大学受験舐めてんのか   作:オカルトって面白いよね・蠱毒とか

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“競争を甘く見てはいけない。
その傲慢さが巡りめぐって自分を傷つけることになりうるからだ”

トーマス・G・ステンバーグ



第24話 見ていないから足をすくわれる

 テストが終わってから1週間後。

 無事にテスト結果の発表が行われた。

 当然ながらAクラスからは退学者は出ることはなかった。

 

 そもそも中間テストの欠点はクラスの平均点の半分のため、クラス全員が満点でも50点が上限値。

 学力優秀者ばかりが集まるAクラスにおいては、どうミスをしても50点を下回るような人間はいない。

 

 それよりもクラスメイト達が注目しているのは、Aクラス内で行われたテストの競争の行方がどうなったかである。

 

「講評については以上だ、皆非常に頑張っていた。

 そしてこれが、詳細な点数だ」

 

 テストの総評を行った真嶋が黒板に複数の紙を貼る。

 都合5枚の紙にAクラスの生徒全員分の名前と各教科の点数が点数順に並べられ、その隣には他クラスとの比較のために各クラスの総合平均点が記入された紙が貼り出されている。

 それを見た生徒たちが真嶋から視線を外し、自然とそれぞれ自分の点数を確認し始めた。

 

「この学校では皆に競争意識を持ってもらえるよう、点数の開示は今後も行っていく。

 ホームルーム後には後ろの黒板に移動させておいてくれ」

 

 学校のスタンスについて説明する真嶋の言葉が生徒達に届くことはない。

 彼らの視線は、とある一点に釘付けになっていたからだ。

 

「……どういうこと?」

 

 司の耳に、神室が訝しげに呟いた声が届く。

 

 そんな彼女の点数を司が探すと、しっかり各教科で上位10人以内には入っており、更に司が重点的に勉強するように促していた数学と英語では5位以内にまで食い込んでいる。

 これは彼女のテスト期間の学習内容を考えると快挙だと言って良い。

 

 神室は今回の中間テストに向けた勉強において、7割程の学習を中間テストに特化した勉強をしながらも、残りの3割ほどで受験のための勉強を進めていた。

 特に数学、英語など基礎的知識の更に根幹に科目ごとに合わせた思考の切り替えが必要になる教科について学習するように司が薦め、参考書と教科書を中心にそれらに取り組んでいた。

 

 そこで得た思考力や思考の仕方などはテストにも活かせるものの、問題を解く力を計るためのテストと授業の定着度を計るテストでは傾向が違う。

 定期テストにおいては極端な話範囲内の暗記をしておけば済むものが多いのだ。

 例えば授業で暗記した例文をそのまま書けば満点になる英語だとか、あるいは教科書の例題がそのまま出てくる数学だとか。

 

 その中で他の勉強に労力を割いていた神室が優秀な生徒が集まるAクラスでも上位に入れたのは、本人の学力の高さを示している。

 

 そんな神室が訝しげに見る視線の先。

 他のクラスメイトもまた視線を向けるそこには、総合平均点による各クラスの順位が記入された紙。

 

 そのトップに堂々と、Dクラスの文字があった。

 

(見つけられたのか。ま、あれがあれば……なんであって89点?

 せめて90点台……まあそこまで普通の高校生レベルじゃ突き詰めないか)

 

 その原因、というか理由を知っている司はむしろその点数の低さに驚くばかりだが、他のクラスメイトたちからすればありえない出来事である。

 それを示すかのように、クラス内では少なくないざわめきが起きていた。

 

「Dクラスが1位って……いやいやいや、ありえないだろ」

「先生、誤植があります」

「カンニングでもしたのか? それぐらいしか考えられないぞ」

 

 口々にDクラスが1位であることに対しての疑念の声をあげるクラスメイト達。

 その姿に、司はわずかばかりの呆れを覚える。

 

(Aクラスに1番エリートが集められてると聞いたが、それがこれか。

 やはり、あまり期待は出来んかもしれんな)

 

 司からすれば、今回の定期テストの点数など真剣にやれば90点台を取って当然のものである。

 流石に満点とは言わない。

 中学校とは違って高校レベルともなれば範囲が広がるし、教師も意地の悪い問題を混ぜてくることも有り得る。

 

 だがだからといって、クラス平均82点程度で満足してもらっては困る。

 特にここは日本を率いるエリートを要請する学校で、その中でもAクラスはエリートの集いだ。

 満点が多すぎて順位のつけようがない、となる方がまだ納得が出来る。

 82点という数字も、平均ではなく下限であればわかるのだが。

 

 というのが、以前まで司がこの学校に対して抱いていた期待だ。

 

 今はもうそんな期待は抱いていない。

 いないがやはり、判断基準は司のものになるので自然としょぼく見えてしまうのである。

 

 もっともその司の期待自体は前世や今生の日本トップクラスの高校を知ったうえで、それを上回るという高育に対する期待であり、有り体に言えば高校生に向けるには過大なものであった。

 そんな期待を勝手に向けられて勝手に落胆されたとあっては、高育生も怒りを覚えることだろう。

 

(しかしまあ、の割には上下意識が強いな。

 たかが学校のクラス分け程度で増長していると見える。

 早めに矯正しないとこういうのはろくな大人にならんのだが……)

 

 Aクラスは現在クラスポイントで突き抜けており、はっきり言って他のクラスは眼中にない。

 すぐ下のBクラスもAクラスとの差よりもCクラスとの差が大きく、むしろAクラスはそれを高みから見ているぐらいの感覚でいたものが多い。

 

 その認識自体は、実のところ間違えてはいない。

 Aクラスが頭一つ抜けて優秀な生徒が集まったクラスであるのは事実だ。

 

 問題は、それを根拠に慢心を抱き、そして他を見下すような態度を表に見せていること。

 この場にいる人間は将来的には日本を引っ張る人材として育成をされており、それはつまり企業であれば大企業の役員、あるいは新興企業のトップであったり、公務員であれば官僚、または政治家などになることが想定されていると考えられる。

 

 そうなることを義務付けられた人間が、一般庶民を見下しそれを実生活に持ち出す思考をしていてろくなことがあるだろうか。

 否、あるはずがない。

 故にこそ司を始めとした土御門の人間はそのあたりを厳しく教えられるし、あの高円寺ですらも本人の思考とは別に為政者としての振る舞いを学んでいる。

 この高育に彼のような逸材が3年間も時間を浪費するためにやってきたのも、その一環である。

 

 司はもはやこの学校の生徒には大きな期待はせずに行く末を見守るつもりではあるものの、そうした思考を生徒たちが身につけてくれることを望んでいた。

 

 もっとも、この自分たちよりも劣ると思っていたクラスに敗れた事実に動揺するクラスメイトたちを見れば、それは難しいことであろうとは簡単に想像できたが。

 

「全員落ち着け。

 ホームルームの最中だぞ。先生の話を静かに聞け。

 真嶋先生、失礼しました。続きをお願いします」

 

 そんなざわめきを、葛城が一声で鎮める。

 こういった場面では、葛城に集団をまとめる人間としての素質があることが伺い知れる。

 それが集団を『導く』資質と直接は繋がらないところが少々惜しいが。

 

「続けよう。

 諸君らの言わんとしていることは私も理解している。

 私としても、そして他の教師もこの結果には驚いている。

 だがまず断言しておくが、今回のテストにおいてカンニングは起きていない。

 この学校では厳しく取り締まられる行為なため、そのような行為が無かったことは確認されている」

 

 真嶋の言葉にも、未だどこか信じられないという雰囲気が漂う。

 

「諸君らの点数についても、完璧とは言えないが十分に高いものだ。

 だがもしこの結果に不満があるおならば、それを受け止め、今後の成長の糧として欲しい。

 皆にはまだ大きな成長の余地が残されている。

 そのことを胸に刻んで、今後の学校生活を過ごすように」

 

 生徒たちの方をぐるりと見渡してから、真嶋は話の締めに入る。

 

「テスト結果の発表については以上だ。

 連絡事項は本日は特に無い。

 以上でホームルームを終了する」

 

 そう告げると、真嶋は素早く教室をでていった。

 いつもならば『質問のある者はいないか?』と質問を促すはずだが、それすら無かったことに違和感を抱いた生徒が果たして何人いただろうか。

 それほどに司のクラスメイト達の意識は、Dクラスに劣ったという結果に向いていた。

 

「ちょっと」

 

 司がクラスの様子を観察していると、斜め前の神室が司の方を睨んでくる。

 その様子を橋本が見ているのに気付いて直接口にはしないが、その表情は『後で聞かせなさいよ』と雄弁に語っている。

 

 司がそんな神室に肩をすくめている間に、教室を生徒たちのどよめきが満たし始める。

 Aクラスが学力というずるのしようが無い一点においてDクラスに負けるわけがない、負けるとするならばそれは何かしらのずるがあったのではないか。

 

 そんな声がほうぼうから聞こえる中で、クラスのリーダー候補の1人である葛城が、もう1人のリーダー候補である坂柳の元へと動き始める。

 その姿に、騒いでいた生徒達の声は自然と小さくなっていった。

 

 皆が皆2人のリーダー候補のいずれかを支持しているわけではないものの、クラスの趨勢を左右する人物には自然と注意を払うものだ。

 興味が無いとすれば司のように完全にクラスに籍以外のものを置いてないものか、あるいは余程のバカ──。

 

 例え政治に興味が無い人間が多かった前世の日本でさえ、総理大臣が誰になるかはある程度国民が注目するものだったのだ。

 いわんや、政治への関心が強いアメリカをや。

 

「坂柳、今回の件、テストにおける競争の結果も含めて、以前のように放課後に話し合いの場を設けたい」

 

 単刀直入に切り出す葛城。

 

「おや、葛城君がお友達と話し合いをすることをなぜ私に?

 ご自由になされば良いと思いますが」

 

 その葛城の言葉を、坂柳はあえて理解せずに返す。

 だが坂柳も完全に冷静ではなく思考を回しながら葛城と話しているため、余計な文句がついてしまう。

 

 相手にしたい話をさせず、相手に付き合わず、最終的に相手に無意識如何に関わらず借りを作らせるならば、本当に疑問に思っているように振る舞い、全て相手から話をさせるべきだった。

 話しの取っ掛かりになるような煽りを口にしたのは、坂柳のミスである。

 あるいはそこに煽るような言葉が出るのが、坂柳という少女の性質なのか。

 

「お前とそのグループも含めた、クラス全体での話し合いだ。

 そこにお前たちにも参加してもらいたい」

「ふむ、話し合い、ですか。

 必要でしょうか、それは」

「何?」

 

 しかし一方で、坂柳という少女は頭が回る子供である。

 他の生徒が『ありえない』『ずるだ』と思考しているならば、その先に『有り得ないならば、自分の知らない何かがあった』『ずるとはそもそも、どういうずるで、この場所においてはどういうものなのか』という思考を広げられる人間だ。

 

 故に時間が取れる放課後に話し合いの場を設けようとした葛城に対して、その点で彼女は葛城にアドバンテージを取ることが出来る。

 

「勝負の結果はそれぞれの点数がわかれば良いのですから、テスト結果を元に計算すればすぐに出るでしょう。

 今回はあくまで何かを決めるわけではないお試しですし、わざわざ放課後に時間を取るほどのものではないでしょう」

 

 加えて坂柳は、そもそも集団を自らの考えを伝えてまとめ上げるという行動をあまり好んでいない。

 そういった行動を手間だとすら捉えている節がある。

 

 葛城は別だ、彼は自ら集団をまとめるとしても、集団に話しかけ、理解を求め、その上で指示すべきところは指示を出す。

 集団のまとめ役としてのリーダーを目指しているといえばわかりやすいだろうか。

 

 かたや坂柳が目指しているところは、そこではない。

 神室にしたように弱味で支配し、橋本のように能力に心酔させ、葛城に勝負を持ちかけたように周りが自然と坂柳に従う状況を目指す。

 最終的に目指すところは、彼女の意のままに従順に働く手足だろう。

 

 それを人は、独裁者という。

 

 司は、坂柳の行動から彼女にその片鱗があるのを感じ取っていた。

 少なくともこの場面では、クラスメイトと対等な位置に立ちつつまとめ率いるリーダーを目指すならばクラス全体での話し合いへの参加は必須なのだ。

 

 周りよりも頭一つ二つ抜けて賢い坂柳は、それを手間だと考える、考えてしまう。

 

「……確かに今回のテストにおける勝負については、個々が判断すれば良いことでしか無い。

 もともとそういう建付けで始めた勝負だ。

 だが、Dクラスに敗れたというこの現状はどう考える?

 これについては今後のためにも話し合い、意見を合わせる場が必要だと思うが」

「そう難しい話ではありませんよ」

 

 坂柳の言葉に、クラスメイトが聞き耳を立てる。

 

「今回のテストでは、おそらくですが何か隠された抜け道があった、ということです」

「……どういうことだ」

「5月に入ってから明らかにされたこの学校のシステムと同様です。

 考えてみれば、中間テストよりも更に前、4月に行われた抜き打ちテストもその一環だったのでしょう」

 

 僅かばかり得意げに、しかし態度にそれは出さずに語り始める坂柳。

 その言葉を、葛城は感情を感じさせない表情で聞く。

 

「あの抜き打ちテストの問題、大半は誰でも解けるような問題でしたが、3問だけ難易度が非常に高い問題が混ざっていました。

 あのときはそういう出題形式もあるでしょう、程度に考えていたのですが──」

「坂柳」

 

 坂柳が話している言葉を、葛城が途中で遮る。

 そのことに不機嫌そうな表情をして坂柳が葛城を見る。

 

「なんでしょう、葛城君。

 人の話しを遮るのはいかがなものでしょうか。

 リーダーを目指すというならば、人の話をしっかりと聞く、という当たり前のことをするべきでは?」

 

 トゲのある坂柳の言い様に、大して堪えた様子はなく葛城は口を開く。

 

「すまない。だが、確かに非常に興味深い話だ。

 故にしっかりと時間を取って聞かせてもらいたいのだが、どうだろうか?

 1限目が始まるまでに終わらせてしまえるような話ではないように思うが」

「……そうですね。確かにその方が良いでしょう。

 皆さんも興味があるようですから」

 

 この場で手短に済ませようとした坂柳に対して、それこそが大切なことだと彼女を話し合いの場に引きずり出した葛城。

 

 葛城が坂柳にいっぱい食わせる形になった。

 そう気付いた生徒はどれぐらいいるだろうか。

 

 意見のぶつけ合いとは、上に行けば行くほどこういうものになっていくことが多い。

 感情をむき出しにして論理すらかなぐり捨てて言葉で殴り合うのが最下層だとするならば、論理を根拠に意見をぶつけ合い互いの正しさを証明したり、答えを探すのは中層、あっても上の下程度。

 

 上の上にいる人間は、論理を武器に自分の目的とする場所に話を着地させる。

 それは話の内容自体の結果だけでなく、やり取りの中で発生する心情でさえも。

 

「皆も、可能な限り参加してもらいたい。

 今後のクラス対抗に対してどうい心持ちで望むのか、意識するべきことはなんなのか、クラスで共有をする必要がある。

 その場として、今日の放課後にこの教室で行う」

 

 自然と場を取り仕切る形になった葛城。

 その姿に、神室や橋本は坂柳に視線をやり、その彼女が眉を潜めている表情に嵐の訪れを感じるのだった。

 

 

 

******

 

 

 

 昼休み。

 一定間隔で昼食を食堂で取ることにしている司は、1人食堂へとやってきていた。

 神室は坂柳のグループで集まっておりついてくることが出来ず、松下や椎名とは特定の場所を除いて交流は控えるようにしているため今日は本当に1人である。

 

 本日のメニューは山菜定食の大盛りとカツ丼。

 司は体を相当に鍛え、かつ毎日トレーニング程ではないものの錆びつかないように運動を継続しているのもあってそれなりな量を食べる。

 そういうときは大抵栄養の観点から植物特化の山菜定食と、それに追加で食べたいものを食べるようにしていた。

 

 山菜定食は無料の定食であり、プライベートポイントが枯渇した生徒への救済という側面がある。

 そのため味の方は大したものではなく、育ち盛りでかつ月10万pptで豪華な生活に慣れてしまった生徒が食べたいものではない。

 

 ただ、メインが山菜というだけあってそちら方面での栄養価は十分に高い。

 他の定食などが一般的な定食と同じく野菜が不足している点を考えると、一概にどちらが良いとは比較が出来ないものなのだ。

 もっとも脂質タンパク質などは他で補給する必要があるので、山菜定食だけ食べていればいいというものでもないが。

 

(プライベートポイントが枯渇した生徒は栄養価が不足する、ってのも笑えない話だな。

 貧困国と栄養不足の再現、なんて意図があんのか?)

 

 そんな思考を広げつつ、司は空いていた席について食事を始める。

 大抵司が座るのは端の方、どこの生徒も使っていないような場所だ。

 

「いただきます」

 

 手を合わせてまずは山菜定食から。

 山菜部分を食べて、その味の微妙さに若干眉を顰めつつも食べるのを楽しむ。

 今生はかなり良い生活をさせて貰っていて舌も肥えている司だが、元々は大概のものを美味しいと言えるタイプの人間だった。

 素朴な庶民の舌、と言えばわかりやすいか。

 その司にとっては、あまり味付けがされていない山菜の素の味というのは、少々微妙なものであった。

 

 と、司が食事を続けていると、背中にドン、と衝撃を受ける。

 体幹が極まっている司は小揺るぎもしなかったが、普通の人間であれば手から食器や箸が落ちてもおかしくはない強さの衝撃だった。

 

「わりっ、急いでるから!」

 

 そう叫ぶような声が遠ざかっていき、視線をやると1人の生徒が食堂の出口へ向かって小走りで向かっていた。

 司の他にも数名の生徒にぶつかりそうになり、慌てて避けている。

 

「大丈夫か?」

 

 司がその生徒から食事に視線を戻したところで、今度は背中側から声がかけられる。

 箸を置いて振り返ると、大柄で禿頭のクラスメイトが食事を手に立っていた。

 

「こぼれてはないよ。

 まあびっくりはしたけど」

「土門か。それならば良かった。

 食事の邪魔をしてすまない」

 

 見下ろす葛城もそこで相手がクラスメイトであることを認識したようで、僅かな逡巡の後に司の隣にやってくる。

 

「隣を失礼しても良いか?」

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 横にトレーを置き座る葛城を横に、食事を再開する司。

 葛城がぶつかったわけではないのは理解しているため、先程の出来事については司は特に言及する必要性を感じていなかった。

 

「先程ぶつかってしまったのは、すまなかった」

 

 だが葛城は生真面目な人間であり、こういう場面で繰り返し謝罪の言葉を口にする。

 それが例え自分が引き起こしたことではなくても、その一因に自分が関わっているならば、責任を感じてしまうのが葛城という人間だ。

 

「葛城がぶつかったわけじゃないだろ?」

「それは確かにそうだが、先程の生徒が俺を避けた反動でお前にぶつかったのだ。

 俺にも責任の一端はあると思ったから、謝罪をしている」

「今のどう考えても走ってた方が悪いだろ、

 その謝罪は受け取るけども」

「感謝する」

 

 そこからしばらく、司、葛城ともに無言でもくもくと食事を進める。

 

 そして互いに食事を終えたところで、葛城が口を開いた。

 

「土門、テストの際にお前をこちらのグループに受け入れなかったことを謝罪したい」

「まずなんで受け入れられなかったかを教えてほしいんだけど。

 俺もいくつか推測は出来るけど、結局のところお前がどう考えてるかがわからなかったからさ」

 

 司の言葉に、葛城は一度腕を組んで瞑目するが、すぐに目を開けて話し始める。

 

「総合的な判断だ。

 テストの点数での勝負において、お前はあまり──点数が良くなかった。

 普段の様子や4月の抜き打ちテストの様子からそう見えたため、勝負のためのグループ分けには入れない方が良い、と判断した」

「でしょうね」

「加えて」

 

 葛城は司の方を見ず、正面、そしてどこか遠くを見ているような目で続ける。

 その目線が見ているのは過去、自分の思考であり、それを悔いていた。

 

「勝負において、坂柳に近いお前を入れることで、グループに不和が生まれるのではないかと懸念した。

 あるいは、お前が坂柳の指示で妨害を行うのではないか、と」

「ほーん……俺は坂柳さんの味方ってわけでもないんだけどね」

 

 司の言葉に、葛城は僅かに眉を潜め、苦しむような表情を浮かべる。

 

「正直、坂柳が何をしてくるのか俺にはわからない。

 俺が想像も出来ないようなことをしてくる可能性も考えられる。

 そして奴は、その本質が好戦的だ。

 だから、可能性を排除したかった」

「言わんとしてることはわかるよ」

 

 司が本当に坂柳の味方であるのか、あるいは司自身独立した思考をしているのか、はどうでもいい。

 葛城が、それを判断する術を持たない、ということが全てだ。

 

 司が坂柳の手先として動くのか、あるいはただのクラスメイトなのか。

 その判断を出来る情報がなく、情報があったところでそれが信用できるかもわからない。

 だから可能性の段階で排除せざるを得ない、ということだ。

 

「実際今回のテストでも……」

「でも?」

 

 途中で言葉を止めた葛城に司が問いかけると、葛城は苦笑しながら首を振る。

 

「いや、これは確たる証拠の無い俺の想像に過ぎないことだ。

 口に出さない方が良いだろう」

 

 葛城は今回のテストにおける勝負について、自分の中では坂柳の妨害について確信していた。

 坂柳は自分の派閥の人間を送り込んで葛城の足を引っ張る行為に葛城は気付けない、と考えていただろうが、葛城とてそこまで悪意を知らないわけではない。

 

 だが、それを指摘する証拠もない。

 個人のテストの点数など少し書き間違えた、解き間違えた程度で変化する。

 それが悪意によるものか偶然によるものかは、誰にも証明のしようがない。

 

 だが確かに葛城は、坂柳による妨害があったことを確信し、坂柳に対する警戒心を跳ね上げた。

 とはいえそれはあくまでクラスのリーダーを争う相手としてであり、敵としてのものではなかったが。

 それが葛城に牙を剥くのは、まだ先の話である。

 

「今回のテストの結果を受けて、俺はクラス内で争うことの無意味さを呼びかけるつもりだ。

 だがおそらく坂柳は、それを否定するだろう。

 このクラスのリーダーを決める争いは、すぐには決着はつかない」

「だろうね」

「おそらくこれからの対立の中で、またグループにわかれて対立することがあるだろう。

 その時、俺はまたお前をこちら側に受け入れることが出来ないかもしれない。

 絶対に受けいれないとは言わないが、可能性は高い」

 

 それは、司に対する葛城からの説明。

 

「恨んでくれるな、とは言わん。

 多くのクラスメイトにとって、俺と坂柳の争いはただのイベントに過ぎないことは理解している。

 だが俺も、俺なりの信念を持って坂柳と対立している。

 それは理解しておいてくれ」

「それは……お前を受け入れない、っていう宣言?

 それとも許してほしいっていう謝罪?」

 

 疑問を呈する司に、葛城は瞑目し、自己と向き合う。

 

「……どうだろうな。俺も……よくわからない。

 だが今回のテストのことがあった以上、その被害を受けたお前には言っておかなければならないと思った。

 許してほしいとは思わないが……お前は、なぜそういう扱いを受けるのか知る権利がある。

 そう思った」

「ふーん……まあわかった。

 理解したよ。

 けど、俺がそれで坂柳さんの側につく、とかなっても良いわけ?」

「良くはない。良くはないが、俺の選択の結果だ。

 それを否定する資格は俺にはない」

 

 葛城の言葉に、司はようやく彼のことが見えた気がした。

 生真面目な性格や言動に覆い隠されて普段は見えないが、その根底にあるのは自己の信じる正しさの基盤となる論理に対する信頼。

 徹底的な論理によって構築された思考による、論理的に説明がつく矛盾が生じない言動。

 

 それが葛城にとっての、彼自身にとっての『道理』なのだ。

 

 そうであるが故に葛城は、例え敵対関係にある坂柳やその仲間であっても拒否するための論理がなければ拒否することが出来ない。

 例え対立する派閥であっても、クラスメイトという同じ枠に入る人間である以上、それを自己の感情で拒否することが出来ない。

 そういう思考をしている。

 

 つまりは相手に論理武装されてしまうと、それを強硬に拒絶することが出来ないのだ。

 もちろん論理を伴う意見を論理を伴わない声で潰すのは難しいことではあるが、しかし如何様にでも理屈をつけて潰すなどやりようはある。

 

 だが葛城は、おそらくそれをしない。

 相手の論理もまた正しい論理だと認めてしまえる器をしているがゆえに。

 だから坂柳の提案に対しても、最終的に勝負に乗るような形をとった。

 

 それは司にもよく覚えのある思考の仕方だった。

 全てを論理で考えるが故に、論理のある相手の言葉を一概に否定しきることが出来ない。

 自分の好悪の感情、あるいは危機感さえも押し殺して、相手の言葉を理解しようとし、受け入れてしまうのだ。

 

「つまり拒否できるだけの理由がなければ、俺もそっちのグループに入っても問題ない、ってことでしょ?

 俺を特別に拒否するのも、神室さんとか橋本と仲良くてあっちに近いから、ってだけで、他の生徒なら普通に受け入れてるみたいだし」

「……そうだ」

 

 葛城の言葉に、司は水で唇を潤してから答える。

 

「ならまあ、俺は問題ないよ。

 理由があるならそこは納得出来る」

「……感謝する」

 

 葛城のその思考の仕方は、ある意味正しいものではあるが、同時に葛城自身を縛る枷ともなる。

 例えば坂柳が理屈を持ち出して葛城に勝負を飲ませたことだって、同じように理屈を持ち出して反発し、あるいはその勝負をはねのけることだって可能だっただろう。

 

 それが出来なかったのは、単純に葛城の論理的思考能力、もっと言うと『都合よく論理を組み立て、相手をうまく言い負かす技術』が足りなかったからだ。

 それが足りていたならば、例え相手が論理を武器にしたとしても、同じく論理で殴り返すことが出来た。

 それが出来ないからこそ、そしてまだそこまで理解していないからこそ、葛城は相手の論理を不必要なまでに尊重しようとしてしまっている。

 

 論理的に思考することは間違いを犯さないという意味で大切だが、同時にその中で自分がどれを選ぶか、というのは、結局個人が何に比重を置くか、何を好んでいるかである。

 その上でその選択にもっともらしい理屈をつけてしまえば良いだけだ。

 

 人が感情を持つ生き物である以上、常に論理の奴隷であることは耐え難い。

 それが自然科学などの探求であるなら話は別だが。

 

「前から疑問に思ってたんだけど、葛城はなんでクラスのリーダーになりたいんだ?」

 

 葛城が今現在どの段階にいるのかを知るために、司は葛城の内面の話へと踏み込んでみることにする。

 司が普段神室や橋本と一緒にいることもあってあまり関係が深められていない相手だが、ある程度この学校での基盤も出来ているため今後はそういう相手とも関わっていき、積極的に情報を集める必要がある。

 

「俺自身に、リーダーというものに対する欲望が無いとは言わない。

 ……そうか、お前は初日の自己紹介のときに聞いていなかったか」

「えーと? ああ、入学式の日のときか。

 俺がトイレ言ってる間に皆話を終わらせちゃってたときな」

「そうだ。

 その時に皆にも言ったのだが、俺は中学では生徒会長をしていた。

 自分の思う通りに、自分が目指す姿になれるようにと振る舞っているうちに、気がつけばその地位についていた。

 自分で言うのは何だが、俺は他と比べていわゆる真面目な部類の人間だ。

 だから自然と選ばれたのだと思う」

「そりゃ見ればわかるが」

「加えて周囲の模範となるように行動したいと思っているし、俺自身がより高みを目指すという意味でも、集団をまとめ上げるリーダーという役割を経験したいと考えている。

 中学での経験は、俺にとって大きな糧となったと感じたからな。

 そして少なくとも、大半のクラスメイトよりは上手くそれが出来る自負がある。

 そういう意味で言えば、クラスのリーダーになりたいというのは俺の欲望であって、クラスにとっての利点というのは特に大きい訳では無い」

「じゃあ他にリーダーがいるなら、そいつを蹴落として自分がリーダーになりたいと思ったりはしないのか?」

「……場合によるだろう。

 だがそのリーダーでうまくいっているのならば、俺がわざわざ邪魔をする必要もない。

 何も自分がリーダーになることだけが全力の尽くし方ではないからな」

 

 司が思っていたとおり、葛城自身にリーダーに対する強い拘りというのはないようだ。

 真面目に日々を生き己を高めることが葛城にとっての生き方であり、その過程で生徒会長やリーダーという立場も自然に取りうる選択として選ぶ程度で、他の何を捨ててもなりたいという類のものではないらしい。

 

「それじゃあ最終的に坂柳さんに譲っても良いと思ってるんだ?」

「それは違う!」

 

 司の言葉に強い否定を返す葛城。

 彼自身その言葉に驚いたのか、思わず手で口を塞ぎ、気まずそうに視線をウロウロとさせる。

 

 そんな葛城に声をかけることなく司が待っていると、やがて話す気になったのか口を開く。

 

「誰がリーダーになろうと、俺はそれを支えるつもりはある。

 だが、そのリーダーが集団に、この場合はクラスに害をなすというなら話は別だ」

「坂柳さんはそれだ、と」

「坂柳は……人を自分の思うように動かすことを好んでいる。

 それ自体はリーダーとしての手腕として評価に値する。

 だが、対立するグループにスパイを送り込んで妨害工作を仕掛けたり、あるいはクラスで団結して挑むべきテストであえて勝負をしかけてクラスを巻き込んだりするのは、クラスを率いる人間がするべきことではない」

「……なるほど?」

「おそらくあいつは、このクラスを自分の遊び道具のように認識している。

 あるいはこの学校自体を。

 だからクラス内に不和を起こすことも厭わず、言葉を弄して周囲を巻き込んでいく。

 少なくとも今回のテストはクラスポイントが関わるところだ。

 そこで勝負などしてどうする」

 

 目つきを険しくする葛城に、司は内心納得する。

 

 葛城という男は、どこまでも真っ直ぐな人間なのだ。

 集団を導くならば、全てをまとめて皆で協力することこそが唯一にして最善の選択であると考えている。

 

 あるいはリーダーとなるならば、クラスの為に尽くし、クラスにとって一般的に良いことが出来るべきだと考えている。

 味方と敵をわけたり、対立候補を蹴り落としたり、独裁政権を敷くことはその一般的に良いことの範疇から外れる。

 

 例えそれで結果的に成功したとしても、その過程が受け入れられない。

 

 だから葛城は、坂柳のやり方を認められない。

 

「だから俺は、坂柳だけはリーダーにすべきではないと思っている。

 あるいは、あいつの息がかかっている者も、あいつに影から操られるような者も」

「……一概にそうとは言えないから、人間って面白いんだよね」

「何?」

 

 自分の言葉を否定する司に、葛城は思わずそちらを向く。

 

「集団の仲が良いってのは、基本的には良いことだ。

 仲が悪くても成立する集団はあるだろうが、仲が悪いほうが良いなんてことは基本ない」

「それは、そうだろう」

「でも仲が良すぎると、それはそれで問題を引き起こすこともある。

 例えば同調圧力が生じたりとか、皆で同じ方向を向くからこそ同じ程度に警戒感を欠いてしまうとか。

 そういう意味では、坂柳さんのやり方も集団に適度な緊張をもたらしてくれるから一概に間違いとは言えないんだよね」

「それは……」

 

 司の言葉に、葛城は腕を組んで唸る。

 司の言葉が真実だとするならば、葛城が坂柳に対して抱いている反感が間違えたものだということになる。

 だが葛城は、そうとはとても思えなかった。

 

「けど一方で、集団内で過度に競争をしてしまうと、それが余計な不和を引き起こして個人の集団への帰属意識を削ぐことにもなりかねない。

 坂柳さんはこっちの傾向もあるかもしれない」

 

 そして今度は先程までとはまったく逆のことを口にする司。

 

「つまり、何が言いたいんだ?」

「葛城の今の知識で、坂柳さんを正確に分析して評価することは不可能でしょ。

 本当に彼女がリーダーに向いていないのか、あるいはあの無茶苦茶をやっているようでも、結果的に集団に良いものをもたらすのか、お前は判断しきれない。

 だろ?」

 

 司の言葉に、葛城はしばし瞑目した後、渋い表情で頷く。

 

「つまり、俺の坂柳に対する理解は間違っている、と」

「さあ? それは俺もお前の考えとかあの子の考えとかを全部理解しているわけじゃないから評価出来ないよ」

「何?」

 

 葛城は疑問の声をあげるが、司が指摘したいのは葛城の坂柳に対する思考そのものではなく、その思考の仕方である。

 

「そういう理屈を返されたとして、お前は理屈で言い返したり、言い返せないなら納得したり出来るか?」

「……理屈で返せないならば、それは受け入れるべきだと俺は考える」

「そう考えてるだけで納得は出来ないだろ」

 

 司の言葉に葛城は閉口する。

 それは否定しきれないことで、例え坂柳のやり方に理があるのだとしても、それを認めることは今の葛城には難しかった。

 

「お前の坂柳さんに対する認識には、まず前提として『葛城が坂柳さんのやり方を気に入らない』っていう感情がある。

 それをちゃんと認識しろ。

 理屈なんてのはその後についてくるものだ」

「……しかし、リーダーを目指すものとして自己の感情に振り回されて論理的な思考を放棄してはならないだろう」

「お前は、何が本当に正しいのか、人間という生き物がどういう思考をし、どういう心の動きで集団を形成し、そこでどういう情動をするのか、完璧に理解しているのか?

 そうでなければお前の論理的な思考は、お前が知っている範囲内のものでしかない。

 それを遵守したところで、絶対的な正しさにはたどり着かない」

 

 論理的思考の欠点はそこにある。

 人間にはそもそも、数学のような明確な答えあるものを除いて完璧に物事を理解することなど不可能なのだ。

 その不完全な理解をもとにした論理なのだから、それも当然不完全なものにしかなり得ない。

 

 人間が本当に全ての物事を真に理解しているならば、論理と論理の対立など起こり得ない。

 常に最も適した論理、すなわち真理のみが選ばれるはずだ。

 全てがつまびらかになる数学の世界とは違うのである。

 

「論理的に考えられることは素晴らしいことだと思うけどね。

 でも相手も論理を使っているからと、それを許容するのは……まあ普通の生活では良いかもしれないけど、感情面で対立している相手にはすべきじゃない」

「……ならばどうすればいい」

「簡単な話だ。

 まずは、お前の中の感情を認めれば良い。

 そしてそれを評価する。

 この感情は自分にとって大事なものなのか、それとも理想とする自分にとっては克服しなければいけないものなのか。

 怠惰とか嫉妬が後者に当てはまるかな。

 その上で、その感情を受け入れると決めたならば、今度はそこを前提として論理的思考をしてみれば良い。

 『自分が坂柳さんのやり方で気に入らない部分は何か』『そこがどう変われば許容出来るのか』『相手の論理を受け入れるべきか、それとも否定するべきか』」

 

 論理に従って感情を制御するのと、感情に従って論理を操るのでは大きく違う。

 

「……言いたいことは理解できた。だが、なぜそれを俺に言う?」

「葛城は言葉の言い合いになったら坂柳さんに抑え込まれそうだったからな。

 そしてそこで負けても納得しない坂柳さんとは違って、お前は自分を抑え込んで止まってしまいそうだった」

「そうするな、ということか」

「それじゃつまらんだろう。自分がやりたいと思ったことだ。

 せめて貫き通すと決めたなら、ちゃんと最後まで貫き通せ。

 もちろん、あえて貫き通さないという選択をしてもいいけどな」

 

 そう告げて、司はトレーを手に席を立つ。

 

「先に戻ってるよ」

「……ああ。助言感謝する」

 

 後に難しそうな表情をする葛城を残して、司は食堂を後にした。

 余計なお節介ではあっただろうが、しかし人の成長というのは見てみたいもので。

 あまり片方に肩入れしすぎないようにしようと改めて決意する司であった。




次からは結構ストーリーをガンガン進めていきます。
『話が長い』という感想をいただいたのと、作者が書きたいことがある程度ここまでで書けたので元の原作に突っ込むという方向に戻ろうと思います。

1話6000文字ぐらいでポンポン行けたらなと思います。

他のキャラクター視点(一人称の地の文という意味ではなく、司がいない場面で、ということ)での描写を読みたいですか? 例えば松下が中間試験への対策に奔走する姿を松下視点で書くのか、あるいはいつも通り司が後から聞いたという形で書くのか。司という異物への、司が居ない場面での反応(例えば神室と松下が2人で話してる場面等)も含めて、視点を統一するべきか色んなキャラの目線を書くべきか悩んでいます。

  • 司中心で、司が見聞きした情報で良い
  • 他のキャラクター視点の情報もみたい。
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