GUNSLINGER DOLLS   作:ジョンドウ

45 / 58
風邪で投稿遅れるかも


死者を理由にしちゃいけない

「何を迷ってらっしゃるの?」

 

あの日亡くした人がそこに居る。

あの日から続く痛みがそこにある。

 

痛みは年頃の娘のように可愛らしく、いたずらっ子な顔をしてジョゼとの距離をゆっくりと詰めた。

その歩みの一歩一歩が、復讐を誓ったあの日からの歩みでもあった。

 

「私達家族の仇を討ってくださるのでしょう。忘れてしまったのかしら?」

 

ジョゼは何かを言おうと、それを否定しようとするがエンリカが許さない。

 

「ジョゼ兄様は私の死体を見たことがある?首が折れて痛かったわ……もしかして兄様は私より代わりのヘンリエッタが大事?」

 

「僕はあの子を守ってやろうと」

 

「嘘」

 

エンリカの手が、よく兄様兄様と抱きついてきた妹の手が。死して感触亡き手がジョゼの胸に触れる。

エンリカの目がジョゼを飲み込む。

 

「兄様はあの子を贖罪の道具にしているのよ。そして公社で復讐の機会を待っている。ふふっ、全部自分の都合じゃない!」

 

「違う……僕は、僕はどうしたら」

 

「簡単よジョゼ兄様、思う存分に戦うといいわ」

 

冷めた瞳にジョゼの姿はない、エンリカは幻覚だから。

でもジョゼにとってそれは痛いまでに本物であった。

 

「だって止めてくれる家族はもう居ないもの。ねぇジョゼ兄様?」

 

息が詰まる。

絶え間なく浅い呼吸を繰り返すジョゼを、幻覚はただただ楽しそうに、哀れな者を見るように見下す。

 

「だからね兄様。私のためにヘンリエッタを消して?」

 

黒く暗い思考がジョゼの脳溝を這いずり回り、深くその根を下ろす。

 

そうだ、エンリカの言う通りじゃないか。

僕にはもう復讐以外に何も無い。

ならいっそ、ヘンリエッタを完全なマシーンに変えてしまえば……そうすれば家族の仇を討てるのではないか。

 

そう、もう僕には何も残されては……

 

『だから2人とも忘れるな?そばに誰がいて、自分には何があるかを』

 

ふとその言葉を思い出した、諭すようなサイファーの声。

 

意識を現実に戻せば、そこにエンリカの姿は無く、着信を知らせる携帯電話が目に入った。

 

震える手で携帯を取る。

 

「……もしもし」

 

『あ!あーサイファーだ。夜分遅くにすまない、あれから何の連絡も無かったから心配で電話したんだ』

 

ジョゼはただ安堵に身を委ねたかった。

しかしそれはあまりにも遅く、自分は深く沈み込んでいる。

 

だからかサイファーからの純粋な心配がなんとも心地良く、ありがたかった。

 

『おい大丈夫か?やっぱりまだ本調子じゃ』

 

目標だけは大きく掲げて、そこまでの道程は見て見ぬ振りをして、これで良いと言い聞かせているのは他人か自分か……だったか。まったく嫌になる。

 

後悔の無いようにと言われた時のことが繰り返し頭に再生される。

 

エンリカは死んだ。あの日、共和国派のテロによって。

エンリカは現れた。あの日と変わらない姿で。

 

エンリカは言った。私のためにヘンリエッタを消してと。

 

後悔の無いように、ヘンリエッタを完全なマシーンにするのか?

あの子を、ヘンリエッタ”エンリカ”を、消す”殺す”のか?

 

『……ゼ?ジョゼ、もしもし?』

 

「あ、あぁ。明日グリフィンに行っても良いか?少し話を聞いてもらいたいんだ」

 

『おう、いつでも良いぞ。けどジョゼ一人か?どうせならヘンリエッタも連れてきてくれ、Alfaが会いたがってる』

 

「ありがとう。ならヘンリエッタも連れて行くよ」

 

『あ、その時には破損したP90もできれば持ってきてくれ。88式とジャックハンマーがヘンリエッタのために直してあげたいと言ってるんだ』

 

 

───────────────────

 

ジョゼとヘンリエッタがグリフィンに向かったのは辺りもすっかり暗くなった夜の事だ。

 

「おぉ、よく来てくれたな。ジョゼ、ヘンリエッタ」

 

「サイファー……その目は」

 

「あぁこれか?前の鐘楼占拠事件の時に破片が当たって潰れてな、M16やアルケミストとおそろいの眼帯が付けられるから気に入ってる」

 

グリフィン基地にて出迎えてくれたサイファーは、そう言ってオレンジがかった黄色の模様が入った眼帯を得意げに示した。

 

ジョゼはどこか心に来る物があった。

親しい友人とまでは行かないものの、それなりに気を許した相手が自分を庇って失明したのだから無理もないが。

 

「やっほヘンリエッタ!」

 

「お久しぶりですヘンリエッタさん」

 

「えっと……」

 

「あーそっか。私はMK3A1、指揮官からはジャックハンマーって呼ばれてるよ」

 

「私は88式です。ヘンリエッタさんのP90を直したくて来たんです」

 

「直せるんですか!」

 

「もちろん。大丈夫、私達に任せてよ!」

 

ヘンリエッタは持ってきたP90を見る。

7.62㎜クラスの銃弾が当たったのかプラスチックの外装は激しく破損し、銃の心臓と言える機関部も傷ついていた。

 

誰もが廃棄を決めるような惨状。

けれどもMK3A1と88式は頷きを一つすると慎重にP90を受け取った。

 

「この銃、ヘンリエッタの大切な人から貰った大切な銃なんでしょ。元通りにして返すからね」

 

「ヘンリエッタさんの大切な銃、お借りします」

 

二人に運ばれるP90を不安と期待の眼差しで見つめるヘンリエッタ、そんな彼女の手をAlfaが握る。

 

励ます様にぎゅっと。

 

「ヘンリエッタ、夜間観測に行こう。今夜は晴れてるから綺麗な星がよく見えるよ」

 

「うん。えっと……ジョゼさん、行って来ても良いですか?」

 

「もちろん、風邪を引かないようにね」

 

「ありがとうございます、ジョゼさん」

 

「あぁAlfa、ヘンリエッタにビールを飲ませるんじゃないぞ」

 

「分かってます!行こ、ヘンリエッタ!」

 

夜間観測には不必要に思えるクーラーボックスを背負ったAlfaに手を引かれ、ヘンリエッタは連れ去られるように基地の屋上へと駆けて行く。

 

2人残されたジョゼとサイファーは互いに視線を交わす。

もうヘンリエッタに遠慮することは無いのだと。

 

「話は美味い酒でも飲みながらしようや」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 

───────────────────

 

 

「あら、いらっしゃませ」

 

「スプリングフィールド、いつものを頼む。ジョゼも好きに頼んでくれ、奢るよ」

 

「僕もサイファーと同じ物を」

 

スプリングフィールドはロックグラスを用意し、水晶玉のようにカットされた氷を入れジャックダニエルを注ぎ入れた。

慣れた手つきでウイスキーと氷を一回し、ただそれだけの動作がやけに様になっているのは彼女の年季故だろう。

 

小気味良い音を立てて置かれたグラスに二人は手を付ける。

 

「乾杯」

 

「乾杯」

 

指から伝わるグラスの冷たさがジョゼには心地良い。

そして程良く冷えた酒が急ぐ心を落ち着かせる。

 

けれども話が進む事は無い、互いにただゆっくりとグラスの氷が溶けるのを眺めるだけ。

様々な戦術人形が集うバーの中で二人の空間だけが取り残された様に静かだ。

 

「話を急かしたりはしない。ゆっくりと、言いたくなったら言ってくれ」

 

長期戦になると踏んだのか、はたまた自分が吸いたくなっただけか。

サイファーはタバコを取り出すとミストレスのスプリングフィールドに見せる。

 

「もう、ここは禁煙なんですからね」

 

「悪いな」

 

苦言を呈しつつも灰皿を用意してくれたスプリングフィールドに礼を言って、サイファーはタバコに火をつける。

軽く一吸いし紫煙を吐く。霧散するそれを満足げに眺めて、彼はジョゼの方に灰皿を動かした。

 

ジョゼも同じようにタバコを炙り紫煙を含む。

しばらく吸わない内に味を忘れたのか、ジョゼはあまり美味いとは感じられ無かった。

 

「すまなかった」

 

「なにが」

 

「その目だ……あの時に僕を庇って失明したんだろ」

 

「気にするなよ、向こう傷は男の勲章らしいからな。それに家族とおそろいのアイテムが身に着けられる様になって少し嬉しい」

 

サイファーは誇らしげにM16に貰った眼帯を触る。

どうやらその言葉に偽りは無いようで、眼帯を触る彼の口は嬉しそうに歪んでいた。

 

そうしてまたジャックダニエルを飲もうとグラスに手を伸ばすが、彼の指はグラスの手前で空を切るだけ。

まだ狭まった視界に対応出来ていない事を見かねたジョゼがグラスを差し出し掴ませる。

 

「ありがとう、流石は優しいジョゼさんだ」

 

「止めてくれ。僕は……優しくなんかない、僕はただ自分本位なだけだ」

 

ただ時が過ぎるのを待つ2人。

そのある種異様な光景は、酒を飲みに来る戦術人形の興味を引いた。

 

心配そうに見つめる者。

好奇心から眺める者。

ネット掲示板で実況を始める者。

 

あるいは敵意を向ける者。

 

「嘘をついたんだ」

 

ようやく出たジョゼの言葉は酷く自罰的だった。

 

「僕は昨日、ヘンリエッタに嘘をついたんだ」

 

「嘘をついたか」

 

「あの子はもう去年の出来事も自分では思い出せない、僕の渡したカメラで撮った写真と日記帳が無いと何も」

 

「そうか……悲しいことだ」

 

氷も溶けきり、すっかり水っぽくなったジャックダニエルを二人で啜る。

 

今日の酒は不味い、しかしジョゼにはこの不味さに覚えがあった。

家族を理不尽に殺された時の、酒類も値段も違うがその時にヤケを起こして溺れた酒の不味さと同じだった。

 

不味さと共に思い出すのはあの時のこと。

 

「あの子が僕の部屋に来たときのことだ、泣きながら……でも笑って言われたよ。これからも一緒に居てくれますかって」

 

あんなにも悲しく、酷く怯えた笑顔という物をジョゼは始めて見た。

 

『ごめんなさい……ジョゼさんとの記憶は、もう私だけじゃ思い出せないんです』

 

『きっとこれからも色々なことを忘れて、思い出せなくなります』

 

『でも……それでも』

 

「これからの記憶を幸せで飾り付けてくれますかって。もちろんって、僕は君から離れたりはしないよって答えたさ、でも……あれは誤魔化しだ」

 

グッと水割りになったジャックダニエルを飲みきり、空いたグラスにはとぽとぽと追加のジャックダニエルが注がれる。

 

「言いたいことを言うのに一杯だけじゃ足りないだろう」

 

もう何でも良かった。

溺れられるのなら、それがアルコールでも何でも構いはしない。

 

見かねたスプリングフィールドが差し出すチェイサーに見向きもせずに度数40を超えるウイスキーをほぼストレートで流し込む。

アルコールに焼かれる痛みがジョゼにはどこか心地良かった。

 

「僕は、僕は……」

 

「まぁ好きに話せよ」

 

「……エンリカが、妹が僕に言ってくるんだ。私のために復讐を誓ったのに、私とヘンリエッタのどっちを取るのかって」

 

「妹さんにか?そうか、そりゃぁ苦しいな」

 

「やっとだ、やっと。あの日家族を殺されて、その仇を……ジャコモの手がかりを掴んだ!なのにヘンリエッタはもう戦えない。戦えるようにするには条件付けを強化してあの子を消すしか……」

 

「なぁジョゼ、なんでお前は悩んでいる、なんで報復心に駆られてそうしない?上からは……兄のジャンからは言われてるんじゃないのか」

 

「きっと、サイファー達グリフィンと会わなければ僕はそうしていたよ。自分本位に、身勝手に。でももうそれは出来ない、あの子から、ヘンリエッタという1人の子から目を逸らすことは出来ない。それに、後悔の無いようにと言ってきたのはサイファーじゃないか」

 

ジョゼのその言葉は、暗にヘンリエッタを完全なマシーンにすることは後悔の道と言っているようなものだ。

 

サイファーは幾本目のタバコに火を付け、ジョゼの言葉と共に味わう。

 

「それがお前の、ジョゼッフォ・クローチェの考えか」

 

「どうなんだろうな。僕はもう、それすら分からない。どう進めば良いのか」

 

「俺から見れば迷うことのできる人間は考えのある人間だ。ジョゼに迷うだけの余裕があるのは良いことだと思う、迷いが無いことは一概に良いことじゃない……でもそうだな、俺から言いたいのはアレだな」

 

紫煙をふかしたサイファーは遠くを見つめる。

 

「死者を理由にしちゃいけない、それは故人を冒涜しているのと同義だよ。だからジョゼ、妹さんを……エンリカを、人の命をもてあそぶような悪霊にしないでくれ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。