今日も仕事の合間を縫って福祉公社へと顔を出す。
1スポンサーとしてジョゼと共和国派の情報を交換したり、担当官から支援の要望を聞いたりと色々動き回るのだ。
「欲しいもの?ならトリエラが使える防弾ベストを頼む、もう私服で戦場には出したくない」
「あぁまったくだぜ、いくら義体だからってペラペラの服で突撃なんてイカレてやがる。ビーチェに死んでこいってか?」
「そうだな……これ以上、治療のためにシルヴィアに薬の投与はしたくない」
「俺の所のキアーラもだ。福祉公社は防弾装備は支給されないからな」
一番の要望は防弾装備ね。
「何でも良いのか?なら美味い酒だな!ペトラに酒を使った諜報を教えたい。え?防弾装備はだって?裏方担当の俺達が前線に出てドンパチやる時点で作戦は失敗だろうさ」
アレッサンドロは酒。
「……消えろ」
ジャンは俺が消えること、と。
言われた事をメモに書き込みながらジョゼと公社の歩く。
「目下福祉公社の支援で急務なのは義体仕様の防弾装備か」
「義体用の、言ってしまえば子供用の防弾ベストだなんて本来あってはならない物だからな」
「あってはならない代物が必要で、しかもウチはそれを提供できる……嫌だねぇ、ホントさ」
そんな寒い話を話す。
しかしながらヒルシャーや、ベアトリーチェの担当官ベルナルドが言っていたように義体の子達をブラウスやらシャツで戦場に出すわけにはいかないのだ。
「最高グレードの一級品を義体分と担当官分で納入しておく、存分に使ってくれ。劣化したり破損した場合の交換も承る」
「いつもすまないな。サイファーやグリフィンのスタッフには助けられてるよ」
「俺にはこんな事しかできんからな、逆立ちしたって荒事じゃヘンリエッタ達に劣るんだから」
「そうだな……僕らにできることはヘンリエッタが生きて帰ってこれるように万全の状態で送り出すくらいか」
「それと帰って来たときに褒めて労う」
俺もジョゼも辛い立場だ、でもやれる事は無いどころか多すぎるくらいにある。
彼女達が無事に帰って来れるよう手を回し、尽くし、パフォーマンスを整える。
その点で言えば俺も担当官も変わりはしないのだろうな。
「さっさと共和国派なんざ潰しちまって、ヘンリエッタ達に穏やかな生活送らせないとな。ジョゼは戦いが終わったら何をしたい?」
「何をしたいか。そうだな……考えた事もなかったよ」
物悲しさを薄らと纏わせた顔でさえ映えるこの男に、復讐のその先を。
「ヘンリエッタの演奏を聞かせてもらうとかはどうかな?あの子のヴァイオリンは実に素晴らしい腕前だった、スケアクロウも言っていたが一流のヴァイオリニストも夢じゃない」
「確かに、ヘンリエッタの演奏を聞かせてもらうのもいいな」
「いっそ楽団でもしてみるか!クラエスやリコ達も誘って。ウチのAR小隊や404小隊と組めば結構いけそうだ」
楽しそうにヴァイオリンを演奏するヘンリエッタを想像したのか、ジョゼの微笑みが少し明るいものに変わる。
俺が助けたいのはヘンリエッタ達だけではない。
ジョゼ達もまた助けなければならない人なのだ。
ヘンリエッタの兄ならば、我々の仲間と同じ。
いつの日かラバロ大尉に言った言葉を忘れてはならない。
「終わったかしら指揮官」
「すまないPPK、Mk48。待たせたな」
福祉公社の玄関には今日の副官である2人が待っていていた。
「じゃあ明後日までには防弾ベストを送っておくから、また何かあったら連絡してくれ。それじゃヘンリエッタによろしくな」
「……あぁ、ありがとう」
ジョゼに別れを告げ、2人と共に車に乗る。
何か間があった様に感じたが何かあったのだろうか?
まぁ気にすることでも無いかと車窓に視線を移す、外は雨だ。
だからだろうか、人とは一体何なんだろうなと答えの無い答えが、ついつい頭に浮かんでは消え浮かんでは消え。
雨粒が車体を叩く音、その音に掻き消される雨音のような。
そんな大きすぎないように発した俺の疑問は誰に届くのだろうだろう。もし届いたらどう聞こえるのだろう。
単なる疑問を聞くように聞こえるのだろうか。それとも己の罪を懺悔するように聞こえるのだろうか。
「そう指揮官、今日福祉公社でクラエスに声をかけたの。レモングラスの鉢を動かしていたので手伝おうと思って」
「そうか、クラエスが見当たらないと思ったらそんなことをしていたのか。楽しそうだったか?」
「えぇとても」
後部座席のPPKに相打ちを打っていると雨が激しくなった。
雨音も強くなったのでカーラジオのつまみを捻り、ボリュームを上げる。
聞き覚えがある懐かしの洋楽が今話題のヒットソングとして特集されていたり、どこのサッカーチームがどうのとか、ヴェネツィアの高級ホテルで銃撃戦があったとか。
チャンネルを変える事に色々なニュースが切り替わる。
『……先生、近年活発になっている共和国派のテロ活動ですが、そもそもの始まりとは何でしょう?』
『良い質問ですねぇ、彼らの始まりは青の時代にさかのぼります。70、80年代が極左赤の時代と呼ばれる様に90年代から2000年初頭はその逆、まさに極右の象徴である青と表して青の時代というのですね』
なんてことはないラジオ番組にふと手が止まる。
『このような極右勢力が急速に成長した背景には国内の南北格差や移民による失業率増加があります。ここで勘違いしないで頂きたいのですが共和国派も穏便に民主的に解決を目指すグループは存在します。一方、過激な行動に走るグループがテロ活動を始めました』
本来の共和国派にとっては良い迷惑だろう。
誰が言ったか、組織は大きくなるほどバカが幅を利かせるとは本当なのかも知れん。
『その中でも有名な事件がクローチェ検事一家の暗殺です』
クローチェ事件……兄弟の復讐劇の始発点。
『クローチェ検事一家の暗殺というと、あのクローチェ事件ですね?』
『えぇ。当時ミラノ地方監査局の検事であったジョバンニ・クローチェ氏は五共和国派と称される極右勢力の摘発を行い、一躍英雄となりました。しかし検事が休暇で外出中、道路上に仕掛けられた爆弾によりジョバンニ・クローチェ、その妻カーラ・クローチェ、そして幼い娘であったエンリカ・クローチェが即死。同乗していたソフィア・ドゥランテも搬送先の病院で亡くなりました』
エンリカ……英語風にすればヘンリエッタとなり、男性風にすればエンリコ、その愛称はリコか。
あの兄弟は否定するだろうが、亡くした者の痛みに縛られているのだろう。
「どうかしたのかしら?虐めたくなる顔をして」
「怖いことを言ってくれるなよMk48。ふとな、考えたんだ。人生縛るのと縛られるの、どっちが良いんだとな」
死んだ妹に縛られて、復讐で少女を縛って。
あの兄弟は一体何に操られているのか。
あの兄弟は一体何に操られていると……そう、思いたいのか。
「へぇ〜」
「ふぅ〜ん」
「……なんだよ2人とも」
「そぉんなに気になるのならぁ……あたくし達で教えてあげましょうか」
「良いわねぇPPK。指揮官を縛るのも縛られるのも、とっても刺激的だと思うわ」
なぜPPKとMk48が居る時にこんなことを言ったんだろうか。
「やるならお手柔らかに頼む……」
「うふふ♡良いわァ。指揮官みたいなノリが良いヤツは好きよ」
「あらあら、精々あたくし達を楽しませてくださいな。指揮官」
2人の嘲りに身震いがするが不思議と悪くは無かった。
出来ればこうして、いつまでも平穏に……平穏に?まぁ家族と過ごせればどれだけ素晴らしいか。
でもそうはならなかった。
人の悪意という物は往々にして静かな物だ、それは気がついたときには突き付けられている。
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イタリア東北部 ヴェネト某所廃倉庫。
普段はネズミと埃くらいしか居ないその倉庫には異様な熱気が籠もっていた。
「おい坊主共、お前さんら若ぇがどこの派閥だ?」
「我々は北部で学生運動をしている大学生だ。腐敗しきった政府を打倒すべく武器を手に取ったのだ!」
「ガキが役に立つかよ、遊びじゃねぇんだ。マンマの所に帰るんだな」
「な!?我々は誰よりもこの国を憂い行動している革命家だぞ!」
ようやく20歳になれたばかりの学生グループが、彼らを見下す大人達に怒鳴り返す。
「ふん……負け続きのミラノ派がデカい顔するなよ」
「ヴェネツィア派が偉そうに……」
同じ組織でありながら派閥の違いで睨み合う男達。
廃倉庫内にはネズミでは無く、イタリア各地に潜伏していたテロリストや過激派運動団体。
互いが互いに殺気を向け、あわや一触即発のこの状態。なぜ彼らが派閥や組織の垣根を越え集まったのか。
その理由はただ一つ、ある男の招集を受けたからだ。
その男は反政府勢力の中で伝説の男として語られる男。
名をジャコモ・ダンテ。
「聞け、同志諸君」
彼の発した言葉は重く、熱く、倉庫内を瞬く間に支配した。
「この私、ジャコモ・ダンテがイタリアに戻ってきたのは国家を憂う篤志家の要請があったからだ。今晩集まった中には主張を異にする者もいるだろう……」
ジャコモはゆっくりと彼らを指し示す。
「この1年間政府と勇戦したミラノ派の諸君!君達を私は誇りに思う!」
「ヴェネツィア派の同志!北部独立の志は遠くアフリカの地まで届いていたぞ!」
「ボローニャより参じた学生達!ローマ左翼グループ!ここにいる全ての者は共通の敵を掲げる仲間だ!」
その言葉に彼らがどれだけ救われたことか。
先程までとは打って代わり彼らの中に結束が生まれる。
派閥や主義の垣根すら越え人を纏める圧倒的なジャコモのカリスマは、上等なワインの様に彼らを酔わせた。
短絡的な大馬鹿者
モラトリアム真っ只中の学生
人生の失敗を社会に背負わせようとする落伍者
どうのしようも無いテロリスト共を、まるで悪しき魔王を討ち果たさんと立ち上がる勇者のようにさえ錯覚させる。
「イタリアの人々は革命の炎は消えたという!しかしそれも今日までだ!」
ジャコモはハンドガンを天に掲げ告げる。
「さぁ……闘いを始めるぞッ!」
「「おぉっ!!」」
共和国派が鐘楼を占拠、個人携行式の地対空ミサイルで警察のヘリを撃墜。
そしてその首謀者は悪名高きテロリスト、ジャコモ・ダンテである。
その知らせを受けたイタリア首相レナート・ピサノは福祉公社の投入を決定。
グリフィンもまた事態鎮圧のために首相に作戦の参加を打診、これを承認された。