でも返信とかってしていいものなんですかね?そこんところよく分からないです。
ティベリーナ島襲撃作戦から数日後。
粗方吐かせ終わったエンリコを着払いで送り、M590が提出した作戦報告書に目を通し、使用した弾薬配給の補充に武器装備の修理と様々な書類との格闘を終わらせた俺は久方ぶりの自由を味わっている。
……要は暇なのだ。
「部屋に帰ろうにも一応勤務時間中だし。外出しようにも止められるし……何をしようか」
そうだ、基地を散策。もとい、見回ろう。
思い立ったが吉日と言うことで俺は執務室を後にした。
最初に立ち寄ったのは中庭。
もっとも、家庭菜園とビニールハウスが隅にあるだけの広場だが
。
肌を刺す様なこの寒さでは家庭菜園も何もないが、土が掘り起こされていた。ラバロ大尉が土壌改善のために冬起こしをしたのだろう。
大尉殿はクラエスの残したこの家庭菜園を大切に大切に手入れしている。心なしか、その時の彼は何かを待っている様な顔をしていた。
いや、何を待っているかなんて分かりきっているか。
「あら、指揮官さん。どうかされましたか?」
「AUGか。いやなに、少し見回りをな」
「そうでしたか。今はあまり咲いてはいませんが、よろしかったら見て行かれますか?」
ちょうど花の世話に来ていたAUGに促されビニールハウスに入ると、園芸特有の土の香りがどこか心地良い。
咲いている花が多ければとても良い花の香りが漂っているのだが今は冬、だと言うのに微かに土とは違う匂いがする。
「寒菊か」
「えぇ、今年は綺麗に咲いてくれましたわ」
寒々としたハウスを彩っているのは色鮮やかな寒菊。小菊とスプレー菊が主ではあるが、力強く咲いている。
一輪一輪が見事に咲くその菊は、ひとえにAUGのおかげだろう。
その証拠に彼女の手は土で汚れている。
「私に何か?」
「いや、綺麗な手だと思ってな」
そんな手が、俺はとても好きだ。
「ふふ、本当にどうしようもない人ですね。貴方は」
「ダメだったか?」
「衝動的な行動は、後悔だけが残りますよ」
「時にはそれが良い時もあるさ」
このハウスも暖かくなれば賑やかになるだろう。
様々な菊、蘭、百合が咲き、そこには微笑むAUG。
その光景はきっと、どんな芸術にも負けないほど美しいのだろう。
「それでは指揮官さん。花のお世話があるので私はこれで」
「手伝おうか?」
「いえいえ、私1人で大丈夫ですわ。指揮官さんは見回りを続けてくださいな」
AUGに礼を言ってハウスの出入り口に向かう。
何かを思い出したのか、不意に彼女が引き留めてきた、何かあったのだろうか。
「指揮官さんがくれた菊はちゃんと育ってますわ。ですから……」
もしもの時は、心配しないでください。
彼女の悲しみを含んだ声に、どうにも適当な言葉が思い浮かばなかったので手を振って返しておいた。
プラプラふらふらと当てもなく基地をさまよい歩く。いつもなら誰かしらが居るものだが今日は多くの者が出払っているようだ。
確か役場や美術館に爆破予告が届いたから警備依頼が来ていたな。
そんな事を考えていると、いつの間にか酒保に来ていた。
「あ、指揮官さま!何かご用でしょうか?」
「ようカリン、用って物は無いんだ。君達が優秀なお陰で暇しててな」
「でしたら……お買い物はいかがでしょう!」
商魂逞しいと言うか何というか。
普段から世話になっているカリンにキラキラとした瞳を向けられれば何も買わずに去ると言うことも出来まいよ。
それに、ダイヤを求められるワケでも無いのだから。
「何をお買い求めですか?新聞、雑誌、お菓子にジュースに日用品。なーんでもありますわ」
「ふぅむ、ジャックダニエル……止めておくか。なら」
ポケットに入れられそうなキャラメルとかガムとか飴、あとフルーツジュースを一本買った。
そしてフルーツジュースだけを残してポケットに突っ込む。
「あら、袋をおつけしましょうか?」
「これは差し入れだ。ほら」
「よろしいんですか?ありがとうございます、指揮官さま!」
そうしてカリンと暫しの雑談に興じ、酒保に客が来たため撤退することにした。
……しかしFNCはあんなにも大量のお菓子を買い込んで1人で食べる気なのだろうか?
そしてまたウロウロとしていると交流スペースの方が何やら盛り上がっている。
何だ何だと覗いてみれば、何人か集まっているようだった。
「ん?よぉ、親愛なる指揮官じゃないか」
「おぉ、ボス。どうしたんだ?」
「コルトウォーカー、トミー。暇だから散策をな、ところで何をやってるんだ?」
「ゲームさ。非番の奴らでカードゲームとかテーブルゲームを持ち寄ってプレイしてるんだ。ちなみに、あたしとトンプソンはトランプだ」
そう言ったコルトウォーカーは手にしたトランプを鮮やかにシャッフルした。
しかし見事なショットガンシャッフル。もとい、リフルシャッフルだ。
こんな芸当が出来るのも彼女の経験だろうな。
そう思いながらニヤリと笑う彼女に言ってやる。
「リフルシャッフルのイカサマなら知ってるぞ。コルトウォーカー?」
「ボスは経験者か?」
「イカサマされた側でな」
トランプの枚数は52枚。それを半々に分けて正確に一枚一枚を重ねること8回、全てのカードは元に戻る。
それを分かっているのなら、予め有利になれるよう仕組んでおいた山札をその回数シャッフルするだけで良い。
もっとも、できるかどうかは別の話。
今の顔を見るにコルトウォーカーは相当の自信があるのだろう。
「コルトウォーカーのイカサマは一級品だ。私が胴元なら絶対ディーラーをやらせるぜ」
「トミーがそう褒めるのも頷ける。ただやるなら上手くな」
「分かってるさ。バレなきゃイカサマじゃあねぇんだからな」
そんな2人の所から離れ、今度は95式と97式の元へ向かう。
姉である95式が持つケースには何処となく既視感があった。
そう……あれはまだ大学生だった頃に友人と遊んだ。
「お、麻雀か」
「あら指揮官。指揮官も打たれたりするんですか?」
「そこそこ場数は踏んでると自負している。腕は上がってないが」
「何それ、下手なままじゃん」
97式の身も蓋もない、しかしその通りの言葉に少しだけ痛みを感じた。
「ははは……まぁ、その通りだ。2人は麻雀やってたんだな」
「うん、私はあんまり強くないけどお姉ちゃんは強いんだよ!」
「97式は後先考えずに鳴くから役ができないのよ。ちゃんと状況を見て、どの牌を切るかを考えれば簡単に上がれるわ」
「うぅ~だって何か鳴いとかないともったいない気がするんだもん!」
「97式、その気持ち分かるぞ」
「だよね指揮官!」
麻雀とは基本ノリで打つ物だった。
あれこれ考えても仕方ない、己の直感を信じ、時にはあえて死にに行く様な捨て方でも良い。
それは麻雀なのかと言われれば答えにくいが……
「あ、指揮官殿!よろしければ花札などいかがでしょう。吾輩がお相手するであります」
「ほう花札……こいこいか?」
そう声をかけてきた四式が持つのは、日本人なら誰しもが遊んだであろう花札。
四式はプラスチックでできた札をパチンパチンとくる。
その小さな体で胸を張っている姿がとても愛らしい。
「ふふん!吾輩、なかなか手強いでありますよ?」
「良いだろう、俺に勝てたらキャラメルをやろう」
「キャラメルでありますか!やる気が出てきたであります!」
お互いテーブルに着いて札から二枚引く。
「むむ、満開の桜に幔幕でありますか。指揮官殿は?」
「松に鶴。先行はもらったぞ」
そして札を捨て、札をめくり、札を合わせて行く。
花札の良い所は手軽さであろう。
ポーカーの様に役が複雑だったり、麻雀の様に時間がかかったりしない。だと言うのに長らく愛されてきたのは、やはり楽しいからだ。
四式が声を上げた。
「お?おぉ!猪鹿蝶であります!」
「やるな。こいこいは?」
「もちろんこいこいであります。一気呵成に責め立てるであります!」
四式よ、時には引くことも大切だぞ。
俺はパチンと満開の桜が描かれた札を取る、今日はついてるようだ。
「雨四光、花見で一杯」
「なぁ!?」
更に山札から引く……ほうほう、なるほどなるほど。
出てきたのは芒に望月。そしてちょうどよく場には芒のかす札。
「ほい、月見で一杯。それから、雨四光が五光になったな」
「そ、そんな……こいこいを!指揮官殿、こいこいをお願いします!」
「おりる」
「御無体なぁ!」
分の悪い賭けは嫌いじゃないが、取れるなら安全に行きたいもの。
四式を可哀想だとは思うがこれも勝負だ。許してくれ。
「ほら四式。敢闘賞のキャラメルだ」
「情けは無用……いや、指揮官殿の好意を無駄にするわけにはまいりません。頂くであります」
「Hey指揮官、四式とだけ遊んであたし達はお預けか?」
「あたしも95式お姉ちゃんと指揮官と遊びたい!」
わちゃわちゃと皆で昼食を忘れてゲームをした。
麻雀では95式がまさかの国士無双を出してきて思わず声をあげてしまった。まさかこの目で拝める日が来るとは思わなかったな……
あ、ポーカーは飛び入り参加したSAAがテキサスホールデムで無双してた。
その後に交流スペースを後にし、そのまま流れついたのは射撃場。
もうこのまま射撃訓練でもしようか。
「あら、指揮官が来たわ。
本当ね、でも珍しいんじゃない?
そう?よく射撃場に来てるイメージがあるわ」
「今日は暇だからフラフラとな。P22は射撃訓練か?」
「えぇそうよ。
銃の整備。
サボりなの、内緒にしてね?」
ふぅむ……要は何かをサボって射撃場に隠れるついでに整備と試し撃ち。こう言うことか。
「指揮官はどうするの?
どこか行っちゃうのかな?
いいえ射撃訓練よ、邪魔しては悪いわ。
私は指揮官とお話したいわ」
「予定は無いからなぁ、君達と話すのは楽しいしお話しようか」
「ありがとう、指揮官」
P22と二人でベンチに腰を下ろす。
「指揮官は不思議ね」
「P22に言われるとはな」
「不思議よ、だって指揮官は私達を把握してくれてるもの。
そうよ、他の人は見分けがついてないのに。
気味悪がってもないわ」
確かにP22は一人だが何人も居る。中にはそれが不気味とか言う子もいるが、俺は気にしない。
それにP22の人格が入れ替わるときには何となく分かる。
目が変わったとか、そんな具体的なことは無いが、漠然と分かるのだ。
「何となくで分かるさ、そう凄い物でも無いよ。実を言うと俺も何で分かるのか分からないんだ」
「そう。それはきっと、指揮官も同じだからよ」
P22の瞳が俺を覗き込んだ。
俺と彼女は1対1、少なくともP22の体は一つのハズだ。
だと言うのに、どうして複数の視線を感じるのだろう。
「心当たり、あるんじゃないかしら?
自分じゃない自分、何人もの指揮官。
昨日の指揮官と今日の指揮官、そして明日の指揮官」
「P22」
「指揮官は自身について、どれほど理解しています?私達は案外、自分のことが全然分かっていないのかもしれません」
そう言ったP22は……P22達は鈴を転がすような声で笑う。
その綺麗な笑い声がなぜか重なって聞こえるのだ。キィーンと耳鳴りがして、まるで突発性難聴を発症したかのように。彼女の声がリンリンと、リンリンと……
リンリンと、鈴の音が。
「指揮官?」
「……!?あ、あぁ。悪い、少し飛んでた」
「指揮官も自分を押し殺すだけじゃ無くて、いっそ自分達を解放してみたら?」
「自我の拡散ならもう間に合っている。それに耐えられる程俺は強くなかった」
いや、あるいは今もそうなのかもしれない。自我の拡散、アイデンティティの危機。
今の俺も、ただ指揮官と言うロールをこなしているだけ。それを剥いでしまえば、起爆したグレネードの弾殻の様な、四方八方に飛び交いぶつかり合う俺が……俺達が居るのだろう。
それを解き放つ。
なんと甘く、そして、恐ろしい言葉だろうか。
「……その賽は投げるべからず」
あぁ、俺はどこまでも臆病な存在なのだろう。
捻れ、歪み、疑心暗鬼と自己批判のシュルツェンを身に付けた思考は、斯くも卑小で愚かな存在なのだろう。
そうやってまた暗い底に沈みかけた時、ぐぅと締まり無く腹が鳴った。
それは誰の腹でもない、俺のだ。
そう言えば昼食も食べずにゲームをしていたな。
それを思い出すと今まで考えていたことはどこへやら、脳内に晩飯のことが浮かぶ。
『人間、飯を食ってりゃ何とかなるモンさね』と、今は遠き友人の言葉を思い出した。
「なぁP22。少し早いが食事にしないか?今日は昼を食べ損ねたんだが、どうだろう」
「ふふ。指揮官からのお誘いなら断る理由は無いわ、私達もお腹減ってたし。
では美食を求めて行きますわよ。
迅速果断に行動しよう」
楽しそうに俺の手を取る彼女。
その顔が、どうにも俺には輝いて見えて……直視できなかった。