「刈間もドロティアさんと知り合いなのか?」
立ち話もなんだから、と日下部に言われ、俺は部屋の中に通されていた。
四角テーブルを挟み、入り口側に俺、正面にドロティア、左手側面に日下部、の位置関係だ。敷かれた座布団に胡坐をかいて座り、俺は警戒を解かないまま日下部に視線を向ける。
「知り合いの敵だ。気を付けろよ、こいつ邪精霊と契約して人間に猛毒ブチ込んでくるからな」
「え」
「それを食らっていながら、未だ存命中である貴方様も信じがたい存在ですが……そういえば、御自慢の姫君はいらっしゃらないのですか?」
「わざわざ訊くようなことか?」
「??」
話についていけてなさそうな日下部を横目に、ドロティアは微笑みを保つばかりだ。
というか、動揺を見せないために、それしかできないんだろう。
奴の背後。俺の視界では、そこには杖を構え、威圧しながら佇むレスティアートの影が見えるのだから。
ごごごごご、なんて効果音が聞こえてきそうな圧だ。
ドロティアがなにか下手なことを口走ったり、戦意を見せたが最後、ここには天変地異並の落雷が落ちるだろう。日下部の家なので、出来ればそんな事態は避けたいもんだが。
「つーかお前、あそこからどうやってここまで来たんだよ。庭園の奴らに便乗して逃げたんじゃなかったのか?」
「ああ……あの蛮族たちですか。界域を離脱したところで気取られまして、あのクソガ……可愛らしいお子様に振り落とされてしまいましてね? ねぇ剣士様、今度あのお子様に出会うことがあれば、その剣技で叩きのめしておいてくれませんか?」
「へぇ、やるじゃねーかユリアン。飯でも奢ってやろうかな」
「ああ嘆かわしい……なんて嘆かわしい……同類の絆、男のユウジョウ、すべからくシスベシ!!」
あいつとは実は特に友情とかゼロなのだが黙っておく。
俺が一方的に期待してるだけであって。
「あのー……それで結局、村雨って人について、他に情報はないのか? ドロティアさん」
「あらあら、か弱いくせに強欲な日下部様ですね♪ 全てを持ち得ながら傲岸不遜な剣士様とは大違いで」
「黒聖女。俺は別にここから惚気演説を繰り出してもいいんだぜ?」
「結構ですわ!!」
顔面蒼白になったドロティアが叫ぶ。凄まじいまでのアレルギー反応だ。愛の力、やはり全方位への最終兵器なのか。
「──というか、わたくし……お腹がすきました」
「「は?」」
「お忘れですか? わたくし、過酷な逃亡生活の後なんですよ。それともまさか、貴重な貴重な情報をタダで喋り尽くすとでも?」
ドロティアの背後の圧が強まった。レティの威圧だ。
「……その前に、お前が消し炭になると思うけど……」
「フッ。まさかまさか、空腹も満たせぬ相手を問答無用で消し飛ばすのが英雄様の在り方ですので?」
グウ、となんか鳴った。
発生源は日下部だ。
「……おいお前」
「あー、いや実はあのぅ……俺もこっち帰ってきてから、疲れて睡眠しかしてないというか……ぶっちゃけ、冷蔵庫がもうガラガラというかだね……」
「……、」
試しに、試しに俺は腰をあげ、冷蔵庫を確認しに行った。
なるほど絶望的なまでのラインナップだ。だがまだ打てる手はある。
「……おい。なんか作ってやるから、そいつから情報を引き出しとけ」
「え!? か、刈間、料理スキルあんの!?」
「馬鹿野郎、彼女いる男は料理できるんだよ」
「そうなの!?」
適当なことを言いつつ、冷蔵庫から材料を引き出す。
卵と……米はレトルトでいいか。後は肉……ハムしかないな。野菜は二人分にはちと足りねぇが、まぁモノが成立すればいい。
『あっ、お、お手伝いをっ』
『レティはそこの危険人物を監視しといてくれ……』
あわわわ、と迷う気配がレティからするが、今ドロティアを牽制できるのはレスティアートだけだ。申し訳ないが、情報源の機嫌取りと牽制を両立せにゃならん。
フライパンを準備し始めたところで、テーブルの方から声が聞こえる。
「で、えーと、村雨が魔法使いで……異世界人……って?」
「そのままの意味ですわ」
異世界人伝説、というものはなくもない。
というか精霊自体が「異界」だという
……その実在が証明されたことは、一度もないが。
「証明不能の存在。都市伝説上のものですね。過去には、敵国の民を『異世界人』だとか、『異世界人の子孫』だとかというレッテルを張って、大虐殺に及んだ国もあったとか……あぁ怖い怖い、犠牲になられた尊き歴史の弱者たちに、わたくしが祈りを捧げましょう……」
などと言って両指を組み始める、邪悪系聖女。
“弱者を助ける”という信念は本物のようだが、どうにも歪んだものが見え隠れしている。
「村雨が異世界人……それなら納得できることもあるかな。あいつ、人の精霊の契約を奪って手駒にしてたんだ。あれも魔法ってやつだったのかな」
「!? なんだそれ!?」
今、日下部から恐ろしい情報がもたらされたぞ!?
契約を奪う……奪う!? 考えるだけでおぞましいぞ!?
『……私との契約で命を繋いでいるディアとは、致命的な相性ですね……?』
即死攻撃にも程がある。
だがそれなら前回、それを使わなかったのは……「挨拶」だったからか? 無闇に手の内をさらす相手ではない、ということか。実際、俺たちの攻撃を歪ませた現象も未だに不明だしな……
慎重で狡猾。
考えるだけで厄介な相手だ。
「……精霊との契約には相性がつき物。契約者側にも才能が不可欠。彼女はそのルールを無視して、契約を奪っていたと?」
「うーん、詳しいことまでは俺も解らないけど……あ、でも流石に時間軸を超えて奪取することはできないっぽいんだ。ループしたら、その都度、契約を奪う必要があるみたいなんだよね」
「……安心材料みたいに言ってんじゃねぇぞ。お前、どれだけ……」
「?」
──
敵の情報を前提知識として語る日下部の態度は、ゲームで言ゃあ周回プレイヤーと同じだ。
そしてその感覚はおそらく自分の死でさえも──
「……それが本当ならデタラメな力をお持ちなようで。というか日下部様? 村雨式実とは顔見知りで?」
「うん。6回くらい殺されたりした仲だよ。ここ最近はよく会ってて……真っ先に突っかかったクレアがそのまま持ってかれてる。攻略の糸口が掴めなくて参ってるんだよ」
「──あ?」
おい待てこいつさらっと何言った?
「……自分の契約精霊奪われてんのかお前?」
そういえばこの部屋には、ドロティアの契約精霊以外の気配がない。
ここに来た時から。
既に、日下部を守る相棒は消えている。
「一部の証言が意味不明ですが……なるほど、道理で教会で『わたくししか頼る当てがない』などとおっしゃって……あまりの弱者根性に、わたくしの聖女としての慈悲の心が煽られてしまうのも無理からぬことでしたねぇ」
「ドロティアさんにはいつも助けられてるよ。大したお礼もできないのが心苦しいけど……」
「あらあら、気にする必要はありませんわ。助けた方から更になにかを取り立てる趣味はありませんもの。ですがどうするのです? 奪われた契約精霊というのは、戻ってくるものなのですか?」
「それなんだよね。どうにかしたいけど、クレアの居場所も、村雨の目的も分からないし……とりあえず、できるだけ情報を集めて、詰んだらやり直してる。それで毎回クレアにも警告してるんだけど、あいつ全然言うこと聞かなくて……」
「──おい」
聞いてられなくなって料理の手を止めた。
日下部の方に振り返る。そして言葉を放つ前に、
「おたまッ!?」
かぁーん! と小気味良い快音が響いた。
お玉杓子でその脳天をブン殴ったのだ。日下部が悲鳴をあげ、頭の上でヒヨコを回す。
「ボケ! 馬鹿! ボケ!! 自分の相棒
「──ぁ──」
俺が日下部の立場だったら即刻自決モンである。
その場合はレティも道連れ心中となるが、それはそれだ。彼女を奪われるなんて失態を犯した時点で、俺はもはやレティと共にいる資格はない。
死に際をどうするかという議論と結論は二人でもう出している。
心中ENDも視野の内だ。
「嘘でも建前でもやり過ぎでもなんでもいいから、お前はまず『なんとしてでも契約精霊を従わせる』必要があったんだ。村雨云々の対策なんてその後だ、後。スタート地点からやり直せ、クソボケ精霊士」
既に八千回超をやり直してるらしい日下部に言うには、非常に心苦しい言葉だが──いや別に関係ねぇわ。自分の女とられるボケ野郎に人権なんかねぇんだよ。
「………………」
「まぁまぁ、ただでさえ疲弊しているところに暴力沙汰なんて……野蛮な方ですねぇ、刈間様は。大丈夫ですか? 日下部様?」
「あ……いや、うん……正面から人に怒られたのなんて初めてで……うん……でも、刈間の言う通りだ。何やってたんだ、俺……」
「あら、人がよう出来ていることで。今の、普通に殴り返しても良い場面でしたが?」
そんな日下部とドロティアの会話を背後に回しつつ、作業を再開する。
ちょっと頭が冷えてきて、「説教とかダセェな……」とか思っていない。この問題は自己追及すべきではない。とっととやるべき事をやる。
フライパンに材料を入れる。
火をかける。
良い匂いが静寂の部屋に満ちていく……
「……凹むなぁ!! とっとと話続けろォ!」
「ひぃい! ご、ごめんごめん!!」
気まずい沈黙でやり過ごしかけようとした気配に渇を入れる。
時間が貴重だという状況が分からないのか。いや誰よりも解っているハズだ。だが、日下部には「やり直せるから」という甘えが染み付いている。RTA走者の風上にも置けねぇ。
ちゃっちゃっとフライパンに卵をといてライスをぶち込む。それを二人分だ。
そもそもなんで俺はこんな面子でこんな状況でこいつらの飯を作ってるんだろうか? 正気に返りそうになったが忘れることにした。終わりだ終わり! 完成完成!
「そら出来たぞ! 食え、そして洗いざらい吐け!!」
二皿のオムライスを連中の陣取るテーブルに提出する。
ケチャップはお好みで。
「まるで取り調べのような野蛮さで……あら、美味しい」
「えっ、なにこれめちゃくちゃウマ……本当に俺んちの冷蔵庫の中身使った??」
『おむらいす……』
『我が家には既にチキンライスの用意があります』
『……!!』
念話でレティに夕飯予報をしておく。地上最高の旦那を目指す俺に抜かりはない。
もぐもぐと食事を始めた二人を横に、さて俺からはどんな質問を──と考えた所で。
──ピンポーン。
インターホンの音が部屋に響いた。