「カリンさんのあの雰囲気、告白でしたね」
「え、マジで」
帰宅後──リビングのソファで、不意にレティが口にした推理に驚愕する。
俺は彼女の膝上、つまり太ももを枕にして横になっている状態だったので、派手なリアクションは出来ず、ただ目を見開くだけに終わったが。
しかし驚いてから、眉をひそめる。
「……あれ。あいつらってまだ付き合ってなかったっけ……?」
「まー、普段からカリンさんがアタックしまくっていましたからね。正式な告白、つまりお付き合いを申し込む手続きは、まだだったのかと」
「そうかー……」
ってなると、これから芒原の奴は二組のリア充カップルを相手に授業せざるを得ないってわけか。
想像するに、なかなか酷な状況だ。ブラックコーヒーを常備するようになるかもしれん。
「つーか、付き合ってなにか変わるのかあいつら」
「多少はあるんじゃないですか? ディアや私のように」
……まあ、そうかもしれない。
付き合うどうこう以前に俺は、レスティアートと出会うか出会わないかで、人格分岐が発生するタイプだけども。
「ディアは私と出会ってなかったら、どうなっていたんですかねぇ」
「少なくとも、今よりはつまんねぇ男だろうな」
「それ、まるでご自分が面白枠になっていると言っちゃってません?」
「いやまぁ……比較対象がお前と会う前の俺だし」
少なくとも、こうして膝枕に甘んじてはいまい。
料理も裁縫も、全てレスティアートがいたから開拓し始めた趣味だ。
「でも、人助けは前からしてましたよね。手当たり次第というか、目につき次第。そのへん、どういった心境なんです?」
「どうって……」
どうって言われても。
ありゃ善意でも自己満足でもなく、ただの八つ当たりだ。
「うーん。どうやら相応に捻くれた出力の結果のようですね?」
「そういうレティはどうなんだよ。俺と出会ってなかったら──……」
「なかったら、つまり、あの日あの夜、あなたと出会わなかった私……ですか。うーん、どうなんでしょうねぇ。淑女度は高いかもしれませんね!」
「淑女度って」
「今の私は恋人度が高めの私なのです♪」
身体を起こして、キスした。
そして再び横になる。見上げた景色はすばらしいものになっていた。
「…………にゃ、にゃにするんですか……」
「隙を見せたな、レスティアート。俺はいつでもお前の唇を狙っているぞ」
流されたままの、彼女の長い白髪の毛先を指でくるくるしながら言い放つ。
顔を真っ赤にした恋人は、ぷるぷると口を引き結んでいる。絶景かな絶景かな。
「……えっちです」
ジト目のレティだった。なぜだ──と思った途端、上から口付けが落ちてくる。
まぁ、なんにしても。
「お前と出会ってなかった世界なんて、想像もできないな」
◆
翌日。つまり翌朝。
今日は恋人の腕の中で目覚め(逆のこともある)、顔を洗って朝食を用意し(トースト&サラダ&フルーツだ)、寝間着から制服に着替え(レティが凄い見てくる)、手提げの学生鞄を手に(革製なので武器にもなるのだ)、家を出た(一緒に行くのに行ってきますのちゅーがある。何故だ)。
天気は快晴。いつも通りの登校日和。
少し気になることといえば──若干二名の、友人たちの関係の変化だろうか。
ぎこちなかったりするんだろうか。
付き合い立てのカップルっぽく。
そんなことを思いながら通学路を歩いていると、通り過ぎた公園に目が留まった。
公園の状態とか遊具にとか、という意味ではなく、そこにいた人影に目が留まった。
「あれ」
──良夜?
制服の後ろ姿だったが、あの背格好と黒髪は間違いない。でもってその近くには、少女がいた。
九……いや十歳くらいか? 服装は六月の外でも寒いんじゃないかと思える薄手の白いワンピース。膝裏まで届く長い銀髪が特徴的で、両手で黒猫らしきぬいぐるみを抱きかかえている。
「よ──」
良夜、と呼びかけようと踏み込んだ時、その少女が一瞬こちらを見た。
金色の瞳と目が合った──気がした。
だがそれは本当に一瞬で、次の瞬間、彼女はすばやく踵を返すと、どこかへ走り去っていってしまった。
『……なぁ、レティ。今のって』
『精霊──でしたね。それなりに格の高い個体のようでしたが、私の気配に恐れを成したのでしょう!』
そ、そうか。確かに、あの造り物めいた美形の雰囲気、人間っぽくはなかった。
ともあれ良夜だ。あいつ、変な干渉を受けてやいないだろうな?
「よぉ、良夜」
「うひゃぁあああ!?」
後ろから肩を叩くと、叩いたこっちがびっくりした。
押せば鳴る玩具みたいな声を上げた良夜は、こっちを振り向き、両腕で謎の構えを取る。
「び、びっくりしたぁ! 斬世かー!」
「慌てすぎだろ……珍しいな、こんなところで会うなんて」
こいつを通学路で見かけるなんて初めてのことだ。貴族は基本、車両で通学しているもんである。
そんな問いに、良夜はやはり、どこか不自然な様子で答える。
「め、珍しいかなー。いつも通りの俺だよ、うん!」
「ふうん? で、さっきの奴はなんだよ?」
「え、ああ、あの子? なんか迷子っぽかったから声をかけただけだよ。逃げちゃったけど……」
どうやら良夜は、彼女が精霊だったことに気付いていないようだ。
竜精霊と契約してるクセに、妙に抜けてんな。
「アレ、精霊だぞ。気付かなかったのか?」
「え!?」
指摘すると、良夜が少女の走り去った方向を見やる。夢か幻か、錯覚でも見せられたような狼狽っぷりだ。ドッキリに引っかかった時も同じような反応をしそうだな。
「そ、そうだったんだ……人間の子供にしか見えなかったけど……」
「……一応聞くが、あいつに何か言われたりしたか?」
「え、うーん……なんだったかな。何か話した気がするけど…………あれ、思い出せないや」
「おいおい怖ぇな」
まんまホラー体験じゃねぇか、それ。
俺たちが通りかからなかったら、どうなってたんだこいつ?
「──二人で何話してるの。楽しそうだね?」
「うぉっ」
「わ!?」
不意に横から架鈴が現れた。
見れば、じとーっとした目でこっちを見ている。なんだ、そのあからさまな敵視は。
「か、架鈴……お、おはよー」
「おはよう、良夜。今日もイケメンだね。眼福だよ」
「ひぃん……」
俺は察した。
こいつら、絶対に付き合い始めたな。
「なるほど。朝は一緒に登校しようってことか。けどそいつ、俺とも会う前にナンパしてたぜ」
「──へえ」
「ちょっと斬世、なに言ってるのさ! 誤解を招くようなこと言わないでよッ!?」
「しかも幼女を」
「へえ……」
「事実を陳列しないで! お願いだから!」
架鈴に詰められ始めた良夜を置いて、俺はさっさと登校を再開する。
くすくすと、念話でレティが笑っているのが聞こえた。
◆
その後のことである。
つまり、登校した後のことなのだが。
「──待っていたぞ、刈間斬世」
「あっ」
あ、としか言いようがなかった。
両腕を組んだ仁王立ちで、すっかり忘れていた奏宮華楓がいたからだ。
場所、下駄箱前。
多くの生徒が通り過ぎつつも視線を向けていく中、決闘じみた空気が俺たちの間に流れる。
「正確に言えば、昨日。下校時刻からずっと陰から機を伺っていた、だな。ああ、別に怒っているわけではない。我が妹の言でいえば、私は一方的に取り付けただけの約束を反故にした程度では怒らない。──だが、存在そのものを忘れられたとあっては、流石に腹に据えかねるものもある、ということだ」
にっこりと、その藍色の悪魔は笑っていた。
後ろで一つ結びにしているそのロングヘアの毛先が、ざわざわと逆立っているような錯覚を起こす。顔は笑顔だったが、全身で怒りを体現していた。恐ろしいヤツだ。
「下校時刻って……」
『ああ、あの人。放課後もずっと私たちを追いかけてましたよ?』
……レティ。そういうことは、別にその時に言ってくれていいから。
つまりこの副会長様は、延々と放置状態にされていたわけだ。忍びねー。
「お、おう……何を言っているかはさっぱり分からんが、こんな所で奇遇だな副会長。生徒会役員はこんな時間からパトロールか?」
「シラを切るか。まぁそれもいいだろう。だが誤解なきように補足しておくぞ。いくら私の妹を優先した結果とはいえ、私はその功績を謝罪として帳消しにするタイプではない、と」
「悪かったよ……」
「もっと丁寧に言ってみろ」
「この度は当方の対応に不手際があったようで不愉快な思いをさせてしまったこと、深くお詫び申し上げます……」
「ふっ」
真面目な顔つきをしていた副会長が軽く吹き出す。吹き出すというか、思わず笑いが鼻に出たというか。
「い、いいだろう。その謝罪、受け入れよう。では本題に入るが──」
そこで彼女は踵を返す。
「──それは道すがら話すとしよう。ついてこい」
この流れでついていかないわけにはもいかないので、てくてくと、心境的にはとぼとぼと、俺は藍色髪の後ろを歩いていく。
どこへ連れていかれるんだろうか……
話の本題が見えない以上、
「まず昨日、私がお前に訊きたかったのは──生徒会長のことだ」
「え゛」
生徒会長?
あの、世界滅亡未遂犯?
「お前をスカウトすると意気込んで帰ってきたのち、登校するや否や生徒会室に引きこもるようになってしまってな……何事があったのか問うても答えてくれず、なす術がない。なので事件の渦中にいたお前に尋ねたかったのだ」
『……カエデさんの正義感は尊いものですが、この場合は何よりも鋭い刃にしかならないような……』
レティに同感である。なんてことを質問しようとしてんだ、こいつ。
俺があいつを庇うにしても筋は通らず、かといって真実を暴露しても向こうの上司の株の暴落は避けられまい。どうしろって言うんだよ。
「ひ、引きこもってるってのは……?」
「そのままの意味だ。まぁ、あの人は『会長らしく』気丈に振舞っていた節があったからな……化けの皮が剥がれたというか、仮面が割れたというか、そんな感じだ」
「どういうことだよ?」
そこで奏宮が立ち止まった──俺の言葉に立ち止まったのではなく、ちょうど生徒会室の前に来たからだ。そこで彼女は口元に人差し指を立て、
「……静かにな」
気配を殺して覗いてみろ、と暗に促し、そっとその扉を少しだけ開いてみせた。
……仕方ないので見てみることにする。一体なにがあるというのか──
(……?)
室内は、暗かった。照明が点いていない上に、カーテンも閉まっている。レティによる加護で夜目が効いていなければ、そこは真っ暗闇で何も見えなかったに違いない。
その上で、よく目を凝らしてみてみると──微かに、小さい灯りが見えた。あれは……携帯画面の光か?
『ディア、何か聞こえますよ?』
レティの声に従い、耳を澄ませてみる。すると──
「ふ、ふふふ……やっぱりリアルなんて無理ゲー、ネットだけが私の癒しのフロンティア! 大体なんで私が生徒会長なワケおかしいでしょ、無理って言った無理って言った無理って言った! 成績で生徒会役員が決まるとかおかしいし意味わかんないし選挙しろだし、成績優秀者はコミュ強とか偏見だし!! ああああもう校則改変して私がルールになってもいいのに、でもそれじゃあ責任が出てくるしじゃあそれ生徒会長の仕事になっちゃうし、あああもうやだぁああああああ」
──闇があった。
それはまさしく、俺をしても、「闇」としか定義できないなにかが、あった。
ぶつぶつと何事かを呟きながら、高速で画面を叩いている音だけが、彼女の世界の全てだった。
ソファに座り、布団らしきものを被って丸くなりながら、闇の主は自分だけの世界に浸っている──
「…………」
静かに、扉を閉める。
うん。なるほど聖麗院シュリア。現生徒会長、それがお前の正体か。
一応は事実を飲み込み、そして、横の奏宮華楓へ向き直る。
「……なんであそこまで放置したんだよテメエ!?」
「あ、あまり大きい声を出すな。というか、別に放置していたワケではない。これでも休み時間毎に訪問し、毎日話しかけている」
お前のメンタリティはどうなってんだよ。聖人か!
「元々、ああいう性格の方だったらしい。会長には兄がいてな。それが本当によく出来た方だったものだから、それに釣り合うような振る舞い……つまり演技をしていたということだ」
「重症すぎるだろ……」
じゃああの、お嬢様っぽい、ですわ口調もその一環だったのかよ。
アレが外面で、コレが内面って、ギャップの差が凄まじすぎるわ。
「つーか、あんな状態でよく登校できてるな……」
「ああ……それは──」
チラ、と副会長が視線を向けた。その先にいたのは、生徒会室を見やり、ひそひそ話をしている生徒たちだった。
「なぁ知ってるか……? 聖麗院生徒会長って、生身で刈間の精霊とやり合えるぐらい強いんだってよ! 玄関口の近くにクレーターができてたってぐらいの激戦だったらしいぜ!」
「え、それじゃあどっちが勝ったんだよ?」
「引き分けって線が濃厚だけど、そればっかりは本人たちに聞かないとなぁ……うわ、刈間がこっち見た!」
そそくさー、とはけていく噂好きの生徒たち。
……おお、もう、これは……
「……ご覧の通りだ。外面だけは完璧にやってしまっている人だからな。いきなり不登校になれば、噂がどんな方向に転ぶか分からん。現状維持をせざるを得ないというわけだ……それ故、裏ではあのように毎日ブログを燃やしている」
なにをやってんのかと思ったらブログかよアレ。
エリート系生徒会長が連日ブログ焼きって、イメージ崩壊も甚だしい。
「……生徒会長、詰んでね?」
「だからお前に詳しい話を聞こうと思って、呼び出したのだ。それで結局、どうなんだ?」
どうというか。
俺としてもあんな記憶、もう思い出したくもねぇし、どうせなら消したいんだけど。
『ディアに何かを訊いても無駄ですよ、カエデさん』
そこへ、レスティアートが俺の前に顕現した。
両手を腰に当てて、仕方ないですねえ、といった雰囲気だ。
「勝敗の結果なんて、私の名を知っている貴方ならご想像通りでしょう? それとも、大事な学友の敗北譚を聞いて、仇討ちでも考えますか?」
「……やはり、そうでしたか」
レティの遠まわしな証言に、ふうと副会長は溜息をつく。
「まぁ、大方の予想はしていたんだ。本当に戦闘があったにしろ無かったにしろ、私でも手を焼くお前を、あの人がどうにかできるとは思えなかったからな」
「どういう信用の仕方だよ」
「だが、このままではいけないだろう。というか今後の生徒会の活動に支障が出る。来月には『アレ』があるしな……」
アレ?
学期末テストはあるが、なんかやるのか
「……華楓ちゃん? そこにいるの……?」
──ガチャッ、と。
唐突に、生徒会室のドアが開いた。内側から開けられた。
俺が知っているお嬢様系完璧生徒会長ではなく、布団鎧をまとった、金髪の女子生徒によって。
「……えーと」
「…………」
気まずい沈黙。
すかさず、ささっと両手を広げたレティが俺の前へガードするように出てくるが、生徒会長は微動だにせず、奏宮の奴も硬直して──
パタン、と何事もなかったかのようにドアが閉まる。
……静寂。これほど痛い無音状態、他にねぇ。
「おい……どうすんだよ。俺はどうすれば良かったんだよッ!?」
「か、会長! 事故です、これは間の悪い事故です!! どうか話を……!」
「無理だろ副会長! アレはもう触れない方がいいって! そっとしておくのが無難だって!」
クソゥ、なぜ俺がこんなに気遣う側に回ってんだ! あの事件のアフターがこんな事態になってるとは分かんねぇだろ普通!! 悪いが俺に出来ることはなにも──
「おや?」
防衛役に徹していたレティがひょんな声をあげる。
カチャッ、と控えめにドアが開き、その隙間から箱が……菓子折りらしき箱が差し出されてきたからだ。
レティがそれを受け取ると、闇の向こうからこんな声がした。
「……その節は、ごめんなさい……」
以上だった。
パタン、とドアが閉め切られる。
「「…………」」
俺と副会長は顔を見合わせ、互いになんとも言えぬ表情で、肩をすくめ合ったのだった。