ようこそ、逸般人たちのいる教室へ   作:山上真

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18_軽井沢恵:02

 Dクラスの雰囲気が変わった。どこがどう、と一言で言えるようなものでもないけど、敢えて言うなら『歯止めがかかった』ということになるんだろうか。

 騒がしいは騒がしいんだけど、一定以上に進もうとすると自発的にブレーキをかける。まあ、そんな感じ。

 キーとなっているのは平田君だろう。Dクラスの中では知名度と人気度が高い人物だ。人柄がよく、文武両道で、放課後はサッカー部で汗を流す。端から見ると、何故Dクラスなのか分からない人物である。

 そんな平田君が、先日倒れたらしいのである。詳しい事情は知らないし、Dクラスの生徒に確認する気もないけど、テスト範囲の変更が告げられた先週金曜日の放課後、刃君に背負われて帰宅する姿が多くの人に目撃されている。対象が平田君だったということもあり、その情報は瞬く間に駆け巡った。真偽問わず、尾ひれ背びれをくっつけて。

 そしてそれ以降、時折ハッとしたかのように振る舞いを改めるDクラスの生徒が続出したのだ。

 その一方、平田君自身には、それ以前と変わった様子は見られないらしい。

 まあ、災い転じて福となす、とも言う。結果として、ある程度でもまとまりが出来たのなら、Dクラスにとっては良かったのだろう。――ある意味では。

 禍福は糾える縄の如し。そんな情報を、龍園君が面白おかしく捉えない筈がないのである。

 今は入学して初の中間テスト前故にそちらの対策を優先しているが、テストが終わって落ち着けば、Sシステムの未だ不明な部分を探るべく動き出すのは目に見えている。そしてそれに、十中八九他のクラスは巻き込まれるだろう。

 であるならば、平田君を突っつくのは道理と言えるだろう。幸か不幸か、我がCクラスにも園田正志君というサッカー部所属の男子がいる。私自身は彼のことをよく知らないけど、共通項がある分、他の生徒より調べやすいポジションにいるのは確かだ。何気ない普段の世間話からでも、見えてくるものはあるのだから。

 私としても、行き過ぎない限りはそれを止めるつもりはない。詭道邪道もまた『道』である。明言化されたわけではないが、学校の方針として『正面衝突』以外も認められている限り、その方策も有りなのだ。

 

「よく聞けテメエら! いよいよ明日は中間テストの本番だ! 今月に入って早々、俺はお前たちに勉強を強いてきた! お前たちにとっては苦痛だったろう! 俺にとっても苦痛だった! その成果が、いよいよ明日試される、ってな寸法だ! 無論、赤点を取るなんて無様を晒す奴はいねえ筈だ! 俺はそう確信している! 満点は無理でも、赤点を防ぐのは十分に可能なほど、お前たちもまた机にかじりついてきたからだ!」

 

 木曜放課後のホームルーム終了直後。坂上先生が退室するや否や教卓の前に進み出た龍園君が、身振り手振りを交えてクラスメイト達に向かって檄を飛ばす。……その陰でアルベルト君が、そっと龍園君の横に立つ。

 龍園君の言葉は変わらず挑発的ではあるが、自尊心を擽る内容も含まれている。

 上手い手だ、と正直に思う。

 龍園君がクラス内で恐れられ、反発を受けているのは確かだけど――その一方で、一定の支持を受けているのも確かなのだ。方策の是非はともかく、結果は出しているのだから。

 そして人は、褒められることに、認められることに、喜びを見出す生き物であるのは一面の真実だ。それがたとえ、忌み嫌う相手からの賛辞であっても。全く興味のない事柄であれば話は別だろうが、学生にとって勉学は切っても切り離せない。まして、赤点=退学という規則がある以上、どうしたって気にせざるを得ないのだ。

 それでいて、釘を刺すのも忘れていない。満点は無理でも、という一言を付け加えられたことにより、受け手側も必要以上に増長することはないだろう。

 しかも、前に出て話すだけでなく、オーバーアクションを取ることで己への注目を高めている。

 立場、心理、ありとあらゆるものを利用して、一手で複数の効果を狙っているのだ。

 

『おおっ!』

 

 龍園君の檄に対し、石崎君を始めとした心酔派が声を揃えて応える。

 

「少し静まれ」

 

 これまたアクションを取り、龍園君が言葉を発する。すると、教室内は次第に静かになっていった。それでいて、龍園君を見る目は爛々と輝いている者が多い。龍園君が次に何を発するのか、気になって仕方がないのだ。

 

「よぉし、そのまま黙ってろよ。……赤点を取ることはねえと確信しているが、今回の中間テストに限り、学校側もある種のカンニングを黙認している。今から、現二、三年生が入学して最初に受けた、小テストと中間テストのコピーを配る」

 

 龍園君の言葉に従い、アルベルト君が最前列へコピー用紙を置いていく。

 全体へ行き渡った頃合いを見て、再び龍園君が口を開く。

 

「見て分かると思うが、小テストと中間テスト共に、昨年と一昨年は一語一句同じ内容だ。小テストに至っては今年もだ。ま、流石に問題の配列は違うがな。……俺の言いたいことは分かったろう? 今年の中間テストもまた、同じ内容である確率は高い、ってことだ。

 想像しろ。裏技ありきとはいえ、俺たちCクラスが中間テストでAクラスを上回る様を。Aクラスが悔しがる光景を。……気分が良いだろう? それを原動力にして、内容を頭に入れろ。

 だが、完全に信用はするな。この学校のことだ。いつどこでフェイクを入れてきてもおかしくはねえんだからな。あくまでも参考問題程度に捉えておけ。

 なに心配するな。仮にテスト内容がこの過去問と違っても、それでお前らが赤点を取ることはねえ。そんだけの学力は付けている。

 そうそう、こいつを用意するのにも費用はかかっているが、今月頭に全員から徴収した分で賄っている。改めて回収する気はねえから、そこは気にするな。その代わり、来月以降もポイントは徴収するし、今回のように使うべき時には遠慮なく使う。その点は覚えておけ」

 

 そう言って龍園君は言葉を締めた。

 またしても上手い。過去問への注目度を上げつつ、外れた場合の保険も敷いている。これにより、過去問と内容が同じ場合、龍園君の支持率は上がり、違っても龍園君の評価が下がりきることはない。

 単純な言葉運び、と言ってしまえばそれまでだが、それが出来る者が限られているのも事実なのだ。

 

『おおーーっ!』

 

 再び歓声が上がる。今度はさっきよりも勢いが強い。

 そりゃあ、ポイントの強制徴収には反感を抱く者も多かったのだ。龍園君はそれを恐怖で押し込めたわけだが、クラスのために使ったことを明かしたのである。実際に過去問が用意されているため、否定するのも難しい。そしてそれは、一種の安心感へと繋がる。……それも、声が大きくなった一因だろう。

 ただ、渡されておいて何だが、私自身はこれを使う気はない。流石に『カンニングと同義』などと言われてしまえば、使う気も失せるというものだ。惹かれるところがあるのは否定しないが、こんなものを使ったと師匠にバレた時が怖い。――まあ、徹頭徹尾『参考問題』という触れ込みだったら、怪しいと思いつつ使ってしまうだろうことは否めないけども。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 開けて翌日。

 中間テストの本番である。――まあ、既に社会、国語、理科、数学を終えて昼休みを迎えているわけだが。

 

「それで、どうです? テストのデキは?」

 

 教室の一角。私、有栖、龍也が一塊になって食事を取っている最中、不意に有栖が問いかけてきた。まあ、話題としては順当だろう。

 

「ん~? 赤点は無いんじゃない? 満点もないだろうけど」

「右に同じく。必要性があるのは認めてるけど、そもそもとして勉強はそんなに好きじゃないしな。ただでさえ物事を覚えておけるのには限度があるというのに、心根がそんなんじゃあ尚限られる。

 そりゃあ、入学早々に仲良くなった相手が響に翔に刃と頭の良い奴ばかりで焦ったけど、実際に授業をやってみればその必要も無かったし。……まあ、この学校の謳い文句に踊らされてた面があるのは否定出来ないな。『名門校』、『政府直轄』、『進路希望ほぼ100%』……と、アレコレ揃えば、授業の進行速度がそこらの学校よりも速いんじゃないか? という疑問ぐらいは持ってたしな。

 反面、授業に置いてかれる心配が無いと分かれば気楽なもんさ。元々、学力でトップに立ってやろう! なんて大それた目的は持ってないしな。テストについてもそれは同じ。高得点に越したことはないけど、実質的には赤点でなければそれで良い。

 ゆとりを持って臨める分、コンスタントに点を取ることは出来るだろうけど、志が低いから最高は望めない。とは言っても、努力をしてないわけじゃないから、運が良ければ満点も有り得るんじゃないか?」

 

 私と龍也が順に答えた。私は端的に、龍也は色々と補足を付けてたけど、共通して当たり障りのない内容だ。赤点を危惧している生徒には悪いけど、その心配がなければこんなもんである。

 まあ少し前までは、私も大多数のお仲間だったことに間違いはないので、偉そうなことは言えないのだが。実際、中学時代の成績は総じて平均以下だったし。――もっとも、イジメによって気力が最底辺をうろついてたことを考慮すれば、仕方のない部分もある、と自己弁護してみる。私と同じ目に遭って、それでも優秀な成績を取れるような人がいたら、是非ともお目にかかってみたいものだ。

 イジメられなくなって以降はきちんと成績も上向いたので、やはり環境が最悪だったのは間違いないだろう。

 かてて加えて、今は秋雨師匠による修行――別名『地獄巡り』――の効果もあるのだ。武術修行の一環であることに違いはないが、勉強面でもそこらの生徒以上に努力していることも間違いない。お地蔵さんにしがみつかれつつ、別のお地蔵さんを投げ、それでいて師匠の発する問題に答えなければいけないのだ。並行作業故に効率が悪いのは間違いないが、否が応でもそれを両立させるのが師匠である。これで学力が上向かなかったら嘘というものだ。

 

「もしもし? 恵さん? 大丈夫ですか?」

 

 気付けば、有栖に身体を揺さぶられていた。いけないいけない。地獄巡りを回想している内に、魂が何処かへ旅出そうとしていたようだ。

 

「う、うん。ありがとう。ちょっと『地獄巡り』を思い返していて……」

 

 私の言葉に、龍也と有栖が納得顔で頷く。次いで、揃って眼差しを遠くへ向けた。……道場へ通っている以上、この二人も一環を味わっているのだ。然もあらん、というものである。

 

「コホン。……ともあれ、赤点を取らない自信があるのなら良いのです。元より、然程心配もしてませんでしたけどね」

「しかし、洩れ聞くところによると、内容は過去問と同じだったようだな。……渡されはしたけど、使ってないから確かなところは分からんが」

「みたいですね。同じく、過去問自体をしっかり見てないので、確かなところは分かりませんが……」

「あ、やっぱ二人も使ってないんだ」

 

 まあ、そうだとは思っていたけど。

 

「ところで、他のクラスはどうなんだろうね?」

 

 新たな話題を投げかける。これもまた気になっていることだ。

 

「さて。点数だけで言うのなら、おそらくは逆転現象が起きるとは思いますが……」

「……ああ、確かにそうだな。各クラス、過去問に思い当たる奴はいるだろう。だが、それがクラス内に浸透するか? と問われると首を傾げざるを得ない」

 

 これが二人の答え。これを基にして私も考えてみる。……うん、納得だ。

 前提として、各クラスは学校の定めた実力順なのだ。そして、その事実が公表されている。である以上、どのクラスにもそれ故の柵が付きまとう。

 果たして、『優秀』と評されているクラスの生徒が、過去問の使用に踏み切るだろうか? ということだ。テスト勉強で過去問を使うのは道理だが、今回に限っては趣が異なるのだ。何故なら、内容が同じであるために『カンニングと同義』になるからだ。

 小テストに混ぜられた難問を思えば、先輩に働きかけて過去問を手に入れるまでは、行動としておかしくはない。そして、見比べて気付くわけだ。――同じだ!? と。

 そこでジレンマに突き当たる。

 優秀な生徒として、これを使っていいものか?

 俺は優秀だから、過去問の存在に思い至ったし、こうして手に入れられたんだ。

 平たく言えば、『名』を取るか、それとも『実』を取るか、その選択を突き付けられるのである。

 結果、第三の選択――他人に選択を委ねる、を選ぶ者は存外少なくないだろう。この場合の『他人』とは、クラスのリーダー格となる。流れとしては自然だ。

 

「Aクラスのリーダーと言われているのは葛城康平君。噂だと、彼は保守的らしいし、情報をクラス内に共有した上で、過去問の使用には踏み込まないし、踏み込ませないんじゃないかな? ――全員が守るとも思えないけど」

 

 手始めに私がAクラスについて言及した。言葉通り、Aクラスは葛城君の一強状態である。CPを抑えた実績もあるため、彼の意向が通りやすいのは間違いあるまい。

 響については考えるまでもない。純粋な能力では学年どころか学校でも最高峰かもしれないが、リーダーとしての適性は低い。――正確には、『暴君』としての適性が高すぎる。追求するのはあくまでも自己満足。それでいて確かな結果は出すし、各能力が高すぎるためにある程度までは個人でカバーが利いてしまう。結果的に、リーダーとしての役割も果たしてしまうのだ。だからこそ、リーダーとして据えるなら、元から混沌としているDクラスが最適だろう。

 当然、Aクラスに配属される生徒であればこそ、遅かれ早かれその危険性にも察しは付く筈だ。おそらく、葛城君がリーダーとして立っているのも、その表れだろう。『実』は響に譲っても、自分がリーダーに立つことで『名』だけでも抑えようとしたのだ。

 

「でしょうね。……Bクラスのリーダーは神崎君――で良いんですかね? 最有力は帆波さんですが、彼女は生徒会役員ですし、クラスのリーダーを兼務するのは厳しいでしょう。翔君も有力候補ではありますが、彼にはその気がなさそうです。頼まれればやるかもしれませんが、他に任せられる相手がいればそちらにぶん投げそうです。となると、私の中で思い浮かぶのは神崎君になるのですが……」

 

 私の意見に同意しつつ、有栖はBクラスについて言及した。しかし、若干が自信が無さそうだ。

 

「まあ、神崎だと仮定しておこう。俺にも神崎以外思いつかん」

「それは良いけど、これじゃあ予想立てられなくない?」

 

 ぶっちゃけ、私たちの交友関係は狭い。各クラスの実力者とは繋がりを持っているが、それが仇となっている形だ。

 Bクラスなら翔君を、次点で帆波ちゃんを中心にしたものとなる。それ故に神崎君や柴田君のことも最低限には知っているわけだが、その程度しか知らないのも事実なのだ。噂やらで補強するのも限度がある。

 

「一之瀬であれば、情報を共有しつつ、使うかどうかは個人に任せそうなところだが……」

「ああ、まあ、確かに。帆波ちゃんってすっごい母性的だけど、根はすっごくドライだよね。学校の、クラスの一員として親身に協力するけど、だからこそ、一員としての役目を果たせ、的な?」

「ありますね、そんなとこ。配属先がBクラスであるために、あまり目立ってはいませんが。ある意味で桔梗さんと似たタイプですね」

 

 それが、私たちの帆波ちゃんに対する評価だった。

 Aクラスには及ばないものの、何だかんだ、Bクラスだって良い評価を学校側からもらっているのだ。そこに属する生徒も然りである。

 

「あ~、納得。……Dクラスは、考えるまでもなく使うよね」

「使うな。ってか、使わなきゃ乗り越えられるかどうかも怪しいだろ。まあ、使ったところで乗り越えられるかも怪しいが」

「白羽の矢が立つとすれば……平田君、ですかね? 以前、倒れられたそうですが、もしかしたら過去問に対するやり取りがあったのかもしれませんね」

「倒れたのは……テスト範囲の変更が告げられた日、だったか。有り得なくはないな。過去問の使用は『その場しのぎ』には最適だが、どうしたって諸刃の剣だ。平田の為人は話に聞く程度しか知らないが、清隆、刃、桔梗、そのいずれが相手であっても渡り合えるとは思えないな」

 

 そんなことを話していれば、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。既に食べ終わっていたお昼ご飯を片す。

 

「では、ラストの英語、互いに頑張りましょう」

「ああ」

「うん」

 

 別れ際、有栖がそんなことを言い、私と龍也はそれぞれに答えた。

 それから程なくして先生が現れ、私たちは中間テスト最後の科目に臨むのだった。

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