境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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40 悪友道楽

 ──痛み。

 痛み、痛み、痛み、痛み、痛み、痛み。

 

 抱えきれないほどの痛み。

 耐え切れないほどの痛み。

 

 それは常に与え続けられる。針もあった。薬もあった。電流もあった。叩かれることもあれば削られることもあり、斬られることもあれば刺されることもあった。ありとあらゆる手段で、ありとあらゆる研究と実験を、寝台に寝かされたまま、繰り返し繰り返し試される。

 

“──!! ──ッ、────! ~~~~ッ!!”

 

 死なないように。死なないように。

 大切に大切に、生きている反応を確かめるために大切に──丁寧に。

 彼らは決して“彼”をぞんざいに扱いはしなかった。大切な資源の一人として敬意を払っていた。

 何か問題があったとすれば、人間扱いしないことだけだった。

 

“なんだ……なんだ、なんだ、なんだなんだなんだコレはァアッ!? ちがう、違うッ……! これは『俺』の痛みじゃなイ……ちがう、『私』はこんなものを知らない、知らない、私の記憶じゃなイ、これハ……これはぁあああアア!!”

 

 耐えろ耐えろ耐えろ耐えてみせろ。

 “彼”はそれを乗り越えた。乗り越えて、今も生きている。

 死ぬことはない。死ぬことはない。死ぬことはない。生存は約束されている。運命は定められている。そうすれば“彼女”に会える。何千年と生きて耐え続けてきた先に、“彼女”との幸せがある。

 

 替われるものなら替わってみせろ。自分で望んだ運命だ。

 “彼”になりたいと言ったのだ。その席を欲しいと願ったのだ。希望は必ず叶えられる。

 

 ────この地獄を越えた先に。

 

 

     ◆

 

 

「そんなに急いだってどうしようもないよ刈間くん? あのお姫様を連れ戻したい、という気持ちは理解できるけれどね。君が目覚めてなお、彼女はここに現れない。仮に呼べたとしても、今の彼女はまた戦線に赴くだけだろう。ここらで一度、すっきりさせておいた方がいいんじゃない?」

 

 病室で制服に着替える中、カーテン越しに学園長がそんなことをほざいてくる。

 俺はそれに、ただ忌々しく答えるだけだ。

 

「……あいつに一人で戦わせてろっていうのか? ふざけるなよ」

 

 それをさせないために俺がいるはずだろう。

 ──なのに、あいつは一人で行った。行きやがった。無茶する時は俺も連れていけと言ったのに──置いていきやがって……!

 

「界域の出入り口は封鎖してるし、今の君には界域に入る手段も権限もないよー」

 

 知ったことじゃない。

 このまま病室で寝てる方がよっぽど身体に悪いってものだ。

 

「……アンタ、初めから全部分かってたのか? こうなると知っていて……!」

 

「ん……? ああ、華楓ちゃんから聞いたのかな。私が視る未来は、『最悪な未来』だけだよ」

 

「最悪な未来……? それはこれから起こるってことか」

 

「違う違う。そっちの未来はもう回避された。私の未来視はね、“世界の滅亡に関する未来”しか視えないのさ」

 

 自嘲的な響きを帯びた声色だった。

 世界の滅亡だけを視る──未来視。それはつまり、

 

「だから身近な者や、人間なんていう個々人の未来までは把握しきれない。まあ、世界に多大な影響を与える人物が映ることもあるけどね?」

 

 世界しか救えない未来予知者。

 つまり神河アサギは、そういう精霊士なのか。

 それは傍からみれば……世界のために、どんなものでも切り捨ててきたように見える、冷酷非情だ。

 

「……悪い」

 

「ん? なんでそこで謝るのさ、繊細だなぁ刈間くんは。別に私の過去に感情移入なんかしなくっていいんだよ。勝手に想像しないしなーい。どうせ君が思うほど、私は人情家じゃないしねぇ」

 

 そこまで聞いたところで俺は着替え終わる。

 勝手にカーテンを閉めていた学園長には目もくれず、部屋の外へと足を向ける。

 

「ツテはあるのかい?」

 

「言うと思うか?」

 

 病室を出る。

 向かう先はただ一つ──未だ戦場にいる、彼女の元へ。

 

 

     ◆

 

 

 困った時の最終手段。

 というか俺の一枚しかない切り札である──平日の木曜午後、果たして繋がるかどうかは俺の天運に懸かっているわけだが、たとえどんな代償を支払ってでも、ここは繋がってもらわないと困る。

 

『おいおいなんだ珍しい。お前からの電話が来た時のために二百十六通りものネタを考えていたのに、素で出ちゃったよ。どうしてくれんだてめー』

 

「ワケの分からねぇ文句をつけんな」

 

 病院の外に出て電話した相手は学友野郎こと、一影栄紗だった。

 ていうかなんで繋がるんだよ。おかしいだろ。

 

「授業はどうした」

 

『え? 今ネカフェにいるんだよ。今日は掃除当番だから面倒くさくて』

 

 こいつほど学生生活ってもんを愚弄してる奴を俺は他に知らない。なんだその理由。

 などと言っても、登校したら登校したで、教師のお株を奪うほどの頭脳を持ってるのが奴なんだが。

 

「その暇人っぷりを見込んで頼みがある。どこかフリーに界域に行けるルートを教えてくれ」

 

『界域ィ? そんなのどこも二日前から通行封鎖中だよ。てか、ニュースによれば界域の数自体がごっそり減っていってるらしいけどね』

 

「できないのか?」

 

『境黎市には六か所、こっちの町には二か所あるね』

 

 仕事が早すぎる……というか、カタカタとタイピングの音が聞こえる。通話を始めた時から調べ始めていたようだ。相変わらずの察しの良すぎさだ。

 

『えーっと、お前のGPS反応からして一番の近場は市役所だけど……人が多いし、警官もいるな。次に近いのは工場近くの路地裏……も、治安部隊が封鎖中っと』

 

「お前……一体どんな作業をしてんだよ……」

 

『そっちの街の監視カメラとか諸々をハッキングしてる。あは、電子系の精霊が妨害しに来てる。かーわいい。まぁ私の前じゃどんなセキュリティも無いも同然だがね』

 

 ケタケタ笑いながらカタカタとキーを叩く携帯越しのハッカー。

 一応は観測局に属しているハズだが、そんなことして問題ないんだろうか──いや問題ないんだろうな。遊んでいるように見えるが、居場所も正体も気取られないようにやっているんだろう。

 

『──よし出た。データ送ったぜ』

 

 ヴヴン、と携帯が震えてメールが届く。開いてみれば、この街のマップに赤い印のついた画像が添付されている。

 

「……ちと遠いな」

 

『営業車両は使わない方がいい。足がつく。学園の庇護下にいるとはいえ、お前の周り、結構監視ついてるし。一体どんな状況に巻き込まれてるとは知らないが? 私が示すルートを使うことを勧めるよ』

 

「代金は」

 

『ソシャゲ用カード五万円ぶん』

 

「……(うけたまわ)った」

 

 そんなはした金でレティに会えるなら安すぎるくらいだ。

 通話したまま、指示に従って俺は街を走り始める。

 

 それは少しだけ、中学時代に戻ったようだった。

 

 

     ◆

 

 

『ははぁ、やっぱ彼女ちゃん関連だったか。なら、折角だし面白いことを教えてやるよ。どうせ何も知らされてないんだろ?』

 

 ルートの指示を受けつつ、大方の事情を話し終えた時、こいつ恒例の雑談タイムが始まった。

 昔からトリビアを勝手に話したがる奴なのだ。俺としては天才なりの思考整理法とか聞いてみたいのだが、生憎と話題に上ったことは一度もない。

 

『マリア年代紀。その名前の由来は、「精霊を始祖とした新世界の年代記にして新たな世紀」を求むる者──人類を絶滅させ、精霊を新人類とする狂信者集団だ。設立時期は、精霊召喚が成立した時代……およそ三千年前になる』

 

 精霊信仰、最古の教団。

 何千年にも渡って存在し続けた狂気の集団だ。改めて聞くと、よく残っていたもんだ。

 

『しかしな。マリア年代紀って名称が出てくるようになったのは、あの“英雄精霊レスティアート”が活躍した少し後だ。「年代紀」の前には、「精霊教会」って組織があったらしいぜ?』

 

「奴らの前身、ってわけか」

 

『ともいえる。だが当時の精霊教会は小規模だった。過激な思想でもなかったらしいし、ただ単に精霊を崇める集団だったっぽい。教徒の数は一クラスぶんにも満たない。──が、それがある時期から変わった。皇族の後ろ盾が出来た辺りから』

 

 皇族。

 クルイロフ帝国。

 レスティアートの──身内。

 

『それから十年くらい経った後かな? ここで初めて、「望霊(エルピス)」の顕現が観測されている』

 

「……!」

 

『教徒の増加は爆発的だった。そりゃそうだ、「願えばなんでも願いが叶う」んだから。そこから四十年の間で、教徒は三十万人に上り、そして──()()()

 

「消えた……?」

 

『ああ。精霊教会は国教になるかも、ってぐらい盛り上がったんだが、一気に終息してる。で──そこから新たに、「マリア年代紀」が登場した』

 

 クククッ、と喉で笑う声がする。

 

『こいつはまぁ……「やった」なあいつら。果たして集団によるものか、個人によるものかは知らないけど』

 

 ……背筋が寒くなる。

 まさか、などと想像したくもない推理だが……、

 

「……教徒を、望霊(エルピス)に──?」

 

『捧げたんだろうな。そうまでして叶えたい願いがあったのかねぇ……けど勢力を伸ばすばっかで、統一国家が出来た後の第一次、第二次の境界大戦でもそんな目立ってないないんだよねこいつら。つまんねー』

 

 歴史好きの感想はともかくとして──

 十中八九、その時だろう。セオドアが長命を獲得したのは。

 

 30万人を犠牲にして、ただ一人。

 今の今まで──生き延びてきた。生き永らえてきた。

 

 化生の身にも程がある。レスティアートに出会うため、ただそれだけに?

 仮に、他者を犠牲にすることで、自分の精神力を一切消耗していなかったとしても、途方もない忍耐力だ。果たして俺の体験してきた数年の地獄程度で足止めできるのか、若干ながら不安を覚える。

 

「なり替わりは……本当に成立するのか?」

 

『ん? なぁに、心配になっちゃったか? そんな些事に一憂するなよ、らしくないぜ。彼女ちゃんに置いてかれてナイーヴになってんのは分かるけど、特になにも考えないのがお前だろ?』

 

「理解者ヅラしてんじゃねぇ、気色悪い。ただ事実として、現象として成立すんのかって疑問だ」

 

望霊(エルピス)の力は本物だよ。成立はするし実現もする。真になり替わられられたら、もう誰もお前を認識できない。「願望者」は消え、「刈間斬世」が再誕する。ドッペルゲンガー、いや、この場合はスワンプマンか。沼から生まれたコピーは、果たして本物と何が違うのか? 本物と同じ活動をし、同じ活躍をするのなら、一体なんの不都合があるのか──』

 

「ありすぎだ。俺は俺ただ一人だ。ポッと出の馬鹿がなり替われるほど安い人生であってたまるか」

 

『だよなぁ。けど、恋人ちゃんが受け入れたらどうする?』

 

 ……こいつの性格は悪い。昔から知っていることだ。

 だからその程度の質問、俺は臆することなく──

 

「そんなことは在り得ねぇよ。答える意味がない」

 

『おっと。私の問いを愚問にするとは、中々やるようになったじゃん?』

 

 なんていつも通りに、益体のない会話をしていると辿り着いた。

 人気のない路地裏。野良猫一匹も通らぬ、界域(あちら)へと通じる道に。

 

 

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