境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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05 新婚のロリ婚

 三千年前、この世界は滅びの危機にあった。

 人類が結束し、立ち向かっていたのは「世界の外側」からやってきた異界の脅威。

 

 魔獣。

 

 異界からこちらの世界へ現れた雑音(ノイズ)。人の感情、意志、情報に共鳴し、力を増幅させる怪物。

 人類がいる限り奴らはこの世界を嗅ぎ取り、必ずやってくる。人類がいる限り、奴らの増殖は止まらない。

 

 一方──人間が糧にできる感情など、たかが知れている。

 超能力だの、魔力だの、そんな神秘エネルギーに変換する機能を、俺たちは持っちゃいない。

 

 そこで当時の人類が見出した希望こそが、精霊。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。至極単純、それだけの作戦。

 魔獣たちがやってくる異界とは別の世界の観測。0に等しい確率と可能性に賭けて、人類は自分たちの技術限界に挑んだ。

 

 結果──賭けに勝った。

 まったくの別世界……「幽世(かくりよ)」、「精霊界」とも呼ばれる座標の観測に成功した。

 

 初めて精霊が召喚された瞬間、世界中にはびこっていた魔獣の多くが、顕現の余波で消し飛んだのだとかと伝えられている。

 

 その精霊がレスティアート。

 当時の世界情勢、人類の危機をまるごと引っくり返した……まさに「英雄のような精霊」、であったらしい。

 

 

(英雄……)

 

 だが、所詮伝説は伝説である。

 事実は神話よりも奇なり、と旧友に教わった嘘諺を思い出す。

 なにせその英雄、今、俺の手料理をバカ食いしてるんだが。

 

「はむはむはむはむ……」

 

「……あの……オイ……もうちょい落ち着いて食えば……」

 

「当世の素材は実に美味です……私の時代とは比べ物になりません……卵をゆでる!? どうしてそんな天才的発想を思いつくのですか!?」

 

 ……英雄サマの食卓は地獄だったようだ。

 というか野菜を炒めただけの品と、唯一の得意料理だけでそこまで言われてもな。

 これからはもう少し腕を上げるか。こいつにはちゃんと美味いもんを食わせてやりたい。

 

「……? ディアは食べないのですか?」

 

「いや、調理中。っと、三分」

 

 俺の昼飯は万年世話になってるカップ麺だ。

 蓋を開けると湯気が立ち昇る。また見知らぬ匂いに、ごくりと少女の喉が鳴った。

 

「……一口食うか?」

 

「はっ……い、いえ、人の食物を乞うような真似は致しませんっ」

 

「そ」

 

 まぁ、俺としてもインスタント麺の味を教えたくはない。

 つーか恋人に三分クッキング飯なんて食わせたくもない。

 

「ごちそーさんでした」

 

「! ……でした!」

 

 食い終わって、つい習慣で手を合わせるとレティが真似をする。

 文化……いや時代の違いか。細かい所で差異を感じる。

 

「とても──とても満ち足りた食卓でした。当世の方たちは、このように食事を共にするのですね」

 

「ん……? お前、飯とか食ったことないのか?」

 

「いえ、『誰かと』食事した経験が浅くて……それに手料理を味わうなんて、かつての時代では滅多にありませんでした。戦線では主に簡易的な霊力補給……その辺の情報媒体を『分解』して取り込んでいましたし」

 

 ……。

 ……なんか、想像していた文化(モン)と違うんだが。

 伝説の英雄って言うんだからこう、いつも城内で豪華な料理群を食べ慣れてる──ってイメージだったんだが。生活が完全に人外のソレすぎる。

 

「き──キリセ、は」

 

「ん?」

 

「キリ、セは……あるんですか? こんな風に……人と食事することは……」

 

「最近はねぇな。中学の頃──二年前なら……あー、悪友みたいな奴となら、何度か」

 

「おぉ……!」

 

 なぜ尊敬の眼差し。

 友人くらい、俺よりこいつの方が多そうなもんだが……?

 

「つっても、手料理なんか食わせたのはレティが初めてだな」

 

「! そ、それは……えへへ、役得ですねっ」

 

 ふわりと花開くように微笑むレスティアート。

 結構ストレートに物を言った方が嬉しがるようだ。覚えておこう。

 空容器や食器を片付けようと席を立つ。と、察したらしいレティが自分のを持って流し台までついてきてくれる。

 

 ──が、ちと身長が足りないので、洗い物は向かないようだ。

 

「……踏み台、買うか」

 

「う、浮けますよっ」

 

「無駄に力を使うだろ……今回は任せとけ。な」

 

 ふわっ、と丁度いい高さに浮遊したレティだが、そんな此方の説得に負けてしょげ返る。

 ……そういえば。初めて船の中で見た時より、少し背が縮んでるのはどういうワケだろう……?

 

「なぁレティ」

 

「な、なんでしょう」

 

「俺がお前と命を共有した影響で、なんか代償にしたモンねぇか?」

 

「………………」

 

 決死の沈黙。

 視線をやれば、首が明後日の方向に向いている。

 

「……ち、小っちゃいのは、ダメですか」

 

「許容範囲内だ。だができるだけ、互いの正確な状態は把握したい──今後のためにも」

 

 正論をかますと、うう、と声が聞こえた。

 どうやら秘密にしたい事だったらしい。嘘で誤魔化さない辺り、不器用なんだろうか。

 

「……そのぅ。精霊は『霊力』で色々とやるんですけども」

 

「らしいな」

 

「あなたと契約する際──命の共有を一緒にやったので、かなり霊力を消耗しています。今は全盛期の頃の……二分の一くらいです」

 

 半分か……しかし思っていたよりは残っている。

 命の共有って言うんだから、てっきり、もっと相当な弱体化を予想していたが。

 

「回復にはどれくらいかかりそうだ?」

 

「……自然回復なら短くて二年。長くとも五年あれば、確実に。でも……効率のいい回復法も、あるん、ですよ?」

 

「というと?」

 

 そこで空容器の処分と食器洗いの作業が終わる。タオルで手を拭きつつ問えば、また、もじもじと──なぜかスカートを抑えながらレティは答えた。

 

「契約者と触れているか……傍にいるだけで、基本的に回復量は増加します。それと……」

 

「と……?」

 

「……の、濃密な接触行為、とかあれば……あの、まぁ、即日で完全回復かなー、なんて……」

 

「……のうみつ」

 

「の、濃密な……深くお互いを知る……あれ、です」

 

 あれ、とか迂遠な言い回しだがつまりアレだろう。

 ……流石にここで明言する勇気はないけど……

 ……もしかしてコレ、俺の理性耐久試験とかだったりするか?

 

「……レティ。人間関係が様々であるように、恋人の関係性も様々だ。確かに今日ついさっき、キスしたり名前呼びを解禁したが、そこまで焦ってるワケじゃない」

 

「は、はいっ」

 

「お互い、まだ知らないことは多いだろ。だからっつーか、まぁ……」

 

 ──どうやってまとめればいいんだ、この方針会議。

 だいぶ言葉に迷ったが、ひとまずの結論を俺は口にする。

 

「……………………俺が襲ってきたら、殴れ」

 

「はい!?」

 

「なるべく……お前の命に影響がない範囲で……頼んだ」

 

 チラと見たレティは、あぐあぐと赤面しながら、なんとも言えないものだったが……やがて、「わかり……ました……」と約束してくれた。

 

 ……切実に頼んだ、マジで。

 

 

     ◆

 

 

 さて、荷物整理の時間だ。

 学生寮から送られてきた俺の荷物は、そう多くない。自室として割り当てた部屋を覗けば、数個の段ボールが置いてあるだけだった。生活必需品や、調理に使った食材や道具なんかは始めから用意されていた。如月マンションのサービス、至れり尽くせり、だ。

 

 つーか、それよりも……

 

「……レティ用の荷物の方が多いな」

 

 英雄、という規格だからなのか、レティの部屋に行けば彼女用の段ボールがざっと四十以上。

 どれもこれも衣類のようだ。いちいち買い物に行かなくて済むのは助かるが、明らかに数十万はしそうなアクセサリーまである。なんだこの手厚さは。俺にはなかったぞ。

 

「……なんだこれ?」

 

 段ボールの一つの上に、紙切れが置いてあった。こんな内容だ。

 

『レスティアート様のため、ご用意させていただいた品々です。──精霊協同委員会より』

 

 ……つまり学園の、精霊向けに事業を行っている団体からの贈り物のようだ。

 普通こんなのあるのか? ここまでやるのか? 凄みすらある支援内容だ。

 

「こっちは……?」

 

 段ボールの群れに紛れて、白い高価そうな箱を発見した。そこにも便箋が乗っている。

 開けて読んでみれば──

 

『護衛不足の謝意と契約祝いを兼ねて。──如月財閥、如月悠楼』

 

「……」

 

 どうも、あの白スーツ野郎からのようだった。文面が簡素すぎる。人間性とかってあるんだろうか。

 一応、白箱を開封してみると、いくつかの書籍が収まっていた。どれも精霊士になったばかりの初心者向け用マニュアルだ。戦術本まである。……正直、かなり有難い。

 

「沢山ありますね?」

 

「ほとんどお前用らしいぞ。好きに使ってやれば」

 

「嫌です」

 

「え」

 

 ぷいっ、とそっぽを向く白いお嬢様。

 不服そう……というか不機嫌そうだ。

 

「この服は学園の長から献上された当世風の装束ですが──……せっかく着るなら、ディアが選んだものがいいです。他のものは全て処分しましょう」

 

「がっ……」

 

 俺を言いくるめるのが上手いな、こいつ。

 ンなこと言われたら同意しかできねぇだろうが。

 

 ……しかしだ。いくらなんでも、コレ全部を処分すると……今後の買い出しで、俺の預金が底を突き抜けてしまうだろう。

 

「……分かった。ただし、俺の基準で少し残していいか?」

 

「! …………ま、まぁ、いいですけど!」

 

 嬉しそうだ。少し苦笑してしまう。

 それから俺は、委員会から贈られてきた品々を選別してクローゼットに叩き込んだ。ゴスロリ服のイメージが強烈すぎて、フリルの多い衣装が多くなってしまったのは、どうか見逃してほしい。

 

「こんなもんか」

 

「ほうほう……これがあなたの好みの傾向なのですね……」

 

 ……余計な性癖が暴かれた気がしなくもない。必要経費と思っておこう。

 

 

     ◆

 

 

 その後、荷物整理に日中の時間をほとんど費やした。

 レティはいつの間にか、リビングのソファで眠ってしまっていた。おそらくは霊力不足の影響だろう。毛布をかけて、彼女が目を覚まさない間に風呂を済ませ、戻ってきてもまだ眠っていた。

 

 傍に寄って見下ろしてみる。永遠に眺めてられる寝顔だ。英雄の休息……と考えると、精神面でもだいぶ疲労が残っているのかもしれない。伝承通りなら、彼女は一人で、ずっと魔獣と戦っていたのだから。

 

「っ……ん、ぅ……?」

 

「起きたか。もう日暮れだぞ?」

 

「え……あれ、魔獣は…………」

 

「……ここにはいねぇよ。寝ぼけてんのか?」

 

 予想的中か。しばらくぼんやりとした目をしていたレスティアートだったが、徐々に意識を取り戻してくる。

 

「……あっ! ディア、ええと、あれ、荷物は……!」

 

「もう片付いた」

 

「す、すみません! 私だけ寝ちゃって……!!」

 

 飛び起きて申し訳なさそうに俯くレティ。俺としては、眠ってくれていたお陰で作業に集中できたまである。煩悩大敵。

 

「別に気にすんな。慣れない環境で疲れてんだろ、もっと寝てていいぞ」

 

「いえ、いけません! この失態は必ず……! ええと、魔獣を倒す時に!」

 

「そう気負うなよ。もちろんその時になったら頼らせてもらうが、今ぐらいはゆっくりしてていい」

 

「あぅ……」

 

 しかしレティの顔色は晴れない。疲れて寝たぐらいで、そこまで罪悪感を覚える必要なんかないんだが……

 

「……ディア、いけません。優しくしてくれるのはとても嬉しいですが、私は……私にそんな優しさを受ける資格は、本来ないんですから……」

 

「俺を殺したことか? あれは救命目的だったんだから、別に──」

 

「そうじゃなくて……! き、聞いてるんです。アサギという方から……私の力が、あなたの家を壊しちゃったって……!!」

 

「──」

 

「……あなたの血縁を、家族を……壊してしまったこと。私という存在がいたせいで、あんな……あなたが深い傷を負ったこと。私によって引き起こされた過失、その全ての謝罪します……! ごめんなさい!!」

 

 白い頭が深々と下げられる。そんな所作も優雅だな、なんて感じてしまうが、予想外の謝罪に唖然としてしまう。

 

 ……あの学園長、余計なコトを吹き込みやがって。道理でポンポン話が進むはずだ。奴のことだから、「これだけの被害を出したんだから相応の責任を取ってもらおう」とでも言いくるめたに違いない。

 

 ああいう人間はそういう事を平気でやる。

 学園にとって益となる精霊の力を縛り付け、生徒のためならどんな手段も厭わない──まさに教師の鑑だよ。

 

「──そうか。許す。どんな奴にだって失敗はあるもんだ、気にするな」

 

「え──い、いえでも! 私は本当に取り返しのつかないことをして……ッ、あなたの家を……家族を消滅させてしまったんですよ!?」

 

「そこは本当に気にする必要ないんだよ、レティ。あの日あの時点において、俺は身内に関して好印象なんざ持っちゃいなかった。唯一、見所があると思ってた爺もとっくに死んでたしな。むしろ家が消し飛んでなかったら、いつか俺自身の手で全員殺すつもりだったんだ」

 

「え──」

 

「あー……勘違いしてくれるなよ? 俺は別に殺人好きの変態じゃねぇ。俺の血縁は人でなしの集まりだったんだよ。お前を封じた石を、秘密裏に研究にかけてたロクでなし共だ。他にも研究だの実験だの、表沙汰にできないようなことをな。……起点はレティだったのかもしれねぇが、原因はあいつら自身で、自業自得だ。だから本当、気にするな」

 

 具体的にどうロクでなしだったのかは、ちょっと口にしたくないレベルなので言葉にしない。

 どうか存在ごと忘れてほしいくらいだ。あいつらの消去は世界平和への第一歩だったと、俺は今も確信を持って言えるのだから。

 

「なんでもかんでもお前のせいにしてくれるなよ。他人に責任なすりつけて生きてくような奴にはなりたくない」

 

「で、……でも……」

 

 ……どうもこの精霊サンは自分を責める傾向にあるようだ。

 『自分のせい』にして、贖罪として俺と協力する──そんな関係はこっちが望むものじゃない。そんなまどこっろしい、陰鬱とした関係性なんて願い下げだ。

 だったら──

 

「お前にあるのは、『俺を生かした責任』だけだ」

 

「……!」

 

「『俺と一緒にいる理由探し』でもしてんならそれにしろ。俺を無理矢理に生かした以上──永遠に付き合ってもらうぞ」

 

 その頬に掌を滑らせる。両目をいっぱいに見開いた白い少女は、陶然とした面持ちでこちらを見上げ、

 

「……好き……」

 

「んンッ」

 

 完全に不意打ちだった。一瞬前のカッコつけが台無しになる。

 

「わかり……ました」

 

 毛布を脱ぎ、ソファから立ち上がった少女は俺の横まで歩いてくる。

 

「それがあなたの……いえ、あなたを『理由』にするのは止めにします。私は、私があなたに寄り添いたいから、ここにいます」

 

 そして、跪いた。

 

「私の命はあなたのもの。あなたの命は私のもの──……この運命、永遠に捧げ尽くすと誓いましょう」

 

 騎士の忠誠──なんて、そんな表現すら生優しく思えてしまう誓いの言葉に気後れする。

 運命共同体であることに同意し、この約定を不変のものとする精霊契約。

 俺たちの場合、事態が前後したことになったが、つまり彼女が言いたいのはそういう事だ。

 

「……ああ。俺も誓うよ」

 

 しゃがみ、レティの右手をすくい上げる。

 引っ張られて立たされた小柄な身体が、こちらにぶつかった。

 

「あ……っ」

 

 抱きすくめると、一瞬強張ったのち弛緩する。

 

「もう慣れたか?」

 

「な、慣れませんっ……!」

 

 ははは、と軽く笑い声を零してしまう。

 しかし契約だの誓いだのなくとも、俺はレスティアートから離れないし手放さない。

 

 命を救われたからじゃない。

 こいつに出会った時から、そういう風に生きたいと、渇望したからだ。

 

 

     ◆

 

 

 これが今日一日を語るだけの物語だとしたら、ここで区切られているのかもしれない。だが俺にとってここは現実だ。誓いのやり取りがあった後でも生活は続き、時間は進み、世界は続く。

 

 夕飯は冷凍食品様で軽く済ませるというチートを使い。

 やがて、女子との同居において、最も男に試練を課される時間帯がやってきた。

 ──夜。俺はベッドの前で立ち尽くしていた。

 

「……レティ。お前の部屋は向こうだ」

 

「ディアと一緒におやすみしたいです!」

 

 にこにこしたまま、寝台にちょこんと座っているのはレスティアート。

 服は寝間着ではなくゴスロリのままだ──その両手に抱いている枕は自分の部屋から持ってきたものだろうか? まあそれはいい。

 

「……レスティアートが可愛すぎて絶対に眠れなくなるからいやだ」

 

「かわっ……! な、なんでそんな恥ずかしいこと言えるんですか……!?」

 

「レティが可愛いことは恥ずかしいことじゃねぇ、世界の摂理だ。俺が言ってるのは事実であり真理であって、恥ずかしいことでは断じてない」

 

「な、なんか壮大そうな口ぶりですけど、私は恥ずかしいですよ!」

 

 ひと悶着あって。

 結局、どうせ俺が寝ている所にこいつは入り込んでくるので、背を向けて寝ることで対処した。

 

「……ディア、俺のことは私のものだって、言いましたよね」

 

「……言った」

 

「じゃ、じゃぁ……こっち向いて、ぎゅっとしてください!」

 

 突然の神託。これに抗うコマンドを俺は持っていない。たぶん命ごと彼女に没収されたのだろう。

 ……なので、おとなしく従い、俺は努めて平静な顔を保ちつつ体を反転させ、その白い姿を両腕に閉じ込めた。

 

「……も、もっと強くしてください」

 

「……」

 

「……もっと──はにゃぁぁぁああああ──!?」

 

 ぎゅぅぅ、と両腕で細い体躯をこれでもかと抱き締めた。

 拘束する。束縛する。熱烈に。

 なにこの生き物めちゃくちゃ軽い柔らかい。そして凄くいい匂い。髪がツヤサラ、細い腰が折れそうだ。加えて温かい。胸に当たるふんわりした感触は記憶に刻み込む。

 

 三十秒、しっかり堪能。

 少し拘束を緩めてみると、両腕の中には顔を真っ赤にした恋人幼女が一人。キス一歩手前、ゼロ距離近くだ。

 

「……ぎゅってするの、好き、なんですか……?」

 

「いや、レスティアートが好き」

 

「……!」

 

 真顔で即答した。

 好意に関しては、はぐらかさないしストレートに言う。

 気恥ずかしいが、しかしそれ以上に、変な誤解やすれ違いは、彼女との間に起こしたくないのだ。

 俺にとって彼女との出会いは、不幸でも悲劇でもないのだから。

 

「私も……好きです……!」

 

「っ!?」

 

 瞬間、口を塞がれる。小さくて、柔らかくて、湿っていて……甘い。そこまで接触は深くはならず、表面を重ねただけのモノ。少ししてからレティが離れると、その青眼は飴のように蕩けていた。

 

「……初めて、好きって……言ってくれて、嬉しい、です」

 

 ……そういえば「惚れた」とは言っても、面と向かって「好き」と告げたことはなかった。心の中では今日、何千回と思ったか分からないが。

 

「ふふふ……壊しちゃったのに、動いてる。こんなこと、思っちゃいけないのに……ディアのこの心臓が今、私の命で動いてるって思うだけで、私…………」

 

 此方の懐に潜り込みながら、悪戯っぽく口元に笑みを滲ませるレスティアート。

 

 俺は一度死んだ。殺された。他ならぬ、この腕の中にいる少女の手で。

 理性で考えれば、奇妙な状況が過ぎる。自分を殺した相手に恋して、愛しいと、思っている。今のレティの発言だって、まともな奴なら恐怖に震え上がるべきところなのに──

 

 なのに。

 ……心臓を握られた時のことを思い出しても、恐怖どころか期待というか、興奮しているような節さえある。俺はマゾだったのだろうか? 完全に感覚までぶっ壊されたらしい。

 

 しばらくして、少女の寝息が聞こえてきた。こっちの情緒を置いてきぼりに、一人で夢の世界に旅立ってしまったようだ。

 

「…………いや寝れるか……」

 

 昼間の疲労に反して、頭は冴えまくり。

 幼女を抱きしめながら、眠ることもできずに、俺は生き地獄の夜を味わうことになった……

 

 

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