境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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60 全てこの世は舞台

(……くっ、ここまでか……!?)

 

 霧けぶる界域。そこに、追い詰められた精霊士がいた。

 建物の近く、物陰で息をひそめるが、迂闊に顔を出して様子を見ることもできない。手合いは、此方の視線一つで察知して襲い掛かってくる化物だ。

 

 ……霧の向こう。コツコツと足音が聞こえる。揺らめく影は刀のような刃物を携えている。姿は見えないが、その存在から放たれている殺気だけで押し潰されそうだった。

 

(なんで界域で人間にまで警戒することになってるんだ……! 今度はどこの組織だ? 聖召機関か? 終焉封鎖機構か? いや、最近の事件からして活発化しているのは……『伝承庭園』か!)

 

 ただのバイトの帰り道のはずだった。

 ──といえるほど、彼は平穏な日常を送れている人間ではない。

 

 銀行に行けば銀行強盗に出くわして人質になり、コンビニで働けば突如として異能者同士が争いを始めて巻き込まれ、歩道を歩けば精霊士と謎の組織の戦闘の余波を受け、住んでいるアパートの隣室には度々襲撃が入って騒音に悩まされ、試験を受ければ前座か踏み台にされ知らない奴の覚醒シーンを見届けることになり、人質になりすぎて警察の中に顔見知りが出来てしまっていたり──、つまり総合すると、運が悪い。

 

 なので彼は嫌というほど解っている。異常事態に巻き込まれた時の対処法を。

 まずは状況確認。知識から相手の情報を弾き出し、更に思考の枝を伸ばす。

 

(となると中心人物(メインキャラ)は……、ええい、候補が多すぎる! 分からん!)

 

 ざっと知っている精霊士や敵の顔を思い浮かべた彼だが、推測した関係図を考えるだけで眩暈がする。言うなればそれは乱立した派生作品(スピンオフ)が如く。「庭園」の構成員の大半は、あらゆる少年少女精霊士の「敵」として立ちはだかり、最初の試練(チュートリアル)として現れるのだ。

 

 そしてこれまでの経験からいって──彼自身はその画面外の脇役として配置される、端役中の端役であった。

 

(奴らも恐らく、精霊士の情報を収集するために活動しているんだろうが……それ以外の動機がまったく見えん。主役を量産しているようにしか──、)

 

「──困るよねぇ。モテすぎるってのもさぁ」

 

「む」

 

 現実逃避まがいの考察はそこで中断された。

 路地の道を挟んで、右手側の物陰。そこには彼と同じく、霧向こうの脅威から身を隠す少女がいた。

 

「その夏制服、あの学園の生徒だよね。ご覧の通り私は非力な一般人だ。どうにかしてくれるかな、精霊士?」

 

 夏場らしい軽装。半袖とショートパンツから伸びたすらりとした人形のような手足。()()()()()()()()()()()。泥のような瞳だが、向けられてくる視線はナイフのように鋭かった。

 

「一般人だと?」

 

 彼は自分の声色が、彼女の視線の鋭利さに負けず劣らず尖るのを感じた。

 

「シラを切るな。軽々に命を狙われる一般人がいてたまるか。貴様、一体何者だ?」

 

「これはまたお決まりの質問がきたね。なにそのモブのテンプレートみたいな台詞。テンプレでしかユーモアを表せない悲しい生き物なの?」

 

「随分と悪意に長けた弁舌だな。煽り文句にすらできないセンスのようだが。それではユーモアを示されたとて、到底理解できまい」

 

「……なるほどね」

 

 そこで少女の雰囲気が和らいだ。心なしか、という注釈が入る程度の微細な変化だったが。

 彼が怪訝な目を向けていると、顎に手を当てた彼女は、いやね、と呟く。

 

「私は人見知りだからね。初めて会う信用できない相手は、とりあえず煽ってみるんだよ。大概の奴はそれで本性が出るから、扱い方もわかる。君は結構、面白いタイプと見た」

 

「……貴様の生態が最悪なことだけは分かったぞ」

 

 なんだこの絶対に関わってはいけない邪神のような奴は。

 十七年と培ってきた人生経験から、ひしひしと嫌な予感を覚えた彼は冷や汗を滲ませる。

 

「私は天才の一影(いちかげ)栄紗(えいさ)だよ。なんか巻き込んじゃったみたいだけど、そこは自分の運の悪さに諦めて。お察しの通り、『庭園』の連中に狙われててね。どう? 困ってる美少女を助ける気はない?」

 

「いや……別に普通の容姿だと思うが……」

 

「──ふうん? まぁ、趣味は人それぞれだけど。ちなみにどう“普通”なの?」

 

「どうって…………典型的な人間型、どこにでもいそうな奴、だ──」

 

 改めて彼は彼女を見直す。

 短い髪。特に染めたようでもない髪色。年頃らしい体躯、容姿。

 少し鋭さのある目付きで──だが、天才を自称する傲慢さを示すが如き容姿だと思った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……、?)

 

 彼は何か──記憶のピースがはまらない感覚がしたが、それも一瞬のこと。

 ()()()()()()()()()()()()()、という認識を持って、納得する。

 

「──それより、これからどうするつもりだ? オレに……剣士(アレ)と戦えとでも?」

 

「そこまでの働きは求めないよ。ああでも、その前に──そっちの名前は?」

 

「フン、名乗るほどの者ではない」

 

「じゃあ金髪眼鏡……は流石に安直すぎるか。モブ君って呼ぼうかな」

 

「……(さかき)だ」

 

 精霊士の青年は立ち上がる。

 また妙な事件(モノ)に出くわしてしまったな、と思いながら。

 

 

     ◆

 

 

「──こっちは大体片付いたな」

 

 粒子になって消えていく魔獣の末路を眺めながら、刀を肩に担ぐ。

 召集に指定された座標の界域は発生したばかりのものだった。学生向けに提示された範囲の戦線は、魔獣の数が多いくらいで、そこまで強い個体は出てこない。

 

(しっかし……、)

 

 交差点を挟んだ向こうのエリアに視線を向けてみる。

 あちら側にいるのは、同じく呼び出しをくらった不幸な学生諸君だ。見知った顔は一人もおらず、苦戦してる様子もないので、加勢する気もない、のだが。

 

「こっちは俺に任せろ! 背中……頼んだぜ!」

「ええ、ここからよ! 修行で鍛えてきた私たちの力、見せつけてやろうじゃない!」

「あいつら……フッ、そういうことかよ」

「あの二人に負けてられないっての! 自分たちが主役みたいな顔しちゃって……!」

「ひぇぇ、魔獣がこんなに……! こ、後方支援はお任せを~!」

「弱気になってんじゃねぇ! 行くぞ──ッ!!」

 

 ……なんかスゲー青春してる。

 っつーかラノベかアニメで聞いたことあるような台詞群ばっか聞こえる。なんだあれ。

 髪色も色とりどりならキャラクターも様々。ざっと区分するなら、主役、ヒロイン、意味深面、ライバル視、支援役、不良系。あいつらのシルエットを並べて、それっぽいタイトルをつけたら、一つのコンテンツが生み出せそうだ。

 

 互いに互いの背を預け合い、連携し、出てくる魔獣という魔獣を倒していく。

 集団戦の典型に則って、中々上手いチームワークで討伐をこなしていた。それも、やはり青春真っ盛りな青臭い台詞を吐きながら。

 

 一方、俺の動きはシンプルなものだった。

 

《グォォォォ──!》

 

 魔獣が出た瞬間、刀身に霊力を付与する。斬撃にして薙ぎ払う。適当に二、三閃も振るえば、出てきた魔獣の群れは一瞬で霧散していった。

 

「味気ねー……」

 

 一歩も動かず、定位置で、ブンブンと斬撃を出すだけの仕事と化している。

 あっちの学生諸兄たちは、どうやってあんな青春感を出してんだ? やっぱ人数か?

 

「ん──集まり出したな」

 

 ちらほらと出現してきた魔獣たちが、青春集団の方へと向かっていく。

 彼らに襲い掛かるのではなく、一個に存在を統合して、より強力な個体になるためだ。これが上手くいって進化が進むと、いつぞや見た、「シェイプシフター」と化すという。

 

(少し加勢に行くか)

 

 あんな知り合いも一人もいないグループに顔を突っ込むのは、かなり気まずいが。

 戦場ではそうも言ってられない。魔獣を倒すことが先決だ。

 

「!? ちょっ……なにこれ!?」

「これは……クッ、まずいぞ!」

 

 案の定、異変を察知した連中も警戒を強める。

 そこへ今まさに行こうとした時、

 

 ゴッッッ!! と。

 

 強い突風が道路を通り抜け、突き抜けた。

 集まって巨大化しかけていた魔獣は、その一陣の強風を背後から食らって、ごっそりと上半分を持っていかれた果てに崩壊を始める。当然ながら、その近くに集まっていた魔獣の群れも、有無を言わさず根こそぎ消え去った。

 

「ディア~! ただいま戻りましたー!」

 

 すたっ、と俺の目の前に着地してくるレスティアート。

 ……これで解説するまでもないだろうが、今のはレティによって引き起こされた現象だ。その身にまとう破壊の霊力、その余波によって、道路を通り抜けただけで魔獣を一掃した。

 

 覚悟を決めていたっぽい学生連中は、何が起こったか分からず、辺りをキョロキョロしている。強敵が現れかけたと思ったら突然消えたのだ。当たり前だろう。

 

 隕石がばびゅーんと通ったようなもんだ。

 どうやらこの辺りにいたのは、レティからすりゃ光線さえ放つまでもない下級の魔獣だったらしい。

 

「おう、お帰り。怪我ないか?」

 

「平気です! ディアの方も問題なかったようですね!」

 

 にこにこと満足気な笑みを浮かべながら、すっとレティが両腕を広げてくる。抱っこして! とでも言いたげに。

 

「……」

 

 思わずポカンとなる。なぜなら今のレティは完全体(十六歳)形態だ。

 ……ははーん。さてはこいつ今、自分をロリだと思っているな?

 

「……あっ」

 

「よっと」

 

「ああああ! 違っ、違うんです! 違いました! あー!!」

 

 武装を消し、腰の辺りを抱えて高い高いしてやる。

 状況に気付いたレティが羞恥から半泣きになるが知ったこっちゃない。見よ! この可愛さを!

 

「ディ、ディア! 携帯、携帯鳴ってますよ! 連絡ですかねっ、じゃないですかね! ねぇ!」

 

「……チッ」

 

 おのれ水を差しやがってからに。

 仕方ねぇのでレティを降ろし(耳まで真っ赤だった)、ポッケから携帯を取り出す。

 

『界域内にいる精霊士へ、管制室より通達。西区Bエリアにて「伝承庭園」の構成員を観測。学生は直ちに現世へ離脱、一般精霊士は現場へと急行してください』

 

 聞こえてきたのはそんな事務的な内容だった。

 伝承庭園? ……あぁ、アレか。教団に並ぶ犯罪組織の一つだったか?

 俺は学生かつ一般精霊士の身だが──その場合の命令はどちらを優先すべきなのか?

 

「……とりあえず行ってみるか」

 

 現場の判断に任せる、と受け取る。指示しなかった奴が悪い。

 と、その前に電話をかける。

 

「良夜。今の指示、聞いたか?」

 

『い、今連絡しようと思ってたところだよ! 斬世たちは──』

 

「俺たちは行く。お前と架鈴は退避しろ。余計な気は起こすなよ」

 

『えっちょっ……!』

 

 通話を切る。良夜は能天気な奴だが馬鹿じゃない。過去にどこぞの組織と戦ったことはあるようだが、それなら尚更こういう案件からは遠ざけた方がいいだろう。どこで恨みを買っているか分からない。

 

「緊急事態ですか?」

 

「多分な。業務妨害ってやつだ。片しに行くぞ」

 

「はい! どのような相手でも粉砕してしまいましょう!」

 

「……原型は留めろよ?」

 

 レティ渾身の破壊ジョークは人類にはまだ早い。

 踵を翻し──俺たちは界域の深層へと向かった。

 

 




 一部キャラの容姿描写は盛大な誤字ではなく仕様です(一応の注意事項)。
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