境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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EP2 破壊の精霊姫
17 回想:才能完成


 ──四月。聖來(せいら)高等学園が今年の入学式を終えて間もない頃。

 校舎内の一角、広く真っ白な演習スペースには、剣戟の音が響き渡っていた。

 

「っ、く──!」

 

 押されているのは一人の女子生徒。

 藍色のロングヘアを後ろで一つ結びに下ろした少女──奏宮(かなみや)華楓(かえで)だ。

 彼女が剣を振り下ろす先にいるのは、一体の()()()()

 

(やはり剣精霊……強い──ッ!)

 

 甲冑人形は一言も物を発さない。

 恐るべき剣速で今も華楓を追い詰めているが、その中身は空っぽだ。これはただの人形。精霊が操る、“試験官”だった。

 

 剣撃をいなされ、華楓の呼吸にズレが生じる。

 普通の剣士ならば、そこからなし崩し的に勝負は終息へと向かうだろうが──

 

「まだだッ……!!」

 

 ──立て直す。息の乱れ、重心の狂いすら織り込み済みか、華楓が反撃に打って出る。

 奏宮華楓には才能がある。剣士としての才、騎士としての精神。およそ人々が理想とする守護騎士そのもの。彼女は学園の誰よりも騎士として、剣士として殉じる生徒だろう。

 

 強さを求めている。

 今よりも、もっと。もっと高みへ。

 剣の強靭(つよ)さこそが我が証。是、何人たりとも覆させるものか──

 

 だが所詮は人間域。──精霊には、ましてや「剣そのもの」たる精霊には──いかなる熟練、歴戦の英雄でも及ばない。

 

「──────負けました」

 

 カラン、と剣を打ち飛ばされて。

 片膝を屈した華楓は、そう敗北を宣言する。

 

「記録四十八秒。最高記録だな、お疲れさん」

 

 ストップウォッチをカチリと止めたのは、遠目に見ていた白衣の教員・芒原。

 息を整えながら、華楓はどうにか立ち上がる。

 

「……掠りもしませんでしたか……」

 

「いやぁ、結構な記録だぞ? 少なくとも、向こうの先輩方よりは、な」

 

 そう言って彼が視線を向けたのは、戦闘フィールド外の観客フロア。

 そこには今日、実力テストを受けにきた生徒たちで溢れ返っていた。

 

「す、すっげぇ……」

「四十秒台!? 精霊相手に……」

「流石は序列第四位……!」

 

 わいわい騒ぐ生徒たちから聞こえてくる声に、華楓はやや苦笑せざるを得ない。

 そんな人混みの奥には、二人ほど目を引く生徒がいた。

 

「やっぱり華楓ちゃんの剣は勉強になるなぁ。僕なんか三十秒台だったし」

 

 短い金の髪に、鳶色の瞳を持つ青年が言う。

 ──序列一位、元生徒会長。三年、獅子月(ししづき)晴斗(はると)

 

「もぐ……ハルトもカエデも善戦したのは確実。というか、向こうの精霊が強すぎ」

 

 その隣にちょこんと佇むのは紙袋を抱えながら、その中から肉まんを取り出して食べ続けている一人の少女。桜色のショートヘア、小学生かと見紛うほどに小さい背の丈。

 ──序列二位。三年、宮鐘(みやがね)アリス。

 

 

 本日、この日は精霊士の実力テスト。

 二年生を対象とした試験のはずだったが、観客には学年を問わず生徒が集まっていた。

 

 華楓と剣を交えていた騎士は所定の位置に戻り、正面に剣を突き刺した姿勢で停止する。

 その立ち姿は、一種の異界じみていた。単独で完結し、世界から切り離れた存在。格の高い精霊はどれも例外なくそんな畏怖を抱かせるが、この剣精霊の甲冑も受ける印象は同じだった。

 

(まったく……卒業までに一太刀くらい入れてみたいものだ)

 

 剣精霊──剣という概念を司る精霊。

 剣技は言わずもがな、この精霊は剣に関する総てを知る上位存在である。

 

 試験官を務めるのは教師ではない。各々の精霊士が用いる契約武装に応じて、その分野の精霊が担当する。華楓の場合──相手は(けん)精霊。名の通り、「剣」という概念を示す、最上級の格を持つ精霊だった。

 

 学園に入学し、初めて華楓が味わったのは、この剣精霊からの洗礼だ。

 それまで彼女も多くの剣士の例に漏れず、剣技に関してはそれなりの自負があったが、「人間が精霊と戦うこと」の無謀を強烈に味わわされた。剣使いに限らず──この学園に入学した生徒の多くは、皆誰しも担当される教官の精霊には、トラウマじみた苦手意識を刻まれるのだ。

 

「おーい、次。遅刻中の二年ー。それとまだ戦ってねぇ一年もいるだろー? 出てこーい」

 

 間延びした芒原教員の呼びかけに、しかし答える者はいない。

 華楓が眉をひそめる。

 

「一年……? 新入生の実技は、入学試験の時に行うはずでは?」

 

「例外が一人だけいるだろ。ホラ、特待生(スカウト)の」

 

「あ……」

 

 スカウト枠は毎年、学園長が見つけてくる毎年一枠の特別生だ。

 その誰もが例外なく、精霊士として一角の才能を認められている。どのような基準で選ばれるのかは不明だが、少なくとも学園長の目利きが外れたことは一度もないという。

 

「……新入生なら、校舎で迷っている可能性もありますね。放送で呼びかけてみましょうか?」

 

 と、華楓が提案した時だった。

 ──不意に扉が自動開錠する。静かに困惑が広まっていた、その場の者たちの視線がそこに集中する。そして、息を呑んだ。

 

「────」

 

 入ってきた男子生徒は、()()()()だった。

 首筋を隠すほどに長い白髪は砂と土に汚れ、新調したばかりだろう学園の制服にもほつれがある。ネクタイは緩み、シャツも裾が出ていて、一見してだらしない印象を華楓は受けた。だが──それらの格好全てを払拭するに余りある、不機嫌と、諦観と、殺気すら篭めんばかりの赤い眼光が、全ての文句を黙らせた。

 

「おぉ、来たか刈間(かりま)。時間ギリギリだがジャストタイミングだ。……つーか、戦えるか?」

 

「何をしろって?」

 

「あぁ、えーと、好きな武器選んで、精霊様と戦うだけだ」

 

 幽鬼のような顔つき、しかししっかりとした足取りで、刈間と呼ばれた生徒は、華楓と芒原を通り過ぎて奥の空間へ進んでいく。

 

(──? 彼……)

 

 観客フロアへと下がろうとした華楓だが、すれ違った男子生徒の異様さに内心首を傾げる。

 ……彼からは精霊の気配がない。新入生ならば一週間以内には精霊召喚を果たして契約するはずなのだが……、

 

「な、なんか威圧感のある子が来たね……」

 

「見るからに不良。こわい。もぐ」

 

 獅子月ハルトと宮鐘アリスのいる場所まで華楓が行くと、そんな二人の声が聞こえた。

 三年生の彼らからしても、あの刈間という生徒は異様らしい。珍しいことだった。

 

「精霊と仲が上手くいっていない……のでしょうか。気配がほとんど感じられませんでした」

 

「あ、やっぱり? けど彼、もしかして契約精霊が……」

 

「……いない、とか?」

 

 アリスが呟いた推測に、華楓とハルトは顔を見合わせる。

 ……精霊と契約している彼らでさえ、まともな勝負を演じられない相手。それが武器を司る精霊だ。だというのに、あの生徒は己が身一つで挑むと──?

 

 そんな三人の推測を裏付けるように。

 白髪の生徒は壁際にズラリと立て掛けられた武器種の前まで行くと、まるで自分の傘を取るような気軽さで、その内の一つ──刀を手に取った。

 

 精霊士ならば使うのは契約武装のはずだ。その様子に、次々と他の生徒も気付き始める。

 

「あいつ……精霊いなくね?」

「置いてきたとか?」

「……そういえば一年の中で、全然召喚できてない奴がいるって……」

 

 観客の会話の流れが、ほのかに嫌な方向へ傾き始める。

 だが……華楓はこの学年に通って一年、なんとなく察していた。こういうのは「兆候」だ。過去にもこのように、大勢の前で疑念と疑惑をかけられ、窮地に追い詰められている生徒……という場面を目撃したことがある。

 

(……こういう流れは試合中になんらかの力が覚醒したり、或いは後から飛び込んできた女性が発破をかけることで、大逆転が起きる展開が多い……)

 

 華楓はその現象の名を知らない。お約束(テンプレ)だと。

 実際、似たような事象を引き起こした実例が、すぐ近くにいる。

 

「……獅子月先輩。なにか所感は」

 

「えっ。い、いや僕に言われても……!?」

 

「去年の序列祭予選、婚約者の天条寺(てんじょうじ)さんの呼びかけで、優勢だった私を完膚なきまでに負かした貴方が何を」

 

「あ、あれは気合いが入って……!」

 

「この学園、なんかそういう男子多いよね。もぐ」

 

 果たして刈間という生徒もその一人なのだろうか……と華楓はあまり緊張感のない期待を抱く。

 しかし惨敗も惨敗で終われば、それはそれで次の展開(フラグ)の兆候だ。この学園、過去に「劣等生」と蔑まれた生徒が本当にそのまま卒業した事例などない。むしろ大成長を遂げて、今や界域での前線で引っ張りだこになるほどの偉人になっていることもある。

 

 どのような結末を辿るにせよ。

 自分の予想を超えることはないだろう──と、華楓は冷静に物事の成り行きを眺めていた。

 

「んじゃ、合図したら十秒後にタイマースタートな。試験時間は九十秒。やることはシンプル、()()()()()()()()。勝敗は別に成績に影響しないんで、その辺は気にしなくていいぞー」

 

 芒原が簡易的に説明する中──

 

『────』

 

「……」

 

 異様な、静寂がそこにはあった。

 精霊を前に緊張する生徒は珍しくない──だが、今そこで起きていたらしいのは、まったく逆の現象のようだった。

 

(……剣精霊様?)

 

 ギシ、と微かに鎧が軋む。

 一方、自然体で突っ立っている青年には、まるで緊張感がなかった。まるで「動く鎧」というアトラクションでも前にしているようだ。

 

 ゆらり、とそこで刈間が刀を構える。

 右手で正眼に。すらりと、軽く。

 しなやかに。腕を伸ばすように。

 

 ──それだけで華楓は直感した。これから何かが起こる。それはきっと、次元違いの一戦になるだろう、と。

 

 

     ◆

 

 

 その試験は華楓の時と同じ流れで始まった。

 

 開始、という一言の開戦の合図ののち。

 

 きっかり三秒、音がなかった。

 

 いったいどんな戦闘が見られるのだろうか、とその間、華楓は少し期待した。

 少なくとも秒殺で終わることはない、とどこかで予感していた。人間と精霊、存在の格は圧倒的だが、少なくとも()()()()が見れるのではないか────と。

 

 期待した。

 だがそれは肩透かしに終わった。

 

 

 ()()だった。

 

 

 刹那よりも短い時間単位──雲耀(うんよう)、ある剣術の打ち込みの速さを表したそれを引用するのなら、まさにそれ。

 

 稲妻の速さで、

 

 ()()()()()姿()()()()()()()

 

 

『────────は?』

 

 

 その光景を、即座に理解できた者はいなかっただろう。

 理解できても、受け入れられた者などごくわずか。

 “あ、斬られた”、と華楓は思った。呆気ない感想だった。

 

 それもそのはず。そも単純な斬り合いにおいて迎撃や剣戟が発生するのは、最低限でも実力が拮抗しているか、片方が加減をしているか、という状況でしかありえない。

 

 ならば、圧倒的に上にいる側が本気で打ち込んだらどうなるか──?

 自明の理。

 ()()()()()()()()()()

 

 

 甲冑の残骸が地に崩れて落ちる。

 同時に。ばりん、と鈍い音を立てて、白髪の青年が持っていた刀も砕け散った。

 ……それは不可思議な現象そのものだったが、華楓には分かった。アレは刀の方が、彼の才能についていけずに使()()()()()()のだ。

 

 場は静寂一色。

 あまりにも短い刹那で終わったものだから、しばらく誰もが、案山子のように棒立ちしていた。

 

「百点だってよ」

 

 一声。

 砕けた刀を名残惜しそうに見ながら、白髪の青年が言った。

 

「今の精霊がそう言ってた。試験はこれで終わりだな?」

 

 事務的に言って、彼はその場を後にしていく。

 そこには勝利の歓喜も、「やり遂げた」、というような感慨もない。彼にとっても事実、今の交錯は「ただ斬った」だけのものだったのだろう。

 

「ま、──待って!」

 

 立ち去さろうとする彼の前に、咄嗟に駆け寄ったのは獅子月ハルト。

 まだ放心状態が抜けきっていないが、それを押しても、訊きたいことがある。

 

「君、どこの流派だ!? 剣を習った師匠は? あとええと、どうやって剣精霊の速度を凌駕したんだ!?」

 

「流派って……知らねぇよそんなの。剣は……爺に習ったが……」

 

「後は!?」

 

「後? ……いや知らんが」

 

「じゃ、じゃあ体術とか! 一体どんな鍛錬をして──」

 

「だから知るか。体術? 考えたこともねぇよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「──、」」

 

 ぶっきらぼうなその返答は。

 質問した獅子月のみならず、ただ聞いていた華楓の精神にも静かな、しかし大きい衝撃をもたらすものだった。

 

「ぇ、えと……あの……なんとなく? って……感覚が鋭い、的な……?」

 

()()

 

「い、いや! だから何か、特別な……その……なにか、剣術に関する、特殊な訓練的な……その、アレ……」

 

「……あぁ、悪ィな。よく分かんねぇわ。剣使う時に難しいこと考えたことねぇからよ。俺はなんとなくで、直感で、普通に剣使ってるだけだ。少なくとも……ああ、『使いこなす』とか『努力する』とか、そういう系統の考えを使ったことはねぇわ。──これでいいか?」

 

 それが、彼なりの──彼なりに最大限、気を遣った答えだったのだろう。

 最大限に自分の感覚を言語化して。

 他者にも分かるように、これ以上となく分かりやすいように、丁寧に丁寧に。淡々と。

 

 まるで参考にならない、天才域でしか在り得ない、ぶっ飛んだ結論を。

 ──斬れば相手が何であろうと斬れる。それだけのこと。

 

 故に、それ以上の情報はない。鍛錬も、武術も、剣術という型さえも、彼には意味がない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……紛れもなく、天才)

 

 凡人と天才の大差──それは、華楓もこの学園に通う間、幾度か体験したことがある。

 ただの凡人では天才には勝てぬ。

 天才は、努力する天才には及ばぬ。

 努力する天才を、しかし壮絶な訓練の果てに打ち破る凡人もまた、存在しはする。

 

 だが完成している才能には、そもそも努力なんて無駄な工程など必要なく。

 当然の理として、()()()()()()()()だけだ。

 

 数値は初めから頭打ち。そこに積み上げるものなど、プラスにもならなければマイナスにもならず。

 ならば──初めから数値の足りてなさすぎる、在り来たりな天才(凡人)たちは、それとどう競えというのか。

 それでも──

 

(……戦いたい)

 

 才能の差は歴然。

 だがそれで折れるような精神を、華楓も獅子月も持っていない。

 事実、答えを聞かされた獅子月の表情もまた、わくわくするような笑みが滲んでいた。

 

 ──だが。

 

「なんだそりゃ……化物かよ」

 

 誰かが言った。

 観客の内の、誰か。

 そこで初めて華楓は気付いた。会場の空気を。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 

「才能だけでやってるってこと……?」

「ならあいつ、精霊とかいらないよな……?」

「ちょっと分からないよね……鍛錬とか、してないんだ」

「……ずるくない?」

 

 ──────。

 一つ一つは、大したことのない愚痴。嫉妬。羨望の言葉にすぎない。

 口にしている当人たちからすれば、ぼやいているだけのこと。だが彼らの心情を、華楓とて無視するわけにはいかなかった。

 

 精霊士とは精霊ありきの存在。

 だからこそこの学園に通う生徒たちは努力し、修練し、鍛錬を重ねる。

 だというのに──そこへ、何の加護もなく、単独で完結している者が現れたのならば。

 

 嫉妬、せざるを得ない。

 精霊を召喚し、契約できるという自分たちの特別性が揺らぐ。

 そんなものなど、本物の才能の前には意味がないのだと──突きつけられたのなら。

 

 愚痴の一つくらい吐かなければ、人間として、()()()()()()()()

 

「き、──君たち」

 

 華楓の口から制止の言葉が漏れる。

 だが思ったよりも小さい声でしかないことに、彼女自身が当惑する。

 

 そんな周りの視線や声が、聞こえたのか──それとも初めから眼中にないのか。

 構わず、刈間は部屋から出て行こうとする。

 

「な……なぁ! 一回! 一回だけ戦ってくれないか! 僕と!」

 

 ──だが獅子月ハルトは構わなかった。

 序列一位。あれほどの才を目の当たりにしながら、彼の精神は高揚するばかり。それには見ていた周囲も苦笑や感心の視線を向けたが──

 

「──断る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──、え」

 

 真に。

 この場にヒビを入れたのは、その一言だった。

 

「斬り合いなんかごめんだ、()()()()()。ああ、アンタを見くびってのことじゃなく、単なる道理の話だぜ。社会で人間が人間を傷つけるのは異常事態なんだぞ、知ってるか?」

 

「で……でも! 僕は君と戦いた──」

 

「てめえの勝手に付き合わせるなよ、()()()。人間との殺し合いがしたいならそういう場所に行け。魔獣以外に剣を向ける異常者の相手なんざやってられるか」

 

「──ぁ──」

 

 剣の道を歩む者と。

 歩む意志のない者との、明確な違い。

 強さを求めるために他の命を脅かす。それを、害悪(人でなし)と呼ばずして他になんという。

 

 立ち尽くす凡人の脇を通り、彼は出口へ向かう。

 剣の才はあるべき者にこそ与えられる。喜ぶべき事実だが、消沈する獅子月に反して、華楓には無視できないものがあった。

 

「──彼は戦闘狂ではない。人々を守るために剣を執った戦士だ。君の言う道理はもっともだが、誤解があるならそこは訂正させてもらおう」

 

 去って行く背に声をかけるが、相手は振り返りもしない。

 そのまま華楓を無視するように、部屋を出て行った。

 

「……ッ」

 

「カエデ」

 

 横からアリスが華楓の腕を引っ張った。

 あ、と今のやり取りこそが、完全にトドメを刺したと彼女自身も悟った。

 

「感じ悪……」

「生意気すぎだろ、才能があるからって……」

「つーか、精霊を召喚できない奴が、なんでここに通ってんだ?」

 

 ──最悪、だった。

 そうとしか華楓は理解できなかった。自分の言葉が、完全に場の空気を決定付けてしまった。

 

 天才に味方する者などいなかった。彼自身の言っていることの方が精霊士として道理は通っているとはいえ、この空気の中で、あのやり取りだけは、完全に間違いで、失敗だった。

 

「────」

 

 場に耐えられず、華楓の足は外へ向かう。

 すなわち──あの新入生の後を追って。

 

 

     ◆

 

 

「待て!」

 

 廊下を歩いていた白い頭を見つけるや否や呼び止めれば、存外すぐに相手は立ち止まった。

 深く息を吐いたように肩をすくめ、控えめに首を動かして振り返られる。

 

「……何」

 

「……先の戦い、見事だった。速すぎて剣が見えなかった。君のその才能は素晴らしいものだと思う」

 

「はぁ」

 

「そ、それから……すまなかった。先ほどは……」

 

「ああ、そう」

 

 それが本題かと察したらしい青年は、簡素な返事をして歩き出そうとする。

 ──そこへ。

 

「あぁ居たッ!! なぁお前、さっきは助かった! ところで実技テストの場所知らないか!?」

 

 え、と華楓は思わず声を漏らした。

 いきなり出てきたのが思いも寄らない人物だったから、というのもある。交流はないが、それは幾度か顔を見たことのある、同学年の男子生徒だった。

 名前は……なんだったか。眼鏡をかけているということ以外に、あまり特徴のない相手だ。

 

「……アンタ俺より先輩だよな? なんで会場ぐらい知らねぇんだよ」

 

「それは超不幸的な天災で直近のメールが全削除されたからで──……っ!? か、奏宮華楓、なぜここに!?」

 

「え、あの、いや」

 

 こちらの名前を知られているぶん、余計に反応しづらかった。

 なぜ、と言われても、適当な理由が思いつかなったからというのもある。

 

「案内はそこの女に頼めよ。俺はもう疲れてんだわ」

 

 と言って、刈間はとっとと行ってしまう。

 ちょ、と眼鏡の青年が引き留めようとしたが、もう一度だって振り返らなかった。

 

 ──残された両名は、微妙な空気感に取り残される。

 

「……ええと、君は……」

 

「……はっ。覚えていないだろう、どうせオレみたいな生徒は覚えてないだろう奏宮華楓。だがそれで正しい。なので気にすることはない。実技テストの会場教えてください」

 

「……、なぜ遅刻を?」

 

「それは……その、『侵蝕』に巻き込まれて……」

 

「ッ!?」

 

 聞き逃せない単語に振り向くと、ビクッと眼鏡の生徒は怯えたようになる。

 侵蝕──界域領土の広がり。思いがけず異空間に踏み入り、戻ってこれなくなるという事例は少なくない。彼はそれに巻き込まれたと──?

 

「そ、それで、なんか通りがかったさっきの奴に助けてもらったんだよ。……一年生か? すごく界域に慣れていたようだったが……」

 

「界域に慣れていた……?」

 

「って、なんでお前にこんなこと話さなきゃならないんだ……早く案内してくれ」

 

「あ、ああ……」

 

 強気に促され、華楓は来た道を戻っていく。

 彼ら二人が遅参した理由は分かったが……しかし、刈間という生徒のことに関して、華楓はどうもよく掴めないまま終わってしまう。ただ一つ分かるのは、

 

(……天才、か)

 

 並外れた剣の才。精霊すら凌駕する人外域の者。

 ならば、そんな彼に共感できる者がいるとするなら──それは彼と同等か、それ以上に、異次元の地点に立っている相手だけだろう。

 

 




眼鏡の生徒
 この後、「えっ、なんか会場の空気が終わってるんだけど……なにこれこわ……」となる。
 可哀想。


 閲覧、お気に入り、評価、応援ありがとうございます。しおりやここすきも執筆の燃料になっております、助かります。ウレシイ……ウレシイ……
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