境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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EP3 啓示を告ぐ者
45 常識の隣は非日常


 季節は6月30日をまたいで、7月に突入した。

 教団壊滅の一件で、俺とレティは二日間の自宅謹慎処分が下されたものの、30日、1日と土日が続いたので学園生活にはまるで影響ナシ。晴れて休日と謹慎明けの月曜日たる7月2日の朝、俺たちは颯爽登校していた。

 

「来た来た! どうも、取材よろしいでしょうか!」

 

「先日はご活躍だったそうだとか! ぜひなにか一言!」

 

「戦ったのはどんな相手でしたか!? 特徴は!?」

 

 などと。

 いつかのように校門で待ち伏せし、二十人、いや当時の倍ぐらいに増えた学生取材陣がマイクやらメモ帳やらを向ける先は──()()()()()()()

 

「えっ!? えぇっ、とぉ……!?」

 

「……参ったな。朝礼に間に合うといいんだけど……」

 

 中心人物は少年と青年の二人組。──どちらも見覚えのある顔だ。

 マスコミの集団の横、気配を殺しながら俺は校門を通り過ぎる。距離を取ってから改めて振り返り、眉をひそめた。

 

「なんなんだありゃ?」

 

「──一年の相良(さがら)界兎(かいと)と、三年の獅子月(ししづき)晴斗(はると)だ」

 

「!?」

 

 いきなり左横から解説の声が入った。

 見てみれば、そこには眼鏡をかけた男子生徒が一人。短い金髪で、明らかにインテリっぽい空気をかもしだしている。──誰こいつ?

 

「先週……火曜日の辺りから、界域への出入りが封鎖されただろう。その二日後の木曜日、駅近郊で『伝承庭園』と彼らが戦ったらしい」

 

「は、はあ」

 

「どうも界域封鎖騒ぎも、庭園の連中の仕業だったようだ。大規模な事件を起こそうとしたようだが……あそこにいる彼ら二人によって、現世は危機を免れたどころか、多くの界域が回帰してきたらしい」

 

 ……俺の知ってる事情とだいぶ違うが、これはつまり、あれか。

 真相隠ぺい。裏工作。カバーストーリー。

 言い方は色々あるだろうが、彼らの英雄伝説を隠れ蓑に、俺たち側で起きていた事件がうやむやになっているようだ。

 

『情報操作に余念がありませんね。たまたま同時期に起きた事件を利用し、界域側で起きた事実を表社会には届かないようにする。いわば、あちらが表舞台なら、こちらが舞台裏ということでしょうか』

 

『あー……まぁそりゃ、界域で起きた事件より、現世で起きた事件を解決する方が、注目はされやすいよなぁ』

 

 上手いというか、手慣れた気配すら感じる情報操作っぷりだった。

 や、もしかすると俺たちが舞台裏だと思っているこの現状も、もしかしたら誰かにとっての隠れ蓑なのかもしれない……なんて考えると、ちょっと世界に浪漫が増えた気分になる。

 

「ふん……やはり奴らは『表』の人間。英雄になる人種とは、ああいうものなのかもな……」

 

 クイッと眼鏡を押し上げてインテリ眼鏡がなんか言ってる。

 

「……大物感あるセリフだが、内容フワッフワだぞお前」

 

「所詮、オレたちみたいなモブは、ああいうのを羨望の眼差しで見ながら卒業していくものだ。脇役あってこその主役。光あってこその影。虚しいものだな……」

 

 なんて言って、思わせぶりな挙動がやけに上手い男子生徒は下駄箱の向こうへと消えて行った。

 ふむ、と俺は顎に手を当てる。

 

「……俺ってそんなに存在感ねぇかな……?」

 

『わ、私の中ではディアがいちばんのスター! ですよ!!』

 

 慰めてくれる可愛い嫁に癒されながら、いつもの学園生活が始まる。

 

 

     ◆

 

 

「──全員に渡ったな? えー、一教科につき60分。結界で自分の精霊とは念話できなくなる。カンニング行為はもちろん不正と見なす。それぞれ、根性と気合と山勘で頑張れ。んじゃよーい、ファイト」

 

 生徒よりもやる気のない担任の掛け声の直後、皆が一斉に紙をめくった。

 教室は静寂。聞こえるのはペンの音と、たまに椅子が床に擦れる音。独特の張り詰めた緊張感の中、俺もまたシャーペンを紙面に走らせていた。

 

 学期末試験である。

 

 本日……というか、今週中は試験期間だ。土日の間にあらかたの復習はしてきたが、正直なところ、「どーにかなーれ」という半ば投げやりじみた心持ちなのは否めない。

 

 この学園のカリキュラムは名門の呼び名通り、殺人的な難易度を誇っている。精霊士としての適性、能力が重視されているとはいえ、成績が悪ければ普通に切られる。それは特待生の俺も同じ。

 

 一月前の俺であれば、試験どころか教室に来なかっただろう。

 当時の俺の目標はこの学園からの退学だった。四月の頃なんかは退学届を毎日書き殴っていたものだが、「保護者の同意」がなければ書類は受理されず。後に知ったことだが、そもそも特待生(スカウト)入学の者は、学園長からの許可証がなければ退学の自由すらないとのことだった。

 

 その制度が、俺を更なるアウトロー側へと進ませたともいえる。

 校舎設備の破損は自動的に修復されるし、っつーかあの頃の俺をしてドン引きさせる上級生たちによる私闘、乱闘、決闘が頻繁だったこともあり、校内で問題を起こす方が逆に難しかったまである。

 

 必然、俺の居場所は上位精霊士たちの戦場ではなく、そこから爪弾きにされた者たちとの喧嘩と相成った。

 

 そんな俺が今、付け焼き刃とはいえ勉強をし、こうして試験に臨んでいるというのは──中々に新鮮な体験、不思議な感覚がある。

 

(見直し……ケアレスミスの確認……)

 

 ひとまず時間内に全ての問題を通ることができ、作成した答案に向き直る。

 一昨日と昨日の土日で、俺はレスティアートから試験のイロハを教わった。こんな直前の試験勉強に協力してくれたのも彼女である。その時間を無駄にするわけにはいかない。

 

 シャーペンを握る手に力がこもる。

 これは学期末試験という名の聖戦だ。

 レスティアートに学び、彼女に教わり、知を得た者としての証明。

 

 彼女の教え方は間違っていなかったのだと、俺が! 彼女の第一人者として、門下生として、契約者として、伴侶として!! この試験を以って結果を出してみせる……ッッ!!

 

 

 ──数時間後──

 

「燃え尽きた…………」

 

『一日目、お疲れさまですディアッ! 今晩の夕飯は私が腕を振るいますよっ!』

 

 ──答案が回収されていく中、数時間ぶりに念話でレティの声を聞く。

 もうそれだけで涙が出そうだ。試験中、何度脳内で音声を再生したか分からない。気分は今、乾ききった砂漠で水の恵みを受けている野生動物か。

 

「朝も言った通り、試験期間中は午後の実戦授業はしない。とっとと帰って明日のテストに備えろよ、若者ども~」

 

 と言って、答案を回収した芒原(すすきばら)教諭は白衣を翻して、教室を出ていった。

 テストが終わって、気の緩んだクラスは友人同士の雑談に盛り上がっている。当然ながら、俺はそんな相手もいないので、とっとと鞄を持って席を立つ。

 

 完全完璧に燃え尽きた。

 これがあと三日は続くって正気か?

 

「あっ……なぁ刈間! お前、試験どうだった?」

 

 教室のドアに手をかけた時、後ろを振り返った。

 そこにはよくいる──休み時間に教室の隅で集まって話しているような、三人くらいの地味な男子グループの姿。表情はおっかなびっくり、興味半分といった具合だ。

 

「あー……? どうも何もあるかよ。一問たりとも覚えてねぇよ。赤点回避できりゃあ上々だろ」

 

「おっ……おお……意外に親近感……? なんかお前って全然勉強しないイメージなんだけど……」

 

「……」

 

 こいつグサリとくることを。

 素朴な感想ってやつが一番人を傷つけるんだぜ?

 

「じゃあ歴史の問四とかわかったか? 帝国と契約してた大守護者の名前と異名ってやつ! あれも覚えづらくて──」

 

「永劫の大守護者アイオーン。天の大守護者エアリエル。人界の大守護者テレストリアル。星の大守護者アストラル。人の大守護者セラフィエル、だろ」

 

「なっ……!? お、お前…………さては暗記したのかッ!?」

 

「それ以外にどうしろっていうんだよ……」

 

 ちなみに“アイオーン”は皇帝だけが契約できる『国家契約精霊』という括りらしい。

 他の語感が揃ってる奴らは四大守護精霊といって、アイオーンに次ぐ大精霊。よく配下みたいに扱われがちだが、後から顕現したってだけで、人間からすりゃどれも比類のない上位精霊という話である(レスティアート講義、三時間目より)。

 

 帝国の歴史は、頭の中で年表を作れる程度には暗記した。

 エアリエル──先日、俺が一瞬だけ邂逅したのはその力のほんの一片だったようだが、まさかアレがそこまでの高位精霊だとは思わなかった。帝国の大守護者たちは、レスティアートを以ってしても、逆に力を封じられるほどの存在だというので、要注意だ。

 

「……刈間って……歴史、得意なのか?」

 

「……、」

 

 どう答えようか迷って、やや、小首を傾げる。

 

「……学者を志そうかと思うくらいには?」

 

「ぐあああアアアア──!!」

 

「おい、しっかりしろ! おい、おい……起きろよぉ!!」

 

「こいつはもうダメだ……奴を不良と侮り過ぎた……不良は不良でも、やはり特待生だったか……」

 

 ちょっと大げさに言ってみただけなのに、話しかけてきた奴は謎に血反吐をはきながらぶっ倒れ、友人一号らしき奴はそいつを両腕に抱えて茶番に走り、それに乗った友人二号はおかしなナレーションをつけ始める。

 

 ……コイツらのことは今度からクラスの三馬鹿として認識しよう。

 そう思いながら、俺は今度こそ騒がしい教室を後にした……

 

 

     ◆

 

 

『──ディアは教室の方たちと話したりしないのですか?』

 

「ぐッは」

 

 下駄箱へと向かう途中、唐突に精神ダメージを食らった。

 ふ、ふふふ……そうか、統治者レベルのカリスマ持ちのレティからすれば当然の疑問だろう。っつーかもし彼女が教室に降臨したらあっという間に中心人物だ。民衆に囲まれて楽しくお喋りしている姿がミエルミエル……

 

『い、いや……俺と話したがる物好きなんてそういないだろ……さっきのが特殊だっただけで』

 

『ディアなりに気を遣っている、ということですか? 自分の存在で周囲の輪を乱したくないと』

 

『分かったお前には正直に言う──既に出来上がってるクラスコミュニティに関わる度胸がねぇんだよ! 気まずい! 俺は窓際で孤高ぶってる友達いない奴です!』

 

『すみません……どうやら致命的な傷を抉ってしまったようですね……』

 

 いいんだ。事実だから。

 事実でしかないから……

 

『しかし惜しいことですよこれは。あ、ディアの狭まった交友関係ではなく、“私以外の相手にだけ見せるディアの顔”が拝めないのは』

 

『なんだそれ。余所行きの顔が気になるってことか?』

 

『ええ、私はあなたに関して欲深なのですよディア。栄養が欲しいのです栄養が。私の前では方向性が定まっているぶん、他の方たちに見せるあなたの態度や表情がとても新鮮なのです』

 

 ……恥ずいことを言うよなー、こいつー。

 ナチュラルに口説かれている気分だぜ。

 

「……ん?」

 

 下駄箱近くまで来た時、何やら声が聞こえた。

 軽く言い争いをしているようだ。周りが距離を取っているのに混じって様子を見れば、こんな会話だった。

 

「言ったわね! だったらこの学期末試験、私が勝ったら言う事一つ聞きなさいよ!?」

 

「ああいいぜ、乗ってやるよ!! 吠え面かいても後悔すんなよ!?」

 

 ──どうやら学力を競っての喧嘩らしい。一体あいつらがどんな関係で、なにがあったのかは知らないが……まー、こんなコトはこの学園じゃ珍しくない。口喧嘩で済んでるのが可愛いくらいだ。

 

「あの人たち、そんなに頭いいのか?」

 

「知らないのかよお前! 二年生の間じゃ有名だぜ。入試の時からどっちも二位で、以来、競い合ってんのさ。顔を突き合わせては、どっちが先に一位になるかって、ああやって口喧嘩してんだよ」

 

 ……というのが、その辺にいた奴らによる解説である。

 武力行使ではなく学力勝負に持ち込む辺りは、常識的な範疇の勝負だ。もっとヤベー高学年になると、決闘で教室を二つ吹き飛ばしたとかいう話も聞く。この学園の治安が一番の謎だ。

 

「フン……不毛だな」

 

「!?」

 

 と、左横から聞き覚えのある声がした──朝の奴だ。金髪メガネのインテリ自称モブである。

 クイッ、とやはり眼鏡を持ち上げながら、彼は火花を散らす男女を蔑視の眼差しで見つめている。

 

「あんな約束をかわそうが戦意を燃やそうが、成績に直結するわけではない。試験は積み重ねが全て。もっとも高得点を取った者が勝つ──それが試験のルールの美しさだ」

 

「……そういうアンタは何位なの?」

 

「順位で人間性は測れない。良きにしろ悪しきにしろ、な」

 

「何位なの?」

 

「君はこれまで獲得してきた順位を覚えているのか?」

 

 なんだその切り返し。ちょっとカッコいいが?

 まぁ覚えてる奴は覚えてるだろうが、俺は……中学時代なんかは下位~中位をさまよってた記憶しかない(ちなみに学友野郎は主席を取る傍ら、ノーベル賞みたいなのを三~六つ獲得していた)。

 

「アンタ、二年なの? 三年?」

 

「どちらかと言えば偶数年だ」

 

「じゃあ二年生か」

 

「そうとも言えるし、そうでないとも言えるだろう」

 

「いや言うだろ」

 

 学年ぐらい素直に認めろよ。

 ……薄々気付いてきたが、だいぶおかしい奴だなこいつ……?

 

「ところで。先週、入院していたそうだな」

 

「ん? ああ……」

 

「思えば朝に君に話しかけたのは、それを確認するためだったんだ。ま……元気そうで何よりだ」

 

「はあ。……どうも?」

 

「では、さらばだ」

 

 よく分からない会話をして、口論をしていた男女や野次馬が散っていく中に紛れ、そいつは下駄箱へと向かっていった。

 

 ……関わりのない不良一人が入院したことを、わざわざ気にかける物好きなんていないだろう。

 やっぱりあいつ、俺とどこかで会ってんだろーか……?

 

『むふー』

 

 あ。こいつ栄養を。

 

 

     ◆

 

 

 かくして、学期末試験の期間は過ぎ去っていく。

 俺は帰宅するなり、レティによる手厚いサポートのもと、試験勉強に励み。

 時に、良夜からくる電話の泣き言じみたテストへの愚痴を聞きながら。

 

 ──やがて五日間に渡った期末試験は終了し、土日を挟んで、結果発表の月曜日が訪れた──

 

 

「………………頭ん中で数式と暗記問題が無限ループしている……」

 

『一昨日からずっと免許試験の勉強をしていましたからね……登校している間くらいはリフレッシュしてもいいのではっ』

 

 そうは言うが、日が迫っている今、もはや一秒たりとも無駄にできないのである。

 そう! 俺は学期末試験が終わろうと精霊士免許試験とかいう新たな強敵が待っているのだ。これは本来、三年生で強制的に受けることになる代物なんだが、それに一か月もない勉強期間で挑戦してみろとかいう無茶ぶりだ。俺は学友野郎みたいな無茶苦茶な頭の出来はしてねぇんだぞ!

 

 まぁ流石に学園長も、一発合格なんてのは期待してねーだろうが……

 俺は早急に取る必要があるから、とっとと試験がどんなもんか体験しとけ、という話だと……信じたいが……

 

「……え?」

 

 そこまで来た時、俺は言葉を失った。

 校門を抜けた先、敷地内は静まり返っている。冷たい風は寂しく吹き抜ける。

 早朝であれば珍しくもないが、しかしここで絶対的な異常があった。

 

 人が倒れている。

 

 それも一人ではない。複数だ。生徒と思しき者たちがあちこちに転がっていた。更に言えば、地面は斬撃痕やクレーターらしきもので荒れ切っており、整列していた木々もいくつか倒れ、ボロボロな校舎もあちこち再生中という惨状だった。

 

「な……なんだこの状況」

 

『襲撃ですか……? 学園の結界に異常は見られませんが……』

 

「お……おい!! 無闇に踏み込むな!」

 

「!?」

 

 声のした方を見るが、誰もいない──いや、待て。芝生の上になんかいる。野戦よろしく、芝生のカモフラージュを被って、腹ばいで隠れているようだ。

 

「……なにやってんだアンタ」

 

 近づいてしゃがんでみれば、例の金髪変人メガネだった。

 見事な隠れ芸には驚嘆するが、しかし学園で行うようなことではないだろうに。

 

「見て分かるだろう、全力で隠れているんだ。オレは戦闘が不得手だからな……!」

 

「ここでなにが起こってんだよ?」

 

「……()()()だ」

 

「は?」

 

 ズドォン!! とそこで校舎の一部が──東側の一角が吹き飛んだ。

 でもって校舎からはズタボロの生徒が放物線を描いて飛んできて、そのまま植え込みに突っ込んでいく。

 

「……は。なん、え?」

 

「どうやら何も知らないようだな……」

 

 状況の理解がまったく追いつかないでいると、眼鏡は重々しい口調で続けた。

 

「これは年に二回ある学内祭典──『序列戦』! またの名を()()()()!! 本日0時から始まった予選はゲリラ式! もれなく契約武装を携えた参加者たちは、目についた他のライバルたちを襲撃しているんだ!!」

 

「廃校しろォ!!」

 

 ここでは常識は通用しない。

 そんなの、界域だけであってほしかった……!

 

 

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