ソウル・シャウト 作:トーラブ
朝。六分街にあるレンタルビデオショップ『Random_Play』の店主である兄妹もまた、今日をスタートさせ、
「うわぁあああああああああああ!?」
事件性の悲鳴を上げる事になった。
朝食の準備をしていた兄、アキラは慌てて店の外へと駆け出していく。
「リン!いったいどうしたんだい!?」
「お兄ちゃん!人!人が倒れてる!」
騒ぐのは妹のリン。
彼女が見つけたのは、店の外壁に項垂れる様にして足を投げ出して座り込んだ少年だった。
茶髪に、白いパーカー。黒のワークパンツにブーツ姿。全身が傷だらけで、パーカーには血が滲んでもいた。
何より、その右手に握られた一振りの諸刃の剣。
柄頭に鎖が繋がれ、ガードの中央にはピジョンブラッドの十字の紋様が刻まれた宝玉が嵌められている。
明らかに尋常ではない様子だ。
「……とりあえず、治療はしないとね。幸い、怪我は深くなさそうだ」
「それじゃあ、私は準備してくるね!お兄ちゃんよろしく!」
もう助ける事が確定しているのか、リンは店の方へと駆けていく。
本当ならば、治安局へと一報を入れるべきなのだが、生憎と彼ら兄妹は公権力に対して
とはいえ、面倒事である事は明らか。それでも見捨てられないのは、面倒見の良さのせいだろうか。
「……さて、鞘は何処かな」
@
炎が頬を舐める。
戦って、闘って、タタかって、タタカッテ――――
いつしかその両手は血に染まり、最初に剣を握った理由も分からなくなって、それでも闘争の坩堝は一度捕えた得物を逃がさない。
@
目を覚ます。
最初に飛び込んできたのは、見た事のない天井だった。
「……?」
「ンナンナ」
自分の状況が分からなかった少年は、不意に横合いから視界に飛び込んできた奇妙な物体に目を向ける。
ウサギ、だろうか。丸みを帯びたフォルムで、頭部と胴体の区別がつきにくい、しかし愛嬌のあるぬいぐるみの様な見た目。
訳が分からず、彼は左手を持ち上げるとそのンナンナ鳴いているウサギの頭部であろう部分に乗せた。
撫でれば、成程。柔らかさがありながらも、強度のある素材で出来ているらしい。不思議な質感を掌を通して伝えてくる。
暫く撫でていれば、不意に部屋へと通じる扉が軋みを上げて開かれた。
「あ、起きた!」
入ってきたのは、藍色の髪をした少女然とした女性だ。
ボーっと少年が女性を眺めていれば、彼女は軽い足取りでベッドへと近付いてきた。
「気が付いて良かったよ。怪我の度合いはそうでもなかったんだけど、体が大分冷えてたからかな。触ったら冷水に手を付けたみたいだったし」
「……こ、こは?」
「私たちが経営してるレンタルビデオショップだよ。君は、外の壁にもたれるようにして倒れてたの」
「……」
倒れていた、と言われて少年は自分が眠る前の事を思い出す。
「……?」
「?どうかした?」
女性が問うてくるが、少年には応える言葉が無い。
より正確には、思い返した頭の中には自分自身に関する記憶が一切存在していなかったのだ。
何も分からない。何も覚えていない。
ただ一つだけ、
「俺の、剣は……」
「あ、それならベッドに立て掛けてるよ」
ほら、と彼女が示す先。彼が横になっているベッドの足の方で鞘に入れられ立て掛けられた剣が鎖を揺らしてその存在を主張してくる。
何もない少年の唯一の手掛かり、或いは存在証明か。
身を起こした少年。
「大丈夫?」
「ああ……助けてくれて、ありがとう」
記憶が無くとも、一般常識迄欠落したわけではない。少年は深々と頭を下げた。
「ううん、気にしないで。それに、店の壁に人がもたれかかって寝てるなんて、外聞が悪いからね。あ、私はリン。よろしくね」
「俺は…………」
「うん………うん?どうしたの?」
「…………悪い。何も、分からないんだ」
申し訳なさそうに視線を伏せた少年に、リンは目を見開いた。
「それって、記憶喪失って事?」
「多分……幸い、分からないの俺自身の事だけなんだ……」
一般常識はある、つもりだ。他人の知識と照らし合わせる方法も無いのだから確証を持つ事は出来ない。
ただ、一つだけハッキリしている事があった。
徐に彼は、自身の下半身に掛かっている布団を退けると鞘入りの剣へと手を伸ばして、そのままベッド柄立ち上がろうとするではないか。
これに慌てたのは、リンだ。
「ちょ、待って!何してるの!?」
「怪我の治療は、感謝してる………だが、これ以上の迷惑はかけられない…………」
少年自身、自分を客観視すれば己がどれだけ特異な存在か理解できる。
少しの会話だったが、リンが善性の人間である事は理解できた。だからこそ、これ以上面倒事を己が運び込んでしまう前に姿をくらまそうと考えたのだ。
しかし、だからといってリンもはいそうですか、と見送る事が出来る筈もない。
押し問答だ。少年がその気になれば、リンを押し退ける程度造作も無いだろうが、治療してもらった手前手荒な真似はしたくないらしい。
結果として、女の細腕でも押し留める事が出来た。そうこうしている間に、扉が開く。
「リン、彼は目覚めて………何してるんだい?」
「あ、お兄ちゃん!彼を止めて!出て行こうとするの!」
「治療は、感謝してる……!だからといって、面倒事は御免だろう………!?」
「…………とりあえず、二人とも落ち着いてほしいかな」
熱くなってしまえば建設的な話し合いなど望める筈もない。どちらも相手の事を思っての行動であるのなら猶の事だ。
間に割り込んで、アキラは二人から事情聴取。
「――――とりあえず、リンは座って。君も、もう少し落ち着いてほしい」
「むぅ………」
「だが、迷惑が………」
「確かに、君は厄ネタかもしれない。その剣にしても、記憶喪失にしても下手に関われば面倒事に巻き込まれるかもね。でも、それで君を放り出してもしも命を落としたら、僕もリンもまず間違いなく後悔する。僕らの心の安寧の為にも、まずは行動を起こす前に状況整理をしようか」
「……」
理路整然と静かに告げるアキラの言葉に、少年は黙り込み、そのままベッドへと座り直した。
第三者の冷えた言葉は、クールダウンにはちょうどいい。
「まずは、自己紹介。僕は、アキラ。それで、記憶喪失って話だけど、君自身の事が分からないって事で良いのかな?」
「……ああ」
「成程ね……それで、君は僕らへと厄が降り注ぐ前にこの場を後にしようとした、と」
「そうなるな」
「ふむ……」
「お兄ちゃん……」
妹の縋る様な視線を受けながら、アキラは顎に手を当てる。
記憶喪失の彼の対応は、決して間違いではない。しかしその一方で、絶対的な正解という訳でもない。
「君の懸念は尤もだろうね。でも、同時に遅い可能性もある」
「……つまり?」
「君が居なくなった後に、ここが襲われる可能性さ」
アキラの懸念に、少年は目を見開く。
「生憎と、この店には防衛装置なんてものは無い。僕らも荒事が得意という訳でもないし、治安局がすぐに到着できるという確証も無い」
「……」
「そこで、君に提案があるんだ」
「……提案?」
「ああ。君を、従業員兼護衛として雇おうかと思うんだ」
「……正気か?」
「諸々の可能性を加味すると、これが一番マシな選択肢だからね。放り出しても寝覚めが悪い、かといってただ残ってくれと言っても、君は納得しないだろう?だったら、君が運び込むかもしれない厄介事から僕らと店を守る事を条件に抱き込んでしまった方が良い」
淡々とそう言うアキラ。
無論、彼の提案の中にある既に何者かが少年の居所を補足した上で強襲を掛けてくる可能性というのはあくまでも可能性の域を出ていない。詭弁も良いところだろう。
ただ、口から出まかせばかりではない。
仕事柄、危険な瞬間というのは少なくない。もしもの保険があるに越した事はなかった。
「…………分かった」
少年は頷く。問答を続けていても意味はない。現状、記憶も伝手も無い彼が外に放り出されたとしてもどれ程生きていられるか分からない。仮に生き残れても、ソレは非合法な手段だろう。
上手く話がまとまった所で、リンが勢いよく手を挙げた。
「はい!これから命名式を始めます!」
「命名式?」
「そう。何時までも、君って呼ぶわけにもいかないしさ。記憶が戻るまで呼び名があった方が良いと思うの」
どう?とリンが問えば、少年は任せると頷いた。
「それじゃあ、命名………今から君の名前は、リアルだよ!」
「……リン?」
「待って!ふざけてないから!お兄ちゃんと私の名前から一文字ずつ取って、語尾をラ行で統一しただけだから!」
「それは……まあ、確かに筋は通ってる、のかな?」
「それに、今目の前の現実を生きてほしいって言う願いもあるんだよ?折角考えたし……どうかな?」
水を向けられ、少年はパチクリと瞬き。
「……俺は、別に」
「それじゃあ、決定!後で身分証作ってあげるからね!」
両手を打ち合わせてうきうきと喜びの表情を浮かべるリン。
かくして、レンタルビデオショップに新メンバーが加入するのだった。