当たり前に過ごすと決めたは良いが、それはそれとして互いの実力――その一端――くらいは確認しておきたいのも本音である。
彼女が欲しいのも確かだが、所詮、俺の根は凡人だ。自分磨きを疎かにし過ぎると、途端に転落することは目に見えている。そして、底辺の男に彼女が出来る可能性が如何ほどあるかなど、改めて考えるまでもない。皆無――とは言わないが、限りなく低い。
つまりは堂々巡りである。緩和するには生活のメリハリが必要だ。その一助として、『好敵手』や『友人』が欲しい。『彼女』が出来れば尚のこと良い。
しかし、誰でも彼でもというわけではない。出来れば、『当たり前』の自分と『当たり前』に付き合える相手であることが望ましい。
とはいえ、それが難しいのも分かる。幼い頃から自分磨きに精を出し過ぎた結果、そして磨く分野を限定しなかった結果、今の俺は『器用万能』と評するに相応しい。今からでも磨く分野を限定すれば、更に高速で、更に突出した成果を示せるだろう。これは間違いのない事実だ。それだけのポテンシャルを、『ときメモシリーズ』の主人公は有している。
だからこそ、素直に喜べないのも事実だが。記憶を取り戻した結果、『外付けの才能』であることを自覚してしまったのだ。費やした努力と時間を否定する気はないが、思うところが無いわけではない。
このモヤモヤ感は、俺だけに限った話ではないだろう。まあ、俺以外はシッカリと代償を支払っている分、受け止めやすいのも事実だろうが。
翔は武術漬けの生活を余儀なくされた。
龍也は両親と死に別れることを余儀なくされた。
刃は特殊な施設での非人道的な生活を余儀なくされた。
その中で、俺だけがこれといった代償を支払っていない。自分磨きは、自分で選択した結果であり、余儀なくされたものではないのだ。
或いは、『彼女が欲しい』という衝動こそが代償なのかもしれないが、他の三人に比べると、何かこう……違う気がする。どことなく『仲間外れ感』があるのだ。
まあ、それはそれとして。
「良かったら、少し身体を動かさないか? 一応、近所の道場で中国拳法を学んでたし、そこの先生からは絶賛されていたんだが……お前たちと比べてどうなのか、自分でも確認しておきたい。
ついでに言うと、ここへの入学が決まった際、先生は確かに喜んでくれたんだが、同じくらいに反対もされたんだ。『腕が鈍る』、『勿体ない』ってな。その心情を思えば、最低限には維持しておきたくなるのが人情ってもんだ。
自分一人でもやってやれないことはないが、切磋琢磨できる相手がいるに越したことはない。……どうだ、付き合ってくれないか?」
「あ~、分かる分かる。うちも同じようなものだったよ。掲げるのが『殺人拳』であれ『活人拳』であれ、結局は本人の意思が重要になってくるから、そこら辺を考慮してくれる人も多いんだけど、そういう人ばっかじゃないのも事実だからねえ……。『親』としては素直に喜びたいけど、『師』としては素直に喜べないってかんじでさ。
まあ、伝手を使って対策は打っておくってことだったけど、どうなったのかも聞かされてないからね。腕を競える相手がいるなら、こちらとしても喜ばしい。――けど、果たして君が僕の相手になるかな? 響に才能があるのは素直に認めるけど、スポーツ武術と本場の武術は決定的に違うモノがあるのも事実だ」
人好きのする笑顔で、けれど冷たい空気を放ちながら、翔はそう言い切った。
ビリビリと身体が震える。だが、先生に及ばないのも事実。それでいて、心地の良い空気でもある。
「……ハッ、面白い!」
負けじと、こちらも応じる。言うなれば『戦闘モード』。
「へえ? なら、俺も便乗させてもらおうか!」
「……ったく。勘弁してくれよ」
龍也が、そして刃も闘気を放つ。何の変哲もない旧校舎の屋上で、互いの闘気がぶつかり合う。
「オイコラ。入学早々、こんな所で何やってやがる」
――そこに、いる筈のない第三者の声が響いた。
直後、俺たち全員が一斉に声のした方を振り向く。そこでは、一人の男がフェンスに身を任せていた。
強い、と一目で分かる。だが、分かるのはそこまで。その深奥までは読み取れない。果たして、自分の先生とどちらが上だろうか? 益体もない疑問が持ち上がる。
「夏おじさん!? え、何でここにいるの?」
そこで、翔が驚きを露わに声を上げた。
「知り合いか?」
「うん。僕の父さんの妹の旦那さん。名前は谷本夏」
翔に問いかければ、状況に戸惑いながらもスムーズに返事をよこした。……なるほど、確かに『おじさん』だ。
「久しぶりだな、翔。質問に答えるなら、面倒くせえがこれも柵ってやつだ。……鐘鳴響に白浜翔、緋勇龍也に全総刃。どいつもこいつも、大なり小なり『達人級』の誰かしらが目を向けてるわけだが、揃いも揃って陸の孤島である『高度育成高等学校』に入学するときた。
三年という期間は短いようで長く、また『拳魔邪神』の例もある。流石に、これを完全に放置することは出来ねえって結論になったんだよ。結果、『お目付け役』の派遣ってわけだ。互いのバランスを考えて、『活人拳』と『殺人拳』、双方から『達人級』が派遣されることになっている。俺は『殺人拳』側だ」
「あ~、夏おじさん、無駄に外面良いから貧乏くじ引かされたわけだ」
「チッ、ハッキリ言いやがる」
近しい関係であるためか、軽妙な会話が交わされる。正直、ここだけを見ると、とてもではないが『殺人拳』の信奉者とは思えない。
「誤解してほしくないんだけど、『殺人拳』=『悪』ではないんだ。派閥を分けるのは殺人という行為を許容するか否かであって、結果的に双方に所属した人もいる。武術には真摯だし、人格面や経済面で優れている人も多いんだ。無論、例外もいるけどね」
そう言われれば理解は出来る。
勝負の末の死、という状況自体は有り得るものだ。一般社会から縁遠いのは確かであるが、武術に対して真摯に取り組むのであれば、その限りでないのも事実である。
世の中には『必要悪』という言葉もある。『法で裁けぬ悪を討つ』というフレーズは、誰しも聞いたことはあるだろう。その根底にあるのは復讐心か善心に分けられることが多いが、これも『殺人拳』に分類されるということか。全く以て世知辛い世の中だ。
「……で、俺たち全員が『達人級』とやらに縁があるって?」
「ああ。誰が誰にとは言わんがな」
まあ、心当たりは先生くらいしかないわけだが……。
「ともあれ、『活人拳』派――中でも『鳳凰武侠連盟』――と『殺人拳』派が資金を提供し合い、ここの敷地内に鍛錬用の道場を拵えたわけだ。
この場所が人目につきにくいのは事実だが、学校施設の一部であることに違いはない。喧嘩と見做されても面倒だから、手合わせするならそこでやれ」
言うことは御尤もである。
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結論から言えば、翔の実力が一歩も二歩も抜きん出ていた。それ以外は横ばいだ。これは道場の責任者である岬越寺秋雨先生も同じ評価である。谷本先生は副責任者だ。
龍也は技によってキレの差が多過ぎた。基本形と思しき技は鋭く重いが、発展形と思しき技はその限りでなかった。
俺も同じようなもので、自分でも認めざるを得ない。同じ道場に通う門弟の中で俺と渡り合える者はおらず、かといって先生だと実力差がありすぎる。成長が歪でも仕方あるまい。愛弟子になればその限りでもなかったろうが、俺にとって武術は自分磨きの一環でしかないのも事実。そんな状態で愛弟子になるのは、誰に対しても失礼な気がしたので断っている。
躊躇いのなさでいえば、刃が一番だった。スタイルとしては『
いずれにせよ、相手に困らなさそうで何よりである。ちなみに、『武術教室』という態を取っている様で、道場を使用するには入会が必要だった。月額は五千ポイントである。
設立の経緯が経緯故か、道着の類は予め用意されていた。しかも、俺たちの場合は特別製である。
「いや~、いい汗かいたぜ」
「ホント、勉強になったよ。対人戦の経験が無いわけじゃないけど、どちらかと言えば喧嘩の類だったからね」
「つーか、お前らの戦闘力の高さにドン引きなんだけど、俺。特に翔」
「うん。曲がりなりにも渡り合えた君の言えることじゃないね」
言葉を交わしながら、寮への帰路を歩く。思えば、こんなのはいつぶりだろうか。自分磨きを優先していたため、一人で帰宅していた記憶しかない。
親しい相手がいないわけではなかったが、校内限定の付き合いか、自分磨きで知り合った相手に限られる。
情熱を向けられるモノがある、と言えば聞こえはいいが、客観的に見て子供らしくない。我ながら、一歩間違えれば問題児である。
そう言えば、付き合いのあった相手には、度々『手を広げ過ぎだ』、『無理をし過ぎだ』と言われたものだ。自覚がなかったために軽く聞き流していたが、端から見れば度を越しているようにも見えるだろう。向こうにも心配と不満があったのかもしれない。
まあ、端的に言えば自業自得なのだが。時間制限がある中で、『来世をどのように過ごすか』を求められたのだ。なまじ中途半端に情報を得られたが故に、視野狭窄に陥った感は否めない。それは他の面子も大なり小なり同じだろう。
その中で、俺は『成功』と『安定』を選び、それを為し得る条件を模索した。その結果が『ときメモシリーズ』の主人公だ。繰り返すが、そのポテンシャルは計り知れない。しかし、何の手立ても打たなければ、それを発揮するのが高校生になってからになりかねなかった。その点については不安が勝ったため、『幼少期より自分磨きに精を出す』ことも要望を上げておいたのだ。
自分の選択した結果故に受け止められてはいるが、寂しさが無いわけではない。
だからこそか、この瞬間が楽しくて仕方ない。正しく『青春の一ページ』というものだ。
「スーパー寄ってく? ポイントの節約を考えれば、自炊した方が良いと思うんだけど……」
「右に同意。……あ~、株とかやれんのかな? 学校専用のポイントだから無理かな? やれたら楽に稼げるんだけどな。それが無理なら、稼ぎは落ちるけど雑誌モデルとか」
入学前を思い出す。スカウトされたのを機に、自分磨きの一環として読者モデルで金を稼いだ。その後は株で更に稼いだ。ときメモ主人公のポテンシャルは、そういった分野にも働いてくれたのだ。
結果、口座には学生に不似合いな大金が入っているのだが、この『陸の孤島』では使い物にならない。そもそも下ろすことが出来ないから。
「株か……金を稼ぐ上で強い味方だったなあ~」
「て言うか、口振り的に響って雑誌モデルやったことあるの?」
「あるよ~。
などと話している内にスーパーへと到着した。
無料食材が有ったのでありがたく頂戴し、そこから何を作るかを決める。料理も修めているので、レシピに悩むこともない。
それは翔と龍也も同じようで、手早く食材を選んでいる。
反面、刃はそうでもない。おそらく、料理のレパートリーが少ないのだろう。訊いてみればドンピシャリだ。
「何なら教えるか? 付き合いは長くなるだろうし、別に構わんぞ?」
「そんじゃ、お言葉に甘えて。正直、偏った教育の修正に時間が取られてな、手が回ってない部分も多いんだ」
然もありなん。少なくとも、件の施設を抜け出すまでは『一般』とかけ離れた生活をしていただろうことが、言葉の端々から窺える。知識は有れど実践は無い、と言ったところか。完結した施設内で過ごすのならばそれで問題なかろうが、外に出てしまえばそうも言っていられない。『一般』というものを実地で学び直す必要に迫られたであろうことは、改めて考えるまでもない。
買い物を終えて寮に向かう。歩きながら、刃が口を開いた。
「どうも、施設で生活してた時に目をつけられてたみたいでな。今の名前と戸籍は、施設を抜け出した後に生活支援してくれた人が用意してくれたものなんだ。まあ、所々元ネタの影響を多分に受けてるけどな。
ともあれ、支援者が只者じゃないのは確かだ。会った回数自体少ないし――ってか、そもそも本人かどうかも分からんのが正直なところだ。――詳しいことも知らないが、それだけは断言出来る」
「だろうね。たぶん、その支援者は『殺人拳』派――通称『闇』――の『達人級』だと思う。『闇』は各国政府への影響力も大きいし、それは日本に対しても同じだ。世間一般には知られていない特殊機関にも伝手はあるだろうし、戸籍の偽造だって可能だろう」
翔の言葉に、刃はゲンナリとした表情を浮かべた。予想はしていただろうが、改めて聞かされたくはなかった、といったところか。
寮に着いた後は、部屋の鍵を貰って一旦別れ、私服に着替えてから改めて集合した。場所は刃の部屋である。
人数が人数なので、料理は多めに用意した。行儀は悪いが、舌鼓を打ちながらも会話を楽しむ。食べ終わったら、後片付けをして解散だ。
就寝時、改めて今日という一日を振り返る。
「うん、楽しい一日だったな」
それ以外に言うことはない。明日も楽しくなることを期待して目を閉じた。