境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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54  幸せの在処

「……ん……」

 

 目を覚ました。……ということは、どうやら寝ていたようだ。

 起き上がればそこが自室のベッドの上だと分かる。枕元のスマホを確認すれば、夕方時といった頃合いだった。

 

「あー……そうだ。帰ってきた途端、強烈な眠気に……」

 

 くあぁ、と欠伸が出る。

 蓄積した疲労のせいだろう。間違いなく。

 とりあえず顔でも洗うか……いや、いっそシャワーだシャワー。砂漠に行って帰ってきたんだから、全身サッパリしたい。

 

 そんなわけで着替えとバスタオルを用意して部屋を出る。

 廊下を渡ってバスルームへ。んでもって扉をガチャッと開けて、

 

「────」

 

 視界に飛び込んだのは美しすぎる人体造形。

 

 ちょうど上がったばかりだったのか、ご本人……レスティアートはタオルで髪を拭いている姿勢で止まっていた。青いその瞳をまん丸にして。

 

 水に濡れた白い髪がその体にまとわりついている。玉体を覆う繭のようだなあ、という漠然とした思考が脳裏を流れていく。体つきは幼くはない。完全体十六歳の肉体だ。慎ましやかな胸部から腹、へそ、太もも────と俺の視線は馬鹿正直に下へスライドした。

 

「あ、ディア、起き──」

 

「!!」

 

 声がした瞬間、咄嗟に後ろへ下がろうとした足がもつれた。

 そのままバランスを崩して廊下の壁に後頭部を強打する。

 

「づぁッ!?」

 

 激痛で白む視界。明滅する自意識。ついでに落とす着替え一式とバスタオル。

 でもって靴下がいい感じに床と滑って、そのまま右に向かってズベシャァ!! ──いや、割とエグい音を立てて、俺は転倒した。

 

「わっ、わああっ!? ディ、ディア! 大丈夫ですかッ!?」

 

 まったく大丈夫ではない。

 今の俺の状態を漫画風に表したら、頭上でヒヨコが鳴いている図だ。

 頭痛と全身のダメージで動けやしない。直前に見たモノが完全に記憶領域からトんだ。

 

「不意打ちは……無理……」

 

「し、しっかりしてください! 動揺し過ぎですよ!」

 

 好きな奴の裸体を食らって動揺しない男がこの世にいてたまるか。

 ああまったく、今更になってこんな同居のお約束展開を踏んでしまうとは──!

 

「……待てレティ。こっちに来るな。見えるから……」

 

 そこで構わずレティの気配が脱衣所から出てくる。

 しっかり目は閉じているが、否応なしに風呂上がりの匂いがする。勘弁してほしい。

 

「み、……見ていいですよ? べつに……というか、これから一緒に入るんですから、早く起きてくださいっ」

 

「なんでだよ……お前上がったばっかだろ……」

 

「私がディアのありのままを見たいからに決まってるじゃないですか」

 

「告白より恥ずかしいことを言うよな、お前……」

 

 見たか世界よ、これが夫婦だ。

 

 

     ◆

 

 

 愛は深まった。目もしゃっきりした。

 しかしだ。

 

「……俺はよく、嫁さんが捕食者側だってことを忘れるよなぁ……」

 

「っ!? なっ、い、言いがかりはやめてください!」

 

 ソファで呟くと、台所で皿を拭いていたレティがすっ飛んでくる。

 流石にもうお互いに服は着ている。風呂で存分に楽しんで、夕飯を摂った現在だ。

 

「私だって十分加減していますっ! ディアが魅力的すぎるのがいけないんでしょう!? そ、それに……それに、五日間も……物足りなかったんですよ……?」

 

 ……確かにその期間は俺の落ち度と言えるだろうが。

 それとレティの精力は関係ないんじゃないか?

 

「……ハッ。なにか不利な気配を感じます……そそそ」

 

 ご丁寧に効果音を言いながらキッチンに引っ込んでいく幼な妻。

 縮んだり元に戻ったり、本当に自由だな。俺はどっちも拝めて最高だけど。

 

『──続いてのニュースです。本日、境黎市の聖來高等学園では「序列祭」の決勝戦が行われました──』

 

 ふと、つけていたテレビからそんなことが聞こえた。

 そういえば同日開催だったか。良夜は観戦に行ったのだろうか?

 まぁ、その辺は来たる週明け、通りがかりの金髪眼鏡にでも顛末を聞くとしよう。

 

「ふうっ、これにて今日の家事も終了です!」

 

「……悪いな。任せっきりで」

 

「い、色々と疲れさせてしまいましたからねっ。ええ、今日のディアはとてもよく頑張りました。無理をしてでも、今は休むべき時なのです!」

 

 まぁ……その言葉には甘えさせてもらう。

 今の俺が家事なんか手伝ったら、うっかり皿を落としそうだったし。

 

「さぁ、それでは本題に入りましょう」

 

 ピッ、とレティがリモコンを押してテレビを消す。

 一気に室内は静寂。緊張感が張り詰める。

 

「……なんか怒ってない……?」

 

「そんなことはありませんよ? 最高の気分です──ええ、ようやくディアにお仕置きできる時がきたのですからねッ!」

 

 腰に両手を当てて、むん! とドヤ顔するレティ。

 部屋着用の白いゴスロリが似合い過ぎる。乾かしたばかりの白髪には視覚的にもふわふわ感がある。風呂上がりの良い匂い。相変わらず見惚れるほど可愛いなこいつは……

 

「視線を感じますね……良い気分です」

 

「誇らしげだ……」

 

「ディアは私にだけ見惚れていればいいんです。独占する許可を与えます」

 

「今まで不許可だったのか……」

 

「……ディア、やっぱりまだ疲れてますね?」

 

 うん……と俺は力なく頷きを返すしかない。

 家に帰ってきて疲労がドッときた。当たり前だ。界域で何体と戦ったと思っている。三百……三百? いくら量産型の界域主だったとはいえ、我ながら変な無茶したな……??

 

(正直もう今日は頭使いたくねぇ……)

 

 あの界域であったことは、最低限、既にレティには共有した。

 得た情報について、二人で色々と深掘りしたい気持ちはあるのだが──

 

「……、あー、レティ?」

 

「…………」

 

 じっ……とレティは俺の前で腕組みしたまま不機嫌顔。

 気まずいというか、居たたまれないというか、忍びないっつーか。

 静かな怒気を感じる。

 

「……あなたはなんというか、ご自身の傷に無自覚なのですね。今もまだ、『疲れてる』と思っているだけなんでしょう?」

 

「え? ああ……」

 

 それはそうとしか言いようがない。

 身体が怠い。億劫だ。その程度。

 

「精神的にショックを受けても、無意識に受け流す……そういった癖がついているんですね。最低限、剣さえ振れれば問題ない──そう考えていませんか?」

 

「……? いや、剣を振るのに俺のコンディションは関係ないぞ?」

 

「────」

 

 才能は不変だ。

 俺がくたばりかけだろうと、絶好調だろうと、切れ味は変わらない。いつだって。

 

「そういう所も含めて『才能』なんだろうさ。いわば、俺という人格は剣才(コレ)の付属品なんだよ」

 

「コラーッ!!」

 

「ッ!?」

 

 鋭い怒りの一喝にビクリとする。

 

「そういう所がディアはダメなのです! もっとご自身の傷に自覚なさってください! 『動けるんだからまだ平気』、なんてことはないんです! どれだけ規格外でも、あなたは人間です……人間なんです! 本当は傷ついてるに決まっているでしょう……!?」

 

「──」

 

 それは。

 なんというか。

 一撃食らうよりも、効いた言葉だった。

 その顔が、青い瞳が──今にも泣き出しそうなほどに潤んでいたのもある。

 

「……あなたに剣の才能なんか、なければ良かったのに」

 

「え」

 

「だってそうでしょう!? 戦える力があるから無茶するんです! だったらいっそのこそ、私に守られてるだけの人だったらよかったのに……!」

 

「え──いや、レティ。俺はその、この才能しかないから、それがなくなると、マジで無価値っつっーかなんつーか……」

 

「────私は。あなたの才能に惚れたわけではありません」

 

 声も出ない。

 声も許さぬ、断言。

 

「私を前にしても一切恐怖に揺らがなかった。それが全ての発端です。まったく──他にどこにいるっていうんですか。殺されながら見惚れる人なんて。でも、それが私は……、」

 

 その先は、口にすることはなく。

 大事な思いを仕舞い込むような様子が、ただ今は──愛おしく。

 

「あ……あなただって、私が英雄だからー、とか、精霊として凄いからー、で好きになったわけじゃない……でしょう? ですからそれと同じというか、その……つ、つまり! 私は才能なんか関係なくディアのことが好きといいますか!」

 

「──待ったレティ。そこまで、そこまでにしてくれ…………」

 

 俯いて片手で顔を覆う。

 そんな告白されるとかマジ聞いてねぇ。

 

「……ディア? もしや……もしやもしや? 照れて……ます?」

 

「……変なコト言うからだろ……」

 

「顔! 顔を見せてください! ねぇねぇ!」

 

「なんでそんな食い気味なんだよッ……!?」

 

 ぐいぐいとレティが腕を引っ張り始めるが、見せられるワケがない。絶対に今は鏡を見れない顔をしているに決まっている。

 

(……“才能なんか関係なく”……)

 

 ──そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。想像すら、しなかった。

 誰だって才能を褒められるのは嬉しいはずだ。だが俺の場合は、どうも、褒められるより、今のように否定される方が、随分と新鮮で……よく効いた。

 

 不思議な気分だ。

 人っていうのは、何度だって恋に落ちれるものらしい。

 

「……可愛い顔ですね、ディア?」

 

「……覗くな」

 

 精霊の腕力に敵うはずもなし。

 自分が今どんな面なのかは、彼女の瞳を見ればお察しだ。

 

「ああ……なんでしょう、この気持ち。今──とてもあなたを愛したいです。ちゅーしてもいいですか……?」

 

 問うてきた時には、もう唇が重なっていた。

 首に回される抱擁。膝に乗りかかってくる柔らかな重み。触れた部分から熱が伝わって、目を開けていられなくなる。……散々キスはしてきたが、こんなに恥ずかしい接触は知らない。

 

「っ、……んっ──……♡」

 

「ッ……、…………!」

 

 長い。

 長い長い長い長い!

 どこまでゲージを上げてんだこいつは。ねじるように胸を押し付けてくるわ、口は一向に離れないわ、舌が絡んでくるわ! ──いや正直に言おう。天国かと。

 

『もっと強く抱き締めて……?』

 

 追い打ちの天の声。

 あのさレティさん、俺は仰るように疲れてるの。こうして理性を保つのもギリギリなの。理性破壊精霊すぎるだろ流石によ!!

 

「っ……♪ ねえキリセ、どうして私に惚れたんですか……?」

 

 ようやく少し離れたかと思えば、そんな質問を放ってくる。

 ここで聞いてくるかお前。

 あえてここで聞いてくるのかよ、お前!

 

「……一目惚れだよ。悪いか」

 

「! え、えへへ……ほんとに、仕方ない人ですね……!」

 

 はにかむように笑うレティ。より此方との密着度を上げてくる。

 あーくそ、ほんとに可愛いな。超かわいい。可愛いの過剰摂取で死ぬかもしれない。なんて死因だそれ。

 

「……好き。好き! 大好きですよ、キリセ……」

 

「ああ──俺も、愛してる」

 

 敵わなすぎる。恐らく一生。

 こんなの惚れ直すに余りある。本当──愛おしくって、仕方がない。

 

 ……だからこそ────

 

 

     ◆

 

 

「私は彼女の……君の契約精霊の身体検査を担当したの。それでちょっと、伝えておきたいことがあってね」

 

「彼女の状態を診てとても驚いたわ……あれだけ強大な力と合一していながら、完全に安定している。それも、一重に彼女の精神力だけでね。表面上は分かりにくいけれど……それは想像を絶する辛い境地ともいえる」

 

「融合精霊の事例は、今も専門チームが研究中なの。実験でなく、解明のためにね。元の精霊と元の人間に分離する方法。生憎と、その解決方法はまだ手掛かりさえ掴めていないのだけど……」

 

「彼女は間違いなく特例。本人もそういう自負があるのでしょう。……でも、彼女の場合、融合している力が余りにも強すぎる」

 

「……彼女には、曖昧に伝えたけど君には言っておくわね。あの子は、霊力の性質からみても『破壊』に特化している。だから普通の人間が持っている能力は余分とされて機能していない。それはある意味、完成された知性体とも言えるけれどね」

 

「半分といえど、精霊にとって人間はやはり下位存在に当たる。これはどうようもない事実なの。霊力の供給はできるけどそれだけ。人間との間に子供を作るのは、はっきり言って難しい」

 

「……愛してあげてね。彼女のこと。私から言えるのはそれだけよ」

 

 

     ◆

 

 

「……愛してる」

 

 繰り返す。愛を紡ぐ。何度でも。

 可能性でしかない事実は伝える意味がない。だから思い出したこの話は、今しばらくは俺の中に留めておく。

 

 彼女を救う。

 それが果たして、人間に戻すという意味で果たされるのか、今の俺には分からない。

 

 だがこいつには、取り戻してやらなきゃいけないものがある。

 それは確実で、確定事項だ。

 

「ふふ……キリセ。今の私、とっても幸せです……」

 

 そうか。でもなレティ、お前の幸せはこんなもんで止まっちゃいけないんだよ。

 世界を背負わされて、今も苦しんでるはずのお前には、ちゃんとした報いがなきゃいけない。

 

 さっきお前自身に教わったことだ。

 どれだけ規格外でも、半分だろうと、お前は人間なんだよ。

 傷ついて、苦しんでいて──こんな幸せじゃあ、まだまだ足りない。

 

 もっと幸せになるべきだ。なっていい。

 

「ね……もっと愛し合いませんか?」

 

「……喜んで」

 

 少しでもお前に与えられる幸福があるのなら、惜しみなく捧げよう。

 だけどいつか、必ず。

 お前にもっと相応しい未来を用意しよう。よりよい幸福な結末を。

 

 それが俺にできる、最大限の働きだろうから。

 

 

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