境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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75 同日、問題発生

 暗闇の中を彷徨っていた。

 自分の手足も見えない暗黒。どうしてここにいるのかも、分からない(憶えていない)

 

「……レティ」

 

 不明の単語を呟く。誰かの名前だろうか。

 よく、わからない。

 

“こっち だ”

 

 その時、なにかに腕の辺りを掴まれた。──気がした。

 暗闇に人影はない。何も見えてない。だが、確かに誰かがそこにいた。

 

「え」

 

 どん、と蹴り落とされた。

 落ちていく。

 引き上げられていた意識が──元の肉体へと落ちていく。

 

“二度と来るな。間抜け”

 

 理不尽な言葉だったが、どこか懐かしい感じがした。

 ──そんな感傷も、すぐに忘れたけれど。

 

 

     #3

 

 

 地下の儀式場は静寂に満ちていた。

 刈間斬世とその契約精霊は意識を失ったまま倒れている。庭園のリーダー・アンヘルも同様に、少し離れたところで気絶していた。

 

 一方、祈りを捧げていた聖女長は狂死していた。最奥に吊り下がっていた「聖母」の肉塊はどこにもない。聖女たちが必死に育ててきた信仰対象は、大精霊アストラルと英雄精霊レスティアートの力の衝突に巻き込まれ、そのまま消し飛んでいた。

 

 以上の結果を以って八月十日の終末は回避された。

 アストラルの本格顕現は先送りとなる。

 人類はその日までの猶予期間を手に入れた。

 

 ──相応の代償を伴って。

 

「くっ……?」

 

 まず初めに意識を取り戻したのはアンヘルだった。

 指先が動き、目の辺りを片手で押さえながら起き上がる。暗がりの部屋を照らすのは、柱に設置されている燭台のロウソクの光だ。目が慣れて、周囲の床に敷き詰められた骸骨を見やると、僅かにその顔は強張る。

 

「……? ここは……?」

 

「アンヘル無事ー!? なんかすっごい霊力感じたけど!」

 

 その時、儀式場に蜂蜜色の少年剣士──ユリアンが飛びこんでくる。

 うわっ、と狂死している聖女長の顔を見て声をあげるが、床の骸骨の海には目もくれない。それから上体を起こしているアンヘルと目が合い、

 

「……君、怪我をしてるぞ」

 

「っ?」

 

 かけられた言葉に微かな違和感。

 確かにユリアンの右腕は出血していた。今も三か所の傷からじくじくとした痛みを感じる。

 

「大したものじゃないよ。あのおっさん、拳銃しか持ってなかったクセに立ち回りが厄介で……聖女たちに押し付けてきたけど、すぐ追ってくるかも。アンヘル、立てる?」

 

「アンヘル……? 私の名前はそうじゃない、『赤月(あかつき)……」

 

「うわああストップストップ!? ボクも知らない本名をリーダーが暴露しちゃダメでしょ!」

 

 とんでもないことを口にしようとしたアンヘルに、慌ててユリアンが言葉を遮る。

 

「ちょ、ちょっと、なにかの作戦? どうしちゃったのさアンヘル……? あいつの方は?」

 

 言いつつ、ユリアンが探すのは黒い雨合羽の人影だ。ついでに遠くで倒れている宿敵とその契約精霊の姿も認める。そんな彼らから更に離れた床の上に、目的のモノを見つける。

 

Tekele-le(テケリ・リッ)Tekele-le(テケリ・リッ)

 

「えっ、うわっ、溶けてる!?」

 

 そこでは落ちた雨合羽がカサカサと動き、奇妙な鳴き声を放っていた。なにかスライム上のものが蠢いているようだ。

 あまりの不気味さにユリアンも顔を引きつらせる。もしも雨合羽がなく、ソレの姿を直視していれば、吐いていたやもしれない。

 

 

「あ~らあら☆ こんなにもお客様がお揃いとは……歓迎のしがいもあるものですね♪」

 

 

 そこへ、更に新たな声がする。

 ユリアンが素早く振り向くと、そこには黒髪の女が一人。喪服じみた黒い修道服に、丸鋸を手にした暗黒聖女──ドロティアだ。

 

「なにおばさん? 今取り込み中なんだけど」

 

 バキィ!! ……とドロティアの丸鋸が床を打ち砕いた。

 彼女の表情は笑みを保ったままだ。丸鋸を握る拳には怒気が篭められているようだが。

 

「ふ……ふふ。まぁ──坊やの年齢を考えれば詮無きこと。わたくしはただ、聖女長様を弔いに来ただけ。お一人で冥土行きなんて寂しいでしょうし……貴方がた『庭園』も送って差し上げましょう」

 

「弔いねぇ……会議の時ホールにいなかったよねアンタ? 仲間意識があるようには見えないんだけど」

 

「あら酷い。わたくしは機関の中でも特殊な立場でして。基本的には、信仰から外れようとする裏切り者を処刑するのがお役目でございます♪ 組織の秩序を守る、立派な聖女の一人ですよ?」

 

「ふーん、仲間内からも敬遠されてるんだ。おばさん過ぎて話題が合わないの?」

 

「ふ、」

 

 カクン、とドロティアの首が大きく横に傾いた。

 

「くそがきシスベシ」

 

「どけよクソババア」

 

 ドロティアが丸鋸を構え、ユリアンが刃を抜き放つ。

 相対する両者の緊張状態を目前に、アンヘルは呆然と眺めているだけだった。何が起きているのかを理解できる知識も記憶も、今の彼にはない。

 

(あちらの二人は……?)

 

 なのでアンヘルの注意は、よく分からない二人のことより、他に倒れている人物たちに向けられる。

 

 それはちょうど、倒れている白髪の……()()()()の目蓋が開いたところだった。

 

 

()()()

 

 

 ゴッシャァァァアアアアアッッ!! と。

 暴威があった。

 彼女を中心に()()が巻き起こり、無秩序な()()()が発生し、辺りの柱や床や天井を引き裂いたのだ。

 

 暴威は一言。

 たった一言。

 

 誰が思おうか。

 それらの事象が、白い少女が何気なく身を起こし、ふざけた一言を舌に乗せて言い放っただけで引き起こされた災害だと。

 

「「……」」

 

 今にも衝突しかかっていたユリアンとドロティアは、動けなかった。

 だが二人は同時に理解する。この場所が、ただの戦場よりも恐ろしい危険地帯になったことを。

 

(なん、だ今の……!? 斬世の精霊!? 霊力の気配も感じなかった……!)

 

(……起き上がっただけ? 攻撃らしき動作はしていない……一体なにが?)

 

 呆然としていたアンヘルもまた、この明確な身の危険を前に思考が巡る。

 

(あの少女……精霊? 近くで倒れているのは契約者? 私は……先ほどまで一体なにを……?)

 

 三者三様に思考を巡らせる中、起きた少女──レスティアートの目は少し眠たげ。

 ぱちぱちと軽く瞬きをすれば、また、それだけで強風が吹いていく。

 

「ん……ここは……私……?」

 

 彼女の口の動きが空間に震動をもたらす。その声音は真空波となって周囲を切り刻む。

 そして次の瞬間、起きた少女は己に触れているものに気が付いた。

 

「え──っなぁあ!?」

 

 反射でその場から飛び上がる。

 ──起こるのはもはや暴威そのもの。彼女が立ちあがったことで周りの大気は乱雑な斬撃と化し、その場の者らに襲い掛かる。

 炸裂。

 彼女が触れた空気は暴風と化し、吹き飛んだ聖女長の遺体が壁に叩きつけられる。

 

「な、()()()()()()()()! 人が寝入っている間に触れるとは、無礼な……!」

 

 どうやら覆い被さっていた自分の契約者に驚いたらしい──その年頃らしい文句だけでも、飽きもせずに破壊嵐は発生する。

 動いたことで揺れた少女の髪の白い毛先が大風を呼び、その可憐な声が空気を叩きのめして近くの床を削り取る。

 

(っの、デタラメが!)

 

 アンヘルに直撃しかけた斬撃をユリアンが介入して斬り捌き、相殺する。

 もはや自分たちが無事でいる理由は運だけだ。

 少女の形をした災害。厄災の源。アレは人類とは到底共生しえない怪物だ。

 

「口の悪い坊や。提案なのですけど……ここは休戦し、互いに手を取り合いませんか?」

 

 ドロティアの言葉に、ユリアンの目が警戒するように細まる。

 

「なにが坊やだよ、取り繕っちゃってさ。いきなり何の心変わり?」

 

「いえ……彼女にはかつて、多くの同胞たちが辛酸を舐めさせられていますので。互いの利害が一致しているのであれば、協力もやむなしかと」

 

「……ま、おおむね同意だよ」

 

 あの白い精霊は危険だ。この上なく。

 ならばこの場でまともに動ける者たちが対処するのが無難だろう。

 

「トドメは……早い者勝ちでいいよね?」

 

「もちろんで御座います♪」

 

 打ち合わせはそれで完了した。

 次の瞬間、ユリアンが刃を振るい、レスティアート目がけて斬撃を放った。

 

「きゃっ」

 

 だが掠り傷一つ負わせるに至らない。ユリアンの斬撃は、彼女がびっくりして放った一声で、あっけなく相殺される。

 

「え、なに────」

 

 思わず呟いた声音は、乱雑な稲妻を発生させる。

 目覚めたばかりのレスティアートは現状を理解できていない。

 いや、()()()()()()。それしかこの怪物相手を打倒する手段はない。

 

「ごめんあそばせ──!!」

 

 稲妻をかわしたドロティアが接近する。

 至近距離で振るわれる回転丸鋸。ぎょっとしてレスティアートがそれを避けるも、すぐにその態勢は崩れる。倒れていた契約者の足に引っかかったのだ。尻餅をつく形で倒れ込む。

 

 その一連の行動で発生する斬撃を、飛ばされてくる空間の唸りを、ドロティアは一薙ぎで打ち払う──それを見上げたレスティアートが声を放つ。

 

「え、な、なに。なんですか、貴方……!?」

 

 漠然とした疑問と困惑。──そんな彼女の意志に構わず、無差別な破壊事象は生じ続ける。

 衝撃波を武器で受けつつも、近づいたドロティアは彼女を見下ろした。

 

「ご自身がもたらしている災禍に自覚がないので? 人に仇なす災害は処刑されるが世の理。──死んでくださいまし、王女殿下♪ 痛いのは一瞬ですよ」

 

「──ぇ」

 

 レスティアートの頭がまっ白になる。

 そこでようやく彼女は気付く。自身が殺されかけていることに。

 同時に、思い出す。

 ──民衆から向けられた、あの恐怖を伴った無数の視線の光景を。

 

「待っ、だれか、」

 

 飛ばした声が作る事象は空間の軋みのみ。

 それを無視し、ドロティアは己が武器を振った。

 

「さようならっ☆」

 

 速やかな執行。処刑人の刃に慈悲はない。

 白い少女の細首が飛ぶ──その感触を、しかし処刑人が得ることはなかった。

 

「────あら?」

 

 多少の鮮血が宙に飛び散る。

 手ごたえは、浅い。人間一人の首を落としたほどの出血ではない。

 なぜなら──

 

「……実験対象が違うんじゃないのか?」

 

 疑念の声は、青年のものだった。

 起きた出来事は単純明快。意識の戻った彼がすぐさま飛び出し、レスティアートの身を掴んで、ドロティアの攻撃範囲外へ逃れ出たのだ。

 

 その右肩には、切り傷がある。レスティアートを庇ったことで受けた傷だ。しかし彼本人、まるで気付いていないようだった。

 

「っ、そちらもお目覚めですか……!」

 

「いや、待って──」

 

 ドロティアが武器を構える中、ユリアンは動かない。再び状況が変わったからだ。

 先ほどからのアンヘルの様子からして、既にユリアンは見当がついていた。自分がここに来る直前、この場にいた者たちに起きた「異変」の正体に。

 

 立ち上がった刈間斬世の眼が不愉快げに細められる。

 

「つーか……寝てる時くらい静かにしてくれよ。それに()()()()()?」

 

「「──!」」

 

 言い放った、その言葉が全てだった。

 

(やっぱり、ここにいた皆……()()()()か!)

 

 ユリアンたちが息を詰める中、斬世は軽く周囲を見回す。

 

「趣味の悪ィ実験場だな……ん、なんか頭が軽いな。今日はクスリは無しか?」

 

「薬?」

 

 ユリアンの問いに、ああ、と斬世は声を置き、

 

「戦闘実験なら、いつも調整剤を使うだろ。思考を鈍くしたり、感覚を遮断したり、身体機能を強化したり……そういえば前回から何日経ってんだ? 直近二回分くらい記憶がねぇけど……まあ、俺が知る必要はないのか。けどお前らみたいな新顔がいるってことは、新しい実験でも始めるのか?」

 

「いや……ちょっと、何を言って……」

 

 当たり前のように並べられる彼の常識。

 それはつまり、記憶を失った時点の──過去の刈間斬世にとっての常識を口にしているということだ。

 

 実験体という自己認識。

 調整剤という薬剤を投入するのが常態化した環境。

 それをさも当然のこととして平然と口にする。──ユリアンとて庭園で造られた出生だが、目の前にいる人間ほど「実験慣れ」した同族は見たことがない。そも、伝承庭園において薬物実験は滅多に行われないことだ。

 

 そんな彼の様子に眉をひそめるのは、アンヘルも同様だった。

 

「実験……? いやその前に、そこにいる彼女は君の契約精霊か? 先ほどから暴走しているようだったが──」

 

「待て待て何の話だ。俺は別に精霊士じゃねぇぞ」

 

「ちょ、待ってください! 暴走ってなんの、」

 

 ──ピシャーンッ!!

 レスティアートが叫んだ瞬間、刈間斬世に落雷が直撃した。

 

「ぐ…………ァッ……」

 

「……!?!?」

 

 一瞬で黒コゲになった斬世がその場にぶっ倒れる。

 そこでようやくレスティアートは把握する。自らの内に内包する力を。暴れ、猛り狂う破壊の渦が、さっきから垂れ流しになっていたことに──!

 

「──……! す、すみません、ごめんなさい!! 私、どうして忘れて……し、しっかりしてください! 目つきの悪い貴方!!」

 

「いや生きてる……なんで生きてんだ俺……今の出力の電流は初めて味わったぞ……」

 

 そこでレスティアートから放たれていた破壊のプレッシャーがおとなしくなる。

 自覚した少女自身によって即座に制御下に収められたのだ。刈間斬世が意識を失っていないのは、単に直撃した破壊の霊力が、今はその身を生かすエネルギーになっているためだろう。

 

 ……そのような事実を、今の彼と彼女が知る由もないが。

 

「あら……あらあらあら?? もしやこれは、これまでの雪辱を晴らすチャンス、でございますか?」

 

 同じように状況を理解したらしいドロティアの口角が吊り上がる。

 元より相容れぬ敵同士。それも最も厄介な相手(カップル)が、変則的とはいえ破局しているのだ。面白くないわけがない。

 そんな彼女に、ユリアンは冷めた目を向ける。

 

(こいつ結構短絡的な人間だな……目の前のことしか見えていないのか。まぁ経緯はどうあれ、確かに斬世たちが無力化してるのはチャンスだ)

 

 レスティアートに攻撃をしかけた時でさえ、ユリアンはアンヘルの傍から動いていなかった。

 そして今、手が届く距離まで、床上の雨合羽が近づいてきたところだった。

 

(今の斬世を倒すのは容易そうだけど……そっちに構ってたら、上のおっさんが追いついてくる。それでアンヘルを取られるのが一番マズイ。──撤退だ)

 

 瞬間、ユリアンは足元まで来ていた雨合羽の近くに、剣先を突き刺した。雨合羽……正確にはそれを被っているモノが、怯んだように軽く飛び上がる。

 

Tekele(テケリッ)

 

命令(オーダー)()()()()()()

 

 命じた途端、ぶるぶると雨合羽の中のソレが震えた。

 変化は一瞬。ユリアンの命令通り、その場に翼を広げ、巨大な黒竜が顕現した。

 

「!? これは──……」

 

「アンヘル乗って! 帰るよ!」

 

 呆気に取られるリーダーを引っ張り、ユリアンは竜の背にすばやく飛びつく。

 その直後。この空間の入口から、大量の天使兵が雪崩れ込んだ。

 

「ッ──! これは地上にいた……!」

 

「飛べッ! 落とされたら承知しないぞ!」

 

『グルァァァアア──!!』

 

「!!」

 

 黒竜が大きく翼を羽ばたかせ、跳躍する。

 その勢いのまま天井を突き破って、追随する天使たちを薙ぎ払いながら、ユリアンとアンヘルを乗せたドラゴンは教会を脱出していく。

 またドロティアもこの一瞬で離脱を選択した。竜の尻尾に引っかかった雨合羽を掴み、便乗する形でその場から姿を消していく。

 

 ──結果、残されたのは、

 

「お~い刈間~? 無事か? 生きてるかー?」

 

「……ドラゴン……天使……なんなんだよ、今日の実験はァ……」

 

「今の方たちは一体……あっ、下手に動いちゃ駄目ですよ! 無礼だけど素敵なひと!」

 

 合流した芒原鷹雅が見たのは、飛び去るドラゴンと、死んでるらしい聖女長と、やけに荒れ果てた空間と、その中で斬世を介抱するレスティアートだった。

 

「……終末は回避したが、なんか新しい問題が発生したなコレ?」

 

 遠い目になった彼の呟きは、誰の耳に入ることもなく風に消えた。

 

 




 いつもありがとうございます。

 記憶喪失、違う出会い方をした二人を疑似的に書けるネタなのでやりたかった展開でした。よろしくお願いします。

 感想やここすき、気軽にくれると嬉しいです。
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