境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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59 夏の休息

 ──夏休み開始から、一週間が経過した。

 

 陽射しも殺人性を帯びてきた今日このごろ。

 熱されたコンクリが陽炎を生み出し、蝉が生涯最後の七日間を必死に訴える夏の日和。

 クーラーをガンガンに効かせて冷蔵庫にした我が家で寝ていたい欲望は明後日にでも回して、本日の俺とレティは街の一角に足を向けていた。

 

 七月二十八日、土曜日。快晴。午後十三時。

 三十度を超えた暑さに雲も逃げ去った青すぎる空の下、この辛い時期を分かち合う仲間に会いに来た。

 

「あ、斬世~! ひさしぶり~!」

 

 待ち合わせの公園に行くと、良夜が気付いて手を振ってくる。

 動きやすそうな半袖シャツに短パンだ。虫取り網を幻覚する。

 その隣では珍しく(というのも俺の印象上の話だろうが)ホットパンツにノースリーブという、カジュアルな格好をした架鈴が丁寧なお辞儀をしていた。

 

 かくいう俺も普通のTシャツズボンに上着を腰巻きにしたラフな格好だ。暑すぎるのでキャップを被っている。二人に合流したところで此方も軽く片手をあげた。

 

「よぉ。浮かれてんな」

 

「そりゃあね! ちなみに斬世たちは最近どうしてた?」

 

「大体界域でマラソンしてた」

 

「だよね~~」

 

 夏休みとはなんだったのか。

 否、精霊士に長期休みなど存在しない。旅行や帰省シーズンで人手が減る以上、学生だろうと何だろうと、「そこにいる」のならば容赦なく召集命令がかかるのだ。

 

 事実、免許を取ったこともあってか──俺とレティの戦力上、仕方ないことだが──ここのところの一週間、朝飯を食った頃に召集がかかり、夜になるまで現世と界域をかけずり回っていた。

 

「俺と架鈴は学生チームだからセットで呼ばれることが多かったけど……斬世は精霊士免許、取ったんだよね? どんなもんなの? 討伐の頻度としては」

 

「この一週間で界域を五千は消したぞ」

 

「うわぁ桁が違う!! こっちは魔獣を掃討してるだけなのに!?」

 

「界域をって……じゃあ斬世くん、ずっと界域主を倒してたの?」

 

 つまりそうなる。

 レティと組むとはそういうことだ。通常の精霊士が増えた魔獣を減らす程度の戦力として数えられるなら、俺たちは戦場の範囲そのものを縮小させるための戦力。現世境界線の防衛の要なのだから、ノルマを達成するまでまず帰れない。帰れない。本当に帰れない。なので爆速でやる。すると次の日も呼ばれる。以下、ループ。

 

 レティが周囲の魔獣雑魚を殲滅し、俺が最速最短距離で界域の中心へ突っ込んで、界域主を倒す。

 

 色々と試したが、結局はこれが一番安定すると結論づけられた。なぜなら彼女が最初から突っ込むと向こうもフルパワーで来るからだ。複数の界域をマラソンするなら、油断している間に裏から瞬殺していくのが最も効率がいい。

 

 それでもここ最近、界域の侵蝕率は上昇している一方なんだが。

 無情である。

 

「ちなみに昨日の夕飯はアイス」

 

「今日は美味しいもの食べにいこう! ね! って……レティちゃん?」

 

 良夜が訝し気な声をあげる。

 俺のすぐ隣、そこには当然ながらレスティアートがくっついている。

 つばの広い日よけの白帽子、白いワンピース。髪型は後ろで二つ結びに。どこからどう見ても、避暑地にやってきたお嬢様像が似合い過ぎている。

 

 されどその顔色は今──沈んでいた。

 

「う、うう……なぜ、なぜあんな結末に…………」

 

「どうしたのこの子!?」

 

「ああ、毎週楽しみにしていた恋愛ドラマの純愛が崩れて脳を破壊されている英雄の姿だ」

 

「出動よりそっちの方がダメージ大きいんだ!?」

 

 甚大なダメージである。

 駆け引きは恋愛モノの定番なんだろうが、向き不向きというものがある。六角関係、裏切り、不倫、心中、世界の残酷なシステム……全てが重なった結果、我が家のテレビの画面が割れかけた。

 

 そこでボソリと架鈴が呟く。

 

「じゃあ寝取られとか知ったら……」

 

「あー! あー!! この世は地獄! この世は地獄!! エ──ン!!」

 

「……斬世、絶対浮気しちゃダメだよ」

 

「しねぇよ」

 

 言いつつ改めて純愛を固く決意する俺だった。

 

 

     ◆

 

 

「また今日みたいに集まれる日もいつ来るか分からないからね……遊び尽くすよ!」

 

 ──という良夜主導のもと、まずやってきたのは室内プールだった。

 高い天井、だだっ広い水槽、巨大なウォータースライダー。

 暑さから逃れてきた無数の客が溢れ返っているが、中にはチラホラと精霊の気配もある。俺たちと同じような精霊士も、幾人か此処に来ているのだろう。

 

「……これがプールか」

 

 しかし、いざこの広さを目にすると唖然となる。

 こういう場所に来たのは初めてだ。小中学校で夏といえば水泳の授業、なんてのが世の風潮らしいが、寂れた地元には学内プールどころか市民プールさえ存在しなかった。

 

 田舎にも都会にもなれず、放棄された都市開発の残骸で出来たような街。

 娯楽施設なんてもちろんなく、したたかな住人たちは、そこら辺の界域を公園代わりに行き来していた。当時の俺もその一人である。

 

「さすが、混んでるねー。大繁盛だねぇ!」

 

「如月グループ運営のレジャー施設か……」

 

「気のせい! 気のせいだよ!」

 

 嘘をつけ。だったら入場無料で入れるワケねぇだろうが。

 

「……ところで斬世。俺はレティちゃんの水着見ても大丈夫なの? 殺されない?」

 

「俺を何だと思ってんだ。ちゃんとキルゾーン圏外のを厳選してきたから安心しろよ」

 

「よく分からないけど怖い! 安心できない!」

 

 キルゾーン=俺以外の奴が見たら(俺が)殺すような水着。

 そこは家で審査してきたので問題ない。家で審査してきたので。

 かくいう俺とて、海パンだけでいいものを、レティによってパーカーの着用を強制されている。何故だ。

 

 

「……なにあのイケメン」

 

「……これは、侮っていましたね」

 

 ──手持無沙汰にしている男子二名を、背後の遠くから見つめている影があった。

 更衣室から出てきたレスティアートと奏宮架鈴である。

 前者は白のワンピース型の水着、後者は青のタンクトップビキニに着替えている。両者ともに、真夏が見せる幻覚が如き美しさを体現した姿だが──その表情は、苦渋と敗北感に満ちていた。

 

「ずるいよね……男子って。ちょっと薄着してるだけで普段とのギャップで攻撃力出せるし……」

 

「周囲の視線に気付いてないんでしょうか……クッ、やはり公共の場では競泳用を推すべきでしたか……!」

 

 彼女たちは真剣だった。実に真剣だった。

 刈間斬世と如月良夜。真反対の印象のこの二人が水着姿で並ぶという状況に対し──そこへ更に自分たちが加わるという状況に──これ以上ない危機感を持っていた。

 

「あの人……水に濡れたらどうなるんですかアレ? 色気が倍増してしまうではないですか。ロリの私が行っても妹にしか捉えられませんよ!?」

 

「良夜もどうしてゴーグルなんて持ってきちゃうかな……タオルを首にかけたところで逆効果だし。肌晒しすぎだし。ちょっと古傷が見えるのはどうにかならなかったの? ねえ」

 

 水着イベント。それは彼女たちにとっては真夏の戦争だった。

 普段とは違う相手が見れる機会。かつ、己の普段の努力不足を嫌でも痛感する一大行事。

 どれだけ着飾ろうが「水着に着られている」ような体つきは嫌でも意識してしまうし、普段は気にもかけないようなぜい肉さえも今日ばかりは意識に入れざるを得ない。

 

「……私、ちょっと姿を『変え』てきます。この拭いきれない兄妹感を打ち消すために……!」

 

「いいの? 今まで仮の姿を保ってきたのに」

 

「ここは学園ではありませんし。出せる火力は常に最高火力であるべき、です!」

 

 それは同感、と架鈴も頷きながら更衣室へと踵を返した。

 

 ──その後。

 レスティアートは海辺に舞い降りた天使が如く──十六歳の姿で白フリルのオフショルダー型の水着に。

 架鈴は純情をかっさらう悪魔が如く──髪を右のサイドテールにした上で短めのパレオをまとった紫のワンピースへと着替え。

 

 完全に油断しきっていた男子二名を容赦なくノックアウトの(プール)へと叩き落とした。

 

 

     ◆

 

 

 ぶっ殺された。

 久方ぶりにそんな感覚だった。

 

「俺、分かったわ。精霊って女神になれるんだわ」

 

「主観と偏見もいいところね。妙な進化チャート作らないでくれる?」

 

 プールサイドに座った俺に声を返してくるのは、右横でしゃがみ込んでいる赤髪の幼女精霊。

 『焔罪姫(えんざいき)』アイカ。トレードマークなツインテールに、水着でもないドレス衣装。

 登場ご無沙汰、架鈴の契約精霊である。

 

 俺たちの視線の先には、プール内でビーチボールを打ち合っている三人の姿がある。

 劣勢は良夜。泳げないってんで、ビート板を木の板よろしく駆使して水面で足掻いている。

 架鈴は浮き輪の上で、くるくるしながらボールをパス。レティはといえば、こっちを見るたびに手を振りながらボールを上げていた。余所見は危ないですよ姫。

 

「アンタ、なんで混ざらないのよ」

 

「うるせぇ。まだ『食らって』んだよ」

 

「?」

 

 水着×完全体×レスティアート=必殺。

 別に首筋から鎖骨へのラインとか、フリルで隠された胸部から腰にかけてのくびれとか、しなやかに伸ばした太ももから足先へのシルエットが網膜に焼き付いたりなどしていない。水着最高ジ・エンド。そんなわけでK.O.状態から持ち直すのにまだ時間がかかるのだ。

 

「そういうお前は? 焔の精霊だから水が苦手か?」

 

「別に。私の炎は水をも蒸発させる温度よ。……単に、見ていたい気分ってだけ」

 

 何を──とは訊くまでもないだろう。こいつの目はさっきから架鈴しか映していない。

 そういえば出会ってからこっち、界域調査で顔を合わせるくらいで、俺は良夜や架鈴のことをあまり知らない。それで困ったこともないが。

 

「気になる? 架鈴が良夜を好きになった理由とか」

 

「俺を相手に恋バナを振るとは良い度胸してんな」

 

「公然と惚気る奴がなによ。よくそんな自然体で居られるわよね、あのカタストロフィ相手に」

 

 その認識はそっちが恐れすぎなんじゃないのか──とは言えない。

 レティの力は充分に思い知っている。出会ってからずっと。

 

「……レティって、お前ら精霊からしたらどんなイメージなんだ?」

 

「そりゃあ最強よ。人間界での分かりやすい例を挙げれば……特撮の怪獣かしら?」

 

 ……今、ちょっと怪獣の着ぐるみのレティを想像してしまった。がおー! で都市部を破壊し尽くす大怪獣。うーん、アリだな。

 

「で、語りたいから語らせてもらうんだけど」

 

「手短にな?」

 

「奏宮家はね、それはそれはダークな家系だったのよ!」

 

 言葉のチョイスを見直せよ。なんか軽いぞ。

 そんな俺の内心のツッコミが届くわけもなく、アイカは続ける。

 

「えーと、改造人間……は、ちょっと違うわね。初めから人体の設計図を調整されたっていうか、えーと、いし、いでん……」

 

「遺伝子?」

 

「そう! それ!」

 

 ……俺が聞いていいような話じゃなさそうな単語が出てきたが、語り手がポンコツすぎて真剣味が削がれる。

 過去話だからいいのか? そこは。

 

「精霊士の中には異能を持ってる奴がいるけど、それは『精霊と契約してること』が前提でしょ? だけど奏宮家は、人間が人間のまま、生まれつき超常の力を持った人間を生み出せないか、って交配を繰り返してきた家系なワケ」

 

「……不可能だろ。それは」

 

 その道のりは、まず人為的な介入がなければ決して達成できないものだ。

 人体実験。研究。嫌なワードが脳裏をよぎる。

 

「でも成功したのよ。架鈴は、()()()()()()()()()()()()()

 

「……生まれた時から?」

 

「あの氷の異能よ。おかしいと思わなかった? 私、焔の精霊なのに氷の異能を授けるとか、ナンセンスじゃない」

 

 ……逆にそういうものかと思ってたぞ、俺は。

 ストレートに違うのかよそこは。じゃあつまりあれか? 先に架鈴の氷の異能があって、「だから」こいつが召喚されたってことか?

 

「……いや待て。サラッと言ってやがるが、架鈴の異能はどこから来た。氷の精霊と融合でもしたのか」

 

「まさか。あの子は人間のままよ。実験でも改造でもなくて、純粋かつ先天的な異能(さいのう)。その魂から発生した力よ」

 

「魂──?」

 

「通常の精霊士は、精霊と契約してやがて異能を得る。間違ってはいないけど、より正確に言うならこうなるわ。『精霊と契約したことで、魂が強化されたから異能を得た』、ってね」

 

 ……異能はまず、契約武装が得るものだという。

 それが身体に馴染んで、初めて「異能」というものが発現する。

 なるほど。精霊と共に戦うことで魂が研磨されるというのなら、それに合った異能が発生するというのも道理だろう。

 

「じゃあ架鈴は──」

 

「人為的な狙いがあったとはいえ、『強靭な魂を持つ器』として成功した。奏宮家、涙の結実ね。ほんと、よくやったもんだわ……」

 

 アイカの声色には呆れと軽蔑の響きがある。

 執念じみたやり方とはいえ、結果的に奏宮家は一足先に、「次世代の人類」とも言える存在を生み出したわけだ。

 

「で、そこからどうやって良夜が関わってくるんだよ?」

 

「──そりゃあ、そんな架鈴が色んな組織に狙われて、危ないところをあいつが助けたからに決まってるでしょ」

 

 ……竜使いの少年が、この世では在り得ない力を持つ少女を助ける物語……?

 事実はラノベよりも奇なり!? あいつらそういう繋がりから始まったのかよ!?

 

「ま、襲撃はある日ぱったり止んで、中学の頃に片がついたんだけどね。良夜だけじゃなくて、当時の華楓やその契約精霊もよく奮闘してくれたし、私だって頑張ったし!」

 

 絶対にその時代って良夜が主人公だろ。おい。

 あらすじだけで気になりすぎるわ。なんで俺は隣町に住んでたんだオイ。

 

「どう? 平伏したくなった? 私たちの武勇伝、気になる? ねえ?」

 

「気にはなるがお前の口からは聞きたくねぇかな……」

 

「なんでよー!」

 

 なんでよじゃない。あとお前はちゃんと架鈴のプライバシーを守ってやれ。

 奏宮家云々の話はまぁ、頭の隅にでも留めておくとして。

 先天的な異能者ねぇ……

 

(俺も異能を持つ時がくるのか?)

 

 現状、レティの加護と剣才だけで事足りてはいるが。

 発生するとしたらどんな異能なんだろうか……

 

「ねぇねぇ、昔のアンタはどうだったの? 中学時代、何してたの?」

 

「別になんもしてねぇよ。まー……あー、問題児に付き合わされて、あちこちカチコミかけたりしてただけだ」

 

「だけ、じゃないわよねソレ。なにしてんの!?」

 

「……色々とアウトローな連中が蔓延る街だったんだよ。なんとか園だの、なんとか会だの……小規模なグループが界域に紛れて小競り合いしてたんで、片っ端から潰してただけだ」

 

 それも大体、面白がったあいつ──学友野郎の企画だ。

 本物の犯罪組織を摘発したら、それなりに良い小遣い稼ぎもなった。夏休みの自由研究に、拠点潰しの方法論を提出したりもしたっけな。

 

「……それって……」

 

「あ?」

 

「! い、いえ、なんでもない……なんでもないのよ!」

 

 なんなんだ、と眉をひそめていると、ビーチボールがプールからこっちに大きく飛んできた。

 ボールは俺たちの前でバウンドし、ころころ転がってくるのをレティが追いかけてくる。

 

「ディア~!」

 

 ボールはスルー。

 鮮やかに無視されたそれは横でアイカがキャッチし、俺の懐にレティが抱き着いてくる。

 すごく冷たい柔らか可愛い。随分とはしゃいだようだ。濡れている髪をタオルで拭いてやる。

 

「流れるようにイチャつくわねアンタたち……」

 

「おやアイカさん。ここは精霊顕現オーケーな施設らしいですよ。遊ばないんですか?」

 

「先輩をつけなさいよ。私はいいのよ別に。アンタみたいなお子様じゃないんだから」

 

「そうですか? ジャックさんはいるのに」

 

「はぁ!?」

 

 バッとアイカが視線を向けた先──を俺も見てみると、確かに、掌より少し大きいサイズ感の白いミニドラゴンが良夜の頭に留まっていた。……あの竜、サイズ調整って効くのか……

 

「あ、あいつ……なにそれ、聞いてないし! このー!」

 

 アイカがプールへ向かって走り出す。早着替え──ではなく、単に下に水着を着ていたらしい。ドレスが粒子になって消えた瞬間、水槽に飛び込んでいく。

 やがて、『つっめた! 頭おかしいんじゃないの!』──なんて声が聞こえてくる。

 

「……元気だなほんと」

 

「お二人で何を話してたんですか?」

 

 ──あまりにも隙のない浮気チェック。俺以外の男だったら怯んでいるところだぜ。

 

「昔話。架鈴の」

 

「カリンさんの?」

 

「あいつらにも、あいつらの歴史があったってことだ」

 

 はあ、とレティはキョトン顔。

 ひとまず、過去を振り返るのはここまでにして──今は。

 

「……泳ぐか?」

 

「勝った方に命令権を一回。どうです?」

 

「乗った」

 

 つくづくレティに関してはチョロい俺だった。

 

 

     ◆

 

 

「あー! 楽しかった~!!」

 

 午後十五時。ひとしきり満足するまで遊んで、俺たちはプールを後にしていた。

 うんと伸びをする良夜にはまだ元気の余裕が見られる。ここから明後日の方角に走り出しても不思議じゃない。

 

「ちったぁ泳げるようになったのか?」

 

「俺はビート板のなんたるかを理解したよ……!」

 

「そりゃよかったな」

 

 ちなみにレティとの競泳には見事に負けた。彼女は空中戦だけでなく水中戦も万能だったらしい。命令権が何に使われるのか戦々恐々である。

 

個人的なハイライトはレティとのビーチボール対決。

 あれで身体能力の上限が一、二段階ぐらい解禁した感覚がある。融合精霊以前に、レスティアート姫は運動神経が抜群のようだった。

 

 そんな当人は今、俺の隣でスマホの画面を忙しなく叩いているが。

 

「うふふふふ……お宝です……お宝がこんなに……」

 

「レティちゃん、携帯買ってたんだね」

 

 まぁな、と架鈴に首肯を返す。

 赤い背面のスマホは先日買いに行ったばかりの新品だ。例の如く霊力を応用して撥水の加護でも授けたのか、プールの中でもやたらと写真を撮られた。楽しそうで何よりです。

 

「『プール』というのは中々楽しいアトラクションでしたね! まさかあのウォータースライダーが襲い掛かってくるものだとは予想もしませんでした!」

 

「……ソウダネ」

 

「……斬世くん」

 

 何も言うな架鈴。この無邪気なレティの笑顔を見ろ。楽しかった思い出は楽しかったままでいいんだよ。

 はしゃぎ過ぎたらしい他の精霊がウォータースライダーを操ったり津波を引き起こしたりとか、その中で水鉄砲を構えた連中が闘争してたとか、それらを全部レティの打った隕石ビーチボールが一掃したとか──それだけのことだろう!?

 

「(そういえば、アイカと何か話してたみたいだけど)」

 

「……」

 

「(どうだった?)」

 

 どうだったって何だ。急に声を潜めたと思ったら。

 お前らの武勇伝、見てみたかったよ──日曜日の朝とかに、とでも言えばいいのか?

 

「(私の正体にドン引くとか、そういう新鮮なリアクションはないの?)」

 

「(いや、別に……自分と他が違う、ってのは当たり前のことだろう)」

 

 周囲との分かりやすい違い。

 異能か剣才か。

 ……似たものを感じざるを得なくはあったが。

 

「──そう。そんなことを当たり前に言えるんだね、斬世くんは。大人びててイラっとするね」

 

「分ぁったよ。じゃあ言ってやるよ。このクソ暑い中でも自分で氷出せて羨ましい限りだよ」

 

 架鈴がそこで硬直した。心外そうな表情をしてやがる。

 結局どういう反応をお求めなんだこいつは──と思った時、シャッター音がした。見ればレティがまたこっちにレンズを向けている。

 

「ふふ。悪ぶってるディアのお顔、ゲットです」

 

「いや悪ぶっては……」

 

「弁明は全て却下します!」

 

「却下された……」

 

 強権発動すぎる。絶対王政か?

 惨敗していると、近場の屋台に行ってきたらしい良夜がソフトクリーム片手に顔を出した。

 

「さぁ次! 次はどこ行く!? 遠出とかしちゃう!?」

 

「しちゃわない方がいいと思うが……」

 

 あんまり変な所まで行くと召集がかかった時に面倒だ。昼飯はさっきの室内プールにあった店で済ませたし……またゲーセンコースか?

 

 ──その時、ちょうど携帯が鳴った。

 俺だけではない。良夜と架鈴からもだ。

 

「あー……」

 

「……来ちゃったね。タイミング良く」

 

 次の行き先は決定した。

 同時にメールが届いたということは、用件なんか決まり切っている。

 

『──界域発生の兆しあり。境黎市の在校生は直ちに指定の座標へ集結せよ』

 

 




Q.なんでレスティアートのスマホの色は赤?
A.斬世の目の色
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