境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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02 永遠契約 - 2

 二日後──停泊所、受け渡し場所と日時、という最低限の情報を手に、俺は件の船がある港にやってきた。

 黒いモッズコート、ワイシャツにズボン、右手には例のアタッシュケース。

 まるで密輸入者の気分だった。実際、極秘事項の案件なのであまり外れた認識ではあるまい。

 

「やあ。君が護衛対象の『刈間(かりま)斬世(キリセ)』くんだね」

 

「──、」

 

 船の前には、妙なヤツがいた。

 染みのない白いスーツ、右手でついた白いⅠ字の杖。頭に被った白い中折れ帽で、顔には影が差している。白髪の入った髪が見えて、初老くらいの年齢のようだ。

 

「私は如月(きさらぎ)悠楼(ゆうろう)という。今回の、君の道中を助ける護衛隊長を務めることになった」

 

「……」

 

 はあ、だの、ああ、とか、適当な返事ができなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。白い以外に大した特徴はないというのに、なんだこの、筆舌に尽くしがたい、独特な雰囲気は。

 

 旧友……中学時代の学友を彷彿とさせる、()()()の者の気配。

 

 人の形をしているだけのモノ。

 そんな気配に、ただただ、気圧(けお)されていた。

 

「はは、そんなに緊張しなくてもいい。それとも、『如月』の名が何か、君の不興をどこかで買ってしまっていたのかな」

 

「いや──そう、じゃないが……」

 

「そうか。それは良かった」

 

 如月家、と巷でいえば、境黎市の土地のオーナーを務めあげる富豪筆頭だ。

 確かにそのビッグネームを持つ一人が、こうして俺の護衛に来たのは驚きだが……やはり名の大きさではなく、こいつ本人の異様さが狂っているのだ。

 

 狂っている。それは、どこかおかしいという事だ。

 

「もうじき出航だ。私たちは確かに君と、君の持つ『品物』の護衛役としてここにいるが、一つ注意を。それは決して君の命の無事を保証することと同一ではない。運命を決める権利は常に君自身が持っている。それは誰にも犯すことはできない」

 

「っ……?」

 

 いまいちピンと来ない。だが、何か激励を受けているような、そんな気もしなくもなかった。善悪では測れない。大人や年上だからという話ではなく、こいつは。

 

 ────どこか、遥かに悠久(とお)い。

 

「どうか迷いなき決断を。なに、(おの)が務めを果たすのは、私にとって呼吸と変わらない」

 

 だから安心していい──と言って。

 船に歩いて行ったその背中を、俺は少し遅れながらも追いかけた。

 

 

     ◆

 

 

「警備は万全です。ごゆるとお寛ぎください」

 

「……はぁ」

 

 “万全”と言われて一気に不安になるのは何故だろうか。

 案内人が扉を閉め、一人になった部屋で寝台に寝転がる。

 しばらく暇な船旅だ。特殊ジャミングまで警備の一環で使っているのか、携帯もネットに繋がらない。

 

「──、」

 

 ……床に置いたアタッシュケ―スを見やる。

 二日ぶりの対面だが、反応はないし変化もない。ただ、威圧感だけは同じだ。

 

「……契約、ね」

 

 呟いて、やはり「それはない」という結論に至る。

 これは精霊、精霊士とやらから縁を切るための第一歩。

 喧嘩ばかりで面白みのない日々だが……実家の連中みたいな最期だけは、ご免だった。

 

 

『──人を愛するといい』

 

 教書に載っていることよりも陳腐な助言を、大真面目に口にする爺が俺にはいた。

 しかし記憶にある限り、唯一まともな身内だったともいえる奴だった。

 

 刈間(かりま)家。

 元は「狩魔」とかいって、魔獣討伐の専門みたいな家だったようだが、俺が生まれた頃にはそんな栄光、見る影もなかった。没落した家は、今や研究成果に取り憑かれた家柄に成り果てていた。真っ黒案件すぎるので、俺だって詳しいことは知らない。

 

 両親は離婚と再婚を繰り返し、俺が物心つく頃には、何の血の繋がりもない他人になっていた。

 そんなワケで一応は本家筋の生まれだった俺だが、兄弟の類もなかったので当然の如く孤立した。やがて研究に巻き込まれ、昔から変な薬剤だの注射だのを使って身体をいじくり回された。

 

 その影響か、中学に上がる頃には髪や目の色が変じ始めた。そんな度重なる実験の結果、家が出した結論は、

 

『妥当品』

 

 完成品でもなければ欠陥品でもない。

 「今の刈間家の技術であれば、この程度の成果物が平均的だろう」──という。

 

 標準的な、今後の研究の基礎作品(ベース)となった俺は、そこで()()()になった。

 家の連中は四六時中、研究室とかいう地下に篭って出てこないのがほとんどだったが、唯一例外として爺──祖父という立ち位置にいたそいつだけは違った。

 

 神速で太刀を抜く、かつての「狩魔」を体現する、本物の剣聖だった。

 

『今の刈間は人を見限っている。他者を諦めている。お前はそうはなるな、斬世(キリセ)。愛する隣人を見つけろ、それだけでいい』

 

 聞いた当時は一切意味が分からなかったし、別のベクトルに頭のネジが飛んでる野郎だとさえ思っていた。老後の暇つぶしか、道場で稽古をつけられ、終ぞ一度も勝ちを取れずに往生された時、ようやく俺は「一理あるかもな」と少しだけ認められた。

 

 ……まあ、そんな相手の心当たりは依然としてないのだが。

 

 

「──っ」

 

 デカい揺れを感じて、目を覚ました。

 嵐か? いや、すぐに違うものだと直感した。

 闘争の気配だ。不良同士の喧嘩とは比べ物にすらならない──殺し合いの、気配。

 

『対象を探せ』

『引換人は射殺して良し』

『ケースを回収しろ』

 

 外から聞こえるのは物騒剣呑の極まりない襲撃者と思しき奴らの声。

 

(どんな遺物だよ……)

 

 いっそ引き渡してしまえばいいのではないか──等と、腑抜けた思考がよぎるが。

 

「──冗談じゃねぇ」

 

 あの家の痕跡は消えなくてはならない。

 だったらもう、この嫌がらせ一つで自分がどこまでやれるか、試してみたくなっていた。

 

 幸い、緊急用に出入り口が二つある──起き上がった俺は、声の聞こえてこなかった廊下の方へ飛び出していった。

 

 

     ◆

 

 

 船はまだ、航行を止めていないようだった。

 揺れが激しく、走りにくい。何度も壁にぶつかった。たぶん甲板で精霊士同士が戦ってるんだろう。いちいち天変地異みたいな落雷が聞こえまくって、耳がおかしくなりそうだ。

 

「──いたぞ!」

 

「チッ……」

 

 せめてケースだけでも海の藻屑にしてやろうと上の階へ急いでいた時、見つかった。

 後ろから銃声が聞こえてくる。予想できていた展開だが、こんなケース一つに、ここまで本気か。

 

 廊下を走る中、銃撃から隠れる隙はない。当然ながら俺は不良ってだけのクソ一般人なんで、空手では銃弾に対抗する手段もない。──が、

 

「何ッ……!?」

 

「……へーぇ、働き者かよ」

 

 放たれた銃弾は、俺に当たる直前、もっと言えばアタッシュケースがある範囲まで来た瞬間──見えない壁に弾かれた。

 

 「封印石」とかいう奴の自動防御システムみたいなものか? お陰で背後からの攻撃に警戒する必要はなくなった。

 さっさと射線を切るために廊下を曲がり、階段を飛ばして駆け上がる。──と。

 

「目標確認──戦闘を開始する」

 

「ッ!?」

 

 瞬間、反射的に後退した。同時に鼻先を「何か」が勢いよく掠めていく。透明になったそれは、空間がブレて一瞬だけ形が見えた。

 

(大蛇型──の、精霊か!)

 

 精霊士が近くにいる。

 そう思った時、カツンと金板を叩く足音がした。

 

「それを置いていってもらおう、少年よ」

 

 右手の影から出てきたのは、サングラスをかけた黒いコートの人物。襲撃者の一人であることは明らかだ。

 

「君はそのケースの中身の価値を解っていない。今なら命は助けよう──賢明な選択を」

 

「……真っ当な奴なら正式な手続きを踏めよ。強奪しかできねぇ三下がコレを使いこなせんのか?」

 

「受け渡し人は一般人と聞いていたが……肝が据わっているようだな。反射神経も悪くない。その勇気に免じて──と普段なら言いたいところだが」

 

 ぞわり、と黒コートの周囲の気配が歪んだ。

 

「生憎と緊急かつ重要の案件だ。かの御方を目覚めさせ、契約者となるのは……選ばれた血筋でなければならない」

 

「……」

 

 その時、俺は静かに失望していた。

 なんだよオイ、世界ってのはこんなにつまんねぇ奴しかいねぇのか?

 

「《励起(起きろ)》」

 

 精霊士が唱えた時、透明だった大蛇が実体化する。

 奴の背後にいるソレは次の瞬間、

 

「ッ──!」

 

 真っすぐに突っ込んでくる。

 特別な技など要らない、その巨体そのものが暴威の塊だ。隠れる場所もなし、俺にできたのは咄嗟にケースを壁代わりに構えることだけで──

 

「ッぐぁ!?」

 

「ぃッ──!?」

 

 白い大蛇がケースに激突する。途端、蓋が開くと同時、とてつもない閃光が辺りを照らし出した。

 

 開けるべからず、と俺が予感していたのは的を射ていたらしい。

 不用意に開ければ破壊を引き起こす。

 これはそういうものだと、見た時から感じていた。

 

 幸い、ケースを盾にした俺に外傷はなかった。目を開けて周囲を確認すれば、……黒コートの精霊士が、半身を吹き飛ばされて死んでいた。

 

「……おいおい」

 

 チラ、と他に追いかけて来ていた銃撃隊の方も見やると、そちらも何人か呻きながら倒れている。

 えげつねぇ。開ければ呪い効果を散布する力でもあるってのか?

 

「こいつ……」

 

 ケースから解き放たれ、近くに転がっていた物を、俺は目にする。

 赤黒い、細い結晶だった。見るからに禍々しそうで、触れるのも躊躇したい所だが──

 

『──応答しろ、何があった!?』

 

 連中が落とした無線機から、別の仲間の声が聞こえてくる。

 時間はない。俺は迷いを振り払って、結晶を拾って握り込んだ。

 

 ……大丈夫だ。何の反応もない。下手に刺激しなければ、きっとこいつは「遺物」で在り続けるだろう。

 

 

     ◆

 

 

 再び上を目指していると、窓から月光が差し込んでいた。

 嵐は収まっている。外の精霊士たちの戦いも終わったのか。あの白い護衛隊長とやらは無事なのか。何も、分からない。

 

「──そこか」

 

「な──」

 

 廊下を渡り切って小部屋に入った瞬間、後ろから掴みかかってきた野郎をかわす。

 これは喧嘩の慣れだ。人の気配ならすぐわかる。無様にも前に出てきた野郎の胴を蹴り飛ばし、素早く銃を奪って頭を殴りつけた。

 

「──……ふー」

 

 ……殺した方が安全は確実だ。でないと殺されることになる。

 相手が意識を取り戻さない内に、俺はその頭に銃口を向けて引き金を引いた。

 

「……、」

 

 ……感慨はない。罪悪感なんて欠片も持っちゃいない。

 ここは戦場だ──そう思って感覚を麻痺させるしかない。

 

「……クソ、やっぱ人でなしの一族か……」

 

 反吐が出る。

 善性なんてもんが本当に世に存在するなら、手に取って見せてもらいたい気分だ。

 ……死体を後にする。外は近い。現状、どうなっているか知らないが、どこかと連絡を繋げることまで考えなくちゃならない。

 

 だから。

 

「──あ?」

 

 ドン、と後ろから撃たれた衝撃に気付くまで、少し時間がかかった。

 

 

「ッ……!」

 

 筆舌に尽くしがたい激痛に倒れ込む。

 ようやく銃という武器を手にしたのに、なんという間抜け。それともあの死体、生きていたとでも──?

 

「……はぁ、はあ……やっぱり一般人だな。精霊士のことを、何も分かっちゃいない……」

 

 精霊士? さっきの奴は精霊士だったのか?

 だが格好も機動部隊のようってだけで、他に精霊みたいな気配は何も……

 

「精霊士はなあ、精霊の命を身代わりにできるんだよ。契約してる奴につき、一回きりだが……お前みたいな素人を騙す程度、造作もない……」

 

 なんだそりゃ。

 知るかよ、マジでその非人道的戦法。

 精霊って人間のパートナーって話なんじゃなかったか? こんな底の浅い奴に不意を突かれたっていうのか、オイ──

 

「っと……動くなよ。物はもらっていくぞ。はぁ……クソ、よくも殺しやがって。てめえみたいなガキはなぁ、黙って言いなりになっていればいいんだよ……!」

 

 背中を蹴られる感覚がした。喧嘩で慣れてるおかげか、そっちの痛みは別に問題ない。

 問題は、さっき撃ち抜かれた腹ン方の出血だ。マジで痛ぇ。

 

「っクソ……、ッ!」

 

 立ち上がろうと膝を折った瞬間、足を撃たれた。

 野郎、殺さなきゃよかったか? いや、殺さなかったとしても同じ展開だったか。精霊士のクセに奇襲しかできねぇ腰抜けなんだからな。

 

「動くなっつったろうが……ああ、コレか。ご当主も、なんでこんなのを欲しがるんだ……どれだけ仲間が死んだと……クソッ」

 

 向こうの事情は向こうの事情だ。

 聞く耳は持たない。こいつが俺の懐から抜き取った遺物に夢中になってる間に、俺は残る手足に力を込める。

 

 チャンスは一度だ。せーのっ。

 

「ぜァらあッ!!」

 

「ぐほっ!?」

 

 激痛を気合いで一瞬忘れて、思い切り顎を蹴り上げてやった。

 結晶がそいつの手から離れ、床に転げ落ちる。だが無駄に訓練されてるのか、兵士は体勢を整えた後、すぐその手にある拳銃を向けてくる。

 

「死ねぇ!!」

 

「痛ッ──」

 

 肩を撃たれた。左腕から血を噴く。横っ腹を抉られた。骨と一緒に肺の辺りが弾けた。

 ──頭を狙った銃撃はかわす。脳をやられちゃ思考ができない。

 そしてそのまま、突き進む。

 

「ッ!? なァッ……なんで死なない!?」

 

「うるせぇ、気合で動いてるだけだ気にすんな……!」

 

 何度撃っても倒れないこっちが怖くなったのか、一般兵士は怯え腰。カチ、カチリとそこで引き金が軽い音を立て始める。──残弾が尽きたらしい。

 

「さっきからァ……痛ッてぇんだよッ!!」

 

「がぼぁっ──」

 

 思い切り、温存していた右腕を振り抜いた。

 ストレートにキマった一撃は、兵士を数メートル遠くの廊下まで吹き飛ばす。

 

 ……火事場の馬鹿力ってやつだろうか。人間って普段は運動能力にリミットかけてるらしいし……たぶんそういう……ことを、学友の馬鹿がいつか言ってたような……

 

「っうぁ……」

 

 ぐらりとキて、後ろに後退して壁にぶつかった俺は崩れ落ちる。

 出血多量に意識が眩む。

 なにもかも、意地と気合で限界を超えたせいだ。俺は馬鹿か。遮蔽使うとかしろよ馬鹿。

 

「あー……クソ……」

 

 ここまでかよ、と諦めに溜息を吐きたくなるのを、堪える。

 吐いたら本当に自分の中の何かが折れそうだったからだ。

 

 なので堪えて、代わりに、周りの音に耳を澄ませた。

 海は静寂。夜は無人。

 波の荒れる音も、聞こえない。

 

 身体の境界がなくなっていく感覚は、死の間際と悟るには充分だった。時間が停まったような……なんて感想こそ、死の淵にいるのだと、自覚する。

 

 ……そうか。死ぬって、こういう事か。

 

「……ハ、はは……」

 

 思わず笑った。下らなさ過ぎて笑った。

 自分だけでも笑い飛ばさないと、どうにかなりそうだったから。

 

 なにせ現実味がなさすぎる。〝自分が死ぬ〟という事実、状況が無性に面白くて、この虚無感を錯覚だと信じたくて──たまらない。

 

「ふザ──けるな」

 

 怒りの発火にそんな言葉を吐く。血を吐きながら、絞り出す。

 

 こんな結末のために生きてきたわけじゃない。

 こんな最期のためにここへ来たわけじゃない。

 

 人生と語られるモノの呆気なさに失望する。

 こんな最期のために、俺は今まで生きてきたっていうのか?

 

 ……死の淵に立ってようやく自覚する。そう、()()()()()()()()()()()()()

 おかしな話だ。どこか無気力に生きてきたのに、死と隣にいると解った途端、生存本能を発揮させて危機を凌駕し、あるいは逃走して、なんとかしてきた。

 

 ──その先に、何がなくとも。

 納得の行く終わりをどこかで求めて、死を拒絶し続けてきた。

 

 だが、受けた致命傷の出血は止まる気配がない。外界との間隔をはかる体温は消えて、自分がどこにいるのかも分からなくなってきている。

 壁に背を預けて座りこんでいる状態から、四肢を動かそうと力を入れるがビクともしない。意志とは無関係に、この身体は死に向かっている。気合でどうこうなる地点はとうに過ぎている。

 

(……そうだ。せめて)

 

 最初の意志を思い出す。

 安全圏を抜け出して、全てを賭けようと決めた下らない動機を思い出す。

 遠くの床には、結晶が落ちている。あの赤黒い結晶だ。月光に照らされながら輝いていた。ちょうどそこへ手を伸ばすように、俺から流れ出した血の海が、領土を広げていた。

 

 俺がこんな事になったのはアレのせいだ。

 だったら、せめて、腹いせに海から落としてやれればと──

 

 そう思う中、血が結晶に浸った。

 

 刹那、全てが起こった。

 

「……は?」

 

 光があった。

 ほんの刹那、夜を照らすほどの極光。

 それが収まったとき──目撃した。

 

 降り立つ白亜の戦装束。

 腰よりも長く伸ばした白髪が月光を弾く。

 その後ろ姿だけで予感する。──ああ、アレは『精霊』だと。

 人ならざるモノ。尋常ならざるモノ。理を超越したモノ。

 さら、と絹髪が揺れた。その顔が此方を向いた。

 

 瞬間、真実、死んだかと思った。

 

「────────」

 

 世界が変わった。塗り潰された。

 刈間斬世という人間が歩んできた人生では到底受け止めきれないほどの、衝撃。

 

 ──白く顕現した姿。

 ──此方を見つめる青の双眸。

 ──彼女の全てに焦がれ、あらゆる意識が抹消された。

 

 呼吸なんて無駄な機能はまず止めていた。見ること、記憶することだけに、全能力が傾けられる。次いで麻痺していた感情が咄嗟の思考を働かせ始めた。欲望という原初の行動原理が、強制的に言葉を放とうとして──失敗する。

 

「……ッ、」

 

 ()()()()()()()()

 話がしたい。声が聞きたい。名前を知りたい。ほんの一欠片でもいいから──関わりたい。

 その一心で。

 この身体が限界を訴えるまで、いや訴えてなお構わず、必死に目を開く。

 

 だが血が詰まった喉では何を話すこともできない。声が、出ない。

 ……生まれて初めて自分の鈍間を心の底から憎悪する。せめて一言、この相手と言葉を交わしたい。そんな下らない欲求一つ叶えることができない状態に泣きたくなる。

 

 俺の人生はここが絶頂にして行き止まり。

 それをようやく真に理解して。

 失意のままに目蓋を閉ざしかけた──直前。

 

「──ガ、ゲハァッ!?」

 

 身体を貫かれた。死という安寧の淵から叩き起こされ、悲鳴を上げる。

 何が起きた何があった何をされた──激痛で遥か彼方に意識がトびそうになりながら目を見開くと、そこには先ほど見惚れた彼女の顔があった。

 

「──、────」

 

 困惑こそあれど。

 恐怖や絶望など実のところ、まったくなく。

 ……()()()()()()()()、という事実に、俺は激しく動揺していた。

 

「そう……あなたが……」

 

 その、全てに見惚れている。

 目を離せない。死の間際まで、感じていたい。

 

私の恋人(My Dearest)……」

 

 五感を犯されながら、自己を委ねる。

 触れ合うだけのキスは、それだけで完全に俺の理解を越え。

 

 ……ああ、こんな美人に殺されるなら悪くない、と。

 この生涯、この結末に納得しながら──死に堕ちた。

 

 

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