境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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36 界域デート

 界域・咲真ヶ原(さくまがはら)

 位置的には境黎市の北東区域。そこにある廃ビルの屋上に現在、俺たちはいた。

 

 空は曇天にも似た白い空模様。

 霧景色は空間の感覚を鈍らせ、次元が混線した界域独特の空気を肌で感じる。

 

「界域主……ねぇ」

 

 界域主とは字面通り、その「界域の主」である。

 異界の侵蝕源。そいつ一体さえ倒せば界域は現世へと元通り。

 

 だが往々にして、界域主の討伐は多大な苦労と犠牲がつきものであるという。

 

 それを。

 俺とレスティアートで。

 二人だけで。

 

 ……無茶だ。無茶苦茶な依頼すぎる。およそただの学生に投げるような内容ではない。界域主の討伐など、専門の組織部隊が半年以上もかけて遂行するような難度だぞ。

 

(……まさか昨日の強制下校が方便だったとは)

 

 犯罪者が界域に逃亡したから学生精霊士は強制下校……という話だったが、実際は犯罪者なんておらず、界域主が近郊に出た故、学生たちを刺激しないようにした結果らしい。カバーストーリーというやつだ。

 

 確かに自分たちの手の届きそうなところに界域主なんて出たと聞けば、馬鹿な真似をしようとする奴らもいるだろう。あの学園の生徒は自己主張の激しい奴らが多いしな。

 

「ふーむ……中規模界域、というぐらいですかね。確かにこれは早期に対応しなければ、街にも被害が及びかねません。大界域にまで侵蝕が広まれば、都市機能にも影響を及ぼす可能性がありますし」

 

 額に手をかざし、辺りを観察していた隣のレスティアートがそんな報告をしてくる。

 この界域が出来たのは昨日未明。数日と経たずに、ここまでの成長を遂げる領域なんて早々ない。一体どんな界域主が出たのやら……

 

「緊張してますか?」

 

「……ん、まぁ、な……」

 

 不意な問いかけに、つい目を逸らしてしまう。

 ……まったく情けない。足手まとい覚悟で、なんてダセぇ意気込みでついておきながら、この場に気圧されている。これじゃ役立たずにもなれやしない。

 

「むう。こっちを見てください。目を逸らされるのは嫌ですっ」

 

「んー……」

 

 渾身の「嫌です」を聞いてしまったので、ためらいがちながらも視線をレティに戻す。

 すると正面に立った彼女が背伸びをして、こっちの両頬を両手で包み込んでくる。

 

「……なんだよ」

 

「ぐにぐに」

 

「ぐにぐにするな。緊張感がねぇぞ」

 

「いえだって。私と二人きりでいることにではなく、この領域の主に対して緊張なさっているだなんて、それは見過ごせない事態ですよ?」

 

「……うーむ」

 

 ド正論だ。

 言い訳の余地も反論のしようもない。

 そう考えると、界域に対しても、界域主に対しても、殺意というものがわいてくる。俺の意識をレスティアートから外すなど、まったくもって許し難い。

 

「ま! ちゃちゃっと片付けてしまいましょう! 私とディアの手にかかれば、このような界域、一時間で充分です!」

 

 俺の頬から手を放し、背を向けたレティが腰に手を当てて自信満々にそう言い放つ。

 一時間。六十分の攻略宣言か。そんなRTA感覚で?

 

「とりあえず見つけたら、お前の光線で一撃必殺……ってことになるのか?」

 

「どうでしょう。その界域主の持ちえた性質にもよりますし。一度消し飛ばして終わりならそれに越したことはありませんが、妙なギミック型であれば手こずる事もあるかと」

 

「ま……結局は臨機応変に、か」

 

 監督役の教師もいない。援軍もいない。命を賭けた実地テスト。おいおい、教育委員会はなにしてんだ?

 

「……撤退の選択肢も入れとけよ、レティ?」

 

「──了解です。まずは最低限、情報を持ち帰ることが優先、ですね!」

 

 我ながら弱気な提案しか出来ない事に嫌気がさしてくるが、命が懸かってる以上は最善を尽くすのみだ。

 

 そういうワケで初・界域主討伐戦──開始だった。

 

 

     ◆

 

 

 何事も基礎を大切に。

 そんな心構えを念頭に置きつつ、ここ咲真ヶ原の地理データをスマホで確認しつつ、慎重に進む。

 

 こういうデータ情報には本来、もっと魔獣が沸きやすいポイントなんかが記されてるものだが、ここにあるのは界域化して観測されてから、最低限生成されたマップデータのみだ。

 

 つまり偵察隊が最初にもらうものと大差ない。

 この界域にはどんな危険があるのか、そういった注意事項はゼロから確認していく、完全冒険型の攻略となる。

 

 RPGでやるのはいいが、これを現実でやるのは相当ハードだ。最低限のマップがあるだけ温情ってモンだが、界域という異空間化している以上、それもどこまで役立つか分からない──とはいえ。

 

「……認識阻害(ステルス)、便利だな」

 

 道中、見かけた魔獣を気付かれる前に処理してみて、隠密能力の高さに恐れ入る。

 加えて界域内ならレティは霊力を生成し放題だ。劇的に討伐しろ、なんてフザけたオーダーはないし、着実に目標に近付き、確実に討伐することが可能だろう。

 

「私とディアの間でしか認識できない状態なので、チームで動く際は使いどころが限られますけどね。お役に立てて何よりです!」

 

「へー……じゃあこれが発動してる間は、人前でキスしててもバレねぇのか」

 

(よこしま)な発想の天才ですか!?」

 

 誰でも一度は考えるだろ、完全隠密能力の使い道なんて。

 女子の着替えを覗き放題! みたいなネタとかな。しかし残念ながら、俺の興味はレスティアート一筋なので、その方面に関してはまったく役立てられなさそうだ。こんな悲しいことがあるかよ。

 

「そ、そんな……疑似・集団観衆の中でなんて……な、なんかこれ以上の考えは、変な扉が開きそうです──!?」

 

「これが『俗世に染まる』ってやつだな。別に恥ずかしがる必要なんてないぞ、レティ」

 

「え? じゃあ襲ってもいいってことですか?」

 

「時と場合は考えようなー」

 

 急にガチトーンになったのであしらっておく。

 なんでちょくちょく俺が獲物側みたいな心地になってんだ。狙う気概でレティに負けている気がする。己の未熟を恥じるばかりだ。

 

「はぁ……いちゃいちゃしたいですね……」

 

「おもむろに呟くな」

 

「こう、その辺の路地裏にガッと連れこまれて、返り討ちにしたいです」

 

「返り討ちにされるのか……」

 

 不意にとんでもねぇ欲望を吐くよな、こいつは。

 まー肉食系みたいな口ぶりしてっけど、レティって誘い受けだしなぁ。

 

「今! えっちなことを考えましたね!」

 

「先に話題を振ったのはそっちだろ。もう会話内容が普段の休日と同じだぞ。界域でしていい話かぁ?」

 

「しかし止められなくないですか? この背徳感」

 

「否定しづらいことを言わないで……」

 

 そんなことを言っていると、レティが左腕に抱き着いてくる。それから、きゅっと左手を恋人繋ぎに握ってきてにこにこして、可愛い以外の言語野が焼き尽くされていくッ!!

 

「おや? ディア、いかがしました? なんだか上の空ですが」

 

「いや…………ようやく調子を取り戻してきたっつーか……」

 

 思考がレスティアート至上主義に切り替わっていく。だが界域なので油断してはならない。

 つまり、レスティアートのことを考えながら常在戦場の精神を両立すればいいわけだ! ああ、そうか! そういうことか! 今、確実に自己の成長を感じる!! 新たな境地はここにある!

 

「──ありがとう、レスティアート。俺はまだまだ強くなれるみたいだ」

 

「? ……?? ええと、お、おめでとうございます……???」

 

「今の俺なら、お前に襲われたところで返り討ちにできる自信と確信があるぜ」

 

「ほ、ほほう。それは大きな口を叩きましたねディア。既にあなたの片腕片手は封じられ、文字通り、私の手中にあるというのに!」

 

 そこでいったん立ち止まり、俺はまだ自由な右手で彼女の腰を引き寄せた。そのまま耳元に顔を近づけ、こう囁いてみる。

 

「──往生際が悪いぜ、“愛しい人(ディア)”?」

 

「かッ」

 

 くらっとレティの腰が抜けたので、慌てて支える俺だった。

 

 

 そんな具合で──もうまったくいつもの俺たちの調子で、界域調査は続く。

 ぽつぽつと道中に出てきた避けられない魔獣は、コツコツと排除して。

 四十分ほどかけて目ぼしい場所をまわって、魔獣の出現傾向と大気中の霊力の流れから、界域主の潜んでいそうなポイントを割り出していく。

 

「やはりビルの二、三本を落として出てくるかやってみません?」

 

「釣りみたいな感覚で言うよなぁ、お前は」

 

 発想が破壊精霊すぎる。ドーンと一発撃って、おびき寄せて、そのままドカーンするとか脳筋か。

 いやまぁ、それが出来るくらいの力はあるんだろうが……成りたての界域だから、あまり公共物を破壊すんのはマズい。激戦の結果じゃなく、敵を釣るために大破壊を起こすって、たぶん何らかの暴力思考に染まっちゃってるだろ。

 

 そうこうしてイチャつきながら、緊張はあるが緊張感はなく──やがて俺たちは、ここかなあ、という大工場の前にやってきた。

 

「いかにもなボスステージって感じだな……」

 

「最短攻略を伝授しましょうかディア。建物ごと吹っ飛ばせばいいのでは?」

 

「いやぁ、ここを職場にしてる人らもいるだろうし……」

 

 昨日今日で職場が吹っ飛ばされたら浮かばれねーだろ。

 なので大雑把脳筋作戦は却下。普通に入って調べていくしかな、

 

 

《GraaaAA────!!》

 

 

 ()()()()()

 目の前にあった大工場が、大地ごと、空高く突き上げた。

 俺が思い浮かんだイメージは、マンホールのフタがカッ飛ぶ現象(エアーハンマー)。それが地震みたいな規模で炸裂した。

 

「……ぉ、おお……」

 

「大丈夫ですか、ディア?」

 

 ──気付けば空中にいた。

 空中にいて、俺はレティによって横抱きにされていた。

 

 ……いつぞや言っていた、『緊急時のお姫様だっこ』状態だ。咄嗟の早業、かつ迅速な安全圏への退避が為されて、数瞬言葉もない。

 吹きすさび、此方を襲うはずの暴風はレスティアートによる黄金の結界によって遮断されている。対応が完璧すぎて二回ぐらい恋をした。

 

「アレが界域主で間違いないようですね。私の気配を察知して這い出てきたというところでしょうか」

 

 地上から二百メートルほど下、そこには空間を走るノイズがある。

 地下には地獄。冥府の番犬。砂塵の隙間から見えたのは、()()()()()だった。

 

「……ケルベロス、っつったっけか。ああいうのって」

 

 高層ビルの屋上でレティに降ろしてもらって、その伝承()を口にする。

 眼下で吼えているソレは体長三十……いや四十メートルはあるか? 異形の姿もあって直視に堪えない。存在にノイズが多いのは、界域主としては成り立てだからか。

 

「はい。死後の概念を取り込んだ魔獣は、往々にして再生能力も持ちえます。しかしアレは誕生して日が経っていませんから……三回ほど倒せば、大いに弱体化するのではないかと!」

 

「三回も殺す必要がある奴は強敵って言うんだぜレティ」

 

 首も三本だから残機も三回──初手の界域主戦としては、実に分かりやすい相手といえようか。

 そこで右の掌に、契約の形を思い起こす。

 

「《運命誓言(My Dearest)》」

 

 幻刀(げんとう)無銘。

 刀身を半ばから透かせた武器を手に、屋上の淵へ足をかける。敵はまだ、警戒しながら周りを探っているといった様子だ。

 

「こっちの姿は見えてねぇな……よし、斬ってみっか」

 

「お待ちくださいディア」

 

 びしっ、と目の前に滞空してきたレスティアートが片手で待ったをかける。

 俺はそれに動きを止める──どうしたというのだ一体。

 

「そんな事をしたらディアが狙われてしまうではないですか。ここは解体処理まで私に任せて、(けん)に徹することを進言いたします」

 

「それじゃあレティが狙われることになるだろ……それとも俺は足手まといか? 始まる前にお払い箱は勘弁してほしいぞ」

 

「う。ディアが足手まといとは言いませんが……そもそもあなたが、あの界域主に対してどこまで戦えるのか、私では測れませんし……」

 

「だったら見に徹するのはお前の方だ、レスティアート。あの白ヒゲジジイの言葉を思い出してみろ。上層部って連中が知りたいのは、()()()の実力だ。()()()の能力だ。ならここでお前一人で事を片しちまったら、俺は俺で、また面倒な計測テストをやらされるって可能性はないか?」

 

「い……いえ、しかし……っ」

 

「そうなると一つ、致命的なデメリットが発生するぞ」

 

「デメリット?」

 

 レティは基本的に、合理的なロジカルで判断を下しがちだ。

 ならば交渉・説得の際には、合理的な理由を挙げるのがてき面だろう。

 

「──俺たちがイチャイチャする時間が減る」

 

「!!」

 

 落雷が落ちたような衝撃の表情(カオ)をするレスティアート。

 抜群の説得力だったらしい。チョロカワイイな。

 

「そういうワケだ。まずはお前が採点してくれ。で、もしも落第だってんなら、俺もおとなしく引き下がるさ。そん時は一から鍛え直して、お前に認められるために生涯を費やすのみだ」

 

「…………分かりました。しかし、一つ条件を」

 

「なんだ? なんでも言えよ」

 

「は、離れるのは嫌なので……あなたの中に居ていいでしょうか」

 

 ……つまり俺の存在の裏への格納状態でいる、と。

 これ、意識するたびに授業参観より恥ずかしいことになってんじゃねぇのかと苦言を呈したくなるんだが。精霊士って実は変態の異称なのでは?

 

「あぁ、それが条件だっていうなら構わないさ。ただ、援護の類は本当の本当に俺がドジやった時だけで頼むぞ?」

 

「ええ、大丈夫です。そこで甘やかすような真似は致しません! 私の採点は厳しいですからね!」

 

 そりゃ重畳。

 戦い甲斐があるってモンだ。

 

「──では」

 

「──ああ」

 

 レティの姿が消える。その存在は俺という契約者の裏側に収められる。

 眼下には恐るべき地獄犬。三つ首の界域主がいる。

 

「討伐開始だ」

 

 宣言は短く──飛び降りた瞬間、真の初陣とも言うべき戦闘が始まった。

 

 

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