ようこそ、逸般人たちのいる教室へ   作:山上真

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冒頭部の『今から思えば』の『から』が不要ではないかとの誤字報告がありましたが、過去の出来事であることを強めるために、敢えて入れてます。
なので、申し訳ありませんが適用はしません。


12_軽井沢恵:01

「弟子にしてください!」

 

 この『陸の孤島』で岬越寺先生と再会を果たした際、私は弟子入りを申し込んでいた。……今から思えば、それだけ危機感を刺激されていたのかもしれない。入学早々に出会った数名は、翔君を筆頭にしてそれだけぶっ飛んでいたのだ。

 その点だけでも、明らかに中学時代とは違う。である以上、他にもぶっ飛んでいる奴がいないとは限らない。むしろ、いることを前提にして動くべきだ。

 私は中学時代にイジメを受けていた。無論、最初は家族にも先生にも助けを求めた。――けれど、結局救いは齎されなかった。学校側はイジメが表面化して問題行為として取り沙汰されるのを恐れ、親は仕事を失うのを恐れたためだ。

 一面の理解は出来るが――到底納得出来るものではない。しかして、私にはどうすることも出来なかった。

 そして学校側による暗黙の了解は、よりイジメをエスカレートさせることとなった。

 殴る蹴るの暴行、運動着への落書き、黒板への罵詈雑言、トイレでの水のぶっかけは当たり前。地面に落とした食べ物を無理矢理食べさせられたり、好きでもない男子に告白させられたり、靴を舐めさせられたり、机の引き出しに動物の死骸を入れられたり、例を挙げればきりがない。本来頼るべき相手――親にも教師にも見放された私は、絶望から諦観と共にそれを受け止めていた。

 そしてあの日、それは起こった。

 問題児グループも、己の行いが『問題』であることは理解している。だからこそ、可能な限り表面化しないように気を付けてはいたのだろう。イジメ行為のほとんどは『学校』という『閉ざされた空間内』で行われていたし、暴行だって、顔を傷つけることはなかったし、大概は服に隠れる部分に行っていた。

 しかし、周りに止められることもなく、己が『悪行』に酔っていたグループは、いつしかブレーキが壊れていたのだろう。私は病院に担ぎ込まれる程の怪我を負わされた。

 その瞬間、グループもある程度正気を取り戻したのだろう。最大の忌避行為である『殺人』までは、如何なイジメグループとてやる気が無ければ、耐えられもしなかったのだ。

 結果、教師、家族、周囲のあらゆるものを巻き込んで、事態のもみ消しを図った。そしてそれに、周りも進んで協力した。問題行為として取り沙汰されることを忌避したのだ。

 口止め料、ということなのだろう。私の治療費や入院費は周囲が支払い、親も職場で昇進することとなった。

 これにて一件落着。万々歳。それが周囲の結論だった。――私の感情を置き去りにして。実際の被害者である私のことを、一切省みることはなく。

 ふざけるな。――本心からそう思った。

 けれど、思いとは裏腹に、私はどこまでも弱かった。結局は泣き寝入りするしかないのか、そう諦めかけた。

 そんな折、お医者さんから私の怪我についての話を聞いた。本来ならば、盛大な傷跡が残るほどだった……と。そうなっていないのは、とある医師のお陰だ……と。執刀医はこの病院の医師ではなく、普段はとある場所で接骨院を経営している……と。

 私も女だ。傷跡が目立たない程度で済んでいることは素直に嬉しかった。だから、執刀医の情報を聞いて、退院後にお礼を言いに行ったのだ。まあ、行った先で『とある騒動』に巻き込まれるとは、予想もしていなかったわけであるが。

 ともあれ、お礼ついでに、私は盛大に愚痴ってしまった。先生を含め、その場の大人たちは同情してくれた。特に、先生と翔君のお父さんがその筆頭だった。そしてそれが、私と『武術』の出会いだった。

 私が望むのなら、と簡単ながら武術を教えてくれた。まあ、病み上がりの身でもあるし、基礎も覚束ない身だ。基礎の基礎もいいところだった。それでも、私は嬉しかった。私を見てくれる、心配してくれる『大人』がいることが嬉しかったのだ。

 そうして短いながらも時間が経ち、ある程度の基本技なら身に着けた頃、今回限りなら、とイジメグループにやり返すことを許してもらった。先生方の判断としては、『前』に進む上で必要な行為、とのことらしい。一種のケジメである……と。

 それに納得を示した私は、即反撃に移すことにした。イジメグループとはいえ、所詮は勢いや数に任せた連中だ。中には『武』を学んでいる者もいたかもしれないが、程度は知れている。短期間とはいえ『梁山泊』で鍛えられた私にとっては、相手にもならなかった。

 加害者から一転して被害者となった彼らだが、周りが庇うこともなかった。行動に表さなかっただけで、私の心情にも理解を示していた……と、そういうことなのだろう。私が手を出したのがその一回きりだった、というのもあるだろうが。

 ともあれ、そうしてケジメをつけた私は、心機一転してこの高校に入学を果たしたわけである。

 だが、そんな過去を持つ私だからこそ、ある種のセンサーが働いている。『イジメ』に対するセンサーが。

 あくまでも、経験則から来る私の直感だ。一般的な説得力など無いに等しい。それでも、捨て置くわけにはいかない。

 誰かがイジメを行った際に止められるよう備えるのは、私にとって当然の選択だった。イジメを受けた身であるからこそ、黙って見過ごすのは耐えられない。

 同情するだけ、或いは無関係を装う奴など、ある意味でイジメの実行犯以上にタチが悪い。まあ、イジメを行う奴も最悪ではあるのだが。……それが私の素直な感想である。

 どちらにしろ、同程度にまで堕ちるなど許せることではなかった。少なくとも、高校生活を共にするであろう、これからの三年間に限っては。――卒業後は知らない。私の手の届く範囲には限りがあるのだし、私の知らないところでなら好きにやってくれ。弱者であることを自任する私としては、どこかでドライにならざるを得ないのだ。

 まあ、イジメを止めるにも、思っただけで実行出来ないのでは意味がない。たとえ場当たり的な制止でも、実行するには地力を上げる必要がある。それ故の嘆願だ。――そもそも、頭の悪い私がイジメ問題を根本からどうにか出来るなどとは、思えないし思わない。私はそこまで己惚れてはいないのだ。

 

「ん~、良いよ」

 

 そして、私の嘆願はアッサリと受け入れられた。

 

「兼一君という継承者も出来たし、軽井沢君は私たちの事情に巻き込まれたことがある。その上で武術を学ぶというのなら吝かじゃないよ。動機が動機でもあることだしね。

 はは、何を隠そう、私も兼一君も、学生時代はいじめられっ子だったのだよ。だからこそ、完全には放っておけない、という個人的事情もある。

 ただし、私に弟子入りするというのなら厳しいよ。……この学校の規則柄、出来ることに限りがあるのも事実だけど、君は兼一君よりかは才能がある。私の柔術一辺倒にするのなら、やってやれないこともない。

 さて、その上で改めて訊こう。……君は、本当に、私に弟子入りするかね?」

「はい!」

 

 念押しの確認にも、私は肯定を以て答えた。――そしてそれは、地獄巡りの案内状にサインを入れるのと同義だった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「じぇ~ろ~に~も~~~っ!」

「はっはっはっ。いやあ、懐かしいねえ。兼一君も、よくそうやって叫んでいたよ。とはいえ、それでは解答として不正解だ。重石を追加するとしよう」

 

 自分でも意味の分からない悲鳴が口から零れるが、岬越寺先生――秋雨師匠は軽く笑って受け流す。そして笑顔を浮かべたまま、腕立て伏せをする私の背にお地蔵さんを乗せた。……果たして、これで何体目だっただろうか? 自分では見えないが、私の背中にはサイズ違いのお地蔵さんが山となっている。子泣き爺もビックリだろう。

 勉強が全てではない。しかし、学生の本分が勉強にあるのもまた確か。その上で武術を学ぶのは構わないが、私の成績はとてもじゃないが『優等生』と呼べるものではない。

 

「こうして道場を構えている私自身、この学校のシステムについて詳しく聞いているわけではないが、それでも想像を働かせることは出来る。また、実力で生徒を評価する、と公言して憚らないことを鑑みると、見えてくるものもある。

 その詳細について私から話す真似はしないが、指導方針については、それを踏まえた上で行おうと思う」

 

 師匠はそう言っていた。

 それだけでは何なのかサッパリだったが、実際にやってみれば嫌でも分かる。

 学力が足りない? 身体能力も低い? ――なら、両方鍛えれば良いじゃない。

 端的に言えばそういうことだが、問題なのは、文字通り同時にやらされることだった。腕立て伏せを始めとする筋トレメニュー、或いは型の練習。それらと並行して、先生の提示した問題を解かねばならないのだ。

 解答を間違えた場合、或いは動きが滞った場合は、師匠御手製のお地蔵さんがプレゼントされるオマケ付きだ。正直言って全然嬉しくない。

 最初は小学低学年レベルの簡単な問題から始まったため然程苦に思うことはなかったが、正答するにつれて難易度が上がっていくのは当然だった。そして、然程頭のよろしくない私は当たり前に間違った。ズシリと圧し掛かるお地蔵さん。……ただでさえ解けないのに、集中力が阻害されれば尚更解ける道理はない。小学高学年か中学一年生か、私はその辺りのレベルで数日間足踏みすることとなったわけだ。

 だが、人間という生き物は慣れる生物だ。それでいて、状況を乗り越えるべく進化する生物だ。いつしか、私はお地蔵さんの重みを苦とすることもなくなっていた。

 重みが気にならなくなれば、状況自体は慣れたもの。加え、解答を間違える度に正答の手順を解説されれば、数を熟せば熟すほど脳裏に沁みついていくのは自明の理。私が久方振りを正答を導き出すのは、師匠の計算通りだった。

 そうして、問題の難度も、重石も、徐々にステップを上げていったわけである。状況に適応するのを待ちながら、浸るのを許さない。それが師匠のやり方だった。中学までとは違い、学校の授業もきちんと理解出来るようになっているので、成長性も実感出来る。

 それと同時に、出される問題がもはや高校レベルまで到達していたのか……と、少しばかり遠い眼になったり。

 私自身、重石を背負うのを是とするわけではない。誰が好き好んでお地蔵さんを背負いたいなどと思うものか。そんな心情から、状況を抜け出すべく意識が研ぎ澄まされていった自覚がある。いつしか、家に帰ってから問題集を開く習慣が身に付いていたのだ。

 つまり、勉強に対する心構えも洗練されていったのだ。――『逃げ』の方向ではなく、『乗り越える』方向に向かったのは、或いは諦観の表れかもしれない。師匠からは逃げられないことを心身で理解していたのだ。逃げたところで、得られるのは一時にも満たぬ安寧であり、その先に待つのは遥かな地獄である……と。

 そんなわけで、私の学力と身体能力は見る間に上昇していった。――私自身の、自覚の程度を別にして。

 そして、地力が向上していったのは、何も私だけではない。私の訓練は道場内で行われている。必然として、道場にいる他の人たちの目に付く。

 最初に真似しだしたのは、やはりと言うべきか谷本先生だった。何せ彼には桔梗さんという弟子がいる。効率的だと思ったならば、実行するのに躊躇う必要もない。

 他の面々も、理由や熱意の差はさておき、自己を高めるのに躊躇しない者たちばかりだ。ある意味で周りはライバル揃い。置き去られることを是とする筈がないのだ。

 無論、皆が皆、能力に差がある。だから、出される問題は人によって違う。特に有栖さんや清隆君に出される問題などは、私の理解範囲の遥か先を行っている。それを悠々と解くのだから、へこまされることこの上ない。格段に簡単な問題で躓く私は何だというのだ。

 そんな風に不甲斐なさや情けなさを感じるその一方で、私以下の重石でヒイコラと言っている姿を目にすれば、昏い優越感が湧き上がるのもまた確か。同じ道場に通い、涙と悲鳴と喜びを分かち合う仲間である以上、相応の友情は抱いている。しかして人間である以上、嫉妬と無関心ではいられないのだ。

 余りの実力差に不貞腐れたくもなるが、そんなことをしても救いは何も無いのである。それに、着実に学力と身体能力は上がっている。僅か一部分だけでも、勝っている点があるという事実。

 あらゆるものを糧として、私は修行に勤しんでいた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 さて。

 そんなこんなで迎えた月末。

 その時の授業は今までと様相が違った。三時間目の授業。教科とはまるで関係の無い担任――坂上数馬先生が現れたのだ。

 

「月末ですからね。実力を測る一環として小テストを行うことになりました。自分の分を取ったら、後ろに配ってください」

 

 何事かと思いきや、そんなことを宣う始末。

 瞬間、僅かに教室の空気がピリ付いた気がした。

 

「ほう? ってことは坂上、評価されるに値する結果を出せば、ご褒美が貰えると考えても良いのか?」

「さてさて。結果次第では、もしかしたらそれも有り得るかもしれませんが――断言は出来ませんね」

 

 龍園君の敬意の欠片も見えない質問に対し、坂上先生は苦笑を浮かべて返す。どうとでも受け取れる内容だ。

 龍園君の支配宣言を機に、我らがCクラスは一応のまとまりを見せている。私と有栖さんと龍也君のように、完全ではないにせよ支配を是とする生徒もいれば、伊吹さんたちのように反感を露わにする者たちもいた。だがそれとて、その翌日に顔を腫れ上がらせた石崎君と伊吹さんの姿を、そして身体を庇うような動きをする山田君の姿を目にすれば、一気に収束することになった。

 理由としては、立会人を用意しての勝負の結果。カメラの範囲外の行い、かつ、ご丁寧に誓約書まで見せられれば、学校側も疑惑を抑えざるを得なかった。

 予め用意された枠を外せば、勝負の世界は男女平等だ。である以上、彼らによる喧嘩の決着がついた後、龍園君が三人に改めて一撃入れるのを止める道理など、私は持ち合わせていなかった。何故ならば、結局のところ龍園君は、捌きと回避が主で、まともに攻撃をしていなかったからだ。

 その上で――

 

「クラスを効率よくまとめるには、男女問わず目に見える怪我が有った方が良い。ただの反発心なら、二の舞になるのを恐れて素直に従うようになるさ」

 

 龍園君にそう言われれば、素直に認めるしかなかったのである。

 私はイジメを是とはしないが、勝負まで否定するわけではない。イジメの範疇にまで規模が拡大すれば流石に止めるが、そうでなければ『お好きにどうぞ』だ。

 ともあれ、龍園君の言葉は正しく、頬にガーゼを貼った石崎君と伊吹さんの姿を目にした途端、クラス内の反発は一気に治まった。恐怖によって抑え込まれたのだ。

 以後、龍園君の命により、遅刻や無断欠席、授業中の私語や携帯操作、廊下の走行などは悉く禁止されたわけである。――まあ、それが=理解力の向上に直結するわけではない。大半の生徒は、今しがたの龍園君と坂上先生のやり取りに、何の疑問も覚えてはいないだろう。

 流れでSシステムの詳細を知ることになった身としてはクラスの行く末に不安を覚えるが、私に出来ることなど限られているのも事実である。向き不向きに適材適所。今はやれることをやるしかない。差し当たっては小テストを解くことだ。

 開始の合図とともに、プリントを表返し、即座に目を通す。テストの鉄則は、解ける問題から解く。それも簡単なものから、だ。

 それに従い目を通すと、内容は主要五科目で、一科目四問の計二十問構成だった。……それはいい。小テストならそんなものだろう。

 だが――

 

「………………は?」

 

 思わず声が洩れてしまった。

 しかし、それも仕方ないだろう。何せ問題の落差が激しすぎる。

 十七問は簡単すぎる。入試問題より簡単かもしれない。――だが、残りの三問は難題だ。

 一問だけなら、私でもどうにか解けなくはない――かもしれない。断言は出来ない。ひっかけとかもあったりするし、実際にやってみないと分からない。そんなレベル。

 他の二問はサッパリだ。やる前から断言出来る。

 こんな問題構成だ。疑問を抱くな、と言う方がおかしい。

 まあ、疑問はあれども動きを止めてはいられない。私は必死にペンを動かし、どうにか十八問を解いたところでタイムアップを迎えたのだった。




まあ、恵の秋雨先生への弟子入りが叶ったのはある種のご都合主義ですが、タグに追加するほどでもないかなと。追加した方が良ければ追加します。
あと、『ケンイチ』をクロスさせる以上、どこかで『じぇろにも』を叫ばせたかったのも、恵の弟子入りが通った理由です。
本作の設定上、兼一の実子にしてオリ主の一人である翔は、むしろ母方の血の影響であらゆる方向に高い才能を持ってます。となると、如何に梁山泊式の修行でも、兼一ほどには追い詰められないイメージがありまして。
結果、代わりに叫ぶキャラが必要になり、『いじめられっ子』という兼一との共通点から、恵に白羽の矢が立った次第です。
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