ここだけ救護騎士団の子育て奮闘記(本編/子育て日記) 作:救護騎士団記の記録係
子育て日記:12日目 蒼森ミネ
スズランの親の捜索に協力を頼んだティーパーティーより連絡が来た。
生徒会室へと出向くようにとのお達しだ。
いくらこちらから頼んだ事とはいえ
「赤子も連れて出頭の事」と言う連絡はあまりに粗暴ではないだろうか。
とはいえ、スズランの事が分かるのであれば
私達に出向かないという選択肢はない
救護騎士団の事は、セリナとハナエに任せ
私はスズランを連れて指定時刻に生徒会室へと向かった。
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扉を開けると、ナギサさんとセイアさんがテーブルを囲んでいた。
いや、2人ではない。扉の中へと一歩踏み出すと
そこにはシスターフッドのサクラコさん、その後ろにはマリーさん
そして正義実現委員会のツルギ委員長とその後ろにはハスミさん。
テーブルを囲って学園首脳が一堂に介している。
エデン条約の一件以降確かに生徒会の運営に関わるようになった者達だ。
「ご足労ありがとうございます、ミネ団長
…ずいぶんな、大荷物ですね。」
私の片手には大きなトートバッグといつもの盾、右手には"救護の証明"を。
そしていつもは前に抱くスズランは、背中に背負う。
何かあった時に備えての準戦闘用の姿勢。
「……子育てというのは、色々と入用になるものでして。
連れてこい、と言ったのはそちらではありませんか?」
「すみません。嫌味などのつもりではなかったのですが
ご足労ありがとうございます。おかけください。」
生徒会のとりまきの1人が空席となっている椅子を下げる。
その横にはベビーベッドまでもが用意されていた。
相変わらず、この方たちの意図は分からない。
意図が分からない以上、それに乗るのは得策ではない。
「いえ、結構です。
あまり長居してしまうと、この子がぐずり出してしまうかもしれないので」
椅子の隣に立つと、セイアさんが袖の向こうに笑みを隠す。
あれ以来、ずいぶんと顔色がよくなったようではあるその顔色伺うと
不意に真面目な顔に戻して、私に二度目の椅子を薦めた。
「大丈夫だよ、子供は泣くのが仕事のようなものだからね
なに、ここにいるみんなは、そんなことは承知の上さ。」
さすがに、何度も断り続ける事の方が不自然であろう
相手方の出方は分からないが、こちらにやましいことはない。
堂々と、正面から向かい合うとしよう。
「では、失礼いたします。」
スズランを背中から胸へ回そうと、一度背中の紐を緩める。
そんな様子を「キヒヒ…」と不気味な笑顔で覗き込むようにして
その興味を隠しもせずに伺うのは、正義実行委員会のツルギ委員長。
狂人とすら言われるその人が
子供へと向けるその表情はしまりなく緩んでいるようにも見える。
それが、ただの子供好きであればよいのだが
その不気味な笑みからはどうにも意図が読み取れない
着席すると同時に、私の前には2つの容器が置かれる
一つはティーパーティーの名の象徴たる紅茶の注がれたティーカップ、もう一つは哺乳瓶。
銀のスプーンへとその中から一滴を垂らし
テーブルへと置かれたそれに
そっと手を添えて見ると適温、人肌に温められていた。
「さて、前置きは省略させていただくよ。
今回はその子、今はスズランと呼ばれているのだったか…についてだね。」
その名に私がスズランに目を落とすと
そのまんまるな目が不思議そうに私を見つめている。
それもそうだろう
私はかつて、この子の前でこんな表情をしたことはなかったはずだ。
この子には、初めて見る親の真剣な表情で、あるいは敵意を隠した顔だ。
「すまない、ここにいる皆がそれぞれ、調べてはくれたんだけどね。
その子の素性の核心に迫れる情報というのは、何一つ見つからなかったよ」
項垂れて首を振るセイアさん。
同じく、卓についた面々も同じように神妙な顔、いや残念な顔で項垂れていた。
そんな中、次に口を開いたのはナギサさん
「しかし1つだけ分かったことがあります。
スズランさんが発見されたという、あの地下墓地は
過去の一件…アリウスの事件の際に使用された通路とつながっている、ということです」
アリウス、その名前に背筋が震え、冷や汗が伝う。
その名前をわざわざこの場で出すこと、その意味と真意は?
アリウス自治区と関係があるとすれば
エデン条約で苦渋を舐めさせられたナギサさんは何をするのか。
脳裏に嫌な想像が過って、私は奥歯を噛みしめる。
この子の出自がどうであったとしても
私はこの子を守り抜くことに変わりはない。
例えこの場の全員、トリニティ総合学園の全部を敵に回しても、だ。
膝の上に置かれた"救護の証明"の引き金に指をかけ、次の言葉を待つ
「そして、これは我々が話し合った総意
決定事項として聞いていただきたいのですが…」
グリップを握る手に力を込める。
椅子に立てかけた盾の位置を確認する。
周囲に目を走らせる。翼に力を込める。
次の言葉の次第では、ここで引き金を引くことを迷わないように。
言葉を待ってナギサさんを見ると
私の表情を見たナギサさんは唇の端をひくつかせていた。
「なぜ、そんなに怖いお顔をされているのかは分かりませんが…」
落ち着こうとしているのか紅茶を一口。
そうして、ほっと落ち着いたと息の後に言葉を続ける。
「我々はその子。スズランさんの養育について
部活動の枠やしがらみを超えて支援を行うことを決定しました。
今後必要な物品や、支援などは、可能な限り要望に応じる構えです。
ふっと切れた私の集中。
私の指が、引き金から離れ、狭くなっていた視野が広がり周囲を見渡すと
それぞれが満足そうな顔で私を見ている。
私が何かを言うのを期待しているかのように
その目は私へと…
いや、そうではない。
その目は、スズランへと向けられた
とても優しい、世界の強い光を遮る木陰の陽だまりのような目だった。
呆気に取られる私の言葉を待つ皆さん。
回らない頭に酸素を送り込むように深呼吸して私は言う。
「…感謝、します。」
私が頭を下げると、生徒会室に張り詰めていた空気が不意に弾ける。
誰ともいわずに、クスクス、フフフ、キキキと笑い声が漏れ始めた。
その中で先陣を切って緊張感の溶けた言葉を発したのはナギサさん。
「あの事件で、それぞれが自分たちの権利を主張するばかりでは
何も生まないどころか、大混乱を引き起こすのは、学んだばかりのことですからね」
自分の過去から目をそらすようにタイルの目地に視線を落とす。
口端から漏れた深いため息は
その過去の鬱憤が多分に含まれているのは察するに易い
鬱々としてしまったナギサさんをフォローするように
セイアさんがクスクスと笑って立ち上がる。
「しかし、ここまで10日、救護騎士団は立派にやっているようだね
私達では…こう上手くはいかなかっただろうね」
ぴょこん、と足を浮かせた椅子から飛び降りながら
その目はナギサさんからツルギ委員長へと滑る
その蚊帳から外れたサクラコさんは、困ったような笑顔でその間をやりすごしていた。
そして、小さな体でゆったりとテーブルを回り込み
私の隣に立つと少し背伸びをしてスズランの頭へと手を伸ばした
「子供というのは、実にかわいいものだね
天使とはこのような姿をしていると想像されるのも頷ける」
頭を撫でられていたスズランはにこりと笑い
逆にスズランがセイアさんの頭に手を伸ばした
「お、逆に撫でてくれるのかい」
なんて言いながら頭を近づけたセイアさんに
体を寄せ少しスズランを近づけた、そんなときに事件が起きた。
「おや、これがそんなに珍しいかい?」
その手はセイアさんを撫でるのではなく
ぴょこんと飛び出した大きな耳を鷲掴みにする。
きっと私達にはないものだから珍しいものだったのだろう
それを掴んだまま離さないスズランの目は
キラキラと光を含んだガラス玉のようだった
離すことなく耳をにぎにぎとされるセイアさんはしばらくされるがまま
周囲もにこやかに見守っていたのだが
しばらくして、頭を90度横に曲げたナギサさんが口を開いた。
「すまない、助けてはくれないかい?」
「すみません…、こらスズランだめですよ。離して。ほら」
私が手を添えて離すように促すが、スズランは興味を失わない。
何度も何度も、にぎにぎと、その手を動かすたびに目はキラキラと。
掴んでいる部分が部分だけに無理やり引き剥がすこともできず困っていると
セイアさんとスズランの間に割って入ったのは黒い羽
いつの間にか、隣に立っていたのはツルギ委員長。
その常闇のような翼で目隠しをするように
自分自身は顔を隠して、目を逸らしながら立っていた。
今度はそれに目を奪われ、セイアさんの耳から手を離すと
今度はそちらに手を伸ばすスズラン。
また同じことになってはいけない
とスズランを離そうと動いたのがいけなかった。
私が引き離した瞬間には
既にその真っ暗な羽の一枚をスズランは握りしめていた。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛…!?」
ツルギ委員長が叫ぶのを我慢して、奇妙な雄たけびを上げる
慌ててその顔を確認したが、それは痛みというより
照れと焦りを隠しているようなそんな顔に見えた。
案外、この方は子供好きなのかもしれない。
そんな根拠のない直感が、私の冷えた肝を少しだけ溶かしてくれた。
「あー!」
自分の手に握られている、1枚の羽根。
羽先から根本まで黒一色のそれを空に掲げるように持ち上げる。
ぶんぶんと振り回してみたり、ぐるぐると腕ごと回してみたり
興味津々に体を揺らして遊ぶスズラン。
それを口に運ぼうとした時に
その手を私より先に抑えたのはツルギさん
「…だめだ、汚い。」
「うぁ…?」
いつもの狂犬の様相はどこへやら、その顔を少し髪で隠すようにしながらも
やはり、その顔は照れか、喜びか判断がつかない顔をしていた
「申し訳ありません、ツルギ委員長」
「………かっ…かまわない。こんなものでよければ、……いくらでも、毟るといい」
むしろ毟ってほしいのではないか
と再度スズランの前に羽を差し出すが
スズランは相変わらず、既に手に握った漆黒の羽にご執心のさん子。
取り上げてしまっては泣き出すかもしれないので
口に入れないさんにだけ注意深く見ていると
私の背後に立っていたのはナギサさん
今度はその白い羽に目をキラキラとさせて
空いている手をバタバタともがいた
「あら、羽がお好きなようですね。
お母様にも美しい青い翼があるから、でしょうか」
自分の羽を振り返って見るナギサさん
その背後にセイアさんが立ちその白い翼を1枚プチン、とむしり取った
「セイアさん!?」
「いいじゃないか、羽の一枚くらいくれてやるといい」
いきなりの痛みに慌てふためきながらセイアさんに向き合うナギサさん
普段は冷徹にすら見える淑女が取り乱してセイアさんを怒る
そんな普段は見られない姿に、笑い声が上がる。
これが、トリニティの派閥のトップが集まる場だろうか
ほんの少し前までは、顔を合わせるだけで
嫌な空気を感じるようなそんな集まりであったのに。
「ほら、ナギサの羽だよ。こっちはこっちで、真っ白で綺麗だろう?」
右手には黒い羽、左手には白い羽。
ご満悦の顔のスズランを見て、私も背中から羽を一枚毟る。
それをスズランの頭、ようやく生えそろい始めたまだ色素も薄いその髪に添えると
きゃっきゃと鈴のような音色の声を上げて満面の笑みを見せた
「困りました。私には羽も耳もないのですが…」
それまで沈黙を保っていたサクラコさんも
この輪に参加しようとスズランの顔を覗き込む
悩まし気な顔で少し考えた後に、何を思いついたのか
その胸元から、花を象ったペンダントを取り出した。
それはシスターの持つ祈りの花だ。
「スズランさんの宗派は分かりませんが
あなたにも神のご加護があなたにもありますように」
自らの首から外し、ペンダントへと口付けをしたあと
スズランの首に掛け半歩下がり、膝をつく。
胸元に両の手を組んで、静かに歌うサクラコさん
それを皆が見守る中、目をまん丸にして
見つめるスズランは何を思い、何を見ているのだろうか
親元を離れ、一人この学園に身を寄せ
また出会うための手がかりすらないそんなまだ短くも悲しい生い立ちの
せめて、この子の行く先に、神のご加護があらんことを。
サクラコさんが歌い終えると、ゆっくりとその敬虔な空気が風に舞ってゆく。
立ち上がり、数歩下がったサクラコさん。
そんな中、スズランは両目に涙を貯めて今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「え、あの…これは、私のせいでしょうか…」
スズランの顔を再度覗き込んだサクラコさんが困惑する。
これがあの、シスターフッドのトップの顔と言って誰が信じるのだろう。
見る影もなく取り乱したその顔には冷や汗が伝っている
「あの、泣かないで?いいこいいこ
……あの、えと、わっぴ~?」
謎の言葉に堰を切られたように、スズランが鳴る。
泣くと言うよりも、そちらの方が正しいのではないかと言うほどに、けたたましく。
「わっぴー」とはなんだったのだろうか
聞いてみたくはあるが、そんな暇も余裕もない。
慌てて立ち上がり、揺らしたり背中をポンポンと叩いてみたり、手を尽くすが
今まで静かにしていた反動なのか
いつもならすぐに泣き止むはずなのに、止まらない。
責任を感じているのかサクラコさんも
一生懸命にスズランをあやそうとしているのに、止まらない。
「……あの、そんな…えと…ほら、いないいない…ばあっ!」
ぴたり。
一瞬だけアラームよりもけたたましい泣き声が止む。
しかし、アラームというものには、スヌーズがつきもので
間もなくまた泣き始めたスズラン。
「えと、あの……はいっ!」
サクラコさんがすぽん、とウィンプルを取って見せると
また一瞬だけ泣き止むものの、間もなく泣き始める
「あれれ、ええと…」
今度はそのウィンプルをスズランにかぶせてみたり
髪の毛で変な形をつくってみせたり
サクラコさんはなんとか泣き止ませようと悪戦苦闘する
「あの、ミネさんこれはどうすれば…申し訳ありません…申し訳ありません…」
サクラコさんが困り果てるそんな折
私はスカートがじんわりと生暖かいのに気付いてしまう。
「嗚呼」と察する。
それは泣き止まないはずだ。
―――――
それから、おしめを変えてみると
すっかりと泣き止んだスズランではあったが
この子のおむつの替えはあっても私のスカートの替えまでは持ち歩いてはいない。
頭にはウィンプル、首には信徒の首飾り、両手には白い羽と黒い羽
この珍妙な姿のスズランは、このまま眺めていたくもあるが、私だって乙女だ。
そうも言っていられる状態ではない
頭に被せられたままのウィンプルを返そうと手をかけるが
スズランは羽と一緒にウィンプルを握ってそれを拒んだ。
「スズラン。これは返さなければいけませんよ。
こら、放しなさい、放しなさいったら。」
羽をぐーで握ったその両手で抵抗するスズランと格闘していると
サクラコさんが少し離れて言葉を返す。
様子を恐々と伺うようなサクラコさんには
少しトラウマを植え付けてしまっただろうか。
「大丈夫ですよ。替えはいくつも持っているので。それはスズランさんに差しあげます。
それよりも、ミネさんも着替えたいところでしょうし、この場はお開きというのはいかがでしょう?」
その提案に、心底ありがたいと感じる。
そうして、トリニティの心臓部たちの会合は、スズランに振り回されて終わりを告げた