境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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 まだまだやりたい展開あるのでお付き合いしてもらえればと思います。


30 充実生活

 日曜の朝──は、少しの物足りなさから始まった。

 

「……?」

 

 まだ残る眠気よりも違和感が先だって目を開けると、腕の中に恋人の体温はなかった。

 服装はワイシャツとズボンに整えられており、シーツの方もキレイに「掃除」されている。俺自身もなんだかさっぱりしていて、まるで風呂上がりのような感覚だ。この辺は恐らくレティが霊力で行ったものだろうが──その肝心の彼女がいない。

 

 その現状を完全に理解するより前に、トントントン、という音がリビングの方から聞こえ、食欲をそそられる匂いがしてくる。

 

「……マジか」

 

 なんとなく、この時点で何が起きているのか察してしまった。

 その予想を確かめるため、寝所から起き上がってリビングへと向かう。見えたキッチンには、ブラウスとスカートにエプロンを着て、十六歳の背丈をした白い髪の後ろ姿があった。ついでに、コンロの方には味噌汁らしき匂いがする鍋まである。

 

(マジか……)

 

 これあれだろ知ってる。噂に聞く男の夢ってやつだ。

 現実には思えないがしかし現実でしかない光景に見惚れつつも、近づいてみる。

 

 ……どうやらサラダ用の野菜を切っているらしい。やや慣れない手つきで頑張ってキュウリを輪切りにしているが、切った先から転がってしまい、いちいち手が止まっている。

 

「……もう少し、こう」

 

「わ」

 

 包丁を持つ右手を後ろから押さえる。やや刃を内側寄りに傾けさせ、落ち着いたキュウリをそのまま最後まで切っていく。

 

「さ……流石ですね」

 

「……ん」

 

 こっちに顔を上げたところでその唇を一つまみ。軽いリップ音が響く。

 

「おはよ」

 

「お、……おはよう、ございます……」

 

「なんか手伝うか?」

 

「い、いえいえ! 私が勝手にやったことですのでええと、ディアは顔でも洗っててくださいっ」

 

「りょうかい」

 

 そっと手を離して踵を返す。

 甘い匂いが名残惜しかったが、気持ち足早に洗面所へと向かう。

 

 …………今、すげー恥ずかしいことした気がするッ!!

 

 

     ◆

 

 

 何度か顔を洗って頭を冷やして戻ってくると、もうテーブルには朝食が並べられていた。

 白飯、味噌汁、焼き魚、卵焼きにソーセージ、サラダときてカッティングされた林檎が揃っている。

 ああ、すげぇ。人の手料理ってこんなに輝いて見えるのか……

 

「うまそう……」

 

「ディ、ディアの真似をしただけですよ?」

 

 違うんだなこれが違うんだよ。

 『最愛の嫁が作った料理』という付加価値がこれらの料理には詰まっているのだ。なんなんだこの光景は。ここが天上の景色か? 楽園か?

 

「いただきまーす……」

 

 席に座り、一品一品、一口ずつ味を確かめていく。

 炊き立ての白飯の甘さ柔らかさ! 作り立て味噌汁の絶妙な出汁加減! 焼き加減が完璧すぎる焼き鮭うめぇ! ふっくら出来過ぎだろ卵焼き! 肉汁溢れすぎだソーセージ! そこへ更にシャッキシャキの野菜で彩られたサラダが合う! 仕上げには兎っぽくカットされたフルーツだ!

 

 美味い。美味すぎる。

 この世にこんなに美味いものがあっていいのか? 金を払うべきではないのか? しかもこれ、これが全て、レスティアートによる手製だと? なんなんだこの状況は。生きたまま俺を昇天させようとかいう世界からの新たな挑戦か?

 

「ど、どうですか?」

 

「美味い……こんなに美味いもん初めて食った……美味すぎる……」

 

「泣くほど!?」

 

 知らない内に頬を涙が垂れていた。感激の余り涙腺が粉々になっていたようだ。食べる手が、箸が、止まらない。噛み締めて食べたいというのに、溢れる食欲が収まらない。

 

「あ、あれ……? レシピも作り方も、ディアと同じなはずなのに……?」

 

 一方、自分で作った料理を食べて首を傾げているご本人。

 彼女としては、なにか味がいつもと違うらしい。

 

「んー……基本的な味は共通してます、けど……ディアの作ってくれたものの方が、美味しいような……」

 

「そうか? 俺はレティの作ってくれたモンの方が美味しいけど」

 

「そ、それは嬉しいですけど……ううん、私としては納得いきませんね……せっかくディアを驚かせようと思ったのに……」

 

「いや、驚いたよ。どうしたんだ急に?」

 

 俺の腕が上がるまでは味見役に徹してほしい──と頼んだのは俺だが、それは“基本的には”と付け加えられる程度の約束だ。ならばレティが台所に立つ場合とは、相応に例外的な状況だろう。俺がぶっ倒れたりした時がそうだ。今回は、一体なにがトリガーとなったのか──?

 

「……だってディア、昨晩、疲れてたじゃないですか」

 

「ん? うん」

 

「そ、それを私が無理矢理……その気に、させちゃって……だからその、償いというか、見栄というか、私、えっち以外もできるんですよというか……」

 

 むせそうになった。いやちょっとむせた。

 コップの麦茶を飲んで落ち着かせる。レティ、いきなりすごいことを言ってくるな……!?

 

「べ、別に……そんな気にすることじゃねぇだろ……?」

 

「気にしますよ! 私、ずっとディアに良くしてもらってばっかりで……精霊としては役に立てても、お嫁さんらしいこと、なんにもなくて……」

 

 そんなことは俺からすれば全然ないんだけれど……

 というかレティがいなきゃ、俺、なんにもできないというか死んでるんだけど……

 むしろ家事や世話ぐらいさせてくれなきゃ、一ミリだって恩を返せないというか、男として立つ瀬がないっていうかぁ……

 

「……あー、うーん、じゃあ何か始めてみるとか? 趣味、みたいな……例えば現世(こっち)の言語を勉強してみるとか──」

 

「あ、当世で使われている言語はもう習得しました。ディアが学園に持ち込んでいる教書を元に。なので文法の基本は問題ないかと。あと試してみたいのは、電子機器の扱いくらいですかね」

 

 マジかよ早いよ。学習能力が高すぎるよ。

 三千年のブランクとか無いに等しいのかこの大精霊様は!? 数学や理科だって偶に俺が教えてもらうくらいなんだぞ……!?

 

「というわけですディア。正直、もう……私は私を捧げることくらいしか、ご奉仕できることがありません!」

 

「その進化チャートはマズイってレティ。俺がダメ人間になっちまうって」

 

「なにかありませんか? 私にしたい、あれやこれやな欲望は!」

 

「あれやこれやと言われても……」

 

 ──なくはない、が。

 その欲望の大半は俺の伴侶としての株を賭けるレベルのものだ。っつーかほとんどエロ方面しかない。ああそうですよ健全な十六歳男子、あんだけヤっても性欲は尽きることを知らぬよどうなってんだよこの煩悩は!!

 

「じゃあ……一つだけ……」

 

「! な、なんですか?」

 

 あくまでも健全な範囲で──俺が今もなお長らく抱えている欲望にして煩悩。それは──

 

「──レティ。あの正装っぽい白いドレス姿……見せてもらえるか?」

 

 

     ◆

 

 

 食器類を流し台へと片し終えたあと。

 リビングで、その儀式は執り行われた。

 

「えー……と……これで、いいんですか?」

 

 ──そこには天使がいた。大天使だった。いいや、白き女神そのものがいた。

 普段生活している平和なリビングに!! ウェディングドレス風の戦装束をまとったレスティアートがあらわれた!!

 

 ギャップがすげー。

 背景との嚙み合わなさがすげー。

 

 絵面は完全に非日常。家の中に魔法少女が登場した! ぐらいにインパクトのある絵面だ。いっそコスプレの衣装合わせにも近い雰囲気さえある。

 

「なぁ、この服って元々は……?」

 

「えと、王家から最後に授かった装束ですね。ドレスは王女としての威厳を示すためのものかと思ってましたけど、今思えば死に装束ですかね、これ」

 

 ……恋に恋する乙女。衣服は永遠に叶わぬ花嫁という夢の証。

 なんだその皮肉、効きすぎだろ。合理主義を通り過ぎて悪趣味すぎる。俺がいるからそんな皮肉はもう無効だがな!

 

「ふーん……美しいじゃん」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

「俺と永遠に結婚してくれ」

 

「よ……喜んで……」

 

 跪いて手を取ると、赤面したレティがこくりと頷く。

 はい、今日のかわいい。ノルマ達成。

 

「鎧、ついてるけど……重くねぇ?」

 

「うーん、慣れですかね。霊力や精霊としての機能で、そういった不便さとは縁遠いですし……私、キリセより力持ちですよ? お姫様だっこしてあげましょうか」

 

「き、緊急時の時はな……しかし……ふーん…………ふーん」

 

 じろじろ、ぐるぐるとレティの周囲を回る。

 見れば見るほど美しいデザインの鎧ドレスだ。普段の戦闘では制服姿で出撃してもらっているので、なかなか見る機会がない決戦衣装という具合である。

 

「なんつーか……すげー率直な感想になっちまうけど、きわどいな」

 

「ええ……こ、こんなに露出が少ないのに……」

 

「だからこそだ。少ない露出はそれだけ想像力を搔き立てられるものなんだよ。肌を見せてないからって安心するな。人類の煩悩を甘く見るな。鎧とドレスに隠れていようが、俺はお前がどんな体型なのか知り尽くしているからな。逆に言おう。エロすぎる、と」

 

「ひえぇ……」

 

 知らない世界です……と恐れおののくレティ。

 これが人間界の業というやつだ。一つ学んだな。

 

「……ていうか根本的な、構造的な疑問なんだが。これ、飛行してる最中とか、下から見えたらアウト──」

 

「──霊力で認識阻害しているので、問題ありません」

 

「なんだと……」

 

「……まぁ、ディアには、効果はありませんが……」

 

 ……。

 ……おもむろに裾を掴むと、咄嗟にレティがスカートを抑えた。

 

 

「まったく、ディアはえっちで困りますね。どうしてそうなってしまったのですか。私以外の女の子と付き合っていたら、即破局しますよというかさせますよ」

 

「在りもしない可能性の話でキレるなよ。あと、俺の状態は全面的にレティのせいだろ」

 

「人のせいにしないでくださいっ。ディアが私の理想形すぎるのがいけないのです」

 

「それこそそっちの理屈が入りすぎてるじゃねぇか……」

 

 あらゆる角度からレスティアートを眺めつつ、そんな軽口を叩き合う。

 初めは携帯での撮影を試みたのだが、レンズ越しではどうしても実体と情報量が削減されてしまうので諦めた。自分の記憶領域の方がよほど信頼できる。音、匂い、触覚が強制カットされる撮影技術の限界よ。人類の技術もまだまだだ。

 

「このドレス、物質的にはどうなってんだ? 素材は?」

 

「霊力の繊維ですよ。ドレス自体が術式といいますか。なので霊力の流れを変えれば──ほら」

 

 すると、鎧部分がパッと消えた。

 ……少し胸元辺りの肌の露出が増えて、非常に、こう。

 

「む。おっぱいを見すぎです」

 

 さっと両腕で隠されてしまう──隠れてしまう程度の膨らみなのだ。だが隠されると余計に意識してしまうのが人間である。

 

「すまんな。つい触感を思い出すと」

 

「え、えっちです!」

 

 赤く頬を膨らませるレティだが、怒ってそうな割には嬉しそうだ。

 ともあれ。

 

「よし──ちょっと待ってろ」

 

「?」

 

 俺はいったん自室に行って、あるものを取ってきた。

 それは手帳と、シャーペンと──巻尺(メジャー)だった。

 

「えっと、それは一体……?」

 

「レティ、この状況から更に頼み事で申し訳ない限りなんだが」

 

「だ、大丈夫ですよ! ディアのお願いならなんでも言ってください!」

 

「採寸させてくれ」

 

 ……? とレティが小首を傾げた。目が点になっている。かわいい。

 だが真面目な話である。俺にとっては極めて重要な案件だ。

 

「つまり、なるべく素肌が見えるエロい格好になってほしいという意味なんだが」

 

「言い直さなくてもわかりますっ!? か、構いませんが、なぜ……」

 

「レティの魅力を引き出すには、やっぱ市販の服じゃ物足りないと思ってな」

 

 それを、このドレス姿を見て確信した。

 “王女レスティアート”に相応しい正式装束。これはその見本だ。故に分かった。普段のゴスロリや現代の日常服ではやはり限界がある。彼女の美しさを引き出し切れていない、絶対的な“差”があるのだと──!

 

「なので──お前の服を作りたい。いや、作らせてくれ」

 

「つくっ!? え、服を!?」

 

「と言っても初心者の作るモンだから気長に待ってて欲しいんだが……そのためにはまず、お前の体の数値(データ)が必要なんだ……!」

 

「言い方ぁ!? でも、そんな、そ、そこまで…………して、くれるんですか……」

 

 これは単に、自分の恋人をめちゃくちゃに着飾りたい、という欲望の延長線なのだが。

 しかし、だったら、どうせなら己でデザインして製作したものを着てもらいたいもんだ。この鎧ドレスに負けないほどの、レスティアートに相応しい衣服を作りたい……!

 

「ちなみに最終目標はウェディングドレスとか」

 

「好きなだけ測ってください、気が済むまで隅々までッ!!」

 

 するとドレス状態を解除し、普段着に戻ったレティがいそいそと脱衣し始める。

 あの正装姿、どうも衣装情報を上書きすることで表示されているらしい。なんか魔法少女っぽいな……

 

 ──それから十六歳バージョン、幼女バージョン両方の採寸を行った。

 頭の大きさ、首まわり、背中、腕、手首、指先、バスト、ウエスト、ヒップ、足のつま先まで全部測ってメモしていく。まるで神話の序文を記す記述者にでもなった気分だ。この数値群、一生忘れん。

 

「良し。こんなところか」

 

「ま、まさか二バージョンぶん採寸されるとは……」

 

「普段は幼女でいることが多いし、そっちの服も必要だろ?」

 

「まぁ……ディアに作って頂けるものであれば、なんでも欲しいですがっ」

 

 全ての記録が終わると、レスティアートが元の十六歳姿に戻って服を着始める。

 これで欲しかったデータは揃った。俺がデザインしたドレスをレティが着る……うーん、想像しただけで素晴らしい。この世に生を受けた意義を改めて感じる。

 

「ふむ……これでレティのフィギュア作りにも着手できそうだな……?」

 

「そ、それは……なんのために……?」

 

「崇め奉る用に欲しいなと思って」

 

「……ディアがどこを目指しているのか、私にはもうわかりません……」

 

 複雑そうな表情をするレティだった。そんなことを言われても、やりたいことは無限に出てくるのだ。この激情を収めるには、果たして永遠で足りるだろうか?

 

「──では次は、ディアの番ですね」

 

「ん? 俺?」

 

「採寸させていただきます──私もあなたの服、作ってみたくなってきたので!」

 

 いつの間にかレティがメジャーを構えていた。

 俺は手帳とペンを持ったまま、一歩後ろに下がる。

 

「あら? どうしたんですかディア。なぜ離れるんです? うふふ」

 

「いや……その……採寸で終わってくれるような気が、全然しないっつーか……!」

 

 本能的な危機察知である。

 危機というか、予感というか。

 メジャーの構え方が、狩人のそれにしか見えないというかですね──!!

 

「大丈夫ですよ! 変なものは作りませんから! ──さぁ!!」

 

「うぐぅ!?」

 

 刹那、飛び掛かられたかと思うとソファに倒れ込まされた。

 上にレティが覆い被さり、ギラッとした眼が見下ろしてくる。

 

「王族にしてはやっぱ肉食的すぎだよお前! 朝の貞淑さはどこいった!?」

 

「ディアに色気があるのが悪いんですよ! ワイシャツをきちんと着てください、首元を晒さないでください! 手が大きい割に指が細いんですよ! えっちです!」

 

「何がだよ!? どういうことなの!?」

 

 な、何を言われてるかさっぱりわからねぇ……! エロってのは女体に見出されるものではないのか!? 俺の体のどこに何を見てるんだ、レスティアート!?

 

「採寸の時間です──!!」

 

「採寸にこの姿勢(カッコ)はおかしいと思うのは俺だけかぁ──!?」

 

 今日の休日はこんな感じで、俺の断末魔がオチとなった。

 

 

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