境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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13 恋に揺蕩う

 魔獣の殲滅を終えた彼女の前に広がっていたのは、いつだって灰色の荒野だけだった。

 

 立ち込める白い霧は、異界からの絶え間ない〝侵蝕〟だ。常人が踏み入れば、吸いこんだ霧が、容易く身体の内側からその身を引き裂くだろう。

 

 だが精霊の力を得た彼女だけは例外。遍く全てを「破壊」する霊力は、毒素すら破壊し、侵蝕を踏み潰し、光塵の刃を以って敵を殲滅し続ける。

 

 ──そんな事が、十年続いた。

 誰とも会話のない、時間。

 誰にも顧みられない、日々。

 

 兵器に作り替えられ、戦い続けることしか許されぬ少女にとって、それは発狂するには充分すぎる期間だった。けれど一度たりとて、彼女は手を休めることはしなかった。

 

 戦い続けたその意識はもはや現世になく、己の内に埋没していた。

 想うのは幼い頃の記憶。いつか読んだおとぎ話。幻想の物語。

 

 

 ──一度でいいから、恋をしてみたい。

 

 

 誰かを想って、愛したい。愛されたい。

 それだけの話だった。それだけが願いだった。それだけが支えだった。

 

 いつか。いつか、いつか、いつか、いつか、いつか、いつか、いつか、いつか、いつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつかいつか────────

 

 そんな日は、来ないかもしれないけど。

 叶ったら、嬉しいなぁ。

 

 

 ──破壊の極光が大陸を覆い尽くす。

 それはもう、自壊を覚悟した精霊による、最上の一撃だった。

 

 

「……いつか、魔法使いが来て」

 

 地に伏したまま、随分と得意になった独り言を唱えている。

 魔法使い──伝説上でしか、物語の中にしか登場しないご都合の救済装置。一説によれば、精霊を創った存在だという話もある、全知万能の代名詞。

 

「魔法をかけられて……目が覚めたら……運命の人に出会って……」

 

 たどたどしい、淡い希望の夢物語。

 叶わないと解っているからこそ、気楽に口にできる。だからこそ、精神の支えになるほどそれは強烈な光となって、少女(英雄)の存在全てを支えていた。

 

「そしたら、私……わたし……──」

 

 視界が歪む。霧も晴れたのに、おかしな話だった。

 ────そこに。

 

()()()()()()()()()()?”

 

 知らない声が、した。

 都合の良い妄想か、気まぐれな現実だったのか。

 その区別もつかないまま──少女は、そこで長い長い眠りに封じられていった。

 

 

 ──そうして三千年の時が経った後、目は覚める。

 夢見心地で降り立った彼女は、月の光が差す方向に引かれて振り向いた。

 

『──────』

 

 そこには、赤い海に沈んだ青年が一人。

 初めは、死体かと思った。傷を受けたその姿が、少女にとっては余りにも凄惨で、到底生きている状態には見えなかったのだ。

 だが──白髪から覗く、その真紅の眼と、視線が合った。

 

(──あ)

 

 視線──フラッシュバックする民衆の視線が、刹那、彼女の精神を強張らせる。

 恐怖。困惑。混乱。忌避。

 破壊の化身である自分は、もはや人の世界に帰属することはできない。居場所は世界防衛の戦線のみ。だから、反射的に目を逸らそうとしかけ、

 

「……ッ、」

 

 彼が、何かを言おうとした。だが言葉は続かない。

 それでも。

 何かをこい願うように、見つめられた。

 

「……ぁ、」

 

 そこに、()()()()()()()()()()。惹かれた理由は、ただそれだけ。

 その目が閉ざされかける。いけない、と咄嗟に思った。

 

 ──如何(どう)したらいい?

 

 駆け寄りながら、彼女は思考する。

 

 ──助けたい。

 

 破壊しかもたらせない力では、何もできない。ああ、だけど。

 

 ──私の命でも、いいなら──!

 

 もっと話したい。もっと知りたい。もっと関わりたい。あなたは、何を言いかけたの?

 放っておいても彼は死ぬ。しかし思いついた以上、一秒たりとも待っていられなかった。

 

「──ガ、ゲハァッ……!?」

 

 心臓に、手を掛ける。熱い血液。大きく咳き込み、目を見開いた彼の前に座り込み、いてもたってもいられず、顔を寄せる。

 至近距離の見つめ合い。だが心臓を握られてなお、男の眼は揺らがなかった。驚愕こそあれ、少女に対する恐怖など、微塵もない。──それで真実、彼女は虜になった。

 

「そう……あなたが……」

 

 あなたが、恋人。

 私の運命、My Dearest.

 

 だからお願い──永遠を。

 

 そう願いながら、口づけた。

 命を捧ぐ。存在をリンクさせる。契約が成立する。

 ……それから彼の傷が治って、試みが成功したことを理解した時、はたと気付く。

 

「…………………………キス、しちゃった……」

 

 少女はひっそり、赤くなった。

 

 

     ◇

 

 

(──……あ、れ……)

 

 意識が浮上するのを感じ、レスティアートは疑問を覚える。

 ……光塵の剣を一斉展開、射出したのは思い出せる。それで、それから──どうなったのだったか?

 

「わた、し──……ッ!」

 

 腕を動かそうとした時、痺れるような鈍痛が走る。そんな感覚を取り戻すと共に、

 

「起きたか、レティ?」

 

「ッぁ!?」

 

 ビクゥ!! と少女は跳びかけた。が、座り込んだまましっかりと抱えられているせいで、まったく動けなかった。恐る恐る目を開くと、そこには不機嫌そうな顔をした白髪の青年がいた。

 

「な、なに、ぇ、ええと……!? な、なんでディアがッ」

 

「お前が限界超えて、浮遊する霊力まで使い切って、落ちてきたところを拾ったんだよ。……念話で何度も止めたんだが、覚えてねぇのか」

 

 ……そういえばそんなコトも、あったような……気がした。

 といっても、霞んだ意識の中での出来事だったらしく、まだ鮮明には思い出せない。

 

「頑張りすぎだ、アホ。この過剰労働者。戦いでいちいち全力出してたら、後が続かないだろうが。この馬鹿」

 

「…………すみません」

 

「反省してねぇな?」

 

「し──してますよ。……三割くらい」

 

「反省ゼロと見なす」

 

 手厳しい契約者だった。合わせる顔もなく、レスティアートは俯いた。

 ……そこで段々と思い出してきた。光剣を一斉に降らせたのはいいが、魔獣の数に対して、霊力が足りなかったのだ。結果、いかに効率的な運用をしても、凄まじい速度で霊力を消費することとなり──

 

 ──俺は魔獣以下かッ!

 

 ……そう。そんな言葉を言われた。言わせてしまった。それから無様にも霊力不足で、意識が飛んだ──

 

「……すみません。だって、私……魔獣を殺すことしか、できないから……」

 

 命を捧げると言っておきながら、彼に渡せるのは戦いとしての機能だけ。

 それ以外の用途がない。兵器以外の性能は搭載されていない。ああやはり、こんな壊すだけの自分の命の果てまで、彼を付き合わせるなど────

 

「──ッあた!?」

 

 不意に額を弾かれた。

 知らない痛みに少女は涙目になる。

 

「まずその兵器的思考をヤメロ。恋人にいらねぇだろ、そんなもん」

 

「ぅ……で、でも……」

 

『──お前は、俺が「人間だから」惚れたのか?』

 

「……あ」

 

 その質問で、彼が言わんとしていたことを理解する。

 咄嗟に顔を上げた──が、既に斬世の視線はレスティアートを見ていなかった。

 

「あ! レティちゃん起きてるー! いやぁ、大丈夫だった!?」

 

 黒髪の少年、如月良夜だ。人の好い顔で、片手をあげながらやってくる。

 

「ビックリしたよ、いきなり光の雨が降ってきてさー! でももっと驚いたのは、斬世がビルを飛び移った末、空中でレティちゃんをキャッチしたことかな! 凄かったよアレ、映画みたいだった!」

 

「竜に乗ったてめえが見えて焦ったんだよこっちは! 一番良い所を持ってかれたら最悪だろうが!」

 

「あ、そういう事だったの!? でもまぁ、お陰でこっちも拾いやすかったけどね!」

 

(竜……)

 

 良夜の背後を見れば、確かにそこには巨大な影。

 大きさは中層ビルほど。──白銀の鱗を持つ、竜精霊がそこにいた。

 

「Grr……」

 

 鋭い金の竜眼。凶悪な鉤爪。……だが現在、それは翼の角で首を掻いていた。器用なものだ。欠伸する口の中には、綺麗に揃った竜牙が見えるが。

 

「俺の精霊、ジャックって言うんだ。ほーら挨拶」

 

「Ahh……」

 

 ペコリ、と軽く首を傾ける白銀竜。敬意らしきものを感じたのは一瞬のことで、翼を折りたたむとその場に寝そべり始める。

 

「あー! コンクリの上で寝るのは禁止! 鱗が痛んじゃうよ!」

 

「すげぇのんびりしてる竜だな……」

 

 竜に違いないのだが、どこか猫を彷彿とする斬世だった。契約者に似て、威厳というものが放棄されている。これが絶対王者とされる幻想の頂点なのか?

 

「よーっす、青春馬鹿ども。無事で何より。なんか言いたいことはあるか?」

 

 やってきたのは白衣の教師、芒原。

 それに続いて、奏宮架鈴、アイカ、副会長の女子生徒……奏宮華楓の姿もあった。

 視線を受けて、思わずレスティアートは口を開く。

 

「す……──すみません。私、勝手に……」

 

「え。あ、いやそうじゃないんだが……え、そう聞こえてた? 反省を促す感じに聞こえてたッ!?」

 

「聞こえましたね」

 

「聞こえてた」

 

「まともな感性がないの? このクズ」

 

「揃ってディスりに走ってんじゃねぇ!? い、言いたいことってのはアレだ、『戦果を存分に誇ってどうぞ』、の意味でな!?」

 

「殺すぞ芒原」

 

 斬世が放った殺気に、ゾクリとレスティアートは震えた。片目を閉じかけていた竜すら目を開き、ピクリと翼を動かす。

 

「あーあー、悪かった悪かった! 俺が悪いですごめんなさいね! 精霊史上でもっとも魔獣を掃討した大功労者への態度じゃありませんでした! ──いやよくやってくれた。お前らの働きで俺の時給もきっとうなぎ登りだ!」

 

「本性が出すぎなんだよ」

 

 呆れたように呟く斬世。殺気が薄れたことに、芒原は安堵の息を吐く。

 だがレスティアートとしては──……

 

「そ、そうは言っても……独断専行したのは、事実ですし……」

 

「結果を見れば英断だよ、レスティアート嬢。早急に魔獣が片付いたお陰で、この界域もすぐ落ち着いたし。正直、アンタがいなかったら第十四学区(ココ)はもう終わりだったな」

 

「……、」

 

「──芒原先生。今回の件、どう処理するおつもりですか」

 

 ふらふらとした彼の態度が肌に合わないのか、硬い声で奏宮華楓がそう言った。

 それに芒原は肩をすくめる。

 

「どうって、そりゃ普通に。いつも通りに報告するぜ俺は。〇月×日、相当数たくさん。新入りの精霊士に期待大。以上だ」

 

「……そんな杜撰な」

 

「ズサン? 何がズサンだ、虚偽報告でもなし。なんだ、もしかして活躍っぷりを広めて注目されたいのか?」

 

「違います! 私は……会長の指示を無視して、あのシェイプシフターを追跡してきました。その罰則を……」

 

「ほーん。そりゃ大変だな。ま、そっちのチームは俺の担当じゃねぇし。そういう判断は二年の主任に訊いてくれ。結果的に魔獣を大量に撲滅できたんだ、万々歳じゃねぇか」

 

「それは……」

 

 まだ何か言いかけた華楓だったが、その裾を架鈴が引っ張る。

 

「お姉ちゃん、堅物すぎ。真面目すぎ。悪い癖だよ」

 

「う……」

 

「あはは、架鈴に言われちゃったら華楓さんも何も言えないねぇ」

 

 そんなやり取りを眺めながらも、レスティアートはまだ腑に落ちない。

 ……判断は正しかった。戦果を挙げた。けれどまだ、胸に残る感情はなんなのか。

 

『喜べないか?』

 

『え……』

 

『ご覧の通り、俺たちはレティのお陰で助かった。無茶したのは事実だが、この結果は最上だ。なのに、なんでお前はまだそんな暗い顔してんだよ』

 

 斬世からの念話の問いに、彼女は考える。

 気持ちが晴れない理由。それは、きっと。

 

『……ディアに、迷惑をかけたから……』

 

『かけろよ、そこは。そこに罪悪感とか思うな』

 

『で、でも』

 

『頼られねぇ方が辛い』

 

 ──……。

 その答えにも、やはり納得はできなくて。

 堂々巡りになりかけた思考を切り上げて、レスティアートは息を吐く。

 

『…………恋人って。難しい、ですね』

 

『そうだな。けど、俺は楽しい』

 

『!』

 

 予想外の答えが返ってきて、また少女の心は浮つきそうになる。

 先ほどまで沈んでいた気分がすくいだされたようだ。これは、なんて、

 

『……そうですね』

 

 それ以上の分析と思考は中断する。言葉にしてしまっては、感じたものと変わってしまうような気がしたから。

 

 

     ◆

 

 

「さて! んじゃ、今日の任務授業はここまで! 明日から土日、ゆっくり休めよ。いや一週間の労働の疲れを二日で癒すとか、俺は高度すぎる習慣だと思うんだが……」

 

 ──芒原の下らない雑談が始まりそうになったので、俺たちは目配せする間もなく出口へ歩き出す。向かった先にあったのは、赤い電話ボックスだった。

 

「公衆電話?」

 

「うん、この電話ボックスがゲートになってるんだ。面白いでしょ!」

 

 面白いかどうかは知らんが、まあ、日常で見かけるやつが異界に繋がってるというのは、浪漫があると捉えるべきか、危機が隣り合わせにあると気を引き締めるべきか。

 

「……レスティアート様」

 

「は、はい?」

 

 そこで奏宮華楓がレティを呼んだ。自然、俺も視線を向ける。

 

「本日は、本当に助かりました。ご助力、ありがとうございます」

 

「い、いえ、そんな……」

 

「謙遜なさらないでください。あの『飽食』が起きた時、私にも遠隔で結界を施してくれたのは貴方でしょう?」

 

 抱きかかえたままのレティを見下ろすと、「ま、まあ……」と気恥ずかしそうにしている。

 ……俺の気が付かない裏で、そんなことまでしてたのか。結局、彼女をサポートするどころか、守られてばかりだった。人間と精霊の性能差を考えれば当然の結果だが、口の中が苦くなる。

 

「斬世くん、レティちゃん、初陣お疲れ。週明け、お礼するね」

 

「いや、別にいらん……」

 

 顔を出してきた架鈴には率直な本音を告げる。それより俺を名前呼びしたせいで、なんか横のお前の姉が愕然としているぞ。

 奏宮姉妹、面倒くせぇな……

 

「それじゃ、また来週! これからもよろしくね、二人とも!」

 

 そんな如月の締めの言葉を聞きながら、俺たちは現世へと帰還する。

 

 ……不覚にも。

 この後に待ち受ける試練に、俺はまったく気づいていなかった。

 

 

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