Bクラスの生徒たちは、朝方早めに登校して勉強するのが暗黙の了解と化している。誰が言い出したわけではない。ただ、僕と帆波さんがそうしている姿を見て、一人、また一人と感化されていったに過ぎない。
パッと見、協調性の高い人間が集められているBクラスだが、それにも限度や方向性の違いはあるし、一言で言えば良し悪しだ。
勉強の苦手な生徒だっているし、そういった生徒は授業中の私語や居眠りこそしなかったものの、携帯の操作までは我慢出来なかった。――そして、それをハッキリと目にしておきながら、教師は何を言うこともなかった。注意もしない。怒りもしない。
そうなれば、授業中の携帯操作は『暗黙の了解』で許されている、と勘違いする生徒が続出するのは無理からぬ話だろう。そもそもにして、人間とは『楽』を好む生き物なのだから。
その一方で、『楽』を得るためには努力を惜しまないのも、これまた人間の性質だ。だからこそ、今の世の中は利便性に溢れている。百年と経たずに技術が多大な進化を果たしていることが、その事実を証明している。
携帯電話、冷蔵庫、洗濯機……一般的な生活を送る上で無くてはならないそれらも、十年前二十年前とは比べ物にならない性能を誇っていることは、少し調べただけでも分かる。その詳細はさておいて、性能が上がっていることは分かるのだ。
一時の『楽』に浸りこそすれ――或いは、浸ればこそか、その心中に不安が湧き上がるのは道理だ。……そう、学生であるが故の『成績』という不安が。
授業を真面目に受けてないのに、テストで高得点が取れるのか?
先生は私たちを実力で評価するって言ってた。なら、不真面目な生徒にまで10万ポイントをくれることは有り得ないんじゃ?
不安が高まれば、今まで気にしていなかったものにも、目が行き、考えが及ぶのはおかしなことじゃない。
そこに、『若き芸術家』としてそこそこ名の通っている僕や、入学早々にして生徒会役員として受け入れられた帆波さんが真面目に授業を受け、ばかりか、毎日ではないにせよ早めに登校して一緒に勉強している姿を目にすれば、高まった不安感から我も我もと流されるのは道理と言える。
そう、僕たちは何も言ってはいないのだ。……そもそも、口外を禁止されているし、破れば退学なため言うことも出来ないのだが。
クラスの皆が勉学に励んでいるのは、あくまでも人間性に則った現象が起こった末の結果でしかない。
「済まない、白浜。ここを教えてもらっても良いだろうか?」
「ああ、ここはね……」
「白浜~、こっちも教えてくれ~」
「ここはこれを応用すれば良いんだよ」
そうして、いつからかクラス内では一緒に勉強するのが当たり前と化していた。その教科を得意とする者を教師に頂き、苦手な者が教わる、という形で。まあ、教科が得意だからと言って教えることも得意とは限らないため、全てが全て上手くいっているとは言えないが、何もしないよりはマシである。
また、中には不参加の生徒もいるけれど、それに対して何かを言うこともない。強制的にやらせたところで、ほとんど効果はないからだ。それに、一人を好むのだって人間だ。一緒に勉強することを是としないだけ、という可能性だって否定は出来ない。
専ら、僕と帆波さんは教師役だ。
帆波さんは努力の人だし、引っ掛かりやすいところを実体験で理解している。何が分からないのか、どうして分からないのか、といった部分も、話を聞けば大体の答えを返すことが出来た。
一方、僕は各方面に多大な才能を有している。努力をしていないとは言わないが、客観的に見て、常人よりはスムースに理解し、物にしてきたことだろう。その点で言えば教師には向いていないのだが、僕に限っては例外だ。何せ、僕の周りには素晴らしい教師が沢山いたのだから。
武に偏ってはいたが、教え導く、という根幹は同じである。才能が無い父の話を面白おかしく教えてもらうことも度々あったし、理論・理屈の上では理解していた。
なら、あとは実地で齟齬を修正すればいい。そもそもにして求められる解き方は決まっているのだから、重要なのは受け手の感情に注意することだけだ。
もっとも、僕たちの場合は『物腰の柔らかさ』もプラス方向に働いたのだろうけど。どれだけ正しくても、言い方一つで受け取り方も変化する。そして多くの場合、厳しいよりも優しい方が良いに決まっている。厳しさを受け入れるだけの関係が形成されていないのならば、尚更だ。――無論、例外もあるだろうけど。
「しかし……凄いな、白浜は。いや、一之瀬だって勿論凄いんだが……。俺も努力を欠かしているつもりはなかったが、お前たちと一緒に過ごしていると、『つもり』でしかなかったことが嫌でも分かる」
「そう言われると照れくさいね。……本当に凄いのは帆波さんの方だよ。僕の場合は才能に助けられている部分が大きい。
母の家系は天才肌の家系なんだ。人によって突出型か万能型かの違いはあるけどね。どちらかと言うと、母は万能型だった。そして父は、一分野だけとはいえそんな母に努力で並び立った。その分野に対しては『才能無し』と周囲から揃って言われていたようだけど、『努力する才能』で前評判を覆したんだ。元より応援を受けてはいたけど、祖父や曽祖父に認められるようにまでなった。
僕は、そんな両親の良いとこどりをしているに過ぎないんだ。勿論、努力をしていないわけじゃないけどね。ただ、費やした熱意では帆波さんに遠く及ばないと思う」
神崎隆二君の感想に対し、僕はそう返した。事実の列挙であり、紛うことなき本心である。
勉強に関しては、努力らしい努力をした覚えがない。単に、新しいことを知れるのが楽しかった。言葉にすればこんなもので、だからこそ予習・復習を苦と思うことはなかった。
芸術に手を出したのは、秋雨先生の作品に惹かれたことがきっかけである。いつかはあの域に届きたいものだが、まだまだ先は長い。
賞に応募し始めたのは、客観的な評価を得ると同時、家計の助けになれば、という思いがあった。自分では納得のいかない作品でも賞金を貰える出来だと分かってからは、度々応募した。
武術については言うまでもない。手を出さずにいることは、状況が許さなかった。掲げるものの違いはあれ、世に誇り高い武術家が多いのは間違いないけど――誇りの無い武術家だって相応にいるのだ。そんな奴にとっては僕など恰好の得物でしかなく、自衛のためにも武術を修めるしかなかったのである。
「熱意……か」
「うん。焦り、餓え、集中……言葉だけなら、如何様にも言い換えられるけどね。僕と帆波さんでは、その度合いが違うんだよ。僕は、彼女ほどに自分を追い詰めたことがない。幸か不幸か、それほどに追い詰められる何かに出会ったことがないんだ」
「よく分かんねえ……」
そう言って首を傾げたのは柴田颯君だ。
「そうだな……。柴田君はサッカー部に入ってるだろ? 勿論、レギュラーに選ばれるために頑張っているんだと思う」
「応よ!」
「じゃあ、プロになるためには? どこまでアピールしている? どんな努力をしている? どれほどの時間を費やしている? ……と、こういうレベルの話になって来る。
要は、どこまで先を見据えているか、そのために何が出来るか、何をするべきか、ってことだね。
帆波さんにとって、高校生活は通過点に過ぎないんだよ。そりゃあ、高校生であるからには全員がそうなんだけど、そのことを自覚して動いている人は思いの外に少ない。彼女の学力は、彼女が自分を追い詰めた結果なんだ。――これ以上は、帆波さんのプライバシーに関わるから言えないけどね」
「う、ええ……」
「なるほど。視点の違い、と言うことか」
柴田君が頭をこんがらかせる一方で、神崎君は頷いていた。
「そう。僕自身、帆波さんから聞いたことしか知らないけどね。語られていない部分を推測することは出来るけど、確認するつもりもない。何が正しいかなんて、人によって様々だしね。――まあ、状況次第では無理矢理にでも止めるし、干渉もするけど。実際、偶然の産物とはいえ、僕と帆波さんの出会い自体がそんなんだったし」
「人に歴史あり、と言ったところか。お前と一之瀬は元から知人だとは思っていたが、そういうことであれば、一之瀬がお前に向ける視線にも納得だ。吊り橋効果、というやつだろうな」
「まあ、僕の方はすっかりと忘れていたわけなんだけど……」
「お前、それは……」
「いや、悪いとは思ってるよ。けど仕方ないじゃん。人助けなんてしょっちゅうだったんだし、会ったのはその一回きりだったんだし。神崎君が僕だったとして、覚えてられる?」
「む、そう言われると……自信は無いな」
「でしょう?」
つい余計なことまで言ってしまった。まあ、零した相手が神崎君と柴田君で助かったけど。この二人なら言いふらしたりはしないだろう。
そこで予鈴が鳴った。結局、途中からは会話メインになっていたけど、偶には構わないと思いたい。
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「失礼します。一年Bクラスの白浜です。質問があるんですけど星之宮先生はいらっしゃいますか?」
その日の放課後、僕は職員室を訪れていた。朝の流れで思い出したことがあり、それを先生に確認するためだ。
スポーツに大会があるのと同様に、芸術にだって大会はある。まあ、芸術の場合はコンクールと称されたりもするが。
大概の場合であれば、学生は部活動を通じて応募するだろう。しかし、僕の場合は異なる。応募していることに違いは無いのだが、部活動を通してはいない。何せ万年帰宅部なのだから、通せる筈が無いのだ。
コンクール等への応募は個人で行い、それだけでなく誰かしらの芸術家の個展の片隅にでも作品を置かせてもらったりもした。相応のコネクションと、個展を開く芸術家先生が『展示しても構わない』と認めればこそ可能なことではあるが、僕はその両方を満たしていたのだ。まあ、その多くは秋雨先生のお力によるもののため、自慢出来ることではないのだが。
僕の作品を置くに当たり、芸術家先生も最低限の力量を認めてはくれたのだろうが、『秋雨先生との繋がり』をこそ重視したに違いない。たとえ片隅にでも実績の少ない若造の作品を置くとなれば、芸術家先生にとってもリスキーだ。そのリスクを踏ませる覚悟を決めさせたのが、秋雨先生の名前、ということだ。『芸術は売り物ではない』というのが秋雨先生の持論ではあるが、それを僕にまで押し付けることはなかった。批評もまた成長には必要、という一面があるのもその理由だったのかもしれないが。
そして僕の場合、秋雨先生の影響もあり――書画、陶芸、彫刻、演劇、音楽、茶道、と――幅広く手を出している。また、分野と規模に拘らなければ、実力評価の場は年がら年中あると言っても過言ではない。結果、僕は手当たり次第に作品を出したし、腕を披露した。
そういった行為の積み重ねが、僕を『若き芸術家』などと持て囃しているわけだ。僕自身、自分の力量にまだまだ納得がいっているわけではないが、対外評価はまた別、ということだ。実際、作品展示でお世話になった先生方が新しく個展を開く際には、今では僕を名指しで誘うことも珍しくはない。
だが、この学校には『許可なき外部連絡の禁止』という規則がある。この学校への入学が決まったことは関係各所へ連絡済みなのだが、僕自身がそのことを深く考えていなかったのだ。
僕にとって大会やコンクールなどは、『実力評価の場』であると同時に『お小遣い稼ぎの場』、なのだ。それが出来なくなるのは困る。
また、お世話になった先生方に望まれるなら、作品を用意したいとも思っている。
実情と心情の両面で、規則に抵触するか否か、抵触するとして、それでも作品を送ることは可能なのかどうか。そういったあれこれを確認する必要があることに思い至ったわけである。
三年間も作品を発表する場が無ければ、名前が忘れられる可能性は否めない。先生方本人ならば忘れることなど無いとは思うけど、スポンサーの類はその限りではないのだ。世知辛い実情ではあるが、必要以上に僕を持て囃しているのは、『その方が売れる』という算段が働いているからなのである。
芸術大会・スポーツ大会などと大々的に謳ったところで、その関係者全てが芸術を愛しているわけでなければ、スポーツを愛しているわけではないのだ。むしろ、それによって動く『利』の方に重きを置いている人の方が多いだろう。
世の中、何にだってお金が必要なのである。大会ともなれば、かかる費用は膨大であり、回収出来る見込みが無ければ損をする一方だ。それを思えば、当然のことではある。
そう理解はしていても、折角高めた『名』であり、作り上げた『繋がり』だ。維持出来ることなら維持しておきたいのが本音なのだ。
その一方、自分が稀有な例であることも分かっている。そのため、先生に確認するにも放課後を待ったのだ。何せ、こういった場合に真っ先に頼るべきは担任――星之宮知恵先生なのだろうが、そこら辺に詳しいとも思えない。いや、システム的な回答を寄越すことは可能だろうが、特殊事例に答えられるかは疑問が残るのだ。
「はいは~い。何かな、白浜君?」
元気に返事を寄越した星之宮先生だったが、案の定、僕の質問に関しては回答を保留することになったのだった。