境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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69 同日、彼の伝承

(ん? ん? あれ?)

 

 ユリアンは一瞬、何を言われたか分からなかった。

 なにかおかしいな。

 なにがおかしいのかな?

 これは──そうだ。煽っていたのに、まったく思いも寄らない答えが返ってきた不思議である。

 

 少年に友人という概念はない。仲間というモノなら知ってはいるが。

 生まれも育ちも伝承庭園という組織の箱庭。アンヘルが実験的に造り出した人造生命(ホムンクルス)だという出生を聞いても、特に衝撃というものを感じたことはなかった。

 

 そんなものは背負う伝承──『剣神』の重みと栄誉の前には塵と芥に過ぎない。

 

 ただ伝承を負い、そして現代に再演する人形(モノ)

 いわば人のまま精霊になるというプロジェクトだ。庭園の幹部は皆そうだ。

 

 なので強さを示してきた。示し続けてきた。

 それが自分の存在意義であり、「誇り」というものだと教わった。

 

 ──最強であれ。唯一無二の剣の頂であれ。

 

 生ける神を目指す。ユリアン自身はそれを苦だと思ったこともないし、葛藤も抱いたことがない。果たして自分にできるのか、などという迷いとは無縁だった。

 

 伝承庭園の剣士は三人。

 一番初めにユリアン、次に加入してきたのがアザナミだった。庭園の外から来た人間にしては()()方だったが、あまり面白くなかった。精霊頼りの剣術で剣豪を名乗る女。鍛錬という名目で幾度か手合わせさせられたが、ユリアンには掠り傷一つつかなかった。

 

 ところが三人目。

 それは──異常だった。異次元だった。

 

 アンヘルが()る複写の精霊。

 ソレは『剣士』という伝承、その原版(オリジナル)に最も近しい存在をコピーしていた。

 

 元祖。原典。原版。

 後世に派生したものは全てそれの下位互換に過ぎない。剣精霊でさえも例外ではない。「剣神」の名を担うユリアンさえも。

 

“ま、原版(アレ)も所詮は精霊だし。ボクが最強ってことは変わらないよね~”

 

 複写の精霊に感情はない。

 なので、どれだけユリアンが勝手に敗北しようと構おうと、目が合うことはなかった。

 

 伝承上の格上なら仕方ない。

 伝承の純度が桁違いなら仕方ない。

 上がいることも認めてこその「神」だよねー、と少年は納得しかけたが。

 

(…………だったら『最強』って、なに?)

 

 自分より上の剣士がいるのなら、その頂に座していた己はなんだったのか。

 少年には分からない。

 同等の実力を持つ相手を知らない彼には一生分からない。

 『剣神』の信仰だけを集め、強いことが当たり前であるがために、ただ一度として剣の腕を認められたことが無い彼には──分からなかった。

 

 たった今、この時までは。

 

 

「……ええと……今、なんていったの? まさか『剣神』のボクと同格だって傲慢にも──っ!?」

 

 答えは刀の一撃として返ってきた。

 神速の一太刀。()()()()では遅い。遅すぎる。来ることが分かっている感覚を前提に迎撃しなければ、一瞬で四肢が細切れになるだろう。

 

 しかしその程度の対応、少年(ユリアン)には容易なことだった。

 

 ただのいつも通り。

 剣は身体の一部で、延長だ。それが当然。当たり前。常識の範囲内にして大前提。

 だから息をするように連撃の猛攻を弾き続け、加速した剣速にさえ対応して相手の一閃を受け、返し、弾き、斬り裂く動作を繰り返す。

 

「──ハハッ」

 

 打ち鳴らす金属音の中、獣の笑い声がした。

 剣のやり取りを愉しむ剣士は少なくない。むしろユリアンは多く見てきた側だ。

 そうやって楽しんでいる情がいずれ隙を生み、生命を刈る刃を入れることになる。

 だが──

 

(……崩れない)

 

 一切微塵も、相手にしている剣士の刀の軌道はブレることがない。

 感情と動作を切り離すことは難しい。戦いを愉しむ性を持つ者なら尚更そうだ。

 だからこれは珍しいことだった。相手剣士の刀には雑念がなにもない。「斬る」機能以外を斬り捨てて、機械巧芸がごとく刃を振るっている。

 

 それはまるで、あの「原版」を模した精霊と戦っているような──

 

「ッ……!!」

 

 弾き飛ばされ、距離があく。

 追撃はやってこない。十メートル離れた位置で、クツクツと白い剣士は笑っていた。

 

 ──道理が合わない。気色が悪い。

 あれほど美しい技巧を持っていながら、その実、ただの人間であるなんて──!

 

「なんなの──君」

 

 だがそんな気持ち悪さを凌駕するほどの異常事態に、少年は顔を歪める。

 認められない。信じられない。

 ただの人間が。あのアザナミと同じ、精霊の加護がないと生きてられないような人間が、あろうことか、この自分と同格に争うなど……!!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……!!」

 

 怒りを覚えるべき言葉。

 侮蔑と捉えてもなんら問題のない一言。

 それに、しかし言い知れぬ感情がわいてくる。

 

「はぁ……そう。だったら、君の周りにいた奴らは全員雑魚だったんだね?」

 

「お前の剣って完全に自前のものだよな? 精霊の気配がないし、異能を使ってる様子もない。『剣神』か──伊達じゃねぇな」

 

「……あのさ。あんまり愚弄しないでくれる? ボクの伝承に精霊なんて異物はいらないんだよ。異能もそいつらが授けてくるやつだろ? 神はそうであるがままに強いから神なんだよ」

 

「──うーん、見込み通りだ。やっぱお前、俺のライバルになれ」

 

「……さっきから何言ってるか分かんないんだけど!?」

 

 なんだ。

 なんなんだ、この異常な気安さは。

 戦慄、というものを覚える。今まで感じたこともない類の寒気だ。

 こいつは、なんかどこか、おかしいんじゃないか!?

 

「あのねぇ、人間の括りにボクを入れないでくれる!? 人間が! 神と同等とか! ありえないんだけど!!」

 

「じゃあなんで俺はまだ生きてるんだよ。手加減してんのか?」

 

「してねぇよ!!」

 

 もうキレた。

 剣神ユリアン、孤高故に煽り耐性などない。

 

「大体、思い上がりも甚だしいんだよ! なんだよライバルって──!」

 

 一瞬で飛び込み、剣を振るうがやはり反応される。

 鍔迫り合いになりながら相手は答える。──真っすぐに、ユリアンの目を見据えながら。

 

「いや俺、そういうの居たことなくてよ。お前みたいな存在に、思ったより感動してる」

 

「どういう神経してんだよ! 同格の相手なんて──目障りなだけだろ──!」

 

「? じゃあお前にはそういう奴いるのか?」

 

「居るワケ! ないだろうがァ!!」

 

 怨念さえ込めて剣撃を入れるが、どんなに斬り合おうと互いに掠り傷を刻むのがせいぜいだ。距離を取って斬撃を放ってみるも、それは超高濃度の赤い霊力をまとった斬撃に消し飛ばされる。

 

(ッ、破壊精霊の霊力が帯びてるのか……! こいつ、どこまで──、)

 

 そこでユリアンは意図的に思考を中断した。

 どこまでコケにするのか、ではなく。

 ()()()()()()()()()──などと。

 

(……まるで期待してるみたいじゃないか。クソッ!)

 

 第二波の真紅の斬波がくる。

 それを、真っ向から両断した。

 

「うおっ!? 今どうやった!?」

 

「どんな霊力にも斬りやすい線があるだけだっての──この、格下ッ!!」

 

 とはいえ、破壊の属性を帯びた霊力には無傷とはいかない。

 今のは薄い斬撃だったから捌けただけだ。より重圧に放たれれば、剣の方が持たないだろう。せいぜい最小限の接触で、軌道を逸らすのが最適か──

 

「っ……なんなんだお前……ボクがこんなに殺しに行ってるのに、全然、殺せないなんて……!!」

 

 ──五分後。

 もう、たったそれだけの時間が過ぎた。絶え間なく刃を送り続けてなお、白髪の剣士はまだ立っている。

 互いに傷は浅い。流血は僅かで、衣服の表面があちこち裂かれているだけだ。少年からすれば──完全なる異常事態だ。

 

「俺もお前を殺せていない。なぁつまり、これは『同格』ってコトじゃないのか?」

 

「……ありえない……そんなの……」

 

 あるものか。あってたまるか。

 だが事実は事実。少なくともこの相手が──刈間斬世の首が、現状、自分の刃に届くところにいないのは確かなようだ。

 

『──手こずっているようだな、ユリアン』

 

 その時、ユリアンの頭の中に声がした。

 念話だ。アンヘルからの。

 

『そ、そんなわけ……』

 

『事実を認められぬほどに動揺している、か。お前らしくもない。──私の加勢は必要か?』

 

『い、いらない! コイツはボク一人でやる……そうじゃないと、「剣神」の伝承に顔向けできない!』

 

『そうか。ならば今回は撤退しろ。お前が彼に対抗しうる戦力だと証明された以上、みすみす部下の窮地を見逃すことはできない』

 

『は? どういうこと?』

 

『そこにあと数分で獅子月晴斗がやってくる。今の状態のお前に、彼を始末しながら刈間斬世の相手ができるか?』

 

 ──チッ、とユリアンは舌打ちする。

 苛立ちの原因は──今は考えない。

 

『……あの英雄(ヒーロー)、マジ空気読まないよね。分かったよ。でも刈間斬世(コイツ)は絶対にボクの獲物だから! そっちで勝手に処理しないでよね!』

 

『──心得た。ではそのように』

 

 念話はそこで終わる。

 鉄面皮の割には面倒見が無駄にいいよなぁ、と繋がりが切れてからユリアンは思う。

 

「……もう今日はいい。お前の顔を見てるとイライラする。気分悪いから帰る!」

 

「ふうん? じゃあ俺の勝ちってことか?」

 

「勝ちなワケねーだろふざけんな!! 次は絶対殺すッ!」

 

 もはや言い捨てるのが限界だった。

 剣を鞘に収め、踵を返して一瞬でユリアンはその場から離脱していく。

 ビルの壁を駆け上がり、その姿が完全に見えなくなった後、ふと斬世は呟いた。

 

「……すげーライバルみたいな捨て台詞吐いてったな……」

 

 

     ◆

 

 

 あんぐりと口を開けていた。

 呆然。驚き。顔文字みたいな表情になったまま、経緯を聞き終えた彼女は固まっていた。

 そして言う。

 

「いくらなんでも帰るのが早すぎませんかッ!?」

 

 ガガーン、と大層ショックを受けていたのはレスティアートだった。

 どうやら俺の援軍に来れなかったのが悔しかったらしい。

 

 しょうがねぇじゃん。

 だってユリアン(アイツ)帰っちゃったんだもん。

 

「くっ……なんという意気地のない相手だったのでしょう……そこはもう少し粘るべきでは? いくら私のディアが強いとはいえ! 私のディアの圧勝だったとはいえ!!」

 

「いやぁ結構互角だったぞ」

 

「だったらもう少し持ちこたえるべきだったでしょう! ディアの窮地に現れる私、という展開を少し期待していたんですよ!? 私は!!」

 

「それ俺が窮地になってねぇ?」

 

 悲喜こもごも。

 まぁなんにせよ──無事に合流したレティと拠点の廃ビルまで戻ってきた。

 ……ちょっとした収穫を連れて。

 

『三人とも、本当に大丈夫……!?』

 

『う、うん……心配かけてごめんなさい……』

 

『怖かった。ぎゅっとして、ぎゅっと』

 

『すまないな……私がついていながら。この埋め合わせは今夜にでも──』

 

『『抜け駆けすんなー!!』』

 

 隣の部屋からはそんな男女(1:3)のやり取りが聞こえてくる。

 駆けつけた獅子月とその契約精霊たちだ。モテにモテている。壁越しでもリア充オーラが凄まじい。──なお、

 

「──リア充め……」

 

 ドスの効いた低い声でそう呟きながら、榊は廊下に出て行った。

 あのやり取りを毎度のように目撃している面構えだ。マジモンのリアルハーレムは大層メンタルに来るらしい。

 

「……どうします? 対抗しますか?」

 

「何をだよ」

 

「イチャラブ度を!」

 

 それは対抗するものじゃありません。

 人それぞれでいいんだ、そういうのは。

 ……うん、不満げな顔をするんじゃない。俺はイチャつくなら完全な二人っきり派であってだな?

 

「あの~……」

 

 ガチャッ、とそこで扉が開いた。

 出てきたのは金の髪に鳶色の目をした年上の青年──獅子月だ。その背後では、彼の契約精霊たちが取っ組み合いを繰り広げていた。

 

「君たちにも礼を言うよ。まさか……刈間が助けてくれるとは思わなかったけれど」

 

「誰だっけお前?」

 

「ええぇぇぇ!? 獅子月だよ三年の! は、春に一回話しただろ? その……あの時は僕が先走ったせいで、君が孤立しちゃっ──」

 

「覚えのねぇことを謝罪されてもな。──そんなことより、聞きたいことがある。村雨って奴を知ってるか」

 

 率直に本題を切り出すと、獅子月の表情が硬くなる。

 ……明らかに知っている顔だ。嘘とか吐けないタイプと見た。

 

「……あの! 村雨先生のことは、僕に任せてくれないか!?」

 

「駄目だ。っつーか今さら行っても無駄だぞ。とっくに観測局が動いてるしな」

 

「っ……! で、でも、あの人は本当に良い人で──……いや、行く度に部屋は散らかってるし、料理も作らされるわ洗濯掃除も一年から僕がやってるわ、日常生活は大分だらしのない人だけども!」

 

「ほっとけよそんなダメ人間……」

 

「いやでも医術に関しては本当に凄くて……何度助けられたことか……」

 

「──疑問なんですけど。なぜ、彼女に頼っているんですか? 当世の医療機関はとても充実しています。普通の精霊士なら、観測局に頼るのが正道では……?」

 

「──…………っ」

 

 その問いに、獅子月はとても言い辛そうに顔を伏せた。

 視線を背後の精霊たちに投げ、おずおずと彼女たちからの頷きが返ってくると、覚悟を決めたように此方に向き合った。

 

 

「……僕の契約精霊は……皆、()()()()()だったんだ。もし正規の組織に知られたら、無事じゃ済まないだろうって──村雨先生が」

 

 

 そうして彼は語り始める。

 それは知られざる、先輩精霊士のとあるラノベ調の物語だった。

 

 

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