GUNSLINGER DOLLS   作:ジョンドウ

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毎週投降、できたらいいなぁ


私よジョゼ兄様

「危なかったですね」

 

アドリア海上空を飛行する共和国派のヘリ機内で、若き黒人活動家のイブラヒム・アシクはホッと息を吐く。

 

鐘楼に配置していた共和国派は半ば捨て駒も同然で、公社とグリフィンを止められるとは思っても居なかったが、それでも無線機から聞こえた圧倒的な虐殺は心地良い物では無かった。

 

「噂の警備会社、噂以上でした。まさにサリエル……死の天使だ」

 

クレイモア地雷をものともせず、あっという間に展望台を制圧し、あまつさえミサイル弾頭を投げ飛ばす所業。

いまだに思い返せば悪夢のような相手だとアシクは一人話す。

 

しかしアシクが話しかける相手は何も返さない。

それどころではないから。

 

「最期の狙撃、少しでも目を離すのが遅れていたらスコープごと頭を撃たれていたと言うのに何故楽しそうなんです?」

 

問われたのは同じくヘリ機内の座席に腰を下ろすジャコモ・ダンテ。

しかしアシクと違うのは笑っているところだろう。

 

「なんだアシク、お前は楽しくないのか」

 

ジャコモの目は輝いていた。

 

遊園地の絶叫マシンから降りた子供がまた同じアトラクションの列に並ぶときのような、興奮と期待。そしてなにより、それに立ち向かった己を誇るかのような目。

 

「あぁそうだ、期待以上だ。期待以上に楽しませてくれた。狙撃され、スコープを貫いたガキの銃弾がギリギリで頬を掠めた時は最高だった……」

 

薄く開いた傷からの血ももう乾いている。

ジャコモは名残惜しそうに傷に触れた、隣でアシクがどのような顔をしているのかなど気にもしない。

 

「敵は強い、だからこそ闘い甲斐があるのだ」

 

「あなたの片腕になって久しいですが、その考えだけはいまだに理解できません」

 

「敵が手強いからこそ潰すのが楽しいのさ」

 

ジャコモの頭は既に戦う事しか無い。

 

どれだけ大きく、激しい戦火を生み出せるのか。

そしてその火で敵を焼き尽くすのか。

 

「俺は引き続き共和国派を焚きつける。アシク、お前は他から戦力を引っ張ってこい」

 

「これ以上ですか!?」

 

「そうだ。お前の故郷の中東で燻っている連中だけじゃないぞ、アフリカ 南米 アジア ヨーロッパ、どこでも良い。呼べるだけの兵隊と兵器を集めろ」

 

「もはやテロではなく戦争ですね」

 

「そうだぞアシク、俺達は戦争をするんだ」

 

これがジャコモでなかったら世迷い言と切り捨てるだろう、だがアシクには確信があった。

 

この男はやると言ったらできるのだ。

 

「援助をしてくれている篤志家の目的は公社を消すだけでは?」

 

「目的なんざどうだって構わん。ようやくだ、ようやく戦争という手段が使える相手が現れたんだからな」

 

 

───────────────────

 

 

テロリストによる鐘楼占拠事件は一端の収束を迎えた。

無事にヒルシャーの元へと帰ったトリエラは、帰りを待ってくれていた彼の手を握る。

 

これが現実であると確認するように、この温もりが失われていない事を確認するように。

 

「約束通り戻ってきましたよ」

 

「あぁ」

 

彼の広くて暖かい胸に頭を置く。

 

力強いヒルシャーの鼓動が心地良い。

 

「あの、ベアトリーチェは」

 

「発砲された銃弾はテロリストの体を貫通したことで威力を落としたんだろう、グリフィンから支給された防弾ベストに阻まれて弾頭が腹部に刺さった程度で止まっていた。だから命に別状は無いそうだ」

 

「良かった……」

 

「負傷はこれだけだ。君もシルヴィア達も一つの傷も無い、あんな直ぐそばで爆発があったのにだ。なにがあったんだ?」

 

「それは、よく分からないです」

 

トリエラは展望台フロアでのことを思い出す。

 

SPAS-12とルイスによって投げ捨てられたミサイル弾頭の爆風と破片。

それらが襲いかかる前に、トンプソンやMP5、G36Cを起点としてSF作品に出てくる蒼い膜のような物がトリエラ達を包み込んで守ってくれたのだ。

 

トンプソンが「フォースシールド」と叫んできたのを聞いたトリエラは、よく分からないがシールドなのだろうと結論付けた。

 

「そうか……まぁどうせグリフィンの仕業だろう。そんな事よりも今はトリエラの方が重要だ、公社に戻ったら先生に診てもらうんだぞ」

 

「分かってます。でも今はもう少し、あなたとこうして居たいんです」

 

そう言って抱きつくトリエラをヒルシャーは引き剥がす事なく抱きしめる。

力を込めようとして、けれども幼い体を気遣ったその抱擁にトリエラは改めて生きて帰ってきた事を実感するのだ。

 

きっと鐘楼で思った様にヒルシャーさんに看取られて死ぬのは幸せな事だと思う、けどやっぱり生きてこの人と居られるのが1番だ。

 

そんな想いを胸に抱いて、フラテッロは心を温め合うのだった。

 

 

───────────────────

 

 

「ここは……」

 

「気がついたか」

 

「兄さん……そうだ、僕はどうなって」

 

「爆風で吹っ飛ばれて頭を打ったようだ。医者は軽い脳振とうと言っていた」

 

簡素な作りの仮設指揮所で目を覚ましたジョゼはまだ痛む体を無理に起こし外を見た。

 

ヴェネツィアの誇るサンマルコ広場の鐘楼は一部が崩壊し、無数の瓦礫が落下した先でその高さを競っている。

悔しさと怒りを滲ませて瓦礫を睨むジャンと同じく、ジョゼも憎悪を揺蕩せ報復心を燃やす。

必ずやあのテロリストをこの手で討つのだと、家族の仇をこの手で討つのだと。

 

「死体を確認させているがジャコモは見つかっていない。後ろに下がらせていたアレッサンドロからの報告によれば、ヤツはここから2キロ先のサンクレメンテ島に居たようだがヘリで逃げられた」

 

「ジャコモを乗せたヘリは……」

 

「アドリア海で見失った。この鐘楼を占拠していた連中は最初から捨て駒だったようだ」

 

「僕達はジャコモの名に釣られて、まんまと踊らされていたのか……」

 

憤りを抑えられず思わずテーブルを殴りつけた、腹の底が煮えくり返りいっそ吐き気すら覚える。

だがどうしようもない、今ここに怨敵のジャコモは居ないのだ。

ヤツの嘲るような幻聴が聞こえてきそうな程に高ぶるジョゼだが、今は次に備えるしかないのだと心を静める。

 

そこでふと思った、自分はなぜ大した怪我もしていないのだろうと。

そして思い出した。

意識を失う前、自分はサイファーに庇われたのだと。

 

「そうだ、サイファーはどこに。それにグリフィンの部隊は」

 

「グリフィンは先に撤収した。あの男が爆風と破片を食らって負傷したからな、悪運の強いことに死にはしなかったが」

 

「サイファーまで……クソッ!」

 

揺れる頭を押さえ復讐を誓うジョゼを、ジャンは凍えるような眼差しで見下ろしていた。

 

「お前はヘンリエッタを連れて本部に戻れ、後始末は俺達がやる」

 

「すまない……」

 

「あ、ジョゼさん!」

 

ふらふらと覚束ない足取りで仮設指揮所を出たジョゼをヘンリエッタが追う。

その歩みはジョゼと同じくどこかぎこちない物だ。

 

早くジョゼさんに追い付きたいのに、その小さな足は鉛を靴を履いたかの様に重い。

この体は作られた体なのだと、お前は普通の女の子では無いのだと。目に見えない焦燥感に銃を突きつけられるような不快感と緊張感がヘンリエッタの心に負荷をかける。

 

「待って……待ってください!ジョゼさん、待って……」

 

「……なんだ」

 

いつもとは違う冷徹な目にヘンリエッタは恐怖した。

大人から向けられる恐ろしいあの目、精神の奥底に封じられていたヘンリエッタとなる前の記憶。

 

かつて恐怖していたサイファーの目が未知の物に対する恐怖であるならば、今向けられている目は陰性残像の様に焼き付いた恐怖。

 

違う、ジョゼさんは優しい人なのだと。いつも私の事を優しく受け止めてくれるジョゼさんが怖い人なはずが無いと。ヘンリエッタは小さな体を震わせ、流れ弾で破損したP90を抱く。

ジョゼさんから送られた大切な銃を抱けば、この不快感から守られる様な気がして。

 

「ジョゼさんのこと、守れなくてごめんなさい!それに……P90も壊れて、ジョゼさんのくれた大切な銃なのに」

 

「ヘンリエッタ」

 

ジョゼの声にヘンリエッタは顔を上げる。

 

きっとあの怖い目じゃない、いつもの優しい目をしたジョゼさんがいて。きっといつもの様に優しく叱ってくれるのだと思って。

 

「”そんな物”は後にしろ」

 

そんな物……そんな物。

 

あぁ、ジョゼさんにとって、そんな物でしか無かったのか。

 

ヘンリエッタの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

あれから幾日の時間が過ぎ、人々は記憶の中からヴェネチアの事件をおぼろげな物に変えていった。

 

けれども全ての人がそうである事は無い、それはもちろん政治家であったり警察であったり軍であったり。

それは福祉公社も同じ事だ。今後さらに共和国派のテロが活発になると踏んだ公社上層部は、政府からの指示で総動員もかくやという体勢にシフト、常に緊張に包まれた空気感が。

 

ヒリヒリと見えない炎が肌を焼き付ける公社の中、担当官であるジョゼは、自室にやってきたヘンリエッタを慰め励ましていた。

 

「もちろん、僕は君から離れたりはしないよ」

 

「ありがとうございます……」

 

「安心できたかい?」

 

「はい、とても」

 

泣いて少しだけ赤くなった彼女の目、盲目的で愛するジョゼを見つめるヘンリエッタの目。

その目が居なくなって初めてジョゼは取り繕った笑顔を外してうなだれる。

 

彼の頭に浮かぶのは公社の技術部と兄のジャンから言われた事。

 

『今回の作戦で、おそらくは精神的な負荷が祟ったんだろう。ヘンリエッタは限界に近い』

 

誰がヘンリエッタを追い詰めたのか?それは僕だ、僕の身勝手さがあの子を苦しめているんだ。

 

『今は少しでも多くの戦力が必要だ、幸いヘンリエッタは身体的にはまだ使える。より強固な条件付けを行えばまた戦えるようになる』

 

待ってくれ兄さん……それじゃまるで……

 

ヘンリエッタを消せと。

 

「何を迷っているの。ジョゼ兄様」

 

ジョゼが顔を上げる。そこには1人の少女がいた。

しかしその少女は存在しない少女、ジョゼの中の少女。

 

クローチェ兄弟の中に巣くう幻肢痛とでも言うべき少女。

 

「エンリカ」

 

「そう、私よジョゼ兄様」

 

あの日と変わらぬ姿で、声で話しかけてくる妹がそこにいた。

 

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