完結目指して頑張りますのでどうかご理解いただきますようお願いいたします。
『シニョーレ、貴方は必ず国外逃亡を選択する。どれだけこの屋敷に残る決意をしていても、それ以上の大切な物に動かされる』
あの日、クリスティアーノに国外逃亡を持ちかけてきたサイファーの事が彼の頭にリフレインして止まらなかった。
まるで全てを見透かしているかのような言い方に、今では恐怖すら覚えるが走る足を止めることは出来ない。
この国のため。いや、今は愛する祖国よりも再会を誓ったピノッキオのため、我が子のためにクリスティアーノは走る。
(すまない……すまないピノッキオ!)
「アレッシオ!どこだアレッシオ!車の用意、は……」
衰えを感じる体に鞭打ってガレージに駆け込むクリスティアーノ。
彼が見たのは逃走用の車両、そのドアガラスに頭を打付ける様にして絶命している使用人のアレッシオだ。
そしてアレッシオを殺した人間。まっさらな白い手の女の子、リコ。
彼女の手に握られた拳銃がクリスティアーノに銃弾を放った。
───────────────────
クリスティアーノから受け取った車のキーを大切にポケットへと収めたピノッキオは、銃剣を手に迫るトリエラに応戦する。
「ピノッキオ!」
「悪いけど、ここから先には行かせられないな!」
「減らず口をッ!」
銃剣を持ったトリエラとナイフを手にしたピノッキオ。
2人のの白兵戦が始まる。
両者の武器は同じ刃物、取り回しと携帯数ではピノッキオに若干の優がある物のリーチのある銃剣は脅威となる。
しかしリーチ以外の、それを扱うトリエラ自体にピノッキオは一番の脅威を感じた。
投擲したスローイングダガーを弾き落とし、フェイントを織り交ぜながら的確に仕掛けてくる攻撃を紙一重で回避しピノッキオは苦悩する。
(攻撃が当たらない!?反応速度も、正確性も!モンタルチーノのときとは比べ物にならない……どれだけ腕を上げたんだ!)
「この化け物め!」
トリエラの刺突を頬に掠めながらも強引に距離を詰る。
そのままトリエラの突進力を利用する形で屋敷の中庭へと背負い投げを決めた。
窓ガラスの割れる甲高い音が響き、飛散したガラスがトリエラを傷付ける。しかし投げられたトリエラは慣れた様子で受身を取っており、大したダメージは無い。
「どれだけ投げられたと思ってる!ジュードーなら痛いほど味わった!」
「こいつ!」
大したダメージは与えられなかったがお互いに間合いは遠くなった。そしてトリエラは序盤で銃を叩き落とされ獲物は銃剣のみ。
しかしピノッキオには銃がある。
月光を受け鈍く光る小ぶりなハンドガン。
モンタルチーノでトリエラから奪ったSIG P230、懐から取り出したそれを向けられたトリエラは一瞬怯む。
その隙を見逃す事無くピノッキオは発砲。
彼女が倒れ、腹部から滲む血を見て一先ずの安心を得ることが出来た。
「腹部に数発も食らったんだ、死んでてくれよ……」
予想外にも片がついたと判断したピノッキオは車の隠された納屋へ急ぐ。
───────────────────
「ジャンさん、ターゲットのクリスティアーノを確保しました」
『分かった。回収車を待たせてある、屋敷正面まで 連れて来い』
血に濡れたクリスティアーノを軽々と担いだリコは待機しているジャンに無線を入れた。
「はい、分かりました。あの、グリフィンの人達は……」
『チッ、放っておけ。部外者には何も話すな』
リコが少しだけ不安そうに振り返ると、その視線の先には変わらず漆黒のコートを纏い闇に紛れるようにして佇むエクスキューショナー。
彼女は退屈そうに鎌を携えて夜空を眺めるばかり。手出しはして来ないし何より担当官のジャンの言う事は絶対とリコはエクスキューショナーを無視して歩みを進めた。
「もう終わったのか。ハンターじゃないが、やっぱり狩りは獲物が強くないと楽しくないなぁ」
「ごめんなさい、ジャンさんに部外者には何も話すなって言われてますから」
「ふん、律儀なモンだな」
鼻を鳴らしてそう言ったエクスキューショナーは、あくびをを噛み殺そうとして動きを止めた。
その様子にリコが疑問符を浮かべる。しかしジャンの教えを守るため、気にせず合流場所に向かおうとしたリコは一先ずクリスティアーノを下ろし手足を縛ろうと手錠を出そうとした。
そしてエクスキューショナーと同じ様に動きを止めた。
「これは……エンジン音?」
「……構えろリコ、何か来るぞ」
エクスキューショナーの言葉に身構える前に、薮を突っ切って一台の車両が現れた。
咄嗟に発砲するが車両は止まる事無くリコに突き進み、あわや衝突寸前の所で体が宙を舞う。
エクスキューショナーによって抱き抱えられ、車両の進路上から逃れた事でリコは無事だったのだ。
車両からはサブマシンガンを携えた眼帯姿のフランコが降車し、負傷したクリスティアーノを後部座席に運ぶ。
「クリスティアーノ!大丈夫か!早く車に!」
「フランコか……すまん……」
「フランカ、クリスティアーノを乗せたら行け!俺はコイツらを殺る!」
「何言ってんのよ!あなたを置いて行ける訳ないじゃない!」
残された右目に殺気を揺蕩せながら銃口を向けるフランコ、リコも応戦しようとするがエクスキューショナーに抱き抱えられた時にハンドガンを落としていた。
照準から逃れようとするもリコの小柄な体はエクスキューショナーにしっかりとホールドされ動けない。
「行けよ」
「……何?」
「行けって言ってるんだ。オレは部外者らしいからな、何もしないさ。そのおっさんを連れてどこへなりと行けばいい」
リコの無線機から聞こえるジャンの怒鳴り声を他所に、涼し気に言い放ったエクスキューショナーは肩を竦めておどけて見せた。
フランコもその様子に不信感を抱かなかった訳では無いが、時間を無駄にしている場合では無いと判断し、フランカの運転する車に飛び乗ると車両は急発進し遠のいて行く。
唸るエンジン音と共に遠のく車両。
そしてそれと入れ替わる様にして福祉公社の車が急停車すれば、憤怒の表情を浮かべたジャンが勇み足でエクスキューショナーに詰め寄った。
「よくも邪魔をしてくれたな!」
「邪魔?何言ってやがんだ、お前が部外者だって言うから何もしなかったんだぜ」
「貴様ッ!」
「それより車両が逃げるぞ。追わなくていいのか?」
「クッ……マルコー!クリスティアーノが奪われた、そちらに赤いアルファロメオが向かっている。後部座席の男はなるべく傷付けずに止めろ!」
エクスキューショナーは我関せずとばかりにその場を去り。慌ただしく無線機に怒鳴るジャンと、どうすれば良いのか分からずオロオロするリコだけが取り残された。
「 フランカ、なぜ私を助けに来た……私を助ければ他の共和国派から睨まれると、お前達なら分かるだろう!」
「貴方を助けに来たんじゃない!ピノッキオのためよ!あの子はとうしたの」
「屋敷に残った……私を逃がすために」
「あの子は戻ってくるのよね?」
「あぁ、無論だ……襲撃者を殺して、必ず……私の元に戻ってくる!!」
銃創から血が滲むのも構わずクリスティアーノは強く言い放った。
そうだ、きっと戻ってくる。いつもの様に敵を殺し、おじさんおじさんと慕ってくる。
損得勘定だけで救ったのに、真っ当な事など何一つ教えていないのに。
それでも奴は、ピノッキオは、息子は帰って来るはずだ。
「だが……なぜお前達まで……」
「あの子を放って置くなんて出来るわけが!」
フランカは視界の前方で何かが微かに輝いたのを見た。銃撃……そう考える間もなく、彼女は音と痛みを味わう。
砕けるフロントガラス、自身の体に突き刺さり内臓を破壊する5.56mm弾。
「撃ちまくれアンジェリカ!」
「はいッ!!」
ジャンからの連絡で事前に迎撃体制をとっていたアンジェリカは、マルコーの車両を銃座とし、AUGのフルオートで歓迎する。バイポットによりマズルジャンプを抑えトリガーを絞り鉛の嵐で敵車両の運転席に火力を集中。
ぐらりと揺れる車体を持ち直そうと、助手席に座るフランカが咄嗟にハンドルを握った。
「あ……うぁ……」
「フランカ!フランカしっかりしろ!」
「フラン……コ……」
「おい!」
フランカの銃創から止めどなく溢れた血液は運転席を赤黒く染め、足下には血溜まりを作った。彼女の美しい顔も大量出血により蒼白に変わり、既に呼吸すらままならない。
焦るフランコとは対照的に後部座席のクリスティアーノは静かに悟った。
全ては遅かったのだと。
「フランカ目を覚ませ!このままじゃカーブを曲がれない!!速度を落とすんだ!」
「こめん……なさ……」
「フランカ……カテリーナ!死ぬな!」
迫り来るガードレールから守ろうと、フランコはフランカを強く抱きしめる。
次の瞬間、ガードレールを突き破ったアルファロメオは速度をそのままに崖へと車体を投げ出す。
襲い来る浮遊感の中クリスティアーノは静かに祈った。
(ピノッキオ……せめてお前だけは生きてくれ……)
崖下の河川へと落下した3人はそのまま暗い水へと沈んだ。
───────────────────
逃走用車両の隠された納屋へ向かうピノッキオは、屋敷の廊下を全力で走る。
襲撃して来たのがあの女の子だけな訳が無い。しかし一番の脅威を排除した今こそ脱出のチャンスに違いない。
(死ねない……死にたくない!僕はまだ、おじさんと一緒に生きたいんだ!)
今まで散々殺しておいてと思う、きっと自分が殺した人達も同じように思っただろう。
今のピノッキオを突き動かすのは、生きてもう一度クリスティアーノに会いたいと言う願い1つ。
その儚くも強い願いを阻む者が1人。
窓ガラスをぶち破り、ピノッキオの行く手を遮る者が1人。
「その銃はモンタルチーノで奪われた私の銃」
ガラス片にその柔肌を切り裂かれ。
「よくも私を撃ったな……ヒルシャーさんのくれた大切な銃で」
夥しい流血に身を染めて。
「許さない……絶対に許さないッ!!」
力強く、ゆらりゆらりと立ち上がるトリエラ。
悪鬼悪霊の姿さえ感じる程の怒りと報復心を心に焚べ、ピノッキオの前に立ち塞がる。
ピノッキオは恐怖した。胃が締めあげられ、視界が遠のき、背筋に冷たい物が突き刺さる錯覚すら覚える。
だが警笛を鳴らすかの様な耳鳴りで辛うじて恐怖に飲まれずに立っていられた。
「なんで……どうしてそこまで頑張れる!?」
「お前なんかに分かるものか!私は戦わなくちゃいけないんだ!」
「……お互い様、か」
譲れぬ物、待っている人、願い、想い、信念、執念。
2人の刃がぶつかり火花を散らす。
数発の銃弾をその身に受けて尚トリエラの刃の、その速さと鋭さはピノッキオより勝る。先ほどよりも苛烈に振るわれる銃剣。
今のトリエラは人でも、まして義体でも無い。ただ一頭の手負いの獣である。
「必ず殺す!」
迫る刃を避けもせず。肉を切られ、削がれ、それでも止まらずに突き進む。
「お前だけはッ!!絶対に!」
次第にピノッキオの身体に切り傷が増えていく、このままでは致命傷を負いかねない状況だ。
「僕だって負けられないんだッ!!」
ピノッキオの振り下ろしたナイフがトリエラの前腕に突き刺さる。
その手に伝わる確かな感覚、トリエラの手からこぼれ落ちる銃剣。
突き刺したナイフから手を放し、新たなナイフに持ち替えた。狙うは彼女の細い首。
「これで死ねよ!」
真っ直ぐに正確にナイフの突きからトリエラは目を離さない。
その刃が首を捉えるその寸前、ピノッキオはナイフを握る手を捕まえられる。
「言ったはずだ!ジュードーなら痛いほど味わったと!」
「なッ!?」
右へ1歩前進、相手の腕を取り下半身は流れに任せて姿勢を下げて……はね上げる。
かつてトリエラ自身がMP5に投げられた様に、今度は彼女がピノッキオを投げ飛ばす。
強烈に背を打ち付けたピノッキオも、刺さるナイフの痛みに耐えて彼を投げたトリエラも、次の一瞬で全てが決まる。
トリエラはSOPの様に腕を引き、ピノッキオは胸ポケットのキーを取った。
互いに相手を殺さんと交差する手と手、この戦いに生き残り、またあの人の元へ帰るために。
キーでの刺突を避けきれず目元を走る鋭い痛み。
自身の指が肉を貫き掻き分ける慣れない感覚。
放った貫手から伝わる相手の体温と失われる命の脈。
「私の……勝ちだ」
トリエラは勝った。