ここだけ救護騎士団の子育て奮闘記(本編/子育て日記) 作:救護騎士団記の記録係
子育て日記:3日目 鷲見セリナ
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子育てというのは、想像以上に大変なものだと感じています。
体力自慢のミネ団長ですら、少し疲れが滲んでいるようなそんな気がしました。
でも、そんな疲れ以上に、私達は顔色が良くなり頬が丸くなり
元気になっていくのが嬉しいくてたまりません。
そして今日は、以前から連絡をしていた
シャーレの先生が来てくれました。
とってもたくさんの救援物資、いったいいくら使われたのでしょう…
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ミネ団長が、スズランを抱き抱えて部室へと帰ってきた。
教本によると、子供は室内で育てるよりも
外に連れ出した方がいい、という教えのもとのこと。
子育てなんてしたことのない私達は
いろんな書籍を頼りに、スズランの子育てを勉強中だった。
団長はスズランを抱き抱えていると、
そんな苦労も忘れたかのように本当に楽しそうに笑っている
そして、部室の扉を開けた団長は、そんないつも以上に嬉しそうな顔をしていた
"やあ、セリナ。お母さん頑張っているみたいだね"
「先生!」
ミネ団長に続いて入ってきた先生の姿を見て
ミネ団長の表情の理由を理解する。
先生の両手にはいっぱいに大きな紙袋が提げられていて
背中にはベビーカーまで括り付けられていた。
「セリナ、先生にお茶をお出ししてください。
救援物資をたくさん持ってきて下さったんですよ」
「はい!」
私は、団長の言葉の前に動き出していた。
冷蔵庫の中に仕舞っている熱中症の応急措置用の濡れタオルと
麦茶を準備して先生のもとに向かうと
先生はその両手の荷物を、部屋の隅に降ろしているところ。
"ありがとう。とても暑かったから助かるよ"
先生は私が差し出したお盆から麦茶を受け取ると
喉を鳴らしながら飲み干して
反対の手には冷やしたタオルでその汗をぬぐっていた。
それを横目に、ミネ団長にもタオルと麦茶を渡すと
ミネ団長も額に汗をかいていた自分よりも先に
スズランの汗を丁寧に拭って「ふふ」と優しい笑顔を向ける。
"そうだ、これ"
先生は背中のベビーカーを降ろしながら広げるのは
見たことがあるブランドのベビーカー。
ショッピングモールで見たことがあるそれは、決して安いものではないかったはず。
そして紙袋から次々と取り出されるのは、だっこ紐におんぶ紐
さらにはおむつなどの消耗品や、おしゃぶりによだれ掛け、果てはベッドメリーまで
初めてのお父さんがわけもわからず
ベビー用品店の棚から棚へと買ってきたようなラインナップ。
部屋を埋め尽くす勢いで広げられるその用品たちに
私は困惑をしながら先生に言う。
「先生、これはいくらなんでも買い過ぎでは?」
"はは…やっぱりそうかな。"
先生は、困った顔をしているものの、悪びれもせず
自分の行動に間違いがないことを確信しているかのような自信に満ちた顔。
そんな事を話していると、さらに何かが担ぎ込まれて着た
運んでくれた人に頭を下げると
帽子を少し持ち上げて、颯爽と去っていったあとに残されたのは
立派で、頑丈そうなベビーベッド。
毎夜、スズランを押しつぶさない様に
ベッドから落とさない様にと
気をつけて寝ていた私たちにとっては救世主のような存在だが
どれもこれも、安い品ではないはずだった。
"会計を手伝ってくれてる子にも、買いすぎだと怒られたよ。"
「それは、怒られても仕方がないかと…」
私が言葉を失っていると、スズランの汗を拭い終えた団長が
また胸にスズランを抱いてこちらに歩み寄る
「しかし、私達にはとてもありがたい救護の手です
さすがは先生、といったところですね」
"私は、私ができる事をしただけだよ。このくらいしかできないからね。"
「お仕事が忙しくて、家事を手伝えないお父さんみたいなことを言うのですね」
と、ミネ団長は先生にスズランを差し出す。
恐る恐ると抱きかかえてみる先生の手は
やはり慣れないような手つきで、つい数日前の私たちのよう。
そう考えると、この数日で私たちもほんの少し
この子のお母さんになれているのかもしれない
ミネ団長の手を離れて、不安そうに先生を見つめるスズランちゃん。
泣き出しこそしないものの不安そうな目は
先生と、ミネ団長と、私を行き来している。
そんなスズランちゃんと先生に可愛らしさを感じて
私はスズランの頬をつついいてみる。
「スズランちゃん、パパのだっこはどうですか?」
"私がお父さんか…いつか、そんな日がくるのかな"
そんな言葉を聞いてその隣に立つ自分を想像したのは
ミネ団長も、私も同じ。
先生から目を逸らし、ちょっと頬が熱くつなる。
病院へのお手伝いに行っているハナエちゃんがここにいれば、
もしかして同じことを思ったのだろうか。
ともあれ、先生の支援で今までの不安や不便から一気に開放をされた1日だった。