境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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76 同日、過去を巡る

 帝国皇女、レスティアート・クルイロフ=カタストロフィの攻略条件。

 ──己の力を前に、怯まず、挫けず、恐れないこと。

 

 刈間斬世の攻略条件。

 ──運命の相手が、完全体の(ロリじゃない)状態であること。

 

 

     ◆

 

 

「────以上が、俺の知る限りのお前さんらの『現在』だ。呑み込めたか?」

 

「……実家が消し飛んで精霊士……」

 

「こッ、こっ…………恋人ッッッ…………!?!?!?」

 

 場所は、時永市の拠点だった。

 あれから聖女たちが拠点としていた界域は観測局によって封鎖された。その後、斬世を始めとした襲撃メンバーは、全員ここへ戻ってきていた。

 

 ……その身に起きた甚大な被害と共に。

 

「急場は凌げたけど……またとんでもない事態になったね。よー斬世。私だぞ。今何歳?」

 

 刈間斬世と中学生時代からの顔見知り、一影栄紗がそう言って片手を挙げる。

 しかし、今の斬世が返す目は冷ややかだった。

 

「一影……まだお前とつるんでんのか、俺は……」

 

「え~、親友への反応じゃなさすぎない?」

 

「勝手に魔獣の群れに突っ込んで俺に助けさせたり、マフィアの拠点に俺を突き落としたり、俺の武器を無断で売り払おうとしたような悪行は伝わっていないのか?」

 

 ──その場の空気が絶対零度に冷え切った。

 一影栄紗の人望株、大暴落である。

 

「……わ、若気の至りというやつで……」

 

「あと借金。俺に16万ぐらい借りてたよな。そっちは返してくれたのか?」

 

「あ、アレ~? それは斬世、忘れたんじゃあ……?」

 

「フン、家の実験の副作用でか。生憎だが今の俺は憶えてるよ」

 

 その時、後ろから栄紗の左肩を掴む人物がいた。眼鏡レンズを光らせた人物──榊である。

 

「まさか我が組織に無法者の疑いがある人物がいるとはな……指揮官、残念だよ」

 

「バイトの分際で法官を気取るかメガネッ!? 時効だ時効!!」

 

「栄紗ちゃ~ん、それは駄目だよ。友達を大事にしない人間に世界救う資格ないよ」

 

 更にそこへ、意外にも据わった目の黄泉坂古今も加わった。

 そこに笑顔はない。有無を言わさぬ無表情。普段の明るさとの落差もあってか、榊よりも威圧感がある。

 

「いやっ、ちょっ……待ってよ。この二人、根は常識人か!? 私の天敵じゃないかッ!!」

 

自己弁護(イイワケ)は向こうで聞かせてもらおう。少なくとも貴様が今の刈間に関わるべきでないのは明らかだ」

 

 ずるずると引きずられるようにして栄紗が二人の尋問官に連行されていく。

 バタンと別室の扉が閉まると、残るのは斬世、レスティアート、芒原の三人だ。

 

「有識者は逆効果か……後できるのは観測局で記憶関係の精霊に頼むかだが、いや、別に記憶が弄られたワケじゃねぇから管轄外か。精神ショック受けたようなモンだからな。大精霊アストラルと相対して、精神が保ってること自体が奇跡だ。ならもう、お前ら自身で思い出してもらうしかねぇ。──刈間、そこの嬢ちゃんを見て、なんか思うこととかねぇのか?」

 

 芒原の言に、斬世の目が鋭くなる。

 

「なんかってなんだ。俺はロリコンじゃねぇぞ」

 

「えー……けどお前ら、相当な仲だったぞ? 常時バカップル状態っつーか」

 

「ば、ばかっぷる!?」

 

 可愛らしい悲鳴をあげたのはレスティアートだ。

 というかさっきから、チラチラと斬世の方を見やっていたのに芒原は気付いている。

 しかしそんな期待を裏切るように、

 

「……この(ナリ)だから仕方ねぇかもしれねぇけどよ。俺の認識上、今の俺は十四そこらだ。こんなガキを好む理由はねーよ」

 

「がッ……!?」

 

「そうかぁ……? だったら十六のお前が嬢ちゃんに惚れ込んだのは、どういう理由(ワケ)だ?」

 

「知るかよ。家の実験で狂ったんじゃねぇの」

 

 しかしなぁ、と芒原は思案するように顎に手をやる。

 

「年齢は違えど、同一人物なのは確かだろ。感情面で心当たりがないって言うなら……率直に、好みか好みじゃないかで言えばどうなんだよ?」

 

「!」

 

 ぴく、とレスティアートが注意深い表情で斬世を見やる。

 対する斬世は、じーっとしばらく彼女を見つめ。

 

「まぁ……アレだろ。俺みたいなのに好かれるのは可哀想だろ。つまりナシだ」

 

「普通に『めっちゃタイプ』って聞こえるが」

 

「曲解すんな。つかなんで知らねぇおっさんと恋バナさせられてんだよ!」

 

「今のお前らは普通に人類側の重要戦力だからだよ」

 

 ──即答された物々しい言葉に、斬世は黙り込む。

 芒原は先ほどから、からかう意図は含んでいない。真面目な話だ。

 

()()()()()()で互いを信頼できなくなるってんなら、刈間はここで戦線離脱だ。ただし、お嬢ちゃんには協力してもらうがな。今回ので大精霊に対抗できるってのがはっきりしたワケだし」

 

「俺に異存はねぇよ。で? 契約でもなんでも、解除すればいいのか?」

 

「だ、駄目です!」

 

 咄嗟にレスティアートが叫んだ。

 すぐにハッと息を呑む。

 

「あっ……その……言いにくいんですけど、契約解除は、しない方がいいかと……」

 

「はぁ?」

 

 理解できない、という斬世の顔。

 それにレスティアートは知らず、胸の奥に痛みを覚えるが、構うことなく続ける。

 

「わ、『私』の意図は分からないんですが……その、なんというかこう、下手に解除すると、私自身がかけた呪い的なアレが発動しかねないかなー、的な!!」

 

 身振り手振りが出始めた説明に、お、おう、と引き気味になるのは芒原だ。

 

「自分自身さえ縛る契約、って感じか……? 束縛強いな……」

 

 束縛、と聞いてますますレスティアートの顔は赤みを帯びる。

 ……彼女にしてはどこか曖昧な説明だったが、それも記憶喪失の影響だろう、と芒原は暗黙の内に結論づける。乙女心ほど考えても仕方のないものはない。

 

 一方で──レスティアート自身の思考内は困惑に満ちていた。

 

(……私と彼の契約が、互いの生命にもリンクしてることを外部に明かしていない……明確な弱点だからでしょうか。確かに、知る人数は最小限であるべきですが……)

 

 一心同体は文字通り。

 片方が死ねばもう片方も後を追う──この致命的な弱点を、隠し通している。

 それを察したレスティアートは、あえて遠まわし気味な説明にならざるを得なかった。

 

「なぁ」

 

 斬世が言った。

 

「帰る前に……実家を見に行っていいか? 一応、実物を確認したくてな」

 

「ん? だがもう何も残ってないと思うぞ?」

 

「実感がないんだよ。それに、そういう関わりの深い場所に行けば、記憶も戻るかもしれねぇだろ?」

 

 なにはともあれ、動かないことにはトラブルの解決は見込めない。

 斬世の要望に、芒原が頷くまでそう時間はかからなかった。

 

 

     ◆

 

 

 よく知っている街を歩く。

 それだけのはずなのに、感じる空気はまるで違った。

 

 憶えている昨日より、ずっと頭が冴えているからか。

 頭痛がまったくなくて、訳の分からない苛立ちもない。

 身体が軽い。

 自分の中身は存外、空っぽだったのかもしれない──とも、思うが。

 

「……あの、ちょっと歩くのが速くないですか」

 

「そっちが勝手についてきてるだけだろ」

 

「私は! 貴方の契約精霊だからです! ……それに危ないところを助けていただきましたし? あと本来の『今の』私を尊重して、貴方からは離れないというだけですっ。つまり、貴方のためではなく私のためですから。ええ」

 

「……これが伝説の英雄ねぇ……」

 

「なにか文句がおありでも?」

 

「別に。ただ、初対面の相手にカミナリ落としてくるよーな奴なんだなと」

 

「……あれは、私の不注意でした。すみません」

 

 …………そこで素直に謝られると調子が狂う。

 なにぶん、一向に自分の非を認めようとしない天才(カス)しか知り合いにいなかったのだ。

 いきなりこんな、品があって、敬語で、お淑やかで、なんか全体的に綺麗すぎる幼女とか、さっきから心臓に悪い。

 

 なんで、俺はこうしてスタスタと前を歩き、後ろから聞こえる、やけに可愛らしい声の主に背を向け続けている。

 

 隣に並んで歩くなど出来るワケがない。

 出来る奴はアレだ、心臓に毛が生えているに違いない。

 

「……あの。よく『実験』と口にしていましたが、あれはどういう?」

 

「…………、」

 

「あっ、あの……いえ、言いたくないことなら良いんです」

 

 違う。

 俺が黙ったのは、単に、あんな家の話をこいつの耳に入れたくないからだ。

 

 破壊の英雄精霊レスティアート。

 人類を守り、救った救世主が知るようなことじゃない。

 

「……お、怒ってますか?」

 

「違う。なんて言えばいいか分からないだけだ。それとも、他人の拷問話とか聞いて楽しくなるタイプか?」

 

「そ、そういうわけでは……私も記憶を失くしている以上、互いのことを話してみるのも、何か取っ掛かりにならないかなー、と……思ったまでで……」

 

 なるほど合理的だ。

 それなら、まあ……本来の俺たちも、どうせ知っていることだろうし、語ったところで別にいいのか。

 

「……俺の家は研究狂いの一家なんだよ。裏でこの街を牛耳って、人身売買やら人体実験、なんでもござれだ。俺の本当の両親は早々に俺を残して蒸発。血の繋がった身内は、知る限り爺だけだったな」

 

「──、……ご両親が、そんな……」

 

「いや、別にそれで親が幸せならいいんだよ。……実験はクソだが、それだって俺が耐えればいいだけだ。データは役に立つ。死んだって悲しむ奴もいないしな」

 

 実験は痛くて辛い。薬の時は気が狂う。

 だが無駄にプロフェッショナルで洗練された連中は、実験体の限界を見極めていた。数日で復調するように調整していたし、そしたらまた実験だ。後遺症らしいのが髪と目の色だけだった、ってのも奴らの腕前の凄まじさのお陰だろう。くたばりやがれ──いやもういないんだったか。

 

「後は魔獣だな。この街……随分と霧が晴れたんだな。そこらから魔獣が飛び出してくるのが当たり前だったんだが、まぁそれで俺も戦ったりしてる。剣だけは扱いやすくてな。思えば、その才能があったから連中にも殺されずに済んでたのかもな」

 

 剣の才能があったから。

 死なないように実験されたし、何度も界域に放り込まれて死にかけた。

 

「復讐は……恨みは、ないんですか」

 

「そんな様子を見せたら殺されるだろ」

 

「……!」

 

「だから従順に徹したよ。心が折れて言いなりになってるように努めた。ああ、薬で頭やられてる時はどうにもならなかったけどな。けどまぁ──」

 

 そこで目的地に辿り着いた。

 ずっと歩いてきた歩道から外れて、更に森の茂った奥へ続く道を真っすぐに。

 

 ──そこに、見慣れた洋館はなかった。

 

 空っぽ。

 

 話に聞いていたクレーターもない。家の痕跡も跡形もなく、そこには整地された平坦な大地が、ぽつんとあった。

 

「……結局、なにも為せず、か。最後まであいつらにとっちゃ俺は犬だったな。そこは悔しいが……ま、なくなっちまったモンにどうこう言ってもしゃあねぇか。うん。いやーマジでなくなってるな。ハハ、すげーわ……あー、なんか献花とか持ってくるべきだったか? いやそれも変な話だよな…………」

 

 なにも無い。

 なにも残ってない。

 こうして現実を目の当たりにすると、本当に記憶喪失なのだという実感がわいてくる。

 

 忘れてんなよ、こんな衝撃的光景をよ。

 

「……こんなんあっても俺、生きてんのかよ。意外と図太いな……」

 

 まずはそこに驚きたいところだ。

 地獄の象徴が消えて清々しい、より、自分を占めていたもんがなくなった虚無感がある。

 どうやって生きてるんだ、今の俺?

 

「?」

 

 くいっ、とそこで左腕の裾を引っ張られた。

 例の幼女……レスティアートだ。指ほっそ。手も小っちゃ。

 

「……貴方の家を()()したのは、私です。なにか、その、抗議の類があれば、聞きますが!」

 

 ……どうやらこいつも情緒の置き所が分からなくなってるらしい。

 これで俺ん家が普通だったら、こいつに対して復讐だの仇だのって話になると思うが……普通に邪悪なマッドホームだからなぁ。

 

「そう言われると、特に思いつかねぇな……」

 

「……うう」

 

「ま……実態は見れたし、ここはもういいや。次は……ああそうだ、まだあの駄菓子屋あるかな……」

 

「ダガシヤ?」

 

「行きつけの場所。行こうぜ」

 

 踵を返してそこを後にする。

 二度と戻らないだろうそこに背を向ける。

 

 我ながら足取りは軽かった。

 未練というものを、あまり感じない。

 

(……こいつがいるからか?)

 

 ちゃっかり隣を歩いている白髪の幼女に目を向ける。

 駄菓子屋に行ってどんな反応をするのか、期待している自分がどこかにいた。

 

 




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 果たしてどっちの攻略難易度の方が高いのやら
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