朝、まだまだ早い時間に私は目を覚ます。
前にお父さんから子どもなんだからもう少し寝ててもいいと言われたけれど、一緒の部屋で寝ているお母さんもこれくらいの時間に起きるからちょうど良いくらいだ。
「おはようエルザちゃん」
「うん、おはようお母さん」
そう言い合って寝具を片付ける、それだけなのにお母さんとおはようを言い合うだけで嬉しくなる。
顔を洗って歯を磨いて、それで終わらせようとした私をお母さんが捕まえた。
「ほーら、まだ終わってないよ」
私はされるがまま、化粧水を取り出したお母さんはキレイな手で私の顔に触れる。
「エルザちゃんは美人さんなんだから」
そう言ってペタペタと化粧水とか乳液とかを塗られる。
少しだけ……ほんの少しだけ目を閉じたり顔を動かして抵抗してみる。
でも逃れられなくて。
そんな抵抗する私の頬を、お母さんは笑って優しくつまむ。
それがとても嬉しい。
「ん~」
「はい、おしまい。着替えましょうか、今日はどんな服がいいかしら……」
私は服なんてあんまり興味が無い、今までは公社に用意された服を並べられた順に着ていただけ。
だから着る服は何でも良いのに、お母さんは自分のことのように私の服を選んでくれる。
でも、そんな私でも最近は服の好みが出てきた。
「お母さんと同じ、水色の服がいい……な」
私が選んだのは白いブラウスに落ち着いた色のスカート。そして水色の上着。
お母さんも服を着てズボンを履く。
……お母さんのクローゼットにあるシースルーの服は何だろう?
前にお父さんに聞いたらは『細かい事は気にしてはいけない』と言われた。
「髪を編んであげるから後ろを向いて」
「はい」
「三つ編みにする?」
「お母さんと一緒がいい」
「ふふっ!はいはい」
ただ髪を結ぶだけなのにお母さんはとても楽しそう。
でもそれは私も一緒だ。
「ハンカチとティッシュは持った?」
「うん」
「ハンドガンは?」
「お母さんと同じGSh-18と予備マガジン2つ」
「Идеально」
イデアーリナ……完璧だと褒めてくれたお母さんと同じ赤いベレー帽をかぶって食堂に向かう。
「おはようございます」
「おはようエルザ。今日も早起きでえらいな」
「ありがとうございます。今日も一緒に食べてもいいですか?」
「もちろんだとも」
食堂では素早くお父さんを見つけて食事に誘う。
並び順はもちろんお母さん 私 お父さん順だ。
今日はライスに焼き魚と玉子焼きと煮物。そしてナスと玉ねぎのお味噌汁。
私はお父さんにこれがどんな料理なのか、どうやって食べるのか教えてもらいながら食べる。
もっとも、お父さんが張り切って教えてくれるけれど。
「サーモン?」
「鮭の塩焼きだな」
「サケ?サーモンとは違うんですか?」
「あー、まぁ違うんだろう、うん」
お父さんの下手な誤魔化しに釣られてお母さんと笑ってしまう。
和やかな空気になって、私はサケの塩焼きにお箸を伸ばした。
「エルザは箸の扱いが上手くなった、賢いからだな」
「もちろん、わたし達の自慢の娘ですもの」
「……狙撃に比べたら簡単ですから」
悪い気はしない、むしろ良い気分。
ほんのちょっと恥ずかしいけど。
お父さんに煮物が干した大根を使った物だと教えられたり、甘い玉子焼きを分けてもらったり。
そんな楽しい時間を過ごす。
朝食が済んだらお父さんとお母さんはそれぞれお仕事に行ってしまう。
私も行きたいけれど、他に行か無ければならないところがある。
「おはようございます、先生」
「はい、おはようございます。それでは診察を始めます」
「お願いします」
私は毎日健康診断を受けるように言われている。
と言ってもそんなに大がかりな物じゃなくて簡単な問診やバイタルのチェック、時々採血があるくらい。
「味覚に異常を感じたりはしますか?」
「いいえ、ありません」
「ふむ……体を動かしていて違和感などは?」
「無いです」
今日の担当はグレイ先生。
先生はパソコンに何かを打ち込んで、カルテを確認して診察を終える。
「杜撰な技術を受けたにしては大分状態が良いです。今までも大切にされていたんでしょう」
「……そう、なんですか」
「えぇ。けれど無理はしないように、何かあれば直ぐに連絡をしてください。病状を隠そうとするのは指揮官だけで十分です」
それが終わると勉強の時間。
福祉公社の時と違って純粋に勉強の時間だ。例えば数学であったり歴史であったり、中でも最近私が力を入れているのは語学の時間。
特にロシア語。
「エルザ、問3の答えはどれか分かる?」
「2番です」
「正解」
今日の講師はマカロフさん。
マカロフさんは私よりも小さいのに教えるのが上手で分かりやすい。
マカロフさんが言うには『エルザは頑張ってるし覚えも良いから教えるのも楽しい』とのこと。
頑張るのは当然だ。
頑張ったらお母さんとお父さんが褒めてくれるから。
その後も文法や発音、成り立ちの講義を受けて宿題をもらって午前の活動は終わり。
お父さんもお母さんもお仕事で居ないから少し寂しい……でもそれ以上に周りの人達が話しかけてくれたり、集まってくれる。
誰かとお喋りをしながら食事をするなんて公社に居たときには考えられなかった。
むしろ話しかけてくるトリエラやヘンリエッタを遠ざけて、孤立して。
余計に殻に隠って孤高を演じていたのが恥ずかしい。
それに、トリエラ達に悪いことをしたと今更気づいた。
……今度会うことがあれば謝ろう。
お昼を食べ終え、午後の講義に備えようと思った時に思い出した。
「今日は午前中だけで終わりだった」
私は別に毎日でも構わないけれど、お父さんはせめて土曜日は『はんどん?』というのにして欲しいと頼まれたのだった。
以前の私なら早く宿題を済ませて、部屋でライフルを磨くだけだったと思う。
でも今はどこかウロウロしたい気分だ。
グリフィンの基地は楽しい所だと思う。
色々と回ってみれば、動物たちと触れ合ったり。
モシン・ナガンさんにアリョンカチョコレートを貰ったり。
有名メーカーのジャージを着てしゃがんでいるAK-47さんにロシア語のスラングを教えてもらったり。
でも最後は体を動かしたいなと思って射撃場とキルハウスに向かう。
「お、エルザじゃねぇか。射撃訓練か?」
「はいKS-23さん。今使ってもいいですか」
「誰も居ないから好きに使って良いぜ。武器はどうする?」
「いつもので」
武器庫の管理をしているKS-23さんに挨拶をして、ガンラックからお母さんと同じアサルトライフルの9A-91を取り出す。
大きなサプレッサーとレールにPKS-01ドットサイトやレーザーサイトを取り付けて射撃場へ。
はじめに2マガジン程試し撃ちをして銃に異常が無いかを確認した。
9A-91は公社で使っていたアサルトライフルよりもコンパクトで扱いやすいけど残弾管理に気を配らないと。
「エルザ……」
「あ!お父さん!」
「こらこら。セーフティはかけておきなさい危ないから」
私が駆け寄るとお父さんは優しく抱き留めて頭を撫でてくれる。
最初はお父さんと呼ぶと悲しそうな顔で否定していたお父さんだったけど、お母さん達グリフィンの人達の説得でお父さんと呼んでも良いことになった。
どんな説得だったのかは聞いても教えてくれなかったなぁ、お母さん。
「お仕事、終わりですか?」
「早めに片を付けたからエルザを探してたんだ。けど射撃訓練なんてしなくても」
「何かあった時に皆を守れるようにしたいんです」
「……子供は守られるものだ。守るんじゃなく」
「それでも私はやりたいんです」
そう言い切ると、お父さんはため息を吐きながら分かったと言ってくれる。
わがままを言って困らせちゃったな……
「エルザのやりたいことか。なら止められないな。もし守られる事があったら頼りにしてる」
本当にお父さんは優しい。
その言葉が、撫でてくれる手が。私が私であると、そう感じさせてくれる。
「そろそろグローザ隊が帰還するから9A-91を出迎えてあげなさい。銃はこっちで返しておくから」
お父さんにお礼を言って射撃場を後にする。
キルハウス?そんな物後でもできる。今は帰ってくるお母さんを出迎えないと。
走らないように、でも急いで向かう。
「あら?エルザじゃない」
「お帰りなさいグローザさん。その……」
「9A-91ならもう直ぐ来るわ、だから安心しなさいな。ほら来たわよ」
グローザさんがそう言うと、私は誰かに後ろから抱き上げられた。
嗅ぎ慣れた硝煙の臭いをまとった安心する匂い。
少しひんやりとした、温かい体温に包まれる優しい抱擁。
「来てくれたの?ありがとう、エルザちゃん」
心の落ち着く声。
「一緒に帰る?」
「うん」
「Ладно♪」
ラードナ……分かったとかの意味だ。
こうしてお母さんのロシア語が分かるようになっているのが嬉しい。
グリフィンの人達は射撃訓練とかお仕事が終わるとお風呂に入る。
硝煙の臭いだったり返り血だったりを落とすためだ。
お父さんは影で入渠と言っていた。
中はかなり広くてゆったりとした浴槽とシャワー、それからサウナまである。
一〇〇式さんが言うにはせんとー?のような施設になるように改装したんだとか。
熱いお湯に肩まで入るのはまだ慣れないけど体がほぐれて行くようで気持ちが良かった。
体をキレイにした後はもう夕食の時間、S.A.T8達がイタリア料理を作ってくれた。
こんな時は朝食とは逆に私が2人に料理の事を教えてあげるのだ。
私の話をしっかりと聞いて反応してくれるお母さんとお父さん。
それが、私にはたまらなく嬉しい。
夕食を終えて、私達は執務室でお茶にする。いつもは他の人とかも一緒だけど今日は3人だけ。
2人の間に座って、温かいお茶を飲む。
お母さんは優しく撫でてくれて、お父さんはたくさん褒めてくれる。
「エルザちゃんがロシア語の講義を頑張ってるってマカロフから言われたんですよ」
「そうかあのマカロフが褒めたか。さすがだエルザ、よく頑張ってるな、えらいぞ」
ぽかぽかと心地よくて、何だか眠たくなって、私はお母さんに寄りかかって目を閉じた。
「9A-91、エルザは寝たのか?」
「そうみたいです。こんなに穏やかな顔をして……可愛らしいです」
「今夜は隣の仮眠室で寝るといい。エルザは運ぶよ」
抱き上げて、落とさないようにベッドに連れ行ってくれるお父さんの腕。
優しく頬に触れるお母さんの指。
「よーし、起こさないようにな。そっと」
「Спокойной ночи, моя милая дочь♪」
遠くなっていく意識の中、私は頭を撫でてくれるお母さんの手が離れるのが寂しくて思わず握ってしまった。
眠りに落ちるまで、ずっと。
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「やっぱり寝てなかったか」
「えぇ、でもあの子があんな甘え方をしてくるなんて嬉しいですね」
「それだけ9A-91が安心するんだろう。あの子は赤子の様なものだ、銃の撃ち方や人の殺し方は知っていてもそれ以外はやっと感じ始めた様な」
「なら私達で育てていきましょう。あの子がこれからも幸せに生きられるように、人として生きられるように」
友「なに?お前エルザみたいなロリっ子にこんな事してあげたいの?流石にキモイぞ」
「俺がして欲しい」
友「さよか……まァどっちにしろオメーの頭は狂ってる。病院行け」
「カウンセラーに動物にエサあげるのが好きって言ったら承認欲求の高い人って言われたからもう行かない。5分ちょっと話すだけで2000円近く払うんだぞ」
友「ええ商売してはるんやねぇ」
「だろ?大学の相談室に我が校の生徒が良く通ってるって紹介してもらったんだがな、ありゃ紹介料として賄賂でも貰ってるかもしれん」
友「なんじゃそりゃ?あーそう言えばお前統失だったな。実は俺もお前の妄想だったりして」
「Reznov!Where are you!」
友「Fuckin'Numbers!」