

「うん……」

 

 司の言葉に、状況が整理できていない松下は曖昧に頷く。

 クラスメイトの豹変具合は、確かに同じく日常で演じているものとして猫を被っているだろうとは感じていたが、それでも大きく豹変しすぎて驚きが大きい。

 

「知ってる生徒?」

「……土門君も、気になる?

 今の話録音してたなら、凄い弱味として使えるだろうし」

「いや、あれは日記程度の……まあ証拠保全の意味合いもあるけど、俺がこの学校での経験を正確に記録に残したくてやってるだけだから。

 別に弱味として使おうとは思ってはないよ」

「じゃあなんで?」

 

 松下の言葉に、司は若干顔を背けながら答える。

 

「今の女子の方、精神的にちょっとやばそうな気がしたんだよね。

 ストレス溜めすぎってのもそうだし、あの『存在意義を実感する』ってのもそうだ。

 爆発することなく自発的に成長してくれれば良いけど、下手すればカウンセラー案件なんだよね。

 この学校居ないみたいなんだけど」

 

 司の言葉にきょとんとする松下。

 そういう観点からの答えが返ってくるとは思わなかったのだ。

 

「ええと、つまりさっきの子のことが心配、ってことで良いのかな?」

「ま、そういうこと。何かわかったら教えてほしい」

「……うん。私もちょっと考え整理したいから、また連絡するね」

「おう」

 

 自分のクラスの中心人物の弱点とも取れる場面を、すぐには司に共有しなかった松下。

 司がこれを弱味として使うほどこの学校に拘っていないことは理解しているが、それでも他クラスの人間に完全に心を許すにはまだ、松下と司の交流は浅い。

 

「でも、そんなに危ないかな? 今の子」

 

 代わりに松下がしたのは、司の思考を引き出すことだった。

 司が懸念している先程の生徒、櫛田の問題点。

 それを把握しておけば、クラスの中心人物をサポート出来るかもしれないし、あるいは場合によっては排除することも出来るかもしれない。

 

「環境がな。ここは親からも隔離されてる場所だから、生徒が信頼して心の内を打ち明けられる相手がいないんだよ。

 寮制の学校で誰にも相談できなかった生徒が、なんてのは割と起こる話だし。

 そんな中で、さっきの子が言ってたみたいにストレス溜めまくることを自分の生き方として貫き通してたら、まあ、爆発するだろうよ」

「爆発」

 

 思わずオウム返しする松下に、司は自分が懸念していることを伝える。

 

「それが好きとかじゃなく、存在意義とまで言ってしまってるからな。

 自分の存在意義を実感するために、高いストレスがかかる生き方を続けるってのは、結構危ない。

 存在意義とまでなると、ちょっとしんどいからってすぐ辞められることではないだろうし、そうなるとどれだけ精神的に参ってきてもその生き方をやめられない。

 それでも思い切ってやめてしまうと、今度は自分の存在意義が実感できなくなって精神を病んだりする可能性もある。

 そしてそれを相談できる相手も心の内をぶつけられる相手もないこの環境でその板挟みになってれば、いつか何らかの形で爆発する」

「それは、精神的に大変なことになる、とか?

 その……自殺とか」

「可能性としてはありえる。

 自殺は、ストレスに耐えかねてやめた結果、存在意義がわからなくなって自分の生きる意味を見失った気になって、と一気に崩れれば起こるかもしれない。

 あるいはストレスに限界まで耐えた結果いきなり爆発して、それがクラスメイトへの攻撃性に変わるとかもな。

 本人が攻撃的な口調になるぐらいなら良いが、人間吹っ切れると何するからわからんからな。

 ナイフがなくてもボールペンで目ぐらいは潰せるし」

 

 爆発する方向次第で自傷するか他者を害するかは変わってくる。

 他者を害することなく自傷することもなくひたすらに精神が落ち込む、ぐらいならばなんとか許容範囲だが、それも生徒の精神としては全く良いものではない。

 

「えっ、と。怖いし、ちゃんと見ておくようにするね」

「クラスメイトなら是非そうしてくれ。

 本当は心を許せる相手が出来るのが1番良いんだけど、まああの感じだと誰にも心を許さず理想の自分を演じてそうだしな……」

 

 それが悪いことだとは言わないが、それは例え大人であっても精神が耐えられないことだ。

 ひたすらに周囲のためを思う聖人を演じ続けるというのは。

 だからこそ聖人というのは称えられるわけで。

 司自身もそうならないように、自分がやりたいことを中心に人生を組み立てると決めているのだ。

 

「それより、遅くなるから帰ろうか。

 さっきの子については……まあ松下さんに任せるから、俺に教えても良いと思ったら教えてくれ」

「そ、そうだね。うん、まだちょっとクラスの弱味になりそうなことを教えるのは勇気がいりそうだから……ごめんね」

 

 しおらしく謝ってみせる松下。

 彼女に笑みを向けてなだめつつも、司は線を引く。

 

「それは理解出来るから気にしないでくれ。

 それよりも」

「え?」

「もし松下さんがあの子がクラスにとって邪魔だと判断したなら、その段階で俺に相談してほしい」

「えっ、と……どういうことかな?」

 

 司の言葉の意味が飲み込めずに口ごもる松下に、司は遠回しに警告をする。

 

「変に揉めてこじれた状態になる前に俺に教えてくれ、ってこと。

 どちらにしろこの学校を離脱するなら、ある程度はうちで面倒を見る気ではあるけどね。

 爆弾は爆破廃棄するよりも丁寧に解体した方が良いでしょ。

 一度爆発すると元には戻れないんだ」

 

 それは、松下が、あるいはDクラスというクラスが先程の子を排除するのなら、という過程の話だ。

 それを松下に告げる意図。

 例えば相手が神室ならば、司はこの言葉を口にはしないだろう。

 それに気づかない松下ではない。

 

「あはは、私そんなことしないよ?」

 

 とはいえ、正直にそんなことを考えていました、なんて言うはずもない。

 

 今クラスの中心人物である彼女があんな内面を抱えていて。

 それがクラスの有利に働くならば良いけれど、彼女自身が自分だけの利益の為にクラスを誘導したり、あるいはクラスに害をなすような可能性があれば、松下は彼女を排除することも辞さない。

 Aクラスを真剣に目指すことを考えるとはそういうことだと、松下は理解している。

 

 それを司は指摘していて、そして松下はそんなつもりはないと誤魔化した。

 そして司も、今はそれ以上は追求しない。

 それだけのことだ。

 

「……そうだな。忘れてくれ」

 

 松下の言葉に、今はそこまで踏み込める信頼関係ではないと判断した司は、大人しく引き下がる。

 他者との関係が希薄で絆されやすい側面があった神室と違い、松下は人との関係でうまく振る舞うのが得意だ。

 故に、短い交流では思考の内容を指摘されて受け入れるほどには司に心を許していない。

 司はそれを確かに感じ取っていた。

 

 もっともそれが普通の子どもの反応であり、だから司が不満を持つなどということはありはしないが。

 

「それじゃ、帰ろっか。

 土門君鍵持ってるの?」

「鍵は後でしめてくれるらしい」

 

 そんな言葉を交わしながら、2人はその場を後にした。




櫛田のフラグ立て

取りあえずこれで最初に想定していたキャラとの交流の動機は全部出来ました。
まあまだ出すつもりではいますが。

集団を育てることって、多分勝つことよりも難しいですよね。
原作Dクラスとか綾小路と堀北が一部頑張ってるだけでほかはなんとなく引っ張られてる子が多いでしょうし、Aクラスもそれが顕著です。

そのあたりの本作では主要キャラとしては出てこない個々人の成長なんかについても今後触れていきたいと思います。

他のキャラクター視点(一人称の地の文という意味ではなく、司がいない場面で、ということ)での描写を読みたいですか? 例えば松下が中間試験への対策に奔走する姿を松下視点で書くのか、あるいはいつも通り司が後から聞いたという形で書くのか。司という異物への、司が居ない場面での反応(例えば神室と松下が2人で話してる場面等)も含めて、視点を統一するべきか色んなキャラの目線を書くべきか悩んでいます。

  • 司中心で、司が見聞きした情報で良い
  • 他のキャラクター視点の情報もみたい。
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