境界剣士の最愛精霊《レスティアート》   作:時杜 境

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82 同日、奇妙な合流

 ループ3周目の8月8日。

 ──その日、日下部が巻き込まれるトラック事故は発生しなかった。

 

『こちら現場から中継です。昨夜未明、境黎市西区の路上において、「精霊の暴走事故」が観測されました。この事故によって、現場にいた男子高校生一名……情報入りました、日下部草紀さんが行方不明になっています。事故を引き起こしたとされる容疑者の足取りは掴めておらず、警察は情報提供を求め──』

 

「……おいおい」

 

 テレビをつけると流れていたのはそんなニュース。

 ループ事象の洗礼こと、初見殺しである。

 首を傾げているのはソファに座るレティだ。

 

「暴走事故……? 精霊が? どうして……?」

 

(もう村雨が動いた……?)

 

 日下部の拉致係といえば奴である。

 未だにどんな力を持っているかも判明していない、謎の女。

 精霊を故意に暴走させる……奴には精霊に干渉する術もあるというのか?

 

『らららーん♪ あなたにお届け♪ メールのお知らせ~』

 

「ふわぁあ!?」

 

 突然携帯が歌い出した。いや違う、レティ音声の着信音である。

 ……むーっとした顔でレティが見つめてくる。ホラーも吹き飛ぶその様子に癒されながら、俺は画面を見た。

 そういえば前回は、この辺りの時間で、学友の馬鹿から召集のメールが来たんだっけか。

 

『件名:おはようございます

 本文:日下部様からの要望により、先んじて明後日の必要物資をご自宅にお送りいたします。忘れずにお受け取りください。──如月悠楼』

 

「………………は?」

 

 それは、その、かなり、癒しも吹き飛ばされるくらいのホラーだった。

 二周目の俺はまだこの時点で、如月家に行ってすらいない。どころか、アストラルの撃退が明後日にあることも知らなかったはずだ。

 

「……日下部の、要望……?」

 

「? ディア、なにか頼んだんですか?」

 

 なにもしていない。

 俺はまだ、何もアクションを起こしていない。

 ……日下部……まさか、あいつはあれからもう何回とループしていて、その過程で俺側の事情も知った……のか?

 

 ……俺が8日から行動開始するのに対し、日下部の出発地点は“俺よりもっと前”であることは明らかだ。その間のラグで情報を掴んだ可能性が今は一番高い。

 

 繰り返しが全て同じ条件で始まるとは限らない。

 これが逆行者の作法というやつか……

 時間遡行RTA初心者として、身を引き締める。

 

 

     ◆

 

 

 ループ3周目──現在。

 8月11日、早朝。

 

「──そもそも日下部が8日の後、どこに連れていかれたのかが分からないんだよな」

 

 ターニングポイントとなる七時まで、あと三十分。

 俺はレティと日下部宅へ向かっていた。村雨の能力が未知数である以上、前回と同じく、レスティアートには姿を消してもらっている。

 

『お前の知っている「前回」にしろ今回にしろ、彼の辿るメインルートには村雨式実が関わっているのは共通している。オレも現場に急ぐが、充分に注意しろよ』

 

 ああ、と返答する先は、携帯で通話している向こうの榊だ。

 レティに俺が体験してきた記憶を伝えた後、まずは榊に連絡を取った。

 

 忘れそうな事実だが、今日はアストラルを撃退した翌日だ。

 今も観測局は大精霊の本格襲来に備えてピリピリしているだろうし、そっちと繋がりの深いだろう栄紗や芒原を巻き込むのはためらわれた。なので、

 

「……悪いな。なんとなく暇そうな人選でお前を巻き込んで」

 

『実際に暇だったから気にするな。それに刈間の状況は実に面白そうなので謝る必要はない』

 

「本当に良い性格してるぜ、お前」

 

 わざわざらしくもない軽口を叩いてくれるのは此方を思ってのことだろう。俺はこのループ中、あと何回榊に借りを作ってしまうんだろうか?

 

『しかし、刈間が逆行者という話で合点がいった。9日は拠点に来るなりオレに触媒を押し付けたり、教会跡ではユリアンを待ち伏せしたり……10日も、お前はこの後に何が起こるのか分かっているかのように落ち着いていた。オレは引っかかる程度の違和感だったが、一影は初めからお前の状態を分かっていたようだったぞ』

 

「ま、そうだろうな。人格は終わってるが、あいつは俺を一目見た時から状態を見抜いてたと思うぜ」

 

 天才、一影栄紗。

 あいつならループという状況まで看破していてもおかしくない。つくづく、今回は協力関係で良かったと思う。あいつのことを決して味方だとは言わないが。

 

「……アパートが見えた。一旦切るぞ」

 

『気を付けろよ』

 

 通話を切り、携帯を仕舞う。服装は夏制服の半袖シャツとズボンだ。制服は実戦を想定して造られているので、一番動きやすい格好がこれだったりする。

 警戒しながら、レティから認識阻害の援護を貰いつつ、アパートに近寄っていく。

 

『誰もいない……な』

 

『前回は、ここでループが起きたんですか?』

 

 アパート前まで来たが、そこに人影はない。

 やはり今日は前回と違うのか、それとも早く来すぎたか。なんにせよ、日下部と、恐らく村雨も、俺の知っている「前回」を知っているはずだ。なら、俺が来ることもわかっているはず……

 

 足音を立てないよう注意しつつ、鉄製の階段を数段飛ばしで駆け上がる。二階の西側、「二〇六号室」と書かれている表札のある扉の前まで来る。

 

『レティ、内部の気配は?』

 

『二人分の霊力反応がありますね。これは……クサカベさんと、もう一人……この気配は……?』

 

 彼の契約精霊だろうか? と思いつつ、ドアノブに手をかける、。

 インターホンを押そうとした時、

 

『!! 待ってください、思い出しました! この気配、あの黒い聖女のものです──!』

 

「!?」

 

 インターホンを押しかけた手が止まる。

 しかし、

 

『……クレア?』

 

 扉向こうから声が聞こえ、あっさりと開けられる。

 出てきた相手はもちろん日下部で、見下ろすこっちと目が合い、

 

「……えっ? う、うわっ、え!? 刈間斬世ッ!?」

 

「──よう」

 

 ちゃんと生きてんな、と彼の姿を認めつつ、俺は部屋の奥へ視線を投げる。

 それほど広くない一室。キッチンと冷蔵庫が通り道の左端に詰められ、廊下とも呼べない短い通路の先に、高さの低い四角テーブルや、一人分のベッドが見える。

 

 そしてテーブルを挟んだ奥には、

 

「あらあら、ご機嫌よう。お久しぶりですわね、剣士様?」

 

 黒い髪の女──ドロティアが座っていた。

 床に正座しながら、どこぞの女学院の制服らしきものを着ている。その姿だけ見れば、いいとこのお嬢様のようだ。

 

「その様子を見るに、記憶は回復されたようですわね? 一体どんな方法を用いたのでしょうか。わたくし、気になりますわぁ」

 

「おい……日下部、あの女とはどこで会った」

 

「えっ? いや俺、いつも聖召機関のアジトに拉致られてて……ドロティアさんにはそこで助けてもらってるというか……」

 

 いつもって言ったか今。

 敵の拠点を近所の事務所みたいに言ってんじゃねーよ。

 

「変わった御方だったもので、つい興味を惹かれてしまって♪ というかなんだか、このわたくしに対して妙に気安いというか、扱い方を分かられているような……ふふ、屈辱とも言い難い新感覚のお礼に、『助けて』差し上げたのです☆」

 

『毎回助けてんのかよこいつ』

 

『裏でそんなことがあったとは……』

 

 ……まぁなぜ日下部が無事なのかという謎の一つは解けた。

 問題は、今この場で合流しているという事実だが。

 

「って、そうじゃないだろ! なんで刈間がここに来るんだよ!?」

 

「巻き込んだのはお前だろ」

 

「えっ」

 

 その一言に日下部がしばし固まり、腕組みして考える素振りをし、それから改めて青ざめながら顔をあげ、此方へ近寄り小声で言った。

 

「(……お前が見た俺の前回の死因は?)」

 

「トドメ刺しちまったみたいで悪かったな」

 

「結構開きあるなぁ!? 26回くらい前だぞそれ!?」

 

 ──やはりこいつは先にループを重ねているのか。

 こうして「記憶を引き継いだ俺」が彼に合流できるタイミングは完全にランダムらしい。厄介だな。

 玄関に踏み込みつつ、ドロティアを睨む。

 

「単刀直入に訊く。──村雨式実について、どこまで知っている?」

 

「あら。これはまた意外な名前が出てきましたわね?」

 

 村雨は元々、聖召機関の人間だったと聞いている。

 ならばこいつとも顔見知りではと思ったのだが、当たりのようだ。

 

「しかしどこまで、と言われましても、わたくしは仕事柄、組織の思惑の多くは存じません。彼女のことも、『昔からの賓客』、という程度の認識です。──知っていることといえば、絵空事のような噂一つくらいですわ♪」

 

「噂?」

 

 ええ、とどうでもいい世間話の調子でドロティアは続けた。

 

「彼女は神秘の信奉者……俗に言う、『魔法使い』だとか」

 

「「魔法使い??」」

 

 日下部と共に、素っ頓狂な声をあげてしまった。

 思いも寄らないジャンルというか……一気にファンタジー感が増した。なんだそれ。

 

「あぁでも、より分かりやすい俗称もありますのよ。そちらの方が、貴方がた精霊士には呑みこみやすいかと」

 

 やけにもったいぶって、奴はその名称を口にする。

 精霊士。異界からやってくる魔獣、界域と戦う俺たちにとって、一発で村雨が「敵」だと解る、その呼び名を。

 

 

「──()()()()、というやつです♪」

 

 

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