GUNSLINGER DOLLS   作:ジョンドウ

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成すべきこと

担ぎ込まれた病院にて軽い切り傷と擦り傷、そして軽度の脳振盪と診断されたマルコーは早々に退院し福祉公社に戻った。

理由は単純、アンジェリカのため。

 

痛む身体に鞭を打ち、周りの心配すら撥ね除けてアンジェリカの元に向かった彼が見たものは、ただただ残酷な光景。

 

「貴方は?あぁ、アンジェリカの担当官ですか。今回アンジェリカのオペを担当しました、グレイです」

 

「お前は……いや、アンジェリカはどうなった」

 

「現状で最高で完璧の施術をいたしました。しかし依然として予断を許さない状態ではあります」

 

グリフィンから派遣されたグレイに問う、マルコーの平静を装った悲惨な声。

 

「一つのミスも無く、オペのダメージも最小限に留めて完璧に。しかしこれ以上は手の施しようがありません……どうかアンジェリカのそばで、あの子を安心させてあげてください」

 

グレイに通された真っ白な医務室で、ただ眠り続けるアンジェリカの姿。

それは福祉公社の誰もが心を痛める、静かで悍ましい、凄惨な光景に他ならない。

 

 

──────────────

 

 

深く、深い溜息。自身の生気すら抜けてしまいそうなそれは異様な粘度で纏わり付く。

 

AK-12 大破

AN-94 ロスト

AK-15 ロスト

RPK-16 中破

マルコー・トーニ 軽傷

 

アンジェリカ……重傷

 

報告書にまとめられた文字はただ無情に現実を突きつけて来る。

 

「ごめんなさい指揮官。アンジェリカを守れなかったわ」

 

「RPK-16、気に病むな……とは言えんな。だが君達反逆小隊が盾になってあげたからアンジェリカはギリギリの所で踏みとどまれたんだ。だから」

 

ありがとう、それが口から出そうになって舌を噛み止める。

それではAK-12達が犠牲になって良かったと、そう言っている様なものではないか。

 

執務室に掛けている時計の秒針が刻む音だけが響く部屋で、俺もRPK-16も黙ったまま。まるで救いを求めるかのように痛々しい空気。

 

「だから……だからどうか、頼む。頼むよ」

 

口内に血の気が顔を出してやっと言葉を出す。だがその言葉は何か意味がある物では無い。

 

「そうですね、分かりました」

 

「分かってくれたか。またいつかアンジェリカの見舞いに行こうと思うんだが、その時に着いてきてくれるか?」

 

「えぇ、指揮官様のご命令でなくても」

 

微笑みを浮かべて執務室を後にしたRPK-16、彼女を見送りいつも以上に重たい体を椅子に預けて流れ出そうな涙を堪える。

今は泣いている時では無いし、俺よりももっと泣きたい人がいるのだと言い聞かせ目を伏せた。

 

ただ口内に溜まる血を飲み込み続けること数分、着信を知らせる固定電話に些かの安堵を感じながら受話器を取る。

 

「サイファーだ。あぁ……応接室?分かった、直ぐに向かう」

 

鈍い足を殴りつけ立ち上がる。

止まることは許されない、許せない。

 

着込んだグリフィン士官服は防弾プレートを入れ込んだボディアーマーのように重い。

結んだ黒いネクタイが、罪人を締め上げる縄のように圧迫感を感じさせる。

 

だけれども、しかれども。

 

「全ては彼女達のために」

 

この歩み、止めてはならぬのだ。

 

応接室にはマルコーとプリシッラの2人が待っていた。

 

「お元気なようで何よりですマルコーさん。それと初めましてですねプリシッラさん」

 

「えぇ、初めてまして。今日は突然来ちゃってすみません」

 

「いえいえ、見当は着いていますよ……アンジェリカの犬の事でしょう」

 

「なんでそれを!?いえ……そうですね、そうです」

 

悲しさをうつむき堪えて、プリシッラは答える。

この人は優しすぎるのだろう。人としての優しさを上手く隠すことができず、こんなにも辛い顔を晒すのだろう。

 

こみ上げる自身への嫌悪をグッと飲み込み、マルコーの話を聞く。

 

「アンジェリカの……アンジェリーナが生前に飼っていた犬を探している、ジョゼがサイファーなら何か知っているだろうと。心当たりはあるか?最後にアンジェリーナを介抱したのはお前だろう」

 

「私が知っているのは白くて大きな、名をペロと名付けられた犬という事しか。詳しい事が分からず申し訳ない。

以前ならもしかすると知っていたのかも知れませんが……」

 

以前なら。そう、以前なら。

 

ここ最近はあまり昔を思い出せない。

 

「いえ!名前と外見が分かっただけでも大きな手掛かりですよ」

 

「そう言って頂けるなら少し楽になります。私はあの子達に何もしてやれていませんから」

 

「そんなことはありませんよ、グリフィンが派遣してくれた医療班のおかげでアンジェはまだ生きていられるんです。公社の技術部が言ってました、もしグリフィンが来なかったらアンジェリカはずっと昏睡状態だっただろうって。

あの子が生きていられるのはあなた達のおかげなんです!」

 

そうか……そう言ってくれるなら医療班の子達も喜ぶ。

そう、思いたい。

 

「そうですか。マルコーさん、アンジェリカの容体はどうなっているんです?昏睡状態ではないのでしょう」

 

「覚醒はするが意識の混濁が激しい。記憶障害や運動障害も大きくなってきて、あげくに生前に飼っていた犬の幻覚だ。公社の技術屋が言うには最低限生きてはいけるが訓練も実験も実戦も、もう出られん。義体としては死んだも同義だ」

 

「そうですか……」

 

素直には喜べない。

 

まだ生きていられる?それがどうした。

 

原作よりマシ?だからなんだってんだ。

 

アンジェリカ。

誰にでも優しく、頑張り屋のあの子が。

大人の汚い思惑と身勝手で理不尽な暴力でアンジェリーナの名も生も奪われ、身体をいいようにいじり回され。そして再び大人の汚い思惑と身勝手で理不尽な暴力で生を奪われようとしている……

 

これが喜べるものかよ。

 

「サ、サイファーさん!?大丈夫ですか!」

 

「えぇ、大丈夫ですよプリシッラさん。ところで何がですか?」

 

「え……いや、手とか。それに涙だって」

 

涙?何を言っているんだ、俺は泣いてなどいないのに。

俺が涙を流すなど、赦される訳がないのに。

 

けれどプリシッラの言葉が頬に冷たい軌跡を走らせる。いや、走った軌跡を感じさせる。

 

手で触れた、涙だ。

 

手を近づけて、ツンと鼻を突く臭い。手を視界に入れる。手のひらに血、爪が刺さって溢れた血。

 

「申し訳ない……申し訳ないマルコーさん、プリシッラさん。お見苦しいものを」

 

嗚咽も無い、痛みも無い。

なのにただ無情にも流れ続ける血も涙も、俺は止められない。止め方が分からない。

泣きたいのはマルコー達なのに、力がこもるのはマルコー達なのに。

 

何の力も無くただカリン達家族に背負われ担がれ調子に乗って、救えるはずの命を危険に晒し、あげくにこのザマか。

 

「申し訳ない……申し訳ない……」

 

「プリシッラが言っていたように、犬の名前と外見が分かっただけでも儲けものだ……もう俺達は帰る、邪魔したな」

 

「ちょ、ちょっとマルコーさん!?」

 

「待ってください」

 

重い体をソファから浮かせて立ち去るマルコーと、慌てて後に続くプリシッラの2人を呼び止めた。

俺は気になったのだ、マルコーがなぜアンジェリカのために動いているのか。

 

人を呼び止めたというのにしばらく動かない己の口を疎ましく思いながら言葉を紡ぐ。

 

「マルコーさん、貴方は……言っては悪いがアンジェリカに、義体に愛想を尽かしていた。そんな貴方がなぜアンジェリカの犬探しを?」

 

「お前達の言葉だ」

 

「え?」

 

マルコーは振り向くことなく、ただ静かに話す。

心を揺蕩せて、ただ、務めて静かに。

 

「ジョゼに言われた、後悔のないようにしろと。アイツにそう言ったのはお前なんだろ。

それとRPK-16とか言う女にもな。俺もアンジェリカも命ある人間、できることは今の内にしろと。だから俺は動くんだ」

 

「アンジェリカのために?」

 

「違う、これは俺のためだ。自分の中のわだかまりを消したい、そんな利己的な理由なんだ……お前のように他人のために動けるほど、綺麗な生き方をしちゃいない」

 

その答えに、不器用な大人の、不器用な優しさを見た。

それが今1番欲しかった彼の言葉。

 

「グリフィンから部隊の派遣を……いや、止めておきます。これは貴方達の成すべきことだ」

 

「元からそのつもりだ、アンジェリカの犬は俺達だけで探す……世話になった」

 

「えぇ、どうかお気をつけて」

 

 

──────────────

 

 

 

「よかったんですか?」

 

「グリフィンからの派遣を断ったことか」

 

「違います!アンジェの犬を私達で探す事には同意です。これは私達の償いなんですから」

 

「じゃあなんだ」

 

「サイファーのことです」

 

グリフィンの基地を後にし、公社へと戻る車内。助手席のプリシッラが会話が無い物かと頭を探り出した話題に、ハンドルを握るマルコーは何事もなかったかのように返答を返す。

 

「あれは……あの人は普通の状態じゃない」

 

「あんな姿見せられたら誰だって分かる」

 

「なら!」

 

「俺達に何ができる」

 

ただ淡々と、まるで蛇口を捻れば水が出るのは当たり前だろうとでも言うようにマルコーは返す。

 

いや、実際にそうなのだ。  

 

「俺達は福祉公社の人間、そして奴はグリフィンの人間だ。俺達が関わる問題じゃねぇよ。

俺達はアンジェリカの方を優先する」

 

「そうですよね……すみません変なこと言って」

 

「それに」

 

無機質な無表情で感情を隠し、マルコーは言う。

 

「奴なら、サイファーなら自分の心配よりアンジェリカの心配をしてやってくれって、そう言うだろ」

 

ただエンジン音だけが車内に響いた。

 

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