「それで大会のラストはすごくってねー。追い込まれた篝選手が異能に覚醒したんだよ! 獅子月先輩も圧倒する勢いで! まぁ、かなり拮抗したけど最終的には獅子月先輩の勝ち! 篝選手は留学生って話だけど、他の高校にもあんなに強い精霊士がいるんだねー」
──朝の通学路。
例によって例の如く、ばったり良夜たちと出くわしたので一緒に登校していた。
横に並んで歩く俺たち男子陣の前方では、レティと架鈴の女性陣が和やかに笑い合っている。なんか向こうだけはお嬢様学校の絵だ。
んでもって、俺が良夜から聞いていたのは免許試験と同日に開催されていた剣術序列大会──その決勝戦のダイジェストであった。
「ほーん。お前は結局最後まで観戦組か?」
「うん。俺は近接戦苦手だし……見てる方が勉強になるしね。あ! あとねぇ、会場設備も凄かったんだよ! あの日限定で、校舎の裏には専用の新築ドーム会場が建築されたんだけど、選手がどんなに暴れても壊れなかったんだ!」
「なんだその無駄な技術……」
修繕費に回されるとか言っていた参加費用が別の方面に使われていないか?
あの学園のイベント推進精神がわからん。
「斬世も参加すればよかったのになー。参加すればよかったのになー!」
「同じことを二回言うな。あんなの金輪際関わりたくねぇよ」
そういう大会ごとはきちんと努力した奴らが競うべきものだろう。
まぁ、結果が成績に反映されない辺り、学園は精霊士としての本分を見失ってはいない……と信じたい。人ではなく、魔獣こそが精霊士の敵なのだと。
「今週末からは夏休みだよねー。斬世、なにするー?」
「何って……宿題とかじゃねぇのか」
「え、真面目だね。皆でプールとか行かない? 花火大会とか!」
……あ、これ遊びに誘われてんのか。
あまりにもシームレスな話題転換に理解が遅れた。つーか
「前に水着買ったし、水場系に行くのは確定だよねぇ。あ、でも浴衣はないかも。またショッピングかな? ついでにバーベキューセットとか準備しちゃう? 花火もいるよね! あ、そうだ。俺、一度でいいから野球はやっときたい! 野球!」
遊ぶことしか考えてねぇなこいつ……
いや、この能天気さは一周回って見習いたいぐらいな所もあるが……
「知り合い呼んだら人数は集まるかなー。斬世、野球のルールは知ってる?」
「あ? えー……確か、キャッチャーとピッチャーとバッターと捕手と投手と打者がいるんだろ?」
「それ全部同じだよ! 三つしかないよ!!」
「あー、あと走る奴」
「それはボールを打ったバッターだよ!!」
「……???」
聞けば聞くほど分からなくなってくる。
なんなんだ野球って。
「ていうかその三人、仲間じゃないから! バッターは攻撃側だよ!」
「え? あいつら仲間じゃねぇの!?」
「仲間だったら点取れないよ! 野球って二チームで戦うんだよ!? えーと、だから……ボールを投げる人と取る人がいるとして! そこに打つ人がいたら、邪魔するその人は敵でしょ!?」
「嘘だろ!? そんな性悪なゲームだったのか!?」
「性悪じゃないよ! そういうゲームなんだよ!!」
俺の中の野球像が壊れていく。
あの三人が仲良くボールで遊ぶイメージだったのに……そんな多対一って図だったのか!? 四面楚歌!?
「だから野球はチームプレイが重要で……斬世?」
「しばらく俺に野球の話を振るな。バッターが憐れすぎる……」
「い、いや、バッターには皆なるんだってば」
「は!? どういうことだよ!?」
「ここまでの野球初心者も貴重種だね……」
なぜか貴重種扱いされた。そんなに酷いのか俺の知識量は?
校門が見えてくると、なにやら騒がしい気配があった。
戦闘のものではない──ソロギター? それによく通る歌声が聞こえてくる。
「あれ、あいつ……」
道行く生徒たちが足を止め、視線を集めているその中心人物は知っている顔だった。
背に流した金髪。爛々とした琥珀色の瞳の女子生徒。──黄泉坂古今、その人だった。
「わ、軽音部の人かな? 珍しいねー」
「……軽音部なんてあったんだ」
良夜と架鈴は初見らしい反応をしている。
俺は剣術大会での印象が強いが、そこまでの有名人ではないのか?
「──ご清聴サンキュー! 軽音部の黄泉坂でしたー! ただ今、軽音部は部員を永遠に募集中!! 幽霊部員でもなんでもいいから入部してねー! ヨロシクー!!」
演奏が終わるとそんな一声。
どうやら勧誘活動の一環だったらしい。しかしいくらハードルの低い加入条件だとしても、そんな誘いに乗る学生などこの学園にいるハズも……、ん?
「──ちなみに。秋の文化祭では軽音部による音楽コンサートを開催する。そう、
黄泉坂の横から。
入部届らしき紙を配っている、謎の金髪眼鏡(!?)がそう言った──!
「えっ……マジで?」
「そんな都市伝説あったっけ?」
「入る入る入ります!!」
「なにそれ!? やるっきゃないじゃん!?」
「バンド!? バンドをやればいいのね!? ちょっと誘ってくるわ!」
…………それはまるで、自ら網にかかる魚群のような。
色とりどりの髪色をした女性陣が次々と金髪眼鏡から入部届けを奪い取り、校舎へと猛ダッシュしていく。
数分も経たない内に観衆だった連中は軒並みターゲット奪取のレースを始め、いつの間にかその場には、傍観していた俺たちと軽音部の面子だけが残されていた。
「ふむ──作戦成功、と言ったところか」
「凄いよ眼鏡くん!? 軽音部がこんなに求められたの初めてだよ!」
「単純な計略だ。精霊士といえど、やはり所詮は高校生。恋に苦戦するヒロインは多いようだな」
「何を言ってるのかは相変わらず分かんないけど、眼鏡くんすっごーい!!」
わーいわーいと飛び跳ね喜ぶ軽音部部長。
……前に見た時より女児度が上がってねぇか、アレ?
「……アンタら、何をしてんだよ。特に眼鏡」
近づいて声をかけると、おや、と未だ名も知らぬ眼鏡がこっちを見た。
「見て分からんか。──プロデューサーだ」
「あ! 刈間くん! 『刈間斬世』くん!! おっひさー! 元気してるぅー!?」
ギュイイーン、とエレキギターを鳴らしながら、やたら元気の良い挨拶を返してくる黄泉坂。
こいつ……こんなキャラだったか?
「あれ、斬世の知り合いだったの?」
「剣術大会の時にちょっとな。……つかプロデューサーって、アンタ軽音部だったのか?」
「いいや? 今朝、良い演奏をする割には勧誘の仕方が終わっているこいつを見かけてな。少し手を貸してみただけだ。この学園の生徒の生態を熟知している者など、オレ以外にはそういまい」
生態って言うな。まるで自分は例外かのような視点をしやがって。
この金髪眼鏡はなんつーか、自分を脇役だと思い込んでるアホにしか見えねぇぞ、俺は。
「ねーねーそこの君たち! 軽音部やらない!? ギター弾き放題、ドラム叩き放題だよ! どうどう!?」
と、ちょっと目を離した隙に黄泉坂が良夜たちを勧誘していた。
俺に止める権利はないが……こいつらって、部活とかやってんだろーか?
「え、俺は……楽器系は昔一通り習ったし、今は別にいいかなぁ」
「私もそんなに。演奏するより聞く方が楽しいかな」
──お坊ちゃんとお嬢様の世界は違った。こいつらにとって演奏とは、「初挑戦」ではなく「復習」なのだ。それか評定する側か。
「むう、残念。じゃあそこの白い子は!?」
「……、」
すすす、っとレティが無言で俺の背に隠れた。
なにやらジト目で黄泉坂を……警戒している?
『どうした、レティ?』
『……いえ……なんというか……もにょもにょ』
『可愛いか』
『い、いえ! その……筆舌に尽くしがたい感覚なのですが……あまりこの人、近づきたくありません』
『……?』
ますます妙だ。
レスティアートの精霊としての格を鑑みても、人間一人に拒否感を覚えるのは違和感しかない。
「んん? どしたの?」
「特に理由はないがアンタのことが嫌いらしいぞ」
「ぐっは」
黄泉坂がダメージを受けた様子でよろける。
なんだろう。レティにも苦手な人種ってのがあったのか?
「ううー! やっぱり精霊さんには避けられてばっかだなぁ! 私はさみしいよ! 悲しみの一曲、歌います!」
「ノーセンキューで」
「黄泉坂、さっさと機材を運ぶぞ。朝礼に遅れる」
「先輩を敬う後輩がいないねこの空間! うおーん!」
黄泉坂が泣きながらギターとマイクスタンドを持っていく。
続くように金髪眼鏡もアンプを持ち上げる。
「騒がせたな。都市伝説の真偽は保証しないが、興味があれば軽音部に来るといい。……ちなみに刈間、お前は演奏経験あるのか?」
「黙秘権を行使する」
「なんだその返答は。まあいい、ではな」
立ち去っていく金髪頭の先輩二人。
意外な組み合わせだったが、存外に相性はいいのか? というか黄泉坂は眼鏡の奴の名前を知ってるんだろうか……
「……黄泉坂って人、軽音部の部長さんだったんだね。意外かも」
「ん? 架鈴、知ってたのか?」
「名前だけはね。あの人、異能が強いらしくて、魔獣討伐に引っ切り無しに出動してるらしいよ。留年したのもそのせいだとか」
「……」
……なんかソレ、若干他人事な気がしないんだが。
能天気なイメージだったけども、そんな話があるってことは、あいつも間違いなく凄腕なんだな……
「これでプラス二人……かぁ。ひとまず一チームはできそうかな……」
「おい良夜? なに考えてる?」
「え。いや野球のチームは九人必要だから……俺と架鈴と斬世、それぞれの契約精霊を含めて六人! で、さっきの二人のも含めたら足りるかなーって」
「ああ、もうお前の中で野球は決定事項なんだな……?」
誰かこの夏休みの子供を連れ出してくれ。
あと当然のように精霊を頭数に入れるのかよ。どんな野球だよ。
「こういう時の良夜は本気だよ。諦めて巻き込まれた方が楽しいよ、斬世くん」
「あれ以上あの二人に関わったら、軽音部に強制入部させられるぞ……」
「野球……以前に行った、『バッティングセンター』での技能を振るうスポーツですね? 興味があります。テレビで観て、楽しそうだなあと──」
「さて、監督はどうする? 適当に芒原の奴でも引っ張ってくるか」
「斬世のやる気スイッチは分かりやすすぎて俺は逆に怖いよ?」
思い出なんてあればあるほどいいんだよ。
……なんて言うと、まるでレティに死期が迫ってるかのような言い方だな。縁起でもねぇ。
ただ実際問題、レスティアートには楽しいことを多く知ってほしいという気持ちはある。
俺一人で教えてやれることにも、どうしても限界があるしな。
「よーし! それじゃあ熱が冷めない内に計画しちゃおう! グラウンドって空いてる日あるかな!?」
「そこはよく決闘してる人が多いよね……」
「マジでなんなんだよこの学園……」
「し、士気の高い教育環境でいいじゃないですか! ね!」
レスティアート。実は普通の学園では決闘なんか起きないんだぜ?
◆
──で。
「我が校のグラウンドの使用権は代表生徒で戦って決めるんだぜ──ってまぁ、如月がいんなら顔パスか。つーワケで監督役の俺、芒原先生だ」
「驚きの平和オチだったな……」
「では、いきますよー!」
「よぉーし、こいーっ!!」
「グォォォォ!!」
計画から三日後。金曜日のグラウンド。
一学期最後の日の放課後、俺たちは面子を集めてその光景を目の当たりにしていた。
ボールを握るのはレスティアート。
バットを持ってるのは黄泉坂。
待ち構えるのは、白銀の竜精霊。
──刹那、音速の光線が放たれる。いや違う、速すぎるだけのボールだ。
カッキーン。
白い塊が宙をカッ飛んでいく。直後、嵐が起きた。
「ガァァァ!!」
翼を広げ、跳躍した白銀の竜がボールを追いかける。
そのまま空の果てに飛んでった。
「あーっ! 違うよジャック! 飛んじゃダメ! そうじゃないよ野球って!」
「うわー、フリスビー投げられた犬みてぇ……」
「……ねぇ斬世くん。やっぱり無茶だったかな、アレ」
「見りゃ分かんだろ」
「斬新な光景だな。野球には到底見えないが」
俺、良夜、架鈴、芒原、金髪眼鏡は守備側──には入らず、一連の流れをベンチと定めたエリアで眺めていた。
つまりポジションについてるのはバッター、ピッチャー、キャッチャーの三名だけということだが、今のあの場に安全圏など存在しない。立っている面子がもはや戦場に等しい。
ちなみにグラウンドは訓練場としても使われるので、精霊の顕現は自由だ。お陰で竜が野球に参加するとかいうカオスな絵面になっている。
『……あの女、なんでレティの投げた球を打てるワケ? 人間よね?』
と──そんな声が空間に響いた。架鈴の契約精霊、アイカの声だ。
「異能だよ。自分の能力を強化するって話だ。……ま、実際のところは俺も知らねぇけどな」
「やっきゅう! やっきゅう! きゅっきゅっきゅー!」
「ええと……ほ、ホームラン! ホームランです黄泉坂さん! 走らないと点が入りませんよー!」
どうやら黄泉坂の奴も野球は雰囲気でやっているようで、ボールを打ったのにも関わらず、バットを素振りし始めている。たぶんアレ、バッティングセンターにいるのと同じノリだな?
「? うん! じゃあ次は走りながら打つねー! どーんとこーい!」
「……! ……ディア~!」
ヘルプコールが入ったので打席に入る。
どうやら黄泉坂の奴は、数日見ない内に思考のネジを何本か外してしまったらしい。
「おい、バッター交代」
「あれ? そうなの? わかった~!」
あげるー! と、見てるこっちが心配になるくらい能天気な笑顔でバットを預ける黄泉坂。
……ホントにこいつ大丈夫か?
「なぁ、なんかお前……キャラ変わってねぇか?」
「? うんー!
「……?」
なんか、妙に会話が噛み合っていない気がする。まるで他人事の口ぶりだ。
しかし話を深掘りする前に、バッサバッサと羽音を立てながら、
「はいはーい! じゃあ次は俺がキャッチャーやりまーす! レティちゃん、手加減よろしくね!」
「も、もちろんです。えっと……ディアが打つん、ですね?」
「遠慮はいらねぇぞレティ。俺に構わず全力で投げてこい。必ず止めてみせる」
「……! は、はい! 任せてください!」
「二人とも! 手加減を! よろしくねー!!」
さて、野球のルールによれば俺とレティは敵対状態らしいが……
ま、人数も足りなければ、ロクに守備も回らないこの完全フリールール状態、ノリで楽しんでいいだろう。
「それでは、いきますよー!」
「おう、来い」
バットを構え、来たる魔球に備える。
レティの構えは完全に投げ慣れていない初心者のものだったが、投球のコツに関しては即座にマスターしたらしい。優雅な挙動で油断を誘う……実に油断ならない投手である。
「てぇ──い!」
放たれたのはストレートの剛速球。
それを正面にした良夜から、ひぃ、と声が上がるが、初心者の俺だって無策で参加したわけじゃない。
バットを刃物と捉え、この一瞬、感覚を誤認させる。
飛んできたものを斬る──その感覚でバットを振るった。
「お」
──小気味よい打撃音が響き渡る。
陽光は眩しく、遠くで蝉が鳴いていた。
ボールの軌道を追って青空が視界に映る。カラッとした雲一つない晴天だ。
夏が始まる。
ふと、そんな言葉が浮かんだ青さだった。
閲覧ありがとうございます!
ここすきや感想、いつも本当に励みになってます。お陰でここまで来れました。
これにてEP3は一区切り。次回、夏休み編。
糖度や戦闘に振りながらやっていきたいと思います。
……果たして眼鏡先輩の輝く日は来るのか