「エルザ、本当に出撃のご褒美がこんなので良かったのか?」
「はいっ!でも、前回の出撃は私のわがままだったのにご褒美なんて……」
「別にエルザだけ特別扱いしてるワケじゃないよ。出撃してくれた子にはそれぞれ報酬があって然るべきだからな、それにこれは……」
「私も望んだことですから、ね?」
ニコニコと肩を寄せ合う2人をルームミラーで見やった。
本当に良い笑顔の9A-91、もといアリョーナとエルザである。
「よーし、じゃあ行くか!」
俺はフィアットのアクセルを踏んだ。
なぜ俺と9A-91とエルザが出かけているのか、理由は数日前まで遡る。
トリエラとヒルシャーを特別ゲストととして迎えた貨物船襲撃作戦、その報告書に判を押している時だった。
「保護した子供達は……やっぱり親が見つからんかぁ」
「もし見つかったとしても返すのは反対です!自分の子供を売るなんて……」
「9A-91よ。流石に全ての子供が売られたと考えるのは邪推じゃないか?だがまぁ、出身地がルーマニアだしなぁ。……孤児院、作るかなぁ」
「孤児院ですか?」
今日の副官の9A-91が小首を傾げた。
「人里離れた場所ではあるんだが自然の多い建物を抑えてあるんだ」
「そんな物が?」
「バザーリア法が公布されて久しい、閉鎖された精神病院を押さえた。工兵を送って改装すれば充分使える」
元はK11に渡す秘密基地としてリストアップしてたものだが、廃業した精神病院くらい2つ買った所でどうにでもなる。
ホント、資金は潤沢だと常々思うわ。
「あ、そう言えば9A-91よ。前回の出撃の報酬なんだが」
「その件なら大丈夫ですよ。考えてありますから」
「そ、そうか……うん」
ニコニコとただ微笑む彼女に得体の知れない物を感じ、適当な返事をした時、執務室の扉がノックされた。
入室するように声をかけようとするも9A-91がサッと手で遮る。
ツカツカと扉に歩み寄り、彼女が開けるとエルザが居た。
「サイファーさん。あの……出撃の報酬の事で」
「おー、そうかエルザがご褒美をねだってきたか。よしよし、M16の様にジャックダニエルとはいかんが好きなものを言いなさい」
「それは……ね?お母さん」
「えぇ、エルザちゃん」
初めはどこか似た雰囲気だと思っていたが最近は9A-91とエルザが融合している気がする。
エルザの執着心と9A-91の強かさと言うか、そう言うのが混ざりあっている気がする。
「2人ともどうし」
「あなた」
「サイファーさん」
「「今度のお休み、3人でお出かけしましょう」」
「……ほっほぉ、こりゃ逃げれんか」
美女と美少女に笑顔を向けられていると言うのに何というプレッシャーであろうか。
背中に流れる冷や汗を感じて、俺は頷くしかなかった。
そんなワケで今日はお出かけなのだ。
「あなた、今日はどこに行くんです?」
「そうさなぁ。9A……アリョーナとエルザが良ければシチリアに行こうかと思うんだ。暖かくなってきたしな」
「いいですね!パレルモとかカターニャですか?」
「そ、街並みを見ようと。ところでなんで俺の事をあなたって呼ぶんだ」
「街中で指揮官はおかしいでしょう?ね、エルザちゃん」
「はい、街中で指揮官はおかしいです。だから私もお父さんって呼びますね」
運転中故よそ見出来ないのを良いことに、後部座席から色々と言ってくる2人。
確かにエルザ達が言うことも最もではある。
しかし他にないのか。
運転にそこそこリソースを割かれた俺の脳みそでは他に名案は浮かばない。
まぁそれに。
「今日はエルザのご褒美なんだから好きに呼ぶと良いさ」
後ろから聞こえてくる、今日だけじゃなくて良いのに。の言葉を遮るようにエンジンを吹かした。
そうしてついたのがイタリアはシチリア島。
イタリアでも有名な観光地だ。
「わぁ……綺麗」
「すごいですね、あなた」
「荘厳だな」
マルトラーナ教会では細かな黄金の装飾が施され、見る者全てを圧倒するモザイク画を鑑賞した。
「美味しいかい?」
「とっても美味しいです。お父さん」
「ふふふ、エルザちゃんったら。ほら、こっちも美味しいよ?」
「本当だ。アリョーナの料理も美味しそうだぞ」
3人でシチリア島の海産物にも舌鼓を打った。
食後はプレトーリア広場でほっと一息ついたり、また辺りを観光したりと時間は流れた。
そして最後の観光地とも呼べない所にいる、そこはエルザが選んだ場所だった。
公園と呼ぶには余りにも広く、広場と呼ぶにはいささか狭い。そんな場所だ。
「アリョーナ、しばらくエルザのそばに居てやってくれ」
「指揮官……」
「大丈夫だ、タバコ吸ってくるだけさ」
ついた途端に悲しそうな、でもどこか嬉しそうな矛盾した目になったエルザが黙って歩き始めた。そんな彼女への付き添いは一人でいい。
俺は1人離れ別の所に向かう。
ベンチに腰をかけてタバコを吸っていると、1人の男がドカッと同じベンチに座った。
「火、いるか」
俺の問に男は……ラウーロは無言でタバコを差し出した。
ライターで火を付けてやれば、俺のよりキツイ紫煙が揺蕩う。
そこからは互いに無言。
口を開いたのは一本を吸い終わる頃だった。
「……エルザは元気か?」
「見ての通りだよ。今日一日尾行してたのはお前だろうラウーロ」
「バレていたか」
フッと笑ったラウーロ。
「お前の部下は優秀だったな」
「おう、俺の部下は優秀だ。ところでお前は大丈夫だったのか?」
「義体を敵組織に奪われた担当官として一般二課に左遷だ」
「すまなかった……とは言わんぞ」
露骨に苛つくラウーロではあったが深呼吸を一つ吐く、落ち着いたのかその口がまた開いた。
「今日、お前達を尾行して久しぶりにエルザの笑顔を見た。あんなにも笑う子だったんだな」
「あぁ、良く笑う子だよ」
「……俺は、エルザの事を何も見ていなかったんだな」
「本当か?」
短くなったタバコを火種に新しいタバコに火を付ける。
「最初からエルザに冷たくは無かったんだろう?」
「なぜ、そう思う」
「最初から道具として扱ってたならエルザなんて名付けないだろ?」
エルザ。エルザ・デ・シーカ、意味はシチリアのエルザだったか。
小洒落た名だ。
「無遠慮に人の心を覗きやがる。なんなんだお前は」
「わがままな死に損ないさ」
「なら死んどけや」
「……ふふ」
「クックック……」
タバコの紫煙を口にためて、ゆっくりと肺に落とす。フゥっと残りを吐く。
たったこれだけで人は落ち着けるのだから不思議な物だ。
どうやらそれはラウーロも同じなようで、ポツリポツリと語り出す。
「俺は……恐ろしくなったんだ、ジョゼやヒルシャーの様に義体に情を向けた先の末路が」
「そうか、恐ろしかったか」
「あぁ、もしエルザが撃たれでもしたら?当たり所が悪くて殉職でもしたら?初期に義体となったアンジェリカの様になったら?そんな思いが頭を支配したんだ。だから俺は」
「エルザを盲目的にして、自分は道具として扱ったと?」
「……」
俺はラウーロに嫌悪にも似た既視感を感じた。
あぁ、彼は俺なんだ。
どこまでも臆病な存在。
捻れ、歪み、疑心暗鬼と自己批判のシュルツェンを身に付けた斯くも卑小で愚かな思考。
だが、だからこそ俺はラウーロに言わなければならない。
「ラウーロ、アンタは悪くない」
担当官なんて仕事を回されて、普通でいられる方がおかしいのだ。
いや……狂って尚普通を演じられる方がおかしいのだ。
俺は、彼は、俺達は許さなければ、俺を、彼を、俺達を。
「……俺はもう行く」
「エルザには会わなくて良いのか?」
「いまさらどう会うんだ。それに……俺はまだエルザに会えない」
「そうか……達者でな」
互いにベンチを立ち別の方向へと歩き出す。
そうしてアリョーナとエルザに合流した。
「エルザ、アリョーナ。待たせたな」
「お父さん、どこに行ってたんですか?」
「タバコを少々……お、綺麗な花が咲いてるな」
ポツポツと咲く紫の小花達。
「スミレか?」
「これはセントポーリアですよ」
「へぇ、セントポーリア……」
「エルザちゃんのお花ですね。だってほら」
アリョーナが指し示した指先にはシチリアエルザと書いた札があった。
「シチリアエルザ……エルザ・デ・シーカ……」
「きっとエルザちゃんは、花言葉の様に親しみ安くて綺麗な女性になるわ。ね?あなた」
「何を言うんだアリョーナ、もうなってるじゃないか!」
すかさずエルザを抱き上げて頭を撫でる。
周りの目が親バカを見る視線になっているが知ったことではない。
(安心してくれラウーロ、お前の心配なんて吹き飛ばす程にエルザは元気だ!いや、元気で居させてやる!)
『K11、計画は順調か?』
『進んではいるよ。ほら指揮官、ファクトリーで収集したデータだ』
『ん、助かる』
『できる限りは頑張ったぜ。でも、あたしの専門は突発事件対応とメカニクスだ。バイオニクス、特にサイコトロニクスの分野はMG338とかP22、元パラデウス組が頑張ってくれてはいるが……正直、手探りってのが現状だな』
『資金は心配するな、実験体もな。研究所も外部に新しく用意する』
『研究所?そりゃありがたいけどよ』
『既に工兵隊を送ってある。頼んだぞK11』