たとえ生徒会に入会しようと、一年生であるからか、現状では仕事らしい仕事はない。――まあ、それも納得ではあるのだが。
多くの一年生は、今月の初頭にてネタ晴らしを食らったばかり。そこには赤点による退学云々も含まれる。しかしだからこそ、現在の一年生は一番最初の退学の危機すら乗り越えてはいないのだ。ある程度様子を見ないことには、怖くてまともに使うことなど出来はしないだろう。
とどのつまり、今現在は新入生全体に対する様子見期間というわけだ。
説明会の際に会長が言っていた。『生徒会は、規律を変えるだけの権利と使命が、学校側に認められ、期待されている』……と。
そして現在の一年生は、その最低限すら経験していないのだ。である以上、必然として、私が閲覧出来る書類には限りがある。限定された書類の、更に限定された部分、と言えば正しいか。口頭で説明するにも、結局情報自体を出し渋りしなくてはならない以上、スムーズにいくわけがない。
そんな私が何事かを提唱したところで、生徒会的には期待出来るか怪しいところだし、よしんば認められても、今度はそれが、施行するには適切な内容なのか、という問題が付きまとう。
世の中、尤もな言い分であったとしても、受け手次第では途端に『無理難題』と化してしまうのが現実なのである。少なくとも、生徒の過半数が納得するだろう、と期待出来る内容でなければ、とてもじゃないがゴーサインは出せまい。
そんなわけで、『名ばかり生徒会役員』である私は、中間テストへの対策として開催することにしたクラス内勉強会に、連日出席していた。……まあ、四月の内からやっていたことと大して変わりはしないのだが。
時折、クラスの誰かしらから『生徒会はいいの?』と訊かれるが、それは仕方のないことだろう。その度に説明して納得いただいてはいるのだが、正直、数を繰り返すとめんどくさくなってくる。かと言って自分から説明するのも、自意識過剰っぽい気がして憚られるから難儀なものだ。
開催場所は教室だったり図書室――規模的には『図書館』と言い表すのが適切かもしれない――だったり。どちらも一長一短ではあるのだが、どちらかと言えば図書館を使う機会の方が多いかもしれない。何故かと言えば、図書館には辞書の類が置いてあるからだ。
まあ、図書館での勉強を主にする生徒たちは、考えることが似たり寄ったりである。静寂を求めるのも確かだろうが、実利を求める面があるのも否定は出来まい。
まあ、いくら図書館に辞書が置いてあっても、その数には限りがある。結局のところは早い者勝ちだ。赴いたところで無駄足に終わることもある。さりとて、手元に有ると無いとでは大きく違う。
クラス内でも、辞書を購入している者の方が少数だ。……それだけ、勉強に対する各々の意気込みの低さを如実に表している。
中には、持ってはいるが家に置いてある人もいる。教科書類とセットにすると、それだけでそこそこの重量になるのは確かだ。それを嫌うが故に『置き勉』なんてのがあったりもするが、家に置いてあるか学校に置いてあるかの違いで、これも一長一短である。その選択に文句は言えない。
私を含め何人かは自前の辞書を持ち歩いているが、図書館常備の辞書の取り合いに負けた場合は、当然の如く私たちのそれを使わせることになる。辞書とは使ってナンボの物ではあるが、複数人で使い回せば、自ずと損耗速度も速くなる。勉強会自体は四月の内からやっていたので尚更だ。
辞書にとっては本望だろうし、クラスメイト故に理解を示してもいるが、不満が溜まるのも無理からぬことである。
友人関係、なんてのは私にとって縁遠いものだったし、だからこそ、授業時間外でクラスメイトと一緒の時間を共有出来るのは楽しい。合間合間のお喋りなんて、それこそ学生っぽいではないか。末永くこの空間を楽しみたい、というのは、紛うことなき本音である。
しかし、それはそれだ。そもそも、私自身は貧乏性なのだ。勉強に必要な物くらい自分で用意してよ! と言うより、用意するのが普通でしょ! こっちはお母さんのお古を使ってたんだよ! という不満が、どうしても沸き上がってしまうのだ。……口に出しては言わないけど。それは、この空気に罅が入るのを恐れているからでもあるし、自分で気付いて実行してほしいからでもある。
この学園で過ごすに当たっては、良くも悪くも『自発的な行動』が重要な位置を占める。である以上、前段階である『思考』、引いては更に前段階である『気付き』にも同じことが言える。
気付き、思考し、実行する。……当然と言えば当然のプロセスだけど、そのことについて深く考えている人は存外少ない。――当たり前すぎるからだ。
世の大多数は、『気付き』には至っているのだ。ただ、過程の取捨選択において、捨てている人の方が多いだけ。それはこの学校の生徒も同じである。
そも、入学早々に十万ポイントも与えられれば、おかしさに気付いて当然なのだ。むしろ、気付かない方がおかしい。……それは監視カメラについても同じことが言える。
しかし、思考の結果、自分に都合の良い結論を導き出し、或いは不都合な結果を導き出しても、先生に確認する、という行動に移せない。その勇気が持てない。そういった生徒が大多数なのだ。
うちのクラスがBを維持出来たのは、ある意味で運が良かったからだ。右に倣え、な行動が、たまたま良い方向に働いただけ。モラルやマナーと照らし合わせて、不都合な行動を取ることを是としなかった、取ったとしても心苦しさから耐えられなくなり即座に修正した。……そういった生徒が多く在籍していただけなのだ。
辞書についても同じこと。学校側から――
「授業で使うので、各自で辞書を用意して持ってきてください」
とでもアナウンスがあれば、きちんと用意して持って来るだろう。
しかしそれがなければ、購入すら選択肢に浮かばない、ということだ。無論、全員が全員ではないだろうし、学生とはいえ勉強嫌いな者の方が多いだろうことを思えば、仕方のないことではあるのだろうが。
そんなこんなで、現状への理解やら不満やらを胸に勉強会に参加していた時のこと。
「みんな、少しいいだろうか」
不意に、神崎君が立ち上がって口を開いた。図書館故に声は抑えめだが、立ち上がる、という動作そのもので注目を集めている。……私たちのクラス以外の目も少しばかり向いているけど、それはそれだ。
「俺たちは図書館常備の辞書を目当てにした部分もあって、専らここで勉強会を開いている。それは、今更言うまでもないことだ。
だが、毎回毎回辞書をキープ出来るわけではない。そう言った場合、持ってきた生徒の物を借り受けているわけだが……これを見てくれ。これは一之瀬の物だが、御覧の通り、入学してから購入し今が五月であることを鑑みれば、損耗が早い、と言わざるを得ない。
何故か? 無論、一之瀬自身が使っていることもあるだろう。しかし、その多くは辞書を持ってきていない者たちが使わせてもらっているからだ。同じことは一之瀬以外の辞書にも言える。
俺は、この状況を是とするのは違うと思う。これらの辞書はクラスの備品扱いとし、一之瀬たちには、使わせてもらった者たちでポイントを出し合い、代わりの辞書を買うべきだと思う。……どうだろうか」
そして、そんなことを言ってくれた。
凄い! よく言ってくれた! そこに痺れる憧れる! 流石神崎君――略して『さすかん』! ……とまあ、私の脳内は歓喜の嵐である。
言われたクラスメイト達も、各々に納得を示す。……やはり、根は悪くないのだ。
「――だ、そうですよ? ふふ、偶には図書館を利用してみるものですね。うちのクラスでも真似してみたらいかがですか、龍園君。
正直、天才を自負する私でも、教えるに当たっては限度があるのですよ。この学年になれば知っていて当然の漢字を知らない、単語の意味を知らない……そんなことまで私に求められても困るのです。どうしたって、自分で覚えるしかない部分はあるのですからね。
そも、分からないから勉強会をするし、分かる人を教師に据えて教わるのでしょう? だというのに、基礎が覚束ないことを自覚していて辞書すら用意しないのでは、勉強に臨む姿勢自体がなっていない、と言わざるを得ません」
そして、そんな声が響く。有栖さんの声だ。やはり声量は抑えめだが、そもそもが静かな図書館である。ある程度は響き渡るし、距離次第では十分に届く。
見やると確かに有栖さんで、最初は生意気そうに笑い、次いで頭を抑えながら述べていた。……全く以て同意である。
ピシャリと言い放った有栖さんだが、当然、言われた方は笑って受け止めることなど出来はしない。声を荒げることこそしていないが、不満そうに有栖さんを睨んでいる。
「まあ、尤もだな。俺自身、学校の勉強になんざ大した価値を見出しちゃいないが、それでも、最低限には抑えておかなきゃならんことは理解している。だから、こうやって勉強会を開き、小テストの上位勢を教師役に据えているわけだしな。
それを理解せず、不満だけは一丁前なんざ、カス以外の何者でもねえ。不満を抱くな、とは言わねえが、抱くんならやることやってからにしろよ、って話だ。
俺はテストで51点を取れりゃあ良いし、それを目標に勉強している。そうすりゃ、赤点での退学はねえからな。そもそも、俺に純粋な学力を求めるな、って話だ。――で、お前らはどうだ? 何点取ることを目標にしている? お前らの『強み』は何だ? それが覚束ねえから、くだらねえことで不満を覚えるんだよ」
だが、その不満も龍園君の言葉で霧散した。
暴論ではあるが、龍園君の言っていることは間違いではない。赤点で退学、と言ったところで、その求め方が『平均点÷2』である以上、どうしたって最高ラインは50点。51点を取れば、確かに赤点による退学はないのだ。
そしてこの学校は、必ずしも学力を重視しているわけではない。自分の強みを活かして勝負し、それ以外は最低限に熟しておけば、十分と言えば十分なのだ。
その点、Cクラスの『王』を自称し、実際にリーダーに就いている龍園君は、取捨選択がハッキリしているのだ。必要とあれば、グレーな手段でも嬉々として取るだろう怖さがある。世の中、綺麗事だけではやっていけないのだから、安易にそれを責めることは出来ない。
まったく、一般的な『優等生』より、彼の方がよほど怖い。――と言うよりかは、下位クラス、と言うべきか。個人的な感想ではあるのだが、上位クラスほど『個人として恐怖を覚える人物が少ない』イメージだ。……私自身、各クラスに所属する生徒全員を詳細に知っているわけではないため、あくまでも現状での判断にはなるのだが。
現状、Aクラスで明確に『怖い』と思える相手は鐘鳴君のみだ。それ以外だと、葛城君を始め『手強い』と思える相手はいても、そこ止まりなのだ。
うちのクラスも似たようなもので、他から見て『怖い』と思える相手は翔君くらいなものだろう。
だが、C・Dクラスになるとどうだろうか。クラスそのものの『優秀さ』と引き換えにするかのように、途端に『怖い』人物が増えている気がする。
Cクラスだと、龍園君を筆頭に緋勇君や有栖さん、恵さん。私が気付いていないだけで、他にもいる可能性はある。
Dクラスだと、綾小路君に高円寺君に全総君に桔梗ちゃん。リーダーらしいリーダーはいない感じだけど、決して侮れるものではない。Cクラス同様、伏兵がいる可能性も否めない。
そんな私の推測を強めるのが、龍園君の表情だ。ニヤニヤと人を食ったような笑みを浮かべ、有栖さんに同意するかの如く言いながら、その視線は時折こちらを覗いている。あまりにもあからさま過ぎて、気付く者は容易に気付く。
つまり、暗に彼はこう言っているのだ。
「分かってるか? うちのクラスだけじゃねえ。お前たちのことも言ってるんだよ、Bクラス」
龍園君が実際に声にしたわけではないが、まるで本当に言われているかのように、脳内に響き渡る。
もちろん、そんなのは気のせいなわけだが、龍園君の態度が堂々としており、その言葉も暴論ではあるが否定しきれるものではなく、さりとて、普通に考えれば声を大にして言えるようなことでもないために、そのような現象が起こっている。
普通なら出来ないことを言う、行う。その行為に『魅力』を感じる人は少なくない。それに対して肯定感が増せば『憧れ』へと転じ、その逆に否定感が増せば、『忌避』や『嫌悪』へと繋がる。……それが『人』というものだ。職業への『夢』も、突き詰めて言えばこれだろう。
問題なのは、龍園君の言うことは一面では正しいことだ。図星を指されれば動揺してしまう人は多く、これが魅力云々と混同されてしまえば、その度合いも大きくなる。そこに龍園君の挑発的な言動が加われば、どこまで大きくなるか想像したくもない。学力に自信のない者、己が『強み』に自覚のない者ほど突き刺さるだろう。
これが良い方向へ働けば問題は無いのだが、悪い方向へ働けば――
「おま――」
カーン! ガチャチャン!
クラスメイトの一人が立ち上がるのと、音を立てて筆記用具が床に転がるのは、ほぼ同時だった。
「いやあ~、ゴメンゴメン。筆記用具を落としちゃったよ。拾うの手伝ってくれる? ……皆さんもすみません」
「ゴメンねー。筆記用具落としちゃった。拾うの手伝ってもらっていいかな? ……同じく、勉強中の皆様には申し訳ございません」
翔君の言葉と、私の言葉が同時に放たれる。そして、クラスメイトには軽く、それ以外には誠心誠意頭を下げて謝った。
まあ、私は誤って落としたのではなく故意に落としたわけであるが、おそらくは翔君も同じだろう。
一過性の怒りなど、そう長く持続するものではないし、ちょっとしたことで瓦解する。文字通り、気が削がれる、というやつだ。
そして、図書館という、この静かな空間であれば、ちょっとした音も盛大に響く。甲高い音であれば尚更だろう。
私と翔君は敢えて音を立てることで、周囲の注意を引き付けると同時に、当事者の怒りも削いだのだ。また、後続者が現れるのをを防ぐ目的もある。……案の定、クラスメイトの何人かは机に手をかけ、今にも立ち上がろうとしていた。
「あ、ああ……」
怒りのやり場を失った彼らは、私たちの言葉に戸惑いながらも従ってくれる。
「ありがとう。――自分でやっておいてあれだけど、気が削がれちゃったしもう帰ろっか。新しい辞書も買ってくれるんでしょ?」
「ああ、そうだな。それが良い。そうしよう」
私が白々しくもそう言えば、即座に神崎君が同意してくれた。やはり『さすかん』である。
ただまあ、このまま帰るのも芸がないので、龍園君には一言釘を刺しておくことにする。
「龍園君もありがとうね。金言はありがたく、私たちも受け止めさせてもらうから」
笑顔で言った私だが、これを意訳すると――
「仕掛けるタイミングを間違えたね。この環境なら防ぎようはあるんだよ。それとクラスに注意喚起は促しておくから、そう簡単にハメられると思わないでね」
こうなるわけだ。
中学時代、伊達に生徒会長を務めていたわけではないのだ。笑顔のまま、言外に挑発し、脅すやり方など、実地で鍛えられている。学校をより良くするにも、綺麗事だけではまかり通らないのである。その上で、可能な限り皆に納得してもらえるようにするのがどれだけ大変なことか!
「へえ、そうかい。俺としちゃあクラスの奴らに言ったつもりだが、そっちの役にも立ったってんなら何よりだ。……ああ、あれだ。敵に塩を送る、ってやつだろ? 図らずもそうなっちまったってわけだな」
動じることなく、龍園君は言葉を返してきた。う~ん、手強い! これは、防がれることも想定の上だった、と見るべきだろう。ダメで元々、上手くいったら儲けもの、その程度の軽い気持ちだったと。
そのまま有栖さんたちにも一声かけて、図書館を後にする。
「すまないな、一之瀬、白浜。向こうの意図に気付くのが遅れ、碌に動くことが出来なかった」
「ううん。気付いただけでも十分だよ」
「今はまだしも、本格的に生徒会活動に参加するようになれば、私は表立って動くのは難しくなりそうだしね。こういった盤外戦術の場合は特に」
「あれがCクラスの『王』――龍園か。名前だけなら知っていたが……」
「龍園君もだけど、気にかけるべきは有栖さんもだよ。忘れた? 龍園君が喋ったのは、有栖さんが話を振ったからだよ」
「ッ……!? 坂柳の誘導だったというのか?」
「断言は出来ないけどね。ただ、有栖さんならやりかねない。……もちろん、龍園君の独断の可能性もあるけどね」
「まったく、手強いな。とてもじゃないが、俺たちより下位クラスだとは思えんぞ」
道中、翔君と神崎君を交えて会話する。結果、神崎君の危機感も高まったようで何よりだ。
「でも、だからこそ糧になる。相手が弱ければ、得られる評価も低くなるしね。私としてはありがたいよ」
「やれやれ。外見に似合わず強気だな、一之瀬は」
「そうかな? ――そうかもね」
神崎君の言葉に首を傾げ、暫し考えてから頷いた。片親という環境を鑑みれば、卑屈になっていてもおかしくなかった、と思い至ったからだ。
友人と帰路を共にするこの状況に、私は改めて思う。
ああ、楽しいな……と。
意中の人も一緒なので尚更だ。
入学して一月が経ったのは事実だけど、学園生活はまだまだ長い。
私の学園生活は――まだ始まったばかりである。
本作の帆波は窃盗という明確な犯罪をしなかったこともあり、当然ながら自責の念は原作より薄いです。それでも、犯しかけた、という意識は持ってますが。
また、原作での罪の告白シーンで軽く妹について触れてますが、それは言っている本人にも少なからず当て嵌まるだろうと思い、そうなると、普通に考えて嫉妬と無縁ではいられないだろうとも思います。
結果、本作の帆波はその根底に他者への嫉妬心が渦巻いてます。
まあ、家族に恵まれたこともあってキャンキャンと所かまわず吠えるほどではありませんし、人の良さも本物ですが、根っこの部分はドライです。
付け加えると、帆波自身は自覚してませんが、本人も周りからは『怖い人』認定を受けてます。立派な逸般人です。