境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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61 刹那の対峙

 ──屋上の扉を蹴り破った。

 転がり出るようにして彼と彼女は高層建築の最上階に到達する。目の眩む夕陽が地平線に向かって陰っていく。空は焼けているように赤く、到底二人を歓迎しているようには見えなかった。

 

「……はあっ、はぁハァ……ここまで来れば……」

 

「どうせ追いつかれるよ……でもさ眼鏡クン、やっぱ精霊士だね。普通は考えないよ? 魔獣の蔓延ってるとこに突っ込むなんてさぁ……」

 

「ハ、どうせ追ってくる奴はオレよりも格上だ。だったら丁度いい掃除役になってくれるだろう……」

 

 ゼェハァと汗だくの彼らの会話はそこで途切れる。

 無駄口を叩く気力すら薄れてきている。高台だがここは袋小路と何ら変わらない。後は野となれ山となれ──そう思いたいところだったが、尽くした人事に対して、天命が応えてくれるとは限らない。

 

「それでここからどう──」

 

「──いや、ここまでだ。これ以上、君たちの行ける(さき)はない」

 

「ッ!!」

 

 声が聞こえると共に、彼らの前に黒い靄が現れる。そこから歩み出てきたのは黒服の男だった。

 ボルサリーノ帽を被った背の高い男性だ。短い黒髪で赤眼。ネクタイを締めたスーツ姿は会社員のようでもあったものの、日陰の者特有の殺気がその印象を覆す。

 

「今度は誰?」

 

「……伝承庭園の主導者の特徴と一致しているな。……『アンヘル』か?」

 

 榊が名を挙げると、意外そうに男が首を傾けた。

 

「ほう、名乗る手間が省けたな。君は随分と私たちに詳しいようだ」

 

(詳しいも何も、度々騒乱に巻き込まれるだけの話だが……)

 

 ──しかし脇役気質の榊といえど、こうして『庭園』のリーダーに出くわすのは最悪の偶然だった。

 それも他に頼る相手のいない──戦闘員になれそうな味方(ヒーロー)が一人もいない、この場で。

 

「単刀直入に言おう。そこの少女の身柄の引き渡しを願いたい。此方も丁重に扱うつもりだ──我々の目的は、彼女の頭脳にあるのだから」

 

「……まー私、それくらいしか取り柄ないからね」

 

「謙遜を。今の精霊召喚システムをより簡便かつ安定的な式に書き換えたのは誰だ? 多重契約適性の判定装置の設計図を書いたのは? 界域と現世の空間法則の基盤に曙光をもたらし、常時複雑化する空間遷移の予測プログラムを開発したのも、たった一人の天才による『自由研究』だったと記憶しているが?」

 

 榊は思わず栄紗を見た。

 

「……お前……一体どういうレベルの天才だ!?」

 

「でも物欲センサーの証明はできてないんだよね。困ったことに」

 

「困るか……? それ……?」

 

 無駄な難題に天才的頭脳が激しく無駄に使われている気配を感じるが──述べられた実績が真実ならば、ここにいる人間は少女の形をした特異点だ。一組織のみならず、世界中の反政府組織がこぞって欲しがるほどの。

 

「ていうか、庭園程度の組織が私を狙うってのがありえない状況なんだけどなぁ……私一人に技術的、現代的、典型的、人脈的、加護的、天運的なファイアウォールがいくつかけられてると思ってんの? 普通に辿り着こうしても辿り着けないハズなんだけど」

 

「詮索の必要はない。此方には『出来る』技術があるというだけだ」

 

「……だったらアンタたちはロクな目に遭わない。計画する作戦は全て失敗する。最期の瞬間に全てに気付き、覆しようのない敗北を喫するだろうね」

 

「それは演算に基づく予言か?」

 

「まさか。ただの事実に決まってるじゃん」

 

 場に沈黙が落ちる。

 不気味な風が吹き抜け、榊は背筋が寒くなった。

 

「つまり、我々の要請に従う意志はないと」

 

「従うだろう、っていう自信がどこから来るのか知りたいくらいだね」

 

「であれば、知っておくといい。相手の同意を得るために、手段を選ばないような輩もいることを」

 

 明確に嫌な予感がした。

 気配がした。

 咄嗟に榊は栄紗を突き飛ばしていた。

 

「がっ、……ぁ」

 

 直後、首元に熱が走る。

 熱い? ──違う。これは鮮烈な痛みだ。

 

 血飛沫が自分の首から吹き出る。幸いだったのは胴と離れていなかったことか──いや充分に致命傷じゃねぇか、と彼は間の抜けた感想を抱く。

 

「榊くっ……」

 

 身体が倒れる瞬間、目撃した。

 目を見開いたまま硬直する栄紗と、それから自分の首を斬った剣士の姿を。

 

(『剣豪』……アザナミ──)

 

 それは見覚えのある女だった。

 ハーフアップにした背まで伸ばした青色の髪。寒色の和服姿に羽織った、白い軍コート。

 玲瓏な顔立ちと目付きは氷のように冷たい。腰には通常の刀と軍刀らしきものを一本ずつ下げているが、今その右手にあったのは、血の滴る三本目の刀だった。

 

(最高戦力の剣士までも……動員済みか……)

 

 持っている刀は契約武装。腰にある二本の刀は、雷と氷の精霊そのものだと聞く。

 庭園の幹部クラスという認識で大まか間違っていないだろう。彼女の出る戦場では必ず血が流れる。無血に抑えた者は、榊が知っている限り獅子月晴斗くらいのものだ。

 

 己との実力の差など考えるまでもない。文字通り、勝負にすらならなかった。

 

「女の片腕を持っていくつもりだったが……珍しいこともあるものだ。自ら斬られにくる者は初めて見た」

 

 言葉には感心が帯びていたが、声色はどこまでも凍てついていた。

 その通り、本当に馬鹿なことをしたと彼自身も自嘲する。視界で広がり続ける己の血だまりは、まるで責め立てているような赤さだった。

 

(……クソ、またこういう役回りか……)

 

 これだから理不尽は嫌いだ。

 凡人にとって逆境はただの絶体絶命でしかなく、絶対強者は絶対の死を表す。抗ったところで、その才能と実力を以って叩き潰されるのみだ。

 

 この場に乱入する「主役」など、都合よく居はしない。

 それを彼はよく知っている──だから。

 

「さて、一影栄紗。その聡明さなら状況も理解しているだろうが……ご覧の通り、まだ彼は死んではいない。要請に応えてくれれば、彼の致命傷は然るべき手段で治療しよう」

 

「はぁ……いや参ったな。私の嫌いなことは馬鹿の相手をすることだよ。ちっとはこっちの負担も考える頭を持ってくれない? 私の時間はアンタらみたいなのとは価値が違うんだよ。解る?」

 

「ふむ? 己の利用料に対し、代価が足りていないと?」

 

「ああ、それは大いにあるね! 命に釣り合う頭脳なんかあるか! 馬鹿じゃねーの!?」

 

「──手間を取らせるな、娘。命など死の前には平等だ」

 

 アザナミの殺気が栄紗を貫いたのか、押し黙る気配がする。

 以って彼女に選択権はない────と、誰もが思う。

 なぜなら誰も彼のことを気にしていない。初めから雑兵の精霊士という認識しかない。

 だから、それが最大の隙になった。

 

 

「痛いぞ、おい」

 

 

 ゴゥッッ!! と。

 一瞬にして業火が屋上を燃やす。火柱が熱気と共に立ち昇り、真っ赤に染まった。

 この展開には流石に度肝を抜かれたようで、素早くアザナミの気配がアンヘルの元へと移動する。

 その間に──榊は膝をつき、足を立てて、炎の中で立ち上がる。

 

「チッ……何が治療だ。あんなもの、一撃受けただけで即死に決まってるだろ。一影栄紗! どうやら貴様は頭は良くても戦場にはまったく慣れていないようだな! 正真正銘の一般人だッ!」

 

「え。ちょっと。いやなんで生きて──」

 

 ピューイ、と風に乗って鳥のさえずりが響いた。

 幾本も立った火柱の一つから、炎が巨大な鳥の形をとる。それは榊の傍で翼を羽ばたかせ、血だまりを蒸発させ、榊の首の傷を消し去っていく。

 

蘇生鳥(フェニックス)。そう、今日のオレの契約精霊はSSR! 一度死んでもクソ痛いだけだ。ああ、クソ痛かったぞクソがッッ!!」

 

 炎の津波がアンヘルとアザナミへ殺到する。

 然れど戦場を渡り歩いてきた彼らは、この反撃にもすぐに対応した。

 

「アザナミ」

 

「御意。──凍てつかせよ、《氷華(ヒョウカ)》!!」

 

 一閃──氷結の一閃が炎を切り裂き、大地を凍らせる。

 だが火力が静まるのは一瞬のこと。即座に熱を取り戻したかと思えば、更に勢いを増して燃え広がっていく。

 チッ、と女剣士が舌打ちする。

 

「殺し切れんかッ!」

 

「ハハハハ! 強さが仇になったな! 半端な殺し方ではこいつは死なんぞ──!」

 

「え~……榊クン、かっこよ……悪役みたい……」

 

「そこは逆だろ! そら燃やしてしまえ、フェニックス!!」

 

 荒れ狂う業火の勢いは留まることがない。

 その光景を眺めながら、アンヘルは眉をひそめる。

 

(不死鳥……観測局の管理する精霊の中でもトップクラスの精霊か。ここ三十年近くは適性のある契約者がいなかったはずだが──)

 

 榊、という学生精霊士。

 見た限り、素質も才能もまったく凡庸。運命に愛されているとは思えない平凡さだ。

 契約精霊の気配もあの鳥一羽。素晴らしい適性ではあるが、それ以外に突出したものは見受けられない。

 

(……いや、凡庸に見える者こそが特異である(パターン)は珍しくない。彼の経歴も洗ってみるか。この場面で一影栄紗が傍にいることも気になる)

 

「アンヘル」

 

 名を呼んだのはアザナミだった。

 視線を向けると、彼女は氷刀を鞘に収めていた。それだけで意図は分かった。

 

「ああ……加減は無理か」

 

「ここであの娘を確保するならな。精霊士を引きはがした後、後は貴様が対応しろ」

 

「──いいだろう。だが殺すな。彼もまた、『英雄』になりうる一人かもしれん」

 

「……そんなものがいるとは思えんがな。獅子月晴斗の方が、見込みはある」

 

「それはお前の主観だろう」

 

 この女剣士は、剣の技量で相手を計る節がある。

 『剣豪』の伝承を担わせている以上、仕方のない性質だろうが、アンヘルとしては無闇に可能性を排除する手段は取りたくない。どこに“本命”が転がっているのか分からないのだ。

 

「『この世は誰の物語なのか』。──私たちはそれを見定める立場にある。使命を忘れるな」

 

 幾度となく部下に下した言葉をアンヘルは繰り返す。

 アザナミは一瞬目を伏せた後、帯刀している()()()()()()を執った。

 

「──《雷帝》よ! (いかずち)を以って炎を下せッ!!」

 

「ッ──!!」

 

 瞬間的に稲光が瞬き、空間を走り抜けた。

 斬撃の雷霆は炎を斬り裂く。核となっているフェニックスを殺し──それが蘇生する前に、契約者たる青年へとアザナミが肉薄する。

 

(チェイン)!!」

 

 刹那、榊の周りの虚空から鎖の束が飛び出した。

 これが彼の契約武装だろう。“武装”というには珍しい型だが、白兵戦においてアザナミが負ける道理はない。

 

 足を囚われる前にアザナミが退き、稲妻を付与した刀身で鎖の束を迎撃する。幾本かが拘束に動こうとするが、彼女の剣閃の乱舞がそれらを両断する方が速かった。

 

「くぉっ……手加減とかないのかお前は!!」

 

「生憎とこの身は断ち切ることしか知らん──!」

 

 斬ったところでこの精霊士が死ぬことはない。ならば四肢を斬り落として動けなくすればいい話だ。生きながら死の体験をして、正気でいられる精神を持てる者など早々居はしない。

 

 故に戦闘はここで終わる。

 踏み込んだアザナミの振るった刀が、再び彼の身を斬り裂いた。

 

「……え、」

 

 ──その手応えのなさに、呆気に取られる。

 違う。アザナミの視界にはまだ榊が立っている。彼もまた、呆然と目を見開いていた。

 それは斬られたからではない。そも、彼は傷を負っていなかった。なぜなら、

 

「貴様……誰だ?」

 

「名乗ると思うか?」

 

 此処に、一人の乱入者が現れた。

 ……弾かれた。一閃の軌道寸分違わず、寸分の息の狂いなく、鮮やかに。

 そよ風で大きく弾かれたような錯覚。その妙な感覚に彼女は束の間、らしくない呆然を抱き──

 

「……ハ」

 

 戦慄、期待、畏怖歓喜。

 刹那に目まぐるしくアザナミの内でそれらが沸き立ち、更なる連撃を繰り出させた。

 

「《雷帝》、《氷狼(ひょうろう)》──断ち切れェッ!!」

 

 この一瞬で下してみせた決断に息を呑んだのは観戦者たちだ。

 困惑と動揺から思考に走るのではなく、即座の迎撃──それも渾身の構え。

 

 彼女の振るう刀に、冷気と稲妻の加護が乗る。

 雷の獅子と氷の狼を形成した精霊が、全霊で彼女を『剣豪』に昇華させる。以って放たれた斬撃は、幾閃もの刃となって乱入者へと降りかかり、

 

 

「無駄な手数が多い。剣士なら一閃で決めろよ、雑兵」

 

 

 斬り伏せられた。

 斬撃の全てが、一刀の元に。

 一つ一つの斬撃の相殺ではなく、真正面から一太刀で。

 アザナミの刀にヒビが入り、線が入り──砕け散る。

 

 それは巧みに編み上げられた糸を一針で解くが如き絶技。

 精霊の干渉も加護も何一つとしてない唯一不変の剣理。

 ──ただの才能という刃によって為された、些事である。

 

「じゃあな」

 

 斬り捨てたものには用がない。

 平坦な声の直後、容赦なく斬撃が叩き込まれた。

 その一撃で彼女の意識は刈り取られ、ビルの屋上から落下していく。

 

 意識が断絶する間際。

 赤い瞳で此方を見下ろす、白髪の剣士を視界に映しながら。

 

 

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