トリエラのグリフィンでの特訓は2週間の期限が設けられている。
この2週間の間で、トリエラはピノッキオを超えねばならない。
「これより模擬戦を始める。両者前へ!」
ジェリコに促されトリエラとSOPⅡが見合う。
トリエラは真剣に、SOPⅡは楽しそうに構えた。
そして……
「初め!」
ジェリコが掲げた左腕を下ろす。
先手をとったのはSOPⅡだ、彼女はしなやかな獣を思わせる動きで飛びかかる。
「いただき!」
「ッ!」
腕を縮め、握りしめた手を真っ直ぐに伸ばし貫手の体勢。
殺傷力を落とすために人間と同じ腕に換装したとは言え、SOPⅡの貫手は当たり所が悪ければ致命傷になり得る危険な技だ。
既にそれを間近で見ていたトリエラは首を逸らす事で間一髪逃れバックステップで距離を取る。
「アッハハハ!やっぱりトリエラはすごいや!」
「それは……どうも!」
この訓練は近接戦闘の訓練、有効打を与える為には接近しなくてはならない。
バックステップで取った距離を走り、SOPⅡにタックルを仕掛けた。
相手の下半身を掴みそのまま押し倒す。そしてマウントを取って有効打を決める。
それがトリエラの考えた勝ち方。
「はぁッ!」
「きゃ!」
トリエラの身体がSOPⅡと激しくぶつかる。
このまま両脚を引き倒せば……
だがSOPⅡの脚は動かない。
戦術人形の出力は所詮人間が素体の義体を上回る、そんな相手に力比べを挑んだのがトリエラのミスだ。
「あは!つーかまーえた!」
「え?ちょっとま」
SOPⅡの両腕がトリエラの胴体に回る。
「せーの!」
「離し!離しなさいよ!」
そしてトリエラを持ち上げたSOPⅡは笑顔のままトリエラを叩き付ける体勢に移行。
トリエラの頭上にはグラウンドの土。
それが急速に迫ってくる。
「パイルドライバー!」
SOPⅡのパイルドライバーがトリエラに炸裂。
ゴッ!といい音が鳴り、トリエラは一瞬ではあるが目の前が真っ白になる。
直ぐに視界を取り戻そうと頭を振るが、その前にジェリコの声が再び響いた。
「そこまで!勝者SOPMODⅡ!」
「へへー勝ちー!」
「また負けた……」
トリエラは目ギリギリで止まっているSOPⅡの貫手に肝を冷やす。
頭の打ち所が悪かったのかコブを気にするトリエラに、SOPⅡは可愛らしい笑顔と手を差し向けて起き上がらせた。
「トリエラ、ナイスファイトだったよ」
「勝った相手に言われてもね」
「えっへへー、だってわたし強いもん!」
自分より大きなSOPⅡの頭を撫でてしまうのは、トリエラの姉御肌故かSOPⅡの甘え上手故か。
「トリエラ、今回の戦闘の反省点は分かりますか?」
「はい、ジェリコ教官。私が力に頼り過ぎているからだと思います」
「そうです。我々は義体相手でも力比べでは劣りません、わざわざ相手と同じステージに立つことは無いわ。力が上の相手には技量で立ち向かいなさい」
「はい!」
「いい返事ですね。次の徒手格闘訓練まで休むように!」
「はい!」
負けたと言うのに、どこか爽やかな顔をして走っていくトリエラ。
そんなトリエラを見送るのはジェリコだけでは無い。
ヒルシャーもまた、優しみを持った目でそれを見送る。
「厳しすぎますか?」
「……いえ、厳しいのは覚悟の上でグリフィンの提案を飲みましたから」
「なら結構。トリエラには今まで楽に勝ち過ぎていますね」
「楽に?」
「市民上がりのテロリスト相手なら義体の能力で楽に勝てますからね。ここで学ばせるのは力での制圧ではなく技での制圧です、技を覚えれば指揮官でも義体を制圧できますから」
ヒルシャーはここでふと、ある事を思い出した。今日はサイファーの姿を見ていないのだ。
いつもならM14を持って走り込みをさせられているのに、あの下品なミリタリーケイデンスも聞こえない。
「そういえばジェリコさん。サイファーはどこに?」
「指揮官でしたら貴方々の所ですよ」
「福祉公社に?」
「えぇ、グリフィンの医療班を連れて。おそらくはアンジェリカの件でしょう」
アンジェリカ、福祉公社により最も初期に義体化が施され。
そして最も義体化の副作用に蝕まれている女の子。
「あの子は……アンジェリカは、指揮官にとってトラウマですから」
そう、ジェリコは悲しそうに言う。
それはヒルシャーにとって全く理解出来ない物だった。
なぜサイファーはアンジェリカを知っているのか。
そんな事よりも気になるのは、なぜサイファーのトラウマがアンジェリカなのかだ。
彼やグリフィンとのファーストコンタクトは敵として、次は味方として接したヒルシャー。
短い時間ではあった物の、彼が義体の事を本気で心配する気持ちを察する事はできた。
先の襲撃作戦においても帰還したグリフィン人形達を出迎え、ヘリに積んだ子供達を涙を堪えながら助けていたとトリエラから聞いた。
そんな彼が何故アンジェリカをトラウマとするのか。
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あぁ、またこの夢か。
懺悔の時、後悔の夢。
そう……あれはグリフィンが発足して間もない頃だった。
俺が彼女を救えなかったのは。
「流石は休日、賑わっているな」
「子供じゃないんですから。余りはしゃがないように」
非番の今日はジェリコの監視の元、市街地に遊びに来ていた。
本当は基地で射撃訓練やら指揮の勉強やら仕事やらをしたかったのだが……
『指揮官さま、本当にいい加減に休んでください!指揮官さまが働いてばかりだから皆休み辛いんです!』
とカリンに言われて渋々外出と言う訳である。
「今日は俺の休暇でもあるがジェリコを労いたい。何でも奢るぞ」
「労うですか?」
「ジェリコは教官として俺を鍛えてくれた。銃も撃てない、指揮も分からなかった俺を。感謝してもしきれんよ」
「……まぁ、その感謝は受け取っておきます」
誇らしげに胸を張り、得意そうに鼻を鳴らすジェリコ。
そんな彼女に思わず笑みをこぼしてしまう。
「さて、行こうか」
ジェリコが遠慮無く右手の杖を突けるよう彼女の左手側に移動、置いていくことの無い様にその手を取る。
しかしジェリコにパッとその手を払われてしまった。
嫌がられてしまったか……
「エスコートなら不要です。それにいざという時にハンドガンを抜けないのでは貴方を守れません」
「そうか……」
「でも気持ちは嬉しかったですよ」
「そうか!」
我ながら単純な物である。
しかし嬉しい物なのだ。
そうして楽しい休暇が始まった。
俺とジェリコは植物園でまったり植物を見て回ったり、花屋に入ったりして過ごした。
「さっきの花屋で何も買わなかったが、品揃えが悪かったのか?」
「AUGに頼まれていた菊の苗を探して居たのですが見つから無かったので」
「そうか。そう言えばこの近くで市場があるらしいんだ。ちょっと寄ってみないか?」
「市場ですか?スケジュール的には問題ありませんが……」
「よし、なら行こう。ネゲヴ達にも何か買ってやりたいし」
「貴方が甘やかした分、ツケが回って来るのが我々教官達であることを忘れない様にお願いします」
苦笑いでやり過ごすにはジェリコの視線は冷たかった。
冷ややかな視線に頭を下げつつ向かった市場は、相応に活気づいていては居る物の人の流れがゆったりとしている。
手作りの食べ物や野菜を売る老人。お使いの子供達。物珍しさから足を止める観光客。
道の駅に来たような感覚だ。
良いなぁ。俺はこう言うのが好きだ、ショッピングモールでは感じられない人の名残というか……見えない何かが好きなのだ。
「流石は地元民御用達。モールじゃ手に入らない物ばかりだな」
「えぇ、ここなら色々な苗が買えそうですね。この機会にガーデニング用品も新調しましょうか」
ジェリコの趣味はガーデニングだ、だからちょっとウキウキしている。そんな珍しい彼女の顔を見るのはとても楽しい。
鮮やかな彼女の瞳はキラキラと輝いて、安直な言い方しかできないが……まるで宝石だった。
花屋でアレにしようかコレにしようかと悩んでいるジェリコから少し離れてタバコに火を付けた。この時代はまだ路上喫煙がどうだのと言われていないので良い。
もちろん携帯灰皿は忘れてはいないが。
そんな時、ふと1人の女の子が目に入った。
大きな白い犬を連れて元気に市場を行く女の子。
俺はあの子が気になって……
「お待たせしましたサイファー。無事に苗も買って……サイファー?」
天使のような女の子は従者の犬を連れてお使い。
それを狙う。
蒼い影の……
「ッ!?アンジェリカ!」
悲鳴と叫び、人波を裂いて躍り出る1台の車。血走った目でハンドルを握るアンジェリカの父。
あの子がアンジェリカだと気がつくのに時間はかからなかった。
アンジェリカを助けないと!
そう動こうとするも距離が距離だ、車の方が早い。
そして天使は……空高く舞い上げられ……地面に赤い血を……
「アンジェリカ!しっかり、しっかりするんだ!ジェリコ、救急車を早く!」
「了解!」
駆けつけてアンジェリカを介抱する。
アンジェリカの血が止まらない、打ち所が悪いのか頭から鮮血が流れ血溜まりを作る。
彼女の小さく、華奢な体が弱々しく動く。
命が失われていく。
「だ……れ……」
「喋るんじゃない!安静にしてるんだ。大丈夫、大丈夫だから……」
「いた……い……よ……」
「大丈夫、大丈夫だ……大丈夫!」
俺はもう誰に言い聞かせているのか分からない。
俺なのか、アンジェリカなのか。
今1番辛いのはアンジェリカなのに俺はなにも出来ない。
「お……兄さん……泣いてるの?」
「なんで泣いてるの?」
俺の腕の中で死にゆくアンジェリーナ。
そして俺の後ろから声をかけるアンジェリカ。
2人は二ィっと笑って俺の中に入ってくる。
冷たい物を腹の中にぶち込まれたように寒気がする。
アンジェリカとアンジェリーナの声が頭に響いた。
「「なんで助けてくれなかったの?」」
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「ッはぁ!?はぁ……はぁ……」
「大丈夫ですか?指揮官さん、うなされていましたよ」
「え、HS2000か……」
俺の肩を掴んで揺り起こしてこれたのか……
そうだ。俺は福祉公社に行くために車に乗ってたな。
「あぁ、酷い夢を見た」
「ブロマゼパム、追加で処方しますか?」
「いやいい。眠くてかなわん」
車内を見れば起きているのは俺とHS2000、それからイントゥルーダーだけだ。
デストロイヤーとPA-15はスヤスヤと寝ている。
「そろそろ福祉公社に着きますわ。起きなさいデストロイヤー」
「うぅん……」
「ほら。起きろPA-15」
「はぁい」
ところでアンジェリカのお見舞いとして着いてきたデストロイヤーは何を持ってきているんだ?
……まぁ、いいか。
車が止まり、全員で福祉公社に降り立つ。
視界内。いや、四方八方から突き刺さる警戒の視線に笑って返しておく。
職員に案内されて通された部屋は無機質な医務室だ。
懐かしさ、それをどうにも感じてしまうな。
そして俺を見るマルコーとアンジェリカ。
「初めまして、ですね。マルコーさん、サイファーです」
「課長から話は聞いている……本当に何とかなるのか?」
マルコーから向けられる疑いの目、敵対心。そして縋るような救いを求める目。
マルコーには悪いが、その目を向けるのは俺じゃない。
「一流の医者と看護師を連れてきました。大丈夫、アンジェリカは助かりますよ」
「一流の?」
「えぇ。医師のHS2000と看護師のPA-15です」
2人を見るマルコーの顔は心配に染まっているがそれも無くなるだろう。
何せ本当にこの2人は優秀だからな、公社の医療スタッフにだって負けやしないさ。
「…………」
「こうして会うのは初めてかな?俺はサイファー、よろしくアンジェリカ」
「あ、あの!前に会ったり……してないです、よね?」
あの悪夢とは違う、オドオドと聞いてくるアンジェリカに俺は笑って頭を撫でた。
「あぁ!初めましてだ!」
友「なんでこう、おどろおどろしい描写を書くの」
「夢でよく見るの」
友「病院行ってこいバーカ」