数人の見舞いを引き連れて訪れた福祉公社の医務室。
そのいっそ憎たらしい程に白い空間に、車椅子に座るアンジェリカ……
いや、アンジェリーナ。
「お兄さん、おはようございます!」
「うん、アンジェリ……ナおはよう。今日は元気だな」
「ねぇ聞いてお兄さん。この前ね、マルコーっておじさんがペロを連れて来てくれたの。早く退院してまたペロとお散歩したいなぁ」
「そうか、マルコーのことも……うん、大丈夫だよアンジェリーナ。ペロと散歩するためにもリハビリ頑張ろうな」
アンジェリーナの頭を優しく撫でる。はにかみながらも頭を預けてくるこの子は端から見れば普通の女の子だろう。
いや、アンジェリーナ自身もそう思っているに違いない。
でもこれで良いんだ。
「ところでお姉さん達はだれ?」
「私達は反逆小隊。ふふっ、ただのお見舞いよアンジェリーナ」
努めて、ただ努めて平穏を装いアンジェリーナと触れ合うAK-12達。
そうだ、アンジェリカは死んだのだ。
「アイツがどんな状況か、これで分かっただろう」
「えぇ、心中お察しいたします。マルコーさん」
「ふん……」
アンジェリカの担当官であったマルコーは不愉快そうに鼻を鳴らし、ただ医務室でAK-12達とおしゃべりに勤しむアンジェリーナを見る。
いたたまれない空気感。
タバコに手を伸ばしかけるもアンジェリーナの事を気にかけ手を止める。俺もマルコーも、もうどうのしようもないのだ。
「施術をしたグレイ以外にもセラピストのM1851N、カウンセラーのMAS-38も力を尽くしました。けれど……ままならん物です」
「そうだな……なぁサイファー。お前、確か孤児院をやっていたよな?」
「えぇ、かなり前に孤児達を引き取りまして……公社の様に人体改造なんてして無いですよ」
「んなことは分かってる。1つグリフィンに頼みたいことがある」
マルコーは目を合わせない。
けれどそれで良い、わざわざ目を合わせる事をしなくても何となく分かるものだ。
この人は優しさを思い出したのだから。
「お前の所の孤児院にアンジェリカを……アンジェリーナを置いてやってくれないか?
このままアンジェリーナを福祉公社に置いておく事は他の義体にも悪影響だ。事実トリエラやヘンリエッタには少なからずメンタルの不調が見られた」
「こちらとしては構いませんが公社の上層部、それこそジャンさんが許しますか?」
「課長達の説得は済ませた、ジャンの方もジョゼが説得してくれている。それにあの子はアンジェリーナだ、義体のアンジェリカじゃない。
こんな所に居るべきじゃないだろ」
「そう……ですね。あの子にはこれからの人生、他の子よりも一足先に。せめて明るい陽の下で普通の女の子として」
瞳を閉じて思い浮かべるは儚き光景。
自然豊かな場所に構えた孤児院で、他の子供達と楽しげに笑い合い、元気いっぱいに過ごすアンジェリーナの姿。
その時間がどれだけ短いのかは分からない。しかし確かに生きる彼女の命の音、リズム、温もり、優しさ。
それを浮かべて俺にもまだやれる事はあるのだと鼓舞し心を動かす。
「アンジェリーナを迎え入れるとして、とりあえずの課題は孤児院のバリアフリー化ですね。基地に戻ったら工兵隊に改修工事を指示しますので工場が完了するまでは公社で、貴方のそばに居させてあげてください。マルコーさん」
俺の言葉に不愉快そうに顔を歪める彼であるが、それもまた当然の事であろうよ。
何もしてやれてない、ただ見守るしかない心苦しさ。
一寸先も見えぬ深海に囚われるかのようなこの感覚には馴染みしか無い。
「どうしたのよ2人とも。そろって浮かない顔をして」
「AK-12?アンジェリーナの見舞いは済んだのか」
「えぇ。あの子、わたし達とお喋りしてたらいきなり上の空になって戻らなくて。まだ病み上がりだものね、ちょっと忘れてたわ。今はAN-94達が寝かしつけてる」
修復が完了し、元通りの姿に戻ったAK-12ではあるが、しかしながら全てが治ったワケでは無い。
体は治っても心はそう直ぐには治らん。
それは人形であり人である彼女達も同じだろう。
「おいサイファー……本当にお前達の力でもどうにかならないのか」
「こればかりはどうのしようも無いです。ただ言えるのはグリフィンの医療班は最善を尽くしたとだけ、どうかその事はご理解頂きたい」
「分かっている。ただ……いや、何でもない」
マルコーの悲しみの中に僅かばかりの失意を含んだその顔。
それは表面上は凪いでいるかのような涼しさというのに、どこか泣いているかのようだった。
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戦術人形M4A1。彼女はサイファーの部屋を訪れ、そっと扉をノックする。
少し間を置いてからの入室許可に安堵とも喜びとも、そして不安とも言えるような表情で扉を開けた。
「ごめんなさい指揮官、いきなり押しかけてしまって」
「別に気にしてはいないよ。普段からSOPとかG11はよくここに寝に来るから」
「あの子、時々居なくなると思ったらそんな事を……」
「部屋くらい自由に使ってくれてかまわんよ。しかしどうした、こんな殺風景な部屋に突然」
サイファーの言ったように、彼の部屋は少々殺風景だ。
M4の視覚モジュールが捉えるのは一人暮らしの部屋よりもこざっぱりしている部屋。
彼はこの部屋にたった一つの椅子であるデスクチェアに座るよう勧めてきたが、M4が選んだのはベッドに腰掛けるサイファーの隣り。
ギシッ音を立てて沈むマットレスのスプリング、触れ合う肩と肩。
「どうしたM4、何かあったのか?あー分かったぞM16に何か言われて」
「何かあったのはあなたじゃないですか」
どこかおどける様な彼の言葉を遮ってM4は言う。
その声には明らかな悲痛さがこもっていた。
「何かあったのは!あなたじゃないですかッ!」
「……なんのこ」
「とぼけないで!」
それでも尚まだシラを切ろうとする彼に怒りが湧き、叫ぶ。
肩を震わせ、すすり泣きそうになりながらもM4は叫ぶ。
メンタルがクラッキングを受けたかのように不安定になり、兵器である自分達には必要ない涙を模した液体を流して。
「何があったか、なんて分かってます。あなたはやさしすぎるからアンジェリカの事で思い詰めてるんですよね。
いいえ、それだけじゃ無い。大破した反逆小隊のことも、今までのことも全部、全てを感じて。でも、でもそれじゃ……私達だって辛いんですよ」
「分かってるよ」
「分かってない!全然分かってない!私達はあなたが頼ってくれないから辛いんです!」
その叫びにピタリと動きを止めたサイファーは何も言いはしない。
ただM4の言葉を聞き入れるのみ。
その態度が余計にM4を苛立たせた。
声なんて荒げたくないのに、本当は2人落ち着いた空間で話したいのに。
人の形をした人形の、プログラムされたメンタルは涙を流すという選択肢を選んだ。
そしてそれは、戦術人形を人であると考え誰よりも彼女達を愛するサイファーに終わりの無い苦しみを与えるもの。
それを分かって尚止まらない自身のメンタルにM4は苛立つ。
「私達も、エルザも、カリーナも!鉄血やパラデウスだって!皆あなたを心配して、力になりたくて!
なのにあなたは辛いのを1人で抱えて……教えてください。私達はそんなにも頼りないですか?信頼できないですか?」
M4は顔を上げサイファーを見る、その顔は見えない。
沈黙、ただただ沈黙が広がる空間の中、M4が沈黙は肯定と同義であると言う言葉を思い出す。
そうか。ここまで言っても、どこまで行っても彼は私達には話さない。心を許さない。
立ち上がろうと、どこか言語化のできない諦めにも似た感情を持とうとして、部屋に嗚咽が響いた。
M4ではない。
それは彼の声。
「俺は……ごめん、ごめんなぁ……」
顔を覆った手から涙が垂れる。酸素を欲して口を開けせわしなく胸が動く。
サイファーの口から放たれる慟哭哀哭、そしてM4達グリフィンの人間やヘンリエッタ達義体へ許しを請う悲痛な叫び。
許してくれと、自分のせいであると。
イタチに嬲りものにされ食い殺される直前のネズミの如く泣き叫び、M4にすがりつく。
「俺は……どう頼ればいいか分からなくて。頼りないと、捨てられるのが怖くて……許してくれ……お願いだ、俺を、もう」
「クリスマスイブ、覚えていますか?わたしが言った言葉を。私達は貴方と居れて嬉しいんだって、貴方と言う1人の人間が良いんだって言ったのを」
こくこくと言葉無く頷く彼を抱き寄せ、M4は優しく囁く。
それはサイファーが最も求めていたもの。
そしてサイファーが最も恐れていたもの。
「あなたの事を。指揮官ではないあなた自身を、わたし達に聞かせてください」
彼は自身をどこまでも臆病な。捻れ、歪み、疑心暗鬼と自己批判のシュルツェンを身に付けた卑小で愚かな存在と考えている。
しかれども他人のためになりたくて、人に恐怖しながらも人のために動き捨てられた彼にとってM4A1は正しく女神にも近しい存在であろう。
嘆き泣き叫び、自身の腕の中で幼子のように震える彼を抱きしめるM4。
「わたし達はあなたのあるがままを受け止めます」
彼女ははただ吐き出される話を受容し。
「辛かったですよね……話してくれてありがとうございます」
共感し。
「わたしはあなたの事を頼りないだとか、情けないとは思っていませんよ。ただ、嬉しいです」
自己一致を伝える。
アメリカの心理学者カール・ロジャーズが提唱し、今M4によって放たれた傾聴と言う名の徹甲弾。
炸薬の代わりにM4達の想いを充填したそれはサイファーの心の装甲を貫徹し、彼の中に巣くう陰りを、万雷の愛情をもってこれを吹き飛ばした。
それから十数分。泣き疲れて眠った彼をベッドに寝かせたM4は部屋を後にしようとして、ふと足を止める。
そしてそっと彼の顔に触れた。
「あなたのことはわたし達が守ります。だから安心して身を寄せてください」
名残惜しさをメンタルに隠し部屋を出る。
既に夜も始まりを迎え、基地の外は暗い。
「よっM4。遅かったじゃないか」
「クソ!なんでアンタなんかが!」
「え、M16姉さんと416!?」
「わたし達だけじゃない。ほとんど全員集まってる」
M16の言う通り、サイファーの部屋の前には大勢の戦術人形達とカリーナ エルザが集まっていた。
涙を流す者、静かに感情を堪える者、悔しさから手に力がこもる者。
しかし皆一様に、どこか決意を湛えた瞳をしている。
「皆何があって……」
「指揮官の泣いてる声が部屋から漏れてたのよ。それで、そうしたらかなりの人数がね」
AR-15の言葉には哀しさと悔しさとを混ぜ合わせたような、そんな重いものを感じられた。
「指揮官とっても辛そうだった……M4、大丈夫だよね?指揮官はまた笑って遊んでくれるよね?」
「SOPⅡ……」
ぎゅっと服を握って甘えたがりなSOPが涙を流す。
「あーっもう!いい?指揮官と何があったか、あの人がどんな思いをしていたかわたし達にも話なさい!」
「でも……」
「ムカつくけど!腹が立つけど!わたし達仲間であの人の家族なのよ!わたし達にも……背負わせなさいよ、アンタばっかり背負うのは許さないわ」
416が苛立っている原因には彼女自身も含まれていた。
「M4、わたし達で指揮官の、サイファーの助けになろう。サイファーが言っていた様にわたし達は家族だ。困っていたら助ける、そうだろ?」
変わらないM16の頼もしさにM4は力強く頷いた。
彼女達は戦う。彼のために、愛する家族のために。
友「なんか今回熱の入り様すげーね」
「そうか?まぁ、経験してるし」
友「HAHAHA!ナイスジョーク!って言えねぇモンねお前は……」
「何がジョークか分からんが蹴ってよい?」
友「Нет!」