「あっ! ディアー!」
屋上の扉を開けて踏み込むなり、白い少女型の弾丸が俺の腹に突き刺さった。
つーか吹っ飛んだ。
声がするなり振り向き、抱き留めようとした己が反射神経を讃えよう。しかし俺ができたのはそこまでで、後は衝突による推進力をモロに喰らい、そのままフェンスへと雪崩れ込んだ。
「ぐはっ……!!」
こ、これがレスティアートミサイル……! 仮説上の概念だったが、実際に喰らうと想定以上の威力だ! 計算式を見直す必要があるぞ……これは学会に激震が走る! 場合によっては計測した推進力を元に、星間飛行さえ可能になるやも──
「すんすんすん……ああ、この手触りこの体温この匂い! 間違いなく私のディア! ……ん?」
盛大に俺を押し倒し、歓喜の声をあげていた麗しき白髪の乙女は、しかし。
「──他の女の匂いがしますね?」
絶対零度の微笑み。
さっきまで不良だらけのむさ苦しい状況だったので、一瞬なんのこっちゃと思ったが──あぁアレか。図書室で会った奴のことか。
「す……すまん。判決は無期懲役で構わねぇぞ……」
「は、早まらないでください……自己弁護の機会を与えましょう。さぁどうぞ」
「図書室に行ったら頭のおかしい女がいて、冷血漢と思われたまま野に放っちまった」
「大丈夫なんですかそれは!?」
わからん……と俺も曖昧な表情を作るしかない。
後はあの日下部次第だ。あの復讐者ガール、俺はどうやって鎮めればいいか見当もつかん。
ともあれ、そこでようやく立ち上がる。フェンスから降りると、それらは自動的に修復されていく。相変わらず便利な機能を持ってる学園だ。
「それにしても、寄り道してたんですか? 随分と遅かったですが……」
「あー……それは……」
一緒についてきていた良夜の方を見やる。突然の精霊ミサイルに呆気に取られていたが、ハッとなって苦笑を浮かべた。それで言葉を決める。
「まぁ……ちょっと塵掃除をな」
「ごみそうじ」
「そうだろ? なぁ良夜?」
「えっ!? ううん……ま、まぁ……そうと言えなくもないような、人としてそうは言っちゃいけないような…………?」
しどろもどろな良夜には呆れ果てる他にない。なんだこいつ、嘘が下手すぎか。そんなんで謀略まみれという噂の貴族社会を乗り切れるのか?
「……ふーん。男の人同士のヒミツというやつですか。ふーん!」
「おいおいなんだその反応。可愛すぎるだろ」
「そ、そんなコト言っても騙されませんから! アンコール!!」
本音がダダ洩れている。やはり可愛い。
この恋人、やはり我が生涯の癒しすぎる。
「なんてこと……まさか、斬世くんが私のライバルだったの……?」
などと言っているのは、安定のベンチ待機の架鈴だ。
言葉に反して態度があまりに余裕面すぎる。絶対ライバル視してねーだろ。
「? 斬世が架鈴のライバルだったら……え!? レティちゃんを巡って修羅場る……ってコト!?」
「そいつは修羅場じゃなくて戦争だ」
「声色がガチすぎて怖い。私じゃ勝てないでしょこれ」
「ディアの嫉妬……美味しすぎます……!」
悪ノリしている恋人の頬はむにーっとつまんでおく。しかし、それでも恍惚とした表情をするだけだった。レティ、お前なんか変な趣味に目覚め始めてやいないか?
「……て、昼休みが終わっちまったじゃねーか」
予鈴が鳴って、一口も昼飯を食えていない現状に絶望する。
今日の午後も界域調査があるはずだ──仕方ない、現地で食うしかねぇか。
「お、いたいた。もう集まってるたぁ、感心だな若人ども」
「──芒原?」
不意に、屋上入口に白衣の担任教師が現れた。
昼休みが終わったからって今日は仕事熱心がすぎる。いつもは少し遅刻してくるというのに。
「業務連絡だ。午後の授業はナシ、さっさと帰れ」
「え……?」
「なにかあったんですか?」
レティの問いに、芒原はメンドくさそうな顔をしたが……英雄精霊からの質問は無碍にできないのか、渋々こう答えた。
「どこぞの犯罪者どもが界域に逃亡したんだってよ。犯人が捕まるまで、学生精霊士は強制下校だ」
◆
その後、芒原の言った通り、自分の教室に戻ると、つつがなく帰りの会があって解散した。
大半の低級精霊士は授業が消えてラッキーと話していたが、上級精霊士の一部は納得いかない様子だ。界域への立ち入りは禁止されたが、訓練棟が解放されるというので、そっちで鍛錬に切り替える奴らが多いようだった。
(これで放課後……ってことは……)
二通目の呼び出しの時間だ。
──奏宮華楓。生徒会副会長。
今度は一人で来いというような条件もないし、このままさっさと片しに行こうと教室を出たところで、
「やっほ。斬世くん、いま帰り?」
意外な奴がいた──架鈴だった。
革の学校鞄を手に、昼休みから変わらぬ涼し気な表情で。
「帰りだが……なんか用か?」
「うん。午後の予定が丸ごと消えちゃったからね。この機会に、皆で遊びに行きたいな、と思って」
「遊びに……? あー、いや」
要するにそれは、暇だから暇を潰しに行こうぜ──という、ありふれた誘いなんだろうが。
こっちには、既に先約が入っている。
「ん、なに? あんまり乗り気じゃないね。やっぱりレティちゃん優先?」
「そこまで友情に薄情になった覚えはねぇが……ちと予定があってな」
「予定? もしかして界域に無断侵入しようとか考えてる?」
「てねーよ。単純に先約だ。呼び出されててな」
ふうん、とやっぱり冷めた目でいる架鈴だった。いや、元からずっと冷めているというか、普段から少々、感情が掴めない奴という印象ではあるのだが……
「それって、もしかしてお姉ちゃん辺りからだったりする?」
「エスパーか何かかお前は」
「いや、斬世くんを一方的に呼び出せるような相手って、お姉ちゃんくらいかなと」
……こいつの中で、俺と副会長ってどんなイメージになってるんだろう。
聞いてみたいような、別に聞きたくないような。
「けどまぁ、なるほどね。でも斬世くん、それなら行かなくていいかも」
「は?」
「お姉ちゃんは約束を反故にされたくらいじゃ怒らないから」
……ど、どうだろう。
それは実妹であるお前だからこそ下せる判断であって、不良と生徒会、対立する立場の人間同士に当てはめるのは、割とリスキーな行為なのでは……、
「とにかく、善は急げだよ。良夜も待ってるから、早く行こう?」
「約束を反故にすることは善なのか……?」
「妹の意見は姉よりも優先されるものなんだよ」
「そうなのか!?」
『か、偏った思想だと思いますが……たぶん』
レティの注釈でハッと我に返る。
危ねぇ危ねぇ。間違った知識をインストールされるところだった。
「それにこういう機会、本当に滅多にないから。すぐ家からお迎えが来ちゃうからね、私。放課後に友達と遊ぶとか、憧れなんだ」
「……」
そういう事か。
学園では俺といるだけで悪目立ちするのにも関わらず、こうしてやけに押しが強いのは。
そういう事情。
「……分ぁったよ。ただまぁ、口利きは妹のお前からしといてくれよ?」
「任せて。お姉ちゃんを言いくるめるのは得意だから」
それは実妹としてあっていいスキルなのか? と訊き返したくはなったが。
副会長には悪いが、今回は友人たちを優先させてもらうことにした。
◆
「ねえ、致命的なことに俺は気づいちゃったんだけどさ」
三人で校門を出て、それから適当に街をぶらつき始めたところで、良夜が立ち止まった。
愕然と。世界の真理でも発見してしまったような面持ちで──
「……あんまり遊んだことないから、どこにどう行けばいいのか、全っ然、分からない……!?」
「嘘だろお前……?」
「貴族層は大体そうじゃない? 遊ぶって言えば、芸術鑑賞したり買い物したりとか……それくらいだし」
「マジで言ってんのか?」
帰りの学生らしい遊び……というのに、こいつらは縁がないのか。
思えば先日のデートでも、こいつらは飲み食いする、買い物する、映画を観る、という外出における基本的な工程しかとっていなかった。
「それでよく人を誘えたなお前ら……」
「し、仕方ないじゃん。斬世はどうやって遊んでたのさっ」
「そりゃあ──」
引っ越してくる前にいた町のことを思い出しながら、俺は言う。
「そこらの駄菓子屋に寄ったり、廃墟巡ったり、魔獣斬ったり、界域で迷ったり、野宿したり、かな」
「……あの。それ全然遊び要素、皆無だよね。死にかけてるよねッ!?」
「過酷なコンクリートジャングルをサバイバルしてたんだね……てっきり、もっと過激なエピソードが出てくるかと思ってたけど」
「過激なエピソードぉ?」
聞き返すと、良夜が指折り数え始める。
「カツアゲとか万引きとか賭博とか……あとケンカ?」
「喫煙、飲酒、放火、食い逃げとかね」
「お前らの発想の方が怖いんだけど……」
他人のモンを欲しがるほど落ちぶれちゃいないし、自由に使える金も多くなかったし、飲食店の類はそもそもなかったし。
あの当時は喫煙とか飲酒よりも体に悪ィ
ともあれ、越してきたばかりのこっちの街については俺もまだ学習途中だ。
“どうやって遊ぶのか”という問いに対しては、まず現地を巡るしか方策がないわけだが──
「……ん? ゲーセンがあるじゃねぇか。あそこでいいだろ」
「げ、げーせん!? い、行っていいの!? 学校の帰りなのに! 休みの日でもないのに!?」
「常識の乖離が凄まじいな……」
俺もそんなに活用した経験は少ないけど。あそこ、基本的に金がないと楽しめないしな。
だがこいつらは貴族、すなわち金持ちだ。ならば、今回の趣向にはピッタリの場所ではないか?
というわけでゲームセンター。
金と時間をむしり取ることに特化した娯楽だらけの施設に、しかし初見さんの若干二名は物珍しそうにきょろきょろしている。音も色もうるさい所だが、外と隔絶したこの空気は、文明が生んだ一種の異界といえよう。
「あっ、これクレーンゲーム!? クレーンゲームだ! 本当にあったんだ!」
「一回百円、五百円で六回……つまりセール中ってこと?」
(カモにしか見えん……)
本当に連れてきてよかったんだろうか、と遅まきながら罪悪感じみたものがわいてくる。
なんかエリートに悪い遊びを教えてるみたいだ。まさしく不良でしかない。
「……わー」
声にバッと振り向くと、クレーンゲームの一台に張り付いている恋人の姿を目にした。
ガラスケースの中にあったのは、白い狼のぬいぐるみ。俺としては予想外のチョイスだが、特になにかを考える前に、チャリンとコイン投入でゲームを開始していた。
「待ってろ。すぐ取ってやる」
「え!? あっ、もう始まってる!? 即断すぎませんか!」
「即断? 違うな、呼吸だよ」
「カッコいいですけど何か間違っているようなー!?」
ボタンを操作すると、ウィーンとアームが動いていく。
位置角度調節、下降、捕獲。しかし──アームの先が、引っかかっただけですり抜ける。
ウィーン……と無情に元の位置へと戻っていくクレーン。
……この虚脱感、敗北感、ああ確かに、これが「クレーンゲーム」だったな……!
「あ……ざ、残念でしたね。では次に──」
「何を言っているレティ。ここからが本番だぞ?」
ためらうことなく五百円を投入する。これで六回プレイだ。
必ず獲る。破産してでも。
「ディアがもう市場戦略に呑まれてます……!? わ、私が軽率に眺めていたばっかりに!」
「こ、これが『ゲーセン』の魔力……! あの斬世が、こうも一瞬で……!!」
「私たち、恐ろしいところに来ちゃったみたいだね……?」
──それから俺はクレーンゲームで激戦を繰り広げ、無事に景品をゲットし。
良夜と架鈴も、彼らなりに楽しんでいたようで、合流した頃には、ガチャガチャやらアーケードゲームやらに興じていた。
それで良夜が全敗したり、レティが華麗にダンスゲームを舞ったり(無論撮影した)、架鈴にはどうやらレースゲームまで含めた対戦ゲーの才能があることが発覚したり、俺はどうやら射撃系のゲームはさっぱり向いてないことが判明したりした(レティに対して全敗である)。
ゲーセンで二時間ほど遊んだ後は、適当に外に出て近場の公園で買い食いしたり。
なんとなくCDショップに立ち寄って、ブームの過ぎた楽曲を買ってみたり。
ボウリング場、バッティングセンター、カラオケなんかを梯子してみたり。
そういう、精霊士とも界域ともなんら関係のない、ただの学生っぽいことを色々やった。
「はー……なんか、思ったより遊んじまったな……」
空が橙に焼けてきた頃、戻ってきた公園のベンチに座りながら呆然とする。
なんか勢いで時間を駆け抜けたせいで、今さら疲労感が追いついてきた。
「当世には飽きがありませんね。暇を潰す手段が豊富というか、飽和しているというか……」
俺の左隣にぴったりくっついて座るレティも、ぬいぐるみを抱えながらそんなことを言っている。
豊富、飽和……か。確かにそうだ。異界に侵蝕されながらも、現世にはまだこれだけの情報が残っている。
多くの伝承を魔獣に「食わ」れ。
少なくない構成情報を異界に「蝕ま」れ。
それでもなお、この世界はまだ生きている。生き続けている。
だから、それらが食われ続けて、全て無くなってしまうような事態を防ぐために。
この世界境界を護るために、精霊士がいる。
とはいえ──俺はレティの味方であって、世界の味方ではない。
護るものは決まっているし、選ぶものも決めている──
「──今日は、ありがとう。月並みな言葉だけど、すごく楽しかった」
右側のベンチに座っている架鈴が、そんなことを言った。
言い出しっぺとしてのまとめの挨拶だろうか。律儀な奴だ。
「そうかよ。満足したなら何よりだ」
「私としても、とても新鮮な時間でした!」
「うん、俺も楽しかった! また来ようよ、架鈴!」
「……そうだね。そう言ってもらえると、すごく嬉しい」
架鈴がそう言ったところで、くいくい、と俺の袖をレティが引っ張った。
その顔はどこか嬉しそうな、ともすれば、ややニヤけるのを堪えるような微笑みで──
「──さ、ディア。名残惜しいですが、私たちはそろそろお暇しましょう!」
「ん? あぁ、そうだな。こんな時間だし……」
別れを惜しむような台詞に反して、なぜだか上機嫌なレティの様子は気になったが。
言葉に応じてベンチを立つ。しっかりと彼女の手を握りながら。
「また明日ねー! 斬世! レティちゃん!」
後ろからの良夜の声には軽く片手を振りつつ。
そうやって俺たちは──彼ら二人を残して、帰路についた。
◆
──二人の友人が去った後、呆れたように架鈴が零した。
「……レティちゃん、察し良すぎ。やっぱり王族なんだね」
「え、そうなの?」
「正体に関しては、よくある仮説の一つだったけどね。あの立ち振る舞い、お姫様だよ。貴族の……『家を背負う』って感じの姿勢じゃなくて、『国を背負う』って覚悟と責任のある、統治者」
ほへー、と架鈴の考察に、良夜は感心の声をあげる。
なにも考えてないかのようなリアクションだが、その実、しっかりと彼の人物データベースは更新されているに違いない。
「市場戦略とか、普通は出てこないしね……視点が違うよ。利用者じゃなくて、経営者視点だし」
「あ、確かに! 細かいとこに気付くねー、架鈴」
「……まあ、お手本にしてるところは、あるから」
「お手本……?」
他愛のない会話一つに、しかし如月良夜は気付いていない。
距離が近すぎる故か。
関わり過ぎているが故に、「その変化」に気付かない。
「ねえ、良夜」
「ん? なにー?」
だから彼女は、気付かれる前にと席を立った。
覚悟を決めた立ち上がり。次に彼の方を振り向いた時、彼女は臆さずこう告げた。
「──わたし、良夜のことが好きだよ」