境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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62 脚本の在処

(……何が起きた)

 

 アンヘルはその瞬間、信じられないものを目撃したことだけは理解した。

 アザナミがやられた。それも一瞬の内に。

 

 二体の高位精霊と契約した精霊士。十歳で剣精霊を三日で倒し、十七という若さで多くの前線で戦果を挙げ、百以上の界域主をも下してきた実力者。

 

 その、人類の中でもトップクラスに位置する剣の使い手が。

 精霊から付与された加護ごと、斬り裂かれた。

 全力を出し、その上で、真正面から。

 先ほどまで屋上で燃え盛っていた炎の海も静まっていた。新たな剣士の登場と共に。

 

(奴は一体……)

 

 数メートル先には一人の青年の姿がある。

 服装は平凡。半袖ワイシャツで、ズボンに衣類を巻いた出で立ちだ。背は高く、無駄を削ぎ落とした体格。歳は十六か十七にみえる。右手には飾り気のない太刀を握り、肩に担いでいた。

 

(剣士……白髪に赤眼……それに()()()は……)

 

 ……後ろで一つ結びにされた、その白髪が風に揺れる。

 前髪は右目を少し隠すくらいに長い。その隙間から、真紅の眼がじっとアンヘルを見つめていた。

 殺気さえ覚えるほど鋭い目つきだが、どこか機械じみた無機質性がある。瞳はまるでレンズのようで、そう思うと端整な顔立ちも人形のように造られたものにみえた。

 

 ならば目の前に立っている者は人間というより、剣士という機能に特化した精密機巧に類するものか。

 

「……貴様は一影栄紗の護衛か? まだセーフティがあったとはな」

 

「知らねぇよ。俺は屋上が燃えてるのが見えたから来ただけだ。テメェはなんだ? 精霊士の業務を果たしてそうな顔には見えねぇが」

 

(問いには答えんか。当然だな)

 

 ほんの一瞬、一影栄紗が口を開こうとしたようだが、あの程度の反応では、「知人」か「たまたま居合わせただけの者」か判別はつかない。

 少なくともフェニックスと契約している青年は後者だろうが……、

 

「──ッ、気を付けろ! 奴はアンヘル、『庭園』の長だ! 何を仕掛けてくるか分からんぞ!」

 

 榊の言葉に、へえ、と剣士が呟く。

 

「指名手配犯か。世界の危機とも関せずに暗躍とは、良いご身分だな?」

 

「正道のやり方では為せぬ事業もある。私の仕事(タスク)に部下たちを付き合わせているのは心苦しいが」

 

「悪の組織のクセにいっちょまえに仲間思いかよ。悪辣非情であれよ、そこは」

 

 剣士が片手で刀を構える。気負わない、だが隙のない、正眼の構えだ。

 その口元は好戦に歪み、目付きは獣のような鋭さが帯びている。それはさながら、才能に驕った典型的な若者の姿だが──

 

「まぁどんな相手だろうと関係ねぇわな。ここで死んでろ」

 

 ──次の瞬間、放たれた剣閃の鮮やかさは半端な才能のソレではなかった。

 霊力を飛ばす斬撃。剣を使う精霊士の常套手段だ。最小限の動きでそれを避けたアンヘルだが、すぐ右横を過ぎたその威力に息を呑む。

 

(……空間が消し飛んでいる。なんだこの霊力は……?)

 

 斬撃が掠っただけのはずの床の表面はごっそりと抉り取られていた。パッと見はそれだけに見えるが、よく注視すれば微かなノイズが走っている。空間がダメージを受けている証拠だ。

 

(界域そのものに傷をつける精霊士だと? 何かの異能の発露か?)

 

 ──いや、これは「そうであってほしい」という願望の推測だとアンヘルは悟る。

 もしも今の一撃が彼にとって、何の変哲もない通常攻撃だというのなら。

 これは同じ精霊士同士の戦いではない。化物と人間の戦いとなるだろう。

 

「断頭、刹火」

 

(マズイ!)

 

 初撃は此方の動きを誘導し、止めるだけのもの。目視、対応、回避可能な速度であえて放たれたものだ。

 アンヘルがそれを悟った時、とうに剣士は真紅の斬撃(ほんめい)を振り放っていた。

 

「全結界、防げ!!」

 

 直撃寸前、自らの契約精霊たちが加護(たて)を張る。

 物理攻撃から概念干渉、無効化まで搭載する加護の壁。一瞬にして八十六枚の加護とその精霊の力がアンヘルに適用され、──叩きつけられた斬撃がその全てを破壊した。

 

「ガッ──!?」

 

 結果、斬られたのはスーツの表面と首の薄皮一枚。

 だが衝撃を受けてアンヘルの身は人形のように床を転がった。死そのものを受けたような感覚に戦慄する。なんだ今のは。

 

(ッ……一撃で──精霊の加護ごと、契約まで切断されただと……!)

 

 無茶苦茶というレベルではない。理不尽と不条理が人型を持っているに等しい。

 確信する。

 この剣士は、自分の大敵だ。

 

(精霊を出すのは危険か。()()()で受けたとしても契約まで届くのか? その場合、奴との接敵自体が禁忌となる。何の霊力だ? 奴は「何」と契約している……!?)

 

 すぐに手をつき、起き上がりながら思考を続ける。

 斬撃と破壊。最悪の相性だ。

 剣士にとってはこれ以上とない好相性。相乗効果で文字通り破壊力が上乗せされている。

 

(だとしても……! 霊力で武装が壊れるのが先だ。あんな霊力に耐えられる契約武装などない。武装として振るう方が無駄でしかない。それを……才能だけで扱っているのか……!!)

 

 ならば先ほど見せた好戦的な表情はブラフ。小手先の印象操作、此方の油断を一瞬でも誘うためのもの。彼の技巧が剣に特化しており、呼吸と同等の作業であるのなら、見出せる愉しみなどまず一切ないだろう。

 

 規格外の才能。規格外の精霊。

 こんなものが、いつの間に現代に現れていたというのか。

 

「今のを防ぐのかよ。やっぱ消した方がいいな、お前」

 

 ──遠くで剣士の声が聞こえた瞬間、アンヘルは己の終焉を錯覚した。

 

(……この、気配──上か!)

 

 遥か上空を仰いで見えたのは、彼方で煌く閃光一つ。

 すると剣士の青年は素早く武器を消して踵を返し、背後の榊と栄紗を捕まえる。榊はその肩に担がれ、栄紗は脇に抱えられ──一気にそのまま剣士が走り出す。

 

「ちょちょちょちょお前ぇぇえ──ッ!?」

 

「正気じゃない! 正気じゃない!!」

 

「黙ってろ!」

 

 二人の悲鳴が聞き届けられることはない。

 一切の抵抗を却下して、彼は躊躇うことなく屋上から飛び降りる。

 屋上階に取り残されたアンヘルは、しかし離脱していく者たちに気を払う余裕はなかった。

 

『〈終極破壊(カタストロフィ)〉』

 

 天空で呟く少女の声を聞いたのは契約者の剣士のみ。

 鮮烈な輝きが一筋の流星となって解き放たれる。

 着弾と同時、摩天楼は飴色の閃光を伴いながら爆散した。

 

 

     ◆

 

 

 衛星軌道上からの直下爆撃──

 ──というワケではないが、そんな表現を彷彿とさせる絶景だったことは明記しておこう。

 

「頭おかしい……」

 

「助かった気がしない……」

 

 飛び移ったビルの屋上では、アドベンチャー慣れしていない奴らがグロッキーになっていた。

 学友野郎(一影栄紗)と金髪眼鏡だ。俺の頭ん中の人物相関図において、こいつらはまったく接点がないハズだが……どういう組み合わせなんだ、ホント。

 

 そいつらの様子はひとまず無視し──大いなる爆撃を受けて、凄惨に崩壊していく芸術(ビル)へと目を向ける。まるで砂城が溶けているような景色だ。あの力を持っているのがレティで本当に良かったと思う。

 

「悪くねぇ光景だな?」

 

「やめろ斬世。お前そっちの道に行くな。受けていい影響と悪い影響ってのがあるだろ……!」

 

 腕組みで採点者ヅラしているとなぜか学友が食いかかってくる。妙なタイミングで常識人ヅラをしてんじゃねぇよ。

 

「んで、お前らがなんでここに? 眼鏡はともかく……てめぇ精霊士じゃねぇだろ」

 

「襲撃! 狙われた天才、危機一髪!」

 

「タイトル風で解説した気になってんじゃねえ。助けぐらい呼べねぇのか?」

 

「何言ってんの? 助けなんか呼ばなくても、助けに来てほしい時に来るのがヒーローでしょ?」

 

「その辺にいた奴を巻き込むような奴はまずヒロインとは呼ばねぇだろうな」

 

 突き刺すような視線をやると、苦虫を噛んだような顔で目を逸らされる。

 ……珍しい。何があったか知らんが、こいつは自責の念に駆られているらしい。本当に珍しい。天地が引っくり返るような奇跡といっても良い。槍でも降るのか?

 

「あー……とりあえず移動しないか。追撃がくる可能性もある」

 

 そこで上体を起こした眼鏡先輩が片手を挙げて進言してくる。

 俺としても、その意見には賛同したいところだったが──

 

「追撃? 砲撃(アレ)を受けて、追撃してくる余裕があるような相手なのか」

 

「あの伝承庭園のトップだからな……隕石や核を叩きつけたところで死ぬとは限らん。ああいった組織に属する精霊士は、契約精霊の命を代価に蘇生する手段を厭わない」

 

 その実例は──知っている。

 というかまさに、その初見殺しじみたそれで、俺は追い込まれたことがある。

 

『──ディア。生体反応、あります』

 

「……マジか」

 

 念話の報告に思わず率直な驚きが漏れた。

 レスティアートの一撃を貰って生きている──人間として驚異的と言わずになんと言う。彼女が仕留め切れなかったというだけで、もはや世界の脅威に値する。

 

「どうした?」

 

「生体反応の報告が入った。ただ者じゃねぇのは確かだな」

 

「あー……そっちも気になるけど、剣士は? 斬世が屋上から捨てた奴」

 

『そちらは結界に閉じ込めています。起きた様子はありません』

 

「レティが捕縛済みだってよ。──で、他に敵はいるか」

 

『ビルの方から精霊の気配が一つ。あちらも立て直し中でしょう』

 

「厄介だな。こっちが追撃したいところ、だが──……」

 

 俺は元凶(栄紗)の方を見る。

 ──笑顔で両手指を組み、祈りのポーズを取っていた。タスケテのポーズだ。やっぱ死ね。

 

「はぁ……生存者救出のが優先か。撤退するぞ」

 

『オマケに二、三発ほどぶち込めますが』

 

「やめとけ。それでも仕留め切れなかった場合のが怖い。解析とか変な対策とかされないとも限らねぇしな」

 

「情報戦は戦いの基礎だからネ! 仕方ないヨネ!」

 

 学友の方をジロリと睨む。

 

「ちなみに俺は今、お前がスパイじゃねぇかと疑ってる」

 

「信用がなさすぎる! 私がお前にどれだけ貢献してきたか忘れたか!」

 

「それを帳消しにするレベルの過去の蛮行を顧みろ」

 

 心底、助けなきゃよかったと思ってしまう奴だが──個人の好悪で見捨てていい才能ではない。

 俺が才能だけで生きてきた奴なら、コイツは天才だから死んでないだけの奴だ。

 立ち去る前に、ビルを一瞥する。

 

「……伝承庭園、ね」

 

 教団、聖召機関に続く組織戦か。

 なんだって精霊士には、魔獣とじゃなく人間と戦いたがる馬鹿がいるんだか。

 

 

     ◆

 

 

「……退()いたか」

 

「あら残念。相手の情報を引き出すチャンスでしたのに」

 

 瓦礫に埋もれたビル──地下駐車場だったその場所には、黒い茨の結界が展開されていた。

 その中央。仰向けに転がっていたアンヘルは、顕現した契約精霊に目をやる。

 

「『黒棘姫(くろとげひめ)』。貴様で対応できる相手か?」

 

「無理☆ゲー♪ 単独で戦争に勝とうとするような無謀! 余所から眺めるのはいいですが、参戦したがる酔狂は『主役』たちで間に合ってますでしょう?」

 

 二十代ほどの外見。肩くらいで左右に切り揃えられた黒の髪型(姫カット)。少女自身の身長を超すほどの長さは地につくことなく、彼女と共に宙に漂っている。ワンピースと振袖が合わさったようなドレスは、彼女を闇の精霊のように見せていた。

 

「……観測局め、また厄介な人材を取り入れたらしいな。戦場の前提条件から整え直しか……精霊の正体に心当たりはあるか?」

 

「さて。あれほどまでの破壊力、圧倒的かつ絶対的な力を持つ伝承は限られていますが──やはり『カタストロフィ』では?」

 

「馬鹿な。異界の狭間に行方知れずとなった伝説上の英雄だぞ」

 

「でしたら帰ってきたんじゃありませ~ん?」

 

 言いつつ、虚空を泳ぐ少女は眼下を見る。

 そこに仰向けで倒れ、()()()()()()()()()()()の様子を。

 

「で──ソレ、生きてるんです? ワタクシの能力に、蘇生とか復活とか、ありましたっけ?」

 

「単に死ぬ段階ではなかったということだろう。相応の『流れ』がなければ私は死なんし、()()()()()()()()()()()

 

「伝承の囚人……♪ 貴方を倒してくれる勇者様はどなたでしょうか? 『悪役』さん?」

 

「これは物語じゃない……ただの仕事だよ」

 

 やがてノイズが収まり、肉体を修復した彼は立ち上がる。

 それは結末が来ない限り、幾度でも。

 

「格の違いは理解した。我々はまだ彼と対峙する資格を得ていないらしい。──出直しだ」

 

「あら。アザナミちゃんは置いていくんですの? 彼女を追ってる妹ちゃん、いませんでしたっけ?」

 

「ああも瞬殺されてはな。それに本人に自覚はないが、身内に弱いのが弱点だ。この機に陣営変えして貰おう。此方の手駒である間に裏切られるのも面倒だ」

 

 幕は降り、役者は去る。

 次なる舞台のために。次の次の脚本のために。

 

 




~騒動まとめ~
斬世:存在がバレた(重要)
レティ:(すばやく斬世の影に隠れる)(響き渡る爆発音)
眼鏡:本名は(さかき)。別にモブからの昇格ではなく、設定からずっとネームドだった奴。

アザナミ:良い勝負をしたと思っているが観測局に拘束された先で、生き別れの妹との再会イベントが待っていたりする。(気まずい)


 まだまだ夏休みは始まったばかり

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