ようこそ、逸般人たちのいる教室へ   作:山上真

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09_龍園翔:01

 朝のホームルームで支配宣言をした日の旧校舎屋上。血気に逸ったクラスメイト達が三人、俺の前に立ち塞がっていた。

 即座に――と言っても、数時間の開きが出ているが、そればかりは仕方ない。当日中なので、『即座』とカウントしても構うまい。――動きを見せた分、こいつらはクラスの中でも見所がある。何だかんだ、思ったことを行動に移せる意思を持っていることなのだから。

 この世の中、如何に頭が良くても、脳内で思い描くだけで行動に移せない奴は何人もいる。それに比べれば遥かにマシだ。

 

「石崎大地、山田アルベルト、そして伊吹澪か。……ハッ、坂柳や椎名には劣るものの、それでも当日中に噛みついてきたことは確かだ。その点だけでも、他の奴らよりは見所があると認めてやるよ。行動に移す、ってのは、それだけで一つの強さだからな」

 

 そしてそのことを、ハッキリと言ってやった。

 まあ、それは良いんだ。問題なのは、この場に緋勇と軽井沢までいることだ。朝の時点で、こいつらは何も反論しなかった。坂柳に巻き込まれただけかもしれないが、異論は無い、と暗に示しているのだ。だというのに、今ここにいる。今更反論がある、というのでは筋が通らない。連座して、坂柳に対する評価まで下げなくてはならなくなってしまう。正直言ってそれは困るが、俺の立場としては無視してもいられない。答えるかどうかはともかく、思惑は訊かなければならない。

 

「だが、解せねえのはお前らまでいることだ。なあ、緋勇に軽井沢」

「尤もな疑問だな。まあ、俺たちのことは『お目付け役』とでも思ってくれればいい。或いは、素直に『監視員』か」

「龍園君の行為を、私たちは否定しない。世の中には『拳で語る』って言葉もある。万言を費やして説得するより、直にぶつかり合った方が遥かにスムーズに進む場合だってあるからね。

 今この場にいるってことは、少なくともこの三人は、黙って龍園君に従うことを是としないってことであり、言葉でのやり取りで済ます気も無いってことでしょ。……ここには監視カメラもないからね。言葉で語り合うには打ってつけの場所だ。

 ただ、だからと言ってエスカレートされ過ぎても困る。体罰も制裁も、行き過ぎれば『イジメ』に早変わりする。そして私は、『イジメ』を許容出来ない。する気が無い。……かつてはイジメを受けていた身だからね。実行者にはやり返したけど、それはそれ。イジメという行為自体を、私は憎悪している」

 

 二人の言うことは、尤もと言えば尤もだった。クラスメートというだけで、互いのこともよく知らねえのは事実だ。朝の俺の言葉から、その行動を察してもおかしくはねえし、エスカレートするのを危惧しても、これまた不思議はねえ。

 まあ、軽井沢の方は多分に私情が入っているみたいだが、それはそれで悪くない。ともすれば『弱み』にもなりかねないが、見方を変えれば、『信念』を持っている、ということでもある。そして信念を持っている奴は――強い。そこに性差は関係ない。

 

「……なるほど、ご苦労なこった。まあ、なら思う存分、その務めを果たしてくれ」

 

 軽く頷き、緋勇と軽井沢に関しては気にしないことにする。元より、こちらでもやり過ぎないように気を付けるつもりではあったのだが、加減をし過ぎれば甘く見られるのも道理だ。それは旨くない。である以上、やりすぎてしまう恐れは常にある。それを防いでくれると言うのだから、素直にありがたいというものだ。

 

「そういうわけだ。三人共、俺がクラスを支配するのが気に食わねえんだろ。一人ずつでも三人同時でもいいからかかってきな。この後に及んでしらけることに違いはねえが、何なら言葉での勝負だって構わねえぜ」

 

 そして、三人を挑発する。紛れもない本心だ。こいつら相手であれば、三対一でも負ける気はない。伊達に長年武術を学んでいるわけではないのだ。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 俺が武術を学ぶこととなった元々のきっかけは、小学校の遠足だろう。蛇が現れたとき、引率の大人もクラスメイトも恐れる中、平然と蛇を殺したのだ。

 同時、初めて相手を屈服させる快感を覚えた。

 まあ、そんな俺に対し、周囲が異質に思うのは道理だ。そしてそれは、両親や教師も変わらなかった。むしろ、身近な大人なればこそ、どうにか矯正させようとしたのだろう。その結果が、武術を学ぶことだった。健全な精神は健全な肉体に宿る、とかいうアレだ。……ともすれば、俺の攻撃性を発散させる目的もあったのかもしれないが。

 両親や教師にとって誤算だったのは、そこらの武道教室では俺が乗り気にならなかったことだ。武道自体には興味があったのだが、如何せん、教師が受け付けられなかった。そんなでは、言うことを聞く気になどなれない。反発に次ぐ反発。問題児として武道教室に招き入れられた俺は、結局、問題児として追い出された。

 それが何回か続いた頃、一人の男と出会った。それが俺の師だ。

 当時の俺は、その界隈でそこそこ有名になっていたらしい。そして興味を惹かれ、じかに見に来た、という話だった。結果、何を気に入ったのか、俺を弟子にする、と言い出した。

 まあ、当時の俺にとってはどうでもよかった。繰り返しに次ぐ繰り返しで、期待など持てる筈がなかった。むしろ、諦観の方が先に来ていただろう。

 その男が他と違ったのは、環境からガラリと変えてしまったことだった。上手いこと両親と教師を説得してみせ、男の故郷まで俺を引き連れていったのだ。その場所を言葉にするなら、どこぞの山中の隠れ里、と言い表すのが正解だろう。実際に隠れ住んでいるわけではなかったが、村の成り立ちとしては合っているらしい。

 そんなわけで、連れてかれた村にある学校へ通うこととなったわけだが、まあ何とも変わった学校だった。そもそもの人口の少なさや環境的な問題もあるのだろう。確かに一般的な授業もやっているのだが、家庭科や体育は違った。『自然との共存』に重きを置いた内容だったのだ。食べられる山菜の見分け方に採り方、野生の獣や毒虫への対処法、応急処置に使える野草類……一般的な学校ではほとほと縁の無いようなそれを教わった。そして俺は、存外それが面白くて真面目に受けたものだ。

 放課後は師による武術鍛錬だった。村の中には、師以外にも武術の使い手が何人かいた。それこそ玉石混合に。無手に限らず武器術までも。

 今でも最初のことを思い出す。俺を弟子にする、とか言って村に連れてきたくせに――

 

「誰に教わりたい? 正確には、どんな武術を学びたい?」

 

 などと宣ったのだ。

 その態度に俺はキレて――

 

「お前が俺を弟子にするって言ったんだから、お前が面倒を見るのが筋だろうが!」

 

 と言い返してやった。 

 俺の言葉に、師は笑顔で頷いた。

 師が修めていたのは、村に伝わるという古流武術だった。元は一つだったものが枝分かれした流派で、『陰の龍技』と称される徒手空拳の術理。中には枝分かれしたもう一つ――『陽の龍技』と呼応する技もある。

 両者は源流を同じくするが故に似た技が多い。……が、それぞれに違いもある。『陽』は『氣の練り』と『拳技』に重きを置き、奥義に『四神』の名を冠する。『陰』は『打撃』と『足技』に重きを置き、奥義に『四霊』の名を冠する。『陰』と『陽』は表裏一体であり、それぞれが補い合うことで、初めて『真』に至る、と言われている。

 実際、かつては『真』に至った者も現れたようだ。まあ、かと言って継承が上手くいく道理も無い。本人の才や資質にも左右されるのだから当然だ。結局継承は失敗したわけだが、一度『真』に至ったが故に、師の術理は『陰』と称してこそいるものの、ある程度は『陽』の技や要訣も継承しているらしい。その点、別筋で『陰』を継承している者よりはよほど『真』に近い。

 

「名に龍を冠している君にはお似合いかもしれないね」

 

 とは師の言だ。

 笑ってそんなことを言うもんだから、『よもやこいつ、名前で俺を弟子にすることを決めたのではあるまいな?』などと俺が疑ってしまうのは、無理からぬことであると言えよう。

 まあ、師からは武術だけを学んだわけではない。付随する事柄として、授業の延長線上のことや、狩りに農作業も行った。これもまた、不思議なことに反発心が湧かなかった。

 師による判断では、俺はおためごかしを嫌うタチらしい。俺の通った武道教室の連中は、俺を社会のルールに合わせようとした。俺のためと言いながら、その実は違ったわけだ。一面的には合っているのかもしれないが、その根底が違う。それを無意識的にでも感じ取った結果が、俺のあの行動だったというわけだ。

 不思議なことに、俺は師の言葉をすんなりと認められた。

 現代社会は生活する上での利便性が上がった一方、色々と雁字搦めで息苦しい。師を始め、それが村の大人たちの言い分だった。……そう、社会に迎合しきるのではなく、敢えて『はみ出し者』としての道を選んだのが、村の大人たちだったのだ。社会の一員としてルールを無視するわけではないが、必要以上に縛られることを是としない。それが村の気風であり、俺の肌にも合っていた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 そんなわけで、俺が学んだのは世に溢れている『スポーツ化した武道』ではない。正真正銘、深奥を目指すためのそれだ。

 自らを外法使いと認知する俺ではあるが、外道にまで成り下がる気はない。だからこそ、一般人相手に技を繰り出すつもりはないが、動作が身に沁みついていることも事実。同時に、俺は未だ未熟者に過ぎない。万が一、が起こり得る可能性は常にあるのだ。

 軽井沢はともかく、緋勇の方はその佇まいだけで並みならぬ実力が見て取れる。少なくとも、俺と同等かそれ以上はあるだろう。それが気に食わないと言えば気に食わないが、『事故』を防いでくれるというのなら乗らせてもらうのも吝かじゃない。

 

「ざっけんじゃねえ! 三対一なんざ誰が!」

 

 言いつつ、石崎が殴りかかって来る。正直、この気性は嫌いではない。直情径行、バカ、言い表す言葉は幾らでもあるが、見方を変えれば『真っ直ぐ』ということなのだから。そして真っ直ぐであるが故に、一度従順になれば、他よりも気軽に付き合える。

 アッサリと沈めることも出来るが、それは旨くない。この手のタイプには、俺が『上』だと骨身に刻み込む必要がある。そこまでやって、初めて従順になるというものだ。

 

「ハッ、ヌリぃよ」

 

 鼻で嗤って軽く捌く。型も何もない勢い任せの攻撃など、捌くのは簡単だ。

 その一方で、こちらから反撃はしない。

 

「んなろぉ!」

 

 再びの石崎による攻撃。今度は防ぐではなく躱して見せる。

 

「そらそらどうした?」

「こんちくしょうが!」

 

 指を折り曲げ挑発してやれば、石崎は更に頭に血を昇らせ、怒りのままに殴りかかってくる。蹴りかかってくる。

 一発や二発ならまだしも、それが五発十発それ以上と回を増していき、その全てが有効打を与えられないとなれば、否が応でも『現実』というものを理解せざるを得ない。現実を認め、そこで折れるか、尚も食らいつくか。それもまた、『上』を目指す上では重要な要素となる。

 さあ、お前はどうだ、石崎大地。お前という人間を、俺に見せてみろ!

 

「どいてろ石崎!」

 

 俺が石崎の真価を測ろうとしていたその瞬間、叫び声を上げて伊吹が割って入った。

 端から見れば一方的な展開だ。伊吹が我慢出来なくなっても仕方がない。……そう理解を示しつつ、多少なりと気が削がれたのも確かだ。せめて、もう少し後にしてほしかった。

 

「食らえ!」

「……お?」

 

 ――その思いも、伊吹が攻撃を繰り出して来るまでだった。

 鋭い蹴撃。

 伊吹の攻撃には、どこかで正式に学んだであろう『武道』の流れが見て取れる。それだけで、油断をしていいものではない。一撃は一撃であり、攻撃は攻撃だ。それを突き詰めたのが、『武術』であり『武道』である。

 界隈では、スポーツ化したものを『武道』、そうでないものを『武術』と呼び表すのが暗黙のルールと化している。――が、何事にも例外はある。道を外れる者など珍しくも何ともない。伊吹もその口だろう。その技を、こんな喧嘩に使っているのだから。

 畢竟、まともに食らえばこちらがノックアウトされる可能性は否めない。――とはいえ、そうそう食らってやるつもりもないが。

 

「おいおい伊吹。スパッツを履くなんざ、興を削がれることはするんじゃねえよ。お前、折角見栄えは良いんだからよぉ……」

 

 見目は良いんだから下着くらい見せろってんだ。肩を竦め、これ見よがしに溜息を吐いてやる。……紛うことなき本音だが、同時に挑発でもある。

 

「……殺す!」

 

 伊吹は簡単に挑発に乗ってしまった。一撃の威力と素早さは上がっているが――引き換えに動きが単調になってしまっている。如何に強力な一撃とて、当たらなければ意味をなさないのが道理だ。これでは、もはや楽しめそうにない。

 それを残念に思いつつ、一撃を与えようとして――

 

「落ち着いてください、Ms.」

 

 今度はアルベルトが割って入り、見事に防いで見せた。

 手加減はしていたが、それでも伊吹が気絶をするか、そうでなくても相応のダメージが入るように調節した一撃だ。ガードしたとはいえ、それを食らってピンシャンとしているのだから、アルベルトは体格に見合ったタフネスを有しているのだろう。

 今度はアルベルトが相手か。そう思ったのに、アルベルトは構えを解き、口を開いた。

 

「質問があります、Mr.龍園。貴方の思惑は何ですか? ……クラスを支配下に置くと言った時、最初は我欲によるものかと思いました。しかし、そちらのMr.緋勇とMs.軽井沢を始め、貴方の行動を是とする人たちがクラスの中にはおりました。そして今のやり取りを見ても、単純な我欲からくるものとは思えません。

 けれど、いくら考えてもそこから先が分からないのです。だからこそ、率直に訊きます。入学してからまだ一月と経っていないのに、敢えてクラスに波風を起こすのは如何なる理由によるものですか? その答え次第では、おとなしく軍門に入ります」

 

 アルベルトの質問は、まあ頷けるものだった。……人は見かけによらない、という言葉があるが、アルベルトはその典型なのだろう。

 

「フン。答えても良い――が、石崎と伊吹も同じか? 理由を話せば、おとなしく俺に従うのか? その確約が得られねえんなら、ねじ伏せて否応なく言うことを聞かざるを得ないようにした方がマシだ」

「……俺はアンタに――龍園さんに従う。龍園さんが俺以上に強くて、俺以上にモノが見えてんのはよく分かったからな」

「チッ。癪だけど、アンタが私よりも強いのは事実だからね。納得がいく理由なら従ってやるさ。――けど、私は人形じゃない。納得がいかなければ、いつでも牙をむく」

 

 俺の問いに、石崎と伊吹が答えた。……まあ、良しとしておくか。阿諛追従の輩などに興味はない。俺の器を試すにも、内に反感を抱く相手を使いこなしてこそ、というものだ。

 

「なら、教えてやるよ」

 

 そして俺は、この様な行動を起こした理由を語った。




ドラゴンボーイさんに『龍技』を使わせたかったのが、『東京魔人學園』をクロスさせた理由でもあります。
ただ、主人公の一人である龍也は、あくまでも『剣風帖』と『外法帖』の主人公をモチーフにしただけなので、本作の世界観への影響は比較的少なめです。
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