境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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33 放課後短し恋せよ乙女

「あっ! ディアー!」

 

 屋上の扉を開けて踏み込むなり、白い少女型の弾丸が俺の腹に突き刺さった。

 つーか吹っ飛んだ。

 声がするなり振り向き、抱き留めようとした己が反射神経を讃えよう。しかし俺ができたのはそこまでで、後は衝突による推進力をモロに喰らい、そのままフェンスへと雪崩れ込んだ。

 

「ぐはっ……!!」

 

 こ、これがレスティアートミサイル……! 仮説上の概念だったが、実際に喰らうと想定以上の威力だ! 計算式を見直す必要があるぞ……これは学会に激震が走る! 場合によっては計測した推進力を元に、星間飛行さえ可能になるやも──

 

「すんすんすん……ああ、この手触りこの体温この匂い! 間違いなく私のディア! ……ん?」

 

 盛大に俺を押し倒し、歓喜の声をあげていた麗しき白髪の乙女は、しかし。

 

「──他の女の匂いがしますね?」

 

 絶対零度の微笑み。

 さっきまで不良だらけのむさ苦しい状況だったので、一瞬なんのこっちゃと思ったが──あぁアレか。図書室で会った奴のことか。

 

「す……すまん。判決は無期懲役で構わねぇぞ……」

 

「は、早まらないでください……自己弁護の機会を与えましょう。さぁどうぞ」

 

「図書室に行ったら頭のおかしい女がいて、冷血漢と思われたまま野に放っちまった」

 

「大丈夫なんですかそれは!?」

 

 わからん……と俺も曖昧な表情を作るしかない。

 後はあの日下部次第だ。あの復讐者ガール、俺はどうやって鎮めればいいか見当もつかん。

 

 ともあれ、そこでようやく立ち上がる。フェンスから降りると、それらは自動的に修復されていく。相変わらず便利な機能を持ってる学園だ。

 

「それにしても、寄り道してたんですか? 随分と遅かったですが……」

 

「あー……それは……」

 

 一緒についてきていた良夜の方を見やる。突然の精霊ミサイルに呆気に取られていたが、ハッとなって苦笑を浮かべた。それで言葉を決める。

 

「まぁ……ちょっと塵掃除をな」

 

「ごみそうじ」

 

「そうだろ? なぁ良夜?」

 

「えっ!? ううん……ま、まぁ……そうと言えなくもないような、人としてそうは言っちゃいけないような…………?」

 

 しどろもどろな良夜には呆れ果てる他にない。なんだこいつ、嘘が下手すぎか。そんなんで謀略まみれという噂の貴族社会を乗り切れるのか?

 

「……ふーん。男の人同士のヒミツというやつですか。ふーん!」

 

「おいおいなんだその反応。可愛すぎるだろ」

 

「そ、そんなコト言っても騙されませんから! アンコール!!」

 

 本音がダダ洩れている。やはり可愛い。

 この恋人、やはり我が生涯の癒しすぎる。

 

「なんてこと……まさか、斬世くんが私のライバルだったの……?」

 

 などと言っているのは、安定のベンチ待機の架鈴だ。

 言葉に反して態度があまりに余裕面すぎる。絶対ライバル視してねーだろ。

 

「? 斬世が架鈴のライバルだったら……え!? レティちゃんを巡って修羅場る……ってコト!?」

 

「そいつは修羅場じゃなくて戦争だ」

 

「声色がガチすぎて怖い。私じゃ勝てないでしょこれ」

 

「ディアの嫉妬……美味しすぎます……!」

 

 悪ノリしている恋人の頬はむにーっとつまんでおく。しかし、それでも恍惚とした表情をするだけだった。レティ、お前なんか変な趣味に目覚め始めてやいないか?

 

「……て、昼休みが終わっちまったじゃねーか」

 

 予鈴が鳴って、一口も昼飯を食えていない現状に絶望する。

 今日の午後も界域調査があるはずだ──仕方ない、現地で食うしかねぇか。

 

「お、いたいた。もう集まってるたぁ、感心だな若人ども」

 

「──芒原?」

 

 不意に、屋上入口に白衣の担任教師が現れた。

 昼休みが終わったからって今日は仕事熱心がすぎる。いつもは少し遅刻してくるというのに。

 

「業務連絡だ。午後の授業はナシ、さっさと帰れ」

 

「え……?」

 

「なにかあったんですか?」

 

 レティの問いに、芒原はメンドくさそうな顔をしたが……英雄精霊からの質問は無碍にできないのか、渋々こう答えた。

 

「どこぞの犯罪者どもが界域に逃亡したんだってよ。犯人が捕まるまで、学生精霊士は強制下校だ」

 

 

     ◆

 

 

 その後、芒原の言った通り、自分の教室に戻ると、つつがなく帰りの会があって解散した。

 大半の低級精霊士は授業が消えてラッキーと話していたが、上級精霊士の一部は納得いかない様子だ。界域への立ち入りは禁止されたが、訓練棟が解放されるというので、そっちで鍛錬に切り替える奴らが多いようだった。

 

(これで放課後……ってことは……)

 

 二通目の呼び出しの時間だ。

 ──奏宮華楓。生徒会副会長。

 今度は一人で来いというような条件もないし、このままさっさと片しに行こうと教室を出たところで、

 

「やっほ。斬世くん、いま帰り?」

 

 意外な奴がいた──架鈴だった。

 革の学校鞄を手に、昼休みから変わらぬ涼し気な表情で。

 

「帰りだが……なんか用か?」

 

「うん。午後の予定が丸ごと消えちゃったからね。この機会に、皆で遊びに行きたいな、と思って」

 

「遊びに……? あー、いや」

 

 要するにそれは、暇だから暇を潰しに行こうぜ──という、ありふれた誘いなんだろうが。

 こっちには、既に先約が入っている。

 

「ん、なに? あんまり乗り気じゃないね。やっぱりレティちゃん優先?」

 

「そこまで友情に薄情になった覚えはねぇが……ちと予定があってな」

 

「予定? もしかして界域に無断侵入しようとか考えてる?」

 

「てねーよ。単純に先約だ。呼び出されててな」

 

 ふうん、とやっぱり冷めた目でいる架鈴だった。いや、元からずっと冷めているというか、普段から少々、感情が掴めない奴という印象ではあるのだが……

 

「それって、もしかしてお姉ちゃん辺りからだったりする?」

 

「エスパーか何かかお前は」

 

「いや、斬世くんを一方的に呼び出せるような相手って、お姉ちゃんくらいかなと」

 

 ……こいつの中で、俺と副会長ってどんなイメージになってるんだろう。

 聞いてみたいような、別に聞きたくないような。

 

「けどまぁ、なるほどね。でも斬世くん、それなら行かなくていいかも」

 

「は?」

 

「お姉ちゃんは約束を反故にされたくらいじゃ怒らないから」

 

 ……ど、どうだろう。

 それは実妹であるお前だからこそ下せる判断であって、不良と生徒会、対立する立場の人間同士に当てはめるのは、割とリスキーな行為なのでは……、

 

「とにかく、善は急げだよ。良夜も待ってるから、早く行こう?」

 

「約束を反故にすることは善なのか……?」

 

「妹の意見は姉よりも優先されるものなんだよ」

 

「そうなのか!?」

 

『か、偏った思想だと思いますが……たぶん』

 

 レティの注釈でハッと我に返る。

 危ねぇ危ねぇ。間違った知識をインストールされるところだった。

 

「それにこういう機会、本当に滅多にないから。すぐ家からお迎えが来ちゃうからね、私。放課後に友達と遊ぶとか、憧れなんだ」

 

「……」

 

 そういう事か。

 学園では俺といるだけで悪目立ちするのにも関わらず、こうしてやけに押しが強いのは。

 そういう事情。

 

「……分ぁったよ。ただまぁ、口利きは妹のお前からしといてくれよ?」

 

「任せて。お姉ちゃんを言いくるめるのは得意だから」

 

 それは実妹としてあっていいスキルなのか? と訊き返したくはなったが。

 副会長には悪いが、今回は友人たちを優先させてもらうことにした。

 

 

     ◆

 

 

「ねえ、致命的なことに俺は気づいちゃったんだけどさ」

 

 三人で校門を出て、それから適当に街をぶらつき始めたところで、良夜が立ち止まった。

 愕然と。世界の真理でも発見してしまったような面持ちで──

 

「……あんまり遊んだことないから、どこにどう行けばいいのか、全っ然、分からない……!?」

 

「嘘だろお前……?」

 

「貴族層は大体そうじゃない? 遊ぶって言えば、芸術鑑賞したり買い物したりとか……それくらいだし」

 

「マジで言ってんのか?」

 

 帰りの学生らしい遊び……というのに、こいつらは縁がないのか。

 思えば先日のデートでも、こいつらは飲み食いする、買い物する、映画を観る、という外出における基本的な工程しかとっていなかった。

 

「それでよく人を誘えたなお前ら……」

 

「し、仕方ないじゃん。斬世はどうやって遊んでたのさっ」

 

「そりゃあ──」

 

 引っ越してくる前にいた町のことを思い出しながら、俺は言う。

 

「そこらの駄菓子屋に寄ったり、廃墟巡ったり、魔獣斬ったり、界域で迷ったり、野宿したり、かな」

 

「……あの。それ全然遊び要素、皆無だよね。死にかけてるよねッ!?」

 

「過酷なコンクリートジャングルをサバイバルしてたんだね……てっきり、もっと過激なエピソードが出てくるかと思ってたけど」

 

「過激なエピソードぉ?」

 

 聞き返すと、良夜が指折り数え始める。

 

「カツアゲとか万引きとか賭博とか……あとケンカ?」

 

「喫煙、飲酒、放火、食い逃げとかね」

 

「お前らの発想の方が怖いんだけど……」

 

 他人のモンを欲しがるほど落ちぶれちゃいないし、自由に使える金も多くなかったし、飲食店の類はそもそもなかったし。

 

 あの当時は喫煙とか飲酒よりも体に悪ィ(モン)を実家連中に実験されてたから、興味持ったこともないな……あと、あの町で喧嘩する相手は基本的に魔獣だった。不良同士の喧嘩なんかやってたら横から魔獣が出てきて死にかけるのがデフォだ。そういう意味では人間の治安はよかったな。

 

 ともあれ、越してきたばかりのこっちの街については俺もまだ学習途中だ。

 “どうやって遊ぶのか”という問いに対しては、まず現地を巡るしか方策がないわけだが──

 

「……ん? ゲーセンがあるじゃねぇか。あそこでいいだろ」

 

「げ、げーせん!? い、行っていいの!? 学校の帰りなのに! 休みの日でもないのに!?」

 

「常識の乖離が凄まじいな……」

 

 俺もそんなに活用した経験は少ないけど。あそこ、基本的に金がないと楽しめないしな。

 だがこいつらは貴族、すなわち金持ちだ。ならば、今回の趣向にはピッタリの場所ではないか?

 

 というわけでゲームセンター。

 金と時間をむしり取ることに特化した娯楽だらけの施設に、しかし初見さんの若干二名は物珍しそうにきょろきょろしている。音も色もうるさい所だが、外と隔絶したこの空気は、文明が生んだ一種の異界といえよう。

 

「あっ、これクレーンゲーム!? クレーンゲームだ! 本当にあったんだ!」

 

「一回百円、五百円で六回……つまりセール中ってこと?」

 

(カモにしか見えん……)

 

 本当に連れてきてよかったんだろうか、と遅まきながら罪悪感じみたものがわいてくる。

 なんかエリートに悪い遊びを教えてるみたいだ。まさしく不良でしかない。

 

「……わー」

 

 声にバッと振り向くと、クレーンゲームの一台に張り付いている恋人の姿を目にした。

 ガラスケースの中にあったのは、白い狼のぬいぐるみ。俺としては予想外のチョイスだが、特になにかを考える前に、チャリンとコイン投入でゲームを開始していた。

 

「待ってろ。すぐ取ってやる」

 

「え!? あっ、もう始まってる!? 即断すぎませんか!」

 

「即断? 違うな、呼吸だよ」

 

「カッコいいですけど何か間違っているようなー!?」

 

 ボタンを操作すると、ウィーンとアームが動いていく。

 位置角度調節、下降、捕獲。しかし──アームの先が、引っかかっただけですり抜ける。

 ウィーン……と無情に元の位置へと戻っていくクレーン。

 ……この虚脱感、敗北感、ああ確かに、これが「クレーンゲーム」だったな……!

 

「あ……ざ、残念でしたね。では次に──」

 

「何を言っているレティ。ここからが本番だぞ?」

 

 ためらうことなく五百円を投入する。これで六回プレイだ。

 必ず獲る。破産してでも。

 

「ディアがもう市場戦略に呑まれてます……!? わ、私が軽率に眺めていたばっかりに!」

 

「こ、これが『ゲーセン』の魔力……! あの斬世が、こうも一瞬で……!!」

 

「私たち、恐ろしいところに来ちゃったみたいだね……?」

 

 

 ──それから俺はクレーンゲームで激戦を繰り広げ、無事に景品をゲットし。

 良夜と架鈴も、彼らなりに楽しんでいたようで、合流した頃には、ガチャガチャやらアーケードゲームやらに興じていた。

 

 それで良夜が全敗したり、レティが華麗にダンスゲームを舞ったり(無論撮影した)、架鈴にはどうやらレースゲームまで含めた対戦ゲーの才能があることが発覚したり、俺はどうやら射撃系のゲームはさっぱり向いてないことが判明したりした(レティに対して全敗である)。

 

 ゲーセンで二時間ほど遊んだ後は、適当に外に出て近場の公園で買い食いしたり。

 なんとなくCDショップに立ち寄って、ブームの過ぎた楽曲を買ってみたり。

 ボウリング場、バッティングセンター、カラオケなんかを梯子してみたり。

 

 そういう、精霊士とも界域ともなんら関係のない、ただの学生っぽいことを色々やった。

 

「はー……なんか、思ったより遊んじまったな……」

 

 空が橙に焼けてきた頃、戻ってきた公園のベンチに座りながら呆然とする。

 なんか勢いで時間を駆け抜けたせいで、今さら疲労感が追いついてきた。

 

「当世には飽きがありませんね。暇を潰す手段が豊富というか、飽和しているというか……」

 

 俺の左隣にぴったりくっついて座るレティも、ぬいぐるみを抱えながらそんなことを言っている。

 

 豊富、飽和……か。確かにそうだ。異界に侵蝕されながらも、現世にはまだこれだけの情報が残っている。

 

 多くの伝承を魔獣に「食わ」れ。

 少なくない構成情報を異界に「蝕ま」れ。

 それでもなお、この世界はまだ生きている。生き続けている。

 

 だから、それらが食われ続けて、全て無くなってしまうような事態を防ぐために。

 この世界境界を護るために、精霊士がいる。

 

 とはいえ──俺はレティの味方であって、世界の味方ではない。

 護るものは決まっているし、選ぶものも決めている──

 

「──今日は、ありがとう。月並みな言葉だけど、すごく楽しかった」

 

 右側のベンチに座っている架鈴が、そんなことを言った。

 言い出しっぺとしてのまとめの挨拶だろうか。律儀な奴だ。

 

「そうかよ。満足したなら何よりだ」

 

「私としても、とても新鮮な時間でした!」

 

「うん、俺も楽しかった! また来ようよ、架鈴!」

 

「……そうだね。そう言ってもらえると、すごく嬉しい」

 

 架鈴がそう言ったところで、くいくい、と俺の袖をレティが引っ張った。

 その顔はどこか嬉しそうな、ともすれば、ややニヤけるのを堪えるような微笑みで──

 

「──さ、ディア。名残惜しいですが、私たちはそろそろお暇しましょう!」

 

「ん? あぁ、そうだな。こんな時間だし……」

 

 別れを惜しむような台詞に反して、なぜだか上機嫌なレティの様子は気になったが。

 言葉に応じてベンチを立つ。しっかりと彼女の手を握りながら。

 

「また明日ねー! 斬世! レティちゃん!」

 

 後ろからの良夜の声には軽く片手を振りつつ。

 そうやって俺たちは──彼ら二人を残して、帰路についた。

 

 

     ◆

 

 

 ──二人の友人が去った後、呆れたように架鈴が零した。

 

「……レティちゃん、察し良すぎ。やっぱり王族なんだね」

 

「え、そうなの?」

 

「正体に関しては、よくある仮説の一つだったけどね。あの立ち振る舞い、お姫様だよ。貴族の……『家を背負う』って感じの姿勢じゃなくて、『国を背負う』って覚悟と責任のある、統治者」

 

 ほへー、と架鈴の考察に、良夜は感心の声をあげる。

 なにも考えてないかのようなリアクションだが、その実、しっかりと彼の人物データベースは更新されているに違いない。

 

「市場戦略とか、普通は出てこないしね……視点が違うよ。利用者じゃなくて、経営者視点だし」

 

「あ、確かに! 細かいとこに気付くねー、架鈴」

 

「……まあ、お手本にしてるところは、あるから」

 

「お手本……?」

 

 他愛のない会話一つに、しかし如月良夜は気付いていない。

 距離が近すぎる故か。

 関わり過ぎているが故に、「その変化」に気付かない。

 

「ねえ、良夜」

 

「ん? なにー?」

 

 だから彼女は、気付かれる前にと席を立った。

 覚悟を決めた立ち上がり。次に彼の方を振り向いた時、彼女は臆さずこう告げた。

 

 

「──わたし、良夜のことが好きだよ」

 

 

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