ここだけ救護騎士団の子育て奮闘記(本編/子育て日記) 作:救護騎士団記の記録係
「あれ、その子は救護騎士団のスズランちゃんですか?」
古書館について事情を説明すると中に通してくれたのはシミコさん。
絵本は確か何冊か、なんて言いながら通してくれて
静謐な空気、誰もいない中へと通される。
「とりあえず、中へどうぞ
絵本を探してきますね。」
パタパタと足音が本棚の間に消えてゆき
私達が歩みを進めるとペンを走らせる音だけが静かに響いてくる。
本を保護するために薄暗く完璧に保たれた室温に一面の本棚。
司書机では、この古書館の主、一人の少女が本と向かい合っていた
「こんにちは、ウイさん、
あのウイさん?……古関ウイさん」
カリカリと夢中で何かを書き写すウイさんに声をかけるが
本に夢中になっているようで、こちらに気付く様子もない。
隣に立ってもう一度声をかけてみると
びくり、と飛び上がりながら奇声を上げた
「ひやぁ!?……誰ですか。
……えっ、シスターフッドがなぜここに、まさか」
単にこちらに気付いただけではなく
少し怯えたような目をこちらに向けるウイさん。
心外ながら、シスターフッドに誤解を与えてしまっているようで
この驚きようも仕方がないのかもしれないが
背中を丸め、警戒した猫のようにこちらを伺うウイさん。
なんとか事情を説明しようと胸に抱いたスズランさんを見せてみるが
どうにも察せないようで、こちらに説明を求める目を向けていた。
「少し、図書委員会の力をお借りしたいのですが。」
「今度は、今度は何をさせるつもりですか……?
まさか……記録を偽造しろなんて言うつもりじゃ……」
「いえそういう話ではなく。本を探していまして。」
「……昔の記録を都合よく捻じ曲げろと。
まさかこの子の内容を知って、ダメですこれは……」
できるだけ穏当な言葉を選んだつもりではあるが
なかなか警戒を解いてはくれないウイさん。
修復をしていた本を取り上げて、ぎゅっと胸に抱く彼女に困り果て
隣のマリーに目線を向けると、私に代わりお願いの内容を伝えてくれる。
「読み聞かせのために、童話か絵本をお借りできれば嬉しいのですが」
「童話……?なんのために……子供?」
ようやくスズランさんの存在に気付いたようで
スズランさんの顔をじっと見ると
この人はだれだろう、という表情を浮かべる。
あまり表に出ない人であるのは知っているが
ここまで話題になった子を知らないとなると
よほどこの古書館に引きこもっていたのだろう。
「委員長、もしかして知らないんですか?
救護騎士団のスズランちゃんですよ。」
本を胸に抱えて戻ってきたシミコさんの声と言葉に
さっきよりも驚いたかのような表情を浮かべるウイさん。
「きゅっ……救護騎士団?」
「そうです。救護騎士団で保護して育てているって噂の。」
救護騎士団の名前にさらに警戒を増すように肩をすくませるウイさん。
確かに以前の救護騎士団のイメージのままであるならば、このリアクションも頷ける。
きっとこの人の救護騎士団に対する印象は
3カ月前からアップデートをされていないのだろう。
ミネ団長のイメージの強い救護騎士団。
硬派で強固なミネ団長が、今ではちょっと過保護なお母さんになっていると知っていれば
少しは印象も変わるかもしれない。
「そんな子をなんでシスターフッドが……」
「救護騎士団の方々はお忙しいようなので、
一次的にお預かりしているんですよ」
不思議な空間にキョロキョロと見渡すスズランさん。
きっと初めて見るものがたくさんの場所に興味津々の様子。
「スズランさん。はじめましてですよね。」
「あじゃまてー」
ウイさんへと顔を向けると
手と翼をいっしょにぱたぱた、にこりと笑って見せるスズランさん。
さしものウイさんでも子供にまでは警戒は向かないようで小さく会釈
少し警戒が解かれた不器用な笑顔の横に、シミコさんが本を置いて並んで自己紹介。
「こんにちはスズランさん。
わたしはシミコです、よろしくお願いします。」
「しゃみこ!」
「しみこです、しーみーこ」
「しーみーこー」
シミコさんに手を伸ばすスズランさん。
近づけてみるとスズランさんの手を取って握手をするシミコさん。
ぶんぶんと小さく上下に振られれた腕と連動して
スズランさんの亜麻色の大きな翼が上下する。
ちょうど悪くも、そこにいたのはウイさん。
ばさばさと上下する翼にぺしんぺしんと頭を叩かれる。
「わわ…あの。分かりました、分かりましたからぁ…」
「あ、委員長ごめんなさい。
でもちゃんと挨拶しないとダメですよ。
小さい子は、大人の真似をして成長するので!」
ぐぬぬ、と気おされるウイさん。
きっと自己紹介文を考えているのであろうその顔は悩みに悩む。
「あの……、えっと……」
と次の言葉を探して、繋ぐ言葉をつぶやく。
しどろもどろのその様子をじっと見つめるスズランさんのまん丸な瞳。
そんな無垢な瞳にウイさんは気おされているようす。
「えっと……ご挨拶と言われても
困るというか……はい。」
「あい!」
「あいではなく、ウイです…古関ウイ
……これは一体どういう。」
どう、と聞かれてスズランさんを見て見ると
その手には一枚の亜麻色の羽。
自分の羽根を差し出すスズランさんに、困惑顔のウイさん。
受け取っていいものか、と手を差し出したりひっこめたり
シミコさんと私の顔を伺いながら
どうしたらいいのかしどろもどろの様子を見せる
「えっと、おそらく親愛の表現かと。
たまに羽根をくださるんですよ。ほら、この通り」
私は目線の先でウィンプルを指す
以前にスズランさんがくれた羽を差しているはずだ。
ウイさんの目線は私のウィンプルから
スズランさんの差し出す羽へ。
それをおずおずと受け取ったウイさん。
「えっと、ありがとう……ございます。」
「うーい!」
「……はい。古関ウイです。
えっと、よろしく……お願いします。」
まだ警戒をしていたウイさんの表情がだいぶ柔らかに変わる。
この子は天性のコミュニケーションの達人なのだろうか。
私でもなかなか仲良くなるのが難しいウイさんをこうも簡単に篭絡してしまうとは。
手を伸ばしても届かないウイさんの頭に翼を伸ばし
軽くその翼で撫でるように触れられたウイさんは、少しくすぐったそうに笑う。
ほんのわずかな間、ウイさんはおとなしく撫でられていたのだが
周囲からの視線に気づいたように、顔を隠して俯きながら席を立つ。
「えっと……童話でしたか。
たしか、童話集と古い絵本ならいくつか奥の書架にあったと思います
取ってきますので、少しお待ちください…」
「あ、委員長、もう持ってきていますから!」
「もう少し数があったはずなので
それを持ってきます。」
ぱたぱたとスリッパを鳴らして、奥の書庫へと歩き去ってゆく。
それを眺めてシミコさんがくすくすと笑う。
そして少し遅れ、私達に振り向きながら、ウイさんの背中を追った。
「あれでも、喜んでいるんですよ。
お手伝いしてくるので、少しお待ちいただけますか?」
と、奥の書庫に隠れて数分後
2人の両手いっぱい、たくさんの本を抱えて出て来たウイさんとシミコさん。
古い本から、比較的新しい本まで、いくつも積み重ねて
ウイさんはよろよろと、シミコさんはてきぱきと運んで戻ってきた。
その本たちが司書机に広げられると見たことのある表紙がちらほらと。
どれも伝統的に語り継がれている童話の原典なのだろう。
昔好きだったはずの、タイトルも忘れてしまった絵本。
見たこともない、かわいらしくも美しい不思議な表紙の本。
「現代語に翻訳済みなのはこのくらいですかね。
……持ち出すことはできませんが、どうせ人もいませんし
まあ、少しくらいなら、読み聞かせして頂いても結構です。」
ウイさんがと視線を外した先には、
ふかふかとしたカーペットの敷かれたひと区画。
アンティークではない肉厚のソファに
新しい照明は燭台ではなく電灯。
ちょこんとしたテーブルの木の色にもニスは厚く、まだ新しい。
古書館の雰囲気とは少し違うその一角は
きっとウイさんたちが寛ぐためのスペースなのだろう。
不器用なご案内に誘われるまま
ヒナタにいくつかの本を持ってもらってその一角へと向かった
「シスターマリーは読み聞かせをお願いできますか?
シスターヒナタ、本を捲って頂けますか?」
「「はい。」」
靴を脱いでカーペットの上に上がると、
もこもことしたその感触が靴下の上から私の足の裏を撫でる。
柔らかな感触の上にぺたんと座り膝の上にスズランさんを乗せた。
二人の方に向き直りお話を聞く姿勢を作ると
スズランさんは察したのか少しだけきりっとした顔になる。
ヒナタとマリーは、どれにしようか、と顔を合わせて相談しあい
その中から懐かしい絵本を一冊取り出し、その1ページ目が捲られる
挿絵は当時そのままなのか、少し古めかしい絵柄。
不思議な魅力のその絵の隣、マリーが文字を読み上げる。
「では、…こほん。
『かみさま、わたしにつばさをください。
おんなのこはお願いをしました』」
読み聞かせが始まると、絵本を食い入るように見つめ
真剣そのもので話を聞くスズランさん。
マリーの穏やかな声にあわせて、ヒナタがページをめくる。
それを遠くから、ウイさんとシミコさんが眺めていた。
―――――
「あの…、二人とも。少し休憩にしませんか?」
何冊かの絵本を読み終えた後、二人に休憩を提案すると
二人はハテナを頭の上に浮かべて私へと視線を向ける。
スズランさんも同じように私を振り返るが、少しだけ不満顔。
そして「もっと、もっと読んで」と言うかのように
私の足をぺちぺちと優しく叩く。
しかし、それが今の私には一番効く。
「ちょっと、スズランさん、今は……」
スズランが叩くたび、足に電流が流れるような感覚。
しびび、と足の芯が振動するかのような感覚に私は姿勢を正しているのもつらいが
シスターフッドのトップとしての矜持、2人の前で崩すわけにはいかない。
そう思っていたのは、スズランさんのその翼が
私の足先を撫でるまでのとても短い間だった
「――んっ!?」
「サクラコ様?もしかして足が痺れて。」
マリーが私に近づいてスズランさんを抱き上げる。
それに伴って一気に足に血流が戻ると
さらに私の足の感覚を鋭敏にするように、痺れと振動が襲い掛かった。
「あー…、やー!」
マリーに脇を抱きかかえられたスズランさんは、私へと手を伸ばす。
私の「少々お待ちください…」という言葉を理解するにはまだ難しいようで
その目には涙、わたわたと伸ばされる手とバタバタと振り回される足。
思わず姿勢を崩した私の膝先に
スズランさんの小さな足が当たると、私はカーペットへと突っ伏した。
「なにをやっているんですか……。」
カーペットへとへたり込む私を見下ろしながら
両手でお盆をもったウイさんがそこに立っている
そのおぼんの上には茶器が一式。
嗅ぎなれた紅茶の匂いが、古紙の匂いに交じって鼻をくすぐる。
その後ろを追いかけるように、クッキーの缶をもったシミコさんが控えていた。
「そろそろ休憩かなと思っていたんですけど
どうやら、それどころではなさそうですね……」
私の方を向いてジタバタとするスズランさんがぐずり
困り果てるマリーとヒナタ
そしてシスターフッドの顔たる私が突っ伏しているという
きっとここ以外では見せることがないような醜態に
ウイさんは眉間に皺を寄せて、シミコさんも困惑していた。
小さなテーブルにお盆を置くと
ウイさんがスズランさんに向き合って説明をする
「これは、足が痺れているんです。
……少しまってあげてください」
「あー。」
「はい、足が痛い、んだと思います。」
その説明が届いたのか、マリーの手の中で暴れるのをやめるスズランさん。
落ち着いた様子にマリーもほっと一息、そっと地面に降ろされた。
まだまだ痺れの取れない足に悶絶をする私へと近寄って優しく頭を撫でる。
そして、自分のポーチから絆創膏を一枚取り出すと
ウイさんに差しだして、なにやら不思議なジェスチャーで伝える
「ういー」
「え、これを剥がせばいいんですか?
……えっと、……はい。これでいいですか。」
絆創膏を受け取ったスズランさんが私に向き直る
キリッとした顔は、ミネ団長があの言葉を掲げるときの表情によく似ていた。
ああ、親子とは血ではないのだな、と考えていると
「きゅーご!」
その掛け声とともに、私の足に勢いよく絆創膏が貼りつけられた。
――――――――
そうして、古書館をひと騒がせしたあと
談話室の準備ができたとの連絡を受けて教会へと戻ることとなった私達。
読み聞かせをしている間に
ウイさんとシミコさんが絵本の写本を作ってくれていたようで
帰る頃には、真新しい本が一冊、スズランさんの胸に抱かれていた。
トリニティでは伝統的な絵本。
その原本の写本という、豪華なお土産を受け取ったスズランさん。
嬉しそうにぎゅっと抱きしめた絵本に
目をキラキラとシミコさんにも羽根を渡して、ばいばいと大きく手を振る。
「あじましゅ。」
「まあ、……絵本が読みたいならまた来てください。
どうせここには、私とシミコくらいしかいませんし。」
「委員長はスズランちゃんにまた来て欲しいんですって。」
「…そんなことは…まぁ、来るなら構いませんが。」
「だ、そうですよ。素直じゃないですよね。
今度来る時までに、おすすめの絵本をさがしておきますから
ぜひお母さんたちとも一緒にも来てくださいね。」
スズランさんに手を振る二人、私が改めてお礼を言おう
今度なにか、お礼の品でも持ってこようか、などと考えながら言葉を選んでいると
「シスターフッドも、権謀術数に巻き込まないなら
スズランさんを連れて来ても構いません。
……ただし、権謀術数には付き合いませんので。」
「ふふ、ありがとうございます。
今度は茶葉をお持ちしますので、ご一緒にお茶でもいたしましょう」
小さな声で、早口のウイさんに言葉を返すと
その顔を見せないように振り返るウイさん。
それを追いかけるように踵を返したシミコさんに大きく手を振られ
見送られながら、私たちのはじめての育児代行は、ひと区切りとなった。