俺は呆然としていた。
なにやらレスティアートが意を決して発したらしいその言葉が、やはり、よく分からなかったからだ。
「あー……そうなの?」
「反応が薄すぎませんかッ!?!?」
信じられない! と言いたいばかりに衝撃を受けるポーズをするレスティアート。
そっちがさっきからリアクションがオーバーすぎる気がするんだが……
「物理的なフュージョン? ってつまりなんだ? 握手するとか?」
「こ、こぉの楽観的な……! そんなので済むわけないでしょう!? お互いの魂……存在の深層領域にアクセスして、記憶を復元するんですよ!? もっと深い接続法が必要なんですっ!」
「深い……? じゃあ、アレか。キスとか?」
「キスで済んだら苦労しないんですよ──ッ!!」
ぎゃあー!! ともう叫ぶばかりの英雄幼女。
キス以上か、それ以外で難易度の高い接触方法……? ──まさか。
「……どっちかを食う、的な?」
「ちょっとは近づいた感じしますがいくらなんでも鈍すぎるでしょう!? あと私、別に食人なんてしませんッ! あ、あるでしょう……恋人には……
「────?」
ダメだ。さっぱり分からない。
恋愛事だって、そんな詳しいわけじゃない。ましてや恋人同士がするようなこと……?
「……んもぅ! つ、つまり──その、アレです!
「……? つまり、なんなんだ? どういう意味を持つんだそれ」
「──────────」
レスティアートが動かなくなった。
髪だけじゃなく目もまっ白にして、石化したようになっている。どうした。
返答がなくなったのでひとまず食事を続ける。この肉じゃがうめぇぞ。
「(……ぃ、いや……まさかそんな……で、ですが確かに今の彼の精神は十四歳……! いやいやそれでも! 実験体なんていう異常な環境育ちでも、教育機関には通っていたハズ……! それに思春期全盛期ともいえる年齢で、まったく知らないなんてコト──!)」
なにやら口を押さえながらぶつぶつ言い始めている。
彼女の皿の方を見れば、あんだけ喋ったり叫んだりしていたのに完食済みだった。俺も食い終わったので、まとめて水場にさげることにする。
「(まさか、記憶喪失の範囲……? そういえばこの人、起きた時に私の上にいて……庇っていた? その分、知識側の記憶も少し消えてっ……?)」
皿洗いを始めてもまだレスティアートは独り言を呟いている。
随分と考え込んでいるようだ。少し放っておくことにする。
「(じゃっ、じゃあ、私、ぜんぶ教えなきゃいけないこと……!? 無知シチュエーション!? こ、これ、見た目的には普通逆じゃないですか! 王族って、そういうの分からされるのが鉄板でしょう──!? くっ、動揺の隙を突いて、なし崩し的に及ぶ計画がッ……!!)」
独り言は微かに聞こえるが、その言語は何を言ってるか分からない。
外国語……か? 或いは、こいつの故郷である国の言語だろうか。とんでもなく早口で、まるで呪文のように聞こえる。
──そんなことを思っている内に、皿洗いが終わってしまった。さて、どう話しかけたものか。
「なぁ、」
「今ちょっと考えてるので話しかけないでくださいっ!!」
「はい」
猫みたいに威嚇された。
しょうがねぇので歯磨きにでも興じることにする。夜って寝る準備だけはかどるな。
……そういや、俺の携帯の解読とか進めるか。写真フォルダに随分と容量を割いているようだが、パスワードが不明だ。直球で名前とかか? レスティアート……の綴りはなんだ?
レスティアート。
RESTART……
「……チッ、開かねぇ」
名前入力だけじゃないのか?
携帯片手に、歯ブラシを動かしながら推理する。自分が仕掛けた謎の解除だ、かなりやる気が出てくる。
「“レスティアートラブ”……違う。“愛”、違う。恋人……? 言い換え検索。ディア……“Dearest”? 最愛……これか! 違ぇ……あ~? なんなんだこれ……」
ディアレスト……舌に馴染みのある発音だったので入れてみたが、弾かれた。
俺のことだからやたら凝ったパスは設定しないはずだ……忘れるからな! なのでここは直球系と見ていい。解りやすいやつ……文章系か?
歯磨きも終わっちまって、リビングに戻る道で文章を組み立てる。
レスティアート……はたぶん入ってる。人名は使うだろう。身近な相手なら忘れにくいし。
となると……
「……“Restiart is My Dearest”?」
あ、開いた。
……我ながらなんつー文言をパスワードにしてんだよ。恥ずかしい。
「さーて中身は……」
幼女祭りだった。
……うん。自分でも妙な単語を生成したと思う。だがそうとしかいえないのだ。
映る幼女幼女幼女幼女幼女! ロリの情報祭典が洪水を起こしている。ロリコンも重症化するとこうなってしまうのだろうか? 己の将来を殺したくなってくる。写真一覧が真っ白だし。しかもフォルダがやたらと細分化されて保存されている。偶然撮れたものから、ポーズを決めさせて撮ったらしきものまで全部分けられている。怖い。自分が気持ち悪い。
「……記憶を取り戻さない内に焼き捨てた方がいいか? これ……?」
──あっ、なんか「アナログ保存済」とかいう不穏極まるフォルダ名が出てきたぞ。
物理的にも証拠を残すか、俺よ。死ねよ。死んでくれよ。どこに隠してんだよざけんなよ!!
「……ん? “原初の美”?」
やけに気合いの入ったフォルダ名が目に留まる。
絵画の名前みてぇ。どうせ被写体は同じだろうが、目を通すだけ通しておく。
「────」
「それ」を一瞬見て、思わず目を逸らした。
画面を伏せる。
今、精神に起こりかけた感情全てを押し殺す。
「…………クッソ、そういう事かよ」
なんで俺があんなちんちくりんに惚れたのか分かった。
幼女は別に幼女じゃなかったのだ。そりゃそうだ。
「……まぁ……あんな子供らしからぬ物言いだしなぁ……」
そうか。
あいつ、同い年だったのか。
……俺だって歳の割にゃあ界域をうろついたり魔獣を狩ったりしてたが、こいつの伝承とは比べるべくもない活動範囲だ。
英雄レスティアートの伝説。
六歳で戦場に立たされ、独りぼっちで十年間、世界の命運を背負わされ続ける。
その最期は「行方不明」が定説だが、別の説もある。界域の最奥で「魔神」という大ボス相手に相討ちになったとか、国に帰ったものの処刑されたとか、そんなもんばっかだ。
実際には何者かに封印されて、俺の邪悪なる実家を吹っ飛ばしてくれたわけだが。
……はあ。
「……だからって伝説の続きもへったくれもねぇだろ、『一目惚れ』って……」
陳腐で杜撰な続編だ。
“色々あったけどとりあえず幸せになりました。めでたしめでたし”──を付け加えたような現実だ。
まるで彼女の最期に納得いかなかった「誰か」が、そうしたように。
……それで言えば、『俺』の役割も見えてくる。
ずばり、“不幸な目に遭い続けてきた姫の最後に出てくるポッと出の王子役”だ。……添え物にしちゃあ、ポジション良すぎるだろ。
「だが英雄が復活したってことは……世界の危機か。あのおっさんもアストラルがどうのって言ってたしな……いやなんで大精霊で世界の危機なんだよ? おかしいだろ。帝国の守護精霊だろ……」
ぼやくが、考えてみれば俺たちの現状もアストラルのせいだ。
一瞬、対峙しただけでこの有様──となるとやはり、
「やっぱ記憶取り戻すのが先決か……」
レスティアートが言っていた方法がなんなのか分からんが、それに賭けるしかないか。
しかし……そうなると不可解が深まるのは、過去の俺からのメッセージだ。「手を出すな」? それこそどういう意味なんだ。
考えたって分からん。
「……おいレスティアート。さっき言ってた方法……って……、」
リビングへの扉を開けると、床の違和感に気付く。
空き缶だ。
空き缶がそこら中にごろごろ転がっている。一本、二本……いや五本以上は転がって──
「──ってぇ、オイ!? なにしてんだッ!?」
台所、冷蔵庫のすぐ近く!
その床上に座り込んでいる影があった。言うまでもない、レスティアートだ。そいつがなんか今、霊力回復の飲料を片っ端から飲み干してる──!?
「ごっきゅごっきゅごっきゅ……ふぅ、ふぅ、はあはぁ。ま、まだ四分の一も回復しないなんて……ぐぇぇ。この回復剤、美味しくなさすぎです……み、水の方がマシ……」
愚痴りつつも、再び缶を上向けて喉に流し込む白髪幼女。
絵面がなんかこう、アルコール中毒者のソレみたいになってんぞ!?
「ちょっと待て、よく分からんが無理すんな!? 大体なんで一気飲みしてんだよ!?」
「れ、霊力を回復させ……最低限の接触で、深層領域にアクセスするためです……契約の繋がりから辿って、アクセスすれば……き、キスだけで済むかもしれません、し……」
「お前の霊力回復って……それ、最大値は結構高いだろ。こんな缶、数十本飲んだところで完全回復までいけるのか?」
「い、いけなくとも……最低限まで回復できれば、後は適当に界域行って、魔獣を倒し続ければ、自前の回復術式を起動できますから……」
「それも何日かかるんだよ。っつか、今の俺は武装もねぇから魔獣も対応できないんだぞ」
「じゃっ、じゃあシてくれるんですか! 私にわけの分からないままめちゃくちゃにされても、いいっていうんですかあなた!!」
「ああもう、いいよ! 分ぁったから好きにしろ!! 煮るなり焼くなり勝手にすりゃいいさ!」
叫んだ。
この見ていられない愚行を前に、叫ばずにはいられなかった。だってどう考えても今の絵面、英雄が辿っていい苦行じゃない。俺の存在でそれが少しでも楽になるなら、契約者としてもその責は果たすべきだろう。
──と思っての発言だったのだが。
「……ほ、ほぅ……へぇ? い、いいんですか、好きにして……」
……なんか空気が不穏さを帯びてきた。
背筋の辺りがぞわりとする。──なんだ、この未知なる危機の予感は!?
「えと……ああ、男に二言はない……ぞ?」
咄嗟にどう返したものかと悩み、聞きかじっただけの諺を口にした。
使い方は間違ってないはずだ、たぶん。
そこでコトリと、レスティアートが持っていた缶を床に置いた。
白い影が立ち上がる。
「私の提案に『合意』したとみなします──いいですね?」
「いいって言ってるだろ。……で? 具体的にはどう──、」
──カクン、と不意に。
自分の右膝が折れた。跪くように。
「…………え?」
何が起こったか分からない。
「言ったでしょう、あなたと私の命はリンクしていると」
それはさっき聞いた。
俺は生命維持における全てを彼女に委ねきっており、それすなわち、こうした体の制御さえ──彼女は、やろうと思えば出来るのか。
「あなたを好きにしていいとは、つまり、こういうことですよ?」
ゆらり、とレスティアートが歩み寄ってくる。
前髪の隙間からその青い瞳が見える。それはどこか、どろりとした闇に染まっているようだった。
「軽々に全てを委ねてしまうなんて……本当に仕方のないひとですね♡」
真正面、俺のすぐ近くまで来たところで屈んだ彼女の両手が、こちらの頬を包み込む。
俺は、動けない。
動かないし、何か言葉を発することさえ、できなくなっていた。
「──んっ──♪」
口を塞がれる。柔い感触の次に、舌が入ってきて舐めとられる。
結局キスなのか、と思いつつ黙って受け入れていると、やがて呼吸が自由を得る。
「……やはり契約者から精力を得た方が圧倒的な効率ですね。しかし……これでも反応が淡泊なのはどうなんですか。何か言ってみてください。ほら、言論の自由ですよ」
言われた瞬間、発言の権利が戻ったらしい。
そうだな、と考える素振りをして、言った。
「……キスってこんなもんかぁ……みたいな?」
「全然響いてない!! 理性が鋼!? 私、女として自信なくしちゃうんですけど!」
「ところで疑問なんだが、気になってる程度の男にこんなことしていいのか?」
「……ぁ、う……さ、察してくださいよ、そこは!」
「生憎と察しが悪くてな」
「……ッッ!!」
幼女がぷるぷる震え、拳を握り始める。
別に殴ったっていいが、俺が言いたいのは──
「……契約者としての責任は取るって言っただろ。相応の手続きがあるなら、……応えるけど」
「!」
最後は尻すぼみになるどころか、目を逸らしてしまった。
……いやまぁだって、恋愛とか知らねぇし。知らないけども、恋人がそれらしい態度を取るなら……俺だって、何もしない甲斐性なしのつもりはない。
「……り、律儀な……人ですね……!」
「合理性と言えよ。『事実』に沿った対応で、『理論』に適った手段で、『成果』を得られる結果があるならそうするさ」
今の俺たちにあるのは、恋人という関係の事実と、記憶を復元できる理論だけだ。
結果が約束されていて、そこへ更に、たとえ表面上でも効率化できる工程があるのなら、拒む理由にはならないだろう。
「……機械みたいなことを言いますね。それにしては、人間味が隠せていませんけど」
ふっ、とそこで体の硬直が解ける。
右膝が痛いので、ひとまず楽な姿勢──左足だけ胡坐をかいて、右足を山に折り曲げる。それで出来上がった正面スペースに、ちょこんと小さいレスティアートが正座して収まった。
「……私と、永遠に生きてくれますか?」
「それが必要なことであれば」
「……私と、互いに愛を誓ってくれますか?」
「それが俺たちの
「……私、あなたのことが好きだったかもしれません」
「だったら、俺もお前のことを愛していたのかもな」
「あなたを愛したら、記憶が戻る気がするのです」
「それなら、俺もそれに協力しよう」
「……手」
レスティアートが左手を差し出した。
手を取れ、ということだと解釈して握ろうとすると、ある物に気が付いた。
「あ」
「な、なんですかっ。まだなにか条件でも!?」
「いや……見逃してた証拠品が」
「?」
俺も咄嗟に自分の左手を見やった。
その薬指には、彼女と同じ指輪がはまっていた。
「……あの、ちょっとこれは……」
「……言い逃れできねぇな……」
事実だけじゃなく証拠が出てきた。
今までなんで気付かなったのか。自分の一部だと互いに思い込んでいたのなら、それは。
「……恋人じゃなくて普通に夫婦だったんじゃ」
「ど、どちらでもそう変わりませんよ! とにかく……とにかく! いいんですね、もう! 二人で共同作業……しちゃっていいんですね!?」
「その具体性をまだ説明されてないんだが……」
呟くと、がばっとレスティアートが首に抱き着いてきた。
耳元で声が囁く。
「……実戦形式で、教えてあげます……」
──